石田君は悪いと思いながらやっていた 2012.2.26

 今日は夜のゴミ捨て以外、一歩も外を出ず、自室にずっとこもっていました。正直、滝に行かなくていいとホッとします。何だかんだとキツイことには変わりないですからね。ちなみに、ちびQはインフルエンザで金曜日からずっと家。だけど、熱は最初からほとんどなく元気に走り回っています。しかも、この週末はばあちゃんに泊りに来てもらって、ちびQも大喜び。ま、これはこれでよかったのかな。保育園に行ってると、この辺の流行りは避けれらませんものね。

 それはそうと、昨日はちょっとネガティブな話をしてしまったのだけど、同級生から思わぬメッセージも頂いてビックリ。読んでくれてる人って結構いるんだな~、やっぱり。でもまあ、昔の話ってし出すとキリないですよね。年に一回くらい高校の同級生と東京で集まることがあるんですが、同じ話ばかりで、それでもかなり盛り上がる。酒の量も増える。何に笑ったのか覚えてなくとも、翌日はひたすら腹筋が痛い。なんやろね、あの感覚。

 それはともかく、教え子がたくさんいると、私みたいなひねくれ者もいるので大変ですね。ま、素直な生徒ばかりでも問題とは思いますが。ちなみに私にとってのベストオブ小学校先生は5年の担任だった、女性の先生です。おそらく当時27歳くらいだったんじゃないかな。小学生から見た27歳だと立派な大人ですが、今の私の年齢から考えると、よくぞやっておられたと感心します。その先生の何が良かったかと言うと、贔屓がまったくなかった。私など大人しい生徒じゃなかったのでよく怒られましたが、それも今思うとすごく納得できるんですよね。当時も、その辺は感じていました。今はもう、50歳超えてるのか。月日ってのは流れるもんです。

 そう言えば、小学校には教育実習の先生もよく来ました。近所の短大からが中心だったので、歳にして20歳前かも。それでも先生は先生と思っていましたが、授業中、泣かしてしまったこともありました。当時は先生が泣くことに驚きでしたが、今思うと、20歳前後なんてまだ子どもですもんね。私がオッサンになっただけかもしれませんが。覚えている限りでは、音楽の授業で、みんなで替え歌を合唱した時。クラスで一番悪さする宮川君が外に出されそうになり、私が率先して宮川君を助けた時。文句あるなら言いなさいと言われて、アホバカと言った時。そりゃ、ま、確かに私も悪いですわ。だけど本心を言うと、あの当時、「悪いことしたな~」って思ったりもしたんですよ。結局、私の一番アカンとこは、悪いと思いながら悪いことしてたこと。

 先ほどの5年の担任だった先生からは、そのことでこっぴどく怒られました。クラスに障害のある生徒がいたのですが、かなり乱暴な口のきき方をすることがあって、しばしばいじめられてたんです。私もよく加担していました。そんなある日、家庭科の調理実習時間に、数名でその生徒をいじめるようなことがあって、私も仲間に入っていたのですが、家庭科担当のおばちゃんの先生が見ているのを見て、やめて席についたのです。私以外の連中はまだ続けていました。その後、クラス全体が放課後に残されて、その家庭科の時間のことを問題にされました。その時、「一番悪いのは石田君だ」と先生から暗に言われました。なぜなら「悪いとわかってやってたから」と。

 その時は自分よりもっとやってた奴がいるのに、なんでオレだけ名指しで何度も怒られなアカンねん、って気持ちでした。しかし、今はよくわかるし、あの直後に先生から一対一でも怒られて素直に謝りました。わからん人間には何度も教えれば済む話。私は悪いってわかってやってたのですから質が悪い。だけど、その先生はちょっとしたことでもすぐに褒めてくれた。叱る時は叱るけど、褒める時は褒める。それは誰に対してもそう。だから好きやったんだと思います。

 私も、小学校、中学校、高校、予備校、大学と、いろんな先生のお世話になってきましたが、それぞれに恩義を感じ、そして私のパーソナリティにも大きな影響を与えていると思います。特にそのベースとして、少年時代からの「宗教体験」は無関係ではないと思っています。小中高と私は新興宗教系の学校に通っており、今はまったく信仰をしていませんが、知らず知らずに思想的影響は受けている気がします。そして先ほど、ホームページで改めてその教義のようなものを見たのですが、なるほど、と思いました。

 個別宗教のことを評価するのはなるべく差し控えたいのですが、その宗教には21箇条の「処世訓」なるものがあって、今、それを見るとすごくよくわかるのです。もし今、私がその項目について説明しろと言われたら、私なりの言葉できちんとお話ができそうな感じ。私自身、いろんな国を旅する中で「宗教」については人並み以上の関心を持ってきたと思います。聖地巡りも好きで、例えばユダヤ・イスラム・キリストの聖地であるエルサレムを始め、仏教の聖地ブッダガヤ、ヒンズーの聖地バラナシ、イスラムシーア派の聖地マシェド(イラン)など、「聖地」はどれもとても神聖な気持ちにさせてくれるものです。クリスチャンではないですが、旅先で教会を見つけるとどこでも入ってしまうし、モスクやシナゴーグも同様。なんか落ち着くんですよね。お寺や神社も言うまでもないですが。

 その関心の延長上に、宗教と経済・社会との関連性を論証したマックス・ヴェーバーの本などは学生時代によく読みました。そのようなフィルターを通して世の中を見ると、日本が経済発展するのもよくわかります。経済発展が絶対的な価値かどうかは別として、日本は長い歴史の中で、知らず知らずに発展の精神的土壌を作ってきたことは確かでしょう。ヴェーバーはその精神的土壌のことを「エートス」と呼んでいるのですが、何だかんだと、日本はそのエートスがある限り、著しく衰退することはないと考えています。その土壌を一言で言うと、月並みな言い方ですが、やっぱり「ちゃんとしてる」んですよね。そのことは3.11の震災後の日本人のあり方が、世界を驚愕させた事実を見てもわかると思います。社会秩序が崩壊するほどの略奪などもなく、レジにはきちんと並ぶ。道をふさぐことなく、通り道を開けておく。それ以外にも、メジャーで活躍しているイチローやマツイが、バットやグローブを大切に扱っていること自体が、周囲の選手を驚かせたとも伝えられています。そんなの日本人にとっては当たり前のことなのに。

 今、日本では経済や社会保障、教育の分野などで、いろいろと問題視されてることが多いですが、私は決して悲観的になる必要はないと思っています。一般の人はあまり関心ないと思いますが、日本は今でも世界最大の債権国です。財政がひっ迫していると言われながらも、海外に一番金貸して、しかも多額の援助までしている国は日本だけです。その援助も半端ないですからね。そう言えば最近、韓国のあるタレントが「独島(竹島)は韓国の領土」と言ったことを受けて、日本のある企業がCMにそのタレントを使うことを見合わせたそうです。そのことが韓国人感情を逆なでし、韓国メディアは「3.11でたくさん寄付したのに、日本は恩知らずだ」と報道したそうですが、いやいやちょっと待って欲しい。震災後に通貨スワップで韓国に5兆円を融資したじゃないですか。これで日本は4兆円の損失があるとも言われてて、もし、それを被災地に回したらもっともっと楽になっているはず。そんなこともちゃんと報道されてない日本ってどうよ、ほんと。実際もし、日本が一切の義捐金を受け取らない代わりに、対外援助をすべて凍結する、そしてお金も貸さないと決定すれば、震災復興はもちろん、雇用も社会保障もすべて解決です。額面の上では。

 だけど、日本のマスコミはとかく「日本はダメだ、ダメだ」とばかり言う。確かにダメな面も多いでしょうが、今でも日本以上に住みやすい国はないと思います。国民満足度調査などをすると、上位にあるのはいつも北欧などヨーロッパ諸国であり、日本はさほど上でもないわけですが、これはあくまで主観的な調査。そりゃ、ダメだダメだと聞かされてたら、ダメって言っとかないとと思うでしょ、多くは。だけど、本当は決してダメじゃない。だからと言って、何もしなくていいわけでもありません。経済を維持するには「成長」が不可欠なので、これからの若い世代もしっかりと働かなきゃダメ。

 だけど、少なくとも日本の良い面、悪い面をしっかりと、できれば外からの評価も含めて見た方がいい。するとどれだけ恵まれた国であることかがわかるし、そうなるための精神的土壌(エートス)は絶対に失われていない。それは3.11を見て、改めて実感したこと。何だかんだと一年間でものすごく復旧していて、世界を驚愕させてるそうですしね。私たちはつくづくいい国に住んでいるものです。

 日本って国は、ほんと、稀に見る「与える国」だと思うのです。債権国と言っても、そのお金は返ってくるとも限らないし、実質的には援助と変わらない。返してもらったところで、また貸してくれと言われたら一緒のことだし。だけど、「宇宙の法則」と言うべきか、与えたものって返ってくるんですよね。利子付けて。確かに日本は取られ損の部分ばかりですが、そうありながらも世界一豊かに国の一つじゃないですか。北朝鮮なんか見てごらんなさい。金くれ金くればかりで、人質までとって、ミサイルで脅して、それでもいつまでたってもじり貧じゃないですか。奪うものは奪われる、与えるものは与えられる。日本人は皆、知ってるんですよ。人の嫌がることはしない、自分で悪いと思ってることもしない。

 話が戻っちゃいましたね。そう、イジメが良くないのは自明ですが、良くないと自覚してやってる人と、自覚しないでやってる人とでは、やっぱり責められるべきは自覚している方。小5の私がそうだったように。そこは平等じゃないんです。自分で悪いと思ってることは決してやっちゃいけない。逆に言うと、自分がやって欲しいと思うことは、積極的に他人にしてあげること。ナポヒルの「思考は現実化する」にも書いてありますよね。

 悪いと思うことはしない、悪いことがわからない人には教えてあげる。良いと思うことは積極的にする。他人が喜ぶことは一番にする。その辺のこと、「当たり前」と思えるのは日本人の特質だと思うのです。海外の債務国の多くは、どうにかして借りた金を返さないで済まそうと思うのが現状なのに。日本は無宗教と言われますが、実を言うと、宗教のいいとこどりを普通にしているだけ。確かに変な宗教はありますが、伝統宗教はもちろん、新興宗教の多くもちゃんとしてるし、言ってることは極めてまっとう。そのまっとうな部分を根本に持っているからこそ、いろんな宗教を受け入れられるのです。

 そして多くの国民が「まっとう」である以上、日本はこれからも大丈夫だと実感しています。とにかく日本に住んでいることが自体が最大の感謝だし、だからこそ何でもできるわけで。感謝の心を忘れず、そして自分らしい生き方をこれから続けていこうと思います。今日も話が脱線しまくりましたが、そういうことで。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-02-26 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)