アフガニスタンとオレ 2021.8.16

とにかくも大変な夏、一年であることは間違いない。新型コロナが流行り始めた昨年とは比べものにならない程度にヤバいのが2021年だ。幸いと言えば東オリンピックが終わったこと(パラリンピックはあるけど)。とにかくヤバいのがデルタ株。南米発のラムダ株はそこまで強さはないようだけど、デルタ株の脅威がどんどん明らかになる。集団免疫もほとんど不可能。まずはワクチンで自衛しかない。

そしてアフガニスタン。21世紀、令和になってまだこんなことがあろうとは。タリバン。その名を始めて聞いたのは1997年だった。当時のオレはまだ世間や世界のことに疎くて、旅を通していろんなことを知った。東欧のアルバニアがねずみ講で国家破綻したのもその年だった。ビザなしで行ける国だったので一瞬行こうかと思ったりもした。アフガニスタン、まあ、なんとなく危なそうな雰囲気はあった。

イスタンブールでいろんな旅人と会い、だいたい8割はアジアから西に向かっており、2割はその逆。オレはその逆の方で、アメリカ、ヨーロッパからアジアに向かっていた。つまり、8割は物価の高い地域から安い地域、2割はその逆。だいたいバックパッカーは節約型なので、物価が高くなることがストレスゆえにイスタンブールで沈没する人が多い。一方、物価が安くなる2割の人もまた、高くてご飯が単調なヨーロッパから、物価は半分以下で食のレパートリー豊富なイスタンブールでやはり沈没する。それでも東に行かねばならず、オレは9月、イスタンブールからカイロに飛び、陸路で中東を北上し、トルコ、イラン、パキスタンと進んでいった。

そこでよく耳にしたのがアフガニスタン。タリバン政権下、普通には行くことができない。特にカブールはジャーナリストビザでないとダメ。もちろんオレは一ミリも行きたいと思ってなかったけど、中にはチャレンジした強者がいた。オレも訪れたイランの西の聖地マシュハドのアフガン領事館で短期ビザが取れると聞くのだ。そして実際に取ってアフガンに入った旅人にも会った。

マシュハドからアフガン西のヘラート、そしてタリバンの支配地であるカンダハルからパキスタンのクエッタに抜けたと言うのだ。単純にバス移動で、その間、ホモのタリバンから求められたと言っていた。ずっと緊張していたと言うが当たり前だ。
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オレはマシュハドからテヘランに戻り、イスファハン、ヤズド、ケルマン、バムなど南からパキスタンに入った。バムの次が治安の悪いザヘダンで、そっからクエッタまでのバスは地獄だったな。窓がなくて寒く、道路はひたすらデコボコ。朝方クエッタについてミルクの入った甘いチャイを飲んだ時、生き返った。クエッタはいったん休憩するところ。標高が高いのでちょっと寒い。その後はモヘンジョダロから北上してイスラマバード、ラホールからインドへ。

アフガニスタン、ただただ不気味だった。しかしその後、2001年の911を境にアメリカが本気を出してアフガン潜伏中のビンラディンを殺害(表向きは)、タリバンをアフガニスタンから追い出し、民主的な国造りが進められた。しかしタリバンが壊滅するわけもなく、国内にずっと潜伏、ゲリラ活動を繰り返していた。だけども、一応は民主的な国家となったので日本のアフガン大使館で「観光ビザ」も取れたようで、実際、行った知人もいた。特に面白くはなかったそうだけど、行ったことに価値がある。オレももっと平和で旅しやすくなったら行きたいと思っていたけど、まさかのタリバン復活。これからどうなるか、本当に未知数。

アメリカが民主党になったときに騒動が起こると言われる。民主党が好戦的だからじゃなくてその逆。日本でも民主党の時に尖閣が激しかった。つまり、なめられているのだろう。タリバンのバックには中国がいる。もしかしたらアフガニスタンはベトナムと同じように「アメリカー中国」の代理戦争の舞台になるのかもしれない。するとまた動く。経済も動く。もしかしたらコロナで疲弊した世界への景気対策かもしれない。国際金融資本がどう企んでいるのか。まあ、その辺のことなんとなくしゃべりました。


夢はアフガニスタンに行くこと。そんな時代がまたやってくるのを祈っています。その前にコロナも終息。祈るしかない。ありがとうございました。


by katamich | 2021-08-16 23:39 | ■旅 | Comments(0)