怒りを忘れるな! 2013.11.8
2013年 11月 08日
前に11月に滝行をしていたとき、泣くほど寒い時期があったのを覚えているけど、今年はまだそこまでないかな。今日で14日なので、残りはちょうど3分の1。満行の翌週から名古屋と伊勢神宮。それにしても今年もよく旅行に行ったものです。企画ツアーでは、熱海、沖縄、Q州、出雲、河口湖、アイルランド、そして今度の伊勢で2013年は終わり。プライベートでは山口と宮古島。大阪にも帰省したし、我が家は割とあちこち行ってる方かな。来年は北海道旅行の予定。子どもがもう少し大きくなったら、家族でハワイとかもいいね。
とにかくまあ、そう言えるようになったのは、ほんとにありがたい。旅行もだけど、最近は「現金でマイホーム」なんて戯言も言いつつ、だけど、ツレからすれば「Qちゃんなら本当に買えそうな気がしてきた」とのことらしい。こうやって、自分だけでなく、周囲の意識も変わってきたら、ま、実現するしかないってわけで。もうほんと、確信も確信なんだけど、やっぱ「思考は現実化する」ですね。正確には「思考は寸分違わず現実化する」ってことで、これの意味するのは、「もちろん願えば叶う」ってことじゃなく、今の思考がそのまま現実になってるんですよ、ということ。ポジティブもネガティブもすべて思考、つまり「考え方」がヒャクパーです。だからこそ、自分にとって都合の良い「考え方」を選択すればいいだけで、と言いながら、「それが難しいんですよね~」とも言われます。よくわかる。
なので、このブログでもいろんな角度から何度も何度も「都合よく考えるには」ってことを発信してきたつもりだし、これからもガンガンやっていきますので。なんかねえ、ブレインコピーじゃないけど、オレの「考え方」を移植できれば、誰もがハッピーになるのに、、、と本気で思うことがあります。だから、せめてブログだけでも読んで欲しいし、機会あれば会いに来ても欲しい、セミナー懇親会やツアーで一緒に飲みたいなあ、と思うのです。「Qさんと会うと運がよくなる」って言って頂ける方も前からいらして、だけど、それはおそらくその方が素直にオレの「考え方」を移植したからだと思っています。偉そうな言い方だけど。「運」ってそういうこと。「運」のいい考え方してたらそうなるし、そうじゃなかったらそうならない。実際、「運」が悪い人って、ほんと、信じられないような「考え方」してますもね。言動も含めて。
と言うわけで、これからも遠慮なくいきますよ。そう言えば、最近、メルマガ発行をしてなかったので、近々、音声セミナー付のメルマガを出そうと思ってます。来週頭にでも。テーマはやっぱり「経済的自由」だね。ここ最近、書いてるように。で、その音声を7回聞いたら、オレの「考え方」が移植できて、実際に「自由」に近づくって音声を吹き込もうと思ってます。もちろん無料で。で、これは純粋な菩薩精神なんだけど、それでも「give & give」を続けることで、巡り巡って「take & take」がやって来ることもよく知ってます。宇宙の質量は常に一定。出せば入ってくるし、入れれば出て行く。だけど、それら自分にとって都合いいかどうかは別。いいものを出せば、もっといいものが入ってくるし、その逆もまた真。だから、あまり人の悪口とか言わない方がいいと言いながら、自分を押し殺して「いい人」になるのはまた違う。その辺が難しい人には難しいのだろうけど。
そうそう、今日、滝に打たれながら、今日はこれ書こうって思ったことがあるんだけど、「いい人」って一般的に不幸な人が多いな~って。正確に言うと、ここでの「いい人」とは、いわゆる「演じられたいい人」であり、言ってしまえば「どうでもいい人」のこと。つまり、自分の感情を押し殺して、人から好かれようとするような人。これって、めちゃくちゃ危険な傾向ですから。
例えば、会社の同僚から急に「代わりに残業しといて」って理不尽な要求された。自分もいろいろ予定あったのに。だけど、いつも断れずに、「いいよ」って作り笑いして引き受けてしまう。で、みんな帰って誰もいなくなったオフィスで黙々とタダ働き。翌日、その同僚は「昨日はサンキュー」と言うだけで、特別になし。そしてまた頼まれる。しかも、皮肉なことに、そんな同僚の方が仕事も評価され、プライベートも充実している。
これって完全になめられてるだけ。軽く見られてる。重要じゃないように思われてる。なぜなら、自分自身も自分のことを軽く見てるし、重要じゃないと思ってる。自己重要感が低いってこと。自信もない。これがいわゆる「いい人」の特徴。男性限定で言うと、そんな人は女性から嫌われることもないけど、恋人の対象にはならない。だから、いつまでたっても彼女なし。これってどうなのか。ようするに「いい人」を演じることで、他人との争いを避けてるだけ。自分を守っているだけ。単純に弱虫なだけ。それじゃあ、女性に頼られることはないでしょう。義理チョコくらいはもらえても。
では、なぜにその「いい人」が作られたのか。それは今言ったように、「いい人」を演じることで、自分を守ろうとするために。「いい人」の枠からはみ出て、例えば怒りの感情を出したりすると、子どもだったら力が弱いから倍返しされることもある。親と子なら、幼少期は絶対に親の方が力が強いし、生活や生命を握られている。だから、親の言うことは絶対で、そのために「いい子」であるのが一番。それが大人になっても、まだ残っているのが、つまり「いい人」なんです。
と言うことは、ここで重要なのは、「いい人」を演じることで、本来出すべきはずの「怒り」などの感情を封印していること。その感情は次第に自分自身に向かってしまい、自分を傷つける結果に結び付いてしまう。やたらと事故ったり、難しい病気に罹ったり。そしていつも運が悪い。幸せそうな人がいないってのはそう言うこと。
「いい人」は一般的に、自分が重要であること、自尊心を幼いころに奪われてしまっています。理不尽に残業変われって言われるのは、自尊心が乏しいことへの付け込みです。「こいつだったら、多少はゴリ押ししても大丈夫だろう」ってなめられるんです。だから、頼んだ方も「悪いことしたな~」って意識はぜんぜんない。
そしてさらに重要なこと言うけど、この奪われた「自尊心」の中には「願望を実現する力」も含まれています。子どもの頃、誰だって小さな願望を持っていたはず。おもちゃが欲しい、お菓子が食べたい、遊びに行きたい、などなど。だけど、親から押さえつけられていると、そんな願望はことごとく叶わないし、それを口にすることすら阻まれる。だから、いつの間にか「願望は叶わないものだ、願望を持ってはいけない」などと思い込んでしまうんです。大切なものを守るときに必要な「怒り」の感情を封じ込めることとともに。
では、ここで「願望」を本当に叶えるためにはどうすればいいか。お金だって欲しい、時間だって欲しい、彼女彼氏も欲しい、結婚もしたい、自由に海外旅行したい、、、などなどいろんな「願望」があるはず。それを叶えるためには、、、そう、「怒り」のエネルギーを使うことができるんです。私自身も、今でこそこうやってますが、「怒り」がないかと言えばそんなことはない。中学高校、大学、社会人を通して、自分の身を守るために封じた「怒り」はゼロじゃない。それは自分より力の強い先輩や同級生、そして上司や同僚、その他諸々、場面場面では自分を消極的に守るために「怒り」を抑えたことはある。
だけど、その押さえこんだ「怒り」は今やパワーに転化することができるんです。先日、会社をいくつも経営してるビジネスオーナーとお話することがありました。すでに半分はセミリタイヤで自由に楽しくやっています。交渉も強そうだし、女にもモテそう。ガタイも顔もいい。だけど、その人は自分ではどうしようもない「怒り」を抱えてたんです。今はもう50歳近い人なんですが、高校時代は硬式野球の名門高に在校し、甲子園を狙える主力選手だったそうです。もちろん高校自体は何度も甲子園に出場し、優勝もしたことがある。だけど、その人が最後の春だか夏だかに、試合に負けて出られなかったのではなく、野球部員の不祥事で出場停止を食らってしまい、出る資格すら奪われてしまったのです。そこにあるのは、「悲しみ」もそうだけど、まぎれもなく「怒り」です。少年時代から甲子園を夢見て頑張ってきた。そしていよいよそのときが来た、、、と思った矢先、自分とは関係ない理由で出場権すら奪われる。オレの母校もそうみたいだけど。
で、当然、自暴自棄になることはあったそうだけど、あるとき、もう二度とそんな思いはしたくない、人生は自分でコントロールできないこともあるけど、それでもできることは後悔ないようやり尽くすんだ、との思いで、若い頃からビジネスを立ち上げ成功。それでその人が本当に幸せかどうかはわからないけど、取り戻せない青春への落とし前としては健全な方向性でしょう。一見成功して幸せそうに見える人でも、聞いてみると、そんなやるせないエピソードを持っていたりするもの。だけど、それもまた人生であり、人間なんです。
何が言いたいか。誰もが少なからず「怒り」を封じ込めて生きてはいる。だったら、今からでも、その「怒り」をもっと前向きなエネルギーを活用してもいいじゃないですか。自分を攻撃して病気になるなど、同情はするけど共感はまったくしない。そんなのクソです。かくいうオレだって、昔は結構、怒りを溜めてきた。いつも出すけど、最初のボーナス明細も、あれは腹立った。
契約社員なのでボーナスはないよ、とは言われてたけど、だったら、最初から出さない方がよかった。もちろん頂けることには素直に感謝すべきなんだろうけど、2万円ってなんだかバカにされてるような気がして、その場で明細を丸めてゴミ箱に投げ込んだ。だけど、すぐに思い直して、「この口惜しさ、忘れてなるものか!」と大切に取っておくようにしたんです。今となっては、すべてがネタ。そしてそのおかげで今がある。素直に感謝。ま、その手のは他にもいろいろあります。
と言うわけで、何度も言うけど、「いい人」は「どうでもいい人」。クソです、そんなの。封じ込めた「怒り」を外に出せ。もちろん暴力等で訴えても意味がない。2ちゃんねるに悪口書いても、なんの解決にもならない。封じ込めた「怒り」は自分の幸せのため、願望実現のために使えばいいのです。「怒り」を適切に活用・処理してこそ、本当に意味での「感謝」や「赦し」を味わうことができるのです。もっと素直に生きましょう。ではまた明日。ありがとうございました。
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(*^^*)
クソです。
って好きです。
本当だなと、思うのですきです。
クソな生き方はしたくないです。
悲劇のヒロインお涙頂戴は、
もうやめて、
自分のステージでいきます。
今日、1をやってみます。
料理をお出しする。です(*^^*)
ほんまにその通り!!
Qさんはエネルギーを使う方向性がいつも素晴らしいと思います。
自分の人生を生きれないなんてクソですよね^^
今日も納得できるお話ありがとうございました。
よく眠れそうです(笑)
Qさんは年間100日以上の滝行を10年継続という超人的な身体を持っているので成功されていると思っているのですが、無関係なのでしょうか?
幼少期の貧乏や容姿に対する強烈なコンプレックス等の心理的要因がない限りは、願望実現への行動を継続させるだけのパワーを引き出せないような気がするのですが、Qさんのお考えだとどうでしょうか?
特に平穏に生活してきた人が成功するのにはQさんのような超人的な身体をなんらかの形で手に入れる必要があるのではと思います。
Qさんのお考え聞かせていただけると幸いです。
いいですね~
キラキラ系に満足する時期があってもいいけど、そこから出る日は大切ですね。
いい夢見られました?(笑)
ご質問ありがとうございました!