「アセンション」と「ディセンション」 2007.8.29
2007年 08月 29日

つまり、メッセージの内容よりも、「誰が言うか」の方が重要なのです。で、できればそのメッセージは不可解な方が効果があります。思考回路を閉ざして、潜在意識むき出しの状態で「お金に困りませんよ」みたいなメッセージを入れてもらうのです。それも言う方は「すごい人」である必要があります。 「すごい人」が「すごい」理由はその辺にもあるのですね。しかし、できればこのメッセージを例の会場で白目むきながら言ってみたかったものです・・・(笑)。
ところで、先日、「アセンション」ついて、ちょっと書きましたよね。「アセンション」とは人間が光になることでもなく、人類が皆スピリチュアルになるわけでもなく、強いて言えば、これまでスピリチュアルと言われてたことが、普通になる、という話です。要するに、科学の発展によって、これまで「目に見えない」「不可解なこと」とされていたことが解明されるのです。それもほとんどが。とりわけ「量子力学」の発展によって、革命的に進んでいくことと思われます。実際、リサ・ランドール博士を中心として、実証的に5次元の存在証明をしようというプロジェクトがスタートしているようです。もしそれが成功すれば、これまで「5次元からのメッセージ」なんて言って、人と洗○しようとしてきた目論みがすべてパーになってしまいます。で、おそらくそれは成功するでしょうから、つまりは目に見えない世界のことのほとんどが目に見えるものとして実証され、それまで神格化されていた一部のスピリチュアリストが仕事を失うという構図になるのです。要するに「アセンション」とは普通の人が普通でなくなる、のではなく、普通でない人が普通になるという、いわば「ディセンション」と呼べるものなのです。
これは実際に科学の発展を見ればわかります。300年前だと日本にいる人が、ブラジルの人と交信するのは不可能でした。それこそチャネリストの仕事であったのです。しかし今は携帯電話で誰でもがリアルタイムに交信できます。もし今、携帯電話を使わずにブラジルの人と交信できる人がいたとして、何らかのトレーニングによってそのことが可能になるであろう、、と言われても、私は携帯電話を使う方を選択します。なぜならそれが自然だからです。ちょっとだけ理屈を言うと、テレパシーによる交信も携帯電話による交信も「波動」という点では一致します。私はテレパシーは存在しないとは言いませんし、むしろ、古代はそういうことが普通に行われてきたという説も信じる方です。しかしその原理はまさしくなんらかの「波」によって成されるものであり、テレパシーはその「波」を利用したに過ぎません。その「波」は元来より自然界にあるものだったのが、携帯電話の場合はその「波」を人工的に作ってしまったという違いがあるだけです。人工的に作った波、すなわち「電磁波」は自然界にはないので、当然、人体には影響があります。マーガリンがトランス脂肪酸という、プラスチックと構造が同じ人工物質によって作られているのと理屈は同じです。しかし、だからと言って携帯電話よりもテレパシーの方が優れているとは言いません。なぜならテレパシーは再生が難しいからです。できたとしても精度は劣るでしょう。それよりも有害な電磁波が放射されないものを使うか、または電磁波を遮断する工夫をすれば、そっちの方がはるかに安くて便利です。
それと同じように、これまでスピリチュアルやサイキックと呼ばれ、目に見えない世界の専売特許とされていたことが、目に見えるもの、つまり再生可能な科学として取り扱われるようになります。そしてそのスピードはますます加速しているので、「目に見えない世界」というロマンが失われる可能性はあります。そんな世界が来た時、我々はどう反応するでしょうか。おそらくスピリチュアル一辺倒だった人は行き場を失うかもしれません。一方で、地に足をつけて現実的な営みを一歩一歩行っている人は「なるほど」で済むはずです。以前、とある有名な宗教団体が、20世紀末はハルマゲドンが起こることを信じて、親子での勧誘活動を盛んに行っていた時期がありましたが、結局、今のところは目立ったハルマゲドンは訪れていません。だからなのか、その宗教団体はある時期から精力を失っているかのごとく、ここ数年は勧誘にあうことがまったくなくなっています。ハルマゲドンやアセンションってのは、「世紀末思想」の一種に過ぎず、その思想自体はこれまで何百年と繰り返されてきました。今回の2012年のイベントもおそらくその一つであると思います。しかし、そうは言っても「今回はちがう、今回はほんとうだ」としきりに力説している人がいるのも事実です。そして「ここにいる人は2012年に先立ってアセンションを経験するので、これからは左団扇ですよ!」なんて言ってるのも聞きましたが、それを信じる方と、それを広める人の責任はどうなるのか、、、と思ってしまいます。ま、それはそれなのかもしれませんが。
実を言うと、私も以前は「アセンション」とか「フォトンベルト」のような話を信じていて、本を読んだり講演会に足を運んだりしていた時期はありました。しかし今は非常に客観的です。確か船井幸雄さんも、一時期、フォトンベルト、フォトンベルト、、と叫んでいましたが、今では自身のホームページや書籍類で、すでにフォトンベルトの存在を否定しています。それはともかく、アセンションに関する思想や集まりの中で、私が決定的に違和感を持つようになったのは、ある種の「選民思想」が目に付くことです。つまり、「この情報を知っている、この場にいる、この会に属しているだけで、2012年以降はバラ色ですよ、おめでとうございます」みたいな思想です。「おめでとうございます、当選しました」というダイレクトメールみたいなもので、実は何の根拠もなかったりします。では、その情報を知らずに、真面目にコツコツと頑張っている人、それだけで日々感謝の念を持って生活している人は、2012年以降は不幸になるのでしょうか。私は決してそうは思いません。むしろそういう人こそが、時代やブームに流されずに、本当に意味での幸せを実感するのだと思います。
今、ブログやインターネット上で、いわゆる精神世界の関係の人たちが、2012年の「アセンション」に向けて、号令をかけているのを目にすることがありますが、私はそれには同調いたしません。おそらく精神世界に興味がある人で、このブログを見ている人は多いと思いますが、私の結論を言いますと、2012年は普通に通り過ぎます。それは1999年から2000年、2001年にかけて、非常に普通に通り過ぎたのと同じくしてです。もしかしたら、私の見えない範囲ですごいことが起こっている可能性はありますが、地球に生まれてきた以上、重要なのは目に見える事象のことです。地球人は統計学的にも100%死にますので、それ以降に、思う存分、(地球人には)目に見えない世界のことを楽しむことができます。
前にも言ったと思いますが、地球という星は宇宙の流刑星みたいなものです。3次元という制限された世界で、不自由ながらも生きていかねばなりません。そして宇宙には、5次元はおろか、もっと高い次元が存在するのも認めます。しかし、我々はひょんなことから地球に生まれています。なぜなら意味があるからです。日本人として生まれ、男・女として生まれ、この両親のもとに生まれ、このような人と知り合い、、すべて意味があるのです。起こっていることに既に意味があるのです。その意味から目をそらし、5次元に真の意味を求めようとする姿は、決して、地球人の使命ではないと思われます。地球は流刑星かもしれませんが、その中でも楽しく、自己を思うままに表現する使命はあります。その使命を全うすることが、本当の意味での「アセンション」を経験できるのだと思われます。そのためには、現実に向き合いながら、一歩一歩と大切に生きていくことだと思います。何だかんだ言って、楽しければそれでいいのですから。
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いわゆる2012年の話は1997年7の月の問題と同じだと、
頭ではわかっているのですが今まで何となく引っかかりを感じて
いました。
しかし後段から2パラグラフ目で完全に洗脳(?)から
解けました。まさにスッキリです。
コメントありがとうございます!
この手のイベントってのは定期的にありますよね。
1997年の前は、記憶してる限りでは、1983年もだったと思います。
いずれにせよ2012年は楽しみですね。