何の取り柄もない私ですが 2011.7.4

今日は5時起きでコーチング。セッションが終わって、ちびQの寝顔を見ていたら、私までウトウトしてしまい30分ほど二度寝してしまいました。再び起きて朝食。保育園に送ってから私一人の時間になります。今日はとてもゆっくりした一日でした。そして夜もコーチング。


昨日もコーチングのことを書きましたが、今日の夜の方は、今現在でお付き合いのあるクライアントさんとしては最も初期の方。2007年3月からコーチングをさせて頂いてます。開始当初は毎週から隔週くらいだったのが、この2年ほどは月一でゆっくりさせて頂いてます。あまり内容を決めずに、報告を聞くような感じで。そしてまた一年の更新を頂きました。これで足掛け5年にはなるかもしれません。


クライアントさんには守秘義務があるので、詳しいことは述べられませんが、出会った当初から比べると随分と状況が変わっていらしています。何度か大きな変化がありながら、今ではもうとってもハッピーな状況。そう考えると、私もそうです。2007年3月と言うと、私はまだセミナーもやっていませんでした。そして自分自身、これからどうやって生きていくかの方向性も定まらない状態。ですが、なぜだか食べて行けたのは、こう言ってはなんですが、ある種の「運」のよさもあるのでしょうが、周囲の人たちのおかげ以外の何ものでもありません。


最近のセミナーや懇親会の時にはよくお話するのですが、2005年10月からなぜか収入が入り始めて、およそセミナーを始めた当初の2007年末辺りまで、私はいったいどうやって食べていたのか。そのことについては実は「公式ブログ」の「独立奮闘記」に書いていたりします。一部アメンバー記事もありますが。どう考えてもやっぱり不思議な流れとしか言いようがないわけです。


ただ、あの当初、どっかで「このままではよくない」って気持ちもあり、相変わらず暗中模索の日々に埋もれていたのです。そして私にとって大きなターニングポイントとなったのが、やっぱり2007年6月9日の初セミナーだと思うのです。その時はコラボでしたが、それをきっかけとして「セミナー業界」なる世界に入り込んでいきました。そして毎回毎回、進化しながら今年で5年目に入るわけです。おそらくこれからも進化していくことでしょう。


とにかく自分で言うのもなんですが、これほど何の才能も資質もない人間が、自分の思った通りに進めていることが不思議でなりません。これは決して謙そんでも卑下でもありません。悔しいかな、事実なのです。自分を客観的に見ても、どう考えても良くて「中の下」あたりですから。能力もないし、根気もないし、ビジュアルも良くないし、頭もそんなに良くないし。高校時代の偏差値なんてのも、やっぱり中の下でしたもんね。高3になってちょっとはあがりましたが、それまで50を超えることもなく、数学に至っては偏差値30以下もあるし、200点満点で0点も2回くらい取りましたもんね。定期考査では必ず赤点で追試。親は数学教師で兄も弟もめちゃくちゃ勉強はよくできたのに。


ま、そんな昔の話はともかくとして、今だってそんなに秀でた能力があるとは思えない。セミナーやってても、参加される方の方が遥かに優秀だと思うことがしばしば。もちろん優劣で人を見ることはないですが、自分を客観的に見るとどう考えてもダメなんですよね、私って。ですので、コメント等で批判されても、ほとんどが本当のことだったりするので反論のしようもない。


と言いながらも、今の生活にはほぼ100%に近いくらい満足しているのも事実。根拠もなく未来は明るいし、これからどんどん面白いことが起るだろうとワクワクしていますしね。そう言えば思い出した。私って人生で3~4回は「何の取り柄もない男」って言われてるんですよね。中学の頃を入れるともっとあるかな。普通言われないでしょ、そんなこと。少なくとも私は誰か他人に行ったことはないし、そんなこと思いもしない。ダメな部分もあれば良い部分もある。だけど「何の取り柄もない」ってことはあり得ない。しかもそれは社会人になってからも言われてますからね。勤めていた会社の上司などから。


「君は何も取り柄がないんだから、徹夜くらいしなきゃダメだろ」なんて言われた時は、冗談半分にも聞こえたけど、さすがにちょっとは凹みましたもんね。でも確かにそう言われても仕方ないところはありました。なんと言っても私の場合は実力で入社できたわけじゃなくて、その会社の所長を知っていただけでアルバイトさせてもらって、ちょうど人が足りなくなった時に、運よく契約社員の席が回ってきただけですもん。入社試験も受けてなければ、実は面接もなし。そして4年ちょっと働いてましたが、結局、東京本社には足を踏み入れたこともない。そして最初の2年くらいは手取りが16万くらい。これは残業手当の4万円が入ってです。あとの2年はとりあえず正社員にもなれたので待遇はちょっと良くなりましたが、それでも手取りは20万ちょいくらい。ボーナスは20万円以上もらったことありません。


なのに、仕事だけは殺人的に忙しい。将来の展望もない。そして2005年に勢いで辞めたのですが、だからと言って何ができるわけでもない。その時の私を支えていたのは、たった一言の言葉。それは「人生は『考え方』で決まる」って言葉。何度も言ってますよね。


そのことを教えてくれたのが、会社辞める直前に紹介して頂いた「成功者」と呼ばれる人。私の知人の知人でした。だけど、この際、ちゃんと言いましょう。私の知人はマルチビジネスをやっていました。その「成功者」なる人はその仲間でした。ですが、そのビジネスではトップだったし、他にも不動産とか株式とかFXとかでかなり成功していたようです。コンサルフィーも一時間30万円だったそうで。そんなフィーを払う人がいるんですか、、、と聞いた時、初めて「経費」なる概念を知りました。30万円は消費じゃなくて投資。しかもそれは会社の経費になるのだから使わない手はない。そんな話もしてくれたのですが、何より私の心をつかんだの「人生は『考え方』で決まる」って言葉でした。


結局、私は知人に誘われるがままにマルチビジネスにもサインをし、その後も一社ほどサインしました。3年はやろうと思ってたけど、2年で挫折。一番の原因は人間関係の悪化でした。ちなみに今日、突然、知らない番号から電話がかかってきたのですが、なんとその当時にビジネスでちょっと知ってた人からでした。名刺の整理をしていたら私の名刺が出てきて、何となくなつかしくなって電話しましたって用件。よかったら会いませんかってさ。


ま、このパターンはおそらくマルチビジネスの勧誘だと思うのですが、水曜日の昼過ぎに会うことにしました。ちょうどパスポートを取りに天神に行くつもりだったので、そこでよければってことで。どんな用件かはわかりませんが、マルチビジネスであれ何であれ、もはや私がサインすることは決してありませんけどね。もちろんその手のビジネスを否定するわけではありません。一生懸命にされる人のことは、何らかの形で応援したいという気持ちもあります。だけど、私はしない。今の私にとってメリットは限りなく0だし、その反対にデメリットは数え切れないほどありますから。


でもまあ、およそ5年ぶりに電話をかけてきて、当然、私はあの当時からめちゃくちゃ変わった。だけど、あえてお会いすることで、当時の自分に会いに行くような心境でしょうか。話を戻しますが、ま、いろいろあったにせよ、学ぶことも確かに多かったです。


何だかんだと、その最初にお話した時に、「人生は『考え方』で決まる」って聞いてなかったら、今ごろ私はどうなってるかわかりませんもの。私はこれからもマルチビジネスに手を出すことはありませんが、これまでの過程において必然的な出会いだったことは確かなようです。ちなみに自分が負担した分くらいは回収できるほどには頑張りましたので、金銭的にはあまり損することなく勉強できたと思えば立派なものです。


ま、そんな感じで、とにかく私って冗談抜きで「考え方」だけで生きているような気がするんです。何の取り柄もないと言われながらも、それをカバーするだけの「考え方」は身に付けたと思うのです。成人後に身長160センチの人が、どんなに望んだところで180センチになるのはほぼ不可能。だけど「考え方」だけは一瞬のうちに変わるし、そして何よりも強いのです。


まさに今の(大震災の)時期だからこそ読む価値があると言われる、フランクルの「夜と霧」を引き合いにだすまでもなく、私たち人間にとって最も大切で尊いものがまさに「考え方」なのです。ちなみに「夜と霧」はかなり重い気持ちになりますが、これを読む人と読まない人とでは、ぶっちゃけ「人間の質」が変わってくると思います。ものすごい本です。


知らない方のために紹介すると、この話はまず実話です。アウシュビッツの収容所に収監されたユダヤ人が想像を絶する環境の中でいかに生き、そしていかに死んでいったかを、とある心理学者が刻銘に描写し考察を加えたルポタージュです。結局、同じ環境であっても、生きるものと死を選択するものがいる。その違いはどこにあるかというと、まさに「内面」の違い。つまり「考え方」の違いなのです。


私が会社を辞めた時など、アウシュビッツとは比べようもないのですが、それでも私なり辛い時期ではありました。だけど、「考え方」でどこまで人生が変わって行くのかに挑戦したいとの「考え方」は持っていました。とにかく希望と目標を持つ。願望を持つ。そしてそれに向かって生きるだけ。動くだけ。


ま、そうやって生きていると、いろいろいいこともあります。これまでの私の道のりも、もう奇跡としか思えないようなことだらけなんですが、不遜と言われるの承知で言うと、私の「考え方」と無関係であるとは決して思えないのです。やっぱり「考え方」が状況を変えてきた。何も望まない人には何も得られないが、何かを望む人には必ず何かが得られる。


そして何かを望んだ結果が今。その今に満足しているし、とても感謝している。ですので、私は「使命感」などとは言いませんが、このブログを読んだり、私と接したりする人が、自分の人生をイキイキとする「考え方」に目覚めて欲しいな~とは思うことしばしば。


それにしてもまあ、2007年3月の私など、今以上にヘタレであったにもかかわらず、よくぞコーチングのお申込みなどして頂き、それも今の今までお付き合いくださるなんて、自分で言うのもなんですが不思議です。だけど、そうやってご依頼頂いているのは事実だし、私自身も含めて人生が変わって行ってるのも事実。私にとって大切なのは、やっぱりコーチングをさせて頂いているって感謝の気持ちと、そして「考え方」なんだと思うのです。今日、セッションを終えて改めてそんなことを考えたりしました。ありがとうございました。
Commented by ユーリ at 2011-07-06 09:07 x
今日もいい話、ありがとうございます!
Commented by katamich at 2011-07-07 00:23
■ユーリさん!
どういたしまして!
Commented by なり at 2017-10-15 21:15 x
すごいとしかいようがないです!
by katamich | 2011-07-04 23:39 | ■人生哲学 | Comments(3)