【不動明王】顔が「きもい」と言われた少年時代がナンボのもん? 2018.6.12
2018年 06月 12日

実はオレ、自分の動画ってのをほとんど見たことがありませんでした。YouTubeとかにいくつか上がっているのですが、恥ずかしくて見れません。ですが、このライブ中継はとても楽しく見れる。自分で言うのもなんだけど、面白い。だって、興味のある話しかしてませんもの。毎回、ジャズの話から本題に入っているのですが、今日はチャーリー・パーカーの話をしてたら、思わず熱が入ってしまい、強烈な印象を残してしまったようです。本題に入ることはできたのかな?
後半、カッキーがからんできたので、10分ほど拾いました。カッキーは20年前にイスタンブールで出会い、エジプト、ヨルダンと旅したんだけど、今でも付き合いがあるんですね。ミスチルの「ステ~イ」ばかりかけてたので、ライブ中継でも途中、挿入しました。パーカーよりミスチルの方が人気あるようですが(笑)
ところで一つ、カミングアウトしますが、オレは自分の「顔」が大っ嫌いでした。理由は極めて単純で、中学の時、「きもい」と言われたからです。小学生の頃は自分でそんな認識はなかったのですが、中1に入ってから、急に言われ始めたのです。同級生の男子で言うのはあまりいませんでしたが、1個上の先輩がひどかった。頭のいい兄がいたからもあるでしょうが、オレはなぜか目の敵にされていました。
幸いにも中1の時は寮生活じゃなかったのですが(中3から入った)、もし入っていたら、そして嫌な先輩だったら最悪だったでしょうね。実際、それでノイローゼのようになって辞めた同級生もいました。私はほとんど接点なかったですが、S木って先輩が超絶後輩イジメで有名で、同級生のT君は完全にノイローゼで退学しました。それまで明るく元気な男だったのに。ただ、そのS木は同級生のHさんに公開ボコボコに目にあい、泣きながら許しを乞う姿に胸のすく思いだった人も少なくなかった。その翌日、教室はその話で花盛りでした。
ともかく、オレの学年は人数が多かったので、近くに住む人は家から通わされていたのが幸い、先輩からのイジメの難から逃れていました。しかし、学校に行くと、休憩時間、放課後に先輩とすれ違います。知らない先輩から突然呼ばれ、「調子乗ってんか!」と胸倉を捕まれることもしばしば。もっとも、その先輩はヘラヘラ笑っていたので、遊び半分なんでしょうが、やられる方はイヤに決まっています。「調子に乗る」の意味もよくわからない。そこで決まって言われるのが、「お前、顔、きもいんじゃ!」みたいなセリフ。
なぜか心無い女子からもコソコソ言われ、オレは家に帰ってじっと顔を見てみました。それまで12年ほどずっとこの顔と付き合ってきた。悪く言われたこともない。それが中学生になって急に言われる。だから、中1から中2の前半くらいは暗黒だった。わかりやすいイジメにこそないまでも、なんとなく「きもい」と言われてるんじゃないか。そんな強迫観念で過ごす日が続きました。さすがに不登校になれるような環境ではなかったけど、部活(吹奏楽部)を長くサボっていた時期はありました。
あの時、オレの教室に来て、首根っこつかむように部室に連れて行ったA先輩は今でも恩人と思っています。部活に行きたかったけど、同級生はいないし、サボりすぎて行くに行けなかった。正直、A先輩から無理やり連れて行かれた時、「助かった」と思いました。ドキドキして部室に入ると、当時、部長だったK先輩が「お、久しぶり、楽器あるか」と軽く言われ、久々に自分の楽器ケースを開き、クラリネットのリードをくわえ、組み立て、外でロングトーンをしながら、再び「助かった」と思ったものです。
それ以来、高3までサボることもなく続け、おかげ様で人生が広がりました。大学、社会人でも楽器は続け、いろんな人と会い、いろんな経験をさせてもらった。あの時、A先輩から首根っこ捕まれていなかったら、ジャズも好きになってなかったろうな。
だからなのか、私は超絶的に「お節介」でして、もしかしたら当時の私みたいに、無言で「助け」を求めている人がいるかもしれない。そう察したら、もう容赦なく世話を焼きまくる。これが「菩薩」のあるべき姿とばかりにお節介しまくる。
ともあれ、あの当時、不登校ならぬ、部活サボりの理由の一つが、「きもいと言われたらどうしよう」だったかもしれません。だって、部活には「先輩」と「女子」という苦手な人種しかいないんですよ。吹奏楽部にはそんなのは一人もいないと知りながら、「先輩・女子」ってだけで身体が固まるのです。神経症の一つに「醜形恐怖症」ってのがありますが、それは自分を「醜い」と思ってノイローゼ状態になる症状のこと。実際には醜くもないのに、友人の何気ない一言など、ちょっとしたきっかけでそう思い込んでしまう。
オレも当時、それに近かったかもしれない。しかし、いつの間にか抜けていた。中2の後半にはほぼ完全にリカバリー。もちろん自分でハンサムだって自意識こそないものの、「きもい」まではないと思い、そもそもそんなことを言う先輩も女子もいなくなっていた。なぜか一部の女子はオレを守るような言動さえしていた。それは気のせいかもしれないけど、「あの女子」は確実に一回以上はオレをかばった。それに救われたのも事実だ。
ただ、それでも人前に出るのはイヤだった。中2か中3の一学期、担任から「このクラスで一番存在感ないのは誰や?」と言われ、周りは一斉にオレを指さした。ただ、今思うと、そう言われて一斉に見られるほどに存在感はあったのだろう。本当に存在感のない奴は、そこで振り向かれることもない。しかもある日、「お前、存在感ないけど、いるってわかるよな」と言われたこともあり、それって実は何もせんでも存在感がバリバリあったことを意味していたのでは。ようは、大人しかっただけでしょう。
高1に入ったある日、寮生活だったのですが、毎晩2~3人、前に出てしゃべることが強制されていた。何度も出ていいけど、1回は必ず前でしゃべらなければならない。嫌で嫌でたまらなかったのが、いざ出ると、なぜかバカウケ。それも嘲笑のようなウケじゃなく、心から大笑いしているのが伝わる。快感。だからまた出た、するとまたバカウケ。快感。ここでついに完成。その後の仕事にもつながる「本当のQ」が完成。
そうやって醜形恐怖まで言わずとも「きもい恐怖症」を克服し、今はこうやって「顔」を出すことで生活が成り立っている。だけどね、実を言うと、心無いコメントとかあるんですよ。「お前、その顔でよく人前に出れるな」とか、明らかに悪意のある匿名コメントから、さりげないのも含め。だから、オレは基本的に自撮りが嫌いで、自転車の時も県堺など必要なスポットに限っていた。自分の動画とかも見るのはイヤだった。きもかったらどうしよう、みたいなのがどっかに残っていて。
そこで今日はこの辺の話、神様に聞いてみたいと思います。誰が出てくるのかな。
怒々神
おう!イケメン野郎!あと一週間だな!
Qさん
わ~!怒々神(どどがみ)さん!いつもありがとうございます!滝行では一番お世話になってますもんね。滝場に結界を張るところから不動明王真言で九字を切り。滝に入る前も真言を唱え、手刀で魑魅魍魎を切る。
ところでさっき書いていた、僕の「きもい恐怖症」って自分でもどう克服したのかわからないのですが、その辺、どうなんでしょう? 読者さんにも似たような状況の方、いらっしゃるかもしれないし。
怒々神
時間もないので、ストレートに3つほど教えてやろう。一つ目は
「安心してください!気にしていませんから」
だ!

Qさん
え、「はいてますから」ではなく、「気にしていませんから」ですか?
怒々神
そうだ。安心しろ。誰もお前のことなど、気にしていないから。
Qさん
え?でも、僕、昔、「顔がきもい」って言われたんですよ。僕のことを気にしてるから言うんじゃないですか?
怒々神
残酷な事実だけどな、言った奴はそんなこと覚えとらんぞ。人間はな、24時間のうち、9割以上は「自分」のことしか考えとらん。残りの1割で自分以外の何億もの人間のことを考えとるんだ。もちろん実際に億も考えとる奴などおらず、せいぜい10人か20人程度の人間関係だろうが、1割でその10人20人のことを考えてるにすぎんわけで、そのわずかわずかに「きもい」と一言発しただけだろ。お前、聞くけど、その中学の時とやらに何回くらい「きもい」って言われたんだ?
Qさん
え、そう言われると、正直、5回もないかもしれません。実際に言われたのは。僕のいないところで言ってる可能性はありますが。
怒々神
そんな「可能性」のことなど考えてもキリないだろ。実際に言われたのを数えても、5回もないんだろ。けど、お前はその5回もない言葉で、中学1年から2年の大半を過ごしていたんだろ。バカじゃないのか!
Qさん
まあ、確かにそうなんですが、でも言われるってイヤですよ。一度でも言われたら、それ自体が心の傷になりますし、傷は痛むんですよ。
怒々神

Qさん
なんですか、それ。でも、確かに包帯とかって昔、カッコよく感じましたよね。松葉杖で来たら一躍ヒーローだし。それと、心の傷とどう関係あるんですか?
怒々神
だってそうだろ。何度も何度も傷口を広げられるわけじゃなし、1回、2回の傷を後生大事にしやがって、そんなにその傷がカッコいいんかってことだよ。傷つけた奴だって、そんなに怨念を込めてつけてわけじゃあるまいし、言った方はすぐに忘れてしまうようなことをな、毎日毎日考えてるなんて、ちょっとイケてないと思うんだが、どうだ?
Qさん
そんなの、頭ではわかりますけど、傷ついたもんは傷ついたんですよ。
怒々神
そうか、ならお前はその1回の傷、しかも相手は忘れてしまってるような傷をこれからも大切に守っていくのか。人間の考えるキャパなんて限られてるんだよ。そこにだぜ、そんなくだらない傷のことで埋めちまうのか?
周りはな、言った奴も含めて、誰も気にしてない。気にしてんのはお前だけだ。もっと考えろよ。限られたキャパを傷で埋めるのか? バカか? もっといいこと考えられんのか? 合理的に考えろよ、合理的に。
時間がないので、次! 次はな
「安心してください!出しちゃいますから」
だ!
Qさん
また!何を出すんですか!すでにモロダシじゃないですか!(「ぼくたま」の第三章を参照のこと)
怒々神
おいおい、出すってのはこっちじゃないぜ! お前の前で出してもしかたねーだろ。 出すのは、「怒り」だ。この辺、オレの得意なとこだけどな、自分の大切なものを守るために「怒り」は大切なんだ。
それをな、「きもい」って言われたからと、そんな言葉を受け入れるんじゃなく、投げ出せ。「僕ってどうせきもいから」なんて卑下すんじゃなくてな、「きもくないわ!お前の方がきもいわ!」って素直に怒りを出すんだよ!めんと向かって出さなくても、新聞丸めて枕を叩くだけでもいい。
「きもい」と言われて、自分の大切な自尊心を傷つけられるんだろ。守ろうぜ!そんな言葉を受け入れて、それこそ心に傷つけてんじゃねえぞ。それじゃあ、また言われるのがオチだ。人は弱いとこに矛先を向けるもんだから、「どうせ」なんて言ってる奴はかっこうの餌食なんだよ。
コノヤローって気持ちを忘れるんじゃねえ!「怒り」をしっかり出せる奴にはな、何も言ってこんから心配すんな。安心してくださいよ。怒りだしちゃっても大丈夫ですから!次!
Qさん
は、はい。
怒々神
最後はな、
「安心してください!はいてませんから」
だ!
Qさん
え~、はいてないんですか!!!それはマズいですよ!
怒々神
はいてないのはな、本当のパンツじゃねえ。「偽りの自分」って名の汚いパンツだよ! お前、自分の動画見るの恥ずかしいって言ってたよな? なんでだ?
Qさん
なんででしょうかね。自分なんだけど、なんか無理してるっていうか、不自然って言うか。
怒々神
だけど、今のFBライブは見てて面白いんだろ? 何が違う?
Qさん
単純に面白いですよ。好きなことしゃべってるし、何よりリラックスしてるから、見ててつらくないです。
怒々神
「きもい」なんて思うか?
Qさん
別に思いません。逆にマッチョな感じで雄叫び上げてる方が「きもい」かもしれません。もちろんあれはあれで面白いところもあるし、本来の自分の部分もありますが、やっぱ無理してるのは見ててつらいですもんね。
怒々神
そうなんだ。「きもい」と言われたからと言って、それを否定するような汚いパンツをはく方がよっぽどきもいんだよ。言われたらな、「うん、きもいですが、何か?」と言っていやればいい。それ以上はもう誰も言わんし、そうやって認めちまえば楽じゃねえか。いいんだよ、人の意見とか。自分がいいと思わん、自分が面白いと思ってないのを、他人が面白いと思うもんか?
お前はもっともっと自分で動画を見ろ。そして磨け。今やってるFBライブはなかなかいい。ジャズの話でもなんでもすりゃいいんだ。お前が勝手にやって、勝手に見る連中がいるだけだろ。何の遠慮もないわ。自分の好きなようにやれ。汚ね~パンツとかはいてんじゃねえぞ、このやろ!
と言うわけで、駆け足で教えてもらったのですが、今日も6千字に迫るブログになってしまいました。こちらのKADOKAWA主催の講演、開催は決定していますので、リアル神様に会いたい方はぜひ!
■6月23日(土)/東京/出版記念講演~神様に応援されて、思い通りの人生を掴む7つの方法
と言うわけで、最近はFBライブも楽しんでますので、よかったら見にきてくださいね。ありがとうございました。
【受付中の講演・セミナー】
■Qさんの「夢かな心理学」オンラインプログラム
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第12回「ぼくたまライブ」
テーマ:浄化の先には・・・
本日の一曲:Charlie Paker「Embraceable You」