なぜ同じ店ばかりでランチをとるのか? 009.7.13

 今日から月曜日と言うこと、7月も半分になりましたね。早いものです。今はとにかく夏真っ盛りで、クーラーが手放せませんが、私の自室にはまだクーラーがついていません。扇風機とアイスパックで何とかしのいでいる状況。そして時々、滝行。家から車で15分くらいのところに、自然の滝があるので、今の環境は本当に最高です。滝行をすると、それなりにエネルギーを消耗するものの、身体の芯から熱を冷ましてもらって快適です。

 ところで今日もふと思ったのですが、人はなぜ、同じスーパーやコンビニを使い、同じ店でランチをとるのか。要するに近いからとか、ハズレがなくて安心できるからとか、最もらしい理由はあるのでしょうが、結局のところ無意識(潜在意識)の「安心・安全」の欲求のままになっているとも言えます。たかがランチで、、、と思うでしょうが、そのような日常の何気ない習慣にこそ、無意識(潜在意識)のコントロールが効いていると言っても過言ではありません。

 これって、はたして「自由」なのか、と思うのです。私が考える究極の「自由」とは無意識(潜在意識)のコントロールからの「自由」のことを言います。例えば「お金がなくて好きなこと出来ない」ってのは不自由ですし、逆に「お金はあるけど時間がなくて好きなこと出来ない」ってのも不自由です。「お金も時間もなくて何も好きなこと出来ない」ってのは、不自由極まりないです。

 その辺はわかりやすい「不自由」でしょうが、日常的には他にもたくさんの「不自由」があります。例えば「早起きしたいけどできない」ってのも不自由。「早起きしたい」という「意識」に対して、「無意識」ができなくしているわけですから、完全に無意識のコントロールにはまっている状態。他にも「ダイエットしたいけど、つい食べ過ぎてしまう」もそう。「意識」と「無意識」が逆を向いていて、完全に「無意識」に負けている状態です。

 じゃあ、「いつも同じ店でランチをとる」はどうでしょうか。「意識」はその店でランチをすることを望んでいるし、「無意識」もそれに従っています。これは「自由」じゃないか、、、と思うかもしれませんが、本当にそうなのか、と言うのが一つの疑問です。例えばその店で600円でそれなりのランチが食べられるとしましょう。費用対効果は高いし、店の雰囲気も悪くないし、お店の人とも顔なじみになっています。「いつもの」で通用する常連さんになっています。何の問題もないと思うのですが、別の面から見ると、本当は近くにもっと費用対効果の高い店があるかもしれないのに、同じ店ばかりに行くことで、その「機会」を損失していることになります。それって「自由」でしょうか。

 結局のところ、「なんとなく」とか「とりあえず」とか「いつも行ってるから」なんてのは、完全に「無意識」のコントロールにはまっている状態であり、自ら「自由」を制限していることになります。ただ、同じ店に行くにしても、いろんな店があるのも知っているのだけど、この店のこれはここでしか食べられないから行く、という感じなら、それは「自由」を謳歌していると言えます。

 会社員時代の私は、途中からランチを一人でとるようにしていました。近所の弁当屋で買ったり、一人で好きなお店に行ったり。別に他の社員から仲間外れにされていたわけではないのですが、貴重な一時間のランチタイム。本を読んだり、音楽を聞いたり、いろんな店を発掘したりするのが好きだったのです。一時期、インドカレーの異常にはまっている時期があって、ランチタイムになると自転車で福岡市の主要なインドカレー屋を行脚していたことがありました。自転車で行ける範囲内のほとんどのカレー屋に行ったと思うのですが、最終的に一番美味しくて常連になったのが「スラージ」という東インドカレーでした。そこは週に1~2回必ず行ってました。

 そんなこんなで、私ってのは、まだまだ不自由な部分も多いのですが、どちらかと言うと「自由」に生きている方かな、と思うことがあります。今も自由に子育てに参加していますし。そしてこれからももっともっと「自由」を謳歌した人生を歩んでいくと思います。まだ、気軽にファーストクラスに乗れるような自由はありませんが、それもそのうち実現するでしょう。てなわけで、私の経験などから導きだされる「自由」の獲得方法についてまとめたいと思います。これはかなり役に立つ情報ですよ。


■同じ店ばかりでランチをとらない
 
 今言った通りですが、たかがランチと言えど一事が万事。同じ店でランチをとるのに「こだわり」がないのであれば、たまには違う店でランチをとりましょう。ハズレたって命を取られるわけでもないし、とりあえず空腹を満たせるでしょうから。


■たまには高いお店でランチをとる

 高いと言っても、ランチですから2~3,000円も出せば相当いいものが食べられます。先日、ちびQが生まれる前日に結婚式をやった「WITH THE STYLE 福岡」ってお店でランチをしたのですが、確か2,000円前後だったと思うのですが、相当満足度が高かったです。無駄に飲みに行くお金があったら、私はこういうところで優雅にランチをとりたいと思います。


■旅をする

 いわゆる「非日常」の体験であり、無意識に蓄積されたパターンが覆されます。そして旅先ではなるべく現地のものを食べましょう(海外旅行の場合)。思うに、西洋人はそのパターンを崩すのを嫌がる傾向にあるように思います。タイなど行くと、地元民に混ざって屋台で飯を食っているのは、決まって日本人バックパッカーです。同じバックパッカーでも、西洋人はハンバーガーやピザのチェーン店でよく姿を見かけます。ま、それはともかく、「旅」ってのは「無意識」のパターンを崩すのに最適な体験やと思っています。


■週に一回は未経験のことをする

 コーチングなんかでも時々提案させて頂くのですが、とにかく何でもいいので、今まで経験したことのないことをわざとやってみるのです。例えば「滝行」なんかめちゃくちゃいいですよね。未経験者にとっては。他にも考えられるものとしては、「グリーン車・ファーストクラスに乗る」「ホテルのスウィートルームに泊まる」「セミナーに参加する」「一時間瞑想する」「ストリップを見に行く」「山登りをする」「プチ断食をする」などなど。別にお金をかける必要もありません。とにかく未経験のことを意識的にやっていると、「無意識」の呪縛から解かれやすくなることは間違いないです。何よりも人生の幅が広がりますから。


■「とりあえず」「なんとなく」という言葉を使わないようにする

 これらは「私は無意識にコントロールされています」というのをカミングアウトするに等しい言葉です。居酒屋などに行ったら、最初に「とりあえず・・」なんてつい言ってしまいますが、その言葉をグッと噛み殺して、「私は枝豆が食べたい」と言うようにしましょう。「なんとなく」も曲者です。石井裕之さんの「コミュニケーションためも催眠誘導」の帯に「何となくが行動を左右する」と書かれていますが、これはまさに「無意識(潜在意識)が行動を左右する」の言い換えでもあります。何度も言いますが、「無意識」に左右されている人生なんて「自由」な自由な人生とは言いません。


 結局のところ、「愛」とか「感謝」とか素晴らしい価値観はたくさんありますが、私にとって「自由」もまた愛や感謝と同じく、最も尊い価値を持つものだと思っています。結局、人は「自由」じゃないところに不満があったりするのです。それはお金や時間の不自由をはじめ、日常的に何気なく(なんとなく)やっていることも、結局は「無意識」にコントロールされて「不自由」な状況に甘んじているだけです。

そんなんでいいんですか!

と、ここで大声を出させてもらいます。「自由」を求めるにも、まずは自分自身の心を「自由」にすること。そして「無意識」の呪縛から「自由」になること。そのためにはまず、何をすればいいのか。それがまさに「無意識」のパターンにない「体験」をするということなのです。

 「無意識(潜在意識)」は「安心・安全」を求めます。だからこそ「無意識」のパターンにないことを「無意識」は避けようとします。わけがわからないから、それは「安心・安全」ではないのです。そこをあえて踏み込む「勇気」が必要。昆虫料理の内山さんのオフ会が7月25日(大阪)8月1日(東京)にありますが、こんなのも積極的に参加してみること。生憎私はセミナーなどと重なっていて参加できませんが、めちゃくちゃ参加したいのです。これぞまさに「無意識」の呪縛から解き放たれるための絶好の参考体験になるでしょう。

 てなわけで、どんどん心を解き放ちて、自由な人生を謳歌しましょう!ありがとうございました。

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by katamich | 2009-07-13 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)