来年も来なければならない! 2017.3.22
2017年 03月 22日
苗さんが言うに、久高島は世界の平和を祈る場所。私利私欲なお願いも、少しはいいけども、教団とか集団がらみになると嫌がるそうです。久高島に限らず、沖縄の島も、また神社やパワースポットのような場所もそうだと思うのですが、やはりその場に敬意のない勝手なふるまいは慎むべきなのでしょう。
久高島には久高島の古来からの祭事があり、そのことへの敬意や思慮もなく、踊りや儀式などもご法度。その辺は思った以上に厳しいようで、久高島に限らず最低限のマナーやルールは大切なのです。
朝日が出てきました。苗さんが言うのには、この場で朝日を浴びると才能が開花します。確かにそうかもしれない。久高島に来てから、やりたいことが出てきたり、天職、天命に出会った人は私の知る限りでも少なくない。私にとっても今年はスタートの年だし、どんどん私を使ってほしいのです。
宿に戻って朝食。そしてフェリーの時間まで散歩します。
目的地はここです。「大里家(うぷらとぅ)」と呼ばれる遥拝所で、私にとっても重要な場所。昨日の苗さんお話会で、極めて興味深い話を聞きました。「大里家」は五穀豊穣の神様が祭られていることから、生活とか仕事とか、さらには縁結び、出産を祈願して訪れる人が多いとか。実際、この場で記帳をしてお祈りをすると、いろんな奇跡が起こるとの談。
苗さんには息子さんがいて、そのお嫁さんがなかなか子宝に恵まれない。ある日、「これくらいはお願いしてもいいだろう」と思い、お孫さんのお願いをした。すると、前方から光の玉が飛んできた。それをスッとよけた。別の日にまたお願いに行ったところ、この光の玉はよけてはいけないと感づいたようで、再び光の玉が飛んできたのを、今度は正面から受けとめた。間もなくお孫さんが宿った。
この話を聞いてビックリしました。私の二年前、この大里家で何気なく、何を願うともなく座っていたら、突然、目の前に「光の玉」が現れ、こんなことを言ってきた。
「おまえに命をやろう」
この話はいろんなとろでしてますし、『そらのレコード』にもエピソードとして挟んでいます。けども、苗さんからこんな話を聞いたのは初めてです。その二日後、福岡の家に戻ると三男が宿っていることを告げられ、その9か月後に「紘高」が産まれました。
奇しくもなんですが、次男は「卓久」で、三男は「紘高」で、並べると「久高」が出てくるのを知ったは、二人を命名してからずっと後のこと。やっぱりご縁があるのだろう、この島には。
それにしても、そうだったのか。苗さんにも「光の玉」が現れていたのか。やっぱり何かあるのかもしれない、ここには。
久高島一番の景勝地。ここも思い出深いのは、結婚式のエンドロールのオープニングの写真に置いたのです。
久高島交流会館には私の本がコンプリートしています。今年も1冊以上は出しますので、また来年、お礼参りにやってきて、7冊目、8冊目を加えなければなりません。なので、来年も間違いなくやってきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
港で全体写真。なんとこの中の一名は、どうしても久高島に残りたくて二時間後のフェリーに切り替えました。それだけ素敵な島。気持ちはよくわかります。私もできるだけ長く長くいたいのだから。
安座真港に着き、無事に国際通りのレンタカーオフィスに到着。これにて本編の「久高島ツアー」は終了。ちょっと時間があったので、ハンバーガーとビールでランチに。
そして那覇空港に移動し、いよいよ後半に突入します。2時55分のフライトで石垣島へ。到着してタクシーで市街地に移動。私は新城島(パナリ)のお世話の方とBBQの買い出しに出かけます。そう、パナリと言えばこの方、ぱぴぃです。
一通り買物を終え、本日の居酒屋で降ろしてもらいます。ここは「石垣島一の居酒屋」と知られ、私も来るのは三回目。とにかく魚が美味いのです。
こちらはマース煮(塩煮)。とにかく楽しかったねえ。飲んで食って騒いで。病みつきになるね。
この後はブラブラ歩いて、A&Wでルートビアフロートを飲みます。他の方はアイスとかいろいろ。さらにメンバー3名は島唄居酒屋に繰り出されましたが、私らはそのままホテルに戻ってバタンんです。めちゃめちゃ楽しかったそうなんで、次回は行きたいな。ありがとうございました。
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