せんとアカンこと 2011.4.7

 今日も朝から滝行。午前は「女性セブン」からの電話取材。「開運(金運)」についての一ページですが、自分としてはちょっと深い話をしたつもり。読者が望むのは金運アップのテクニック系だとは思いますが、そんなのは今さら。そんなことよりももっと大切な話があるのです。文章はライターさん任せですので、どのような文章に仕上がるのかまだわかりませんが、後半にお話しした「大切なこと」はきちんと文章化して頂きたいな~と思っています。それについてはまた後日書きたいと思います。

 それから午後から明日のセミナーの資料作成。「催眠と覚醒」ってテーマですが、かなり面白いコンテンツが完成しました。例によって3時間では足りないと思いますが、次回もあるので、できるとこまでやろうと思います。

 そう言えばまた夜中に大きな地震があったようですね。九州にいる限りは何も感じないのですが、2005年の「福岡県西方沖地震」よりも大きな地震が、余震レベルで何度もやってくるなんて、気が休まる暇もないことはお察しします。ほんと、早く落ち着いてくれることを祈るしかありません。

 と同時に、また不謹慎と言われるかもしれないけど、こんなことも思いました。どうあがいても、人間ってのはいつか死ぬし、もしかしたら死ぬ時期も決まっているのでは、と。今回の震災で12,000人以上の方がお亡くなりになっていますが、それもまた最初から決まっていた、、、なんて言うのは、やっぱり不謹慎に過ぎるかもしれません。今言うべきことではない。それは重々承知しています。

 それもあえて言うと、この宇宙にはどうやっても逆らえない「ストーリー」のようなものがあり、その中で私たちは生かされているだけ。誰ひとりとして自分の「生死」を決めることはできない。少なくとも私は自分の「意思」で生まれてきたわけじゃありません。確かに赤ちゃんは両親を選んで生まれてきたという話もあるし、それは確かなことだと思うけど、少なくとも大人のような「意思」によって生まれてきたのではなく、宇宙意思のレベルでの話。

 そしてこの世に「生」を受けて、日々、生かされるわけですが、いつ何時、そこに終止符が打たれるかわからない。もしも唯一自分で決められることがあるとすれば、それは「自殺」という選択肢。本来、生きるも死ぬも自らの「意思」ではどうしよもないことを、「自殺」にだけはその余地がある。もちろん自殺そのものも宇宙意思と言ってしまえばそうかもしれませんが、人間の「意思」が介在する生死にかかわる選択肢としては「自殺」があるのみ。ここではあえて自殺の功罪については書きませんが(明確な意見はありますが)、その意味で「自殺」は生命全般にとって「特殊」な現象と言えるかもしれません。

 そんなことを考えながら、、、ふと思い出しました。そう言えば、年末、ある方からメッセージを頂いていました。そのある方とはプロのミュージシャンなのですが、本文ではあえて名前を伏せたいと思います。関係者の方がたまたま検索して読まれるのもあまり気分のいいものじゃないし、本人にも迷惑だろうから。

 でも、普段からのこのブログの読者さんには是非シェアさせて頂きたい話です。本人の了承は取っていませんが、あえて取るのも変な感覚なので、思い切ってご紹介したいと思います。その方については、実は最近、このブログでも取り上げさせて頂きました、、、と言うと、おわかりだと思います。以下、メッセージの全文をご紹介します。「○○」の部分は私の方で伏字にさせて頂きました。


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 実は、僕は自分自身のことをネットで検索したことが無かったのですが、この前・・・或る方から「自分自身のことが世間でどんな評価をされているか知るのも大切なことですよ!」と言われまして・・・


 昨日、ネットで検索したのですが。


 石田さんが、僕のことに関して書かれている文章が多くてびっくりしました。

 とても、適切で素人にも解り易いこともさる事ながら、愛情に満ちた文章で綴られていたのをとても嬉しく思いました。


 しかし、それにしても無駄の無い文章で、読む者をぐいぐいと惹き付けて行くテクニックと云うか、勢いと云うか・・・


 ジャズという音楽という分野のことを文にする困難な作業を軽やかにこなしている筆の上手さと精神力に「凄いなぁー」と・・・思わず、口にしてしまいました。


 これまで、何人もの方達が僕のホームページを作ってあげるから・・・と言われて、僕も「宜しくお願いします」と言いながら、いつも途中で僕自身が嫌になってしまい・・・


 「なんか、違うんや・・・なんか・・・」

 口には出せなかったのですが、とても違和感がありまして。


 その「なんか・・・」が、石田さんの文章を読んで解った気がしました。


 「斬新な切り口とジャズを解った人が、溢れる愛情を込めた物!」


 過去、多くの評論家、ジャズ喫茶のオヤジ連中の愛の無い自分勝手な「やっつけ仕事」とも取れる文章に嫌悪感を感じながらも・・・「こんな独りよがりの書き物を書いてて恥ずかしくなにのか?」「これでは、ジャズが衰退していくのも無理は無い!」


 日本のジャズ界は、閉塞してしまいました。

 それは、僕たちミュージシャン達の責任だと自覚しています。

 でも、真剣にジャズ(特に日本人ジャズマンたち)と向き合わなかったジャズ業界、レコード会社、ジャズ評論家、ジャズ喫茶のオヤジ連中・・・

 彼等の何年にも渡って続けた、【いい加減な言動】【不真面目なジャズ観】が「ジャズを解らない物」「ジャズは難しい物」との世間一般の評価に繋がったことに異論を挟む余地は無いでしょう。



 ジャズ業界の中枢で仕事をした経験を持ったことの有る僕の意見としては・・・

 「誰一人、日本ジャズ界のことなど考えていない!」

 いや、言い直しましょう。

 「瀬川昌久先生と数人の心ある方以外は、日本にジャズが存在していることさえ知らないのではないかと疑いたくなる位、何の勉強もしていない輩ばかりが大手を振ってジャズを論じている!」


 はっきり、名前を出すと・・・○○、○○を筆頭に「ジャズ本」を出している連中とは知り合いでもあり、一緒に仕事もしましたが、彼等と仕事をした後に残るのは「やるせなさ・・・憤り・・・」


 彼等と一緒に犯罪を犯している気分が常に付きまとっている事に「俺は不潔な人間だ!」という自責の念から逃れる為に酒や博打に費やした無駄な時間を考えると、馬鹿馬鹿しくなります。


 母の死から始まった、精神病院通い・・・数々の事故・・・そして、最後の大事故から栃木の田舎への都落ち・・・


 これを人は不幸と言いますが、僕は幸運だったと思っています。

 
 もし、あの再起不能の事故に出会ってなければ、僕の人生はもっと悲惨なことになっていたでしょう。

 死ぬまで、自分自身に負い目を感じながら・・・自分自身に嘘を吐きながら・・・


 僕は、無神論者ですが、音楽の神様だけは居ると確信しています。

 その音楽の神様が「○○には相当キツい試練を与えない限り真っ当な音楽家に戻れないだろう」と判断してくれたおかげで、自分自身と真摯に向き合う時間と環境を戴けたのだと思っています。


 確かに絶頂期の時期に失った物は多かったです。

「名声」「人気」「第一線からの離脱と仕事場」「金銭」「精神力」

 実際、死ぬ日まで決めていましたから・・・

 2000年1月15日に決行。

 ところが、1999年2月3日の夜中、追突事故に遭遇した時に先ず思ったことは・・・

 「くそー!!俺は自分で死ぬことさえ許されないんか!」


 緊急入院で栃木の山奥の病室で「これから死のうとしている人間に治療とは・・・訳が解らんわ・・・」


 「アホらしい話や!」

 「もう、一生サックスが吹けない身体になってしもたんやから、別にどうなろうが構ヘんがな!ただ、痛いのだけは何とかしてくれな気が狂いそうになるんや!」

 横柄な態度もさることながら、自暴自棄もここまで来れば大したもんですわ(笑)

 それこそ、毎日のように病室を抜け出しては酒を飲み歩いていましたもんね。


 院長先生から「○○よ・・・お前、東京に帰っても誰一人頼るとこも無いんだろ?どうせだったら黒磯に移り住んだらどうや?空気も良いし・・・」

 「空気ぃ?はは・・・どうでもエエですよ。まぁ、入院費も払えん位になってしもたし、音楽も出来へん身体やねんから、何処に住もうが別に何の文句もありませんわ。」


 いや、ホンマ・・・見事に総てを失いましたわ。
 

 ヤクザの持ち物の夏用の別荘に引っ越しをして、蛇やトカゲがうろちょろする環境・・・そうそう、デカイ蛾が沢山家に訪ねて来てましたわ。


 「さぁ、どないして生きていくんやろ・・・」

 「しかし、まさか、こんな栃木くんだりの山奥まで来るとは夢にも思わんかったな・・・」


 毎日、ボーっとしながら、気が向いたら地回りのヤクザもんと酒を飲み歩いては喧嘩ばかりしてましたわ。


 まぁ、少しずつでは有ったけど遊び半分でサックスを吹いたりもしてましたが、事故で頭もやられてたから、殆どの曲を思い出せん状態でしたけどね。

 まぁ、そんなことも別に気にならんし、間違えようが、どうでもエエ演奏しようが、何とも思わんようになってたから・・・完全に麻痺してたんやろと・・・でも、イカれてることさえも解らんかったんやから、人間て落ちるとこまで落ちたら・・・恐ろしいですなぁ。


 自堕落な生活に終わりが来たのは以外と早かったです。

 100万円の金を目あてでレコーディングした「○○」のオーケーテイクを決めてくれとレコード会社から送られて来た、ダットテイプを聴いた瞬間。


 「おいおい、これはシャレにならんがな!こんな滅茶苦茶な演奏、世に出せんぞ!」


 早速、レコード会社に電話して発売中止の話をしたのですが・・・

 
 「却下!」


 忘れもしません。ラッパの○○が黒磯に来てライブするからと云うので、院長に連れられて会場に行き・・・「ふーん・・・まぁ、エエか・・・どうでも・・・」

 院長に「悪いけど先に帰らせて貰いますわ。せんとアカンことが出来たんで。」


 他人の演奏なんか聴いてる暇なんか俺には無いんや!

 家に戻って、サックスを手にして吹き出したのは「○○」でしたわ。

 2000年6月20日。

 この日を境に一切の時間を音楽に傾ける生活が始まりました。

 勿論、毎日浴びるように飲んでた酒も止めてね。

 ただ、事故の後遺症との戦いは並大抵のことや無かったですわ。


 一年と半年。

 それこそ、気が狂ったように起きてから寝るまでサックスのトレーニングに明け暮れてました。

 やればやるほど、以前とは違ったサウンドを求めるようになり、ロリンズやホッジス、松本英彦のビデオを観てサックスの奏法を研究に研究を重ねながら・・・


 「絶対に自分自身に嘘を吐かない音楽家に成る!」 


 それだけが、俺自身を支えてました。

 一旦は死んだ人間に恐いもんなんか何も無かったですし、どん底まで落ちたことを自覚したら恥ずかしいとか思う事も無くなりますね。

 ただ今からは上に這い上がって行くだけなのですから、毎日がとても新鮮で生きてること自体が楽しくて仕方なかったです。


 とにかく、前の自分には戻りたくない・・・というより、折角貰ったセカンドステージやねんから無駄にするには勿体なさ過ぎる。


 「虚心坦懐」

 「謙虚であること」


 それを忘れる事なく、常に念頭に置いて、やり始めたんですわ。



 なんか、石田さんの文章を読ませて貰ったせいか、ついホンマの事を書いてしまいましたが・・・

 何年かぶりに饒舌に本音を語らせて戴きました。


 まだまだ、色々なことが有ったのですが・・・

 余り長くなっても迷惑になるでしょうから、今日のところはこの辺で失礼します。


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 ・・・実は昨年末にこのメッセージを読ませてもらった時、その場に立ち尽くしてしまいました。出るとも出ない涙が頬を伝わる暇もないほどに時間が止まったような。

 この方が活躍していたのが、1980年代後半から90年代前半の数年間。メジャーデビューがドイツ統一、東西冷戦終結の1989年。瞬く間に日本のトップ奏者になったのですが、私はまだ高校生でして、ジャズって音楽に対しても何も知らない、興味もない。高校を卒業して、何となくジャズが気になってロリンズの「サキソフォンコロッサス」を聴いてノックアウト。それからどんどんジャズを聴いて行くのですが、同時に本も読みます。その中で岩波洋三って評論家の本に中に、このサックス奏者のことが書かれてあるのを読んで初めて知ります。でも、実際に音を聴いたのはジャズ界を引退して、忘れられた存在になって久しい2003年春のこと。それ以来の付き合いです。

 当時の彼を知る人に言わせると、とにかくすごい勢いだったそうです。一般的知名度のあるジャズミューシャンとしては、例えば渡辺貞夫とか日野照正とかが有名だと思いますが、彼らをも圧倒的に凌ぐ名声を有していたとのこと。そんな絶頂の矢先、阪神大震災。交通事故。その他諸々。「再起不能」と言われ完全引退。

 確かに失ったものは多く、そして大きかったと思います。そして自暴自棄、自堕落な生活を送る中、2000年1月15日に人生の終止符を打とうと決めたことは、このメッセージで初めて知りましたし、きっと公にはなってないことでしょう。しかしその日が訪れる前に再び交通事故で治療生活。

 「自分で死ぬことさえ許されない」とはよく言ったもので、本来、生きる死ぬなんてのは、自分の「意思」でどうこうできるものでもない。生きたくても死ぬ人もいれば、死にたくても生きる人もいる。でも、もし今、生きているのだとしたら、私はとことん生きてみたいと思います。

 先ほど、「自殺」に対する見解は後日、、、と言いましたが、今、言いましょう。自殺は大反対です。スピリチュアルの世界では、なぜか自殺を正当化する人が少なくなくて不思議なのですが、どんなに正当性があったとしても、それを正当化する理屈や道理が存在したとしても、私は大反対です。

 仮にもし、私の知る人間、そして愛する人間が、そのような「意思」を持っていることを知ったら、私は命がけで止めます。ですが、もうすでにその選択をしてしまった人に対しては、その人を責める言葉は持ちません。でも、生きている限り。

 「生きてればいいことあるよ」、、、なんてのは当事者にとってはキレイゴトかもしれません。もしかしたらこれから50年生きてもいいことなんてないかもしれない。そんなことはわかりません。でも、そのような決意をしたことのある多くの人は言います。あのおかげで・・・と。

 もちろん誰もがそのように思える保証はありません。でも、生きている限り。そして同時に生かされている。真実があるとすればそれだけが真実。私たちは生かされているのです。そこには理屈も因果関係もありません。ただ、生きているだけ。だからこそ、どうせなら死ぬまで生きていこう。精一杯生きていこう。私はそう思いますし、こんなブログでもそのことを伝えていきたいと思っています。

 とにかく生きている限り「せんとアカンこと」があるのです。それが何かはわからなくても、それをするまではまだまだ。残念なことに今回の大震災で12,000人以上の人がお亡くなりになりましたが、それでも命からがら生きのびた人もいる。しかし、家も財産も仕事も、そして愛する人までもすべて失い、これからどうやって生きていけばいいかわからない。いっそのこと一緒に行きたかった。そう考えている人も少なくないと思います。

 それでも言いたい。被災者にしかわからないと言われればそれまでですが、それでもあえて言いたい。生きようぜ!って。いいことがあるなんて保証はしません。もっともっと不幸になる可能性だってある。だけど、それでも生きてこうぜ!って。

 これはもちろん被災者の方々にだけ言っているのでなく、全国3万人以上の予備軍の方。そして過去のオレに対して。とにかく「せんとアカンこと」がある限り、それを見つける限り、いつまでも生かされた「命」に感謝して、とことん生きていく。そしてもっと深く生きていく。いずれ訪れるお迎えの時、笑ってみんなに手を振るためにも。

 さあ、とにかく頑張りましょう。今を懸命に生きる。ただ、それだけ。それ以上も以下もない。明日はセミナーですが、力の限りやりたい。そしてこれからも力の限り生きて、力の限り仕事して、力の限り笑って、力の限り泣いて、力の限り進んで行きたい。おっと文字数が7千字を超えてしまっている。

 蛇足ですが、この方はサックス奏者が本業ですが、文章がやたらと上手いですよね。これは実は彼の音楽そのもの。文章を読むかのように音楽を聴かせる。音楽を聴くように文章を読ませる。それがまさに一貫した生き方って奴なんでしょう。ぶれてない。そんな彼の生き方に、ちょっと影響を受けてます。オレも頑張ろう。ありがとうございました。

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by katamich | 2011-04-07 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)