まあ、世間ではバレンタインデーとか言ってますが、クリスマスと同様、さすがにその日を意識することはなくなって久しいものの、その昔はあったのでしょうかね。思えばですが、奥さんと付き合い始めたのが2001年だったと思うので、人生の半分くらいは結婚生活、及びその延長を生きています。独身時代とか、彼女がないかった時代ってどんなんだったのかなあ。みたいな話をすると、ご縁に恵まれない人にとっては複雑だろうが。
思うに、そのような人とか、人生がどうも思い通りに進まないと感じている人たちの共通点って、どこか「被害者意識」なんですよね。自分は常に責められている、それが具体的な人だったり環境だったり、さらには高次元の「見えない存在」からも自分は嫌われている、みたいな。そんな存在が実際あるかどうかは別として、そう感じているのであれば、それは自分がそこに繋がっているだけのこと。
その意味では確かに僕もその昔は、自分はどうもついてないと思っていた時期ありました。たとえば「試験」と名のつくものはことごとく失敗する。大学受験に関しても、かろうじて小論文で引っかかったのが幸いですが、結果、数学も社会も理科も受験にはほとんど関係なかった。ただ、すべて勉強する中で自分は小論文が比較的できることに気づいたのはよかった。それが今でも「書く」ことに繋がっているわけですから。
ともあれ、試験とか面接とか、公平に誰かに選別されるってことには弱くて、だからじゃないですが「裏口」に活路を見出したわけですね。裏口と言ってももちろん不法でも触法でもルール違反でもありません。正面から行ってダメなら、キーマン的な人に直接手紙を送るとかアプローチの方法があって、実際、それで就職できたようなものですから。正面から行ってもダメ、だけどもきちんと僕って「人間」を知ってもらえば評価される世界がある。その意味では今みたいなフリーランスは向いているのでしょうね。
それが決定的に変わったのがまさにスピリチュアルとの出会い。同じスピリチュアルでも陰謀論とか悪魔崇拝とかに走る人もいるけど、「宇宙の本質は愛」ってことに気づく人もいる。僕は後者。もしもこの宇宙に「絶対」があるとすれば、それは絶対的なる愛や喜び、どこまでもポジティブな世界なんです。悪とか苦しみなんてものは、人間が都合よく作り出した幻想にすぎない。もちろん人間は「肉体」を持ちますから、それが消滅すること、つまり死を避けようとは本能的にプログラムされています。しかしそんなプログラムを超えたところに絶対的なる境地が「愛」だとすれば、怖いものはない。人生はやりたい放題なわけです。
来週からいよいよ熱海、そしてアフリカとなりますが、熱海が終わってからの夜、またあの寿司屋を予約してしまいました。まあ、安くはないけど、港区にしては高くもなく、コスパは最高。小さな喜びですが、これもまた宇宙の本質。喜びに満たされた状態で生み出した思考は悪いはずがない。
と言うわけでバレンタインでしたっけね。それはともかくとして今日も滝に行き、そしてコーチング3回目を受けました。コーチングって相手に依存する性質の人にはまったく無効果と思いますが、僕のような人間にはとてもいい。たとえば今日のコミットを整理しますと、
・執筆→着手はしたので4月22日までに10万字を書く・健康→2月21日が健康診断なので悪あがきでウェイトを落とす、そして「腕立て100回」チャレンジで、1日に1回ずつ増やしていく・韓国→「最終結論」のパワポを作りYouTube、8月頭に訪問する・映画→流れに任せる・それ以外→意図せずプロデュース案件が出てきて近々ZOOM会議
みたいな感じになりまして、中でも「腕立て100回」はやったことありませんから、その世界に到達してみたい。それは自分一人では難しく、コーチのような伴走してくれる人が必要なわけで。腕立て100回できるって、それだけの筋肉がなければ難しく、つまりは「できる」ってことは身体が変わっている。コーチングはずっと受けていた方がいいかな、と思ったりもします。
いろいろと盛り上がってきました。熱海も楽しみ。アフリカはどうなる。ありがとうございました。
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