「復縁マニュアル」に吐く 2008.1.29
2008年 01月 29日
今日はなぜかメールをたくさん頂いた日でもありました。返事を出し切ってなく申し訳なく思うのですが、そのほとんどが目標達成した、またはそれに近づいているという内容でした。年末年始のセミナーに出席頂いた方々でしたが、その最後に行った「タイムライン」のアレンジ版のワークがいまだに響いているという内容。年末のセミナーからはちょうど一ヶ月が過ぎたところなので、人によっては潜在意識のプログラムが動き出した辺りかな、とも考えられます。目標達成のメカニズムってのは、実は非常にシンプルだと考えられます。とにかく最初に「目標設定」、そしてそのこと自体を忘れるまで「行動」します。で、時間が来れば勝手に達成、という感じですね。それに尽きると思います。その際、「目標設定」の方法はたくさんあって、紙に書くのもいいし、高らかに宣言するのもいいです。あと私がやっているようなセミナーやコーチングの手法を取り入れるのもいいです。自分に何がフィットするかの問題であり、その後はひたすら「行動」あるのみ。もっと深く突っ込めば、「目標」と「行動」をいかにリンクさせるか。その辺のノウハウについては、ブログやセミナー等で提供させて頂いており、その一つとして年末年始のセミナーもありました。ほんと、近頃、何が嬉しいかって、そういう報告を受けることに尽きます。私も含めて私の周囲の人たちが、どんどん目標達成して、自分の望んだ人生を手に入れる。今年の最大のテーマである「他人の幸せを応援する」ことが、少しずつではあれ、手応えを感じるようになっています。ありがたい話です。
そんな延長として、今年はいろんなツアーも考えているところです。何度も言ってますが、11月のインドツアーの準備も着々と進んでいます。とりあえずは情報収集の段階ですが、実際に旅行会社と電話で打合せする段階にはあります。例えば私の大好きなバラナシ(ベナレス)において、旅行会社の手配ツアーでは、ほとんどが新市街地の中級ホテルに泊ることになるのですが、そういうとこはメインのガンジス河から離れてしまいます。実際、ガンジス河に近いのはバックパッカー向けの安宿だったりするのですが、せっかくなのでホテルのランクをグンと落として、そういう宿に泊ってみるのもいいかな、と思っています。見所から離れた中途半端な宿に泊るよりは、日本からすると非日常的な宿に泊りながら、インドをドップリ体験する。こっちの方が素敵だと思っていますし、おそらく参加メンバーもそれを望むことでしょう。で、その辺の交渉もしてたりして、どんどん具体化しています。
その他にも求めに応じて「Q州ツアー」もやりますし、6月には沖縄セミナーとちょっとしたツアー(ゆんたく)も企画しています。で、私自身もいろんなセミナーや集まりに参加しています。やっぱり「情報」というのは生身の人間を通じて行われるもので、それは文字通りの「情報」の時もあれば、「気」や「オーラ」の交流だったりもします。そんな中で私を含む周囲の関わりある人とが、一緒に幸せになっていくことが本当に無上の喜びだったりします。何度も言いますが、自分ひとり成功しても楽しくありません。やっぱりいろんな人たちと一緒に成功し、お互いを高め合って行きたいものです。こんなこと言うと、よくあるネットワークビジネス系に聞こえますが、私はその手のビジネスはしないことにしています。正確に言うと、前はやっていましたが、今はやっていません。理由はいろいろありますが、今後もするつもりはありません。私も会社を辞めたころは、生活のため、そして成功を目指して、いろんなものに顔を突っ込んでいましたが、この3年ほどで何をするべきかが自分の中で割りと整理できるようになりました。私個人としては、ネットワークビジネスの類は決して否定するものでもありませんし、それで成功したい人はどんどん応援したいとは思っています。今でもいろんなものを紹介されますし、時にはメールで勧誘を受けたりします。ただ、まったく応じる気はありません。とは言うものの、自分のスタイルを築くプロセスにおいて、いろんな経験をしておくことは決してマイナスではないと思っています。
話を戻しますが、今年はとにかく、いろいろな人と交流する中で、真に人生を楽しみ成幸(成功)を目指すもの同士のネットワークを築いていきたいと思っています。今回の一連のセミナーを通じてわかったのですが、やっぱりそういう人たちと交流していると、私の魂がブルブルと喜んでいるのです。そして今回はそういう人ばかりでした。もっと正確に言うと、そういう人しか参加されませんでした。なのでセミナーは非常に楽しかったし、懇親会もめちゃくちゃ盛り上がりました。場所によっては朝の4時までとか。改めてそういう素晴らしい方々の前でセミナーができて誇りに思います。ありがとうございます。
ところで、今日もミクシィではいろんな記事をアップしました。ほとんどが直感で書いており、中には吼えているものもあります。で、今日は何に吼えたかと言うと、こういう情報商材についてです。それは私のメールに突然「スパム」として登場しました。こんな文面です。
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復縁 復活愛 元カレ 元カノ と よりを戻す 復縁方法
(URL消去しました:Q)
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なぜ、
何度も「別れたくない」と言っても聞いてくれなかったカレが
「もう一度やり直そう」と言ってくるのか?
復縁にはルールがあるのをご存知ですか?
詳しくはこちらのホームページをご覧下さい。
↓↓↓
(URL消去しました:Q)
配信停止はこちら
(URL消去しました:Q)
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スパムメールは余程面白いタイトルでない限り開かないことにしています。逆に言うと、スパムとわかってても面白かったら開くということで、覚えているものとては、「アリクイに殺された夫の3回忌を迎え、、、女が疼き始めました」みたいなのとか、「あなたの包茎が注目されています!」みたいなの。明らかにエロスパムだとわかるのですが、タイトルの面白さに敬意を表してクリックすることはあります。ただ、開いて見るとアリクイかは出てこず、普通の出会い系サイトだったりします。アリクイが出てきたら面白いのに。で、このスパムメールのタイトルは「復縁 復活愛 元カレ 元カノ と よりを戻す 復縁方法」というもので、ちょっと変わった出会い系だな~とか思いながら、クリックしてみました。すると思いのほか真面目な内容でした。どうやらタイトルに偽りはなく、いわゆる「復縁マニュアル」なるものが3万円で販売されているという内容。いわゆる情報商材の類です。よくネット起業家(インフォプレナー)と呼ばれる人たちが、情報商材を売買していますが、私個人的にはそれ自体を特に否定するつもりはありません。情報商材を作るのも、それを広げるのも、それなりの苦労や努力があるのでしょうし、資本主義のルールに従った一つの商売方法には変わりないですから。以前、ちょっとしたコーチングで、どうすれば外に働きに出ずに大金を稼げるのか、みたいな相談を受けたことがありますが、そういう時はそれ自体を否定することなく、今はネット上にでも稼げるネタはたくさんあると思うので、とにかく手当たり次第やってみるといいんじゃないですか、と提案したことはあります。ただ、ほとんどの場合、アルバイトでもした方が確実に金を稼げるわけですが。
それはともかく、積極的に勧めるものではありませんが、情報商材で稼ぐことも、「別に・・・」というスタンスではいます。実際、それで稼いで、それを元に公共的なビジネスをしている人もいますから。ちょっと違うかも知れませんが、神田昌典さんなどもその類でしょう。ただ、言うまでもなく、誰もがそれで成功するものではありませんけど。で、今日見た「復縁マニュアル」ですが、これについては、いわゆる「稼ぐ系」「ダイエット系」「モテル系」などと違って、私個人的はある種の憤りを感じました。「復縁マニュアル」で稼ぐこと自体ではなく、そんなマニュアルが存在していること自体、なんだかやるせないものを感じるのです。
そもそも「復縁」とは何でしょうか。文字通り「縁」を「復」帰させることですが、となると、そもそも「縁」とは何でしょう。これは私個人の意見かもしれませんが、「縁」と言うのは、本来個人で操作できるようなものではなく、ある種の必然性によって構築された「宇宙システム」のようなものだと考えています。例えば、私がいて、嫁さんがいて、その家族がいて、その友達がいて、その近所の人がいて、、、これらは何が欠けても成り立たない必然的なシステムだと思っています。今の自分がいるのは両親がいるからですが、そういう血縁関係だけでなく、もしかしたら隣近所の知らない人がいるおかげで、今の自分がいるのかもしれません。いや、かもしれません、ではなくきっとそうなのです。あの野良犬一匹いるから、今の自分がいるとも考えられます。ですので「復縁」と言うものは、必然的に存在する「宇宙システム」を3万円で自分の都合のよいように変えようという行為であり、それによってどこかのバランスが壊れることだって考えられるのです。例えば仮にそのマニュアルで「復縁」が可能になったとしても、本来、別の人(Aさん)とのご縁ができるはずだった相手の人(Bさん)の「縁」を断ち切ることになります。すると新しいAさん、さらにBさんにとってもご縁が切られたことになり、もしかしたら自分と同じか、それ以上に悲しい思いをする可能性もあります。それは一種の略奪であり、単なるエゴイズムでしかありません。
ま、「宇宙システム」とかなんとか、そんな大きな話はともかく、私が単純に憤りを感じるのは、「復縁」というどうしようもないコンプレックス、つまり心の弱さにつけこんだ、非常に悪どい商売だと感じるところです。実際、その「復縁マニュアル」とやらのコピーを読んでいると、吐き気さえ覚えました。情報商材の本質はコンプレックスを刺激することにあります。情報商材のほとんどはお金、容姿、体重など、人間のコンプレックスにつけこんだところにあります。ただ、それを買って生かすのも損するのも自分自身だし、ある意味、楽して事をなそうとするコンプレックスをカモられただけに過ぎません。ただ、この「復縁」と言うのは、そんな生易しいことではないと感じています。例えば貧乏な人は情報商材になど手を出さず、一生懸命働けばいいのです。太っている人も同様、情報商材など買わずにきちんとダイエットすればいいのです。しかし「復縁」と言うのは、ある種のどうしようもなさ、があります。
例えば10年付き合って、お互い結婚を意識して、その準備も進んでいたにも関わらず、突然の相手の心変わりで別れることになったとしましょう。仮にフラれた方を女性とします。女性は33歳。男の方は新しい若い彼女とくっついて、いい気持ちになっています。しかし残された女性は、、、10年間の思い出、それにまつわる写真やモノ、結婚のために揃えた品々、そして幸せな結婚に対する夢、、、そんなものが儚くも奪われてしまいました。正確には思い出やモノはあるのですが、夢や希望だけが奪われるのです。もちろん、より戻すことを何度も彼に言いました。しかし彼のほうは新しい恋人に夢中です。女性はもうどうしようもありません。泣くしかないのです。そんな時、スパムであっても「復縁マニュアル」みたいなものが転がり込んできて、3万円を払えば、もしかしたら彼とよりを戻せるかもしれない、、、となったとき、多くの当事者はそれを購入するでしょう。で、その悲しみの度合いが深刻であればあるほど、購入する確率は高くなります。
「復縁マニュアル」とはそのような深い悲しみや心の弱さにつけ込んだ商材であり、一方でそのような人の純粋な心を金に換えてほくそ笑んでいる連中がいるのです。ああ、実に遣る瀬無い。吐き気がする。もしも、本当にすべての人が幸せになり、そして確実な「復縁マニュアル」があるのだとすれば、確かに3万円は安いと思います。しかし実際は、仮に復縁したところで、それが本当の幸せかどうかはわからないし、そもそも、人のご縁、人間関係を確実に修復なり操作することは、土台、無理な話なのです。少し考えればわかるはず。確かに、それで踏ん切りがつくのであれば、その存在価値も少しは認められるかもしれませんが、3万円で踏ん切りがつくほどの悲しみなど、悲しみとは言えません。
私だってかつて好きだった女性からふられて悲しい思いをしたことがあります。これからどこそこに行こう、一緒に何を食べに行こう、来年のクリスマスはどう過ごそう、、、などワクワクしていたことが、瞬時に消え去るのです。そして半年で10キロほど痩せたりしました。その間、寄りが戻るかどうかコインで占ったして、ひとりで一喜一憂するときもありました。空しくも。もしその時、3万円でよりを戻せると言われたら、喜んで払っていたでしょう。しかし幸か不幸かそんな話はありませんでした。しかし、あの時、ふられていたからこそ今の嫁さんがいるわけです。そして私は幸せです。おそらくその時の彼女も今は幸せでしょう。それでいいのです。それがご縁なのです。そういう意味では、私はこのご縁に感謝するしかありません。
仏教用語に「愛別離苦」と言うものがあります。「四苦八苦」と呼ばれる人間に元来備わった八つの「苦しみ」の一つであり、愛する人、大好きな人との別れをのことを言います。仏教ではこう教えます。多くの別れは自分ではどうすることもできないこと。そのどうしようもないことを何とかしてやろうと思うからこそ、そこに「苦しみ」が生まれる。その「苦しみ」から逃れるには、自分でどうこうしようという心を捨て、前向きに未来を向いて行くしかないのだ、と。
年末だったか、私は東京か札幌かのセミナーでこんな話をしたと思います。もしも自分自身が不幸の塊であり、それがゆえに人の幸せを素直に喜べない。過去に起こった悲しいことが、いつまでも心の奥にしつこく残ってて、自分を許すことも、他人を愛することもできない。こんな人っていますよね。しかし、そういうしつこい悲しみをすべてチャラにして、自分を許し、人を愛することができるようになる方法が一つだけあります。過去のことなんて、すべてチャラです、チャラ。一つだけその方法があるのですが、それを知りたいと思いませんか、と。その方法とは、、、つまり、これから自分自身が幸せになればいいのです。幸せに向かっていけばいいのです。ただ、それだけ。
そんな話をした気がします。確かそれを聞いてやばかった、という声も頂きました。悲しみの度合いは人それぞれです。私が想像もつかないような悲しみを抱えている人も世の中には大勢いることでしょう。しかし、そんな悲しみも、自分自身が幸せになることにおいてのみ、チャラになるのです。もちろん悲しみをすべて捨て去ることは難しいでしょう。しかし日本語とはよくできたもので、「悲しみ(かなしみ)」とは「愛しみ(かなしみ)」とも書きます。「愛」があるからこそ「悲しみ」を感じることができるのであり、「悲しみ」があるからこそ「愛」することもできるのです。だったら、これからは「悲」に焦点を当てるのではなく「愛」に光を当てて生きていってはどうでしょう。ここに日本語の美しさがあります。「悲しみ」を単なる「悲しみ」として終わらせるのではなく、「愛」に光を向けさせる受け皿を用意しているのですね。
何の話してるのかようわからんくなってきましたが、要するに「復縁マニュアル」のスパム受け取って吐き気を覚えた私はなんかひねくれてるでしょうか、ということです。そもそも人は「幸せ」にしかなれん生き物なんです。それに気づくべき。なんだかわかりませんが、すぐにどうしようもない苦しみとか不幸にしがみつこうとしますよね。いい加減、あきらめなさい!と言いたい。「復縁マニュアル」もいい加減にしなさい!
とにかく眠くなってきたのでこの辺で寝ます。おやすみなさい。
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