なんだっていい 2010.6.26

 今日から21日間の滝行に入りました。昨日宣言した通り、少なくともこの間は、5時起床で滝、腕立て100回、お菓子禁止、その日のうちにブログ更新を課します。生活の乱れをこうやって直すのであります(笑)

 初日は導師の元で「畑観音」で滝に打たれ、家に帰るのは午後になりました。それからアマゾンで到着したロバート・ハリス氏の「エグザイルス」という本を読み始めます。まだ半分しか読んでいませんが、めっちゃ面白いです。一言で言うとハリス氏の若き日の半生記なんでしょうが、読んでてウズウズしてきます。小田実の「何でもみてやろう」や、五木寛之の「青年は荒野をめざす」などと同時代のバックパッカー期が前半で、例によってシベリア鉄道で北欧に入るのですが、いきなりスウェーデンの女子高生とHなんて、うそだろ~って話も。しかも両親公認で。本当かもしれないけど、北欧のフリーセックス神話はこんなところからも肉付けされたのかもしれないですね。

 それはともかく、読んでるとまた旅したくなってきました。私が学生時代、いつも世話になっていた市役所職員の幼友達って人が、大学時代、旅行サークルに入ってて、まさに70年代にシベリア鉄道から北欧に入って、そこでバイト。スペインでコンドミニアムを借りて、仲間と住んで、当然、女もとっかえひっかえの時代。そこからアジアに向かって帰国するんですが、今と違うところは、アフガニスタンが旅行者天国だったって時代。特にカブールは治安もよく、清潔で、しかも、、、マリファナが吸い放題だったとか。

 ついでに言うと、その当時における「ヒッピー3大聖地」ってのが、アフガニスタンのカブール、ネパールのカトマンズ、モロッコのマラケシュだったと言われていますが、今ではあまりメジャーじゃないですよね。カブールはそもそも危険だし、マラケシュもあまり聞かない。カトマンズはヒッピー追放政策で、あまり長居できなくなっている(ビザが一日1ドルとかだったと思う)。今ではインドのゴアなどがそうかな。ぶっちゃけ言うと、かつてヒッピーに憧れた時期ありました。。。私が学生時代はヒッピーなんて言葉は死語化してたと思いますが、ちょっと上の世代との付き合いが割とあったので、妙に憧れてたりして。

 後から知ったところ、ヒッピーと言えばビート文学(ジャック・ケルアックなど)、そしてそのビート文学に大きな影響を与えたのがチャーリー・パーカーなどビバップだったとか。ですので、旅とかジャズとか、やっぱり切っても切り離せないものだと変に納得してたりしてね。

 ちなみに、昼ごろ、阿部敏郎さんのブログを読んでたら、「ヒッピーも捨てたもいんじゃないですよ(経験者は語る)」なんてフレーズがあって、なんだ、阿部さんもだったのかって妙に嬉しくなったりしてね。ですが、ふと思うと、私もその憧れの通りの現在があることに気がついたりして。不法行為はしませんが、何となく自由気ままでね。そうなりたいと思ってたら、やっぱりそうなったねって。これまで不思議と生活のためのお金も入ってき続けたし。

 「エグザイルス」の話に戻りますが、読んでいると途中で「人生のリスト」なる話が出てきます。ハリス氏がインドのカルカッタのカフェで、何気なく読んでいた雑誌にその話が書かれてあって、それに触発されて、ハリス氏も「人生のリスト」を作り始めたって話。それが、先日から増殖し続けている、私の「実現リスト」です。改めてこれを書いたきっかけが、月曜日に参加した「がんばれ社長!」のセミナー。武沢さんがその話をして、栢野さんも実行したってので、私も触発されて改めてやってみたってこと。

 ちなみにロバート・ハリス氏は今年の10月に中村隊長とトークライブをされるそうで、中村隊長は武沢さん、栢野さんともお友達。その中村隊長と来月トークライブをするのが私ってことで、急にいろいろつながってるじゃんって話になったわけです。今はこの時期なんでしょうね。トークライブ、、、めっちゃ感動的な場にしたいと思ってますので、仕事帰りにぜひ来てくださいね。

 ところでこの「人生のリスト」ですが、前も言ったように、この手の話って欲望むき出しみたいで、嫌がる人もいるんですよね。だって自分の欲望を100も200も発表するなんて、ま、恥知らずと言うか、業が深いと言うか。しかも中にはどうでもいい願いだってあるわけだし。例えば「88歳まで滝行をする」なんて、実際、やってどうなるのかって。あと、どうでもいい話ですが、私が書いたリストにいろいろ評価する人もいたりして。よくわからんのですがね。

 ま、それはともかくですが、ちょっといい質問がきましたので、それに関連してお答えしたいと思います。「願望実現の2つのアプローチ」って記事についたコメントです。



クレンジングワーク見切りは賛成です。けど願望実現の「フォーカスアプローチ」ですが、この下げた願望が実現したとして、一瞬満足するけど、又、自我は、普通、次なる願望を目標とします。そして次なる願望と達成を繰り返す・・。そこで、いつも何かが足りない事に執着すると危険ではないですか?そこにも、見切りが必要では、ありませんか?当然、願望の質が非常に大事だと思いますが、いかがでしょうか・・・?


 この質問にある「下げた願望」ってのが、「実現リスト」の中にたくさんあるわけですが、本当のことを言いますね。今から言うことに、ビックリしないでくださいね。実はたくさん書いた「実現リスト」なんですが、私自身、これらの願いについて別に叶っても叶わなくてもどっちでもいいと思ってるのです。いくつかは叶うだろうけど、当然、叶わないのだってあるでしょう。ハリス氏のように、それらを叶えるためにフォーカスする在り方もいいのでしょうが、書いたところで、特に固執する必要もないと思っています。

 確かに書いたことは私自身の願望には違いありません。「ゲイの世界の王様になる」なんて願望はありませんので、当然、リストにも書かれません。ですので、書いたことはやっぱり叶って欲しいと思っています。なんですが、でもやっぱりどっちでもいいと思ってるのも事実。

 なぜ私が「実現リスト」なるものを書きだしたかと言うと、その方が楽しいから。それだけなのです。ほんと。もちろん実現したらもっと楽しいのでしょうし、書いたことの7割は叶うってデータもありますので、期待はしています。でも、叶わないものは叶わないでいい。別に猪木に万字固めかけなくてもいいけど、機会があればかけてみたいとも思う。そんなものです。

 だけど、本当のことを言うと、このリストの中にも「重要度」ってのがあって、それについてはきちんとフォーカスして、実現するための行動もしている。だけど、書いている段階では、なにが重要でとか考える必要もない。思い付いたまま、ただ書くだけ。その方が楽しいから。緊急で重要そうなものが、まん中に埋もれてますよ、前に出さなくていいのですか、、、なんてコメントもありましたが、そんなことも考えてない。思い付いたまま。それでいいのです。

 そこで質問に戻りますが、ある願望が実現すると、すぐにまた次の願望が出てくるので、いつも何か足りない気になって、かえって危険ではないかってこと。確かに「月収100万円」を達成したら、次は「月収300万円」を狙いたくなります。でも、これ自体は特に危険でもないと思っています。逆に願望が完結すること自体が、人生にとって逆効果じゃないかと思うのです。

 とあるアルピニスト(栗城さんか小西さんだったと思いますが)の話ですが、彼らは決して最終ゴール設定をしないそうです。Aという世界最高峰の山があったとします。めでたくA山を登頂しました。ですが、彼らは下山中に次に登るB山のことを考えるのだそうです。つまり次の目標がないと、気が緩んで下山中に事故を誘発するんじゃないかと。それはよくわかります。私だってまだまだ「成功」には程遠いですが、一つのセミナーが終わった瞬間から次のことを考え始め、時には、次のコンセプトについて懇親会で話したりしてますから。終わりはないのです。だからと言って、キリがないと焦る気持ちもありません。少なくとも私は。

 そしてもう一つ言えることは、一つの願望が実現したら、次の願望はさらに大きく、または抽象度が高くなっているのが常です。4月に九州ベンチャー大学で一緒に講師をした一圓さんは、かつて年収が一億円だった時代があったそうです。しかし、だからと言って決して幸せでもなく、むしろ苦しかったと言います。無茶な金の使い方をしてみるも、なぜかむなしく。その時に思ったのが、やっぱり人生は金じゃないってこと。その後は自分で新たに会社を立ち上げ、事業を成功させることに目標が移ります。同時に悩めるクライアントの売上を伸ばすことが最大の目標に。先日、初の著書も出版しアマゾン総合一位で増刷を繰り返しています。今の方がよほど幸せだと言ってました。

 ですので、多くの人が目標とする「高収入」だって、それを達成してしまうと、次の目標が出て、ある意味、本当の目標なるものへとつながるわけです。もしかしたら最終的には「世界平和」かもしれませんが、もしも本当に心からそのような大きな目標を持っている人がいれば、その人はすごく幸せな人じゃないかと思うのです。

 人生にたくさんの目標を持つこと、生涯をかけても実現が難しい大きな夢を持つこと。それは実は「人生の豊かさ」につながるのではないかと思うのです。人間、夢がないほど寂しいこともありません。でも、最初はレベルの低い目標でいいと思っています。「マズローの欲求5段階説」でも言われる通り、最初は生理的欲求から始まり、それが満たされるにつれ、高次の目標へと移っていくわけですから。

 私は「実現リスト」を書いてみて、すごく楽しかったです。増殖させるのもすごく楽しいです。私の人生にはこんなにも夢があるんだと思って、ワクワクします。でも、別に叶わなくてもいいのです。私の家には昔からパソコンがあったのですが、ロールプレイングゲームだったか、兄弟3人で楽しんでやっていて、ゴール一歩手前まできました。その時、突然、兄貴が「もったいない」と言ってゲームをストップさせてしまったのです。今まで楽しくやってきたゲームも、あとちょっとで終わるのが寂しかったのでしょう。

 確かに夢や目標は実現させるために設定するもの。でも、実現させないことも人生の豊かさにおいて重要。と言いながらも、実現させた方がもっと豊かになることも知っている。だったら、ありったけの夢を語ってみるのもいいじゃないですかって。今日、あるマイミクさんが「これが、今んとこの俺の人生の妄想100リスト!!」ってタイトルで日記をあげていました。そのフォームを見ると、ま、私の影響であることはすぐにわかりますし、何度か私のセミナーにも参加された男性です。それ見ると、確かに無謀はある。でもいい。いや、だからいい。でも、そんな無謀な願望を実現させることだってある。いや。おおいに実現できること。

 もちろん書いて満足するだけではダメ。書いたことはしっかり実現むけて行動したい。でも、そうやって行動すること自体が尊いんじゃないかとも思うのです。その結果、実現したらめちゃくちゃ感動していい酒飲んで、そこからさらに次を目指すのもよい。

 そうやって、ラクに生きたいと私は思っています。実現しようがしまいが、すべては神の思し召しじゃないですが、結局、叶うものは叶うし、叶わないものは叶わない。でも、夢を持ち、人生を豊かにできたことには感謝したい。それでいいんじゃないかと。私など今は37歳ですが、88歳まで滝に打たれるんなら、あと51年もその楽しみがあるわけです。まさに感謝しかないです。

 でもですね、目標を持つことがどうしても苦しければ、持たなくてもいいと思っています。すべては流れのままに。そんな生き方に徹することができれば、それはそれで理想的。だからと言って、目標に向かって努力している人も、それはそれで理想的。ようするになんだっていいのです。楽しければ。

 と言うわけで、明日も5時に起きて滝に行ってきま~す。楽しいです。ありがとうございました。

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Commented by あゆみ at 2010-06-27 01:06 x
おもしろい…!!
^ー^)人(^ー^
Commented by kaorin at 2010-06-27 01:35 x
>逆に願望が完結すること自体が、人生にとって逆効果じゃないかと思うのです。

きっとそうなんです…。
人って、ゴールに向けて努力してるときが、きっと本当は一番楽しいんですよね。
夢って、追いかけてるものだから、夢なんですよね。
現実になったら、もはや夢ではないから…。
お兄ちゃんが、RPGストップした気持ちがよ~くわかります。

それから、実現リストのコメント、私のことかな?
もし気を悪くされたなら、ごめんなさい!!
ちょっとふざけ過ぎてしまったかもしれません。m(__)m
Commented by はっはっは at 2010-06-27 07:58 x
うちの、前の旦那は、もとヒッピーでしたよ。Greatful Deadというバンドについてまわって、仲間とホームレスやってたそうです。
Commented by ヨッシー at 2010-06-27 15:22 x
Qさんこんにちは。
そうですね、仰る通り、夢の無い人生は、つまらないですね。
私事ですが、現状ある程度願望が実現しているのですが、
その延長線上に、次の願望を考える事がなんか虚しく感じ
てしまっているのです。きっと楽しみながら願望、行動で
はなく、苦しみのみでしたので脳が「不快」を感じており、
更に延長線の願望、行動に無意識が抵抗している?感じ
なのです。あと「本当の自分が、自由を感じていない」
願望や行動だったからかも知れません。
願望や行動・・・?
だとすれば、願望の質を考えるタイミングなのかも
です。苫米地氏のように「戦争や差別のない世界を
実現する」という、抽象度の高い目標には、憧れを
感じます。まあ、私には、現状無理ですが。
今一度自分の夢や願望について、本当の自分に
問いかける事から始めようかと思います・・・。
又、大阪でセミナーがあれば、参加させて
頂きますので、ご教示よろしくお願い致します。
長文になりましたが、読んで頂ければ幸いです。
それでは、失礼いたします・・・。
Commented by kaorin at 2010-06-27 18:25 x
抽象度の低い願望が成就したら、抽象度の高い良質な願望に自然に変わっていくのかな?

2.3日前、マイケルジャクソンさんの番組をTVで見ました。
あれだけ大金を得たマイケルですが、最終的には“平和”や“子どもたちの幸福”っていう願望になったようですものね…。

そして、それはその人一代では達成できないけれど、それに共鳴した人が後に続いていくものなんでしょうね。

中学生が、健康のバロメーターになるようなプログラム?を携帯配信して、そこから得られた収益は全部寄付している…と。
好きな曲が、マイケルさんの Heal the world っていう曲だ…と。
ステキな話だとジーンときてしまいました。

いろいろ葛藤やスキャンダルなど、いっぱいあったマイケルですが、
そう考えると、短命ではあるけれど、幸福な人生だったのかな…と。
by katamich | 2010-06-26 23:39 | ■人生哲学 | Comments(5)