今日は引き寄せ系をdisりたい 2017.5.28

7月末発売予定の新刊の原稿をリライトし、本日、夜に編集者さんに提出しました。ここから具体的な作業に入り、しばらくは忙しい日々が続くでしょう。内容は願望実現や引き寄せ系になると思いますが、書きながら、いろいろ思うことが出てきました。


今日はいわゆる「引き寄せ系」をdisりたいと思います。以前、私が何かに参加したとき、誰かに会ったようで、それらしき人から「Qさんを引き寄せた!」と書かれたことがあります。それを見て、「ん?」と思いました。オレはこの人に引き寄せられたのか、と。今となっては何に参加したのかさえ覚えておらず、ただ、その一文に強烈な違和感があったのは残っています。だって、その人のこととかまったく関係なく、私の意思で参加したと思ってたから。いや、完全に私の意思でしょ。その人の「引き寄せ力」で参加したんじゃないと思うけどな~。


それ以外にもやたらと「~を引き寄せた!」と書いたり、しゃべったりする人いますが、観察するところ、そんな人に限って大したもんを引き寄せてない気もする。一時期、頻繁に目にした引き寄せ系としては「happyちゃんを引き寄せた!」なる文言。確かにhappyちゃんは面白いし、すごいところがあるとは思うけど、普通に生活しているだけで、彼女はいったいどんだけの人から「引き寄せられた」のだろうか。そもそも会いに行こうと思えば会えるものを、引き寄せたもないだろうと思うのですよ。


「引き寄せの法則」とは「ザ・シークレット」の翻訳者の一人である山川紘矢さんも言われてましたが、楽して願いを叶える(引き寄せる)ためのテクニックではなく、「世界はすべて自分が引き寄せたものだ」との真実を伝えるものなんです。良いことも、悪いことも、すべては自分が引き寄せたんだ。もっと言うと、自分の「感覚」がそのまま「世界」に反映しているということ。


あと、「~を引き寄せた!」ってやたら言う人の特徴って、「感謝が足りない」とも思うのです。たとえば一冊の本を出したとして、それをして「出版を引き寄せた」と書きたくなる気持ちはわかるけど、そのためには出版社、編集者、校正、デザイン、そして多くの読者さんなど、たくさんのたくさんの手やご縁があって実現するもので、自分の「引き寄せ力」だけでは決してない。もちろん本人にとってはあらゆることを含めて、世界を引き寄せたことになるのも事実だけど、わざわざ「書く」ほどのことでもない。


そしてもう一度言うけど、「~を引き寄せた!」とやたら言う人に限って、大したものを引き寄せていない。Qさんやhappyちゃんが会ったくらいの話で、そんなのを人生にメインにすることもないわけで。
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一方で、いわゆる「大したもの」を引き寄せた人はどんなマインドにあるか。常に「お陰様」を意識して生きている。引き寄せるぞ~とメソッドを頑張るのでもなく、ただ淡々と目の前のことを積み重ねているだけ。そこに多くの支援者やご縁が集まり、時には「奇跡」と呼べるような大きな出来事が起こる。そのとき、決して「引き寄せた~!」とは言わず、「お陰様で~」と言う。


「お陰様」の「陰」とは、神仏など目に見えない偉大な存在を意味し、つまりは常に神様や宇宙を意識し、信頼したあり方を言う。そんな「お蔭様」に好かれる生き方とは、日々感謝し、与えられた仕事を淡々とこなすようなあり方。毎日ブログを書くでもいいですし、毎日人と会う、ルーティンをこなす、研究を一歩進める、トレーニングをする、いろんな積み重ねがあって、そこに「奇跡」が起こる。


その時に「引き寄せた」と言うか、「お陰様」と言うか、そこに人生観が出てくるわけです。引き寄せを頑張るのではなく、目の前のことを淡々と具体的に片付けながら、常に「お陰様(神仏、宇宙・・・)」に感謝して生きること。それが本当の意味で人生を豊かにし、望み通りの現実を「引き寄せる」秘訣なのです。


そんなことを自分の原稿読みながら感じたのであります。自戒を込めて。精進させていただきます。ありがとうございました。


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by katamich | 2017-05-28 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)