「Stay hungry. Stay foolish.」 2011.10.7

 ところで最近、Facebookでの滞在時間が長くなっています。2か月前にやめたはずですが、業務上の必要性から再スタートしたのです(いわゆるBtoBのため)。で、やって見ると2か月前に感じていた鬱陶しさがいつの間にかなくなっており、逆に使い勝手がよくなってました。FBは基本的に実名なので、いわゆる経営者・起業家の方々と気軽につながることができるのが最大のメリット。高校時代の同級生・先輩・後輩たちともつながって来たし、何だかんだとFBは良くできています。disりまくってすいませんでした。

 で、そのFBもそうですが、今日もまだジョブズのニュース一色でしたね。知れば知るほど、彼の偉大さと、失った無念さが身にしみる。月末にジョブズの伝記が発売されるそうですが、生前に書かれたものだけに、予期してたようなタイミング。初版では追悼文が別紙で添えられ、重版からそれも加えられ完結するんでしょうか。

 それはそうとジョブズのスピーチを何度も見直して、そして何度もこの言葉を噛みしめています。

「Stay hungry. Stay foolish.」

 ハングリーであれ、バカであれ。この言葉の持つ意味はあまりにも深い。私はこの言葉を一言で次のようにとらえています。

「自分らしくあれ」

 私にとって「自分らしく」あることは、人間として最上級の生き方。この世で最も自分らしく生きているのは、赤ちゃんです。赤ちゃんはいつもハングリー。腹が減ったら求め、満腹になったら眠る。そして立ち上がり、自分の力で世界を広げたい。そしてだいたい生後一年でその「一歩」を踏み出します。動くものがあれば触りたい。見たことないものがあれば、確かめたい。ひたすらハングリーに生きています。

 しかし、悲しいかな大人になるにつれ、近づくことへの恐怖心が少しずつ植え付けられ、さらに知識を得ることで、経験せずとも完結させてしまう。インドに行ったことのない人間が、インドはこんな国だと語る。滝行をやったことがない人間が、滝行とはこんなものだと語る。人は行ってみよう、やってみようの前に、知識によって片づけてしまう。

 行きたい、やりたい。そんな純粋なハングリーな気持ちを失っていくことが大人への階段。だけど、そんな大人ならば、私はなりたくない。なぜならそんな大人には感動がないから。感動を失ったら終わり。少なくとも私はそう思っています。だからこそ、旅に出たり、いろんな人に会ったり、新たなことにチャレンジしたくなる。そしてその「感動」をはかるのは、やっぱり「涙」だと思う。

 今回のインドツアーでは覚えている限り5回は泣きました。ラダックの空港に降りた瞬間。アルチで夜空を見た瞬間。ラマユルゴンパに出会った瞬間。3時間の瞑想中。6年ぶりにオールドラダックゲストハウスを訪れた時。チャンラに立った時。パンゴンツォで湖に吸い込まれそうになった時。まだあるかな。5回じゃ済まなかった。。。

 つまり、私はなんのために生きているのか。それは多分、泣くことだと思う。中学の時、寮生活をしてたのだけど、その時の寮長先生(当時40代かな?)がこんな話をしてたのをいつまでも覚えています。それは、男が泣いていい時って話。男は人生で2回だけ泣いていい。一つは親が死んだ時。もう一つは感動した時。

 親が死んだ時に泣くのは、その時は悲しいから泣くのだと思ってました。だけど今はちょっと違う。きっと「感謝」で泣くんだと思います。標高5,360mのチャン・ラに立った時、無条件に涙が出てきたんですが、その時、私はふと、こんな名言を残しました。それは、

「本気で感謝すると、勝手に涙が出てくるんだよ」
「Stay hungry. Stay foolish.」 2011.10.7_b0002156_18153956.jpg

 ほんと、勝手に涙が出てきたんです。あ~、来れたよ~、みんなと来れたよ~、、、なんて思うと、もう「感謝しかない!」って気持ちになって勝手に涙が出てきた。私の両親はまだ健在で、いずれ訪れる時が来ないと実際にはわからない。けど、泣くと思う。もちろん悲しいとは思うけど、それ以上にどうかな。やっぱり「感謝」しかないって気持ちになる気がします。親孝行できない悔しさと言う人もいるだろうけど、今、私も親の身になってわかるのは、子どもってのは生まれてきた時点でほとんどの親孝行をしている。だからオレも十分に親孝行してきた、なんて言うと笑われるかもしれませんが、多分そう。だから親孝行できないって悔しさじゃなくて、純粋な感謝で泣きそうな気がします。

 そしてもう一つの「感動」について。インドもそうだし、滝行だってそう。なんでそんな面倒なとこ行ったりしたりするのか。突き詰めると、それは「感動」したいからじゃないかなって思います。滝行はもう8年目になるけど、7日なり21日なりの「行」を終えたら、やっぱり感動するし、いや、今も一日一日、元気に滝行させて頂きました、、、って気持ちで感謝と感動がある。仕事だってそう。セミナーや講演、コーチングをすると、終わった時はもちろん、その過程でもなんとも言えない感動におそわれることがある。

 今、こうやって自分のやりたいこと、そして感動できることを仕事にしてるのは、本当に幸せだと思います。そのその「感動」なり「感謝」は、「涙」って現象で表面に出て来ることがある。そんな幸せなことってない。そしてその瞬間、私は「本当の自分」につながった実感を得る。言い換えるとそれは「宇宙」と一体化する瞬間。

 何も格好つける必要ない。純粋に感謝して、感動して、そして泣いてる。最もピュアな自分がそこにいる。それこそが一番自分らしい瞬間。そして人はそれを「foolish(バカ)」と言うかもしれない。だって泣いてるんですよ。赤ちゃんのように。人間には二通りあると思っています。それは、「バカ」と「バカであることを隠している人」。別の言い方をすれば、「バカ」と「それを見ている人」。

 さっきも言ったように、インドではやっぱり泣いてしまった。そしてそんな私を見て笑っているメンバーもいたようだ。もちろんそれは、言葉通りのバカにした意味じゃないことはわかる。嘲笑じゃあない。きっとイイイミで笑ってたのはわかる。だけど、、、オレはやっぱり「バカを見る側」じゃなくて、ど真ん中の「バカ」でありたいし、一緒に「バカ」になって泣ける奴でいたいと思ってます。いつまでも。

 ハングリーでバカな奴って、すぐ泣くんですよ。意味わからず。そう言えば8月のベンチャー大学でご一緒させて頂いた「一風堂」の河原社長も、どう言うわけか講演中に泣いていた。聞いてるオレ達ももちろんもらい泣きするけど、冷静に考えると、「なんで泣いてるねん!」ってツッコムところ。だけど、感動してる人間の前では、やっぱりオレは一緒になって泣いてる奴だったんです。

「Stay hungry. Stay foolish.」

 この意味はあまりにも深い。自分らしくあれ。そしてあと何年生きるかわからないけど、ま、順調に行けば50年は生きてるかな。その50年の間に、少なくとも50トンは涙を流したいと思ってます。一年で1トン。1,000リットル。と言うことは、オレ15人分は涙を流す必要がある。さすがにそれは無理か。ま、50リットルでも、一年に500のペットボトル二本分の涙だから相当なもの。その辺にしときます。そして、そのためにはハングリーで、そしてバカなきゃならない。ジョブズは死んだけど、ハングリーでバカな遺伝子はちゃんと受け継ぎたいと思ってます。

 そう言えば「Stay hungry. Stay foolish.」の言葉が書かれた「全地球カタログ」の最終号の裏表紙。もちろんそれは読んだことないけど、カウンターカルチャーのバイブルだったらしい。いわゆる「スピリチュアル」の走りのような雑誌。その表紙がこれ。
「Stay hungry. Stay foolish.」 2011.10.7_b0002156_1832294.jpg

 これ、パッと見てなんか見覚えがある。ある本の表紙を思い出させる。その本とはこれ。色合いがほぼ同じじゃないですか。遠くから見たらきっと同じ写真に見えるかもしれません。こんなとこでも「つながってる」と勝手に思うバカな私です。ありがとうございました。

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Commented at 2011-10-08 18:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by katamich at 2011-10-11 23:21
■非公開コメントさん!
こちらこそ、ありがとうございます!
by katamich | 2011-10-07 23:39 | ■人生哲学 | Comments(2)