豊かさの方程式 2009.1.13
2009年 01月 13日
ところで法則ついでにもう一つ言うと、これはミクシィにも書いたのですが、豊かになるための「法則」と言うか、方程式があるようなのです。それを本邦初公開したいと思います。それは、
「豊かさ」=(質・量)×(愛=与える)×(感謝)+(先祖の徳)
となるのです。実にシンプルですよね。実はこれこそが「宇宙の法則」であり「宇宙の方程式」なんですね。e-BOOK「宇宙となかよし」にも書いていますが。この中でとりあえず動かしにくいのが「先祖の徳」でしょうか。人によっては「先祖の徳」だけで生きてる人もいますし、中には「先祖の不徳」を受けて、カルマを消化しながら生きている人もいるでしょう。ただ、これについては「先祖供養」や「親孝行」によって、高めることも可能です。だからこの二つは重要なのですね。で、「先祖供養」と「親孝行」が重要であることを認めながらも、さらに重要なのが「愛」と「感謝」だったりするのです。
ここでは「愛」を「与える」としておきます。本当に人を愛するとは、すべてを投げ打ってでも「与える」ことに徹しきれるかどうかです。例えば一般的に、親の子供に対する「愛」は本物だと思います。多くの親が、わが子を救えるものであれば、自らの命と引き換えにしたいと本気で思うでしょうから。私だって愛する人のためならば、腕の一本や二本犠牲にしてもいいと思います。例えば極端な話、ツレの命にかかわる問題があったとして、もしも腕を切れば助かる、、、なんてケースがあれば、全然普通に腕を切るでしょう。もちろんそんなケースはまずないし、それより先に、命も腕も助かる方法から考えますので、ま、これは極論です。
ですので、「真実の愛」なんて軽々しく言うものじゃないんですね。「あいのり」なんかも「真実の愛を求めて」なんて言いますが、あんなんで「真実の愛」が見つかったらすごいことです。ま、あれはバラエティ番組なのでいいのですが、こないだの「桃」みたいに、おっぱい触らせながら告白するのの、どこが「真実の愛」なのでしょう。ま、面白いからいいですが。
ですので、本当の意味での「愛」とは「与える」ことが具体的な形なんですね。抽象論ではなく。よく成功法則などで「与えたら得られる」と言いますが、これも元々は「愛の原理」なんです。私はキリスト教徒ではないので、イエス的な愛を語ることはできませんが、そもそも「聖書」ってのは、単なる精神論ではなく「生きる知恵」なんだと、昔、大学の経済学の先生が言ってました。それ言うならお経もそうかもしれません。たぶんコーランもそうでしょう。なので「聖書」とは、すなわちそのまま「成功哲学」と言ってもいいかもしれません。
となるとそこで説かれる「愛」も、それを実践することで成功できる。つまり「与える」と「得られる」ってのは、そういうことなのでしょう。で、上の「方程式」に話を戻しますが、単純に「与える」と言っても、重要なのはその「効果」です。与えることで、どれだけ相手をハッピーにできるかの「効果」です。なので、人に意地悪ばかりしていたら、それはマイナスの「与える」です。とにかくもまずはプラスを「与える」必要があります。そしてその「プラス」の度合を計るのがここで言う「質」です。なのでプラスである以上、何も与えないよりは、ちょっとは与えた方がいいかもしれませんが、できることならば「効果」の高いものを与えた方がいいと思います。その「効果」とは何度も言うように、相手がどれだけハッピーになるかです。
例えば、以下のうち、どの順番に「効果」が高いでしょうか。
・10万円を寄付する
・人を褒める
・ブログで有益な情報を発信する
・無料遠隔レイキを施す
・人に関心を示す
・人にご馳走する(おごる)
これらはすべて「与える」ですよね。では、この中で、もしも自分がしてもらったとして、嬉しいと思うのはどれでしょうか。真剣に考えてくださいね。私の場合で言いますと
1.人から関心を示される
2.人から褒められる
3.ブログから有益な情報を得る
4.10万円を寄付される
5.人にご馳走される(おごられる)
6.無料遠隔レイキを施される
ですね。これは私だけでなく、ある程度の一般性はあるのかもしれません。「関心」と「褒められる」はどちらが上かと言うと、もしかしたら「褒められる」ことの方が上と言う人もいるかもしれませんが、「関心」なくとも「褒める」ことはできる以上、やっぱり「関心」の方が上だと思います。
例えばショップなどに行くと、店員は必ず「お似合いですよ」と褒めてくれるでしょう。これ、本当に嬉しいでしょうか。店員によっては、その人よりも「その人が払うお金」に関心があるだけかもしれません。それよりも、「なんかとってもお似合いですが、もしかしたらお洋服に対するこだわりとかあったりするんですか~?」って「関心」を持ってもらった方が嬉しいでしょう。「お似合い」などと言われずとも、「どんなのが好みですか?」と聞かれた方がいい場合だってあります。そして場合によっては「似合わない」と言ってもらった方がいいこともあるでしょう。この人、本当に自分のこと見てくれてるんだなって思えて。「関心」持ってくれてるんだなって。
で、次の「ブログでの情報」ですが、これとお金を比べた場合、例えば10万円は10万円ですが、「情報」はもしかしたらそれが100万円にも一億円にもある場合だってあります。私の例で言えば、斎藤一人さんが言う「ツイてるって言えば運がよくなる」なんて「情報」は、今考えたら、一千万円以上の価値があるかもしれません。そんなことさえ知らない状態で、それを知ったのが2004年。それから私の人生変わったと思っているので、金額にするとめちゃめちゃ価値があるんです。その前に「情報」と「関心」ですが、これはどっちが上かは微妙です。ただ、どんなに有益な「情報」を持っていたとしても、一人ぼっちじゃつまらないですもんね。少なくとも私はそう。
で、「情報」がきて、10万円が来て、ご馳走がくるわけですが、この2つも微妙ですよね。単純におごってもらっていいもの食べるだけなら、10万円もあれば事足りますが、誰からおごってもらうかによって違ってきますよね。場合によっては、凄い人からおごってもらうのであれば、一番上に来る場合もあるわけです。この辺もケースバイケースですね。で、最後はレイキ。よくネットなどで無料遠隔ヒーリングしますとか呼びかけてるの見ますが、私は参加したことありません。あんまり変化ない、つまり「効果」を感じられないので。もし仮にサイババが私だけに遠隔ヒーリングしてやると言われたら、無料ならやってもらいますが、一万円払えと言われたら断るでしょうね。千円でも断ります。その一方、アントニオ猪木から直接ビンタをもらうのに、そうですね千円なら絶対払います。三千円でも払うでしょうが、一万円となるとビンタと一緒に123ダーをやってもらえるんなら払うかもしれません。ま、それは価値観の問題でしょう。
で、私が言いたいのは、価値観の話ではありません。例えば上の1から6まであったとして、自分なら何が一番嬉しいかと考えること。そしてその一番目が最も「効果」が高いということになります。つまり「質」が高いということ。先ほど「与える」に「質」と「量」をかけていましたが、その「質」の面です。つまりどういうことか。まさしくナポレオン・ヒルが「成功の黄金律」で言うとおり、「自分がしてほしいことを、まずは相手にしてあげろ」ということですね。皮肉を言うつもりはありませんが、「無料遠隔レイキ」って、本当に自分自身がして欲しいと思ってやってるのでしょうか。もし心底やって欲しいと思っているのであれば、そのレイキはかなり効果的でしょう。その心底ってのは、大金を払っても、と言う意味です。しかし、ただ単に楽だからとか、興味があるから、と言うレベルではその「効果」も知れてるでしょうね。正直言って。
もしも「与える」に「効果」つまり「質」を考えるのであれば、まずは自分自身がそれが本当に「欲しい」かを基準に考えることです。私はレイキは欲しくないので、与えることもしません。同じ労力で時間の無駄だから。でも、お金はめっちゃ欲しいので、寄付行為はやってますし、人からの関心も欲しいので、常日頃、なるべく人に関心を寄せるようにしています。だから、と言うわけではありませんが、私の「与える」はそれなりに「効果」があると思っています。もちろん「それなり」のレベルに過ぎないので、まだまだ「効果」を高める必要はあるでしょうね。
方程式の話に戻ります。「与える」の「質」の次は「量」です。これは詳しく説明する必要もないでしょう。千円寄付するよりは、一万円の方がいい、1つに寄付するよりは2つに寄付した方がいい。単純にそういうこと。人を褒めるでも、一回よりは2回。一人よりは2人の方がいいでしょうね。ですので、「与える」の「効果」を最大化するには、最も「質」の高い行為を何度もすること。これです。ただ、「与える」には経済学で言う「限界効用逓減の法則」が働きますので、人を一回褒めた「効果」よりも2回目の方が「効果」は減るでしょう。わかりますよね。なので同じことばかりしてもダメ。「効果」を考えながら、いろいろと「与える」方がいいのです。ちょっとシステマティックに過ぎるかもしれませんが、要するに、自分がして欲しいと思うことを、いろいろと人にやってあげましょう、ということです。結局、ナポヒルの「黄金律」と同じになってしまいました。
次に「感謝」です。これについてもあまり説明の必要はないでしょう。とにかく何があっても「感謝」です。人生なんて、普通に考えて山あり谷ありのものです。山があれば「谷」だってあるのだから、その「谷」の時にどっちを見ているかなんです。「奈落の底」を見るのか、次の「山」を見るかの違い。そして人は見ている方向、つまり「視点」に向かって進みますので、それを知っていれば「山」を見ていた方がいいと思うでしょ。その「山」を見る前提となるのが「感謝」です。人はどういう時に「感謝」するのか。言うまでもなくハッピーな時です。だったらまずは先に「感謝」してみて、ハッピーな方向を向いた方がいいのではないでしょうか。実に簡単。
で、方程式に戻りますね。
「豊かさ」=(質・量)×(愛=与える)×(感謝)+(先祖の徳)
があるとして、「先祖の徳」は別として、「愛=与える」と「感謝」とどちらが「ゼロ」でも「豊かさ」は得られませんよね。それは「与える」の「質量」も同じ。ゼロだったらすべてゼロになります。また、「感謝」も同様で、どんなに与えてても、不平不満ばかりだと「豊かさ」もゼロです。時々、中途半端に成功法則をかじって、「10%寄付」なんてしてみる人もいるでしょうが、だからと言って10倍の収入が入ってくるとは限りませんよね。これはまず「感謝」がないからです。ぶつぶつ言いながら寄付したってアカンです。「寄付できるなんてとっても素敵」と思いながら、心底、感謝して寄付するべきなんです。成功者はこれがあるから成功者なんです。ウォーレン・バフェットが文句言いながら寄付している姿を想像できませんよね。ただ、なにかの付き合いで寄付せざるを得ない場合などは、しぶしぶ寄付することだってあるでしょう。しぶしぶするくらいなら、しない方がまし。もちろんしてもいいのですが、効果を考えたらもったいないです。その分をもっと喜んで寄付できるところに回すべきですね。
最後にまとめます。「豊か」になりたいのであれば、まずは自分がして欲しいことを先に人にしてあげること。そして常に「感謝」の気持ちでいること。そして「先祖供養」と「親孝行」です。これで物心ともに「豊か」にならないはずがありません。
もしかして、今日、とんでもないこと書いてしまったかも。この文章、永久保存版ですね。これも私にとっての「与える」です。だから私のもとには有益な情報がたくさん集まってくるんですね。だから書けるししゃべるし、セミナーや講演会もできちゃうのです。身を持って証明しています。ではでは。
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今日もめちゃくちゃ寒かった。連日のように雪がぱらつき、朝方は刺すような寒さ。不入道に着くと、雪が積もっていた。一通りお参りをした後、滝着に着替えて更衣室から出ると、素足が痛いほどに冷たい。まだ水の中の方がましかもしれない。そして今日も滝に打たれる。滝に打たれている間ほど「身体」を意識する瞬間はない。「無意識」に全神経を集中している感じだ。苦しくてたまらない状態をどうやって楽にするか。それは力を抜くしかない。重病の人とかの苦しみに比べたら、そんなのはまだ苦しみとは言えないかもしれないが。



読ませて頂いてピピピピッ!頭と心の中で何かが繋がったような気がします。
まだ上手く言葉に纏められないのですが。
自分がして欲しいものを与える。
それって、自分の好きなものでもあるから与える事そのものが喜びで。
そうすると意識せずに良い循環が起きてくるのね。
欲しいものって人それぞれ違うから、「喜び」とか「愛が」様々な形で世の中に出回る…う~ん。ワクワクしてきましたっ。
私がもらって嬉しいもの…「有益な情報」がかなり上位に来ます。
だからQさんの電子書籍と音声ファイル本当に嬉しくって。
多くの人に知って欲しくって、勢いでブログを立ち上げちゃったくらいです^^;