【帰国】そして旅の変遷、未来へ 2019.3.12



帰国しました。バンコク発が夜中の3時50分なのはさすがに眠い。ラウンジでシャワーを浴びて少しは目が覚めたけど、機内ではビジネスクラスなのが幸い、機内食もパスしてしっかり寝ることができました。いつの間にか上海に着いていて、単なる乗り換えなんだけど、いったん入国してからチェックイン。スタンプは二度押されるので、そこは嬉しい。上海のラウンジでちょっと動画撮影をして最後のフライト。15時に定刻で福岡に到着し、うしくんとラーメンを食べて帰りました。

ここで同行のうしくんのFB投稿を転載します。毎日熱い投稿をしてくれたことに感謝。


[2019/3/12]帰国(福岡空港)

8日間で、中国(上海)→インド(コルカタ)→バングラデシュ(ダッカ→チッタゴン)→タイ(バンコク)の4ヶ国の旅を終え、無事に福岡空港に到着。

今回は主に空路を利用したのでこの8日間で

・福岡→上海
・上海→バンコク
・バンコク→コルカタ
・コルカタ→ダッカ
・ダッカ→チッタゴン
・チッタゴン→ダッカ
・ダッカ→バンコク
・バンコク→上海
・上海→福岡

の計9回飛行機に乗った。

一日一日が充実した内容の旅で、バンコク⇔上海はエア・チャイナのビジネスクラスを使い、バングラデシュではホテル・ペニンシュラにも2泊したがこれでも食費など全て入れて使ったのは総額15万円以内。

ホテル・ペニンシュラ以外ではドミトリーなどの安宿を渡り歩いたり、タクシーはほとんど使わずバスや鉄道などの公共交通機関を使ったり、スカイ・スキャナーの格安航空チケットを使ったこと、また東南アジアの物価の安いことや、ローカルな屋台が好きなことも安く済ますことができた理由だと思う。しかし以前に比べたらかなり安価で旅をできるようになったと思う。

また、今回はあえてSIMフリーや国際Wi-Fiも使わずに、ネットにつなぐのは宿や空港のフリーWi-Fiだけにしたが意外と不自由はしなかった。「maps me」という位置情報アプリを事前にダウンロードしておくとオフラインでもGPSで現在の位置確認ができるし、普段使っているインターネットからあえてシャットダウンされた環境に身を置く時間を確保することも旅の醍醐味だと思った。

しかし20年前のQさん達のようにインターネットやスマホが無い時代に世界一周していたバックパッカー達はどうやって旅をしていたのだろうか。そう考えると今はとても旅をしやすい時代だと思う。
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計算してみたら、本当に15万円以内なのですよ。航空券だって「福岡⇔バンコク」がビジネスクラスを入れながら6万円以下。合計9回も飛行機に乗りましたが、LCCも発達しているので飛行機も安くなったものだ。


物心ついた時、飛行機に乗ったことがある同級生など、大金持ちの鈴木君くらいしかいなかった。小6の修学旅行は東京ディズニーランドに行ったけど、当然、バスしかない。今はどうなんだろう。それが1980年代後半くらいからどんどん値下がりし、普通の大学生にも海外は身近な存在になった。


ざっとバックパッカーの歴史を世代で区分してみるとこんな感じか。


<第一世代:1960年代~カニ族>

海外に行くのは国費留学などに限られ、旅行そのものが制限されていた。そんな中、文字通り国費留学資金を手にした小田実がバックパックで世界一周し、各地の感覚を等身大で描いたのがベストセラー『何でも見てやろう』だ。特にカルカッタで乞食と寝た描写は悲惨。今読んでも面白く、多くの若者が憧れたものだ。

この時代、バックパックが横長だったそうで、その姿がまるでカニのようだったので「カニ族」と呼ばれていたそうだ。
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<第二世代:1970年代~ヒッピー族>

旅行制限はほぼ撤廃されたけど、まだまだ飛行機で旅するには費用が掛かりすぎる。そこで世界を目指す若者に一般的だったのが航路で日本から上海やウラジオストクに渡り、シベリア鉄道でヨーロッパを目指すもの。しかし当時は中国もソ連も国交正常化はされたものの、共産主義国だしどうやって渡ったのか謎。そんな時代のバイブルが五木寛之の『青年は荒野をめざす』で、ジャズトランぺッターの若者がヨーロッパ経由でアメリカを目指す話。

僕が学生の頃、いわゆる旅の先輩(1950年代生まれ)もそれで旅したと聞いた。シベリア鉄道で北欧に入り、そこで皿洗いのバイトをしてがっぽり稼いでスペインで遊びまくる。ヒッピー文化と不可分だったので、どっからともなくマリファナなど手に入れ、キマりつつも白人女性をナンパしてさらにキメるなんて信じられない話を聞いた。その人はスペインから東に向き、キプロスで歯医者に行き、トルコ、イラン、そしてアフガニスタンはカブールでヒッピー大国を経験したそうだ。中央の広場で普通にマリファナを吸い、キメまくる。文字通り「ヒッピー族」。

そんなマリファナも時代が変わり、多くの国で完全に合法化しつつある。アジアはまだまだ厳しいけど、アメリカのいくつかの州、そしてカナダは完全に合法になった。日本には大麻取締法があるので違法だけど、日本人がカナダ等でマリファナを吸った場合、処罰されるかについてはこちらが詳しい。結論から言うと、「カナダ国内で完結するのであれば処罰の対象でない」とのこと。なので僕が仮に「マリファナ吸いにカナダに行こう」と言っても問題ないってこと。もちろん日本に持ち込んだりしたらアウトだけど、向こうたしなむ程度であればOKってことだ。時代は変わったものだな。


<第三世代:1980年代~カクヤス族>

そろそろ海外旅行が一般化し、個人旅行者向けに『地球の歩き方』がダイヤモンド社から発刊され今も版を重ねている。ヨーロッパ、アメリカに続き「インド」が発刊されたのも、まさにバックパッカー一般化の象徴と言えるでしょう。85年より円高となり、ますます海外が身近に。沢木耕太郎の『深夜特急』を読んで出て行った若者も多い。「格安航空券」が登場し始めたのもこの頃。「カクヤス族」と名付けたい。


<第四世代:1990年代~サル族>

日本ではこの時期がバックパッカーのピークかもしれない。下川裕二、蔵前仁一の二大巨頭がバックパッカーの生態をライトに紹介し、アジアを中心に「日本人だらけ」となった時代。そして1996年の「猿岩石ブーム」で拍車がかかり、僕が世界一周をした1997年はどこ行っても日本人日本人だった。けど、それは次の世代への橋渡しでもあり、学生が「メールアドレス」なんてものを住所交換の際に記すようになったのだ。

なお、「サル族」は僕の命名だけど、「猿岩石」のブームもあり、まさに「サルでも行ける海外」になった印象から。


<第五世代:2000年代~ネカフェ族>

なんと言ってもネットです。各地のネットカフェから日本にメールを送り、手軽に情報を検索することができるようになった。ネットカフェには世界の旅人があふれていた。僕は2005年に会社を辞めてインドに行ったけど、ネットカフェには相当お世話になったものだ。なのでこれは「ネカフェ族」で。


<第六世代:2010年代~スマホ族>

ネットもカフェからスマホに移行。ブログやSNSを駆使し、さらに後半になるとYouTubeでの配信も増えていった。今やバックパッカーとスマホは不可分であり、いい安宿の条件の第一に「Wi-Fiがサクサク」ってのがあげられるようになったんだ。


ざっと六段階に分類したのだけでどうでしょう。この「~族」は割と的を得てると思うので、一般化すればいいな。人数的なピークはやはり「サル族」であり、当時は日本円も強く、購買力も高かった。ニューヨークのユースホステルなど1,200円から泊まることができたし、ヨーロッパもそんなもんだった。バンコクで300円、インドは100円なんて宿もあったし。それでいて日本の物価や所得は今とほとんど変わってないから、当時はどんだけ旅がしやすかったことか。ただ、飛行機はLCCがある今の方がはるかに安いし、ネットがあるので費用を抑えることもできるようになった。ある程度お金があれば今の方がはるかに旅しやすいのだけどね。


そしてもうすぐ2020年代、つまり「第七世代」に入るのだけど、どんな時代になるのだろうか。表現手段が、文章(本)→写真→テキスト→画像→動画へと変遷するにつれ、より臨場感が出てくるようになった。VR化は考えらえる。端末がほとんどVRに切り替えられるようになり、それも今のような大きなものじゃなく、サングラス程度で気軽にリアルに楽しむことができる。


今は電車の中で7割がたスマホを見る光景が広がっているけど、そのうちサングラスのようなVRにとって代わられるのかもしれない。「歩きスマホ」ならぬ「歩きVR」が問題化する。もう、リアルとバーチャルの区別がなくなってしまうのでしょう。


と言うわけで、旅、それもバックパッカーの時代変遷を概括してみました。僕は「サル族」からの旅人で、ネカフェもスマホも経験しているけど、この先、どんな旅になるのか楽しみではあります。来年から「5G」になり、動画はもっと早く、4K動画、VRも一般化するでしょう。その先になると「香り」や「味」まで伝えることができるかもしれない。それが良いか悪いかわからないけど、時代には逆らえないのだ。楽しみは楽しみだ。ありがとうございました。


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by katamich | 2019-03-12 23:39 | ■旅 | Comments(0)