「いじめ」について考える 2007.1.8

 今日は祭日でしたね。今年の本格始動は明日からなんでしょうね。今日は海外帰国ラッシュだったようですし。私も仕事的にはまだ本格始動はしてませんが、コーチングはちらほら入ってきています。ありがとうございます。ただ、今日はセッションの時間を間違えて、ご迷惑をかけてしまいました。。。反省です。そして朝のコーチングの後で滝行です。今日も気温は低かったのですが、昨日の「恐怖心」の話ではありませんが、滝に対する恐怖心を外してのぞんでみました。つまり、「寒そ~、冷たそ~」と考えるのではなく、「今日も気持ちがいい滝を頂きます!」と切り替えてみたのです。すると、滝に入る抵抗感はいつもよりも薄れていたように思います。しかし滝に入ると、、、やっぱ冷たいですね~。最初の2分間の辛抱なんですが、気持ちがちょっとネガティブになってしまいます。気持ちよくなったら感謝になるのですが。まだまだ試練ですね。明日は最初の2分間をいかに気持ちよく打たれるかのトレーニングですね。我を捨ててしまえば楽なんでしょうが、まだまだ我の強い奴のようでして。。。

 ところで、今日、夜に月9の「東京タワー」を見ました。最初は福岡県の筑豊地方が舞台で、見たことある風景が出てきて、なつかしさを感じました。小説は読んだので、ドラマも出来るだけ見たいと思います。そしてテレビを付けっぱなしにていると、草なぎくんが出てきました。スマスマの特番のようで、テーマは「いじめ」。草なぎ剛とヤンキー先生の義家弘介氏がを中心にいろんなゲストと小学生が出ていました。

 まず驚いたのが、小学生に対する「いじめられる方にも問題がある?」というアンケートに対して、80%くらいの人が「YES」と答えていたことです。何人かの小学生に理由を聞いてみたところ、「しゃべる時に唾を飛ばす」とか「自己中心的」とかがその理由でした。まあ、小学生なら仕方ないかな、と思いながらも、その答えを聞いたヤンキー先生が立ち上がって「お前ら絶対許さんぞ!」と怒っていました。仮にいじめられる側に問題があったとしても「イコールいじめる」では決してないはずです。「(いじめられる)問題」と「(いじめる)行動」とは本来別なはずなのに、それを結び付けてしまうのは確かにおかしいですよね。ただ、小学生並にしょうむない理由でいじめるってのは、大人の世界にこそあるのですが、今日のところはそっちまで話を広げないようにしますね。実際には大人の方が遥かにエゲツナイのですが。

 ただ、小学生のいじめにおける、「問題」と「行動」とを容易に結び付けてしまう異常な精神状態ってのは、これは一種の「催眠状態」だと言えます。例えば「しゃべる時に唾を飛ばす」ことが原因になっているとすれば、「しゃべる時に唾を飛ばすな!」と言えばいいのですが、それが悪質ないじめに発展してしまうのは、そこに「正当性」という「催眠」がかかっているからなのです。論理的に考えれば、「唾を飛ばす」→「いじめ」には何の正当性もないはずです。最初は「唾を飛ばすな」の一言なんでしょうが、それを2人言い、3人言い、4人言うと、集団の論理によって「唾を飛ばすな」という言葉が正義になってしまうのです。それでもクセはなかなか治らないものです。また唾を飛ばされると、正義の名の下で鉄拳を加えようとするのです。そこに「いじめの正当性」が生まれるわけです。そのうち、いじめられてる方は唾を飛ばすまいとしゃべらなくなるでしょう。すると発端としていじめの原因、つまり自らの正義や正当性を発揮するネタがなくなったので、今度は別の観点で因縁をつけようとします。例えば、言いたいことをはっきり言わないとかそんなことで。そしてまたいじめます。でも彼らにとってそれは「正義」なのです。それゆえに「いじめられる方に問題がある」に80%も手を上げてしまうわけです。これは単なる「催眠」です。「学校」という閉鎖社会に陥りがちな「催眠」なのです。

 昔こんなことがありました。私の兄貴は天才少年と言われていました。とにかく半端じゃないくらい勉強ができるのです。しかし、人付き合いはあまり上手ではありませんでした。むしろめちゃくちゃ下手でした。それゆえにちょっと変わってる雰囲気がありました。中学生の頃、私の同級生が私に向かって言いました。「オマエの兄貴、神経あるんか!」と。私は言われ慣れてはいたのですが、その言った本人にも弟がいました。なので私は仕返しをしました。「オマエの弟こそなんやねん!昔、洟垂れとったくせに!」、と言い返しました。するとその相手はムキになって怒ってきました。「そんなこと言わんでもええやろ!」、と。今で言う逆ギレです。しかもなぜか半泣きでした。弟のことを言われるのが余程嫌だったのでしょう。事実ちょっとアホっぽかったので。そこで私は冷静になって言いました。「オマエも弟のこと言われるの嫌やったら、俺もアニキのこと言われるの嫌やねん!」、と。すると一瞬黙ったのですが、その後に恐るべき言葉が返ってきました。「オマエのアニキは特別やろ!」、と。

 めちゃくちゃな論理ですよね。兄貴が勉強ができることに対する妬みでもあったのでしょうが、私の兄貴だけは何を言ってもいい特別な存在だったのです。誰がそんなことを決めたのでしょうか。自分がされて嫌なことは相手にもしない。それが幼稚園の頃に最初に習うルールのはずです。そうなんです。いじめの論理も同じなんです。いじめられる側は「特別」なんです。彼らは「特別」なゆえにいじめられることが正当化されてしまうのです。自分がされて嫌なことであっても、相手は特別なので、いじめてもいいのです。そこにはルールも論理性も何もありません。「いじめることは正義」という「催眠」が学校全体にかかってしまうのです。いじめる方は確かに悪いです。でもそのような「催眠」を引き起こしてしまう「学校」という組織、制度、構造に問題があるのです。

 今日のスマスマでは感動的なエピソードが紹介されていました。ある少女の話ですが、ある時から中学でいじめられるようになったのです。きっかけは、別の人がいじめられてるのを見て、いじめている人間に「やめなよ」と言ったことです。それが原因です。ゲストで出ていたさかなクンが言ってました。魚の世界にもいじめはある、と。つまり同じ水槽に入れていると、必ず誰からがいじめられるのだそうです。そのいじめられている魚を別の水槽に分けると、今度はまた別の魚がいじめられるのだそうです。それと同じで「やめなよ」と言う行動によって、その少女はいじめられる標的に変わってしまったのです。そうなると、周りは誰も助けようとはしません。自分がいじめられるのは嫌ですから。話を聞くとめちゃくちゃです。男子が集団で一人の女子をいじめるのです。しかも殴る蹴る。鬼畜としか言いようがありません。先生は男子が怖くて見て見ぬふり。そのいじめられている少女は転向しました。しかし転向した先でもいじめが始まったのです。今度の先生はさらにひどいです。いじめられている少女に対して、「前の学校でもいじめられていたのだから、それはお前に問題がある。この学校では殴られるいじめはないから良かったと思いなさい」、と言ったそうです。おいおい、それはポジティブ・リフレーミングとは言わんぞ、あほ。まったくひどい話です。先生と生徒ごと「催眠」にかかっているのです。少女がいじめられるのは「正当化」されているのです。

 しかし、そこで少女の母親が立ち上がりました。いじめている側の母親などもいる父兄の集まりの中で、いじめの問題について涙ながらに訴えたのです。するとそこにいた父兄にも心が伝わりました。そして父兄は口をそろえて「子どもにきちんと言います」と約束したのです。その日の夜にクラスの学級委員の女子から、いじめられている少女に電話がかかってきました。「今まで助けられなくてごめんね」、と。翌日、いじめていた側が涙を流しながら少女に謝ったそうです。「催眠」が解けた瞬間です。

 ここで論点を2つ挙げたいと思います。一つは「①どうすれば催眠に解けるのか」です。もう一つは「②なぜ少女は転向したのにいじめられたのか」です。まず①についてですが、「催眠」から解くには感情に訴えかける強い衝撃が必要です。論理では「催眠」から解かれません。オウムに洗脳されるのも「催眠」ですが、彼らは非常に論理的な頭を持ちながら「催眠」からは解かれませんでした。結局、麻原が捕まってから、何かの衝撃で解かれたのでしょう(苫米地術とか)。この少女のいじめのケースでは「母親の涙ながらのうったえ」がそうです。本当に心から、感情をもって訴えかけると伝わるのです。親は絶対に逃げていてはいけません。愛する子どもを救うつもりならば、どんなことをしてでも立ち向かうべきです。でなければ伝わりません。そして伝わった時に、始めて「催眠」から解かれるのです。「催眠」にかけるのも感情であれば、それを解くのも感情です。担任や校長、教育委員会が「今、対処方法を検討しています」なんて言ってるうちは絶対にダメです。校長に本当の危機感があるのであれば、ハゲ頭振り乱して涙ながらにいじめを止めさせるよううったえなければなりません。もちろん担任もです。本当に必死になれば伝わるはずです。先生は普段から金八先生でも何でもいいので、熱血教師ものを見て置くべきです。そして普段から感動しておくべきです。そして本当にいじめが起きたら「オレは熱血教師、熱血教師」とアファメーションして、生徒の前に立つべきです。そして泣くのです。そうして「催眠」から解かれるのでうす。今日出ていたヤンキー先生はそのことを訴えかけるべきです。いじめをなくすには先生と父兄による「感情」が大切だと。「検討します・・・」と言いながら将棋してる場合ちゃうちゅうねん。

 「催眠」を解く話は以上。二つ目の論点ですが、「なぜ少女は転向したのにいじめられたか」です。違う学校でいじめられたのであれば、さも、その少女に問題があるように思うかもしれません。しかし。前の学校でいじめられ始めた発端はいじめに対して「やめなよ」と言ったことです。本来的にはいじめられる要素はないはずです。しかし、その少女はいじめられるのです。転校した学校が「催眠」にかかっている学校であれば、その少女は必ずいじめられます。なぜか。それもまさしく「潜在意識」で説明できます。少女は前の学校でいじめられていました。その心の傷は学校を代わっただけでは消えません。少女の潜在意識は「いじめられる」という状態で現状維持してしまっているのです。潜在意識はウソをつきません。少女の潜在意識が「いじめられる」を維持している以上、悲しいかな「思考は現実化」してしまうのです。

 だから「いじめられる側に問題がある」はまったく間違っているのです。少女は潜在意識のことなど知りません。自ずと気づいて、克服する人はいるかもしれませんが、普通はそんなこと知りません。知っていれば、転校と同時に潜在意識のプログラムを変えてしまえばいいのです。そういうスキルをNLPは持っているので、そういう意味で本来的にはNLPは学校のいじめを解決する手段にもなるのですが、今の教育委員会はなかな理解を示さないだろうな~と思うのは、私の思い込みかもしれません。私こそが立ち上がって、いじめられて傷ついている子どもたちのケア(潜在意識の改編)を行わなければならないかも。そうだ、NLP仲間にこのことを提案してみよう。チームを組んで研究し、実際のケースを積めば教育委員会も理解するはずです。これ、マジでやらんといけないですよね。今年に目標が一つ増えました。NLPでいじめを解決する、です。

 話がまた脱線してしまいました。でも確かに「潜在意識を改編」して、いじめられている子どもの心のケアをするというアプローチはあまり聞きません。教育委員会的には「潜在意識」ってのが胡散臭いのでしょうが、「いじめられてるお前にも問題がある」なんて言ってるオマエの方がよっぽど胡散臭いっちゅうねん。あかん、また脱線しそう。いじめられている子どもが転校してもいじめられるのはそういう理屈があるのです。しかし、いじめられている子どもにとっては「今、いじめられなくなる」ことが一番重要です。これまでの話を踏まえて、3つの方法を示します。

 一つ目は「感情」によって「催眠」を解くという方法です。これが一番丸く収まりそうですよね。しかし、それが難しい場合もあります。先生や父兄が本気でない場合です。その時は「転校する」ことです。ヤンキー先生も言ってたように、いじめのある学校なんて「学校」ではなく「地獄」です。転校すればいいのです。しかし、さっき言ったように、「潜在意識」に「いじめられる」がプログラミングされている以上、また、同じことになるかもしれません。そこで二つ目の解決方法です。「潜在意識」のプログラムを変えるのです。これにはNLPが有効だと思われます。他にもいい方法はあると思いますが、とにかく、子どもに「もういじめられない」という確固たる信念を持たせることが大切です。ではそれさえもが難しい場合はどうすればいいのか。そこで三つ目です。いじめのない学校に転校すればいいのです。つまり「いじめを正当化する催眠」にかかっていない学校に転校するのです。そんな学校あるの。あります。例えば私が前に紹介しことがある大分県日田市前津江村の柚木小学校です。ここはいじめがありません。「いじめを正当化する催眠状態」にありません。生徒数は少ないのですが、自然に囲まれ、真に人間らしい教育が行われている学校です。事実、日田市内でいじめにあっていた子どもをこの学校に転校させて、本当に子どもらしい人間性を取り戻したのだと聞いています。前にこの学校のレポートをしたことがありますので、是非、そっちをご覧になってください(田舎パワー里親プログラムの開始)。

 もちろんいじめのない学校はここだけではないと思います。そういういじめのない学校(いじめを正当化する催眠状態にない学校)に、傷ついた子ども転校させることで、本当に人間らしい心を取り戻すのです。そこで人間にとって最も重要な「自尊心」を取り戻すのです。いろんな成功プログラムで言っています。「自尊心」こそが成功の源であると。私の元同級生でもいるのですが、いじめられていたことが深い傷となって、社会に対しても恐怖心を持っている人が。いじめた方といじめられた方がいるとすれば、天罰とかなんとかを考えないのであれば、現実的に社会で成功するのは「いじめた方」であり落ちぶれるのは「いじめられた方」です。理不尽ですが、潜在意識の法則からもそれが現実なんです。でもこれは理不尽です。許されて欲しくありません。なのでやっぱ幼少期、少年時代に受けた傷は早期に治しておく必要があるのです。学校に行ってはいじめられ、家庭に帰っては逃げるなと言われでは、その子どもは居場所がありません。心がどんどん傷ついてしまい、自尊心をメタメタにされ、大人になっても敗北者の烙印を押されてしまうのです。誰が悪いの?。本人が悪いのでありません。幼少期に傷を負わせた加害者、それを黙認した周りの人間、そした制度と環境が悪いのです。

 そんな彼ら彼女らを救うにはいじめのない学校に転校させるしかありません。文科省は「いじめのない学校創出10カ年計画」を策定して、各地でまずはモデル的にそういう学校をつくるべきです。策定メンバーには教育関係者はもちろんですが、いじめの被害者の父兄、法律家、セラピスト(NLPや催眠家)、宗教家、ジャーナリスト、建築家、新聞社などを配置するべきです。なんなら私がその中に入ってもいいくらいです。今でもまちづくりコンサルタントとしての肩書きはありますので。まとめます。いじめをなくす、または救う方法は3つです。

1.「いじめを正当化」する「催眠」を解く
2.メンタルケアを徹底して、いじめのトラウマを消してから転校させる
3.いじめのない学校に転校させる


 この3つです。かなり現実的だと思います。マジでどっかで提案しようかと思います。てなわけで、今日も長くなっちゃいましたが、結構、マジになっちゃいました。読んで頂き、ありがとうございました。

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【21日滝行日誌 3日目 曇り 5℃】
「行」が始まってから初めての一人。誰もいないからと言って誤魔化しはきかない。滝に入った最初の2分が結構ネガティブになったけど、あとはいい気持ち。ようやく3日目が終わった。
Commented by kamiesu at 2007-01-09 11:23 x
いてもたってもいられないくらいの反応が私の心に生まれた内容です。素晴らしい。素晴らしすぎます。今年の私の勉強キーワードの一つを「潜在意識」にします。
Commented by しの at 2007-01-09 11:59 x
ずっと前に日本料理屋さんでアルバイトしていたころ、ちょっといじめられてて、「あー私をいじめることでこの店の人たちが一致団結できるならいいや。」って思ってました。
いじめられた内容を家族や彼や友だちと話していつも笑いのネタにしていました。
守ってくれる人の存在をとてもありがたいと思えました。

理屈の通らない正当化っておかしいですね!
Commented by katamich at 2007-01-09 13:07
■kamiesuさん!
ありがとうございます(^^)
潜在意識の力は偉大です!
Commented by katamich at 2007-01-09 13:08
■しのさん!
それを笑えるしのさんはスゴイ!!
一致団結ってのは怖いものです。。。
人って本当に催眠にかかりやすい生き物だと思いま。。。
Commented by てらぽん at 2007-01-09 16:14 x
すばらしい使命がまた一つできましたね。

私も小学生の頃、「チクれば(告げ口したら)虐められる」という連鎖を目の当たりにしました。生徒会委員でもどうにもできないことや裏で無意識のうちに虐めに回ったりしたこともあります。やはりその頃のことは20年近くたっても覚えてますし嫌なものです。

まさか、それとNLPがつながるとは!
Commented by himawari at 2007-01-09 18:10 x
いじめるのは良くないです。でも、グループの中でいじめられる対象になるには、今回の女の子みたいなケースは別として、多くはいじめられる本人にもそれなりの問題があるのかもしれない・・・、それをなくさないとまたいじめられることにならない?と思ってしまっている節が自分にもありました。いじめられる側の立場だと、自分をすごく責めたりもしますよね。

転校しても何故、いじめられるのか?現実的に社会で成功するのは「いじめた方」 。よくぞ、言ってくれました!なるほどー、です。私にもいじめる、いじめらる、どちらにも近いような経験はあります。例えば、いじめにあって、しょんぼりしていると・・・そんな奴には天罰下るからほっとけ、相手にするな!などと諭されることがありますが、納得できないものがずっとありました。潜在意識、恐るべし。それに、幼少期の心の影響力も怖いですね。ずっとそんなところから逃れたくて、もがいてる気がします。今回も素晴らしいお話しをありがとうございます。
Commented by katamich at 2007-01-12 00:12
■てらぽんさん!
NLPがどこまで効果あるかわかりませんが、先生方も「潜在意識」のことを理解すれば、子どもの気持ちや状況をもっとよく理解できると思うのです。ま、これからですね(^^)
Commented by katamich at 2007-01-12 00:15
■himawariさん!
「いじめられる」理由、「いじめる」論理、確かにあると思います。「原因と結果の法則」じゃないですが。一方で、いじめる人といじめない人もいるわけですよね。その違いも重要かもしれません。私はやっぱりいじめられる側の心のケアこそがまずは最優先だと思います。かつて「いじめる」側にいた経験もあるだけに(小学生のころ)
by katamich | 2007-01-08 23:11 | ■人生哲学 | Comments(8)