「やりたいこと」は後から評価される 2022.2.11

ワクチン二日目ですが、左手が若干違和感ある程度で、特に異常なし。これでブースターは終了か。なんだかんだ打っておいた方がいいからね。自分のためにも、周りのためにも。滝行は3日目。まだまだ寒い日が続きます。今日の動画。


願いはふわ~って叶うって話ですね。そもそも「願い」は与えられたもの。だから叶って当たり前なのに、そうじゃない人もいる。それは承認欲求に基づく願いだからだ。誰かに認められたいって気持ち。例えば藤井風って歌手がいますが、彼は根っからの音楽好き、マニアであって、誰かからから認められたいなんて一ミリも思ってないだろう。そんな音楽は聴いていて心地よい。

その昔、歌手志望の知人がいた。カラオケレベルではまあまあかもしれなくても、プロとは比べようもない。いや、カラオケレベルでもずっと聴くのはどうか。ある日、それなりに音楽に詳しい人が、その方の「音源」を聴いた。最初の一言目が「自分のこと好きやな~」で、二番が始まると「まだあるんかい」だった。もちろんギャグっぽくは言っていたのだけど、正直な感想だったと思う。

同じその歌手志望の知人の話だけど、とあるカラオケバーに行ったそうだ。オレはその場にいなかったけど、常連らしきお客さん(酔っ払い)から「お前の歌はつまらん」と言われたそうだ。実に的確な感想だと思う。上手い下手ではない。「つまらない」のだ。そこに純正性はない。純粋とは「ただやりたい」から出発する欲求。人からなんと言われようと、その道への追及を辞めない姿勢。その知人、本当に歌手になりたいならもっともっと音楽に詳しくていいし、勉強しているはず。いや、単に騒がれたいだけだったのだ。そんな歌は聴いてて辛いし、つまらない。
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藤井風の話をしたけど、彼は確かに認められている。だけど、それは「認められたい」からそうなったのじゃなく、小さい頃から一日何時間もピアノに向かい、好きで好きでたまらない姿があるからだ。結局のところ「心からやりたいこと」であれば、お金になろうがなるまいが、認められようがられまいが関係ない。評価なんて後からだ。いや、仮に評価されなくとも、やりたいことをやっているのだったらそれだけで幸せではないか。

その意味でオレはどうか。やってると思う。JAZZのCDにしても、旅にしても、自転車にしても、文章にしても、しゃべりにしても、セミナーにしても、単純にやりたいからに尽きる。ようやくとなんとなく認められるようになったに過ぎないのだ。人生、決して長くはない。「やりたいこと」以外に費やす時間などないのだ。あと50年はこのまま突っ走りたい。ありがとうございました。

by katamich | 2022-02-11 23:39 | ■願望実現 | Comments(0)