人生は逆転可能 2011.7.9
2011年 07月 09日
さて、この夏はいろいろと楽しいことが待っています。9月17日からインド。前日夜は東京でプチセミナーの予定。9月11日は福岡でとみなが夢駆さんとのコラボ。8月27日~29日はQ州ツアー、8月19日~21日は家族で石垣島、その間に福岡でちらほらセミナーしているのですが、先ほど栢野さんのサイトを見に行ってみると、、、恐ろしいページを発見。
※以下は作成途上・変更あり。
福岡8/7(日)朝10時~17時・九州ベンチャー大学・特別企画
「夢は必ず実現する!」
8時間セミナー+交流会+夢の人生経営計画
■日時:2011年8/7(日)10時~17時
■講師
①世界一のラーメン博多一風堂・河原成美/どん底人生逆転物語
②日本一の健食通販やずや・矢頭美世子/愛と感謝と仕返し物語
③日本一の経営戦略ランチェスター経営・竹田陽一/成功8大戦略
④大物交渉中
⑤小物交渉中
⑥日本一熱い硬派スピリチャル講師・石田久二/夢を叶えるNLP
⑦日本一危ない過激派・栢野克己/今日の質疑応答+まとめ
案内文はまだ作成途上ではあるものの、もしこの顔ぶれでセミナーが行われるとなると、、、あまりにも恐ろしいです。もう、何も言いますまい。ただ、感謝しかないですが、、、つくづく感慨深いです。この時点で。このような方々と名前を並べて頂けるなんて、、、2005年6月の段階で誰が予想したでしょうか。その前に27歳で完全ニートやってた私が。ただ、よくよく考えると、すごいメンバーながら共通点はあります。それは、、、かつては「どん底」を経験してたってこと。そしてそこから這い上がってきたってこと。
順風満帆に大学卒業して、それなりの会社に入って、それなりの仕事して、結婚して、子ども育てて、マイホームでも買って、、、的な人生では決してありません。波乱万丈、よく生きてたね、、、みたいな方々ばかりじゃないですか。だから今、あえて思います。ニートやっててよかった~ってね。
先日、大阪セミナーの時に実家に帰省して言われました。母親から。私がニート状態になる直前、とある大学院に進学するために、福岡市東区の6畳の木造アパートに引っ越したんです。だけどその時点でエネルギーがないのがわかったのでしょうか。その木造アパートに住む私を見た時、、、「もうええから、大阪帰ってき」と喉まで出かけたんだとか。ま、そう言われたところで、「はい、帰ります」とは言わないと思ったんでしょうが、実はわかりません。もしあの時、そう言われてたら、「その手もあったか~」と帰ってたかもしれません。それほど侘しい時期でした。
そして行った先の大学院にもろくすっぽ行かずに3か月でドロップアウト。雰囲気が合わなかったんですが、実はいろいろ嫌な目にもあってました。人格否定的なことも。でもまあ、そうなるのも想定内と言えば想定内でした。だけど、アルバイトをしようにも雇われないのはつらかった。最後は日雇いの単発バイトにも登録したのですが、そこからもほとんど声がかからない。ゴールデンウィークの一度だけ工場の箱詰めバイトに入れてもらったくらい。その時、モーニング娘の赤組とか青組みとかのユニットが流行ってて、その曲が工場の有線に毎日流れるわけです。ですので、今もその曲を聞くと当時の侘しさが蘇ってきます。
そして6月末には学校にも行かず、バイトにも行かず、パソコンもない。ただ、6畳の木造アパートの一室で死んだように過ごしました。お金もないので、食事はもっぱら納豆ご飯。それと味噌だけの味噌汁。とにかく、することがないってつらいですよね~。一週間に1度か2度、学生が集まる安い食堂でランチするのが贅沢。そこに「B・B」ってマンガがあって、それを読むのが楽しみ。ボクシングの漫画だったけど、世界観がまるで「空手バカ一代」のような。だけど、途中までしかなくて、続きを読もうにも買う金もなくてね。ま、買うまでもなかったのですが。
家帰ったら、ただひたすら寝てるだけ。活字を読むとすぐに眠くなるので、同じマンガをひたすらローテンション。そしてテレビ。寝る、納豆ご飯、マンガ、テレビだけの毎日。体重も今より15キロぐらい痩せてました。そしてテレビの楽しみと言えば、夕方やってる「金八先生」と「教師びんびん物語」の再放送。松本人志主演の「伝説の教師」ってドラマ。「ガチンコファイトクラブ」と「アサヤン」のモーニング娘のオーディション。完全に頭悪い人でした。あの時、もしも「精神世界」を知っていれば、もっと楽になれたと思うのですが、そんな存在さえも知らず。宗教はもちろん毛嫌い。
ある日、、、熱が40度ほど出た日がありました。これほどキツいのは知らないってくらいキツくって病院に行きました。そこで血液検査をしたのですが、白血球の数値が異常に高いと言われる。もしや白血病、、、とか思いましたけど、もしそうならそうでいいや、、、とか思った瞬間もありました。こんな人生どうでもいいとか思ったりして。マジで。結局、喉と肺にちょっとした炎症があって、それで熱があがってたわけです。お医者さんからも半分笑われながら心配ないと言われ、3日ほど点滴に通って何事もなくなりました。
おそらく精神的にもまいってて、免疫力が低下してたんでしょうね。それでちょっとしたことで身体壊してね。あのアパートは篠栗町にも近かったので、あの時、滝に打たれることを知っていたら、それまた楽になれたと思うのですが、「精神世界」との出会いはまだまだ先のこと。そんな毎日を送っている時、テレビで「教師びんびん物語」を見てなぜか感動。何となくこのままじゃいけないと思って、塾講師のバイトに応募。すると夏期のみ雇われることに。その塾は今では潰れて存在しないのですが、あの塾での生活は私の魂を救いました。
生徒達から「先生」と呼ばれて慕われるだけでも、自分の存在意義を感じましたしね。国語の先生だったので、かなり自由にさせてもらってました。「石田先生の雑談が楽しみです」なることを言ってもらったりして、そしてまた熱い授業だったと思っています。ちなみに今でも、当時の生徒から電話がかかってきたります。今では25歳くらいになってるんだよな~。あいつらも。
今思うと、私にとって「教える」なる場は天命にあるのかもしれません。そもそも私の人生がガラガラと変わった最初の体験が予備校でした。そして卒業後は講師業をしたいと思って、実は就職活動は教育関連の会社ばかり受けてました。だけど、途中で就活をやめて世界放浪。これが人生のつまづきでした。日本に帰っても就職などないので、モラトリアムで大学院進学。文系の大学院など、本気で研究者を目指さない限り使い物になりません。法律系ならまだしも、社会学とか戦力になりませんもの。結局、修士課程を終えても就職がないので、そのまんま次に進学。そしてドロップアウト。
それはともかくとして、今、こうやってセミナー講師とかやってるのが不思議でなりません。こんな職種があること自体、会社をやめてしばらくするまで知りませんでしたもの。話を戻しますが、あの塾講師時代ってのは、今思うととても自分らしさが出てたと思うのです。そしてテレビドラマでも「金八先生」とか「教師びんびん」とか「伝説の教師」とか好きでしたし。
やっぱり人前でしゃべったり、何かを教えたりするのは、私の「天命」なのかもしれないな~と最近強く思うのです。そして8月7日です。私以外は全員著名人。そんな中に名前を並べて頂ける38歳の夏。村上春樹が「ノルウェイの森」を書いたのも38歳。「38歳説」があるとすれば、今まさにそのど真ん中。8月7日のセミナーから9月のインドまで、、、何かが起りそう。そしてインド後の私は、、、私も想像ができません。そして最近なぜか東京や大阪でのセミナー問い合わせが続いています。インド後に必ずやりたいと思っていますが、その頃にはまたさらにパワーアップしてると思うのです。
そんな感じで、今日はつらつらと書いてしまいました、要するに「人生は逆転可能」ってことをこれからも叫び続けていきたいと思っています。そのためには、、、やはり「考え方」が大切ってこと。「考え方」で人生を変えるのです。2005年の会社を辞める直前、「人生は考え方で決まる」って話を聞いて目から鱗。よし、今からそれを証明してやる、、、と思ってあれから6年。ある程度証明できたと思っていますので、8月7日はその辺の話をからませながら熱く、熱く、熱く語りたいと思っています。ありがとうございました。
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