好きなことで食べていく 2009.11.19

 いつもそうなんですが、今、この瞬間で今日何を書くのか決まっていません。時々、ふと「あ、今日、この話かこ」ってひらめくことはあるのですが、ブログの時間になると忘れています。ですので、今日もそんな感じ。何書こうか決まってないのです。でも、なぜかキーボードを打ち始めると、自動的に文字が入力させていくから不思議です。

 それはしゃべりも同じ。昨日、音声セミナーを録音した時も、粗方の内容は浮かんでいても、それを言葉にし始めると、考えてもなかったフレーズが出てくることがあります。ただ、正確に言うと、私のどっか(つまり無意識)にはしっかりと貯蔵されていて、それが絶妙なタイミングで出てくるだけなのです。

 なので「チャネリング」なんかも、まったくの高次元から、まったく未知のメッセージが来ることなんて稀で、そういう人はだいたいがスピ系の本をたくさん読んでて、どっかで読んだり聞いたりした話が、それとなく出てくるだけ。ただ、そのタイミングや選び方などは、その人のセンスであって、そのセンスの良し悪しで、チャネラーとしての優劣が出るものなのです。

 例えば「ジャズ」なんかはその典型。テーマがあって、アドリブがあって。ジャズをあまり聴かない人には、何だかわからないでしょうが、特に「アドリブ」ってなんでしょうか。文字通りにとれば「即興」であって、その場その場で作曲するような印象があります。しかし、実際はまったく違ってて、まったく未知なるフレーズをその場で生み出すことはほとんどありません。

 じゃあ、どうやってアドリブしてるかと言うと、とにかく大量に大量に大量に「フレーズ」をコピーして、それを12音階で演奏できるようにもして、そしてあらゆる演奏者やジャンルの音楽を聴きまくって、普段からそれを再現したり、変化をつけたりして、そんな地道な努力があって初めてアドリブができるものなのです。

 つまり、まったくの「無」から出てくることなんかあり得ず、大量の「有」の中から、あとはその人のセンスで選び出し、それに微妙に変化をつけながら組み立てて、そうやってアドリブってしてるわけです。例えば、こんなフレーズなどは、これまでの多くのプロジャズマンがコピーしたと思います(こちらから拝借)。
好きなことで食べていく 2009.11.19_b0002156_1314134.gif

 マイルス・デイヴィスの、確か40年代の録音で、チャーリー・パーカーとやってるやつです。ものすごいシンプルなフレーズですが、それ以前のブルースとはまったく異質の趣があり、なぜこうなるのかを研究し、そしてそれをそのまま演奏できるようにして身体に叩き込み。そんなのをほんと大量に大量に大量にやって、初めて人に演奏を聴かられるわけですね。

話を元に戻しますが、私が何もなくともすぐに人前でしゃべれる背景には、これまで大量にブログを書いてきたことと無関係であるはずがありません。もちろん好き嫌い、向き不向きもあるでしょうが、そうであってもベースに「大量」がなければ成しえないことなのです。
 
 ようするに物事を「成す」には、「大量」が絶対不可欠で、それなくして一人前になることは不可能なのです。もちろん例外はあるでしょう。天才と呼ばれる人などはそう。しかし、その天才とて、知らず知らずに「大量」をやってるものなんですよね。

 モーツァルトなどは典型的な「天才」ですが、どんだけ大量に作曲してるんでしょうか。それも起きている間はずっと音楽のことを考え続けて、それでいて、実は駄作だって少なくないわけです。藤子不二雄の「まんが道」の中で、主人公が、手塚治虫が単行本か何かを書きあげるのに、1000ページのボツ作があったことを知って驚いていますが、手塚治虫ほどの天才でもそう。

 結局のところ、その道で食べていくには「大量」が不可欠なのは明らか。でも、多くの人はその「大量」を避けて、いかにして楽に効率的に労せずに、その道に入ろうとします。レイキなんてのもその一つ。レイキそのものを否定するつもりはありませんが、今、広がっているレイキそのものは、単純にビジネスです。お金を払って、アチューメントを受けて、その段階を経て、いとも簡単にティーチャーと呼ばれるようになります。

 私の知り合いに、おそらく本物と思えるヒーラーがいます。あまり大きな声では言えませんが、いろんな奇跡を起こしています。しかし、その人はアチューメントなど受けたこともありません。ある日、そういう能力があるかな、、、と思ってから、それこそ「大量」に人を看てきただけ。それを続けるためには、筋肉が必要なので、毎日のウォーキングとダンベルは欠かせません。その繰り返しなのです。

 たった一回だけ唱えれば瞬時に変化を成すマントラなどもこの世にありません。かの天才、弘法大師空海でさえ、若き日に虚空蔵菩薩の真言を100万回唱える修行をしています。やってみればわかりますが、「のうぼう~」ってマントラを一日一万回唱えるのは至難の業です。私は千回で断念。それを空海はやったのですから、やっぱり「大量」こそものの上手なれなのです。ま、空海の場合は「上手」なんてレベルではありませんが。

 好きなことで食べていく。これは多くの人が持つ理想の姿。幸い私はほぼその境地にあると思っていますが、そのためには、何よりも「大量」が不可欠なのです。思えば私も、コーチングの資格は持ってませんが、100日間で100人のコーチングをやったりなど、大量の実践を繰り返していました。滝行もすでに600回くらいやっています。

 週末は沖縄セミナーですが、なんだかんだとセミナーも、この2年間で50回以上やっていました。まだまだ「大量」と呼べるには程遠いですが、続ければ続けるほど、磨きがかかり、効果も大きくなっていくことでしょう。もちろん単価も上がってくると思います。今後は、出版を契機に、講演会も増やしていきたいと思っています。

 好きなことで食べていく。そのためには「大量」が不可欠。私もいろんな方法を模索してきましたが、今のところ、これしかない結論に達しています。そうでない方法があれば教えてください。100万円で買いますので(笑)。そう言えば今日は宝満山に登ってきました。そろそろ100回になるのかな。これももしかすると千回も登れば、また何かわかるのかもしれません。これからも続けて行きたいと思います。ありがとうございました。


いつもありがとうございます!一日ワンクリックの応援をどうぞよろしくお願いいたします!
 ↓   ↓

人気blogランキング

〇11月22日(日):クイックチェンジ!実践!願望実現セミナー in 沖縄
〇12月13日(日):クイックチェンジ!実践!願望実現セミナー in 札幌

〇12月12日(土):プレ出版記念講演会 in 東京

「早朝談話室」も受付中!

○オフィシャルサイトはこちらです! メルマガもあります♪
ミクシィにも「マイミク限定日記」を書いてますので、読者の皆さんのマイミク、大歓迎です♪
Twitterも登録してみました♪ (まだよくわかんない・・・)
by katamich | 2009-11-19 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)