冒険してもいい頃 2012.12.19
2012年 12月 19日
その後は再び天王寺に戻ってMIOで昼食。思えば「天王寺・阿部野橋」と言えば、少年時代の私にとって何か大きな響きのある場所でした。小学生の頃の一つの冒険が「貴志駅」の近くスーパーまで「少年ジャンプ」を買いに行くこと。初めて買ったジャンプはいつの年代だったか覚えてませんが48号でした。買うようになった理由は「キン肉マン」を読むため。ちょうど「夢の超人タッグ編」が盛り上がってて、ヘルミッショネルズと超人師弟コンビの対戦中。ウオーズマンがやられ、ついにロビンマスクがクロスボンバーでマスクをはぎ取られる回でした。興奮したなあ。幼なじみのトシヤ君と毎日キン肉マンの話。ふと思うと、今でも同じことやってる私にビックリですわ。ちなみに直近で盛り上がってたのが、ブラックホールとペンタゴン。当時は四次元殺法コンビって名だったのですが、それが活躍したのは私がジャンプ買う前ですよ。今は身近に話し相手がいない代わりにネットで共感し合う。いい時代だなあ。
話を戻しますが、私にとっての冒険は地域から「貴志駅」になり、そして「富田林」と「古市」へと拡大します。地元話ですみません。それが小学生までで、中学になるといよいよ一人で「天王寺」に行くようになるのですが、私の聖域は「心斎橋」へと移っていきます。それは心斎橋に「ヤマハ」と「ミヤコ楽器」があったから。当時は音楽に熱中していて、ヤマハでCDを買ったり、楽譜を見たりして半日過ごします。あの頃はCDが一枚3,500円とかでした。その後、輸入なるものが出てきて、2,000円代で買えるのでもっぱら輸入CDばかりに。高校を卒業して予備校を経て、大学で福岡に住むようになってから私はますます自由に。大学一年の夏にフェリーで釜山に行き、セマウル号って列車でソウルに行ったのが一人旅のスタートでした。
車内で韓国の「地球の歩き方」を読んでいると、ショートパンツ姿の若い女性から声をかけられます。日本語で。日本語はペラペラなのに字はまったく読めない。なんだかよく分からないうちにその女性のソウルの友達の家に泊まることになり、しかも食事から何から何まで奢ってくれるのです。普通に考えたら怪しい空気ぷんぷんなのにどっかで警戒しながらもフラフラ着いて行きました。その女性が何の仕事をしているのか、結局、教えてもらえなかったけども、今なら推測できます。おそらくは日本人相手のキーセンではないかと。ソウルに一泊して釜山に戻ってきたとき、その女性の彼氏なる人と合流したのですが、明らかにそうでないことはわかりました。カラオケ店のオーナーだと言われましたが、それも本当かどうか。そうだとすれば、その女性のボス。そうでなければヒモか。それまですべて奢ってくれてた女性も、その男性と合流してから明らかに態度が変わり、最後に一緒に食事(焼き肉)したのですが、二人して私が支払って当然のようなことを言い始めました。それまで散々お世話になったし、支払いもさほどでなかったので素直に払いました。そして今夜の宿を探してくれると言い、典型的な韓国の民宿にチェックイン。そこで二人と別れたのですが、二人はしばらくその宿にいる様子。何やってるかは想像はできます。
それが私の最初の海外旅行でした。今思うと、最後の男性は明らかに怪しい。最後の焼き肉屋で10万円請求されても不思議でなかったけど、どう言うわけか普通の値段だった。2,000円もなかったと思う。そしてその翌年、ソウルの「テオンヨガン」って有名な安宿に泊まっているとき、仲良くなった女性に連れられてバーに入り、ビールを2~3杯飲んだだけで50万円を請求されたばかりの日本人男性と出会いました。拒否するとムキムキのボディーガードが出てきて、払えと恐喝する典型的な手口。当然、50万円も手持ちがないのでカードを渡して逃げてきたとのこと。その後、どうなったかはわかりません。さらに、同じ頃、大学の同級生が韓国に行き、12万円もぼられた話を聞きました。彼もまた初めての海外旅行でそれくらいは必要と思って財布に入れてたのを、おそらく同じような手口でやられてしまった。悲惨と言えば悲惨だけど、私だって同じ目にあう可能性は十分にあった。もしかしたらセマウル号で最初に声をかけられたとき、その女性の中には私を身ぐるみはがす絵が描かれていたのかもしれない。だけど、そうならなかったのは運の巡り合わせか。
今思うと、いろいろ考えることはあるのですが、だけどあの女性のおかげで、「海外旅行は素晴らしい!」って情報がインプットされて、翌年、同じく韓国からインドに飛ぶのでした。最初のインドでは友達二人が赤痢になるは、いろいろと大変ではあり、二度とインドには行かないと決意しながらもその3年後にまた行ってしまい、そっからどっぷり。今ではツアーを企画して行くほどに。おそらくこれからも行くことでしょう。そしてまだまだ行きたいところがある。来年はツアー企画でアイルランドの予定ですが、現地集合にしているので、その前後に寄り道したいとも考えてます。それは飛行機次第でKLMに乗ればオランダ周辺。エールフランスならフランス周辺。ルフトハンザならドイツ周辺。考えるとワクワクしますね。
これからもずっと旅はしていきたいのだけど、私の旅の原点はジャンプを買いに貴志駅に行くところに始まっている。いや、その前で言うと、親に内緒で売店にアイスを買いに行ったこと。貯金箱に入ってた200円を握りしめて友達4人で売店へ。今でも覚えてます。一本45円のアイスをドキドキしながら買って、物陰に隠れてひっそりと食べる。私が他の人の分も奢ってあげました。それまでは買い食いなんかしたことなく、親から与えられたままに食べていた。だけど、それをぶち破る。それこそが人生で最初の冒険だったと思うのです。
このとき、子どもの中には二通りの反応があって、「お母さんから怒られるからやめようよ」なる反応と、「大丈夫、大丈夫」って反応。私は後者だったけど、実は前者が多数派で兄貴などもそっちでした。あのときのことは結局見つかってないのだけど、その「冒険」は私の人格形成に大きく影響した、、、わけではないにせよ、今でもそんな感じです。何やっても「大丈夫、大丈夫」と思いながら、突っ走ってしまう。もしも、ちびQやたくちゃんが小学生になって、親の目を盗んで買い食いをしたらどうするか。一応、お母さんには注意してもらうと思うけど、私はどっかで「どんどんやれ」って態度を表す気がする。もちろん万引きとかは厳しく罰するけど、自分の小遣いで買い食いするくらいは許さないとですね。
そう言えば小学生の頃、セブと呼ばれる友達の家に行ったときのこと。家の中の誰のお金かわからないけど、コインを鷲掴みにして外に出て、俺たち友達全員にアイスを奢ってくれたことを思い出しました。おそらくそんなことも両親が許していたのでしょうが、彼は当時から確かに自由奔放な性格でした。時に行きすぎるほどに奔放。乱暴なともありましたが、なぜか憎めない性格。そんな彼も今はイタリアで靴のデザイナーとして活躍中と聞きました。
ビリーフチェンジのセッションをしていると、どうしても両親との関わり方が浮き出てくるのですが、「自由に振る舞うことを両親から認めらない」で育つと、気が付けば自分で自分を不自由にしてしまう大人になっっていることが多い。「好き勝手すると怒られる」、、、などの「感情」は「ビリーフ」として固定され、「好き勝手に出来ない人生」を繰り返し証明してしまうわけです。では、どうすればこの人生を、ビリーフを変えることができるのか。それはその当時に固定化された「感情」を「処理」し、インナーチャイルドの中の冷静な判断能力を呼び覚まして、新たな「情報」をインプットすればいいのです。人は大なり小なり親の期待する人生、押しつける人生、または親が避けたいと思っていた人生を再現してしまうもの。
つまり「親の思念」にある人生をトレースして生きる段階があり、ビリーフチェンジとはまさに「親の思念」からの解放のこと。実は自分自身が「親の思念」をトレースしてしまっていることに気が付くだけど、本来の自分の人生に向けてかなり舵取りすることができます。だけど、世の中にはそんなことさえ気が付いてない人が大半。そのための気づきを促すためにも、こうやってブログを書き続けたいな~と思うのです。そうそう、この記事も参考になりますね。
小さい頃、親に怒られてばかりだった奴は「何をするのも面倒だ」と感じる大人になる
なぜ、資料の送付、電話一本すら億劫になるのか -「先送り症候群」
6タイプ別病状と処方箋【3】心配性タイプ- プレジデントオンライン
わかっちゃいるけど取りかかれない。
その心理的メカニズムを理解すれば、突破口は必ず見える。
すぐやる人になるための簡単な仕掛けを紹介する。
たった一本、アポイントの電話をかけることが、なぜかできない……。
この心配性タイプ、佐々木正悟氏によると、
親から年中怒られる環境で育った人に多く見られる。
緊張して生きているという意味では完璧主義タイプに似ているが、
基準が常に外側にある点は正反対だ。
「このタイプは、完璧に仕上げたいという内側の基準ではなく、人に文句を言われたくないという
外側の基準に囚われています。しかも、人は些細なことで怒り、文句を言ってくると思い込んでいる。
だから、よほどモチベーションを高めないと、ごく簡単な作業もできないのです」
平本あきお氏が勧めるのは、まず自分がグズグズしがちな行動を書き出すこと。
「書き出したうえで、行動に伴う目先の“苦”と将来の“快”を比較し、快に目を向けるようにします。
これで嫌々ながらも手をつけようとはするでしょう。
次に苦手意識の強い作業と快を結びつけます。
好きな喫茶店に行ったり、好きな珈琲を入れるなど
自分に快を与える環境をつくって作業に取りかかるのです。
そのうちに、その作業自体が心地いいものになってきます」
心配性タイプには、宅配便ひとつ出すにも膨大な時間をかける人がいる。
箱のサイズ、梱包の仕方、伝票の書き方などについて、
集配人から文句を言われるのではないかと恐ろしくて仕方ないのだ。
http://news.infoseek.co.jp/article/president_8019
結局、ここになるのかな、、、と思いながら、やっぱり好き勝手生きていきたいものですね。人生冒険。冒険してもいい頃って漫画が昔ありました。この記事のタイトル見て思い出した人は、私と同類ですね(笑)。それではまた明日。ありがとうございました。
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