今日は移動日。新幹線の方が楽なんだけど、なんとなくベンツで。2年前もベンツで岡山、京都(伏見)、大阪、東京と1週間ほど走った。その間、母校に寄って吹奏楽コンクールも見に行った。僕はどこか母校愛がある。
嫌な出来事もそりゃあったろうけど、今となってはすべてがいい思い出だし、人生の糧になっている。運命の分かれ目ってのが人生にはある。中3の1学期だ。
僕の世代は第二次ベビーブームで人数が多く、本来であれば全寮制となるところ、中1・2の時は近いので家から学校に通っていた。それが中3で男女とも寮が増築され、晴れて完全な全寮制となった。そこで重要なのが部屋割り。
仲のいい友達と同室になりたかったけど、最初の部屋は同級生が一人、必ずしも仲が良いわけでもなかった。それどころか常に劣等感を与え続ける、どちらかと言うと嫌な奴の部類。
しかしスペックが無敵だった。学年1(もしかしたら学校1)のイケメン、柔道部主将で運動も喧嘩も強い、勉強は中の上にはいたかと思う。つまり「顔・力・頭」の当時のスペック3要素で言えば5段階で間違いなく「5・5・4」なんだが、もう一つ要素を加えるなら性格(人)は僕からしたら「2」だ。
しかしこれは「インキャ」の僕からの評価であり、中学生の文化から則して言えば、「ちょっと悪いくらい」がモテるのであり、女子からすれば間違いなく「5」だったろう。実際、本当に悪い部分は何一つなく、実は優しい一面もたくさんあった。
しかし、僕はその男から「ダメ人間」のレッテルを貼られていた。それは「事実」なので言い返せない。ここでもし勝負できる分野があるなら、もう「勉強」しかない。当時の僕のスペックは「顔・力・頭・人=2・2・3・2」であり、勉強だけがなんとなく普通で、それ以外は性格も含めダメだった。ただ、一つ上の兄が「頭」は5におさまらず、番外で10はあったので(それ以外は1としても)、僕は相対的に勉強もダメと言われ、結局、「なにも取り柄がない」と言われ続ける実際があったのだ。
そこで僕は黙って勉強を頑張った。そいつには負けたくない。同じ部屋で毎日「シコパー」と言われながら、黙って頑張った。ちなみに当時の寮では多くのスラングがあり、「頑張ること」を「シコる」と言っていた。例えば「髪を整える」だけで「なに髪シコってんねん」と揶揄される。世間的に「シコる」は表で言えないような用語であることを当時は知らなかった。
なので「シコパー」とは「頑張っても成果が出ない=シコっても頭はパー」って意味で、毎日、勉強するたびに言われていたわけだよ。当時は習熟度別のクラス編成で、「A・B・CD」の4クラス3段階で、僕はB組だった。彼もB組。学校でも寮でも顔を合わせる。
そのB組で40人中20番前後だったので、本当に勉強は普通だった。シコパーと言われながら挑んだ最初の中間テスト、僕はクラス6番になった。順位的には勝った。しかし「あんだけシコってもその程度」と揶揄されることは変わらず、最後の期末テスト、僕はクラス1番になったのだ。その飛躍を認められ、二学期からA組へと昇格したのだけど、彼は家庭の事情とかで1学期で学校を去っていった。その時の女子の泣きようは戦慄さえしたものだ。
ともあれ、15歳の僕が生まれて初めて「やればできる」を知った出来事であり、それは「部屋割り」という偶然によってもたらされた。もしあの時、仲の良い友達と同室で、なんの緊張感もなかったら、勉強頑張る(シコる)ってこともなく、本当のダメ人間であり続けたろう。きっと今もダメだろうから、こんな生活はできていないはず。
その時、勉強シコって成果が出たおかげか、部活(クラブ)も頑張るようになり、多分、顔つきも変わったかと思う。性格もちょっとは明るくなったかとも。
もし今、ダメ人間であったとしても、すべてを上げる必要はない。中高であれば「勉強」が一番手っ取り早いので、3ヶ月でいいから頑張ってみてはとアドバイスできるだろう。そこで成果が出れば、他も上がるのだから。
ちなみに今、毎日シコってます(えっと、頑張ってます)。必ずしもすぐには成果が出なくとも、そのうちドカンとバズることを知っているのは、中3のこの体験が原点となっているからだと思うのだ。
もう少し当時の思い出話を続けると、中3の夏休み、吹奏楽コンクールは7月で終わり、8月は甲子園で母校が優勝した。立浪、片岡、橋本、野村ら、KKコンビほどの圧倒的話題性はなくとも、確実に強いメンバーがいた時代。
優勝までしたものだから、その間はずっと寮。二学期までのわずか1週間の帰省の間、また僕の運命を変える出会いがあった。あるカセットを聴いた。モーツァルトのクラリネット五重奏曲イ長調 K581だ。カール・ライスター&ベルリン・フィル・ゾリステンの演奏で、ライスターがまだ若い頃の演奏だった。
今まで聴いてきたクラリネットの音とまったく違う。それは確かにそうで、A管+ドイツ管を用いての演奏だったわけで、一般的にはB管+フランス管ってのを使うのだから。そして何より曲が素晴らしく、生まれて初めて音楽を聴いて、泣いた。その1週間、一日中テープを回していて、親から「頭がおかしくなった」と言われた。ちなみにそのカセットにはオーボエ四重奏曲がカップリングされており、奏者はローター・コッホ。普通に神だった。
そこからクラリネットに対する興味が増し、その冬にはアンサンブルコンクール(4重奏)で出場・大阪金賞を受賞した。突出して上手い先輩がいたからだと思うが。高校でも3年間、最後まで続けた。なお、そのコンクールに一緒に出場したのが絵美さんだったし、他の二人の先輩とも今もやんわり繋がっている。
僕の人生を変えたクラリネット五重奏曲については、QAZZ -020で鈴木孝紀さんのクラリネットで録音済み。純粋クラシックと、ウィズストリングスのジャズのカップリング。僕が最もやりたかった企画の一つなんだけど、さらに022では吹奏楽の名曲を題材にしたアルバムもすでに録音済み。
ってことで、中3は間違いなく人生の分かれ目であり、原点である「吹奏楽部」には、僕の中でちょっと無碍にできない気持ちが強く、今回もただ後輩と先生に会うためだけに、ベンツで長距離走るのでありました。
てなわけで、午前中はいろいろやってて、午後からスタート。PAで瓦そばを食べた。山口名物。
岡山のPAで後輩たちへの手土産を買った。もみじ饅頭とかマスカット饅頭とか、まったく関係ないけどまあいいか。その他手土産として弊社でだしたCD(先輩たちの演奏もあるし)、打ち上げに使ってと現金も。夜中11時になんとか到着。頑張った。運転シコった。ありがとうございました。

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