クビになった話 2008.10.10
2008年 10月 10日
で、その後は物理的に取れない物件を除いて、次々と成約していきます。成約が続くと気持ちいいですね。ところで今日はちょっと面白いことが2件ほどありました。一つはランチでたまたま寄ったインド料理屋のこと。午前中のアポが11時半に終わったので、飯でも食おうかと思ったら目の前に見慣れぬインド料理屋が。2種類のカレーにナン、ライス、パパド(せんべい)、サラダ、ドリンクで800円。これは安い。ランチは600円からあったのですが、私はどうしてもナンとライスを両方食べたかったので800円のランチにしました。しかもナンはプレーンだけでなく、チーズとかベジタブルとかポテトとか選べます。同じ値段で。もちろん美味しかったです。満足。
で、何が面白かったかと言うと、午後に周る一件がここだったわけです。お店の名前をよく見ずに入ったため、気づきませんでした。来てみてびっくり。対応される人はキッチンに入っていたのですが、ウエイトレスのおばちゃん(おそらく「ありがと~」しか言えないインド人)は私に気づいたようです。そこは生憎すでにサービス済みで取れなかったのですが、ついでに雑談をしてきました。店主はデリーで生まれて、カシミールで育ち、ネパールで仕事してから日本に来たとか。なので店内はインドだけでなくネパールの写真なんかも飾ってありました。ちょっとだけ盛り上がりましたが、次があるのですぐにおいとま。
で、次に面白かったこと。午後一で訪問したとあるお店。店主と商談したのですが、今、複数のサービスを公平に見て決めているところとのことで、その場では成約できなかったのですが、店を出た後、突然、ピンときました。あの店主、、、会ったことがある。名刺を見ると、、、ん?どこかで聞いたことがある。そこで記憶の糸が繋がりました。私が学生の頃、よく行ってたバーの常連客だったのです。当時はしょっちゅう顔を合わせていました。ですが、突然いなくなり、聞いてみると、ヨーロッパのとある国に行ったとか。何しに行ったのかよくわからなかったのですが、彼の性格ならあの国は合うだろうな~とかマスターと話てたのを覚えています。
とりあえず放っておくのも気持ちが悪いので、商談とは関係なくすぐに電話してみました。
「○○さんですよね、先ほどお伺いした○○の石田と申しますが・・」
「はい、、」
「先ほどの話とは関係ないのですが、昔、お会いしたことある気がするんですが」
「え??」
「昔、○○に住んでませんでしたか?」
「え!はい・・」
「○○というバーでよく会っていたと思いますが」
「はい、はい、よく行ってました・・」
てな感じで、電話でちょっとお話してたのですが、どうやらヨーロッパに行ったのは料理の修業だったらしく、帰国後に開店してからずいぶんになるそうです。私よりも2~3若かったと思いますが、一見、ちゃらちゃらしているように見えたものの、きちんとした志を持ってヨーロッパに行き、そしてきちんと開業して店も流行っているようです。すごいな~と思いました。そして商談して感じたように、経営に関してもシビアな感覚を持っているようで。ただ、確かに私の知っていた彼を思っても、サラリーマンには向かない感じではありました。私も同様、サラリーマンはできませんが、向き不向きを超えた「使命」みたいなものもあるのでしょうか。最近、そんなことをよく考えます。
ところで、当時のそのバーの思い出として、そこでジャズの練習などをよくしてたのですが、その話とは別に、私が今まであまり話したことのないことを思い出しました。そのバーを見つけたきっかけは、実はその近くで塾講師をしていたからによります。バーの名前はいかにもジャズなのですぐに気になり始めたのですが、学生の私が一人で入るには敷居が高そうだな~と、最初は思っていました。
で、その塾の話なんですが、大学一年の時、知人の紹介で講師のバイトをすることになったのですが、結論から言うと3か月で「クビ」になったのです。もちろん「君はクビだ」と直接言われたわけではありませんが、共通の知人の手前か、「事情があって・・」という言い方で、実質的なクビには違いなかったのでしょう。ただし、クビの理由はいくつも考えられます。担当は英語だったのですが、確かに中学生に英語を教えるのは簡単です。しかし、講師として適切であったかと言うと、決してそうではなかったのでしょう。よく言えば自分のワールドを作っていた、悪く言えば塾講師として適切な仕事をしてなかった。と言うか、仕事が適切でない時点でアウトです。とにかく好き勝手やってたように思います。あの時は2年生と3年生のクラスを受け持っており、男子の多い2年生のクラスではバカな話ばかり、女子の多い3年生のクラスでは反感を買い、、、そんな授業でした。そのうちやり方が分からなくなり、「今日はテスト前なので自習」みたいな勝手な進め方をしたりして、あれでお金をもらうのは確かにイカンです。おそらく父兄からの苦情もあったことでしょうし、何よりオーナーの妹さんからも嫌われていました。何かで口応えしたのが原因の一つでもあったと思います。
そして社会常識通りにクビになったのですが、当時は予想していたことだけに、特にショックでもありませんでした。それどころか僅かな間であれ、拘束されるのが嫌だったのでせいせいした気持ちもありました。拘束と言っても、週に3日ほど夜の時間帯が入るだけです。しかし、当時からすでに社会性のなさを発揮していたのか、それだけでも窮屈だったのです。それ以来、学生時代は塾講師をせず、家庭教師をよくやっていました。あの地域は大学が私んとこくらいしかなかったので、家庭教師だけは引く手あまたでした。で、家庭教師は割合よくやっていたように思います。主に高校受験で、生徒が希望通りの高校に合格することも多く、特別ボーナスみたいなのもよくもらっていました。最後はカメラをもらったりもして、そのカメラを持って放浪に出かけたのです。
塾講師の話に戻りますが、3か月でクビ、、、この事実が一種のトラウマとして私を苦しめることがその後、たびたびありました。特に27歳のニート時代などは、私はそもそも社会に適合しないのではないか、どこに行っても雇われず、仮に雇われたとしてすぐにクビになるのでは、、、なんて思いが常に頭にありました。その時は雇われるという選択肢しかイメージできず、正直、セルフイメージも低かったので、「俺は社会の落後者だ」、、と思ったこともあります。
その原点が、、、学生時代の塾講師クビだったのです。あの時、ちゃんと授業していればもっとマトモな人間になってたかもしれないのに、やっぱクビはひどいよな、ダメな大人の話とばかり思っていたのに、自分が真っ先にそんな目に遭うなんて、俺ってヤバいかな、、、なんてことをずっと思っていたりして。
もちろん今となってはいい経験の一つではあるのですが、27歳の時は、そのことで結構悩んでいたりしました。雇われずに生きていくほどの技量もないし、雇われようにも日雇いのバイトからも声がかからない始末。5日間の単発の箱詰めバイトが決まった時はめっちゃ嬉しく、もしかしたらこれが自分の生涯の仕事だったら、、、嫌だな、でもそうなる可能性があるし、自分ができることって地道にベルトコンベアーからコンビニのお菓子を箱に詰めることくらいかな、、、なんて思っていたりして。めっちゃ自虐的でセルフイメージ低すぎですね。
話は変わりますが、20代前半にしてこのブログを読んでいるような人は幸せだな~と思うことがあります。別にこのブログでなくてもいいのですが、自己啓発とか成功法則とか精神世界とかの話しを、27歳当時の私が知っていたらもっと楽に毎日が過ごせたのに、と思うこともあります。そんな意味で、早い時期に成功哲学などを学ぶのはいいことだと思うわけです。だからと言って、それに頼り過ぎるのもよくないのでしょうが、少なくとも絶望を感じることもないかな、と。
ただ、私の場合は2004年に成功法則とか精神世界の存在を知ったのですが、それはそれで良いタイミングだったと思っています。いろんな苦しい経験をして、まさしく来るべきタイミングに出会ったのが成功法則であり精神世界だったのでしょう。そんな意味で20代の私の苦しい経験はとても価値があったわけです。それはもちろん学生時代の塾講師クビ事件も含めて。
結局、あの時、クビになるような人間だったからこそ、今のような自分があるわけで、ある意味、避けられないことなんだな、と。今はまあ、曲がりなりにも雇われずに過ごしていますし、今後も雇われることはないでしょう。つまり給料をもらうことがないということ。給料を払うことはあっても。これもまあ、クビになったのは仕方ないにして、私の性格と言うか、使命から言って当然だったのかな、と今では前向きに考えることができます。あの時、なまじきちんとやって長く続いてたりしたら、もしかしたら今の私ではなくなっているかもしれません。そう言う意味で、クビになったのも私らしいし、クビにしてくれてありがたかった、、、と今は思っているのです。ありがとうございました。
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