お祝いは「される」より「する」ことに意義がある 2025.6.30

6月30日。なにやら開運日らしいけど、あまり興味はない。僕にとっては毎日が開運日だから。朝、なつみさんから連絡が来た。7月5日の件について。そもそもこの企画は、1月のセミナー中に「7月5日、何かやりましょうか」と軽く言った一言から始まった。

「7月5日に地球が滅びる」なんて噂も出ているけど、ノストラダムスやアセンションで懲りてるはずなのに、また出てくるんだよね。でも、そのたびに意識が更新されてるって思えば、それもいいのかもしれない。

というわけで、そんな“その日”に、ちょっとしたお祭りを開催する。おかげさまで残席はあと数席。なんとか満席にしたい。天使にもお願いしてる。

最近、その「天使」の話をよくしてる。「怪しい」と言われるけど、まあ怪しいですよ。でも慣れました。「宗教ですか?」って聞かれたら、「はい、宗教そのものです」と答えてます。でも税金はしっかり払ってます。たくさん。

怪しい、胡散臭い、そんなのは慣れたもの。スピリチュアル系だけど、ワクチンは推奨するし、自分の信じる道を行くだけ。生き恥を晒してでも、自分らしくやっていく。

実は以前、怪しさを中和するために「肩書き」があった方がいいかなと思って、高野山大学の門を少し叩いたことがある。でもすぐに「やっぱいいや」と思った。空海も高野山も大好きだけど、組織ってやっぱり面倒。

ちょっと顔を出しただけで毎月のように連絡が来る。正式な学生でもないのにこれ。これで門下生になったら、今の活動にも干渉されかねない。だったら最初から関わらない方がいい。

だから、私度僧でいい。空海だって、遣唐使に行くまでは私度僧だった。誰にも縛られず、自由に思うことを発信しながら、全国・全世界を旅する。共感する人だけが受け取ってくれればいい。

で、話を戻して7月5日。まもなく満席。残り3人くらい。せっかくなら埋めきりたい。


翌日は、とある聖者のお墓参り。大阪に2つ(お寺と霊園)、高野山奥之院に1つある。その3つを順番にお参りすると“何かが起こる”らしい。というか、すでに起こっているという話もある。ただし、順番が大切。「大阪の2つ→高野山」の流れが基本。僕は3つとも参ったけど、順番通りじゃなかったので、11月に仕切り直して完遂予定。今回は何名かと一緒に行く予定。

でもまずは7月5日。地球は滅びないだろうけど、新しい地球のスタートになる日。だからこそ盛大に「うえ〜い」ってやる。こういうのって、やっぱり“その場にいた”というのが大事だと思う。

「Qさん独立20周年のお祝い」だと言ってもらえることもあるけど、僕としてはそんなに大げさなつもりはない。むしろ「お祝い」って、されるよりも“する”ほうにご利益があると信じてる。運のいい人は、人を祝う。

なつみさんも何かにつけてお祝いを大事にしていて、講座の修了のときも必ずお祝いをする。「お祝い」そのものが目的になってるような感じもするけど、実はそれが本質なのかもしれない。
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わかると思うけど、「される」側って、実はめちゃくちゃ大変。結婚式とかそう。ご祝儀もらったり、褒められたり、いいことばかりに見えるけど、舞台裏は本当に大変。終わって「もう2度とやりたくない」って人も少なくない。

でも、それもご奉公。人々が「祝う」ことで開運できる。そのチャンスを、自分が犠牲になって提供しているだけ。言い方は悪いかもしれないけど、それが真理だと思う。

最近は結婚式も「家族だけで」「こじんまりと」ってのが増えているけど、それもアリ。でも、「祝わせてあげる機会」を提供するってことにも価値があるんだと思う。

僕だって、祝われるのは苦手。「地球再スタート」とか「独立20周年」とか、自分でも何言ってんのって思ってる。でも、意味がよくわからないイベントだからこそ、意味がある気がする。今回はノリと流れで突っ走ります。

そして今日も7月5日の申し込みが増えた。夜にライブをやってよかった。毎日「いいこと」を書けば開運ってショート動画をアップした。Emmons & McCullough(2003)の研究で示されている通り、#3goodthingsはうってつけの実践だ。

そうそう、7月は20日前後にもまた大阪入りする予定。4日くらい用事があるので、車で行こうかとも思ってる。1ヶ月後にはホリエモンと雲南省でキノコ狩りの旅。ほんとに行くのか、俺……。久々に少しだけ、憂鬱な気分もある。ともあれ、明日から7月。2025年の後半が始まります。うえ〜い、スタートです!ありがとうございました。


by katamich | 2025-06-30 23:39 | ■精神世界 | Comments(0)