【観音菩薩】久々に批判コメントに反応させていただきましたが、気分良くいきましょう! 2018.7.3

今日の九州は大型台風。夜の月イチセミナーは来週に延期。飛行機は午後の便でしたが、災害時は無料で午前中に変更。実は9時のフライトギリギリ(おそらく秒単位)でチェックインに滑り込みセーフ。午前中にはしっかり福岡空港に到着し、ラウンジでいろいろ作業。あーっと、ANAのクラスが一般から「ブロンズ」に更新された!
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これでマイルからスカイコインへ最高率で変更できるので、5万マイルを85,000コインにしてみました。マイルのままとは違ってコインからチケット購入するとポイントが付くので、ANA生涯上級会員に向けて、年内で残り2万ポイント、頑張ります!


さて、昨日の記事にコメントをいただきましたので、お答えしましょう。批判コメントは日々いただくのですが、基本的に承認していません。以前は承認制でもなく、律儀に返答しつつ、時には携帯番号を載せて直接対話を求めていたのですが、そのようなことはやめた方がいいといろんな方からアドバイスをいただき、私も疲れるので、承認せずにスルーする方針にしていました。もちろん今もその方針ですが、今日なんとなく返答したくなったので、やってみましょう!


失礼ながら、石田さんは今まで他のスピ系の方々の真似を行って来たに過ぎませんよね?営業の事もDVDを真似ただけですよね?今まで模倣や剽窃を繰り返したに過ぎませんよね?


おっしゃる通りです。スピも営業も完全に「真似」です。そんなに器用にゼロから価値を創造することができませんので。もしかしたら、これから先の人生でそのような価値に結びつくことがあるかもしれませんし、そうなることを志してはいます。しかし、今は先人の知恵を拝借しつつ、アイデアを組み合わせて、新たな価値へと昇華し、それを自分なりに活用することで生きています。そしてそのことを特段、悪いとも思っていません。



思想哲学と言う物は、その人が経験、苦悩して考え抜いた思考だから一貫性があり、その人の言葉やその思想哲学に意味があるのです。他者の思想哲学の都合の良い部分をパッチワークの様に継ぎ接ぎにする事に何の意味があるのでしょうか?その愚行が創造的な仕事なのでしょうか?


分かりにくい例で申し訳ないですが、私はジャズが大好きで、ジャズの醍醐味はインプロビゼーションにあると考えています。たとえばフィル・ウッズという名奏者がいますが(ビリー・ジョエルの「素顔のままで」の間奏で有名)、彼の演奏はチャーリー・パーカーのパッチワークです。バークリー音楽大学でもパーカーのパッチワークを徹底させます。しかし、パッチワークを繰り返すことで、そしてそこから抜け出そうと努力することで、オリジナルへと昇華することがあります。フィル・ウッズはまさにそう。そしてそうじゃない人は、有名になることもありません。


思想哲学で言うなら、私自身は10代でフッサールの思想に影響を受け、現象学的社会学をテーマに卒論を書きました。もちろんそこにオリジナリティはありませんが、シュッツの現象学的社会学自体がフッサールの現象学とウェーバーの理解社会学をパッチワークし、それを昇華したものであり、その後、思想界の大きな潮流となったかはわかりません。


偉大な思想家がおり、その思想を謙虚に学び、時には批判し、時にはつなぎ合わせ、「自分」というフィルターを通し、何かを創造する。それを「創造」と呼ぶ呼ばないはあるでしょうが、少なくとも「創造」を志して、日々、努力する姿勢は大切にしたいと思っています。シュッツのような、私にとっては偉大な思想家でさえも、パッチワークの域を超えたかものか疑問であるものの、それでも「何か」を残し、少なくとも私は影響を受けました。


また、「他者の思想哲学の都合の良い部分をパッチワークの様に継ぎ接ぎにする事」を私は愚行だとは思っていません。パッチワークそのものを否定しては、何も「創造」できません。むしろパッチワークでない完全にオリジナルの書物が、この21世紀にあるのならば教えてください。

もちろんあったとしても、読むべき書物かどうかは疑問です。何の学習もせずに、書きたい放題書いたところで、しょせんは「チラシの裏」レベルでしょうから。もちろん天才は別。


そもそも、先人のパッチワークであったとしても、それでも「石田久二」というフィルターを通した、一つの表現には違いありません。先人の知恵を都合よくきりばりしたものであっても、「石田久二」のフィルターからでる「表現」に触れたい読者がいる、そこに社費を投入して世に出したいと思っていただける編集者、出版社がいる。そうである限り、私はこれからも出し続けます。

もちろん常に批判は覚悟の上。それでも、喜んでいただける読者さんがいる限り、私は書き続けたいと思っています。



常に誰かの影響を受けては「新しいアイデアが降って来た」と感じて本を執筆して来たのだと思います。石田さんこそ、常に誰かに依存しながら生きてきたのです。他のスピ関係者や共感性の高く、騙されやすい人々に依存して来ただけです。真似る人や騙される人が居なければ、今の石田さんは居ないはずですよ。


おっしゃる通りです。「今の石田さん」はここにいます。いろいろな人から影響を受けながら、お世話になりながら、私はここにいます。貴方と同じように、真面目に生きています。



そして、本当に量子力学に興味があるのならば、アインシュタインを敬愛していますよね?そのアインシュタインは「穏やかで慎ましい生活は、成功を追及するせいで常に浮き足立っているよりも、より幸福を齎す」そう述べています。常に正論や批判から逃げ惑い、虚勢を張り、新に参考にする思想家やスピ関係者を探し続ける石田さんの姿は、とても幸せには見えません。


アインシュタインは偉大な科学者ですが、敬愛しているかと言われると、私はアインシュタインが敬愛したモーツァルトの方が好きです。それはともかく、アインシュタインが何を言おうと私には関係ありません。その人の価値観であり、それを受け入れるかどうかは私の自由ですから。ご紹介いただいた言葉については、「なるほど」とは思いますが。


幸せに見える見えないも、貴方の判断にすぎません。少なくとも私は私で「幸せ」だと思って生きています。もちろん日々の悩みや葛藤はありますが、それも含めて、私は私の人生が「なかなか悪くない」と思っています。それでよくないですか?



それとお金の事も少し。日本経済の観点から考えても、一部の者が高収入を得るよりも平均値を高くする方が、国益や国の存続を考えれば良いに決まっています。行過ぎた資本主義は必ず崩壊する。御用学者以外の知識人はそう語っています。誰でも解る筈ですけどね。高所得が「成功」であると信じている者こそが、日本経済や日本国を崩壊に追いやっている。


日本に関して言うなら、すでに平均値は高いです。何らかの都合で仕事ができなくとも、公的扶助制度で生活が保障される程度には平均値は上がっています。確かに貧富の差は常に付きまといますが、高所得者から再分配されることで、生活が成り立つ層がいることは否定できません。


ちなみに「行過ぎた資本主義」で崩壊した国はどこですか? 資本主義は確かに「市場の失敗」が不可避ですが、その都度、行過ぎないよう「修正」されながら存続しているのが、今の資本主義国家の現状です(修正資本主義、福祉国家)。日本もしかり、欧米もしかり。むしろ、崩壊したのは「行過ぎた平等主義」であり、為政者により恣意的に計画された政府、修正が担保されない「政府の失敗」による方が大きいのではないでしょうか?(かつてのソ連、北朝鮮、ジンバブエ、ベネズエラ、アルバニア、ナウルなど)


そして「高所得が「成功」であると信じている者」とはむしろ貴方のことじゃないでしょうか? 少なくとも私はそのように考えたことはありません。



お子さんの為にも慎重に物事を考えた方が良いと思います。


ありがとうございます。ただし、貴方は、私の人生や家族の心配をするよりも、ご自身の幸せだけにフォーカスして生きていく方がいいと思います。私自身も、自分の人生や家族、仲間たち、そしてご縁ある方の幸せにフォーカスして生きています。残念ながら見知らぬ他人の人生に干渉するほどの義務も権利もありませんが、その代わり、こんなブログや本であっても、わずかでも何らかの「気づき」があり、幸せになる人がいることを願って書いています。


ですので、貴方ももしもよかったら、私のブログや本の「悪いところ」ではなく、わずかながらでも「良いところ」を探し、それを参考された方がいいのではないでしょうか? 2004年5月からこのブログは書いています。当時は薄給のサラリーマンでしたが、言葉や思考を変えることで、どうやって人生を良くしていこうか模索するプロセスが、おそらくどんな媒体よりも素直に詳しく書かれていると思いますので。しかし、「良いところ」が見当たらないと思われるなら、ここには見切りをつけて、より良い媒体をお探しになる方が得策だと思います。



と言うわけで、久々に「反応」させていただきましたが、私もそれなりに気づきがあったのでよかったです。しばらくは「7人の神様」との対話を続けようと思っているのですが、今日はどうしましょう? どんなテーマでお呼びしましょうか? たとえば、お金と幸せとか?





僕らの魂が地球に放り込まれた理由

Qさん
どうなんでしょう? お金がないと幸せになれないんでしょうかね。


叶女神
当たり前じゃない。お金がなくて、どうやって幸せになれるの?


Qさん
え~!!! そんなあ~! お金と幸せって関係ないって言ってくださいよ! そんな、堂々と言われたら立場ないじゃないですか!


叶女神
あら、どうして? お金、あった方がいいでしょ?


Qさん
そりゃそうですけど、なんか釈然としないと言うか、お金がなくても幸せな人っているんじゃないですか!


叶女神
そんな人、いるのかしらね? 「お金がなくても幸せ」なんてのは単なる強がりで、現実逃避よ。「幸せな人はお金がある」んだから。


Qさん
そりゃないですよ! ん? でも「幸せな人はお金がある」って言いました?


叶女神
そうよ。「お金がある」って、別に金額とか収入とか言ってないじゃない。月収13万であろうが、30万であろうが、100万であろうが、「幸せ」って思っている人は、いくらでも幸せなのよ。逆に一般的にお金持ちの人でも、「幸せ」と思っていなかったら、いつまでも「お金がない、お金がない」って焦ってるから。もっともっとお金があれば、「幸せ」になれると思ってるけど、どんなに稼いでも、その人は幸せにはなれないわね。


Qさん
つまり「お金」じゃなくて、「幸せ」が先なんですね?


叶女神
そうよ。人生だって景気だって「気分」だから。「幸せ」って「気分」だったら、その気分に相当するくらいのお金は用意される。だから、お金を増やす方法は簡単なの。

まずは「幸せ」って気分にフォーカスする。今でも十分に幸せだけど、「ハワイに行けたらいいだろうな~」って感じて、その「気分」をしっかり味わうの。そしたらハワイに行けるくらいのお金は入ってくるから。


Qさん
お!つまり「引き寄せの法則」ですね!


叶女神
それがわかりやすければ、それでもいいわ。結局ね、「お金がなくても幸せ」なんて言ってるうちは、お金は来ないわ。今よりもっと幸せになるには、もっとお金があったらいいな~って感じるだけで、その「もっと幸せ」にあったお金が入ってくるから。


Qさん
なるほど!最初に「幸せ」から入って、それに見合ったお金が入ってくるって感じですね!たとえば「月収1,000万円」にあるにはどうすればいいですか?


叶女神
なんで、月収1,000円になりたいの? 


Qさん
なんか、いいじゃないですか。それだけあったら。


叶女神
どんな「気分」になるの?


Qさん
なんかいい気分になると思います。


叶女神
つまりね、Qちゃんの今の「気分」がお金だから。どんどん、もっともっと「気分」が良くなれば、月収1,000万円とか考えなくても、その「気分」のピッタリのお金が毎月入ってくるのよ。だからね、今日の記事も本当はよくないのよ。


Qさん
え?今日のコメントの記事ですか?


叶女神
そうよ。そのコメントに対する記事書いて、気分よかった?


Qさん
いえ、あまり。それなりに言いたいことは言えましたが、それよりもいいコメントを取り上げる方が気分はいいですよね。


叶女神
だったら、これからはきちんと考えることね。「気分」をもっと大切にして! せっかく最近、いい感じになってたのにね。自分や読者さんが「気分」いいと思うような記事を書きなさいね。


Qさん
りょーかいです!!!
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というわけで、コメントをいただいた「や」さん、ありがとうございました。あれはあれで自分の考えを整理することもできたし、良いとは思いましたが、失礼なことを申し上げたらすみません。ともあれ、「や」さんも、これからもどんどんいい気分でいきましょう!ありがとうございました。


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Commented by at 2018-07-05 08:09 x
ご丁寧な返答有難うございます。
しかしながら、過去の石田さんの言動と不一致している回答なので、一体何が石田さんの本心なのか?私には理解できませんでした。常にその場凌ぎで繋いで来ただけなのでしょうけどね。反論に対して議論しても良いのですが、無駄だと言う事も理解しているので、止めておきます。

by katamich | 2018-07-03 23:39 | ■僕らの魂・観音菩薩 | Comments(1)