「超意識=魂」とつながる! 2008.8.10

ここ3日ほど長めの日記が続きましたね。他にすることもあるんで、あまり長いのは控えようと思っていたのですが、書き始めるといつものごとく、つい長くなってしまいます。読み返してみると、よ~書けるな~こんなに、と思ってしまうこともしばしば。最近は営業の話かちょっとスピな話かインドの話ばかりですね。で、ここで「インド」なんて言葉を書いてしまうと、またドキドキしてしまいます。センサーですね。インド、ハワイ、セドナ、エルサレム、ローマ、ダーウィン、マチュピチュ、、、などなど「聖地」を書き連ねてみましたが、やっぱり「インド」が一番反応しますね。行ったことあるからかな、とも思ったのですが、バリ島、、、と書いてもあまり反応しません。新婚旅行で行った国であるにも関わらず。もちろんバリ島は最高です。インドと同じヒンズー教ですし、海も山も文化も豊かで、しかも物価が安く食べ物も美味しい。人も悪くない。正直言って、何をするにおいてもインド以上だと思っています。


インドは、、、物価は安いのですが、飯はまずいし、人はウザい。暑くて、人が多いので動きも鈍る。正直言って何がいいのか「理性」では分からないのですが、「感覚」というセンサーが反応するので、やっぱ何かあるんでしょうね。最近、ほんと「感覚」ってのは、ものすごく重視するようになっています。とにかく「感覚」は何でも知っている、「身体」は何でも知っているのです。例えば「キネシオロジー」などの方法によって、その辺のセンサーを計ることができるんですが、いかんせん、現代人は狂ったセンサーを持っている人が多すぎるように思います。昨日の話の続きじゃないですが、センサーを正常化するには「○○」が一番重要なんですが、それ以外にも心身ともに健康、自然と触れ合っている、電磁波をあまり浴びない、よく睡眠をとる、などの要素があります。私最近思うのです。「自然」って大事だな、と。結局、私が滝に打たれたり、山登りしたりするのは、「身体」が「自然」を欲しているからだと思うのです。また、最近、営業の際、自転車に乗っているのですが、これも「身体」を動かせ、という「身体」の働きなんだと思います。


「潜在意識=身体」、、、という公式は、私のセミナーでもずっと言ってきましたし、おおよそ正しいことは確信できています。「潜在意識」とは決して目に見えない、神秘のベールに包まれたものではなく、そのほとんどが表に現れるもの、と思っています。「潜在意識」を「無意識」と言い換えると、その辺はもっとわかりやすくなるでしょう。「癖」なんて完全に無意識であり、表に出てますからね。でも、とは言いながらも、やっぱりもっと深く目に見えない世界があることも事実。「魂」とか「超意識」とか言うのでしょうが、この「超意識」と繋がる、会話できるようになることが、実は一番重要だと言えるわけです。確かに「潜在意識」は「現実」そのものを創っています。


人がお金持ちであるのも貧乏であるのも、異性にモテルのもモテナイのも、健康なのも不健康なのも、すべて「潜在意識」が創りだした現実の姿に他なりません。そしてもし「現実」を変えたければ、「潜在意識」を書き換えればいいだけの話です。「潜在意識」ってのは、おおよそ幼少期に形成されており、その後はいろんな経験を通して、徐々に形作られて行くものです。「高所恐怖症」なんてのは、ほとんどが幼少期に親から落とされたことが原因となっています。異性恐怖症、対人恐怖症なんてのもそう。私はいつも「営業」は素晴らしいと言っていますが、そもそも対人恐怖症の人に営業をさせるのは無理です。ですので、もしも営業の仕事がしたければ、自分が対人恐怖症かどうか知っておく必要があります。恐怖症でなくとも、対人レベルみたいなのを少しは感じる必要はあるかもしれません。全然平気なのが「10」、恐怖症で誰とも会いたくないのが「0」とすると、自分はどのレベルにいるのか。私で言えばそうですね、6から7の辺りだと思っています。過去を振り返ってみると、幼少期から思春期にかけて、やっぱり「対人」において苦労した経験もあるからです。それでも6から7辺りのレベルまで引き上げることに成功していますし、一応、そこまで上がれば日常生活や営業の仕事でもさほど支障はありません。しかし私はもっと欲張りなので、できれば10に近づけたいと思っています。せめて8~9のレベルにまでは。そのために今、「営業」という修行をしているのだと思うし、きっとその必要があるから今の営業があるのだと感謝しています。そして実際に営業である程度の成果を残すことができれば、修行の目的も達成となるわけです。


このように「潜在意識」ってのは書き換えが可能であり、やり方によっては、それこそ無限(に近い)可能性があるわけです。しかし、一方で書き換えの不可能な存在もあります。それが「超意識」です。溝口耕児さんの「なぜ、追いつめられたネズミはネコに噛みつくのか?」では、「顕在意識」「無意識」「潜在意識」「超意識」の違いが明瞭簡潔に書かれています。溝口氏によりますと、「超意識」とは「人間が生まれながらに持っている、生命保持のための力」となるのですが、ここで重要なのは「人間が生まれながらに持っている」という点です。「生命保持」については、確かにその通りなのですが、私はさらに「生まれながらに持っている使命」みたいなものも、「超意識」に含まれていると考えています。そしてその「超意識」と繋がり、「超意識」のサポートを受けている人が、いわゆる「成功者」とか「天才」とか呼ばれるものなのでしょう。


ではどうすれば人は「超意識」に繋がることができるのか。一つには「危機的体験」をすることだと言われています。「背水の陣」とも言えます。そこで呼び起されるのが「火事場のクソ力(KKD)」とも言われています。そして人間は誰もがこの「超意識」とアクセスする瞬間を味わっているのも事実です。例えば交通事故寸前で助かったり、お金がなくなってもうダメだと思った瞬間、大きな仕事が入ってきたり。こう言う経験は誰にでもあるものです。問題はここに「程度の差」があるということです。私で言えば、2年前の2月、全財産が3万円になったことがあります。ちょうど100日滝行をしている時で、「行」を断念して就職活動すべきか、、、とか誰にも言わず悩んだことがあります。しかしここで開き直った途端、NPOから仕事が入り、諸事情で入金まで早まり、その月の支払前に30万円が振り込まれたのです。私の独立後今まで、そんなことの連続です。その都度、私は「超意識」や「魂」の存在を信じ、そして「感謝」するのです。


で、「超意識」は誰にでもあって、誰がもそこにアクセスしている経験はあると言いましたが、一方で問題は「程度の差」があることだとも言いました。この「程度の差」が重要なのです。世の中で成功している人は、「超意識」に頻繁にアクセスして生きているのに対し、そうでない多くの人は、それこそ生命の危機状況くらいでしか「超意識」と繋がることができません。さらに言えば、成功している人は「超意識」と繋がる方法をそれなりに知っていると言うことです。


キン肉マンなんてそうです。そもそもキン肉マンはダメ超人でした。実力的には他の超人(ロビンマスク、バッファローマン、ネプチューンマンなど)よりも劣っているはずです。しかし、キン肉マンは「超意識」つまり「火事場のクソ力」を引き出す方法を、他の超人よりも知っているために、最後には勝ってしまうのです。例えばキン肉マンの超人強度は95万パワーなんですが、1000万パワーのバッファローマンにも勝てるし、1億パワーの超人の神々(スーパーフェニックスなど)にも勝てたのです。そう言う意味で言えば「キン肉マン」はとても深い漫画なんです。「超意識」という観ゆうじょう点で言えば。ちなみにキン肉マンでは、その「超意識」を呼び覚ます原動力となっているのが「友情」なんですが、実際には「愛情」でも「勇気」でもいいわけです。とにかくキン肉マンとは「超意識」をテーマとして漫画なんですね。深いです。


で、肝心の「超意識」と繋がる方法ですが、それこそ溝口さんの本にいろいろ書かれてあるので、参考にしてもらえればと思いますが、方法論とは別に、「超意識」とつながっているかどうかのセンサーとなるのが、私は「感覚」だと思っています。例えば何かをしたいと思ったとします。子どもほどその欲求は強く、その都度、ワクワクドキドキします。そこで何はともあれ、その「やりたいこと」をやれば、「超意識」とすぐさまつながり、「超意識」を味方にできるわけです。しかしながら、多くの人は子どもの頃にやりたいと思っていたことを、親や先生からストップされてしまいます。それはもちろん教育上の必要性があるからなんでしょうが、それが逆にアダとなり、大人になってから自分の人生を生きられなくなってしまうのです。そう、「自分の人生」とはすなわち「超意識=魂」の目的に沿った生き方であり、それはまさしく「生まれながら持っている目的」なのです。


私の今生の使命はなんですか?・・・と他人に聞く人がいますが、そんなのわかるわけない、です。それを知るのは自分自身でしかあり得ません。そしてそれがわかるようになるのは、「感覚」を通してです。いわゆる「ワクワクドキドキ」なんてのがその一つです。しかし多くの人は「ワクワクドキドキ」しても、いろんな理由でやめてしまいます。または「ワクワクドキドキ」する前に、判断基準を自分の「感覚」以外に求めようとします。親であったり先生であったり友達であったり社会の常識であったり。理性や常識に従った生き方であり、いわゆる「感覚」的な、「超意識」に繋がる生き方とは対極にあります。このようなことを繰り返すとどうなるか。溝口さんの言う「パイプ」が詰まると考えられます。つまり自らと「超意識=魂」との繋がり、それに沿った本来の生き方へのパイプが詰まってしまうのです。ですので、「超意識=魂」と繋がる本来の生き方をするのであれば、自分のやりたいことをする、以外にないのです。「カモメのジョナサン」のジョナサンのように。そして本来の教育とは、「やりたいこと」をさせる、それをサポートすることであるのに対し、少なくとも日本の義務教育は必ずしも「やりたいこと」とは一致しない「決められたこと」をさせるものになっています。「超意識=魂」と繋がらない生き方の原因は日本の教育にもあるわけです。


私はどうか。自分で言うのもなんですが、「超意識」との繋がり度を他人と比較すると、かなり上のレベルだと思っています。少なくとも今、私は「やりたいこと」をやって生きている自覚があります。振り返って見ると、私は物心ついた時から、「やりたいこと」をやり続けてきたように思います。浪人して土方したいと思えば、翌日からしてましたし、大学卒業後に放浪したいと思えば、本当にしていましたし、会社辞めたいと思えば、本当に辞めていました。そして今があります。セミナーしたいと思えばやっていますし、営業したいと思えばやっています。滝行したいと思えばそれもやっていますし、インド行きたいと思えば、おそらく行くことになるのでしょう。
 

そもそも人間は「やりたいこと」をやるために生きているわけです。他人や社会に決められたことをするために生きているのではありません。加賀田晃と言う人は、そのお手本のようにも思います。勉強したくないから中学中退。IQはめちゃくちゃ高く、マトモに勉強すれば東大合格間違いなしと言われていたにも関わらず、ものづくりが好きで中学中退して工場に勤め、その後、成功するためにセールスの世界に。その後のことも、話を聞いていたらやりたい放題の人生のようです。井戸が欲しければ掘って、バイクに乗りたければ50過ぎから免許取りに行って。まさしく「やりたい放題」です。すぐに加賀田先生の話を出してしまいますが、私の周りにはそんな人がたくさんいます。そして私自身もその一人だと自覚しています。私は決して選ばれた人間ではありません。リスクや常識を顧みず、やりたいことを重視して生きてきた結果に他なりません。そしてこれからもそんな人生を歩んでいきたいと思っています。「超意識」さんありがとう!これからもどうぞよろしくです!!


あ、そうそう、先日の「星空セミナーin清里」の録音、リクエストの声を頂きましたので、発表することにしました。ただし、それなりの料金設定させてもらってますし、内容もちょっとヤバいので、軽い気持ちでお申込みするのはお控えください。こちらですが。ではでは。
 

by katamich | 2008-08-10 23:54 | ■人生哲学 | Comments(0)