「できること」の正体とは・・ 2008.3.18

 変な夢を見ました。飛行機が垂直に落下する夢です。一度目が覚めて、寝たら、また同じ夢を見てしまいました。次に目が覚めたのは目覚まし時計です。ちなみに設定としては、私が乗るはずの飛行機に、たまたま乗れなくて別の便にしたら、それが落ちたというものでした。で、何でそんな夢を見たのかな~とか思うと、おそらく寝る前に見たドラマ「東京大空襲」が残ってたのかな、というところ。昨日のは最後の方でちょこっと見ただけですが、今日はツレから「見ろ!」と言われたので見ました。最近、年に何度かは戦争モノのドラマがありますよね。昨年は終戦記念日の前後に「はだしのゲン」の実写ドラマがやってて、私が「ゲン好き」になったものでした。そして毎回何か考えさせられます。

 それにしてもあの戦争からまだ半世紀しか経ってないんですよね。私の親の世代が子どもの時代です。そして私が一番よく聞く音楽があの時代の音楽、モダンジャズです。チャーリー・パーカーなんかまさしくあの時代の録音ですから。そう考えると、そんなに昔の話じゃないんですよね。戦争体験者は親を含めて、まだまだいるわけですし。原爆もそうですが、今日の「東京大空襲」を見て、人間って本当に簡単に死ぬんだな~と思いました。私はまだ「死ぬ」というリアリティを感じたことはありませんが、統計学的にも人間は100%死ぬわけですし、もちろん私も例外ではないでしょう。別に永遠の命を手に入れたいとも思いませんし。

 それにしても人間って何で死ぬんでしょう。と言うか、死ぬのに何で生まれてくるんでしょう。と言うか、そもそも何で人間って存在するんでしょう。と言うか、地球とか宇宙とかなんで存在するんでしょう。なんて小学生レベルの疑問持っても意味ないわけで、「いるからいる」としか言えないわけです。もっともらしい理由は解釈として考え付くとは思いますが、真実は永遠に分からないことでしょうし、ともかく「いるからいる」「我ある故に我あり」という事実がここにあるだけ、なんですね。その中で人間は「できること」をするだけ。昨日のブログじゃありませんが。

 ディーパック・チョプラが「最小限の努力」と言う話の中で、「草は育とうとはせずに、ただ育ちます。魚は泳ごうとせずに、ただ泳ぎます。花は咲こうとせずに咲きます。鳥は飛ぼうとせずに飛びます。」などと言われてますが、彼らは彼らの範囲で「できること」を精一杯やってるわけですね。だから文句も言わずに生きて死んでいくわけです(実際はどうかわかりませんが)。しかし人間は、、、もしかしたら「できること」をやらない唯一の存在なのかもしれません。地球上で最も「可能性」を持ちながらも、最も怠惰な存在。「できること」をただやっていれば、おそらく他の動植物のように、何の不満もなく生きていけるのでしょうが。チョプラが「楽に努力せずに夢を物質的な形へと実現させるのは、人間の性質なのです。」と言うのは、もしかしたらこう言うことなのかな、と私は思います。繰り返しますが、つまり「できること」をやるだけ。そしてそのために私を含め、人は生まれ死んでいくのかな、と思っています。

 最近、「アセンション」だとか「スピリチュアル」だとかが流行っていますが、私は最近、いよいよこれらの意味することが分からなくなってきました。2012年に何かが起こる、次元昇華だの、天変地異だの、至福の時代だの言われますが、それがどうかしたのか、と思ってしまいます。何が起ころうとも人は人であり、生きて死ぬだけ、単に「できること」をするだけです。「スピリチュアル」に関して言えば、最近の流行りの範囲で言うと、永続的アートマン(永遠の魂)と輪廻転生(生まれ変わり)を核とした「原始宗教(バラモン、ヒンズー)」の理念に、現代宗教(仏教、キリスト教、イスラム教)に見る「現世利得」が結びついたものに過ぎません。これについては今一度、もう少し詳しく書くことにしましょう。

 もう一度言いますが、「(現代)スピリチュアル」とは「原始宗教」の理念に「現世利得」が結びついた、多分にアンビバレントであり、同時に危ういバランスの元で成立したものです。「原始宗教」の根幹を成すものが「永遠の魂」と「輪廻転生」です。つまり肉体は滅びても「魂」は永遠であり、輪廻転生を繰り返しながら、「魂」を浄化していくことが人間の務めであるとします。死んでも「魂」はなくならず、肉体が死んでも、次世に持ち越し、再び肉体という借り物に宿りながら浄化を繰り返すものだとします。ですのでバラモン教なんかは、厳しい修行(苦行)を通して「魂」の浄化に努めるわけです。この時点ではいわゆる「現世利得」とは正反対です。むしろ「現世利得」を捨てることが、「魂」の浄化につながるわけです。ですが、例えばお釈迦様などはそういう極端な生き方をよしとせず、生まれてきたからには淡々と良い生き方(中庸)をせよ、と悟りました。ある意味「現世利得」と言えます。キリスト教もイスラム教も同様に「現世」の生き方を説く宗教なので、少なくともこの2,000年くらいは「現世利得」をベースに倫理や人生観が成り立っていたのだと思います。ですので、この限りでは「永遠の魂」と「輪廻転生」の両立を認めるわけにはいかないのです。

 そこで「(現代)スピリチュアル」の話ですが、日本でそれを先導していた一人が江原啓之だと言えます。イギリススピリチュアル協会やシルバーバーチ(←おっと、これは私のブログでついに初登場か!)の教えと言ってもいいです。ここでは「永遠の魂」も「輪廻転生」も認められます。その意味では「原始宗教」と変わらないのですが、ここに「原始宗教」が否定していた「現世利得」が加わります。ここにこそ「(現代)スピリチュアル」が受け入れられる要素があるのです。誰も苦行なんかしたくないわけです(私のように趣味で「滝行」をする人はいても)。やっぱり今生で幸せになりたいと思います。しかし今生で自分の思う通りに幸せになるのはちょっと難しいぞ、、と言うところに「前世・過去世(永遠の魂+輪廻転生)」が入り込みます。するとどうなるか。「今、苦しいのは前世のカルマなんだ」と「責任転嫁」することが正当化されてしまうわけです。だからこそ「前世ヒーリング」だとか「カルマ解消ワーク」なんて怪しげなものが横行しちゃうのでしょう。つまり「今幸せになるためには、前世の自分を癒さなくてはならない」と言う考えがあり、ここにこそ「アセンション」に必死になる土壌が生まれるわけです。

 「アセンション」するには「魂磨き」が必要、そのためにはどうたらこうたら、、と言うことですね。これもつまり「アセンション後は幸福に」という「現世利得」の表れですし、そのために「魂」という言葉を持ち出すところがまさしく「(現代)スピリチュアル」と同じなんですね。

 ただ、ここまで言っておいて、私は「(現代)スピリチュアル」も間違ってはいないと考えます。つまり私は「永遠の魂(アートマン)」も「輪廻転生」もあると思うし、一方で「現世利得」を求めて生きることにも積極的です。なので『(「永遠の魂」+「輪廻転生」)+「現世利得」』というカップリング自体はいいと思うし、もしかしたら今の時代の精神的パラダイムなのかもしれません。だからこそ、今、「スピリチュアル」なんだということで。しかし、「魂」を磨くことも、「現世利得」を求めることも、同時に「今生」でしか成し得ないと考えるところが違います。

 「今生」の責任は「今生」にあるのであって、決して「前世」や「過去世」ではありません。仮に「前世」のカルマがあったとしても(私は存在はすると思っていますが)、それを解消するのは「今生」での行い、それも地に足着いた着実な「行い」でしか成せないと考えます。確かに今の苦しさを前世やカルマのせいにすると少しは楽になるかもしれませんが、だからと言ってそこにアプローチすることは、本来的には不可能なはずです。しかし、目の前にそこにアプローチできると言う人が現れ、その人のセッションを受けるとカルマが浄化され、今の苦しみから解放され、今生での成功が約束される、、と言われたら、それを受け入れてしまう人がいるわけで、そんな土壌を生み出している背景が問題だと、私は思うのです。私が江原啓之を危険視する理由がここにあります。もちろん江原さん自身が悪いとか言っているのではありません。前世やカルマや守護霊という「目に見えないもの」を暗黙裡に前提としてしまう背景を生み出す番組サイドに危険を感じるわけです。なので多くの論者(大槻義彦、紀藤正樹、有田芳生、香山リカ、宮崎哲也等)が言うように、とりあえずは公共の電波に流すべきではない、と考えます。

 批判的な話はこのくらいにして、人間の存在意義とは、やはり「できること」をすること以外にないのです。それでは「できること」とは何か。他人が「できること」のすべてと考えていいでしょう。しかし限られた人生ですので、何もかもするには時間的な制約があります。となると、それを選ぶ自由と責任が人間にはあります。で、その「選ぶ」基準はなにか。まさしく「やりたいこと」なのです。つまりは、すべての人間にとって「やりたいこと」は「できること」なのです。私はSMAPの一員になりたいとは思いません。だからその範囲では今生の限られた時間内に「できること」ではありません。しかし本は出版したいと思っています。ゆえにそれは「できること」です。お金と時間が完全に自由になる人生を歩んでいきたいと思っています。ゆえにそれも「できること」です。さかのぼれば、私は会社を辞めて独立して仕事をしていきたいと思っていました。だからこれも「できること」なわけで、現に今できているではありませんか。

 もう一度言いますが、すべての人間にとって「やりたいこと」は「できること」です。で、今生の使命とはまさしく「できること」をすることです。他の動植物は限られた生の中で過不足なく精一杯に「できること」をやって死んでいきます。人間は地球上で最も「可能性」の広い生き物である一方、「できること」をやらずに死んでいける稀有な存在と言えましょう。人は100%死ぬわけです。どうせ死ぬんなら他の動植物と同じように、精一杯に「できること」をやって死んでいきたいものです。それが年十年先、何年先、何か月先、何日先、何時間先かわかりません。しかしその「時」は必ず来るのです。その「時」が来た時に「できること」を精一杯やった人生だったな~と笑って死んでいきたいものです。せっかく平和なこの日本に生きているのですから、その可能性は、少なくとも「東京大空襲」の時代よりははるかに大きいと思っています。そんなことを今日のドラマを見て考えたりしました。生きていることに感謝します。ありがとうございます。

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Commented by まゆ子 at 2008-03-19 07:45 x
朝からブログを見て泣きそうになりました。
私も昨日、そのテレビを見て、「とにかく心をこめて生きよう」と思いました。今あるものを、これから出会うものを大切にしなくてはと。日々、幸せが当たり前になっていました。
平和だという事がどれだけ素晴らしいか、愛する人に会える事、いろんな選択ができる事、すべてに感謝します。そして、Qさんのブログに感謝です!
Commented by katamich at 2008-03-19 12:36
■まゆ子さん!
こちらこそどういたしまして!
いつも読んで頂き感謝します!
Commented by タカ at 2008-03-22 19:26 x
そのうち分かります。
守護霊やその他のことではなく、人間自身が人間を知らないことがあまりにも多すぎます。
そもそも人間がどうやって誕生したのか、それさえも人間は予想しかしていないのです。
「多分猿がしんかしたんじゃない?」と、それまでです。
そんなことも分からないのに、絶対無いと言うのもおかしな話なのです。
電波にのって流れてくる情報なんで・・・
真の情報と比べれば無いも同然なのです。
Commented by katamich at 2008-03-25 18:07
■タカさん!
そうですね。
by katamich | 2008-03-18 23:12 | ■人生哲学 | Comments(4)