【閲覧注意】オレのなすべきこと 2015.2.22
2015年 02月 22日
それにしても、、、ここまでいろいろキツイこともあったけど、こうして外食とかして、果物もたくさん食べて、しかも家族で旅行とかにも行けて、幸せだな~と思うのでありますが、先ほど、何となくネットを見てたらヤバいページにぶち当たってしまいました。なので今、少し複雑な気持ちです。このページなんですけどね。ページ下のリンク先の漫画がキツイ。閲覧注意です。
京都認知症母殺害心中未遂事件とは【地裁が泣いた悲しい事件】
10年くらい前の事件と思うけど、よく覚えてます。説明が面倒なのでコピペします。
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。
母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、06年1月31日に心中を決意した。
「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。
冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。
裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。
ヤバい、泣いた。この日本はいわゆる弱者に残酷すぎるのか。いや、決してそうじゃないと思う。制度としてはしっかりあるのだけど、末端にクソなのがいて、本来受け取るべき人たちに届いてない。こんな感じに。
よくわからない人のために、もう一度、マンガのページをリンクしますが、閲覧は自己責任で。胸糞悪い思いしたくない方は、今日はもう読むのをやめた方がいいです。私もちょっと後悔してて、実際、眠いのに眠れずにかなり夜中です。はい。
でも、こう言っちゃ反感買うと思うけど、確かに行政にはクソな職員がいるのも事実ながら、「片桐被告」ももう少し欲しいよ。つまり、誰かに相談するとかして欲しかった。もし、オレに相談してくれたら、、、一緒に役所に行って怒鳴りつけるからね。マジで。プロ市民顔負けに。
でも、片桐氏も父親から「人様に迷惑をかけるな!」と厳しく育てられてたそうで、やっぱりこれもビリーフなんですよね。実際、本当に人が良くて、気の弱い男性ってたくさんいますから。オレだったらこう言う、、、がその人の常識になくて、そればかりは仕方ない。ほんと。だけど、もう一度言うけど、行政職員もクソながら、片桐氏ももう少し強さが欲しかった。この場合は「誰かに相談する強さ」があるだけで、心中は避けられることなのに、、、と思うけど、ま、すべては終わったことですし、でも、唯一、「温情判決」にだけは救われますね。
そこで、眠れない目をこすりながらこれを書いてるわけだけど、自分なら何ができるかって考えるわけ。何だかんだ、オレは「書く」しかないな、と。つまり、内在的な生きる強さ、エネルギーがわいてでるような文章、本を書くしかない。それがオレの天命だって改めて思ったわけなんです。
結局、世の中ってどうにかなる。お金がなくても、どうにかなる。少なくとも日本にいる限りは。例えばネットにつながってるだけで、もう、どうとでも生きていけるわけ。ギリギリのピンチになって、どうすればいいんだ、どうすればいいんだ、どうすればいいだ、、、考え尽くす。すると、眠っていたエネルギーが目を覚まし、解決策を見つけることだってある。オレ自身、上の漫画のようには深刻じゃないまでも、「月末の家賃、どうしよう・・・」と考えた時期がありましたから。2005年から1~2年くらいは。正確には2009年の一時期もあった。とにかく追い込まれて、そして考える。滝にも打たれる、山にも登る。何か方法があるはずだ、、、考えて考えて考え尽くす。すると、ふっと力が抜ける瞬間があり、そこで大いなる叡智につながるわけで。
実際、そうやって助かったことが今まで何度もありまして、だからもし、上の漫画のような介護地獄でどうしようもない状態になったとしても、解決策に行き着く自信はあるんです。役所で粘るのも一つの方法。この場合は。実は最近もあるところに対して、、、やや強引な交渉をしてしまいまして、もちろん理不尽や無理強いじゃなくて、きちんとした理屈を合わせましょうって話をしたばかりでした。個人的な話なんで多くは語りませんが、さらに言うと賃貸を引き払うときの「敷金」だって普通に返してもらいますからね。何だかんだ、世の中って「声の大きな人」に有利だったりするんです。この場合の声の大きさってのは、物理的な大きさじゃなくて、知恵とか粘りとか、そんなのも含んでの大きさのこと。申し訳ないけど、ある程度は強く出ないと通らないことだってあるんです。
それは決してずる賢いとかじゃなくて、自分や家族を守るために当然のことでしょ。斎藤一人さんも言うように「舐められちゃいけない」のです。では、そんな強さってどうやって出るのか。それがまさにエネルギー。人には誰もが秘めた力、エネルギーがあるんです。そのエネルギーが発動したとき、自らの力はもちろん、宇宙全体が協力して、とんでもないシンクロを呼び起こすことだってある。むしろそれが普通。最終的にエネルギーなんです。
ってことで、あの胸糞悪い漫画を読み、10年前の介護心中の事件を改めてみて、オレのすべきこととか再確認してしまったのであります。今、夜中で変なテンションです。すみません。ってことで、本当にそろそろ寝ます。ありがとうございました。
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