ごみ拾いに行って思う 2005.9.12
2005年 09月 12日

そしてこれが「寿食堂」です。昭和のよき日がここにあります。

さあ、ごみ拾いですが、こんなのが一面に広がっています。ごみ袋足りるやろうか。

一時間ちょっとで12袋全部使ってしまいました。焼け石に水です。一番、目に付くのが500mlのペットボトルです。

博多湾です。

とにかく、ごみ拾いをして思ったことが、どうやったらこんなにごみが出るんだろう、ともう一つ。500mlのペットボトルっていつからあるんだろう。ここ10年ほどじゃないかなあ。とにかく持ち運びに便利なので重宝されているようですが、これほど資源を無駄にするものも珍しいのではないでしょうか。もしもペットボトルがなくなれば海辺のごみは5分の1以下になると思います。便利さの裏には、ここにも環境破壊が進んでいるようです。
「21日行ご苦労様でした。J-ichiroの写真観ましたが、改めて観ると良く撮れていますね、霊的な発動がなかったと言っていますが、「行」の最終日にこの様な体験をさせて頂ければ充分でしょう。振り返ってください、何故その時J-ichiroの写真を撮ろうと思ったのですか?J-ichiro以外の写真は如何ですか?水量の多い滝の写真をブログに掲載してやろう位の気持ちだったと思いますが、お神様はチャンと君にその不可思議な一端を魅せてくださったのでしょう。J-ichiroの真摯な気持ちもあったのでしょうが、僕には、君にさらに励めと(禿げめ!ではありませんよ)言うお神様の声が聞こえてくるようです。色々な条件(因縁)が重なって一つの現象が生じてきます。この世には偶然など決してありません。因を重ねると果が生じ因と果を繋ぐものを縁といいます。一つ一つの因(出会い)を大切にして下さい。ともあれ21行ご苦労さんでした。普通の人であれば、暫くゆっくりしてくださいと労を労うところですが、お坊さんを目指す君はここでホッと一息つくと元の木阿弥ですよ、ガンガンやってください。」
余計なフレーズがありますが、そのまま掲載しました(笑)。前のブログでは「フラッシュのせい」と書いていたの思うのですが、よく考えると、最初はフラッシュを焚いていないのに、わざわざフラッシュを付ける理由はどこにもないので、おそらく、光の写真もフラッシュはなかったと思います。だとすると、日光の影響かもしれませんが、いずれにせよ「緑のオーラ」は普通は撮れることはありません。

もう一つ気がついたのですが、あの日の写真には霊魂、いわゆる「オーブ」が全く写っていません。今まで写真を撮ったときはその全てに写っていたのにです。台風のあとで浄化されたからだと考えるのですが、オーブが写らずに「オーラ」が写るとは、やはり不思議な現象なのかもしれませんね。

(オーブの写真→ここより)

上の導師の言葉は、この現象だけに言えるものではありません。
「この世には偶然など決してありません。」
「因を重ねると果が生じ因と果を繋ぐものを縁といいます。一つ一つの因(出会い)を大切にして下さい。」
まったくその通りだと思います。どんな些細な言動、現象であろうと、そこには自分では分からない「意思(宇宙の意思)」が働いており、自分をあるべき場所にお運びしているのでしょうね。つまり全ての現象に「意味」があるのでしょう。いいこと、悪いこと、全てに意味があるのでしょう。今日、この人と出会った、この本を読んだ、ごみ拾いをした、、、全てのことに「意味」があるのでしょう。
このように導師からお言葉と気づきを頂いたことこそが、今回の「21日行」の成果なのかもしれません(おそらく導師は「自分ではなく、お神様に言わされたのだ」と言いそうですが、、、)。
明日から新たな気持ちで禿げんで、もとい、励んでいきたいと思います。

























