伝説の火ぶたを切ります!!! 2018.2.9

いろいろ迫ってきました。12日は鹿児島セミナー、13日は鹿児島商工会議所。19日までに本を書き上げ、21日(水)から出張。その日は東京でイブニングセミナー22日(木)・23日(金)は熱海合宿ワークス。24日(土)から3月4日(日)までエジプト。花粉も真っただ中ですが、新刊の完成も控えて、どんどん動き始めています。その後はいわゆるJAZZのCDブックの製作にかかるのですが、その決起ライブを4月5日(木)に開催します。と言いながら、残席3名ほどになりまして、希望者はお急ぎくださいませ。

■4月5日(木)/東京/伝説のBOSS Tenor 今津雅仁 CD BOOK決起ライブ


私はライター兼監修としての関わりになりますが、この仕事はこれまでに増して魂が入りそうです。この企画は急に「天の声」として降ってきたのですが、ま、いつものことですね。ほんと、何が降ってくるかわからない。普段の私はほとんど頭を使っておらず、突然の声を受け取って、それからあーだこーだと頭を使い始める。それでたいてい上手くいってるし、これからもそうなるだろう。


4月5日(木)のライブはテナーサックスとピアノのデュオ。今津さんのサックスにピアノは吉岡秀晃さん。私が大好きなピアノの一人であり、ソロやトリオはこれまで何度か聴きに行ったことあるのですが、今津さんとの演奏は初めて。もとより、CDはすべて今津さんと吉岡さんのコンボなんですが。
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このデュオをかぶりつきで聞けるなんて、往年のファンにとっては垂涎ものですが、それを再現すると共に伝説の火ぶたを切ります。正真正銘の本物のジャズ。今ではジャズって音楽も大学で学べるようになりましたが、元はそんなものじゃない。と言っても、まだ100年とか80年とかの歴史の浅い音楽ではありますが、ポピュラー音楽の基礎でもあり、どんなジャンルにせよ一流どころはどっかでジャズを学んでいる。しかし、本来は学ぶものじゃなく、身に着けるもの。


今津さんは高校を中退して17歳でプロデビューしたのですが、水商売や各種パーティで酔客や筋者を相手にひたすら現場、現場を踏んできた。今津さんからこんなエピソードを聞きました。原文のままです。


18歳の時...

十三の駅前のビルで仕事が有るので来てくれと言われたのですが。

指定のビルの前にはややこし系の黒服が10人ほど立っていました。

俺が楽器を持ったままキョロキョロしてると『バンドさんですか?』
音大のバリトン歌手より低い声に『はい!そうですが』

ビルの階段を上がっている時に課長クラスの人が若い衆に向かって『このド阿呆!エエ加減なことばっかりしやがって!』と注意しながら何発かのグーパンと華麗なキックを浴びせていらっしゃった。

その後も何人かのヤングマン達が階段を転げ落ちながら『すんまへん!』と課長クラスの人に謝罪するのがバンドの控室まで聞こえてきました。

しばらくして、ノックの音とともに部長クラスの方が入って来られて...

『ご苦労様です!今日はめでたい日やから派手にやったってくれるか!オヤジの好みでしょーもない歌手も来とるけど堪忍してや!なんや?エラいしゃちこ張ってるけど、何かあったんか?気に入らんことが有るんやったら遠慮せんと言うてや!』

そこら中で男性の怒号と悲鳴が鳴り響くような環境の中でリラックス出来るミュージシャンが居たらお目にかかりたいが、多分そんなヤツはミュージシャンには向いてないと思う。

一時間ほど経って、また部長さんが入って来られて『ほな、頼むで!』

あんなに真剣な気持ちで演奏に臨んだのは初めてだった...(絶対にミスは許されない)

ステージは順調に進んで行った事もあり、隔離施設から戻られた方を中心にオヤジさんと呼ばれる方たちも喜んで居られた。

無事、演奏が終わり、ステージを降りかけていた出演者たちの前に先ほどの部長さんが現れたと思ったら『悪いけど、あと一曲だけやってくれるか!ウチのオヤジがどーしても聴きたいっちゅーてな、やってくれるわな!ゴッドファーザーの愛のテーマや!あんたらプロやねんから出来んっちゅーことは無いわな!』

ピアノ・ベース・ドラムは無言のままうつ向いている。

出来ないのだ。

『ウル覚えですけど、何回かやったこと有るし、なんとか成るんちゃいます?』

『そうか!今津!出来るんか!やってくれるんか!そうかそうか!良かったなぁー!みんな今津に感謝せんとアカンで!』

今回の寄せ集めバンドのリーダーのハシャギっぷりにカッチーンと来たが、今はそれどころではない。

『今津!はな、頼むで!』ピアノトリオの三人組は早々と控室へ戻ってしまった...

ステージに上がった瞬間、頭の中が真っ白になったのだけは覚えている。

でも、そこからの記憶が無い。


何を演奏したのか、ミスらなかったのか、アウトロー業界の人達は満足したのか、何一つ覚えていないのだ。

どうやって控室に戻ったのか解らないが、部長さんが『大したもんやなぁーオヤジも大喜びしとるし、ホンマ、エエ出所祝いになったわ!あ、そや、出てきた兄弟からチップを預かってるんや!これ渡しとくで!』

俺の手に分厚い封筒が乗っかった...その途端、我に返った。

気を失なっていたのだろうか・・・あの時のことは、今だに何が何やらサッパリ解っていない。

関西、栃木、札幌、各地で「ゴッドファーザー愛のテーマ」を演奏してきたが、そのたびに業界の社長さん達が涙を流して感激してくれる。

デイケアセンターの婆さんと組長を演奏で泣かす事にかけては誰にも負けない!

確実に泣かせるやり方を知っているからね。

ハハ・・・しょーもなぁー



今津さんの話にはその土地柄的にかどうか、やたらと893の話が出てくるのですが、こうやって若い頃から学校にも行かず、テナー一本でむちゃくちゃな要求にこたえてきたのだから、凡百の上手なミュージシャンとは次元が違うわけです。それにしても18歳で893の親分の前でテナー一本で聴かせるなんて、並の心臓じゃないですね。もしかしたら4月5日のライブでは、めちゃくちゃな要求に応えてくれるかもしれません。基本、楽譜なしで頭にあるメロディをそのまま演奏しちゃいますので。


ピアノの吉岡さんも同じようなもん。公式プロフィールによると、

1960.2.1 宮崎県延岡市出身
8歳の時にピアノとバイオリンに出会う。
高校在学中、キース・エマーソンに魅せられ、プログレッシブロックの洗礼を受けると同時にジャズに興味を抱く。

1979 来日したレッド・ガーランドトリオのジャミル・ナッサー、ジミー・コブと共演しレッド・ガーランドに絶賛される。

1981 21歳の時プロを目指し上京


とのことで、18、19から地元延岡でのプロ活動をしており、なんと19歳でレッド・ガーランドの前でピアノを弾いて絶賛されるなんて。レッド・ガーランドも私が最も好きなピアニストの一人であり、伝説のマイルスクインテットの最初のピアニスト。あの時代のジャズは本当に素晴らしい。

ベースのジャミル・ナッサー、レッド・ガーランドだけでなく、アーマッド・ジャマルやアル・ヘイグなどの音源でもその名を確認でき、そしてドラムのジミー・コブ。マイルスのバンドにも一時期いたレジェンド中のレジェンドです。90歳くらいで今も現役のはず。


昔は今津さんや吉岡さんのような現場主義なミュージシャンの方がたくさんいたのでしょうが、最近は学校で学ぶ人も多いですね。それが悪いとは言わないし、そもそも昔ほど現場自体がないのも事実でしょうが、それでも土の中から這い出てきたようなジャズの魂は今後も受け継いでいきたいものです。そのスタートが4月5日ってわけで、今年はいろいろやらかしますので、どうぞご期待ください。ありがとうございました。

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by katamich | 2018-02-09 23:39 | ■音楽 | Comments(0)