「運命」を切り開く唯一の方法! 2019.1.16

2019年、最初のお仕事が無事に終わりました。大阪まで飛行機、名古屋、東京と新幹線、そして飛行機で福岡に帰りました。ANA上級会員となり、とても楽になりました。今年はどれくらい飛行機に乗るかなあ。今のところ決まってるのは、2月に四回(片道を一回として)、三月に沖縄で二回、あと、海外もあります。楽しいなあ。


今回の出張なんですが、いろいろ大きな気づきがありました。それは結局、「原点」に戻るのですが、最高に開運する方法は「すべては自分次第」ってこと。


東京では算命学のセミナーを企画しました。僕自身は算命学の面白さとすごさは重々認めるところではありますが、一方で、「生年月日で人生が決まる」という考えには、最終的に与しないのも本音です。


もちろん算命学、易学、占いなども「使いよう」であり、それらが人生をより良くする手助けになることはあるでしょう。しかしもし、人生やこの世の中が「すべて最初から決まっている」のだとすれば、僕たちはなんのために生きているのでしょうか?

しばしばご紹介する話、こちらからまた引用させていただきたいと思います。


袁了凡はもともとの名前は袁学海といい。代々医術を家業とする家に生まれました。父を早くに亡くしたため、母の手で育てられ、彼の母は息子に医者を継がせようと医学を学ばせていたところ、ある日頬髯の立派な老人が訪ねてきて、こういいました。

「私は雲南で理法(易)をきわめた者です。袁学海という少年に理法を教えるようにと天命が下ったのでやってきました。お母さんはこの子を医者にしようとお考えかもしれませんが、彼は科挙の試験に通り、立派な役人になります。県で受ける一次試験には何番でとおります。二次試験、三次試験にも何番で受かります。そして科挙の本試験に臨む前に役人になり、若くして地方長官に任じられます。結婚はしますが、子供はできません。そして53歳で亡くなる運命です」

学海少年は実際に医者の学問をやめ、役人の道へ進みます。すると、恐ろしいぐらいに老人が言ったとおりになっていく。何番で試験に受かるかというのもそのとおりなら、地方長官になるのもそのとおりでした。すべてが老人が予言したとおりだったのです。

その後、南京の国立大学に遊学することになった袁了凡は、雲谷禅師という素晴らしい老師がいる禅寺を訪ね、相対して三日間、座禅を組みました。

「お若いのに、一点の曇りも邪念もない素晴らしい禅を組まれる。これほど素晴らしい座禅を組む若い人を見たことがない。一体どこで修行をなされたのかな?」

雲谷禅師が感心していいました。これに対して、袁了凡は子供のころに出会った老人のことを話しました。

「私の今日までの人生はその老人の言葉と一分の狂いもありませんでした。すべて老人がいったとおりです。子供もできませんし、おそらく53歳で死ぬのでしょう。だから、思い悩むことは何もないのです」

その話を聞いた雲谷禅師は一喝しました。

「悟りを開いた素晴らしい男かと思ったら、そんな大馬鹿者だったのか!」

そして、「老人があなたの運命をいったというが、運命は変えられないものではない」といって、善きことをすればよい結果が生まれ、悪いことをすれば悪い結果が生まれるという「因果応報の法則」を説きました。

「善きことを思いなさい。さすれば必ず、あなたの人生も好転していきます」

そういわれた袁了凡は、「自分は間違っていた。老師にいわれたように、今後は善きことをしていこう」と誓い、善きことをすればプラス1点、悪いことをマイナス1点というように、点数をつけ、日々善きことを重ねるよう努めました。その後、袁了凡は73歳まで生きながらえました。

また、できないといわれていた子供にも恵まれました。袁了凡はその子に向かってこう語ったそうです。

「雲谷禅師に出会うまでの人生は、運命のとおりだった。しかし、そのあと考え方を変え、善きことに努めたところ、おまえが生まれ、本当なら53歳で死んでいなければならないのに、70を過ぎたいまでも元気だ。なあ、息子よ。人生とは、善きことを重ねることで変えられるものなのだよ」

『運命』というものは決まってます。われわれが望んで動かせるものではありません。一方。『運命』と同時並行で流れる『因果応報の法則』は、そうではありません。この法則を使えば、決まっているはずの『運命』すらも変えられるのです。

このことを『立命(りつめい)』といいます。そうであれば、われわれは「運命」を変えることができる、この「因果応報の法則」をもっと有効に使うべきだと私は考えています。
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ここには「運命」と「立命」なる言葉が出てきますが、その他に「宿命」という言葉があります。「宿命」はどうあっても変えられません。たとえば「生年月日」を変えることは物理的に不可能です。同様に、両親、産まれ、性別、人種なども変えられません。


しかし、人生において重要なのは「宿命」ではなく、「運命」です。「開運」とはまさに「運命を開くこと」であり、望み通りの人生を送るには、運命を味方にする方がいいでしょう。


僕は僕でこれまで自分の「運命」を自ら切り開いてきました。元々の性格がそうなんでしょうが、「やりたいこと」をやらずに気が済まない質で、周りの意見などほとんど聞かずに生きてきました。算命学上はそんな頑固でマイペースな生き方が僕らしいのだそうですが、それは教えられてやってるわけじゃなく、自然とあるがままに生きているとそうなるものなんです。まさに宿命的に決められた性格なんでしょう。


大学卒業後に世界一周をした、大学院に進んで中退した、就職したけど4年で辞めて独立した。すべて自分の「意思」でやってきました。その上で何があっても自分で責任を取る。昨日のブログにも書きましたが、時として「災い」に巻き込まれることもある。しかし、それでも、それがわかっていたもやってしまうのは、僕の「性(さが)」なんだ。そしてそれでいいと思ってるんです。


結局、大切なのは「どうしたいか」を常に持っていること。起業したい、結婚したい、お金持ちになりたい、旅したい、家を買いたい、ひとよのためにになりたい、いろいろあると思いますが、まずは「どうしたいか/どうなりたいか」をしっかりと自覚し、そこに向けてコツコツと頑張っていくしかないんです。


善きことを積み重ねる。すると、善き人生になる。それがこの宇宙を支配する「原因と結果の法則」であり、人生、運命はそうやって自ら開いていくものなのです。今回の出張、そのように思わせる出来事が続き、なるほど、それは僕にとっての初心であり原点なんだと、改めて自覚したわけです。ありがとうございました。


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by katamich | 2019-01-16 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)