なぜ、世の中には不幸な人がいるのか? 2008.4.17

 さて、今日も一日家にいました。なぜか映画の「アマデウス」をじっくり見てしまったり。ビデオでは持っていたのですが、DVDはいろんなオマケもついてくるので、この際、買い直したら、思わずはまってしまいました。メイキングとか監督の解説とかもじっくり見て、改めてすごい映画だと言うことを知らされました。とにかく素晴らしい映画なんですが、何が素晴らしいかと言うと、とことん「細部」にこだわっている姿勢。普通、視聴者は役者や役者の見ている対象くらいにしか目をやらないのでしょうが、画面に映るものすべてにすごいこだわりがあるのです。出てくる料理もすべて本物。衣装も18世紀の素材にこだわる。モーツァルト役の俳優も一日3時間はピアノの練習。その為には当然、ものすごい費用がかかったそうですが、この先100年でも200年でも楽しめる映画だと思うので、やっぱりそれなりのことはあるのだと思います。舞台の中心はプラハ。この街は私も行ったことがありますが、18世紀がそのまま残っています。だからこそこの場所を選んだのでしょうが、実際、モーツァルトもプラハでは大歓迎を受けたことでお気に入りの場所だそうですし、交響曲第38番のタイトルはまさしく「プラハ」です。ドン・ジョヴァンニを初演したことでも知られていますので、モーツァルト自身にとっても所縁の深い土地なんですね。私も行きたくなってきました。東欧はいいですね。とにかくまあ、細部に神が宿る、ってのは本当で、とことんまで細部にこだわった結果、あのような傑作が生まれたのでしょうね。監督自身も「伝わるものだ」と言ってましたし、目に見える情報、意識で認識できる情報がすべてではないということ。むしろそれ以外の部分が重要だということですね。これもまさしく「潜在意識」の世界です。

 ところで、今日もコーチングをしていて、気づいたことがあります。最近、私はいろんなことに気づき、そして実際にいろんなことが引き寄せられています。誇張抜きに思ったことが次々と実現している状況です。思えば3年前に会社を辞めた時のことを考えたら、当時、最もネックになっていた「お金」の問題は、当時からすると考えられないくらいに潤っています。2年前、遊びなどで大阪に帰るのでさえ、思いっきりが必要だったのが、今では月に2回でも3回でも普通に大阪や東京に行けたりします。それを考えると、いつの間にか「お金」の問題は解決していることがわかります。それ以外にも健康、人間関係、自己実現、あらゆる面において充足されています。こんな私も27歳の頃はニートで、単発の仕事でさえも回してもらえない状況でした。会社に入ってもパッとせず、将来を案じていました。それが今は、、なんと充足されているのでしょうか。この変化の理由は、、まさしく「考え方」が変わったからとしか言いようがありません。「考え方」が現実を変える。これが事実だと思います。現実が「考え方」を変えるのではありません。「考え方」が現実を変えるのです。

 で、コーチングをしていて気づいた話ですが、いろいろと実現したり、幸せになっていくために、何が一番大切か。その秘訣を「一言」で表わすと何か?という話になりましたが、その時、私の口から思いがけない答えが出てきました。これで27日の「トークライブ」のテーマがようやく決まりました。それは「幸せのための究極の一つ」です。私はこの「一つ」のために3時間を費やそうかと思います。単なるお道徳ではなく、論理的に腑に落ちる形でお伝えしようと思っています。

 「究極の一つ」という話については、私だけでなく、いろんな人が言ったり、本に書いたりしています。ダン・ケネディという世界で最も影響力のあるマーケッターの一人は成功のためのたった一つの奥儀を「行動」、正確に言うと「大量行動」と言っています。確かにそうだと思います。それもそうなのですが、実は多くの人は「行動」に至るまでの準備、ファウンデーションさえもできていないと感じています。もちろん「行動」は大切ですし、「行動」さえしていれば、たいていのことは「実現」します。しかし、この「一つ」のことをおろそかにすると、何をやっても空回りです。それほど重要なことをお伝えしようと思っています。ですので、27日の「トークライブ」に参加される人は、めちゃくちゃツイてると思っていいです。もちろん「福岡」や「静岡」でもその話はします。では、ブログには書くか。いつか書くと思いますが、実は書いたところであまり伝わらないと思います。なぜならそれを伝えるためには、そのための理論的前提をきちんとお伝えする必要があり、ブログではどうしても言葉足らずになってしまうからです。

 私のあまり好きでない言葉があります。それは「なるほど」と言う言葉。もちろん「なるほど」と言ってはいけないわけではありません。私も普段の会話の時などではよく使いますし。どういうときの「なるほど」が好きでないのかというと、その「なるほど」が相手に合わせた「なるほど」ではなく、自分の勝手な解釈に当てはめた「なるほど」であるケースです。例えば五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」をいう冊子をお見せしたとします。この冊子はまさしく人生を変えるほどの力があると私は思っていますが、これを読んだときの反応として2種類あることがわかっています。一つは「なるほど」で、もう一つが「なるほど」です。

 同じやん、と思うでしょうが、実はちょっと違う、いや180度違うのです。一方の「なるほど」は「なるほど、素晴らしいです、すぐに実践します」の「なるほど」です。もう一方の「なるほど」は「なるほど、こう言う話なんですね、よく聞く話ですね」の「なるほど」です。そしてその場合、「実践」には至りません。一つの知識、情報を仕入れたことで満足してしまうのです。そして言うまでもなく、その人は本から何の利点も得られないのです。同じ「なるほど」でも、実際に聞けば、そのニュアンスの違いがよくわかるでしょう。さすがにそれを文章で表現することは難しいのですが。もう一度言いますと、前者の「なるほど」は外的な情報をそのまま受け入れ、自分のリソースへと吸収する「なるほど」です。これは非常に効果的です。一方の後者の「なるほど」は、外的な情報を独自に勝手に解釈し、既存の情報として処理してしまう「なるほど」です。これでは得られるものはありません。

 同じように、私がこのブログで「究極の一つ」の話を書いたとしますが、実際、97%の人が後者の「なるほど(意味のない)」で済ませてしまうと感じています。しかし実際に私のしゃべりを聞くと、97%の人が前者の「なるほど(意味のある)」で受け止めると思います。その為に3時間を使おうかと思っていますので。しかし、それでもやっぱり、少しはお話しておこうとか思いますので、「究極の一つ」のための「前提」についてだけ、ここで書かせてもらいます。

 幸せになるための究極の一つ、、、その前提とは。それは、、、「人は幸せになって当たり前」、ということです。これには例外はありません。前世のカルマだとか、何とか言う人もいるかもしれませんが、地球上の60億人、いや、そこまでは断言できずとも、少なくとも日本で生まれた日本人の1億3千万人は例外がありません。すべての人が「幸せになって当たり前」の状態で存在しているのです。自分だけは例外だ、自分だけは不幸の星のもとに生まれている、、と思う人。それはそれで仕方ないことですが、では、それを証明してください、と言われたらできないでしょう。「不幸の星」ってどこにあるんですか。実際、幸せそうでない人、うまくいってない人の多くは、「人は幸せになって当たり前」という前提を受け入れようとはしません。どうしても自分だけは例外だとか、カルマがどうとか言ってしまうのです。カルマは存在しないとは言いません。きっとあるのでしょう。しかしそのカルマとて、自分を守るため、幸せにするために存在しているのです。もしそれがなかったらこの世にいませんから。いい加減、「人は幸せになって当たり前」という前提を受け入れて頂きたいと思います。幸せになるのが普通の姿なのです。

 しかし、世の中にはそうでない人もたくさんいます。つまり、幸せでない人もたくさんいます。この人たちは普通でないのか。これは断言します。普通ではないです。割合的にはそっちの方が多いのかもしれませんが、数の論理ではありません。人間存在、存在の意義から言って、幸せでない人、うまくいかない人は普通ではないのです。ですので、私は昔に比べると、かなり普通に近づいてきたんじゃないかと思えます。ではどうして普通じゃない人が世の中にはたくさんいるのか。それは普通でなくする理由を自分でつくりだしているからです。幸せという状態を自ら排除しているのです。その「理由」が今回のテーマになるかもしれません。

 では私自身はどうか。完全か。全然違います。それでも昔と比べてかなりマトモにはなってきたとは思います。なぜならその「究極の一つ」を知っているから。ただ、知っててもなかなか守れないものです。ですので、知らない人はもっとヤバいということです。しかし、本当にこれはそうだと思います。「幸せな人・うまくいってる人」と「幸せでない人・うまくいってない人」の違いを観察してみると、見事なまでにその「究極の一つ」を実践しているかどうかに分かれているのです。これを言うと、かなり腑に落ちるとは思いますが、今日は言いません。こうやってわざと焦らして焦らして、潜在意識に「空白」を作って、そしてもう受け入れ態勢万全になった時に、その「究極の一つ」をインストールしたいと思っています。その場は私のセミナーだったりトークライブだったりするわけですが、正直言って私は理屈っぽいです。この手の話ってのはお道徳が多い傾向があり、お道徳も大切ですが、私はそのお道徳の「理論」をすぐに考えてしまいます。しかし、単なるお道徳として一方的に押し付けられるよりも、理論や知識として知ることで、意識と潜在意識が一致し、文字通り「腑に落ちる」感覚を得るのです。

 と言うわけで、今日もまた「焦らし系」の話になってしまいましたが、とりあえずは「人は幸せになって当たり前」という前提を受け入れることから始めてください。それでもどうしても受け入れられない、、、と言う人。それはそれでいいです。よかったら「人は幸せになって当たり前」という前提を否定する根拠を探す旅に出てください。それが人生にとって何のメリットもないことは言うまでもないのですが、「人は幸せにあって当たり前」という前提を否定するのであれば、どうか、そこまで徹底してください。それができないのであれば、そろそろ受け入れて欲しいと思います。どうか人生にメリットのある道を選んでください。それでもなお、受け入れられないのであれば、それはそれでいいです。おそらく私とは接点のない人でしょうから、いっこうに困ることはありません。

 本当は今日は違うことを書こうと思っていたのですが、長くなってきたので今日はこの辺で。人は幸せになって当たり前、幸せになることが普通なのです。ではまた。

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by katamich | 2008-04-17 23:00 | ■人生哲学 | Comments(0)