好きな仕事をする秘訣 2009.7.18

 今日は久々に前に勤めていた会社の同僚とランチをしてきました。場所は油山観光道路沿いにある「バングラデシュ・カレー」のお店。どうでもいい話ですが、「バングラディシュ」が正しくて、よく発音される「バングラディッシュ」ってのは誤りのようですね。今知りました。行ったお店は「NAN・CURRY油山2号店」ってとこで、土曜日でもランチがあり2種類のカレー(チキン・トマト、豆)と大きなナン、サラダ、麦とライスをおにぎりみたいにしたの、ラッシーで680円。味もよく、店員もフレンドリーで、また一人ででも行きたいと思っています。

 で、昼の1時にお店に入って、2時半までお店にいたのですが、実に有意義な時間でした。その元同僚は今から9年前(!)、私がその会社に正式に入社するのと同じくして入ってきました。私がその半年ほど前から、そこでアルバイトをしていたのですが、正直、あの時は本当に暗黒時代だったな~と思いだされます。でも、契約社員と言えど、生まれて初めて「社員」となったのがその会社。まちづくりのコンサルタント会社でした。とにかくも忙しい会社でした。入社した月から徹夜を強いられるほどに。ですが、最初の3か月は残業代もつかず、私の場合は契約社員でしたので、正社員の7割の給料。正直、最初の給料を見てびっくりしたものです。あまりの少なさに。

 実は私が生まれて初めて貰った給料(バイト代)ってのが、18歳の時。浪人をしながら土方のバイトをしていたのですが、ある月、日給9千円と皆勤手当が4万円ほどついて30万円を超えていました。それを現金そのままでもらうので、家に帰ってお札を部屋にばら撒いたのを覚えています。実に快感でした。ですが、勤めていた会社では結局その額を超えることはありませんでした。ボーナスでさえも。ちなみに最初のボーナス(寸志)は税込2万円でした。その額は、大学4年の時に工場でバイトしていたのですが、ある月、よく働いてくれるということで頂いた寸志よりも下でした。そんな前途多難な会社員生活がスタートしたのが2001年4月のこと。その時に出会ったのが今日会った元同僚Hでした。

 新卒で入ったこともあり、テンションが高く怖いもの知らずの雰囲気を醸し出していました。その時、事務所には13名ほどいました。しかし、業界全体が厳しくなる中、会社も年々厳しくなり、私自身の処遇は多少良くなったものの、もらう給料もなぜか横ばいから減少傾向に。そして2004年には事務所の人数も半分以下になりました。私がブログを書き始めたのもちょうどその頃。そして翌年2005年には私もついに会社を辞めることになりました。その時の記事が「同僚Qの退社」です。私の前後にも次々と辞めていったので、2005年度がスタートする時には、入社当初のメンバーとしては元同僚Hだけになってしまったそうです。当然、彼にも「退職」の2文字がチラついたでしょう。滝行にも何度か来ました。そしてある時、悟ったそうです。この会社で頑張ろう、と。

 私は会社を辞めたものの、すぐにどうにかなるわけではありません。元同僚Hも会社に残ったものの、状況がすぐに良くなるわけではありません。つまり2005年のあの時期は、私にしても元同僚Hにしても、厳しいことには変わらないのです。それでも、お互い一つだけ同じ方向を向いていました。それは、

「自分の好きな仕事をする」

ということ。私は会社を辞めて自分の好きなことで生きて行く決意をします。元同僚Hもその会社で自分の好きな仕事を創っていこうと決意したのです。ですので、状況は違えど、志は相通じるものがありました。

 あれから5年経った今。私も元同僚Hも見事にその志を貫き、当時、望んでいた状況を実現することができています。私も紆余曲折ありながら、今、こうやって楽しく過ごしています。元同僚Hも会社の屋台骨を支えるかのごとく活躍をしながら、個人としても技術士の資格を取ったり、人的ネットワークを広げたりすることで、望み通りの仕事ができるようになっているとのこと。

 私が会社を辞めた2005年は、実際、辞めるも地獄、残るも地獄の状況。ただ、会社を辞めた他の人は転職先を見つけた上での辞職でしたので、とりあえず明日の心配をする必要はなかったでしょう。私の場合は、インドから帰った6月当時で貯金が30万円。家賃が6万円だったので、実際、極貧状態で3か月を過ごしました。9月にはいよいよ家賃が払えなくなり、企業年金を解約して家賃に充てました。もうダメだ、、、そう思った時、そうです、加賀田晃先生のDVDがやってきて、それで一気に形勢逆転、今に至るのです。

 つまり、重要なのは「志」を持つことだけなのです。「志」さえあれば、途中の経過がどうであろうと、必ず望み通りになります。よくよく考えると、私自身も本当に好きなことしかやっていません。きっぱり。セミナーなんか、本当にやりたくてたまらない仕事です。8月に開催されるGSJセミナーも15名満員御礼となり、まだ希望者がいらっしゃるくらい。こんなことを言っては気が引けるのですが、2泊3日で私がセミナーらしいことをするのは初日の3時間程度。それ以外はコーディネートをするだけです。そして私自身が何より楽しんでいます。そんな楽しい思いさせてもらって、お金を頂いていいものか。そう考えることもありました。しかし、ある参加者の方から人を楽しませるだから、お金をもらって当然だし、むしろ安い、みたいなことを言われました。

 多くの人は辛い仕事の対価としてお金をもらう、という習慣・ビリーフが強く、私自身も確かにそうでした。本田健さんが「好きなことをしていたらお金はついてくる」みたいな話をよくしていますが、正直、眉唾に思っていました。しかし、今、それは本当のことだと実感しています。よく考えたら当然です。

 「好きなこと」をしている時のエネルギーは、「嫌いなこと」をしている時のエネルギーより低いはずがありません。およそすべての仕事は「相手」があるもの。内職であっても、それを使う「相手」がいるから成立するものです。「お金」とはその「相手」をどれだけハッピーにさせるかと比例して入ってくるようです。

 となると、自分が「好きなこと」をしている時の方が、「相手」をハッピーにする度合が高くなり、それが「お金」という客観的基準に反映されるのも当たり前の話。理屈は簡単。しかし、2005年までの私がそうであったように、なかなかそれを実現することは容易ではないみたいです。

 「好きなことをして生活をする」までには、大きな壁があるようですが、その「壁」をぶち抜き、向こうのゾーンに入ることが重要。そのための必要なのがまさに「志」なのです。言うまでもなく「壁」とは自分の「ビリーフ(思い込み)」が作っています。「心のブレーキ」と言ってもいいです。そして「志」とは、自分で設けた「壁」をぶち抜くためのエネルギーのこと。そのエネルギーを大きくしていくことが、まさに「向こうのゾーン」に入るための必要条件なのです。

 ではどうすればそのエネルギーを大きくしていくことができるのか。元に戻るかもしれませんが、まさしく「好きなこと」をやっていくことに他なりません。そして自分の持てるエネルギーを「好きなこと」へと集中させること。そうすれば必ずや「向こうのゾーン」に入れることでしょう。それはフリーランスであろうと、サラリーマンであろうと同じこと。

 私はフリーランスという立場で「好きなこと」をし続けることに成功しています。同様に、元同僚Hはサラリーマンという立場で「好きなこと」をし続けることに成功しています。そんな2人も、2005年まではもがき苦しんでいました。しかし、「志」だけは強く持っていました、いや、持とうとしていました。その結果が、今、ここにあるのです。

 おそらく私も元同僚Hも、これからますます余念なく「好きなこと」をし続け、当然、生活も豊かになり、心から楽しく充実した人生を送っていくことでしょう。そんな元同僚Hも今年11月には3人目の子どもが授かります。私も先日、ちびQがやってきましたが、願わくば3人は欲しいところです。その方が私的にハッピーな感じがしますしね。

 そして私自身もまた多くの人に「好きなことをして生活する」ためのコーチやセミナーをどんどん展開していきたいと思っています。「好きなこと」は「自分らしさ」の表現の一つでもあります。これからの世の中はますます二極化が進むと言われています。それはまさに自分らしく好きなことやって生きていく人と、そうでない人との二極化なのでしょう。どちらに進みたいですか? この質問の答えこそが将来の現実となるのです。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-07-18 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)