人生を強くするもの 2013.4.6



 滝行4日目。今回は一週間なので、これで半分です。滝行は2004年8月に始めたので、今年の夏で10年目に突入するんですね。思えば真冬の滝も9回を終え、今年の末から来年の頭にかけて10回目を迎えることになります。その意味では2014年は記念すべき一年になりそう。滝行10周年、そしてブログ10周年を迎えるわけで。いろいろ三日坊主のことが多い私ですが、この二つだけは続いている。やっぱり楽しいからかな。

 私にとって、と言うより、一般的に見ても「続ける」ことは最大の成功法則の一つだと思っています。まずは3年続けてみる。その時点で3年前と比べて随分と高い位置にある自分に気が付くと思う。2010年に設立した私も会社も、今月で丸3年を迎えます。先日も言ったように、とりあえず3年間は完全に右肩上がり。もっとも、それ以前に5年ほど個人事務所としての助走期間はあったものの、よくぞ3年続いたものだと思います。わずかながらもきちんと税金を払って地域に貢献することもできた。これからはもっともっとたくさんの税金を払えるようになりたいですが、さて、このまま10年間、つまり2020年の段階ではどうなっているでしょうか。私はまだ50歳手前。まったく予想できませんが、同じように、2004年にブログを始めた当初、今の状況はまったくの想定外にありました。

 以前、私の高校の先輩が会社を辞めて一年ほどの世界一周に出かけました。その会社も決して悪くなく、業績的にも人間関係的にもむしろいい方と言っていました。だけど、上司を見ていてそれなりに幸せには見えるけど、予定調和な人生は嫌だと思い、思い切って辞めたとのこと。世界一周後、今はそれなりに安定した仕事に就いていますが、とても充実した人生を送ってるようです。

 私も多少はその先輩の影響を受け、24歳で世界一周に出たのですが、その途中、シンガポールからポルトガルまで自転車で横断している同年代の男と出会いました。彼は帰国後、旅行記をネット上に公開していたのですが、その中で何度も言われる言葉があったと書かれてました。それは、「オレももう少し若かったらやってるんだけどな~」、と。何度もそれを言われて、なぜか「むかついた」とハッキリ書かれてましたが、それはよくわかります。実際、そんなことを言う人間は、今だって「やりたいこと」をやってないと思うのです。何かにつけて、「いや、それは・・・」と言い訳しながら。

 人生なんて、最終的に「やる」か「やらない」かですもんね。そしてもし二極化があるとすれば、基準もそれ。つまり「やりたいこと」をやれる人生かやれない人生か。やれる人はいつまでもやれるのだけど、やれない人はいつまでもやれない。どっちを選びたいかは言うまでもないですよね。

 昨日、「悟り」について書いたけど、悟るとどんないいことがあるんですか、の答えも一つもこれ。悟る、つまり、自分で勝手に作り上げた不都合な「解釈」や「認識」から完全に解き放たれると、今度は自分から意識的に都合よい「解釈・認識」を積み上げられること。そして「認識」が「現実」を作ることはいつも書いてる通り。

 「やりたいこと」を「やれない」のは、まさに「解釈・認識」がそうさせてるから。自転車で世界一周など、実は珍しくもありません。もちろん今はやろうとは思わないけど、物理的に不可能かと言えばそうでもない。今ならインターネットがあるのでもっと楽です。情報収集だって簡単。やりたいことやれないのは、自分でそう制限してるだけで、やってしまえばなんてことない。

 例えば、今、何がやりたいですか?

 私は二冊目の出版です。今年に限って言うなら、9月にアイルランドツアーを開催すること。また、二冊目の出版を契機に、全国で講演・セミナーの機会を広げること。さらに、来期もまた右肩上がりの売上を更新し、5年以内には3,000万円を突破すること。宇宙に行くのはまだ先の話だろうけど、二冊目の出版とかアイルランドとかは、それほど難しくもない。だけど、同じことを2005年の段階で出来たかと言うと、夢の夢だったでしょう。ブログを書き始めて一年くらいで、アクセスが100になりました。まったく知らない人も含めて、100人もブログを読んでくれてるなんてすごいことだ。もしかしたら、このまま書き続けると小冊子くらいは作れるかもしれない。ちょうどその頃、本田健さんや五日市剛さんが、数十ページ程度の小冊子を発行してたので、私も同じことをして、少しでも多くの人に読んでもらいたいな~とか考えてました。だけど、その4年後にはきちんとした商業出版ができるとは、当初の夢をぶち抜いた瞬間です。

 そして今振り返ると、自分で「できる」ことの範囲がはるかに広がっていることに驚きです。Q州ツアーは何度もやってるし、2005年当時には行ったこともない沖縄のツアーも今では二回開催しています。インドツアーも二回。アイルランド(+アラブ)は距離的にも値段的にも少し上がりますが、それでも十分にできる範囲のこと。

 話がいきなり飛躍しますが、最近、歴史モノばかり読んでて、それも一つの時代に限られず、古代から近代まで手当たり次第です。その中で日本という国の特殊性を一つだけあげると、やっぱり天皇制を言及せずにはいられない。歴史的事実だけ見ると、2,000年以上も一つの血筋が存続している王室は存在しません。それも発端は神話です。ギリシャ神話はもっと前の話ですが、ゼウスの子孫がそのまま残ってるはずもなし。それに対して、もちろん「神話」としての設定であるにせよ、今上天皇の祖先は「神武天皇」であり、その祖先が「天照大神」であるという「物語」を共有している文化は、日本にしかありません。改めて世界史の教科書に出てくる年表にビックリ。
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 私は別に「天皇」の人間そのものに特別なリスペクトがあるわけじゃないのですが、それでも「長く続いていること」に対しては理屈抜きに敬意を評さざるを得ないし、それは世界的な共有認識でもあります(韓国の元大統領などのアホもありますが)。なので、小林よしのりが「女系天皇を認めろ」なんて叫んでますが、AKBに狂うくらいなので、結局、何もわかってないことをさらけ出したに過ぎないわけですね。もっとも、小泉元首相も「女性天皇」と「女系天皇」の区別がついてなかったとの話もありますし、本来はもっともっと国民的な周知徹底が必要なとこなんでしょうね。真剣に日教組は解体すべきですね。

 ま、それはともかく、私が何を言いたいかは、いきなりまたスケールが小さくなりますが、「続く」ことの価値について。ブログを10年続けることと、天皇制が2,000年続いていることとを同列に扱うのはナンセンスであることはわかってますが、それでも80年の人生で、何か一つでも、自身を持って続けていることがあれば、それだけで大きな財産だと思うのです。

 「致知」によく連載している渡部昇一氏あたりが、日本人のポテンシャル(底力)には万世一系たる「天皇」の存在があると主張していますが、それは共感するところも多いです。家族の中でも、何だかんだ言って「父親」の存在は重要で、そこに精神的な安心感を持つ子どもとそうでない子どもとでは、やっぱり育ち方も違ってくるでしょう。3歳までの母親の抱っこが人生を決める、という説に従うと、母親の役割は子どもに「愛着」を築くこと。それに対して父親の役割は「安心」を築くことにあると考えています。もちろん虐待とかは論外ですが、父親としての首尾一貫した威厳は大切なこと。父親が頼りないと、子どもはどこに拠り所を求めればいいものか。もちろん実の父親でなければならないことはなく、先生や養父、近所の人でもいいのですが、適切に「頼れる」という安心感を持っていると、それだけ自分自身も強くなれますからね。

 私も今、子育て中で試行錯誤の段階ではありますが、子どもに愛情を注ぐだけでなく、「ダメなものはダメ」と首尾一貫して言えるような威厳は絶対に重要。その意味でも、子どもに対しては、常に人間としてあり方を問われている立場ではあるのですが、その一つとして、自分のアイデンティティを形成する上での「続ける」は極めて重要だと思っています。

 話を戻します。滝行もブログもあと一年で丸10年を迎えます。これだけでも、今思うと、自分の中の確固たる「自信」につながってるな~と実感するのです。だからこそ、「やりたい」と思ったことに対しても自信を持ってチャレンジすることができる。完全なる精神論ですが、やっぱり精神論って大切なんですよ。何の取り柄もない私ですが、年間100日の滝行と毎日のブログだけは9年間続けてますよ。その事実だけでも、ものすごいパワーにつながるもの。

 今日はいろんな話をあちこちしましたが、「続ける」ことが「自信」につながり、それが新たなチャレンジを生み、やりたいことをやっていける充実した人生に結実するんだと思ってます。これからも、続けることで自分がどうなっていくのか楽しみです。取り柄がなくとも、ただ、「続ける」だけで人生って強くなるんだなあ、これが。ではまた明日お会いしましょう。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-04-06 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)