宇宙となかよし

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 今日で7月も終わり。2013年7月は濃かった。確かに濃かった。だけど、8月はもっと濃くなる予定だし、9月もさらに。う~ん、どうなるんだろう。8月のメインは24日・25日の合宿セミナーだと思うけど、それ以外にもいろいろ。9月はやっぱりアイルランドを中心にいろいろ。楽しみ過ぎてヤバいね。感情のセンサーが「喜び」であれば、喜ばせてくれることばかりが引き寄せられる。怒りなら怒り。悲しみなら悲しみ。恐れなら恐れ。「引き寄せの法則」とはつまり「感情の法則」のこと。この原理がわかれば、ハッピーになるのは簡単だね。だって、もし自分を怒らせてくれる現実が引き寄せられたのなら、自分には「怒り」の感情が閉じ込められてるって証拠だから適切に処理すればいい。悲しみも恐れも同様。

 こんな質問を頂きました。「怒りの感情を処理すると言っても、ネガティブなことを言わない方がいいとスピリチュアルでは言われるのだけど・・」って。わかります。確かにネガティブな言葉をまき散らしては、周囲も迷惑だし、そんな奴と思われたら堂々巡りでしょう。その意味では、「社会性」には配慮する必要があります。私のおススメは儀式をすること。「今から怒りの感情を解放します」とコミットしてから、たった一人で怒っていること、本当は言いたかったことをただひたすら紙に書く。言うより書く方が効果的です。その上で、新聞を丸めて枕やクッションを叩きまくる。「怒り」のエネルギーってのは「心」と言うより「身体」にあるとイメージした方がいい。もっとも、「心」も「身体」も同じものなんですが、イメージとしては身体に置いた方がいい。すると眠っていた怒りの感情が湧き出てきて、徐々に軽くなる。怒りの感情を溜めておくと、次第に自分自身に矛先が向きますからね。それがウツだったり病気だったりを引き起こすわけで。なので、怒りは普段からプスプスと小出しにするんではなく、あまりにも強い場合は、儀式をすることが重要です。そしてスッキリした先には本来の「喜び」に気づくことができ、その感情が自分を喜ばしてくれる現実を引き寄せてくれる。すべては自分次第。

b0002156_1594758.jpg そうそう、雲黒斎さんから新刊「もっとあの世に聞いたこの世の仕組み」が届きました。献本御礼。さっそく読ませて頂きましたが、さすがに面白い。タイトルの如く、「あの世」と「この世」の仕組みがスッキリと理解できます。特に個人的には「第8章 『ウツ』にまつわるエトセトラ」って章が興味深かった。ネタバレで書いちゃっていいかわかりませんが、ま、いいか。書きますと、ウツを治す方法ってのは実は簡単。それは「素直になること」、だとか。めちゃくちゃよくわかりますね。私の周囲にもウツの人は決して少人数ではないのですが、共通する性格的特性として「いい人」ってのがあげられます。そのビリーフとしてあるのが、例えば「怒ってはいけない」などの思い込み。この辺りは私がいつも言ってるようなことを、黒斎さんの表現できちんと代弁して頂いています。

「あらゆる感情は、無理に抑えない方がいい」「自分に対する素直さ」(p.160)

 本当におっしゃる通り。スピリチュアルの一つの害悪がここにあって、つまり「いい人であれ」なるメッセージ。人はなぜスピリチュアルにハマるのか。理由はいろいろあるでしょうが、幸せになりたいってのも一つ。私自身も2004年にスピリチュアルを知ったとき、とにかく現状の苦しさから解放されたいって一心でした。だから滝行にも手を出したのだけど、今ではライフワークとして続けてるだけ。そしてスピリチュアルにはいろんな素晴らしいメッセージがある。「神社ではお願い事をするのでなく、感謝しよう」なんてメッセージも「いかにも」で人々の心をとらえます。

 すべては感謝。感謝すれば幸せになれる。お金も恋も思いのまま。「ありがとうございます」と2万5千回言えばカルマが解放される、など。しかし、その反面には「感謝しない人は不幸になる」なんてメッセージが刷り込まれていて、不平、不満、悪口、愚痴などをことごとく排除する。確かに言わないに越したことはない。だけど、不平はあるじゃないですか。これらを総称して「怒り」って感情に代表したいと思うのだけど、「怒り」の感情ってあるじゃないですか。じゃあ、現にあるその感情をどう始末すればいいのか。スピリチュアルな人、いい人、波動の高い人、器の大きな人は、その感情を出さないように努力する。そしてそのようなレッテルがスピリチュアルにはあります。

 先日も書きましたが、某コーチング講座の受講生の方から、「成果が出なくて苦しい」ってメールを頂きました。その文だけ読むと同情的かもしれませんが、とにかく周囲が悪いの一点張りで、著しく自己認識に欠ける内容。顔も覚えてないような人から、一方的に「意見聞かせろ」と言われて、正直、「は~??」って思ったこともあり、「言い訳や愚痴ばかり言ってるやつが成功するわけない」って趣旨の意見をしたのです。すると、それが気に障ったのか、私に対して「器が小さい」などと人格攻撃。いいです、それは。私など元々人格低いですから。だけど、この手のスピブログ書いたり、曲がりなりにもコーチとして人並み以上の収入を得ている人間に対しては、「人格かくあるべし」みたいなレッテルをすぐに貼られるんです。同じようなこと、何度がありましたし。

 確かにコーチやカウンセラー、セラピストの類には「いい人」が多いように思います。その某コーチング講座のフェイスブックグループでも、誰かが何かを書き込もうなら、どうでもいいことでも「素晴らしい!」の承認の嵐。それもまた気持ち悪かったので、「クソみたいな承認すんじぇね~よ」みたいな書き込みをしたら、数名から「クレームものだ」とのバッシング。だけど、これって素直な反応じゃないでしょうか(もちろん文脈ありきで、ここだけ切り取るとすげえ悪い奴みたいですが)。一方的に「成果が出なくて苦しい、意見聞かせろ」みたいなメールもらって、素直にどう感じるか。普通に言えば「クソ」ですよね。だけど、「いい人」はこうは言わない。相手は理由は何であれ苦しんでいる。その気持ちに理解を示し、なんとかしてあげることこそが人格者でありスピリチュアルってことじゃないか。そこで、どんな表現になるのかわかりませんが、「大丈夫ですよ~」とか心にもない返信をする。

 似たようなことが本当に多い。とかく「いい人」であろうとする。スピに限らず、「いい人」であることで、自分を守ろうとする。「お金を追わなくなったらお金が入ってくるようになりました」みたいな話に過度に反応するのもその手の人たち。確かにそのモードに入ったらそうかもしれないけど、最初は追う時期も必要なんです。しかし、「お金を追う=いい人じゃない」みたいな思い込みがあると、結局、「いい人」であることで人生を損することも多い。もちろん「いい人」がその人の本質であるなら何も言わないけど、自分らしさを殺してまで「いい人」を演じようとするのは本末転倒。

 黒斎さんの新刊の話に戻りますが、「いい人」の特徴はきっと「義務・犠牲・我慢」なんだと思います。本来の自分、本来のやりたいことを抑制してまで、「いい人」を演じようとして自分を苦しめる。だけど、昔はそれで成り立っていた。滅私奉公なんて言葉はあまりに時代錯誤かもしれないけど、70年代のスポ根漫画のように「努力・根性・忍耐」さえあれば、生活は向上していた。世の中は高度経済成長で、とにかく右から左へとタスクを流せる根性のある人間が認められていた。与えられた義務をこなし、会社や社会の犠牲となり、ひたすら我慢を重ねる人たち。しかし、言うまでもなく、そのような価値観にがんじがらめになってきた人は、バブル崩壊後から21世紀にかけて、世の中の変化に戸惑い始める。「義務・犠牲・我慢」、、、名付けて「3G」の価値観が通用しなくなってるんじゃないか。それで認められないばかりか、お金も入ってこないし、自分ばかり苦しくウツになってしまう。

 私の前にいた会社もその典型。それが悪いとはいいません。それも永久的にではないにせよ、社会において必要だからあるもので。だけど、私は合わなかった。「3G」で生きても、なんもええことないやん。少なくともオレは。2005年の頭にそのことに気が付いてしまい、次のステージを目指して退職した。そして私が選んだのが、「愛」と「感謝」と「楽しむ」こと。このブログのトップページも2008年から「LOVE & THANKS」になっています。「ENJOY」を付け加えたろか、と思わなくもないけど、ま、いいか。で、「LOVE、THANKS、ENJOY」で「LTE」。そう、通信業界が「3G」から「LTE」に変わったように、この世界もそのようにアセンションした。その意味では私も早い段階で「LTE」に進んでいて、どないやねん。考えられないくらい人生が楽しいじゃないですか。

 誤解しちゃいけないのは、「いい人→3G→不幸」ってことじゃないですよ。「いい人」はいい人だし、オレだって実は「いい人」だと思っています。そうでないと、セミナー満員にならないでしょって言われたばかり。だけど、無理して演じることはない。言いたいことを抑えてしまうこともあまりない。それで問題になっても、すべては自分の責任。ちょっとやり過ぎたと思ったら素直に謝る。そんなにこだわらない。それよりも、その時々で素直に心地よい選択をしているだけ。エンジョイしたいだけ。

 それにしても「3G」から「LTE」へのアセンションなる発想、誰かが言い出したことかな~と思って検索すると、黒斎さんのオリジナル発想であることがわかる。さすが。オレもなんかでパクらせてもらおう。とにかく楽しくいきましょうやってこと。人生、楽しんでナンボじゃないでしょうか。もちろん中には苦しむことを楽しんでる人もいる。頭の中に彼女がいて、15年以上、一途に思続けて苦しいって男もいたけど、彼は彼なりにそれで楽しんでるみたいだからいいじゃん。黒斎さんも書いてたけど、アセンションしたからって「LTE」を義務にする必要もなし。それならむしろ「3G」を楽しむ方がいい。同感。てなこと言うと、「楽しむってことを義務にしてませんか?」なんてくだらん理屈言う奴が出てくる。昔のオレみたいに。うるさいっての。ごちゃごちゃ考えんと、楽しもうぜ、はい。と言うわけで、いち早く読ませてもらいましたもんね~。言うまでもなく、おススメですから。そんなわけで、楽しくいきましょう。また明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-31 23:39 | ■精神世界


b0002156_17323294.jpg 先週の今頃は12名連続セッションにて、ヘロヘロしてる頃でしょうかね。7月は東京出張を皮切りに、出雲ツアー、大阪講演会、東京5日連続耐久セッションなど、かなり動きまくって充実した一か月でした。8月はまた後半から忙しくなる予定。22日の「東京セッション」は満席となりましたが、12日の「大阪セッション」はまだまだ空きがありますので、この夏に何かの突破口を開きたい方はお待ちしています。

 昨日も話に出たのですが、卓越した結果を残す人の特徴の一つに、「適切に他人の力を借りる」ってのがあります。すべて自力でやらなければ価値がない、と思い込んでる人もしばしばいるのですが、それが趣味ならいいのですが、結果にフォーカスする上では制限になります。反対に何でもかんでも他人の力を借りようとするのもまた問題。依存の癖がついてしまっては自分でどうにかする自由度が制限されます。つまり、「何らかの結果を得たい」という目標があったとき、「適切」に他人の力を借りれるかどうかが重要なのです。その点、私の場合は「適切」と言えるでしょう。自分でできることは最大限にやりますので、自分に必要な知識や情報がないとなると、そこはお金を払ってきちんと補うようになっています。例えば6月から白石さんにコーチングをお願いしてるのですが、最初は確かにお金を払いました。決して安くない金額です。しかし、それはものの数日で回収し、後はプラスしかない状態。もちろんこれは私自身のリソースもあったでしょうが、そのリソースをしっかりと引き出すには自力では不可能だったわけです。適切に他人の力を借りるってのはこんな感じかな。

 ですので、私の個人セッションについても、誰もに等しく同じ結果を保証するものではありませんが、個人個人において重要な「何か」を一時間でもたらすことは可能です。たった一つの「気づき」が人生を大きく変えることだってありますからね。依存にならない範囲で期待して頂ければと思います。ところで今日は夜、なつかしい人間と会っていました。初めて会ったのは私が20歳の頃。彼は中学二年生でした。当時住んでいた地元のオーケストラの団員で、私はクラリネット、彼はヴァイオリンを担当していました。あれから20年、今では彼はプロのヴァイオリニスト、ヴィオリスト、そして指揮者として世界的に活動しています。先日もニューヨークで棒を振ってきたとか。会うのは何年ぶりかな。12~3年ぶりで、その間、一度だけ偶然、私の知り合いが出てるオーケストラにいたので会った程度。一緒にお酒を飲むのは初めてだし、あれこれとなつかしい話も出てきました。

 まあ、それなりに立派になったな~とは思ってたのですが、中身は中学生のまんまでした。やたらとエロい話を聞きたがるところとか、32歳の感性とは思えない。当時、私は大学生で彼の実家がたまたま近所。徒歩圏内。彼はしょっちゅう親とケンカしては家出して、時には私の家に退避に来ていました。で、何するかと言うと、勝手にAVを漁ったり、エロい話をしてくれ~と言われてしたり、とか。それが中学生ならわかるのですが、今もほとんど変わってないことにビックリ。でも今日、改めていろいろ話をしていると、その当時の私の「言葉」が彼の信念にバシッと入っていて、それが彼を音楽の道へと進ませる原動力になったとか。

 私が大学4年の夏、そのオーケストラでは海外遠征がありました。実は私もその遠征で人生が変わってしまいました。演奏はプラハとウィーン。プラハではガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」を演奏したのですが、その時のピアノ独奏がジャズピアニストの山下洋輔氏、クラリネットソロがオレ、でした。今思うと、めちゃくちゃな経験でして、前日のパーティではスメタナ弦楽四重奏団の第二ヴァイオリン奏者の方が見えられました。私はスメタナ四重奏団とヨセフ・スークによるモーツアルトの弦楽五重奏曲が大好きだったので、もう、血が逆流するほどに大興奮しました。改めてオレって運がいいな~、当時から~、と思います。

 で、そのヨーロッパ遠征では、彼はもうオレにべったり。崇拝を通り越して、完全にストーカー状態でしたね。飯を食うにしても、オレと一緒じゃなきゃ気が済まない的な。そのとき、私がどっかで何か言ったそうなんです。何気ない一言ってやつ。それが彼の信念システムを揺るがしたそうで、それがプロの音楽家を目指す一因にもなってると、今日初めて言われました。一方で私は、ちょうどその頃は就職活動まっただ中。かなりの苦戦を強いられながら、一応、一社だけ内定は頂いてました。と言っても、ほとんどの人が内定はもらえる某教材販売の飛込み営業でしたが。そこはなんとなく嫌だったので、ヨーロッパから帰ったらまた就職活動再開です。とりあえず10日間は就職活動のことは忘れて、思いっきり楽しむぞ。そんなつもりだったのですが、旅をして、いろんな言葉や音を浴びているうちに、「これは人生、もっと楽しまなければ損じゃないか」みたいに思い始め、海外遠征が終わる帰りの飛行機では、「就職活動やめた!卒業後はアメリカに行く!」とか宣言していました。

 アメリカに行くと言っても、何かの目的があるわけじゃない。今ならば、どこに行くにしてもいろんな選択肢を考えられたでしょうが、当時はただ「行く!」だけしかない。そして遠征から帰るとさっそく大学の求人募集に「工場バイト」の案内があり、時給900円でそこそこだったし、すぐに応募。とりあえず夏休みの間だけと思っていたら、結局、8月から12月まで勤めました。他にも家庭教師とかいろいろやってたので、約半年で100万円ほど貯めてアメリカの資金となりました。

 そんな折、ある人と知り合います。1970年代にバックパッカーをやってた大先輩。沢木耕太郎の「深夜特急」以前で、小田実の「何でも見てやろう」や五木寛之の「青年は荒野を目指す」の時代。「青年は~」はシベリアから陸路で北欧に行き、そこでバイトしたり、女とやったりとかしながら、スペイン辺りに落ち着き、そこからアメリカに渡るってとこで物語は終わり。その方はシベリアから北欧、そこで皿洗いとかして、スペインへ。そこで仲間内のコミューンを作って、やはり女とやりまくったりして、そこからイタリア、ギリシャ、キプロス、トルコ、イラン、アフガニスタンなど通って帰国したそうな。その話を聞いてバチッと来た。アメリカとかどうせ無目的なんだから、世界一周していいじゃねえか、と。その発想はそれまでなかった。ちなみにその時、その大先輩の方からボロクソ言われまして、かなり酒飲んでたのもありますが、「オマエはクソだ」とか言われ放題。だけど、世界一周へのヒラメキをもらったことに大興奮してて、何言われても心地よかったです。

 そしていろいろ準備して4月にいったん大阪に帰省。そこでも10日ほどの短期の土方バイトなどして、プラス10万ほど軍資金をもって5月に旅だったのです。まずはアメリカはコロラド州。最初はNGOのホームステイプログラムに申し込んで、一か月ほどお世話になったのですが、その時のファミリーとは全員フェイスブックでつながっています。で、8か月半ほど放浪して帰国。もう、ザックはかつがん!(ザック=バックパックのこと)とか宣言しながらも、翌年にはまた同じザックとテントをもってアイルランドへ。自転車で一周。そのアイルランドにこの9月に行くのです。ヤバ過ぎですね。

 話を戻しますが、彼もなんやかんやと音楽の道で食ってるわけで、これって決して容易な道じゃない。それもどっかのオケ所属とか、先生とかじゃなくて、自分の演奏を聞かせることで食っている。確かにめちゃめちゃ儲かるってものでもないだろうけど、それでもやっていけてるのがすごい。生半可な信念じゃできないことですが、いろいろあるにせよ、何となく自然にやってる感じ。そしてこんな話をしました。結局、大丈夫なんですよって。自分のやりたいことをブレずにやってると、宇宙が味方してくれるんだって。おいおい、その境地に達してたのかよ。そりゃ、できないはずないね。私だってそう。2005年に会社辞めて、翌月に21日間のインド放浪。いろいろあったけど、結局、大丈夫って悟りを開き、その旅では一冊だけ本を持って行ってたのだけど、それともシンクロしまくりで、やっぱり宇宙が味方してくれるって「事実」につながったわけです。その一冊とは言うまでもなく「アルケミスト」。これを覚えるほどに読んだら、間違いなく宇宙となかよくなれるね。マジで。

 それはともかく、「宇宙」の存在を身近に感じるほど強いことはない。いろいろ大変なことはあろうけど、どこかで「大丈夫」ってことを知っている。だから、自分の好きなことやっても大丈夫。試練はあったとしても、その試練自体が自分を成長させる上で必要なこと。それを知ってるからこそ、大丈夫なんです。おそらく彼もまだ若いし、これからいろんなことをやっていくでしょう。久々に再会して、一緒にいて恥ずかしくなるほどの精神年齢の低さだったけど、だからこそ、いい。大人になんかなる必要なし。一生好きなことやって、人に迷惑かけて、それでも人から喜ばれて、感動して涙流しながら生きてりゃ最高じゃん。その彼の演奏がYouTubeにいろいろあがっていました。ブラームスのシンフォニー全曲演奏会とかやってたんか。指揮してるのがそいつで、これがプロフィールね。



 最高じゃねえか。奴も奴だけど、オレもオレで好き勝手やってる。いい人生だと思います。今日は最初の店で寿司を食って、二件目はオレの大好きなバーでカクテル。三件目は彼の家の近所の小さなバー。どうやら奥さんに締め出されたとかで、おいおい、何やってんだよ。中学生の頃と変わってねえじゃん。家出して俺ん家に駆け込んできたときと変わってねえ。で、結局、家には入れてもらえなかったようで、近くの屋台でラーメン。今日はかなり飲んだ。フラフラ状態でタクシーに乗りました。楽しかった。熱かった。また飲みたいね。今度は当時の仲間ともいろいろ。最高の人生に乾杯。そうそう、8月2日夜の福岡飲み会もまだ席ありますので(ツアー、セミナー参加者限定)、よかったらお待ちしてます。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-30 23:39 | ■精神世界


 今日は昼からセミナーに参加してきました。最近関心を持っている「ブレインコピー(ブレコピ)」なる技法に関するセミナー。本はこちら。通常、成功者に「成功の秘訣」やらを聞くと、確かに教えてはくれます。しかし、それは言語化できるレベルの「やり方」にとどまり、割合としては全体の2割以下。本当に効果のある「成功の秘訣」とは残り8割以上の「感覚」と「考え方」にあり、ブレコピはその「無意識」の中にある言語化できない本当の「秘訣」を取り出し、コピーすることにあります。

 上手くいってる人は何で上手くいってるのだろう。2005年に独立して以来、私のテーマの一つでもありました。「考え方が人生を決める」とはずっと言い続けてることですが、では、どんな「考え方」をすればいいのか。それがわからないことには、望ましい方向に進むのは困難。しかし、成功者と言われる人は、その「考え方」を教えれくれない。別にケチってるわけじゃなく、自分でも気づかないから教えられないのです。「名プレイヤーは名監督にあらず」と言う言葉がありますが、名プレイヤーは何も考えずに卓越した結果を出してしまうがゆえに、できない人の理由がわからないのです。先日、お医者さんの会合にて講演をさせてもらったとき、依頼主の先輩が言われていました。その先輩は勉強はもちろん、吹奏楽部でもプロ並みに楽器が上手く、当時からどの芸大生よりも上手いと言われる人。その先輩が言うのです。「当時はなぜみんなが吹けないのかまったく理解できなかった」、と。私からすれば、なぜそんなに軽々と上手に吹けるのかまったく理解できなかった。そしてそれが大多数だと思います。

 しかし今ならわかる気がします。卓越した人はそれなりの無意識があるってことを。身近でいうと、私の兄や弟はめちゃくちゃ勉強ができ、私はできなかった。だけど、その理由も今ならわかる気がするのです。強引に言ってしまえば、すべては脳科学。無意識の使い方、つまり「脳の使い方」が並の人たちと違っていて、と言うことは、その「脳の使い方」をマスターすれば達人の卓説性に近づける。そういう理屈です。わかった。理屈はわかった。とりあえず乗り掛かった舟なので、もう少し勉強してみようと思います。秋から福岡、大阪、東京で連続講座があるので、例によって日程は合いませんが何とか参加しようと思います。

 ふと思ったのですが、私って今まで、いろんなセミナーに参加して、ようやくとその総額も300万円は超えた気がするのですが、ある程度の長期の高額セミナーの場合、どれも「中途半端」な参加方法なのです。中途半端と言うと誤解を生みそうですが、一つの講座に対して最初から最後まできちんと参加したことはほとんどなし。もちろん全課程には参加するのですが、2006年に参加したNLPも平日と休日のミックス。昨年のセラピスト講座も平日と休日。先日のコーチング講座は名古屋と東京。そしてこの後のブレコピも福岡、大阪、東京のミックスになりそう。「日程合わないな~」とか思ってたら、実は私のパターンってこんなのばかり。だからこそ、いろんな人と交流出来て、中にはめちゃくちゃ幸運な出会いがあったりもするのですが。そんなわけで、秋からはその辺を勉強してみようと思っています。

 秋にはどんな人生が開けているか、とても楽しみです。ところで、今日の講師である宮園氏から言われたのですが、私っていわゆる「成功者の考え方」をしてるのだそうです。自分でも何となくそんな風に思いながら、どこがどうとかの自覚はありませんし、言葉で伝えるのもまた容易じゃありません。もちろん、「これだろう」というのはあります。しかし、それを一言で、と言われると難しい。その一方で、このブログにすべて書かれてあるとも言えます。

 ハッキリ言います。今の私はめちゃめちゃ恵まれています。収入は個人としてはそれなりに高いと思います。少なくとも自己投資にケチる感覚はありません。100万円くらいなら、それが自分の成長のためと思うなら躊躇はありません。健康はどうか。最近体重も減ってこのまま進めば、まず間違いなくメタボも解消されるでしょう。健康診断で赤字が出るのは、すべてメタボに関する項目。医者からもそう言われました。それ以外には持病やらもないし、改善点は明らか。そして今、みるみると改善しています。人間関係はどうか。悪くない。いや、かなりいいと思います。熱く語れる友人は多いし、何より嫌いな人間と付き合う必要がない。これはいいですよ。嫌な人間がいるのは、主に仕事場と近所。まず、近所にはいないから隣人トラブルもなし。仕事については、自分で選べるので、嫌な仕事、嫌な人間は徹底的に避けることができる。昔はそうじゃなかったけど、今はそう。そして何より家庭に恵まれている。いい奥さんと可愛い子どもたち。本当にハッピーに満ち溢れています。

 そしてこのような現実を作ったのは、すべて私の「考え方」が原因。そんなこと言うと、また「周囲に対する感謝がない」と言われそうですが、話を簡略化するためにあえて言わせてください。すべては自分次第。幸も不幸も自分次第。その大原則に則って言うと、すべては「考え方」にあります。もちろんその「考え方」の中には「感謝」もあり、私はいつも、一人になると宇宙に向かって感謝しています。いつもありがとうございます、と。ほんとですよ。と言うか、感謝するしかないのです。バスに乗ってるとき、お風呂に入ってるとき、布団に入ってるとき、何となくボーっとしてるとき。いつも宇宙に対する感謝。それしかすることないし、感謝の気持ちでいると、本当に悩みとかない。何でもできる気がする。宇宙から無限の力を得られそうな気がする。そして現実にどんどん人生を思い通りに切り開いてきた。

 宮園氏から言われたのが、「Qさんがセミナーやったら、Qさん自身がモデルやからいいですよね~」、と。否定はしません。もちろん私と同じになる必要はないのですが、私の「考え方」はぜひパクッて欲しいと思います。ちょっとセルフブレコピしてみましょうか。少なくとも今の私並みにハッピーになるために、「やってはいけないこと3つあるとすれば、何か?」。

1.我慢すること
2.自分の力を過信すること
3.人目を過剰に気にすること


 さっと出てきたのはこの3つ。では、「あえて、この3つをやってみたらどうなるか?」。

1.自分のしたいことができなくなる、制限がかかる
2.宇宙の流れに乗れなくなる、宇宙の力を借りられなくなる
3.委縮して本当にすべきことができなくなる


 簡単ですが、見えてきました。「自分のしたいこと(1)」、「本当にすべきこと(3)」ができなくなるのが嫌だ。そしてそれは自分でやってると言うより、「宇宙の流れ、宇宙の力」によってさせてもらってる感覚。つまり、こうなります、


「やりたいと思ったことは、すでに宇宙の流れにあるものだ」


 これが私のベースでしょう。確かにね。「やりたい」と思ったことは、私のエゴや欲望ではなく、単純に「やりたい」と思ってて、まるで宇宙が私に運んできてくれたような、そんな感覚さえあるのです。私の中では「『やりたいこと』がやってきた」みたいな感覚。で、ほとんど我慢しない。昨年の秋、いきなりバックパッカーで出てみたくなり、東京出張の合間をぬってシンガポール・マレーシアに行きましたが、次男が産まれて一か月と言うのに無謀な、、、と言われながらも、どっかで「行かなければ宇宙の流れに乗れない」みたいな感覚さえあって、むしろ行くことが私だけでなく次男、長男、妻のためになる、、、くらいに思い込んでたのです。

 だって、私引きずりますからね。昔からそうですが、「やりたいこと」をさせずにいたら、めちゃくちゃ無口になってウツっぽくさえなる。なんとも身勝手な理屈と思われるでしょうが、実際にそうなのんです。私は「やりたいこと」をやるのが自分や周囲に対してベスト。我がまま勝手に見えますが、「やりたいこと」をやらずにウジウジしてるより100倍いいでしょ。そう言えば、先日のコーチングセッションにて、ある業界の方ですが、「我がままな奴ほど成功してる」って言われてました。いいですね~、いいこと言われますね~。真実だと思います。

 話は戻りますが、ようは「やりたいこと」が出てきたってことは、それは自分で出したんじゃなく、宇宙が持ってきてくれたこと。そうである以上、やらないのは宇宙に対する裏切りでしょ。宇宙を裏切るような人間が宇宙からの助けを得られるはずないじゃん、、、なんて哲学が私のベースにあるようです。ようするに、私は「宇宙となかよし」ってことですね。はい。常に宇宙を身近に生きている。感謝しかないじゃないですか。

b0002156_16362380.jpg まあ、とにかく、せっかくですので、私の「考え方」をぜひパクッてください。悪いようにはなりません。そのためには、このブログをとりあえず今からでも毎日読む。そしてときどきメルマガで配信される音声セミナーを何度も聞く。ここ最近、配信していませんが、近々、また出しますね。伝えたいことが山ほどあったりしますので。そしてできたら会いに来てください。数年前から「人間パワースポット」と言われまくってまして、最近はさらにそのパワーに磨きがかかっていますので。正直言います。私と会ったら「いいこと」が流星の如く降り注いできます。かなり前の話ですが、言います。ある女性、「いいこと」が起こり過ぎて、余裕資金で買った株が私と会った直後に高騰して、それも毎回のように起こるので、思わず、、、、ってことがありました。「、、、、」は想像してください。なんて言うと、良からぬことを想像されそうなので、言いますと、振込口座教えてください!なんてことまでありました。それだけ、私と会うと「いいこと」が起こるのです。

 で、こんなこと書くと、もうちょっとアクセスが多くて、2ちゃんでも定期的に取り上げられるようであれば、「またQがバカなこと書いてる」とdisられるところでしょうが、バカなので仕方ありません。それでも本気で思ってますからね。なんでやろ。そう思ってるのは否定しようがないもんね。そんなとこでございます。ではまた明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-29 23:39 | ■精神世界


 今日は眠い一日だった。いつものように朝6時に起きてスイカ食べていろいろやって。午前中は本でも読もうと横になった瞬間、いつの間にか寝てしまい。昼は野菜チャンポンを食べて、ちびQと公園に遊びに行きましたが、買い物も済ませて2時間くらいして帰ると、また寝てしまう。合計すると3~4時間は昼寝してたと思うのだけど、これでようやくとエネルギーチャージが完了したように思います。私の場合は「眠い=睡眠不足」では必ずしもなくて、エネルギーを使い過ぎた後にやたらと出てくる眠さ。大阪から東京にかけての怒涛のスケジュールでかなりエネルギー消耗したようで、そのための充電時間が必要だったんですね。ほんと、自分でも感じるんですよ。携帯電話の充電じゃないですが、まさにそんな感じでそろそろ電池切れるぞ~みたいな感覚が。そして充電するには「睡眠」しかありません。身体は正直で、睡眠させるためにわざと熱出したりもするようで。すごく素直な身体になっています。

 さて、休息はこの辺にして、明日からまた活動開始。明日はまたとあるセミナーを受けに行くのだけど、本格的な活動再開はお盆明け。それまでいろんな勉強をしていたいと思っています。遊びは飲み会も。ところで昨日書いた、

・怒り:大切なものを守るために必要(今)
・悲しみ:失ったものを乗り越えるために必要(過去)
・恐れ:危険から身を守るために必要(未来)

ですが、目から鱗的な感想をいくつか頂きました。「喜び」を否定する人はいないと思いますが(「喜んではいけない」ってビリーフを持つ人はいいますが)、これらの「怒り」、「悲しみ」、「恐れ」はどうも否定される風潮があります。特にスピリチュアル系では。何となく「スピリチュアルな人」って、いつもニコニコ、怒らない、悲しまない、、、みたいな一般イメージありますよね。「悲しまない」はそれほどでもないかもしれませんが、「怒らない」なるイメージはかなり強い。腹の立つことがあっても、スピリチュアルな人はその大きな器で「怒り」を吸収してしまう。スピリチュアルになれば宇宙とつながる。そして願望が次々と叶って幸せになれる。だからスピリチュアルであろう。そのためには「怒り」を抑えて生きよう、、、なんて極端な話ではありますが、いずれにせよ「怒らない」の信仰は強いようです。

 何度も言いますが、「怒り」は「大切なものを守るために必要」な感情です。よく出す事例なんですが、高校の時、いつの間にか中退していた同級生がいて、ついこないだ、その理由を別の同級生から聞かされました。原因はイジメだそうです。ただ、イジメてた連中とは普段は仲良いように見えていました。学校を辞める決定打となって事件があったようで、それはその男子を全裸にむいて女子教室に放り込んだことらしい。あまりにも低レベルで情けなくなる話ですが、目に浮かぶかどうかで言えば、浮かぶ。そしてそうされたとき、その彼は笑っていたと思います。笑って終わるのを待つしか自分を守る方法がなかった。

 ですが、本来は自分の自尊心を奪われてるのですから、命をかけてでも怒るべき。本気になって怒ったら、イジメてた連中も気が付くでしょう。奴らもまたヘタレな連中でしたし。だけど、怒ると逆に千倍返しとまでは言わずとも、教室には居づらくなる。独りぼっちになるくらいなら、怒りを鎮めて笑っていた方がいい。そのように決断したのでしょう。しかし、その「怒り」はどうなってしまうのか。「喜び(笑い)」によって昇華されるのか。いえ、されません。その「怒り」はずっと体内に留まってマグマのようになりを潜めています。

 「堪忍袋の緒が切れる」とはよく言ったもので、そのマグマのような「怒り」は溜まり過ぎると、突然、ブチ切れることがあります。サラリーマン時代のこと、ある上司と車で客先から帰る車中、私は運転していたのですが、その上司はいつものように缶ビールをプシュッと開けて飲み始めました。それはそれでいい。ただ、そうなるといつも説教タイムが始まります。まずは私の仕事の仕方や態度等について。それはわかります。しかり、次第に矛先は私に向いてるのですが、内容がぜんぜん別の方向に。私じゃなく会社や自分の上司に向けられてることは明らか。私は、「はい、はい」と聞くしかない。一時間もそうやって説教された後、その上司が言いました。「あー、スッキリした」、と。そして眠りに入って事務所に着いた頃にはケロッとしています。

 とんだとばっちりではあるのですが、今思うと、その上司はそうやって感情処理してたのかな、と。確かに周囲は迷惑かもしれませんが、本人にとっては健全な姿勢だとも言えます。しかし一方で、その本来出すべき「怒り」を出さずに溜めっぱなしにしていたらどうなるか。その「怒り」の矛先は次第に自分自身に向くようになります。その結果、心身を著しく害したり、例えば「ウツ」であったり「ガン」であったり。「ウツ」や「ガン」の人のほとんどには「存在してはいけない」のビリーフがあり、それを固めているのが「怒り」をはじめとした、自分を適切に守るための感情。と言うことは、体内に溜まっている「感情」をしっかりと処理すれば、それらの症状も軽減される、場合によっては治るかもしれません。

b0002156_11454993.jpg そもそも「怒り」とは「宇宙」の根源たる大日如来の化身である「不動明王」の本質です。不動明王のあの形相は「怒り」を表しています。その「怒り」の矛先は悪や無明に向けられているのでしょうが、私の滝行をするとき、必ず不動明王真言を3回唱え、不動明王の印を組んで入ります。そうやって、自分自身の「無明」を斬り、素の気持ちで入ることが望まれるのです。なので、もし、不動明王の真言を唱えずに入れと言われても無理でしょう。般若心経や祝詞を唱えずに入ることはあっても、不動明王真言なしはあり得ません。お不動さんはマストです。そこでは不動明王の「怒り」のエネルギーをお借りします。そしてそれは言うまでもなく、私自身の中にある「怒り」のエネルギー。ですので、気が付けばですが、私は「怒り」を感じることはありますが、それらはすべて滝の中で出しきっていた。だからこそ、ブログに「クソ」とか書く程度で、普段はほとんど怒ることがない。ものすごくきちんと処理されていることがわかります。

 怒りには怒りの表現。悲しみには悲しみの表現。恐れには恐れの表現。そして喜びには喜びの表現。4つの感情が「素直」に外に出るようになると、そこには宇宙の根源たる「大日如来」につながる。つまり、宇宙と一体化するのです。その結果、願望は何でも叶うし、真の意味での幸せを実感できるようになるのです。不動明王様、、、いつもありがとうございます。そんなわけで、来週あたりからまた滝行に入りたいと思います。今度はまた何かさらにチャレンジしたいと思っています。ではまた。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-28 23:39 | ■精神世界


 今日は朝から家族で川遊びに行ってきました。ちびQは夏休みに入って、それでも平日は預かり保育ってのも利用してるのだけど、当然のこと、家でじっとしてるような奴じゃない。すぐに外に遊びに行こうと言うので、今日は近所の川。すごくきれいってわけじゃないけど、都会の近くにしては十分に遊べる自然の川。福岡は本当にいいところ。100万人の大都市を中心に、すぐそばに海も山もある。川もある。そして滝もある。修行できる滝もある。最近はよく「東京に住まないんですか?」って言われることも多いのだけど、この環境は捨てがたい。と言うか、私の場合は東京だけじゃなく、半分は大阪も行きますし、名古屋も沖縄も札幌も沖縄もどこでも行きますから、東京に限定する理由はないんです。だったら、利便性だけでなく、快適性から福岡はベストですね。何だかんだと、東京も大阪も飛行機ですぐですし。
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 さて、朝からスイカ食って体重もいい感じに減ってるし、収入もますます上がるばかり。お盆明けからまた忙しくなるので、今のうちに充電しとかないとですね。とにかくですね、今回の東京出張でたくさんの方との面談・セッションを繰り返してきて、やっぱり一つの事実を改めて確認することとなりました。それは「ハッピーになるのは簡単」ってこと。幸せな人と不幸な人(不自由な人)の違いはどこにあるのか。それは「感情」にある、が結論。某コーチング講座のFBグループの投稿もすごく参考になるのだけど(リアルケースとして)、当たり前の話として、人は誰もが幸せになりたい。では、幸せな感情とは「4つの基本的感情」である「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」のうちどれか。言うまでもなく、「喜び」ですよね。つまり、「幸せな人」とは「喜び」を常に素直に表現している人のこと。これが結論です。

 しかし、それがなかなかうまくいかない。感謝しましょう、許しましょう、笑いましょう、、、とは確かに幸せになるための真実ではあるのだけど、そう言われて、素直に「はい!感謝します!許します!笑います!」と実行できるなら、その人はすでに幸せな人。不幸とは対極にいる人。問題は、「そうは言うものの・・・」じゃないですか。確かに表面的に「ありがとう、許します、楽しいです」とは言えるけど、実際にはその手のセリフを言えば言うほど苦しくなるって人、私、何人もお会いしてきました。それもそのはず、「喜び」に代表されるそれらの肯定的な感情は、そもそもその人にはない(極めて少ない)のですから、無理やり乗っけても、その一瞬は楽かもしれませんが、徐々に「本物の感情(怒り・悲しみ・恐れ)」と「偽の感情(喜び)」とのギャップが広がって苦しくなる。このギャップのことを「心のコリ」と呼んだりしてるわけですが。

 もちろん「4つの感情」は人生においてどれも重要だからあるんです。「喜び」は生きるために必要。それは疑いないですよね。では「怒り・悲しみ・恐れ」は何のために必要か。何度も書いてきましたが、改めて書きます。これはテストに出ますので、しっかり覚えていてくださいね。

・怒り:大切なものを守るために必要(今)
・悲しみ:失ったものを乗り越えるために必要(過去)
・恐れ:危険から身を守るために必要(未来)


 「怒り=今」、「悲しみ=過去」、「恐れ=未来」なる時間軸のマッピングについては、今日、気が付きました。人は誰もが「大切なもの」を持っています。お気に入りの筆箱からペットや友達、家族、そして自尊心、命まで。例えば「筆箱」にしましょうか。もし今、そのお気に入りの筆箱を、他人が奪おうとしている。奪われないためにはどうすればいいか。しかも、言って聞く相手じゃない。そのときは「怒り」を出すしかありません。「怒り」とは攻撃のこと。攻撃によって筆箱を守るのです。もちろん攻撃は最後の手段かもしれませんが、その「最後の手段」を持っている人とそうでない人は、自分で守れる範囲がまったく異なります。普段は大人しい人でも、何となく凄みがある人って、その「最後の手段」を持っている。「怒らせると怖い」って人がそうですよね。

 つまり、「怒り」とは今、この場で大切なものを守るために必要。次に「悲しみ」とは、過去に失ったものを忘れる、乗り越えるために必要。人間、生きてると必ず何かを失います。奪われることだってあるでしょう。筆箱だってなくなります。いつかは。大切にしていた筆箱がなくなった。子どもはそれで泣きます。当たり前の感情。取り戻せるなら取り戻したい。だけで、できないことだってある。それこそ川に流されることも。諦めるしかない。新しく買えばいいけど、思い出の詰まった筆箱だった。そのときは思いっきり悲しむことで、その辛さを乗り越えるのです。そしてスッキリしてから、また次の筆箱を買えばいい。次のステージに進めばいい。

 最後は「恐れ」ですが、これは未来に対して、奪われる(失くす)んじゃないかという危険から回避するために必要。筆箱の例を続けると、昔、川原でお絵かきしてるときに失くしてしまった。だから、次は絶対に失くさないように、川原でお絵かきしてても、しっかり鞄の中に入れておく。そうやって、人生の要所要所でしっかりと感情を上手に「使い」ながら生きていくんです。

 だけど、世の中にはこの「使い方」が下手な人がいる。例えば、

A1.筆箱を奪われそうなときに泣いてしまう(怒り→悲しみ)
A2.筆箱を奪われそうなときに脅えてしまう(怒り→恐れ)
B1.筆箱を失ったのにいつまでも当り散らしている(悲しみ→怒り)
B2.筆箱を失ったのになぜかなくなることに脅えている(悲しみ→恐れ)
C1.筆箱は今あるのに無駄に威嚇して守ろうとする(恐れ→怒り)
C2.筆箱は今あるのになぜか泣いてばかりいる(恐れ→悲しみ)


のごとく、「X→Y」のように「X」という「本物の感情」を「Y」という「偽の感情」が覆い隠している。これが「代理感情(ラケット感情)」と呼ばれるもの。

 本来であれば、

「筆箱を奪われそうなときは怒れ!」
「筆箱を失ったなら泣け!(悲しめ!)」
「筆箱がなくなりそうなら恐れろ!(大切にしろ!)」


ってことじゃないでしょうか。だけど、いろんな環境要因で「怒るな」、「悲しむな」、「恐れるな!」なるストローク(言語的・非言語的態度)を続けられると、本来、出すべきはずの「感情」が交錯してしまうのです。ケースとして多いのが「A1」、「A2」、「B1」でしょうか。そうなると、本来は処理され消えてるはずの「感情(怒り、悲しみ、恐れ)」がいつまでも残っている。もう一度言います。「残っている」のです。

 では、「怒り」が処理されずに残っているとどうなるか。その「怒り」を実現してくれる現実ばかり引き寄せられるのです。同様に「悲しみ」が残っていたら「悲しみ」を実現してくれる現実ばかり、「恐れ」が残っていたら「恐れ」を実現してくれる現実ばかりが引き寄せられるのです。それがまさに「引き寄せの法則」です。

 だから、根底に「怒り」があるのなら、いくら笑ってもダメなんです。「怒り」に対して「喜び」なる「代理感情」を被せてるですから、どんなに「ありがとう」と言ってもダメ。順番があるんです。先に「怒り」をきちんと出してから。それで処理してから「喜び」を見つけ出す。もうね、めちゃくちゃ多いです。このパターン。特に多いのが、女性がたくさん来られるからもあるでしょうが、「怒り」をものすごく溜めているケース。そんな人たちが、どんなに笑顔教室に通っても、どんなにハッピーワクワクキラキラセミナーに参加して無駄。一時的なごまかしにしかならない。もちろん時間をかければどうにかなるのかもしれない。だけど、私はそんなに気が長くもないので、もし今苦しいならば、その苦しさを早く取り除きたい。ワクワクキラキラはさておき。

 だからこそ、セラピーでは「怒りのヒットポイント」を探し出して、それを適切にまずは出してもらうんです。もちろん、セラピー中には出しきれないし、そもそも出すこと自体が難しいって人も多い。そんなときは、「じゃあ、まずは試しにやってみましょうか」くらいの感覚でちょっとずつ練習してもらうところから。だけど、一度出すと、それがまた出てくるもんです。

 で、「怒り・悲しみ・恐れ」については、これがまた素晴らしいことに、出すとなくなるんでしたよね。ある程度出して、一度、スッキリしてもらってから、そこで初めて「人生の再決断」の儀式に入るんです。それがビリーフチェンジね。で、もしここでしっかりチェンジできたらどうなるか。人間に本来その備わっている「喜び」が出てくるんです。そしてその「喜び」をどんどん増幅させる。ここからは私の本領発揮で、おそらく私のセラピーでしか登場しない、ある「秘儀」に入ります。来られた方はおわかりですよね。あれです、あれ。「〇〇を〇ん〇く」です。今日はあえて伏字。これはすごいですよ。動かない筋肉を動かしちゃいますから。つまり、潜在意識の筋肉を動かすワークがあるんです。たったの0.5秒で。

 そうやって「なりたい自分」をインストールする。それで「喜び」が刺激され、どうなるか。「喜び」を証明する現実が引き寄せられるんです。私のセラピー(コーチング)の直後に「いいことがありました!」って報告をいつもたくさん頂くのだけど、当たり前じゃん。偶然じゃない。だって、「喜び」の感情を出してるんだから、それを証明するために現実がやって来るのは当然。科学です。で、「喜び」はほかの3つと違って、出せば出すほど増える。雪だるまのように。その結果、最初は少しの「喜び」がそれを証明する現実を引き寄せ、感情はさらに喜ぶ。すると、ちょっと大きくなった喜びを証明するためにまた新たなハッピーが引き寄せられ、さらに喜ぶ。すると、またさらに大きくなった喜びを・・・てな具合に、どんどん加速するんです。一番の事例はオレです。楽しいことしか起こらなんで、収入増えて当たり前でしょ。

 そして私のセミナー、セッションの着地がこれ。「雪だるま」になること。もちろん、怒りなどの雪だるまはダメよ。「ハッピー雪だるま」になること。そうなったら、もう完全にセミナーも卒業。喜びを増大させるためにツアーに来てください。もちろん、最初からツアーでもいいですが、ま、せっかく「ハッピー雪だるま」になったのに、付き合いが終わるの寂しいじゃないですか。だから、ま、ツアーとか飲み会とかやりましょうってこと。オレのミッションは「ハッピー雪だるま」をたくさん生み出すこと。いいね、書いてると、明確になってきた。これから先もたくさん「ハッピー雪だるま」とお会いできるのを楽しみにしています。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-27 23:39 | ■人生哲学


b0002156_0421792.jpg 体調はほぼ回復。一応4日分の薬をもらってるので、医者の言いつけ通り、今回はきちんと飲むことにします。気がつけばあっという間に月末ですね。7月は華麗なる幕開けでして、先月ほどではないけども、収入も満足いくレベルには到達しました。いつもサラリーマン時代の年収が基準になってしまうのだけど、先月ははるかに超えたのに対して、今月はもう少しってとこでしょうか。だけど、税金のことを気にする程度には十分。これまでハッタリばかりかましてきたのが、それなりに現実になってるわけでして。そうそう、来月、とある某所でセミナーをやります。スピ系超有名ブロガーさん、イケメンベストセラー作家さん、大御所スピ系エージェントさん、怪しげなスピ系投資家さんなども最近はかなり出入りの激しいコミュニティスペースでして、その名も「お金とスピリチュアル」とド直球。

 なに調子乗ってんだい、って感じですが、実際、聞くも涙の話で、2005年に独立してからずっと悩まされ続けてきたのが「お金」だったために、それなりに語る話も盛りだくさんでして。もっとも、「悩まされ続けてきた」と言うほどでもなくて、もちろん「状況」だけ見たら、普通の人から見たら発狂しそうなこともあったけど、どっかで「宇宙」を信頼してるとこあったので、自分でも不思議なくらい平然としていました。2~3回はカードでリボキャッシングもしましたが、それでも大丈夫って安心できるこのマインド。これが私の最大の武器だったとは思います。その結果、その通りの現実が次々とやってきて、今年になってからかな、現実的な意味においても「お金の不安から解放された」って実感と事実を得ることができたのは。

 そのセミナーでは内容ばかりはかなり大風呂敷広げてて、中には「『考え方』だけで月収300万円を突破した秘訣」なんて話もあり、ほんと、その程度で調子乗んなって感じではありますが、でもやっぱり、この話聞いて人生逆転できる人が参加者20名のうち1~2人はいると思うから、話せざるを得ないじゃないですか。そう、参加者20名で価格も私のにしては激安なので、おそらく主催者側で集客が完了するとは思いますが、ま、似たようなのはまたやりたいと思っています。だけど、最近はお金とか婚活とかビジネスとかコーチングとか、割と3次元的なことを中心にやっていたので、たまにはその辺の制限をすべて外して、ぶっ飛びスピリチュアルなワークを思う存分やってみたいじゃないですか。そのスペース自体がすでに私でさえもドン引きするようなイベントやってるので、ちょっとやそっとじゃぶっ飛んでくれないと思いますが、私なりにその辺の基準も上げてやってみたいと思います。

 ちなみにどこにも書かれてないと思いますが、今年限定の「マントラ(真言)」と「印」ってのが実はあるんです。厳密には12年に1回限定、、、と言えばお分かりと思います。干支です。つまり今年はヘビ年ですよね。ヘビと言えば「弁財天」のお遣いと言われています。字の通り「財」の神様。「マントラ」は「おんすらすばていえいそわか」ですが、「印」が12年に1回なのです。知りたいですか。それ知っちゃうと、余裕で月収300万円超える、、、とは言いませんが、100万はいくんじゃないでしょうか。だけど、これはブログには絶対に書いてはならないこと。今これを書いてる時点で背筋がヤバいのですが、しかるべき時としかるべき場としかるべき人のタイミングが揃えば伝えられるんじゃないかな。なので、くれぐれも「印を教えてください」とは言わないでくださいね。言われた瞬間に耳ふさいで逃げますから。なんせ神様ごとですからね。

 ・・・てなこと書いてると、すげえことひらめいた。今ひらめいたワークやろ。そのセミナーで。自主開催でもちょっとできないワークだね。完全に怪しいのOKの場ができてないと無理。何だかんだと普段の私は普通ですからね。言動もマトモだし。だけど、やっぱりどこかにはあるんです。一切の制限外してぶっ飛んだことやりたいな~とか。もっとも、人を傷つけたりとか、チ○コやア○ルを出したりとかはしませんが。あと、服も脱ぎません。だけど、それくらいの基準でなんかやってみたいとは前から思ってたところにこの話がやってきたのですよ。儲けとかいらん、ただ、純粋に「やってみたい」と思うようなこと。クレームは私じゃなくて主催者に言ってくれ。そんな逆ギレも辞さないワークをやりたい。いいじゃないですか。では、どうやったらそのワークに参加できるのですか。知りません。私はただそこに行くだけなんで。

b0002156_0524539.jpg と言う感じで、いろいろ面白い展開も起こりつつ、そろそろ8月ですね。ほんま、充実してますわ。4月27日から完全に流れが変わったね。現実的な意味においても。その後も次々と予期せぬことが引き寄せられて、また、これからどんな展開になろうことか、ハンパなくワクワクします。やっぱ、ワクワクなんですよ、ワクワク。今、ヤフーニュースの見出しに「マー君、14連勝に「ヤバイ」」ってあって、「まーくん、なに14連勝してんだよ?」って思わずつっこんでしまったオレの脳もそろそろ末期だね。ここで反応してしまった男子は匿名でいいからコメントね。

 とにかく、ワクワクですね。この話は何度しても、し足りないくらいだけど、人間の感情って基本的なのが4つあって、それが「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」。「ワクワク」ってのは、バシャール訳の前は「エキサイティング」のことで、単なる「興奮」のこと。つまり、赤ちゃんが最初に得る感情のこと。そこから「快」と「不快」に分かれて、「快」が「喜び」に、「不快」が「怒り」と「怖れ」になって、そのちょっと先に「悲しみ」があるってのが学術的な見解。だからころ、「ワクワク」には「恐怖」の感情とも結び付いている、、、なんて説明がされるんでしょう。ただ、日本語訳の語感だかからすれば「ワクワク≒喜び」と考えていいので、「ワクワク」の感情はそのまま「喜びの現実」を引き寄せるんです。だけど、セラピーやってて何度も何度も見てしまうのだけど、奥深くに「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」があるのに、それを表面的な「喜び」で隠してしまってる人が多い。

 本当はめちゃめちゃ怒ってるのに、「いい人」であれと幼少期から洗脳されて、「怒り」とかの感情を覆い隠してしまっている。そこで出てくるのが「不気味な微笑み」です。微笑むことで奥深くの「怒り」などの感情を見られないようにする。あえて「不気味」って言葉使ってますが、ピッタリの言葉だと思います。ようは、顔は笑ってるのだけど、目が笑ってない。何となく歪んだ笑い。一般に「笑顔がいいですね~」って言われる人の中にも、割とよくいるんですよ。口元はすごく笑ってるのだけど、なんかなあ、、、って感じの顔。この「なんかなあ」の感じを出させるのがまさに「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」の深い感情です。セラピーやってて一番嬉しい瞬間は、セッション中に奥底にあったいろんな感情と向き合い、そこで頑張って頑張って出してもらって、ビリーフチェンジした後に出てくる「自然な笑顔」を見たとき。それが見たくてセラピーやってます的なとこもあるんです。だから、いいのか悪いのかわかりませんが、終わった後、意図的に笑わせるようなこと言ったりしたりするのもまた、私のサービス精神と、ちょっとした私自身の安心のためかもしれない。

 でもまあ、笑って帰ってもらうのにこしたことはないので、とりあえず今のままでいこうとは思ってます。つまりですね、その最後に出てくる「自然な笑顔」こそが真の「喜び」であって、それが出た瞬間から人生は変わると確信しています。もちろん一度ですべてがガラッとわかるとは保証できないけど、これも何度も言うように「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」はそれが本当の感情である限り、適切に外に出せば消えるもの。それに対して、「喜び」は出せば出すほど増えていく。これがハッピーの本質なんです。
 
 「怒り」などを覆い隠した「不気味な微笑み」を続けている限り、その奥の本当の感情、例えば「怒り」にふさわしい現実が引き寄せられる。笑おうと努力すればするほど、奥底の「怒り」は逆に増幅する。だからなのです。どんなに笑おうとしても、「ありがとう」と何度言っても、なぜかますます不幸になる気がするのは。いわゆるインナーマッスルレベルから笑ってるのであればいいけど、そのインナーマッスルに「怒り」が凝り固まっていたら笑いどころじゃない。だから、解決策は真っ先に「怒り」等を外に出すことなんです。ただ、ゼロにはできません。ゼロにしてしまうと、本当に必要なときに出せなくなるし、そんな状態にはなりっこないので、ある程度は残しててOK。だけど、自分を攻撃するような「怒り」があれば、それはまずは出す。

 で、最後の最後の「自然な笑顔」が出る。これが本当の「喜び」であって、この感情(いわゆるワクワク)につながっている限り、不幸なことは絶対に起こらない、、、となるのです。もちろん、親が先に死ぬとか、自然の摂理や避けられない現実はあると思いますよ、生きてる限り。だけど、少なくとも理不尽に不幸なパターンを繰り返すことがなくなる。そして「喜び」の感情が「喜び」の現実を引き寄せ、さらに「喜び」が膨らみ引き寄せ、、、の雪だるま式にハッピーが増幅するんです。私のセラピーそしてコーチングの着地点もここです。世の中の人がみんなそうなればめちぇめちゃハッピーだもんね。

 そんなとこで、実は今日はこの辺で。8月のセッションも募集中。8月2日の福岡宇宙飲み会(セミナー・ツアー参加者限定)もまだ若干名OKです。実は今日の話は「まーくん」以前と以降で同じ話をしています。ではまた。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-26 23:39 | ■精神世界


 いや~、身体休めるって大切ですよね。今さらながら。こんなに充実した眠りは久々かも。「人間は眠るために生きている」みたいな名言を残したくなるほど。ただ、まだ若干喉が痛くて、鏡で見てみると右側がかなり晴れてる。素人目でもわかるので、とりあえず幼稚園に送ってからかかりつけの内科へ。クラビット500mgなる薬をもらってすぐに飲んだのですが、いつの間にか喉の違和感がなくなってました。おそるべし、抗生物質。祈りや願望実現のテクニックではなかなかこうはいきませんものね。

 しばらくは日々のスカイプでのコーチングセッションはありますが、自宅でゆっくりして、お盆に実家に帰省して、盆明けからまた怒涛の日々が始まる予定。そうそう、いくつかご案内。まず一つ目は、8月2日に福岡で飲み会します。先日のQ州ツアーのメンバーが中心ですが、ここ2~3年のうちに私のセミナーかツアーに参加され方限定でお願いします。最近、私が何か話し始めると、「ちょっと待った~!」と言われて、スマホがばばっと並んで、2分ほど巻き戻ししてから話を再開させられることしばしば。録音したいそうな。確かに飲み会ではちょっとだけ制限が外れて、普段は言わないような話もポロッとしてしまうこと、ありますからね。そんなこともありますんで、やっぱりよく知ってる人の方がいいですもん。せっかくの飲み会ですが。希望される方はメッセージをお待ちしてます。

 それからもっと大事な話。8月12日(月)に大阪(天王寺) で、8月22日(木)に東京(新宿) で、「ビリーフチェンジ個人セッション」をします。大阪は9時から18時までの9名、東京は13時から22時までの同じく9名となります。9月もそれぞれの会場でやります。希望される方は上記それぞれのフォームよりお申し込みください。あと、8月24日・25日の「宇宙となかよし合宿セミナー2013 in 河口湖」は定員32名中・残6名となっていますが、オプションも希望される方はその旨をメッセージにご記入ください。どうにかなりそうでれば、どうにかしたいと思いますので。内容も発表してないのに締切りもなにもないはずですけどね。近々内容も発表します。

b0002156_13405728.jpg そんなとこで、体調もかなりよくなり、抗生物質で喉の腫れも軽くなったところで次の話題。あ、そうそう。出張中は体重計に乗れなかったので、久々に測定したら、なんと記録更新してました。ハードスケジュールのおかげもあるでしょうが、10キロ減の目標のうち、あと4キロに迫りました。つまり、2か月弱で6キロ減ったことになります。やればできるじゃん、オレ。ちなみに、私が何度も何度も「朝からスイカ食ってる」って書くもんだから、それに感化されて「赤スイカ教」に入信したって報告を少なからず頂くんです。昔の私なら「真似すんな!」とキレるところですが、キレないだけの「器」は広がったようです。どんどんスイカ食って、スイカ屋さんに貢献しましょう。正直な話、ドラゴンフルーツやスターフルーツの存在意義は今一つパッとしないのですが、スイカはこれからガンガン食いたいし、それだけ市場を大きく安定させたいですもんね。とにかくも、朝からスイカでみるみる体重が減っています。それだけじゃないだろうけど、朝から冷やしたスイカをシャブッて食うのは快感です。そこで思い出すのが、ドラえもんにおける「最高級メロン」を食するシーン。正確にはスネ夫が食べてるのを、秘密道具で再現してるだけなんですけど、メロンそのものはそこにないのに、なんて美味そうな描写なんでしょうか。シャクシャクですよ、シャクシャク。ただ、現実には「シャクシャク」に近い歯ごたえのメロンなんて、キュウリのように味気ないと思うのですが、それでもあのシーンを見ると無性にメロンが食いたくなるし、美味いメロンと言えばシャクシャクなんです。おそるべし洗脳。完全にビリーフが植え付けられてますね。美味しいメロンとはシャクシャクである、みたいな。

 ちなみに私は昔から「食」にはかなりうるさくて、ガキの頃から「美味い食い方」ってのを考えてたもんです。その実験台になるのが弟。例えば「ガムは噛むよりなめるのが美味い」なる仮説を立てて、特に長いガムじゃなくて、丸っこい四角いガムを飴のようになめてた時期がありました。時期と言っても、多分一回だけと思いますが。で、弟の前で「うお~、ガムはなめると美味い!」とかって叫ぶと、「へえええ~」とか言いながら、私の真似をするんです。他には、「お菓子は粘土のお盆の上で食うのが美味い」とか「ラーメンは上からすすらずに、頭上に持ち上げて下から食うのが美味い」などのいい加減な仮説を次々と立てて、その都度、弟に真似させたもんです。お菓子は粘土のお盆の上~はともかくとして、ラーメンの食い方はかなり画期的だと思ってました。上からすすると、どうしてもスープが逃げてしまいますよね。それを、頭上に高く持ち上げて、下から口の中に落とし込むように入れていけばスープは一滴も逃げずに、文字通りスープと麺のコラボレーションを楽しむことができます。そこに「宇宙」ができるのです。ただ、これは舌を火傷するリスクが高いので、熟練した技術が必要で、未熟な弟にはまだ早かったと記憶しています。

 あと、うちの兄貴がかなり許せなかったのが、カレーを最初に混ぜてから食うこと。これは賛否両論どころか、ほとんどの人が許してない行為じゃないでしょうか。ガキの頃から許せませんでした。先ほどのスープと麺のコラボじゃないですが、やはりここは「ご飯とカレーの完璧なコラボレーション」を楽しみたいところ。お皿にカレーとご飯が半々に盛られているのを、手に握ったスプーン上でも再現したいじゃないですか。お皿が宇宙だとすれば、スプーンの上は小宇宙。カレーを食いながら、「オレは今、カレーと言う名の小宇宙と一体化しようとしている(オレハイマカレートイウナノショウウチュウトイッタイカシヨウトシテイル)」って整然とした美しい暗号を解きたいじゃないですか。それを最初にぐちゃぐちゃに混ぜてしまっては、本来あるべき宇宙哲学に接近するどころか、そもそも人間の「器が小さい」と言うか、「カレーは皿で食うのであって器ではない」なる、まったく的外れな反論への再反論をする気力さえなくさせるほどに、野蛮な食い方だと思いませんか。

 ちなみに、「野蛮」の「蛮」とは「中国から見た周辺の未開発国」って意味らしく、その字を取った「南蛮」とは中華思想から見たヨーロッパ南部、ポルトガル辺りを指すそうです。そこで出てくるのか「カレー南蛮」なる食い物。ようするに「カレー蕎麦」のことなんですが、「カレーうどん」はうどんなのに、そばがなぜに南蛮なのか。この場合の南蛮とは「ネギ」のことを意味して、正確には「カレー蕎麦ネギのっけ」のこと。もしも「カレー南蛮」にネギがなかったら、それは店にクレーム言っていいところ。羊頭狗肉だ、と。兄貴の話に戻りますが、兄貴は決してカレーライスが嫌いだったわけではなく、むしろ大好き。三食カレーでもいいくらい好きだったはず。ある日、お昼にカレーうどんが出てきました。私はスープの大半を残したのですが、それを見て、「飲めや!」とすごい形相で迫ってきたのは焦りました。普段はめちゃめちゃ温厚なはずの兄貴が、カレーうどんのスープを残すだけでああまで激高するとは。カレーを混ぜて食う奴に言われる筋合いない!と言い返したかったのですが、あれはあれで、兄貴なりのカレーに対する「宇宙」があったのだと、少しは人間の器が大きくなった今、ようやく理解しようという姿勢だけはできるようになりました。

 ところで、9月にアイルランドに行くんですが、ご一緒する方に「しんちゃん」と呼ばれる男性がいらっしゃいます。元々は奥さんが私のブログを読んでて(ご夫婦で一緒に行くのですが)、そこから私を知ったはずなのですが、ここ最近は奥さん以上にどハマりしてるとかで、私の真似ばかりしてるそうなんです。朝からスイカ食うとか。なのでぜひ、「ラーメンを下から食う」も真似して欲しいと思っています。そして「宇宙」を味わって欲しいと思っています。なんだかんだと、今度のツアーも「宇宙」を体験するのが目的ですからね。と言うことで、まだちょっと調子でないのでこの辺で。シャクシャク。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-25 23:39 | ■食


 無事、帰宅しました。「無事」とあえて書いたのは、実は朝方までかなりフラフラだったのです。熱もあったし。昨晩、12名連続セッションが終わって、ホッとしたのか軽く飲みに行って、そのままホテルでバタンとなったのはいいものの、妙な悪夢に襲われましてね。いや、「悪夢」ってほどでもないのですが、寝てるのか寝てないのか、、、ようするにめちゃくちゃ疲れてたってこと。13日の大阪出張から休んだのは一日だけ。それも、足ぶつけて病院に行く暇ないほどスケジュールぎちぎちだったもので、これで疲れない方がおかしいですよね。

 ただ、次回からもっとセーブするかと言うと、それがまたしないんですよね。ようは、「ここまではできる」ってことを確認しただけで、単純に私の基準を上げてしまったわけです。なので、もし次回も同じようなスケジュールを組んだところで、「今度はもっとうまくやろう」って考えてしまうもの。世の中には私なんかより忙しい人、ナンボでもいますもんね。って言うか、今回も楽しんでた方が大きいのですが。

 ちなみに、です。今、「楽しんでた」と無意識に書いてしまいましたが、よくよく考えると、今回、お会いした人たちの中には「楽しんでた」とは必ずしも言えない人も少なからずいらっしゃいました。それこそ「存在してはいけない」なるコアなビリーフを持っている人も少なからずで。それでもあえて言います。私は最初から最後まで「楽しんでいた」と。もちろん、自分を不自由にしている、苦しめているビリーフがあることは理解できます。そんなビリーフに楽しめるはずがない。それもよくわかります。

 しかし、私のアイデンティティは必ずしも「寄りそうこと」だけではありません。最終的には誰もが「楽しめる状況にあること」です。つまり、楽しめる状況へと「導くこと」以外にありません。そうだとすれば、そもそも寄り添うだけの「苦しい人」と、「楽しい人」とどちらがいいでしょうか。例えばお医者さんのお客さんは患者さんです。患者さんは多くは苦しんでいる方です。だとすれば、患者の苦しみをそのまま受け入れない医者は医者として失格か、と言えば決してそうではありません。もちろん理解はするし、何があっても夜中に駆けつけるほどの使命感も持っています。だけど、私の知る範囲でのお医者さんは、その多くが普段から楽しくされています。なぜならお医者さんのアイデンティティもまた患者さんをハッピーにすることだから。自分が楽しくなくて、他人を楽しくさせることはできません。

 朝方、気持ちの悪いメールが来ていました。某コーチング講座の受講生だそうで、お会いしたことはあるようですが、顔も名前も憶えてないような人。コーチを付けて頑張ってるのに成果が出ない、なぜか、意見を聞かせて欲しい、なる一方的なメール。なぜ私に言うのかそもそも不可思議で、本来は「知らねーよ」の一言なのですが、あえて意見として「言い訳ばかりする人が成功するわけない」のような返信をしました。するとそれに対して、「それは違う」なるさらなる言い訳。成果が出ないのは、自分が悪いんじゃない。成果を導けないコーチが悪い、環境が悪いんだとの一点張り。そのマインドがすでに「原因」であるのに、自らを省みようとしない。すべては自分次第の原則を理解していない。それでは何やってもダメ。最終的には、私の物言いが気に食わなかったのか、不快に思うオレに問題があって、もっと器の大きな人間だと思ってた、残念です、の捨て台詞。

 この手の話ってときどきあって、見も知らぬ人から相談だか何だかのメールをもらって、同じように感じたままに返信したら、意に反した返事だったのか、それに逆ギレして「器が小さい」って言われるパターン。それも、決まって「器が小さい」ってフレーズなんです。これはいったい何なんでしょう。私に何を期待してるのか。そもそも私はめちゃくちゃ器が小さい人間ですよ。だけど、別段、大きくする必要もないと思ってます。このままでいいと思ってるから。

 ようするに、この人の本心は「わかって欲しい」だけなのです。もちろんメールを頂いた瞬間からその意図もわかりました。解決策が欲しいだけ、と後から行ってきましたが、解決策は学んだ中にすべてあるはず。それがわからないなら、すでに資質がないとあきらめるしかない。この手の「わかって欲しい」なる欲求はよくあること。以前、私がセラピーを始める前から、いろんな相談を受けてきました。その中で、今と同じように、感じたことをズバッと言ったら「あなたにはわからないんです!」とまたも逆ギレ。確かにわからない。言ってることは理解できるけど、真に共感することはできない。後日、棚田先生にその話をすると、「わからなくていい」と即答。そりゃそうだ。

 このメールの送り主の方はとにかく苦しいらしいのです。思ったように成果が出ないことに対してなのか、よくわかりませんが、「苦しい」のだそうです。では、この「苦しい」の根底にある感情は何か。「4つの基本的感情」に戻ると、「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」のうちどれが強いか。「喜び」でないことは確かで、私が強く感じたのが「怒り」、「悲しみ」でした。つまり、認められないことに対する「怒り」と「悲しみ」が根底にある。そしてまずはこの「怒り」を誰かにわかって欲しい、受け取って欲しい、とおそらくは私以外の人に対しても矢を投げていることでしょう。だけど、他の方は知りませんが、私はその矢を直接受けることはない。当たり前に、返す。そこで自分の思ったように受け取ってくれないから、「器が小さい」なる紋切型フレーズで逆ギレ。いつものパターンです。

 ここでもし、私がその方の思い通りに「承認」、つまり矢を受け続けていたらどうなるか。「そうですよね、わかりますよ、ひどいですよね」みたいな感じで、「怒り」を吸収していたらどうなるか。当然のこと、私の方がエネルギーを奪われてしまいます。そして何度も何度も承認し続け、矢を受け続けていたらどうなるか。そのうちエネルギーが枯渇してしまい、それ以上の承認さえできなくなる。そしてかなり面倒になり、冷たい態度が出たりする。そこで言われるのです。「やっぱり、わかってくれないんだ」、と。そう言われなくても、「もっと器の大きな人だと思っていたのに」、と。

 こんなことの繰り返し。と言うか、私自身が過去に経験してきたこと。根底に自己否定(他者承認欲求)のある人を承認し続けると、次から次へと求め続けられちゃいますからね。特にこんなブログを書いていると、スピリチュアルに人格の高い人などと誤解されがちになったりして。私なんか、決して人格高くもないし、高くなろうと思わない。好き勝手にやりたいだけ。だけど、楽しくあろうとは思います。そして今、すごく楽しいです。だからこそ、人を楽しい状況に導く自信があるのです。もちろん瞬時にとは言いません。が、少なくとも、楽しい方向に導く方法を完璧に知ってるつもりだし、だからこそ嫌われても平気なんです。そして無限に承認し続けることがいかにアホらしいかも身にしみて知ってる。

 結局、このメールを送ってきたよく知らない誰かさんの根底には「ありのままの自分であってはならない」なるビリーフがあって、だからこそ成果を得るために頑張るのだけど、それで得られればいいけど、そうでない場合は周囲のせいにしたくなるんです。そしてその根底にあるコアな感情が強い「怒り」と「悲しみ」。「頑張るから認めて~」って要求をし続け、認められない状況や人に対して怒りをぶつける。ただ、幾分、マシなのは、きちんと「怒り」をぶつけられること。それで根底にある感情を解放することにはならないけど、自分で自分を責め続けることの方が心身ともすごく不健康であるから。

b0002156_21582517.jpg 実は今回の東京出張にて、いろんな気づきがありました。たくさんの人と面談・セッションをしていて気付いたこと、と言うか、確認できたことでもあるのだけど、結局、幸せになるのは簡単だってこと。今日はまだ喉が痛いので、明日書きたいと思います。と言うことで、家に帰ってきました。たくちゃんが、「がお~」と言いながら襲ってきました。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-24 23:39 | ■人生哲学


 5日目。今回の出張での最後の仕事になります。そして最もハードな「ビリーフチェンジセラピー12連続」です。実は朝から少し体調が悪かった。喉の感想としゃべり過ぎなのか、つばを飲み込むと喉が痛い感じ。ただ、熱もないし、とにかく今日一日を乗り切ったら明日は帰って子どもたちに会えるのです。

 9時から一時間交代で次々とクライアントさんがやって来られます。半分は初対面。次々と濃いセッションになったと思います。ときにはコーチングや先日知ったばかりのブレインコピーなども用いながら、そここは私の強みだな、と思います。セラピーだけでなく、コーチングもできることが。ただ、午後からはほとんどがセラピー。それもかなりコアなビリーフを扱うことも一人や二人じゃありません。

 そして午後3時頃からでしょうか。若干、頭がぼーっとしてきて、途中、完全に時間感覚がなくなることも。頭を押さえたら熱い。ついに発熱してしまった。ただ、私の場合は単なる「エネルギー不足」による発熱であって、よくあることなのです。つまり、「エネルギーが不足してるから寝ろ」ってシグナル。移るとかはありません。エネルギーチャージは寝ることでしか果たせません。何とか午後5時まで終わって一時間の休憩。右足中指を冷やすために買った冷えピタが役に立った。
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 再開は6時からですが、6時予約の方が落雷により遅刻。おかげさまで良い休息になりました。身体を冷やさないために作務衣を羽織っています。
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 遅刻の方も時間をずらすことで何とかセッションできました。それもコアなセッションに。そしてラスト4名については、私の「自我」が完全にどっか行ってしまい、ほとんど無意識でセラピーをやってる状態。実は見ただけでビリーフがわかるようになり、その様子はアシスタントさんも驚かれていました。完全に宇宙とつながっている状態。そしていよいよ残り一名。頑張れ、オレ、って感じでした。もちろんまだ熱は下がりません。
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 「寝るオレ」ですね。ラストは30分で終了。だけど、すぐにビリーフも特定し、感情も大きく放出したので、上手く行ったと思います。で、最後の方、アシスタントさん、オレの3名で軽く飲みに。気がつけば熱は下がっています。それでも体力的には疲れのピークにあったので小一時間で切り上げ、ホテルに入ってシャワーも浴びずにバタン。あ~、やっと終わった。だけど、私自身がこれで一つの限界を突破したので、次回からさらに切れ味鋭いセラピーができると思います。次回の東京は8月22日の予定。大阪は8月12日の予定。帰り次第、受付開始します。ではまた明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-23 23:39 | ■精神世界


 やばい。限界に近付いてきた。思った以上にエネルギー消費が激しい。金曜日はコーチング2件6時間、土曜日は4件12時間。日曜日は終日グループセッション、懇親会。今日はコーチング4件12時間。10時に終わって軽く飲みに。そして明日はビリーフチェンジセラピー12件。朝9時から夜10時まで休憩挟んで12時間。体力は持つのか。喉は大丈夫か。ぶつけた右足中指は。明日を乗り切ればしばらくお休みだ。頑張れ、オレ。これを超えたら次のステージだ。
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 てなわけで、今日はかなり手抜きします。明日は宇宙にお任せするしかないね。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-07-22 23:39 | ■日一日
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