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 な、なんと今日で11月も終わりで、明日から「師走」ですね。う~ん、、、月日が経つのはなんと早いことか。また年末恒例の「今年の10大ニュース」は発表すると思いますが、第一位はすでに決まっています。言うまでもなく「次男誕生」ですね。第二位は二冊目の出版といきたかったのですが来年に持ち越し。おそらく第二位についてはメルマガに書いた通りになるとは思います。今日は午前中、ツレの健康診断に付き合って天神へ。本当は付き合う必要もないはずだけど、たくちゃんが最近粉ミルクを飲まなくなったためお家で留守番できないから。ツレが健康診断に入っている間はたくちゃんを連れてお外へ。ツタヤで一冊本を買ってカフェでモーニング。幸いたくちゃんはずっと寝ていてくれました。いい気分転換にはなりました。
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 そんなわけで、今日は早朝から付き合ったので、滝行は昼過ぎに行きました。気温は12度。初日ほどは寒くなく、なんとかメニューをこなすことができたのですが、今日はふいになんだろう。滝に打たれている一瞬、感情がこみあげてきました。涙が出るまではなかったけども、胸の奥から何かがこみあげる。悲しみでもなければ、怒りでもない。おそらくは「感謝」のような感情だと思うのだけど、やっぱり感謝なのかなあ。なんだかんだと、こうやって好き勝手に生きていられるし、可愛い子どもたちと大切な家族にも囲まれ、日々、本当に幸せに暮らしています。棚田先生もしばしば言うのだけど、セラピストってのは自分の問題を解決しておかなければ、きちんとしたセッションは難しいとのこと。例えば「自分は価値がない」とのビリーフをセラピストが持っていたらどうでしょう。クライアントが「私は生きる価値がないんです」なんて言い出したら、「そうだろうな~」と同調しちゃったりして、それでセッションは終了。

 人は誰もがあるがままの自分に価値がある。生まれながらに価値がある。このことを寸分のぶれもなく確信してなければ、クライアントの攻撃にも耐えられないでしょう。この世に誰一人として価値のない人間など存在しない。スピリチュアルな意味においても、このことにぶれがなければ、クライアントに引きずられることもない。だからもし、私のクライアントが「私は生きる価値がない」と言ったとしても、私は負けない自信がある。根競べって言い方もしますが、クライアントがどんなに否定しようが私は負けない。例えばそれは「子ども」を見ても確信する。二人の子どもを授かったけど、生まれた瞬間からもう生きるエネルギーを放出して、生きるぞ、生きるぞ、って気概に満ちている。生きることに何の疑いもなく、あるがままの自分を生きている。そして誰もがそんな瞬間を経験してきたのだからこそ、人間はアプリオリに価値があるって確信できるんです。ただ、成長するにつれ、両親から汚染を受けたり、様々な条件付けにおかれたりして、例えば「条件付き価値」になったり、さらに悪くて「そもそも価値がない」なんて思い込みができたりする。

 ただ、「私には生きる価値がない」ってのは、そもそもその両親がそう思ってなければ伝わりようがない。両親もまた「私には生きる価値がない」と思いながら生きてきて、そのようなビリーフを受け渡したのもまたその両親。結局のところ「私には生きる価値がない」ってビリーフは先祖代々受け継いできたものでしかないんです。だからこそ、それが「ビリーフ」つまり「幻想」だと分かった時点で食いとめて、子どもや子孫にはそのビリーフを伝承しないようにする。それが今生きてる自分の使命だと思うのです。

 私もまだ22名しかセッションをしていない段階ではあるのですが、でも、セッションしてて最も確信するのもまたこの瞬間なんですよね。つまり「あるがまま」の価値について。目の前のクライアントは「あるがまま」で寸分違わず価値があるって心の底から確信がなければ、そもそもセッションなんてできないし、だからこそセッションをしているとその思いがまた強まるのです。世の中には「生きている価値がない」とまでは言わないにせよ、「ありのままの自分には価値がない」とか「自分は重要じゃない」と思っている人の何と多いことか。それらもまた、幼少期に植え付けられた「条件」によるのですが、例えば「成績がよければ価値がある」とか「人の前に立てば重要である」みたいな条件付けをされて、そもそもの「あるがまま」については認めようとしない。

 でもさあ、そもそも「生きてる」って素晴らしいことだと思うんです。なんて言ったらいいかわからんけど、尊いことなんですよ。生きてるって。しばしば事故や病気で危ない目にあった我が子に対して、「ただ生きているだけでいい」と願う親は多いと思いますが、それが本質。だけど、実際に満足に生きていると、その「生きているだけでいい」って本質を忘れて、成績がよくなければ、スポーツができなければ、素直でなければ、、、などと優等生としての「条件」に当てはめてしまう。最近の話ですが、私も思い出します。9月1日に次男たくちゃんが生まれて、すごく嬉しかったのだけど、多呼吸が治まらずに翌日からICUに入院。鼻から管を入れられ、狭い保育器で寝ているたくちゃん。まだ一度も母親から抱っこもされずに、一週間近くも保育器で過ごす。生まれた翌日に産科から「ICUに移動します」って聞いたとき、2秒で家を飛び出し、真剣に祈りながら車を走らせる。そんなに大した状況でもないことは頭では知っておきがら、やっぱり昨日産まれたばかりで、物理的に一人では生きる力のないたくちゃん。だけど、生きたい、生きたい、って気持ちはずんずんに伝わってくる。喜びもつかの間とはまさにそうだよな。

 ICUに移動してからは、動けるのは私だけ。面会できるのも私だけ。産科から凍らした母乳を受け取り、それをICUに手渡す。今日もまだ保育器から出ない。出ない。たった一週間足らずなのに、あんなに一日一日を長く感じたこともないですよ。だけどさ、ICUってすごく残酷なところで、奥には一年も二年もずっとそこから出られない子どもたちもいる。つまり先天的な障害を持つ子どもで、喉を切開して呼吸器を入れなければ生きていけない子ども。それでも生きている。「それでも」って言葉は不適切かもしれないけど、おそらくこの子どもは一生、機械に頼らないと生きていけない。それもわずか数年かもしれない。だけど、面会に来る両親にとってはかけがえのない我が子。機械につながれなきゃ生きていけない、本当にか弱い、そしてただ生きているだけの子ども。その両親が我が子を見るまなざしは本物。

「あなたはあるがままで価値があるのよ」

 当たり前の話だけど、その当たり前の話を、ICUで垣間見せてくれたのは、今となってはたくちゃんのおかげかもしれません。幸いたくちゃんはすぐに呼吸も落ち着き、今では普通に声を出して笑う。本当に神に感謝しかない。だけどもし、もし、もし、あの呼吸器につながれた、ただ生きているだけの赤ちゃんの親が私であっても、、、間違いなく神に感謝していると思う。それだけ「生きる」ってことは価値がある、尊いことなんです。ホントに産まれてきてくれてありがとう。生きてくれてありがとう。だからこそ、大人になった多くの人の「私には生きている価値がない」なる言葉に負けるはずないのですよ。

 セラピストになると、次の一文を案内文に添える人が多いです。それは「精神疾患等による通院・投薬歴のある方はご遠慮願います」なる文言。私も最初はそれを添えるつもりでいたけど、今はもしかしたら違う。実際に対応できるかどうかは別として、私の正直な気持ちとしては、その文章を外していきたいと思っている。どうなるかはわからないけど、最終的には「大いなる意思」にお任せして、そしてその指示に従いたいと思っています。もし私にその必要、その使命があるのなら外すだろうし、そうでなければ外さずに活動するかもしれないけど、今は正直わからない。だけどもし、私の目の前に「精神疾患等による通院・投薬歴のある方」が来られたところで、逃げずに正面から対応することは間違いないでしょう。その使命を私が持っているならば。

 そんなわけで、私がセラピストの勉強をして、最も収穫だったことは、もしかしたら「存在価値」に関する改めの確信なのかもしれません。それは私が今後活動して行く上でも、大きく太い「軸」になるのでしょう。そろそろ11月も終わり。2012年を有終の美で過ごすべく、12月は伝説の月にしたいと思います。アセンションだしね(笑)。今日はこの辺で。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-30 23:39 | ■精神世界 | Comments(2)
 滝行二日目。昨日は6度だったけど、今日は12度。まずまずマシな方だけど、最近は温度計を見なくても体感で気温がわかる段階にまでなってます。ただし、0度~12度くらい限定ですが、それだけこの季節は気温を気にしてるんでしょうね。12日が満行で13日に家族で大阪。14日から17日まで大阪・名古屋でセミナー。22日に福岡に帰って翌日から一週間、滝行の予定です。そう言えば2012年12月23日はいよいよスピリチュアル界最大のイベントである「アセンション」ですね。この話を最初に知ったのはかれこれ8年前の3月。その当時は「フォトンベルト」って言われてて、23日の3日前、つまり20日頃から地球が「ヌルゾーン」ってのに入って、しばらく電気が使えなくなって地球が真っ暗になってしまうそうな。しかもそれはNASAが発表したことであって、物理的に避けられないことだと聞きました。

 まだまだ純粋なボクでしたので、これは大変だ~って思って、それを教えてくれ同じ人から、「ありがとうと言えば水の結晶が美しくなる」とも教えられたので、それから「ありがとう信者」ですよ。だけどまあ、そんなきっかけがあったからこそ、いわゆる「スピリチュアル」の世界に興味を持つようになったのも事実だし、元々はオカルト好きな要素もあったので、それまた流れだったのでしょうね。その頃、必死で読んでいたのが船井幸雄さんの本とブログ。フォトンベルトのことをしきりに煽っていたのですが、そのうち、友達の物理学者さんから「それは常識的におかしい」と諭され、翌年にはフォトンベルト説を撤回されたものです。ちなみにその友人物理学者ってのは、ヘミシンクで有名な坂本政道さん。「お前が言うな!」って今ならつっこみたいところですが、そう言えば、船井さんは同じくヘミシンクで有名な森田健さんとネット上で壮絶なdisり合いをしてたのもその時期だったでしょうか。なんだかな~。実際にはかなり胡散臭いスピリチュアルから入った私ですが、いろんな人に会うにつれ、どこか変だぞってことに徐々に気づくようになって、いつの間にかアンチスピリチュアルみたいなポジションにも置かれて今に至るわけです。

b0002156_004670.jpg 2ちゃんねるにも何度か「オカルト嫌い」みたいな書かれ方されたようだけど、実はオカルトも趣味としては好きだし、その前にスピリチュアルは大好き。昨日も書いたけど、私って、経営戦略もろくに知らなかったし、いまだに経理とかもよくわかってない。一応、会計ソフトに必要な項目を入力して、あとは税理士さんにいろいろ聞きながら、決算期はお任せでやってもらってる状態。実際の話、社会で生きていく力って実に乏しいと思うのですが、それでもなんとかなってるのは、まぎれもなく「宇宙の法則」を知ってて、その通りに実践しているからだと思います。この「宇宙の法則」ってのは、つまり「思考は現実化する」ってことだけど、これを始めて知ったのは2005年のこと。会社辞める直前のことで、めちゃくちゃ辛いサラリーマン生活にピリオドを打つ上で大きな背中押しになりました。これは何度も書いたと思うけど、ちょうどその頃、年収一億って人と出会って、コーヒー飲みながらいろいろ教えてもらってました。会う前はめちゃくちゃできるオーラがあると思ってたけど、実際には池乃めだかっぽい感じの人で拍子抜け。その頃ってすでにブログ書いてて、その日の状況も残しています。今読むとかなりピヨピヨした雰囲気ですが、まだ語るべき言葉も持たない時期だったので勘弁を。

 それはともかく、その方が言ってたことで一番印象的だったのが「人生は考え方で決まる」って話。最初は「ウソだろ~」って思いましたもの。だってさあ、人はそれぞれ見た目も違えば、家柄も違う。恵まれてる人は恵まれてるし、そうでない人はそうでない。単純に見て、世の中にはイケメンとそうでないのがいて、やっぱりイケメンで生まれた方が恵まれてることは自明。今さら「考え方」くらいで人生は決まらんよ、、、なんて思っていました。頭のデキだって違うし、運動能力や芸術的センスも違う。やっぱり、恵まれてる人は恵まれてるし、人生は不平等なり。そう思っていました。だけど、実際に年収一億って言うし、しかも目の前にいるのは池乃めだかのような人。逆に説得力がありましたね。その時点ではまだ自己啓発なんて言葉も知らなかったけど、本当に「人生は考え方で決まる」のかどうか、ちょっと証明したくなりました。そしてその三日後に会社に辞意を表明してますもんね。世の中わからんものです。

 その後、4月いっぱいは会社にいて、有休消化もなし、退職金もなしでバタバタと会社を去ります。退職金がなかったのは、正社員年数が2年しかなかったから。最初は契約社員で入ってたので、確か3年か4年は必要だったらしい。もっとも、4年しかいなかったので退職金もなにもないですけどね。で、5月に3週間のインド旅行。ラダックの丘の上で「悟り」を開いてしまい、この世はほんとにマジで「大丈夫」だってことを知ったのです。だったら、それもまた証明したくなって、帰国時には貯金30万円しかなかったけどフリーの生活がスタート。それから紆余曲折して今に至ります。よくやってるよ、オレ。

 そんで、結論なんだけど、やっぱり「人生は考え方で決まる」のです。それも寸分たがわず。ただ、この「考え方」ってのがまた厄介で、こんなに言うこと聞かないものもない。願望実現の三要素として「行動」、「言葉」、「思考」があるのだけど、これは真言密教の「身口意」にそのまま相当。この中で最も重要なのが「思考」なんだけど、繰り返し言うけど、これがまた厄介でね。「言葉」は意識的に変えようと思えば変えられるし、「行動」だってそう。だけど、「思考」はなかなか自由にならないでしょ。例えば「感謝しなさい」と言われても、現状が感謝できる状態でなければ、そんなに簡単には感謝できない。無理やり感謝しようとしても苦しくなるだけ。「ワクワクしなさい」、「ツイてると思いなさい」、「お金持ちと思いなさい」、「モテると思いなさい」とか、、、それができれば苦労ないわけですよ。

 なぜ自由に「思考」を変えられないかと言うと、それはその根底にいわゆる「ビリーフ」ってのがあって、それが邪魔している。「自分は何やってもダメだ」ってビリーフ(思い込み)が幼少期に作られ、これまでの成長過程でそれが固められていたら、その上にいかにプラスの「思考」をかぶせようとしても無駄。「自分は何をやってもダメだ」ってボトムにあるビリーフが、意識的にかぶせようとする「自分はツイてる」とか「自分は金持ちだ」なんて「思考」をことごとく打ち消して、逆に養分にするかのように、ボトムのビリーフが肥え太っていくものです。私のこのビリーフのことを「心のコリ」って呼んでるのだけど、願えば願うほど、実現が遠のくって現象を見て、やはり「コリ」はそれに逆らえば逆らうほど肥大化するもんだな~って確信するわけです。

 じゃあ、どうすればこのボトムにある「心のコリ」を除去できるのかってことに、今までずっと取り組んできて、いろいろやってみましたよ。それこそ滝行や瞑想はもちろん、ヘミシンクもそうだし、オンサとか、キネシオロジーとか、NLPとか、、、とにかく手に入る情報は片っ端から試してみて、それなりに効果がある人もいれば、やはりそうでない人もいる。そうこうしているうち、ま、ようやくと自分で心から納得行くものに出会うことができた。それが「ビリーフチェンジセラピー」だったのですが、こんなこと書くと宣伝ばかりと思われるでしょうが、それでもいいです。別にセラピーを受けなくても、ブログ上でビリーフチェンジできるようなネタを提供するのが、私のミッションのようにも思ってますので、守秘義務を除いては出し惜しみせずに洗いざらい書きますとも。これからも。

 ただ、やっぱりいろんな人のビリーフを見ていると、なかなかに厄介だな~ってのも正直なところ。先日のグループワークスでも、周りで見ている人たちからして、ある種の衝撃を受けてましたもんね。人生いろいろだって。表面上は分からない深いビリーフを抱えていて、ときには本人さえも気づかないことがある。先日のセッションでは、私のブログを読んで、ある程度の目途を付けてセッションにのぞんだものの、結果的には思惑通りには進まず、盲点となるビリーフに気づけた方もいらっしゃいました。そしてそのビリーフはすごく納得できるもの。結局ですね、、、今のパターンって、幼少期にダイレクトに作られちゃってるんですよ。浮気する男とばかり付き合うってのは、幼少期に根付いた「男は浮気する」ってビリーフを証明するために自分で選んでいるようなもの。それは無意識でそうなるから厄介なのです。意識では浮気をしない男と付き合いたいと思っていても、実際はそんな男に魅力を感じなかったり、さらにそんな男にばかり好かれたりもして。すべては「無意識」であり、ビリーフの証明をしたくてやってるのです。だからこそ、そんなビリーフは中断しなければいつまでたっても同じことの繰り返し。「思考は現実化する」と言っても、その「思考」が自由にならないのです。

 そんなわけで、私としては「人生は考え方で決まる」ってのは証明できた気がするのですが、じゃあ、その「考え方」を縛っている根底を解き放つにはどうすればいいかってことを、今、最大の関心事にして実践しているところです。日々、いろんな気づきを頂いています。きっと、12月は何事もなく過ぎ去っていくでしょうが、私たちの人生はまだまだこれから。楽しく生きたいと思います。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-29 23:39 | ■精神世界 | Comments(2)
b0002156_1426422.jpg 今日から滝行スタート。6時に滝場に入ったのですが、気温は6度。めちゃくちゃ寒いやんけ。水に足をつけた瞬間、身体全体が縮みあがる。そしてなんとか初日を終えましたが、もうかれこれ千回近くは滝に打たれてると思うのだけど、いつまでたっても慣れることがありません。今日から14日まで、そして23日から30日まで滝行して年間100日の達成となります。ま、やるって決めたからやってるだけのことで、何かいいこととがあるかと言われたらどうかな。ただ、私的には「上司」なる存在がいないので、滝行でもして自分を律しなければグダグダになってしまう可能性大。真冬に滝行やってるって言うと、精神力が強いみたいな言い方されるのだけど、実は真逆。人一倍弱いからこそ、滝行でもして自分を管理しないとですね。本当に強い人は滝行なんかしなくてもやっていけると思うのですが、私はそうじゃない。あと、滝行やってるからと言って精神性が高いとかってことでもない。数か月前、ちょっとした知人と揉め事があって、その人から滝行やってるくせになんて器が小さいんだ、みたいなこと言われたけどおっしゃる通り。開き直るわけじゃないけど、私は器が小さいです。

 じゃあ、そんな奴にコーチングとかセラピーができるのかと言われたら、実際、ニーズがあるからやってるのであって、その意味ではできるんだと思います。おそらく私なんかマーケティングも下手だし、文章もそこまで達者じゃない。量にもの言わせてるだけかも。それよりも自分にとってマイナスな表現なんかもしてしまう。明らかに損。先ほど言った揉め事に関しても、わざわざそんなことしなけりゃいいのに、ついやってしまうのも損な性格。だけど一方でこうも思うのです。私はおそらくは「スピリチュアル」のカテゴリーだと思うのですが、スピ系ってのはとかく「いい人」のように思われてしまって、だけど、ほんとにそうかよってのも正直なところ。これがさらに発展すると、スピ系、特に「悟った人」と言われる人なんかは、いい人なのは当然として、お金に興味ない、性欲がない、名誉欲がない、怒らない、不満を言わない、、、なんてレッテル貼られて、しまいには怪我しない、病気にならない、ウンコしない、なんてことまで言われかねない。スピリチュアルであるとはそんなことだと一方的にレッテル貼られて、そしてそれに応えようとすればするほど自分が苦しくなる。せっかくいいブログ、、、と言うか、キレイなことばかり言うブログ書いてるのに、実際の自分との不一致が大きくなってそのうちやめてしまう人も多い。

 その点に関して言うと、私はこのブログと実際の人物とのギャップがあまりないので、別に「いい人」と思われなくてもいいし、書いててラクです。たまにめっちゃ「いい人」っぽいこと書くともあって、それはそれで真実。自分にウソついてない。その一方で、人をdisったり、やたらと噛みついたりして、およそ「スピ系」とは思えないような言動をとることもある。それもまた自分であり真実。今回、セラピスト養成講座に3か月ほど参加したのですが、最後の方で自分自身のことを「スピ系」って言うと、ほとんどの人から「え~!」って言われました。バリバリのビジネス系、それも理系、左脳系のクールなキャラと思われてたようです。なるほど。今までのパターンからしてよくあること。さらには嫌味キャラなんてことも言われて、それもまたその通り。だけど、実際の話で言うと、会社辞めて独立してから、何か確たる戦略やスキルがあって今までやってきたというより、自分なりに悟った「宇宙の法則」を証明することで何とかやってきていることの方が大きい。「引き寄せの法則」でもいいけど、自分を支えてきたのは、明らかにスピ系にカテゴライズされる何かでしょう。最近でこそ、ビジネス戦略なんかにも興味を持つようになってはいますが、私の生き方はまるまるスピリチュアルであって、その中の生活習慣として滝行が位置づけられてるもの。

 私は「いい人」ぶるのが嫌いだと言いましたが、だけど、こんな事実もあるのです。それは滝行における約束事。かなり前にやったことだけど、もし私が人道を踏み外すような真似をし始めたら、お構いなく命を持って行ってくれと滝に誓ったのです。それはちょうど独立当初のことで、スピリチュアルな何かを含めて、自分自身がこれから先、なんだかとんでもない力を身に付けるような気がしていて、だけど、その力に甘んじて人道を踏み外すようなことがあれば、私は生きている価値がないと誓ったのです。それは一つの「決断」であり、もし本当に踏み外したらそれは死ぬってことなので、子どももまだ小さいのでそれはできない。ただ、その一方で死なない限り何やってもいいって気持ちもある。そして死んだら死んだでそれもまた運命。だったら、自分に制限をかけることなく、好きなことをどんどんやってしまおうって思うのです。まだまだ制限かかってる部分もありますが、それでも年々、「自由」になっている実感はあります。これから先、おそらくお金に困ることもないだろうし、なんだかんだと家族を養いながら好き勝手生きていくんだと思います。来年のアイルランド行きもなんとか許可を頂いた雰囲気ではあるし。

 そんな感じでこれからも好き勝手やっていきますが、おそらく根底は「いい人」であれど、あまり気を使わずに言いたいこと言って自分らしく生きていくんでしょう。そう言えば思い出した。先日フェイスブックに「今度のセッションでは神と出会う」とか書いてたのですが、そこに「神との出会いに祝福を♪」とかコメントした人がいたんです。それはそれで「ありがとうございます」とか返事しとけばいいのに、こういうフワッとした意味のないコメントにイラッとするタイプなので、「神とはインスピレーションのこと」って返事したら、同じ人からコメント返し。「自分が神そのものですよね♪」って。また、こんなどっかから借りてきた確信もないフワッとしたコメントするもんだから、またまたイラッとして、「違います。神とは遍在です」って返事したら、それでストップ。私は何も間違ったこと言ってないのですが、そのやり取りを見ていた友人女性から、「笑った」と言われました。そう。私のキャラをリアルに知っていたら、それは非常に笑えるやり取りではあるのですが、そうじゃない人がこのやり取りを見たら、私って人間は随分と高圧的で空気を読まないデリカシーのない人間だと思われるでしょう。ま、実際その通りではあるのですが、だけど、ここで、「ほんとですよね~♪自分が神そのものなんですよね~♪神との出会いに祝福で~す♪」みたいなこと言ったら、自分にウソつくことになるじゃないですか。もっとも、相手にもよりますが、そういうフワッとしたやり取りがそもそもから嫌いなので、ときには噛みつきたくなることもあるんです。

 ちなみにこの話の真意をもっと詳しく説明すると、まず、私が言いたかったのは、セラピーのセッション中かなんかで、ときには自分の手に負えない事態が発生することってあるじゃないですか。そんなとき、まさに自分の知識や経験を超えた「何か」にお任せするしかなくなって、その「何か」のことを「神」って表現したのです。だけど、「神」って言うと、なんとなく擬人的な対象物のようなニュアンスがあるので、私はそれをインスピレーションと言い換えました。「出会い」って表現自体が擬人的ですし。それに対して「自分が神そのもの」なんて返事されたら、ますます「分かってない感」があふれて、思わず「違います」って返事をしてしまった。「神」ってのはそもそも自分を超えた「何か」であって、もちろん自分も含むところかもしれないけど、少なくとも「そのもの」ではない。言うなれば、「自分が神」ではなく、「神が自分」なのです。

 なので、この場合、「自分が神そのものですよね♪」ではなく「神そのものが自分ですよね♪」であればすごい納得したのですが、この二つは似ているようでいてまったく違う。些細なことだけど、この些細な部分に真実がある。確かに世間では言われます。「自分が神だ」とか。ま、言いたいこともわかるのですが、真理を悟った人の言葉と、単に借り物として使っただけの言葉と、それはわかるんです。なので文脈とか見て、悟った人が「自分が神だ」と言えば、あくまでその文脈上、ピッタリくることもあるでしょうが、私の中でピッタリこないってことは、やはり借り物なんです。だけどここで「『自分が神』ではなく『神が自分』です」って言ったところで訳わかんないだろうから、ちょっと言い換えて「神とは遍在です」って表現したのです。

 この「遍在」って表現もなかなか分かりにくいとは思いますが、つまり「遍く在る」ってことで、「神」はこの宇宙にそのまま存在してるもの。これを「量子」とかまたは「空(くう)」なんて言い方もできるでしょうが、その意味では「自分」もまた量子であり空(くう)なわけで、本来は一切の境界のない「ひとつ」がこの宇宙の真実なのです。あかちゃん、うちには3か月の乳児(たくちゃん)がいますけど、最近、どうやらこの世に「お母さん」なる存在があることを知り始めている。産まれたばかりは、お母さんもお父さんも先生も、いや、人間とか動物って概念もなく、ただ「ひとつ」の中に生きているはずだけど、脳が発達するにつれ言語を伴わずとも、感覚的に「分化」を知ろうとしている。だけどまだまだたくちゃんの中では限りなく「ひとつ」で生きているだけど、世の中が本格的に「分化(分節化)」し始めるのは、言語を習得し始めてから。その「分化」のスタートが「神(遍在)」から「自分」を切り離すところからでしょう。

 そもそも「自分」なんてものは存在しません。真実の世界には。「自分」とは言わば概念であって幻想です。脳(大脳新皮質)が作りだした「3次元で生きるための便利ツール」でしかありません。もちろん私たちはこの「3次元」に産み落とされたのだから、3次元のルールの元で生きる宿命にはあります。高々80年くらいのものですが、とりあえずここは3次元。なので「自分」という枠組みでの活動を余儀なくされてるわけですが、だけど、それが悩みや苦しみを作りだしているのもまた事実。人はなぜ「自殺」するのか。年間三万人も。せっかく産まれてきて、どうせいつかは死ぬ運命なのに、なぜにその命を縮めようとするのか。それは悩みや苦しみが大きいからでしょうが、それらを滅するには「自分」という概念を捨てること、つまり「死」が最も手っ取り早いことを経験的に知っているから。「自分」がない赤ちゃんの頃は自殺なんて思いもしません。「自分」がないのだから悩みも苦しみもない。あのときはラクだったなあ。だけどあの頃には戻れないから、もう少し前に戻るか。それが「死」です。

 だけどどうでしょう。そもそも「自分」なんてものなど存在しないって事実を知ってしまえば。「自分」が幻想だとすれば、それに付随する悩みや苦しみもまた幻想。ビリーフチェンジなんて最近言ってますが、人間にとって最も根源にあるビリーフが「自分」という存在への思い込みでしょう。私が今、「自分なんて存在しない」と言っても、それを頭でわかる人はほとんどいないでしょう。経験しなければわからないことかもしれない。いや、だっているじゃん、今、ここに、「自分」が。いね~よ、そんなの。だから「神」の話してても、真っ先に「自分が神」なんて表現をしてしまう。そんなに「自分」って言葉を使いたければ、ちょっと譲歩して「神が自分」ならなんとか理解できる。だけど本当に「神」の存在をリアルに感じるのは、まさに「自分」がなくなったとき。な~んだ、自分って幻想だったんだ。それが人間としての最大のビリーフチェンジです。

 その瞬間に遍在する「神」がまさに「今ここ」にあることを知り、とてつもない「喜び」の世界と一体化することができるのです。今、とりあえず3次元レベルでのビリーフチェンジの手法はマスターしたので、あとは磨きをかけるだけですが、最終的には「神」を知るビリーフチェンジが可能かに興味があります。ただ、古今東西のマスター(覚者)たちがずっと言い続けてるのもこれであって、結局、誰も成功していない。もちろん「神」を知る人は世の中にたくさんいるのだろうけど、「神」を知るってほとんど偶然のようなもので、例えばビリーフチェンジセラピーのように、この場ですぐに効果が出るものではない。そこは難しいとこですよね。だけど、まあ、いつかはそんなことを再現できる手法を手にすることもできるだろうから、今は3次元レベルでのビリーフチェンジにハマっておこうかと思います。ちなみにどうですか。こんな文章ってかなり「スピリチュアル」でしょう。天使も幽霊も出てきませんが、この世の真実、宇宙の法則への探求こそが私にとっての「スピリチュアル」なのです。別に「いい人」であることが、スピリチュアルであることじゃありませんから。

 そんわけで、いつも噛みつくわたしですが、それはそれで自分らしいと思ってますので、これからも「いい人」にならないよう好き勝手我がままに生きていこうと思います。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-28 23:39 | ■精神世界 | Comments(6)
b0002156_1515626.jpg とりあえず今日は来月のセミナーの準備など済ませました。会場の手配など諸々。さっそく受付開始したところ、「ビリーフチェンジ・グループワークス」の15日大阪が目を離しているすきに9名となり定員オーバー。ただ、当日の会場は延長自由だし、お断りするのも心苦しいので9名でストップとさせて頂きました。その後さらに3名のキャンセル待ちを頂いているので関心の高さがうかがえます。16日名古屋はまだ受付していますが、残り2名ですので希望される方はお早めにお願いします。14日の大阪イブニングは定員28名でまだまだ席がありますのでお待ちしております。ビリーフチェンジのメカニズムを知るのと、公開セッションの様子(ビリーフが変わる瞬間)を見るのにはいいと思います。

 ところで、その先日のセッションですが、参加者の皆さんからたくさん感想を頂いています。その中のお一人のご感想が面白かったので紹介させて頂きます。

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昨日のビリーフチェンジ、とても感動的でした。まさか皆あんなに号泣するとは思いませんでした。
皆、過去に作られたビリーフで縛られている部分があるんだなと感じました。
ビリーフチェンジを知ってはいたものの、実際に体感してみて、本当の意味が分かりました。
見ているだけでも、息が止まるほど緊張して、とても勉強になりました。
私に子供が出来たら変なビリーフを作らせたくないです。

話しは変わりますが、今日の私、今まで感じたことがないほど、心と身体が軽くてびっくりしました。肩こりがない感覚が分かりました♪
これってビリーフチェンジされてる証拠ですよね!
思ったのですがビリーフチェンジって究極のリラクゼーションですね。

(翌日)

いやー、今日も身体が軽くて、爽快です!
それと聞いてください!
今日の朝、私に奇跡が起きました(笑)
今まで、物心をついた頃から、うつ伏せでしか寝ることが出来なかったのが、今日の朝仰向けになって眠れていたんです!

いつも寝る前に仰向けになるのですが、朝起きると枕に顔を埋めてうつ伏せの状態で目覚めるんです。
でも今日は目覚めた時、天井が見えて、本当にびっくりしました。

凄いです!ビリーフチェンジ!
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 と言う感じですが、皆さんの感想に共通するのは「身体が軽くなった」ということ。つまり「コリ」がほぐれたってことですね。何度も言ってると思いますが、私が「コリ」と言う言葉を好んで使うのは、「身体」との関連性をイメージしやすいから。普通、「コリ」と言うと肩コリとか腰のコリとか、身体に対して使うことが主ですよね。だけど、この「コリ」の原因はほとんどの場合「心」にあります。会社のオフィスなんかで、隣に苦手な人が座っていたりすると、そっち側の肩がこることがよくあるようですが、これは無意識にその人を避けている反応であると同時に、避けるのは自分の「心」ですから、つまり「心のコリ」がそこにあるからなのです。

 そもそもコリなんてのは、物理的刺激として作りだすのはほとんど不可能で、多くの場合、自分では気付かないストレスなどが蓄積されてコリを作りだしてしまう。そのストレスはまさに「心」のなせるもので、ようは「コリ」に関して心も身体も本来は同じもの。しばしば「心と身体はつながっている」と言われますが、私に言わせると、「心と身体は同じものを別の角度から見たもの」でしかありません。「つながっている」と言うと、じゃあ、つながってないこともあるのか、ってつっこみが可能になりますが、もちろんそんなことはありません。もう一度言いますが、「心」と「身体」は同じものを別の角度から見たものです。

 なので、適切に「身体」をほぐせば「心」がほぐれるわけだし、逆に「心」がほぐれれば「身体」もほぐれます。私は「心」のアプローチが専門であるだけ。そして、今まで「願望実現」に関する話をずっと書いてきましが、その中でも最重要とされることが、「願望実現におけるコリ」の事実です。しばしば願望をイメージすればワクワクする、、、なんて言う人いますが、完全にウソです。確かにイメージした瞬間はワクワクすることもあるでしょうが、ずっとは続けられないはず。セミナーなんかでよく、「一つの願望を一日10回書けば100日後に叶う」なんてことを言いますが、最初はそれを聞いてワクワクするものです。だけど、ほとんどの人が途中でやめてしまいます。一日に1~2分書くだけのことができないのに、イメージし続けることなどできるはずがない。イメージに対してはそれを打ち消すイメージがかぶさり、それは完全に無意識にされるのだから、「書く」という意識的な継続ができない人が、「イメージする」という無意識的な継続などできるはずがない。ちょっと補足しますが、「100日後に叶う」はあくまで概算。正確に言えば、「叶うまで書く」となり、人によっては300日かかる人もいれば、1000日の人もいるでしょう。100日書いてやめて、「100日書いたけど叶いませんでした」と文句言われても知りません。私が言ってるのは、「だいたい100日くらい書けば、叶う可能性が高まる」くらいの話で、日数が重要なのではありません。重要なのは「叶うまで書くこと」なのです。ただ、意図的にやめて忘れることで潜在意識には入りますので、100日でやめるのはいいこと。だけど、「100日書いたけど叶いません」なんて言う時点で、正直なところ、振り出しに戻れです。言わんとすること、わかりますよね。

 話を戻しますが、私が言いたいことは、「願望をイメージしてもワクワクしない」って事実のことで、なぜワクワクしないかは簡単。コリがあるから。「願望」は「変化」です。潜在意識は「変化」を抑制し、現状維持させようとします。それでもなお「変化」を求めるならば、潜在意識の抵抗が「コリ」になって当たり前。つまりワクワクするどころか、願望をイメージするとますますコリがひどくなるのです。通常、セラピーに来られる人は、なんとなく生きにくさを感じている人。それが進んで「うつ」などの病名がつくことはありますが、ようは「普通の生活」をすることに抵抗がある人たちでしょう。そこで起こっているのは、「生きにくい」って状況がある中で、普通に生きようとして、そのギャップが強まっている現象。あえて単純化すると、生きにくさを「マイナス5」として、普通に生きることを「ゼロ」、願望が実現した状態を「プラス5」とします。

 マイナス5の人がゼロになるには「5」のメモリ分ギャップが生じることになる。そのギャップが生きにくさであり、私の言う「コリ」そのものです。一方、ゼロの人が願望実現を目指して「プラス5」になろうとするには、やはり「5」のメモリ分のギャップが生じます。そのギャップがまた「コリ」そのものであり、つまりセラピーで治療を受けるのも、願望実現に向けて頑張るのも、「5のギャップ」が生じる意味では同じこと。コリが生じることでは同じこと。だったらまずはそのコリをほぐすことが重要で、私はそっちのアプローチに関心があるのです。ただ、生きること自体が何らかのコリを共にすることであり、それらのコリをすべて取り除くことがつまり「悟り」です。そっちの話は究極になるので、また追々。

 ビリーフチェンジってのは、結局、生きる上で生じる「大きなコリ」を取り除くことであり、つまり「5のギャップ」の原因を探り当て、それを特殊な手法によって取り除くことが目的なのです。ですので、実際にきちんと取り除くことができれば、当然、身体も軽くなりますし、願望実現に向けてもスムーズに進むようになります。私の場合、一つは「滝行」による身体的アプローチからコリをかなりほぐしました。「滝行」と言っても単に「呼吸」なんですが、呼吸でコリはほぐれます。一方で様々な学びや気づきを通して心理的アプローチからもコリをかなりほぐしたので、それだけ願望実現のスピードも高まるのです。そして私自身のことはある程度、目途がついたので、今度は願望実現や生きること自体に「コリ」を感じている人たちの手助けになるにはどうすればいいかを考え、とりあえず行きついたのが心理セラピーでした。あとはバンバン使って磨きをかけるだけ。一応、今の段階でもかなりの効果が出せることはわかったので、自信を持ってセッションして行こうかと思っています。

 今年のグループワークスはとりあえず名古屋で残り2名となりましたが、来年からは適正価格に戻した上で、本格的に活動をスタートして行こうと思っています。なんせホームページも案内文も作ってない状態ですし、ま、作らずにこのまま口コミだけで広がってもいいかな、とは思っていますが、いずれにせよ来年からはもっと本格的に活動をスタートします。私の場合は基本的にグループワークスがメインで、密室での個人セッションは原則としてしない方針。ただ、いきなりグループセッションもハードルが高い人もいるでしょうから、14日のような「セミナー+公開セッション」の機会も増やしますし、また、グループワークスでも「クライアント」と「オブザーバー」のように、実際にセッションを受ける人と、それを見学するだけの人とをわけることも考えています。そうなると、クライアント枠は限定8名くらい、オブザーバーは部屋のキャパ次第となり、当然料金もわけます。

 あと、ビリーフチェンジの合宿なども開催できればと思っています。ちょっと人里離れた場所で、まるで産まれ変わるかのような儀式を執り行う。やることはビリーフチェンジのグループセッションですが、夜は飲みながら語るなど、そんな楽しい場を開催したいと思っています。できれば男女比は同じくらいにして、さらに独身男女限定なども、特に深い意味はありませんが、その方が盛り上がる感じもしますしね。それからぜんぜん話は変わりますが、来年の企画もそろそろ動き始めていて、3月にはまた沖縄・久高島ツアーをします。Q州ツアーも2回はしますし、9月にはアイルランドも進行しています。伸び伸びになってる本も早く出したいですしね。

 そんなわけで、私自身もいろいろと状況が変わりつつある今日この頃。楽しくなってきました。明日から二週間ほど「滝行」に入りますが、いよいよ寒くなってるだろうなあ。予定としては、11月28日から12月12日まで。13日に家族で大阪に帰省して、14日は夜に大阪セミナー。15日は大阪、16日は名古屋でグループワークス。その後もいろいろあって22日に福岡に戻り、23日から30日まで今年最後の「滝行」に入ることで、年間100日を達成します。寒い時期に集中するのは、私がエムだからでしょうか。それはともかく、良い修行させてもらっています。とりあえず明日からまた頑張りますので、心のアカをすっかり洗い流してから大阪・名古屋の皆さんとお会いしたいと思っています。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-27 23:39 | ■願望実現 | Comments(0)
 昨日は懇親会も4時間くらいで切り上げ、さすがに疲れていたようだ。宿に着いたのは11時前。最近にしては早い。宿と言ってもいつも泊っている大森のカプセルホテル。ここは漫画が一万冊もあって、読んでない漫画とか、たまには読みたい漫画を読むのが実に楽しみ。男の娯楽。チェックインしてサウナで汗を流し、漫画コーナーから「キン肉マン」の王位争奪編を4冊ほど抱えてカプセルへ。メガネをロッカーに忘れてきたのでAVも見れないし、キン肉マンで至福のひと時を味わいたいと思いきや、ウォーズマンが「ユウジョウ」とかインプットして勝ったのにいつのまにか入院してて、「なんでだ?」と話をさかのぼってるうちに寝てしまってました。そして今朝は4時半に起きて羽田空港へ。電車内でフェイスブックに投稿。

おはようございます。今から羽田空港。10日ぶりにお家に帰ります。昨日は、東京離れるのいやだ~、さみしいよ~、とわめいてましたが、なんだかんだと帰る家があるのは幸せなことです。子どもたちに会うのも楽しみだし。それにしても今回の出張は今年最大の成長を感じます。十月は東南アジアに行ったりもして、それはそれで気づきの旅だったけど、経験値アップも含め今回は強い武器を手にできた実感です。そして何より楽しかった。めちゃくちゃ楽しかった。浅草、ウィークリー、コインランドリー、両国、酒飲み過ぎ、バー、ネットカフェ、宇宙マッサージ、荻窪、チャネリング、エックハルトトール、うんこ臭い、中華、宇宙ランチ、公開セッション、エロくなる、新聞、沖縄料理、そばや、ベロチュー居酒屋、ご挨拶に行く、頭の中の彼女、アダムタッチ、おばちゃん、ファミリーこんちくしょー、婚活、アセンション、号泣、浮気、あなる、モーツァルト、肉豆腐、キン肉マン、ペンタゴン、スプリングマンのセリフ、多目くん、、、いろいろあった。いろんな人と出会った。充実した旅だった。とりあえずはお家に帰ります。そして明後日から滝行に入ります。そこでまた素の自分に戻り新たに再出発。来月は大阪名古屋に出没しますが、いよいよ本も仕上げます。そして素晴らしい来年を迎えます。ワクワクしてきました。あ、羽田空港に到着しました。東京でお会いしたみなさん、ありがとうございました!またお会いしましょう!


b0002156_1612775.jpg 他にもたくさんキーワードはあるのだけど、ちょうどそのとき思い出したものだけ。「多目くん」とかあるけど、これはセミナー中にたまたま話の流れで「多目くん」の話をしただけのこと。どうでもいい話なんだけど、なぜかこのネタは受けてしまう。多目くんってのは「ドラえもん」に出てくるのび太よりダメな奴のこと。昔からこのキャラが大好きでね。多目くんは確かにすべてにおいて劣ってるけど、実は向上心はあったので、大人になった多目くんをぜひ描いて欲しかった。ま、そんな話はどうでもいいとして、10日ぶりに福岡に帰りました。6時20分発の福岡行きに乗り、家に着いたのは10時前。たくちゃんは寝てました。昼からはちびQのためにおもちゃを買いに出ます。プラレールのレールセット、プラレールのDVD付雑誌を買って、夕方、保育園に迎えに行きました。ずっとお父さんが帰ってくるのを楽しみにしていたようで、私の姿を見た瞬間、満面の笑顔で飛びついてきました。そしてお家に帰りお土産。これはもう、身体いっぱいで喜びを表現して頂き、ほんと、買ってよかったです。

 「なんでこんなにたくさんお土産買ってきたと~」なんて言うから、「あきらくんがお利口にお留守番してたから」と言うと、「そうか~、やった~」とか無邪気なものです。ほんと、子どもたちのためなら死ねるね。無条件に可愛い。無条件に価値がある。今のところはおかげさまで健康で、情緒も安定してて、お友達にも思いやりがあって、それでいて我がままなところもあって、実にのびのびと育ってくれています。私も子どもたちの手本になるような父親になりたいと思うのですが、かと言って何か努力するわけでもなし、今のまま楽しく過ごしていければと思います。ただ、出張は10日が限度かな。今のところ。
 
 ところで昨日のブログ記事は、、、水面下で反響がありました。ちょっとショッキングな内容だったようで、それだけ共感するところもあったんでしょうか。やっぱり親の影響力ってのは子どもにとって絶大。親だって悪意があってやってるわけじゃなく、親は親で必死で生きて来てるわけで、だけど、子どもにとって親は絶対。親の言うこと、なすことすべてが「ビリーフ」に直結して、その後の人生を方向づけてしまう。だけど昨日も書いたように、親だって「不完全」な存在なのです。「完全」な親がいたら見てみたい。それは私も含めて。不完全ながらも懸命に生きて、子どもを育ててきたのが事実。そのことを実感するだけでも、ビリーフチェンジのセッションは意味があるような気がします。

 そうそう、例によってまた余裕のない告知になりますが、12月は大阪と名古屋でセミナー・セッションをします。14日の夜は大阪で「「心のコリ」をほぐして願望実現する秘伝セミナー」、15日は大阪、16日は名古屋で「ビリーフチェンジ・グループワークス」を開催します。ただ、15日は事前予約がありまして残り2名。16日は残り4名となっています。14日は2名ほど問合せを頂きましたが定員28名なのでまだまだゆとりがあります。テーマはいずれも「ビリーフチェンジ」ではあるのですが、14日のはとりあえず様子を見るのにいいかもしれません。「ビリーフチェンジ」のメカニズムを知り、そして限定一名でセッションを見ることができる。それを見ながら、自分でもビリーフチェンジできればいいのですが、ただ、一人ではなかなか難しいとは思います。だから様子見で。心の準備、人生と向き合う準備がまだできていなければ14日に来た方がいいと思いますが、思い切って前に進みたい人は15日・16日のセッションに来られるといいと思います。

 ただ、実際のセッションではほとんどの方がボロボロになります。でも、そうやってボロボロにでもならない限り、人生を変えることはできないでしょう。何もせずに周りだけ変えたい。そう思う人も多いですが、それは都合のよ過ぎる話。周りを変えるには自分を変えるしかない。自分が変わったら確実に周りも変わる。先日の東京セッションでは半分以上の方が「結婚・恋愛」をテーマとしていましたが、よくよく聞いてみると、なぜにこんなにも同じパターンを繰り返すのでしょうか。例えば一般論ではありますが、なぜか実らない恋ばかりしてしまう人。相手が不倫だったり、病弱だったり、わけありだったり、、、いろんな要素はあるにせよ、なぜか「実らない恋」しかしない人がいます。そんなのもビリーフを探り当てて見ると、「世の中は不安だ」なるビリーフが根底にあって、結局、自分を不安にさせる人ばかりと付き合ってしまい、「世の中=不安」であることを証明するために同じ恋愛を繰り返してしまう。これを「強化行動」って言うのですが、多くの人は15歳くらいまでに作ったビリーフ(人生脚本)を証明するために、その後の人生を歩んでしまいます。

 世の中が「不安」だなんてのは、まったくのデタラメで真実でもなんでもない。だけど、本当はもっと安心して過ごしたいし、安心できるパートナーと出会って幸せな結婚もしたい。頭ではそう願っているのだけど、ビリーフはそうさせてくれない。頭では「安心」を求めて、だけどビリーフは「不安」を実現してしまう。このギャップが悩みや苦しみの正体。では、どうすれば「不安」を実現するビリーフそのものを変えてしまえるのか。そのための方法の一つとして、「私は不安な世の中を生きていきます」と決断した瞬間を思い出してもらう必要がある。だけど、一人じゃなかなか思い出せないし、思い出したとしても違っていたりする。と言うか、普通は思い出すことができない。なぜなら無意識にとっては、そんな自分の決断に直結するような場面は封印しておいた方が安全だから。では、どうすればその封印を解くことができるのか。こればかりは私のような専門家に任せてもらうのが手っ取り早いでしょう。もちろん自分と真剣に向き合って、何時間も瞑想するなどして徐々に封印を解くのは可能ですが、時間がかかる上に確実性に乏しい。

 例えば、、、こう言ってしまっては本人に失礼かもしれませんが、私のブログをよく読んで頂いている男性の方がいらっしゃいます。その男性はご本人のブログやミクシィに私のブログにインスパイアされた記事をよく書かれるのですが、こんな話をしばしば書いています。自分は成功できない。なぜか。それは小学生の頃、サッカーが好きだったのですが、ゴールを決めた瞬間、先輩がすごく悲しそうな顔をして、それ見て、「もう、ゴールを決めるのはやめようと思った」からだそうで。ディティールは忘れましたが、だいたいこんな話だったと思います。先輩の悲しそうな顔がある種のトラウマのようになり、それが成功にブレーキをかけていると言うのです。ご本人はしきりにそう思うとしているのですが、これは明らかに違うでしょう。それは確かにエピソードの一つとしては事実でしょうが、実はそのご本人が封印したいと思っている根源的な経験があったはずです。

 そもそも自分がゴールを決めて、仮に先輩が悲しそうな顔をしたからと言って、それをショックに思うためのもっと深い理由があるはずです。その先輩が自分の生活や命の権限を握るほどに影響力のある方なら別ですが、一般的にそれはあまり考えにくい。そしてもしそれがビリーフ形成の本当の理由だとすれば、そのことに気づいた瞬間に人生は変わっているはず。「成功できない」なる思いを持つこともなくなっているはず。だけど、そうでなければ本当はもっともっと根深い理由があるはずです。だけど、人は自分にとって本当に辛い無意識の情報など見たくないもの。なぜなら、それを見てしまえば「変化」してしまうから。無意識は変化を避ける。無意識がそれを見させないように働きかけているのです。

 その結果、もっと浅いレベルの情報に目を向けさせ、それでなんとなく納得した気にさせる。その「浅い情報」のことを「シェルター」と呼んでいます。つまり、本当に辛い情報から目をそむけるために、その逃げ口としてさほど深刻でない情報を用意してしまう。これは目標達成などでも言えて、ときどき突拍子もない目標を言う人がいますよね。例えば資産100億円、ノーベル平和賞、一万人の女とやる(今は童貞)、一億冊のベストセラー作家になる、国を買う、など。そこまで言わずとも、明らかに無謀そうな目標を掲げる人がいますが、そう言うことによって、目の前の本当にやらなければならないことを見ないようにしているのです。それも一種のシェルターです。そしてシェルターに逃げ込んでいるうちは、いつまでたっても問題は解決しません。

 だけど、人には段階があります。根本的な問題解決するには、かなりの抵抗が生じます。ビリーフチェンジのセッションもそうですが、根本的な問題解決する瞬間に直面してしまうと、かなりの割合でボロボロになってしまうから。誰だってボロボロの姿など見せたくないはず。そんなボロボロになるくらいなら、問題解決などしない方がいい。それもまた一つの選択肢でしょう。つまり、問題解決に向けた準備中の段階。もちろん問題意識を持ってなければそれはそれでいい。すごく幸せであればそれでいい。だけど、この人生においてなぜか同じパターンを繰り返すとか、長年、どうしても解決できない問題があり、そのことに「悩んでいる」のであれば、いつかはその「根源」に触れる必要はあるでしょう。だけど、それもまた準備であって、誰もかれもがすぐに進めるわけじゃない。

 ですので、私のセミナーにしても、まだ準備中の人はまずは14日のイブニングがあるし、もう準備ができたと思ったら15日・16日のセッションに参加してみるといい。ただ、ボロボロになったところで周りもほぼ全員ボロボロになるのだし、命や尊厳を取られるわけでもありません。むしろ、自分らしいピュアな状態に戻れるので、セッション後は驚くほどに清々しいもの。思えば、私にとっての「滝行」もこんな感じかも。入る前はめちゃくちゃストレスで、入ってるときはボロボロ。だけど出ると妙に気持ちがいい。こんなことを年間100日もやってるのだから、ま、ボロボロ耐性はできてるのかもしれません。いずれにせよ、14日のようなセミナーでは楽しく笑いながら知識を得て、15日・16日のようなセッションでは人生の根源に触れる。こんな感じで考えています。

 そんなわけで、先ほどサッカーの事例でMくんには失礼だったかもしれないけど、決してdisってるわけじゃないので、参考意見として読んで頂ければと思います。ちなみに先日の東京セッションの後、次々と感想を頂いているのですが、なかなか面白いです。文字通り、身体のコリが取れているって人が多くて、なるほどな~、やっぱり「心のコリ」を取れば「身体のコリ」も取れるのか~と納得のこと。やっぱ、ラクに生きたいですもんね。私もこれからもラクに楽しく、そして熱く生きていきたいと思います。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-26 23:39 | ■人生哲学 | Comments(0)
b0002156_22111780.jpg ビリーフチェンジ・グループワークスの二日目。9日間泊った浅草のウィークリーをチェックアウトします。と言うのも、明日は早朝便で福岡に帰るので、羽田空港に近い宿をとる必要があるから。チェックアウトのとき、ちょっと寂しい気がしました。また来るけどね。さて、昨日に引き続きビリーフチェンジですが、実は今回、案内文も作らずにフォームだけで受付してたのですが、受付と同時に定員の半分くらいには達し、その勢いですぐに満員と思っていました。だけど、そこから申込がほとんど伸びず、直前まで空席のある状態。参加費も決して高くなく、同じ値段の普通のセミナーなら30人から50人くらいは集まるのが最近の傾向。だけど今回はどうしたものか。最終的にそれぞれ定員8名が満員にはなったのですが、初日は前日に一名キャンセル。二日目は前日の夜中と当日の朝にキャンセル。最終的に7名と6名のワークスとなったのですが、今回はなぜにこんなに集客苦戦したのか。参加者の方に聞いてみてよくわかりました。

 つまり、、、緊張感がハンパなかったと。最初に申し込まれた方はそうでもなかったようですが、後の方で申し込まれた方は、めちゃくちゃ気にはなるものの、どんなことが行われるのか、自分がどうなっちゃうのか、期待以上に不安が大きかったようです。前日はほとんど眠れなかったと言われる方も。そうか、そんなに緊張を強いていたのか。確かに最近のブログではやけにハードルを上げるような書き方で、それはつまり私の本気度の反映でもありました。中には胃痛を感じながら部屋に入ってこられた方も。そうか、そんなに緊張されたのかあ。仮に見ているだけのオブザーバー参加枠などがあったら、もっと人は集まったかもしれませんが、今回は全員セッションが約束でしたのでそうもいきません。今後はそんなことも検討したいとは思いますが、とにかく今回は全員セッションです。

 ちなみに今日は6名でギリギリでした。最後の方のセッションが終わったのは17時15分。着地と同時に部屋を退出させられ、あとは懇親会でシェアの時間を取りました。二日間ともに懇親会も全員参加。そして両日13名中、私と初対面の方はたったの一名。それ以外の方は全員がセミナーやツアー、コーチングの経験者でした。やっぱり初参加で今回のワークスはハードルが高すぎたのかあ。だけど、それでも乗り越えて来られたら、それだけのことは確実にあるワークとなりました。特に初日の唯一の初対面の方、、、守秘義務上詳しくは書けませんが、ものすごい変化を見てしまいました。生まれてこの方誰にも言ったことのない悩みを打ち明け、初めてそれと向き合い解消した。懇親会の面白さはハンパなかったです。酒飲みながらその方の笑顔見て、つくづく思いました。やってよかった~と。

 そして今日のセッション。結論から言うと、参加者6名(女性5名、男性1名)が全員セッション中に涙を流されました。もちろん泣いてもらうことが目的ではありません。そもそも「ビリーフ」はどうやって固定されるのか。それは「感情の氷結」によってできるのです。例えば「お前は医者になるんだ(医者にならなければ価値がない→ありのままのお前には価値がない)」と言われ続けていたとしましょう。もし今、他人から「バカ」と言われたらどう感じるでしょうか。「怒り」か「悲しみ」か「怖れ」のいずれかの感情が出てくるでしょう。それが自然。大人ならそう「感じ」て「バカ」と言われたことを否定できます。だけど、子どもの場合は「価値がない(バカ以上にひどい)」と言われても、本来は感じるはずの「怒り」、「悲しみ」、「怖れ」を出さずに閉じ込めてしまうのです。だって、人は誰もが「価値がある」のに「価値がない」と言われると、心理的以上に生理的・生体的な反応があってしかるべき。しかしその「価値がない」という言葉に反対すると、もっと強く「価値がない」と言われてしまう。反対するには「感情」が必要。だけど反抗できない。よって「感情」を封じ込めてしまう。「価値がない」と言われ、「はい、私は価値のない人生を歩みます」と決断してしまう。その決断は「感情」とともに固定化し、その決断の通りの人生を歩んでしまう。

 だけど、人は生まれながらに無条件に価値がある。生きるには自分の価値を認める必要がある。願望実現するには自分の価値を認める必要がある。しかし、大昔に「私は価値がない」と決断してしまった。「価値がない人間」が「価値ある人生」を歩もうとすると、どうしてもギャップができてしまう。そのギャップが悩みや苦しみを生みだすのです。では、その悩みは苦しみを解消して、もっと生きやすくなるにはどうすればいいか。それは幼少期に行った「価値がない」なる決断を改めて疑い、それを封じ込めてきた「感情」を溶かし、そして「価値がある」なる新たな決断(再決断)をするしかない。「価値がない」から「価値がある」へと決断を改めることができれば、「価値がある人生」とのギャップもなくなり、より自分らしく生き生きと人生を歩めるようになる。そんなセッションです。

 なので、セッションでは幼少期の「決断」した状況に身を置いてもらいます。本人にもそのように誘導しますが、私の目の前にも子どもが登場します。そのとき、最初の「決断」を覆い隠していた「感情」を取り除かなければならず、そのとき、自然と涙が出たり、怒りを感じたりするのです。そしてある程度、「感情」が溶けたと判断してから、いよいよ再決断のステージに進んでもらいます。実際、見てる方もハラハラするそうです。実は今日のセッションでは、、、ビリーフの中でも最も深刻な「キング・オブ・ビリーフ」が出てきてしまいました。まさかこれが出るとは。私のブログを読んでセミナーとかに来られる方の多くは、どちらかと言うと上昇志向で、自分の「存在」自体を否定するような方などいないと思っていた。だけど、その認識は改める必要がある。今から書くことはクライアントさんから了承を頂いたことなので、記憶をたどりながら書いてみたいと思います。以下、クライアントさんを「C」、私を「Q」とします。

---

Q:今日は何を解決したいですか?
C:自分は何をやってもダメなんです。(実際にはいろんなやり取りがありました)
Q:(30分ほどカウンセリングをした上で)では、仮に〇〇さんの目の前に生まれたばかりの〇〇さんがいると思って下さい。その赤ちゃんを抱っこしてみてください。どうですか?
C:・・・小さい。でも、可愛くない。
Q:そうですか。じゃあ、可愛くないのだったら、床に放置してみたらどうですか。
C:(放置する)
Q:その赤ちゃん見てどうですか?
C:泣いてる。
Q:ですよね。じゃあ、そのまま放置し続けますか?
C:お母さんに預けます。
Q:ではそうしてください。だけど、お母さんに預けちゃったら、その子は本当に幸せになれますか?
C:なれない(すでに涙を流している)。
Q:じゃあ、お母さんにこう聞いてみて。「この子を大切に幸せに育ててくれますか?」って。
C:この子を大切に幸せに育ててくれますか?
Q:お母さん、なんて答えてる?
C:無言、、、嫌そうです。
Q:じゃあ、次にこう聞いてみて。「お母さんはどうしてこの子を産んだの?」って。
C:お母さんはどうしてこの子を産んだの?
Q:なんて?
C:「できたから」って。
Q:そうか。〇〇さんはそんなお母さんに預けて大丈夫?
C:だめ。
Q:じゃあ、どうする?
C:わからない。
Q:だったら、放置してたら。床の赤ちゃんどうしてる?
C:泣いてる。
Q:だよね。赤ちゃん、なんで泣いてるかわかる?
C:悲しいから?
Q:違うよ。赤ちゃんは「生きたい」って言って泣いてるんだよ。人間の赤ちゃんは動物と違って、誰かに育ててもらうしか生きていけないんだよ。生きるためには、まずは泣くしかない。生きたいから泣いてるんだよ。
C:・・・(すでに号泣)
Q:もう一度聞くけど、その赤ちゃんどうする?
C:育てます。
Q:誰が?
C:自分。
Q:自分って誰?
C:私、、、が育てます。
Q:うん、わかった。
(中略、再決断-私が育てます-等)
Q:じゃあ、最後にね、その赤ちゃん抱っこしてこう言ってあげて。「生まれてきてくれてありがとう」って。
C:生まれてきてくれてありがとう。
Q:赤ちゃんどう?
C:笑ってる(笑顔)
Q:うん。じゃあ、今日はこれで終わりますね。

---

 かなり端折ってはいますが、こんな感じで進んで、結局、このセッションは一時間以上かかってしまいました。だけど、それだけ真剣のガチンコ。お分かりと思いますが、この赤ちゃんはクライアントさんそのものです。「私は存在価値がない」ってのは、周りからそう教えられ、自分でそう決断してしまったこと。根底に自分の「存在」を否定するようなビリーフがあれば、何をやってもダメに思うのは当然のこと。だったら、誰が自分の「存在」を認めるのか。それは最終的には自分しかいない。両親が、家族が、先生が、友達が、、、誰が何と言おうと、自分の存在は自分で認める。私が生まれながらに絶対的な価値がある。それを認めるのは他人じゃない。最後は自分。

 この方はしょっぱなから「赤ちゃん、小さいけど可愛くない」と言いました。それはまさに自分が自分に下している評価そのもの。だけど、放置してたら死んでしまう。つまり、放置してたら自分を殺してしまう。だったら、お母さんに預けるのか。そうなるとまた同じ人生の繰り返し。何度も何度も迷いながら、、、最後の最後にようやく自分で育てることを決意。つまり、自分を認めるのは自分でしかないことに気が付いた。自分を大切にするのは自分しかいない。なぜ大切なのか。それはありのままの自分が無条件に価値があることを知ったから。

 このセッションは決して「誘導」はしません。もしどっかで「放置して死んでもいいです」と言ったら、それで終わるしかない。何の解決もできないけど、セラピストはそれ以上その人の人生には介入できない。ただ、本来であれば最初に契約してもらいます。それは「自殺・自傷しない、他殺・他傷しない」と。この契約はあらゆることにおいて優先されるもの。もちろん守秘義務を超えた契約であり、その人が最終的に「放置して死んでもいいです」と言ったら、いつでも警察や家族に知らせる準備をする。だけど、今回に関しては最初に「自殺・自傷しない、他殺・他傷しない」という約束をしていなかった。本当であればかなりリスクのあるセッションだったのですが、ただ、幸いにも私はその方のことをある程度知っていたので、そこまではしないとの信頼がありました。だからこそ、このセッションに踏み切ることができた。だけど、普通はしません。初対面の人だったら。

 幸いにも最後はうまく着地して胸をなでおろしたのですが、終わったときの脱力感たるや。周りも方針状態でボロボロ。こんなハードなセッションが続いたら私の方が命を縮めそうな勢いですが、だけど、同時に「存在」の大切さを魂から知ることができた。途中から「この人は絶対に幸せになるしかない(殺してはならない)」と本気の本気で思い、私自身がトランスに入っているような感じになりましたが、実はその逆で覚醒していたのだと思います。セッション中は本当に「神」を感じていましたから。やっぱり生きるって素晴らしいよ。人間って素晴らしいよ。

 ちなみにこの方は懇親会にも当然参加されたのですが、すでに変化を見てしまいました。どちらかと言うと大人しい人なんですが、しゃべるしゃべる。いいね。いいね。それでいいんです。それで自然なんです。これからが楽しみですね。ビリーフチェンジセッションの面白いところが、昨日も書きましたら、セッションを受けた後は何もしなくていいこと。コーチングやコンサルティングの場合は宿題とか課されますが、ビリーフチェンジは何もする必要がない。ただ、あるがままに生きていればいい。だけど、そうやってビリーフが変わると確実に周りも変わるので人生も激変する。

 実はこのビリーフチェンジに関わってから、私の中で大きな変化があります。変化と言うか、一つの気づきなんですが、今まで私はとかく「頑張れ」とか「負けるな」みたいなことを書いてきたと思いますが、それも一つの生き方であると同時に、本質的には「何もしなくていい」って思いもあります。人間は究極、自分を生きるために産まれてきました。だとしたら、自分を生きるために頑張るって変な話ですもんね。自分じゃない人生をどうにか生きるためには、そこで頑張る必要もありますが、それは「人生」じゃないですからね。ただ、誰もかれもが自分の人生にすぐにつながるとか限らず、それまでにはいろんな苦しみもあることでしょう。だから多少は頑張ることも必要。だけど、「頑張る」ってそもそも「試行錯誤」みたいなもので、本来の人生に行きついてしまえばもう頑張る必要はない。私だっていろいろやってますが、頑張ってる自覚ありませんもの。滝行だって好きでやってるだけで、そこに頑張りはない。もちろんミクロにはいろいろありますが、大きく振り返ってみると、頑張った記憶がここ数年はない。だからまったく肩もこらない。心のコリもほとんどない。ビリーフチェンジのもう一つ面白いことろは、ビリーフを手放しちゃうと、身体まで良くなること。昨日今日とセッションをさせてもらって、誰がも「身体がラクになった」と言われてたのは興味深かったです。そんなもんなんですよね。

 と言うわけで、今日はなかなかハードでしたが、実に充実した一日でした。他のセッションもいろいろありましたが、私自身の経験値が上がったと同時に、参加された皆さんの人生において、確実何かプラスになるものをもたらしたって実感も頂きました。とにかくこれからが楽しみです。最後にこのセッションではビリーフを植え付けた張本人、多くは両親になるのですが、セッション中、両親が悪者のように感じることもあるでしょう。だけど、やってみればわかるのですが、両親は悪者なんかじゃなく、単に「不完全」であっただけ。曲がりなりにも自分を産み育ててくれたのは事実で、その意味で悪者なんかでは決してない。単に「不完全」なだけ。だけど、子どもの頃は両親こそが「完全」だと思っていた。だから、不合理なビリーフを受け入れてしまうのであって、本来は自分や皆と同じ「不完全」な存在なのです。そのことを知ると、両親のことが逆に愛おしくなる人もいるようです。それが本来でしょうね。誰だって不完全なんだから、だからこそ人間なのです。

 てなわけで、ついに明日は福岡に帰ります。東京滞在は本当に楽しかった。またやってきます。東京だけじゃなく、全国各地に出没します。とりあえず来月は大阪と名古屋。今からまた楽しみです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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【大阪】12月14日(金):「心のコリ」をほぐして願望実現する秘伝セミナー (宇宙となかよし塾特講)

【大阪】12月15日(土):人生を加速させるビリーフチェンジ・グループワークス

【名古屋】12月16日(日):人生を加速させるビリーフチェンジ・グループワークス

【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-25 23:39 | ■人生哲学 | Comments(4)
b0002156_7582593.jpg ビリーフチェンジ・グループワークス一日目終了。定員8名で考えていたのだけど、前日キャンセルにより本日の参加者7名。だけど、それはそれでちょうど良い人数だった気がします。私入れて8名になるので、ランチと懇親会の席もピッタリ。会場は12人部屋で私がワーク上5つのイスを使うので、5+7でピッタリ。さらにセッションもちょうど7名で時間通り。8名だったら一人できなくなるか、できたとしても一人一人を短縮してしまい、十分なセッションができなかったかもしれない。やっぱり最終的にはベストの状態に落ち着くものだなあ。ちなみに明日もマックス8名のお申込みがあったのだけど、やはり急なキャンセルを頂きおそらく7名か。なんだか宇宙のリズムに乗っている気がします。本日は男性4名女性3名、明日はおそらく男性1名女性6名の予定。

 まあ、ぶっちゃけた話、今回の二日間のワークスはいわゆる儲けはほとんど出ず、10日間の滞在に関わる経費を差し引くとかろうじて赤字にならない程度。それだけに「初心」に戻れる貴重な経験をさせて頂いています。もっとも、ビリーフチェンジセラピーについては養成講座が昨日終了したばかりなので、いきなり16,000円もの代金を頂くのはおこがましい話なのかもしれない。ただ、私の場合はそれまでのコーチング、セミナーの経験があるので、それを加味するとかなりお得な料金設定だと思っています。とりあえず今年はこの料金据え置きですが、来年からは一日30,000円の参加費とさせて頂きます。リピートは永遠に半額にしますので、今回の参加者はお得と思います。ちなみに12月は15日大阪と16日名古屋でそれぞれやる予定。これも経営的には儲けは出ませんが、何よりもまずは経験です。

 さて、本日のセッションですが、さすがに守秘義務があるので内容をブログに書くわけにはいきません。ご本人の了承があれば許される範囲で書くことはあるでしょうが、今後もセッション内容をブログに書くことはありませんので、その辺も安心してご参加頂ければと思います。ただ、一般的な話として、養成講座でも言われてたのですが「自己重要感」に関するビリーフは誰もが持っているものだと実感。それは私も含めて。ワークスではセッションの合間合間にいろんなお話をさせて頂いているのですが、いわゆる「重要感の高い人」や「自信のある人」ってどんな人かって話をさせて頂きました。「自信」の方が分かりやすいかな。

 参加者の方に聞いてみると、例えば「堂々としている人」とか「元気な人」のような返答を頂きましたが、他にも例えば「行動力のある人」とか「頑張っている人」などあるでしょう。もちろんそれはそれで間違いではありません。ただ、ときにはそれが「過剰」なケースもあります。確かに行動すれば、それなりの結果が出るし、それだけ人から認められるようにはなる。だけどそこで、「どうだ、すごいだろう!」、「お前らとは違うんだ!」、「もっともっと上を目指すぞ!」、「年収10億円いきます!」などと、確かに自信満々には見えるのだけど、どこか「不自然」な人っていますよね。例えば「年収10億円」なんて軽々しく言う人いますけど、そんなの日本にどれだけいるとお思いでしょうか。資産10億円でもいいですが、それでも決して多くはないでしょ。それが、どうして年収500万円のサラリーマン、または起業を夢見るニートの口から出てくるのでしょうか。それなりのキャリアと能力と機会を持っている人ならまだしも、私を含めて一般人がどうやれば「年収10億円」なんて手にできるのか。じゃあ、そのは年収10億円を手にするために今、何をやっているのか。ホラを吹くのも大切ですが、行動の伴わないホラにお金を払う人はいません。

 例えば孫正義とか柳井正なんかが「今度新たな事業部を設立したのですが、三年以内に100億円の売り上げを見込んでいます」と言えば、それなりに説得力はあるし不自然さも感じない。基準は「自然」か「不自然」かです。傍目には自信満々に見えても、それがあくまで「不自然」であれば、それは「反抗的決断」と言って、いわゆるコンプレックスの裏返しとして現れます。逆に「オレなんかダメだ」といかにも自信なさそうなのも「絶望的決断」と言って、コンプレックスがそのまんま出ているだけ。一見真逆のように見えるけど、その根っこは同じこと。実際、普段は「やるぞ!」、「できる!」と言ってるのに、一人になると途端に落ち込んでたり、酒を飲ませると自分のダメさに涙流したりする人などもいます。その意味では私なんかも「反抗的決断」の傾向が強く、それだけ自己顕示欲も強い。だから、私だってものすごいコンプレックスの塊だし、自己重要感は決して高くもない。

 じゃあ、話を戻しますが、「自己重要感の高い人」とか「自信のある人」ってどんな人なのか。それは一言で言うと「赤ちゃんのような人」でしょう。犬や猫でもいいです。つまり「自己重要感」や「自信」なんて概念すらない人。自信のなさそうな赤ちゃんって見たことありますか。自信のなさそうな犬って見たことありますか。逆に自信満々の赤ちゃん、自信満々の犬。想像できないでしょ。赤ちゃんはただあるがままに、お腹すいたら泣き、寝たいときに寝る。うんこやしっこも恥ずかしがらずに構わずする。ま、実に堂々としたものですが、決して過剰ではなく、ただあるがままに自然に生きている。違和感もありません。

 ただし、成長するにつれ、あんなに堂々としていた赤ちゃんでさえも、いつの間にか自信のない子どもに育って行く。自己否定であれ自己顕示であれ、現れ方は違えど「あるがまま」の生き方を手放してしまう。自分は価値がない、または何かをしなければ価値がない。世の中のシステムがそうなってるから仕方ない話でもある。多くの家庭、そして学校がそう。優劣を競わせて、勝つものも負けるものも、いずれにしても「優劣の価値」なる「条件」を植え付ける。そしてその「条件」から外れた瞬間、「自分はダメなやつだ」を痛めつけ、または「もっと頑張らないとダメだ」と、ぽっかり空いた「自信」の隙間を埋めようとする。もし仮に頑張ってその「自信」が埋まったとしても、また別のケースで空いてしまうこともある。その繰り返し。

 ようは、成長過程で誰もが「自信の隙間」を作るようにプログラムされ、私たちその隙間を埋めるために生きるか、または隙間が埋められないほど大きければ、自らの存在価値を疑い、ときには年間3万人の自殺者の一人になっています。程度の差はあれど、誰もが「自信の隙間(自己重要感の喪失)」に悩まされながら生きているのです。まずはその事実を受け入れる必要があります。私のこんな文章を読んでしまうと、「確かに自分は年収一億とか言ってたけど、何もやっていない。自己重要感がない証拠だ。じゃあ、これからは年収600万円くらいにしておこう」などと軌道修正したくなる人もいるでしょうが、それもまたおかしな話。そんなことで自己重要感が高まることはありません。もしそれが自分の自然な感情で、年収600万円くらいが一番いいよねって心から満足してるのであればそうかもしれないけど、このブログ読んで軌道修正したところで何の意味もない。忘れた頃に、例えばまた何かコンプレックスを刺激するセミナーに出たり、本を読んだりしたら、「オレはまだまだこんな自分に満足してはならない。再び年収一億円を目指そう!」なんて言い出したりしますから。別に年収一億円を目指すなと言ってるわけじゃありませんよ。それが自然な姿だったら目指せばいいし、自然である以上、達成も難しくないでしょう。

 だけど世の中には、ものすごく頑張ってものすごい年収を得る人もいますが、気が付けば破産してる人だっています。ある時期、起業家の間で一世風靡したH氏なんかも、一時期は年収5億を手にしながら、いつの間にか消えたと思ったら自己破産して自殺寸前だったと、最近、フェイスブックで告白してますよね。それからなんとか持ち直したそうですが、この先どうなるかはわかりません。だけど、文章を読んでいる限りでは、この人(H氏)はまだまだ自己重要感に悩まされてるな~と感じます。起業家にはそんな人、決して少なくないです。そして自分もそうなることを夢見て弟子入りしたりするのですが、そのわずか数人は確かに成功するでしょう。だけど、結局師匠と同じ道を歩むのみ。師匠は選ばないといけないですね。

 それはともかく、繰り返しになりますが、人は誰もが「自信の隙間」に悩まされ、ときには自己否定に走り、ときには過剰に頑張ったりする。では、どうすれば楽に生きられるのか。ハッピーに生きられるのか。そのためにはまずは自分を知ること。自分の胸に手を当てて見て、今のあり方が「自然」かどうか聞いてみること。私なんかもまだまだ痛い部分はあるけども、だけど、徐々にですが隙間が埋まってきた感じはあります。以前は何か言われたら過剰に反応してたけど、今も確かにその傾向はありますが、昔ほどではない。もちろん自分の押し殺すこともない。腹立ったら素直に腹立てるし、それが悪いこととも思っていない。スピリチュアルな人はとかく「いい人」でいようとするし、周囲もそれを求めようとする。私なんか完全に「スピリチュアル系」なんですが、最近はそれを言うと「え?!」って顔される。何を意味してるのかはっきりしませんが、まあ、特にいい人ぶってもないし、言いたいこと素直に言いますから、その辺にいわゆる「スピリチュアルとはこうあるべきだ」ってレッテルから外れちゃうのでしょう。だけど、それでもどう考えても私はスピリチュアル系だし、それでいいと思っています。

 今日のセッションの話になりますが、当然のこと、自己重要感やあるがままのあり方に問題を抱える人は多いです。だけど、今日のセッションでそれらを少しは手放せたような気もするので、これから人生が楽しみですね。ビリーフチェンジセラピーの面白いところは、セラピーを受けた後、特に頑張らなくてもいいこと。コーチングやコンサルなんかは、コミットしたことに対して頑張る必要があるけど、ビリーフチェンジの場合は、ただ、あるがまま、魂の流れに自然であればいい。だから何もしなくていい。だけど、何かが起ころうとする前兆には敏感である方がいいかな。今日は様々なケースがありましたが、自分としてはそれなりのセッションできたように思います。明日も頑張ります。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-24 23:39 | ■人生哲学 | Comments(4)
 久々に肝臓を休めて今朝もスッキリ早起き。いよいよ今日で「プロセラピスト養成講座」も千秋楽。9月末から2か月弱。あっという間でした。だけどこの2か月間はよく勉強しました。2か月前は知らなかったこと、できなかったこと、今では確実に身に付けている。あとは磨きをかけていくだけ。先ほどフェイスブックに総括のような文章を書いたので、よかったら読みに来てください。この講座の一つの目的はプロになることですが、短期間にプロになる秘訣など書いています。明日から本格的にプロセラピストとして活動するし、すでにクライアントも集まっていますので、名実ともに明日からプロです。もちろん私はこれまでコーチング・セミナー・集客の実績があったので、何もない状態で受講する人よりは先に進んでいたとは思いますが、それでもこのやり方を取り入れるにはそれなりの工夫が必要でした。

b0002156_81119.jpg 重要なことはとにかく大量に詰め込むこと。そしてそれらの情報を分類整理して自分の言葉に置き換える。だけど実際のセッションに際しては、それらの情報をすべて忘れることが重要。所詮、私がインプットした情報なんてちっぽけなもの。もちろんそのバックには大きな裏付けがあるのですが、私がインプットできるのはその一部。その一部だけで、目の前のクライアントの人生を変える(お手伝いをする)ことができるのか。ときには命をかけることだってあるでしょう。それを高々2か月間で学んだ内容で対応できるのか。できるはずありません。それでも私は明日から活動を開始する。なぜそんなに早くできるのか。それはインプットした内容をセッション中はすべて忘れることができるから。

 以前私の友達から聞いた話です。3歳くらいの子どもがいきなり癇癪出して、あまりに度が激しく引き付けを起こしたそうです。普段ならすぐに落ち着くのですが、その日は突然呼吸が止まってしまい、真っ青のチアノーゼ状態になりました。呼吸が止まっているのですから、このままでは命にかかわる。一緒にいた父親はオロオロするばかりですが、母親がとっさにマウスツーマウスで人工呼吸をした結果、ゴボッとなって息を吹き返したとのこと。一応急患に連れて行ったのですが異常なしでもちろん今も元気です。このとき、母親の取った行動が医学マニュアル的に正しいかどうかはわかりません。だけど、結果としてそれでよかった。もしもこのとき、スマホを取り出して「癇癪 チアノーゼ」とか検索していたら、もしかしたら手遅れになっていたかもしれない。だけどこの母親は目の前の愛する子どもを救うために、とっさの行動に出た。目の前の人間のことを本気で必死に思えば、そこで出される手法はすべて正しい。それが私のクライアントと向き合う上での基本哲学です。

 繰り返し言いますが、私がこの2か月で吸収出来たことなどほんのわずか。だけど、私にはその奥の「大いなる存在」とつながる力があります。その「大いなる存在」とは別名、超意識、ハイヤーセルフ、神、インスピレーション、ソース、ゼロポイントフィールド、形態場など、いろんな言い方がありますが、高いパフォーマンスを発揮するためには、その「大いなる存在」の力を借りずして不可能です。それは今後、私自身もいろんな知識や経験を身に付け、直接的なデータベースも拡大して行くでしょうが、それでも常に「大いなる存在」に身を任せることが重要。ただし、その「大いなる存在」の力を引き出すには、自分でできることはすべてやっておく必要がある。例えば私は司法試験の勉強など一回もしたことないですが、「大いなる存在」の力を借りて試験に合格するかと言えば、決してそれはない。一つのことに対して、自分のできることをすべてして、そのときに初めて「大いなる存在」が力を貸してくれるのです。それがまさに「人事を尽くして天命を待つ」です。
 
 昼に棚田先生らとランチをしているとき、スピリチュアルの話になりました。今後、ビリーフチェンジセラピーをビジネス、恋愛、健康など各分野に応用して行く中、それぞれの分野のオーソリティが誕生すればいいって話ですが、その中でスピリチュアルの分野開拓も重要ではないかとのこと。確かにその通り。ただ、私の中では今のところこのビリーフチェンジセラピーの手法でスピリチュアルな目覚めを再現できるかどうかの道筋がはっきりとは分かっていません。そもそも私たちが持っている最大のそして根源的なビリーフにあるのが、「世の中は分節化されている」なる錯覚。これは脳(大脳新皮質)の発達とともに必然的なことではあるのだけど、私たちは脳の発達とともに、世の中にいろんな「名前」を付け始めます。これを「分節化」と呼ぶのですが、それによって世の中を「自我」や「理性」で判断しようとします。だけど、そもそもこの世の中は無色透明で、名前の付け方もあくまで恣意的でしかありません。そしてこの「名前の付け方」にこそその人の世界観が反映され、いわば私たちは「名付けられた偽りの世界」に生きています。しかし、多くの人はこの世界が「偽り」であることを知りません。それが真実だと信じ込んでいる。これが最大にして根源的なビリーフです。

 ですので、最終的な「ビリーフチェンジ」とはまずはこの世の中が恣意的に名付けされた偽りの世であることを知り、そこから真実の、つまり「あるがまま」の世界を直感すること。例えば今回、10日間でビリーフチェンジの勉強をしましたが、それはあくまで人間理解の一側面でしかありません。24のビリーフがある、、、なる分類自体が恣意的な名付けに過ぎず、それは真実とはかけ離れた姿。しかし、皮肉なことに、ビリーフチェンジセラピーについて表面的な理解にとどまってしまえば、「人間のパターンは24種類に分類される」なる愚にもつかないビリーフを所持してしまう結果となる。これで「人間」が見えるはずありません。確かに私たちが情報を収集する一般的な方法は「言葉」によって置き換えること。人間のパターンを24種類に分類するのもその一つですが、この分類に固執してしまうと、ますます人間が見えなくなってしまう。コーチングやNLPでもやたらとパターン化することがありますが、それは人間の一部の側面を恣意的に言語化した情報に過ぎず、理解の一助にはなれど、本当に人間を見ることにはなりません。そのことを知らずにパターン化された情報で人を判断してしまうほど危険なことはない。

 今回、棚田先生のセッションを何度も見させて頂きましたが、実は24のパターンに当てはまるセッションは半分もありませんでした。それだけ「人間」を見ている証拠だし、一回一回のセッションがガチンコである何よりの証。しばしばセッション後に受講生がその手法について質問することがあるのですが、棚田先生は「直感だよ」と答えており、それ以上でも以下でもないでしょう。私はセッション中はまったくメモを取らずに、ただ、あるがままの状態を感じることに費やしていました。議事録取るかのようにメモしている人もたくさんいましたが、そんなメモ、絶対に見直すはずもないのに、それよりも私は「人間」とそこで交わされる「魂の交流」を感じることに費やしました。寝ながらでもずっとそこに意識を向けていたので、おそらくそのような経験もまた、「大いなる存在」につながるためのリソースとなることでしょう。そして私はそのことを知っています。

 いよいよ明日はプロセラピストとしての初仕事となります。これまでやってきたことはやってきた。あとは「大いなる存在」の力を信じて、目の前の「人間」と「魂の交流」をするのみです。24日は一度満員になったのですが欠員一名、25日は二名の残席がありますので、今からでもよかったらお待ちしております。080-3374-2769にお電話頂ければ残席確認ができますので、気軽にどうぞ。ただし、セミナー中は出られませんので、留守電を残して頂けると助かります。明日からの土日、魂の交流、そして魂の浄化が活発に行われることでしょう。すごく楽しみになってきました。ありがとうございました。

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【東京】11月24日(土)・25日(日):人生を加速させるビリーフチェンジ・グループワークスⅠ&Ⅱ

【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-23 23:39 | ■精神世界 | Comments(0)
 今日は「プロセラピスト養成講座」の九日目、なんですが、、、半分くらいは寝ていた気がします。午前中はトラウマ対策の講義で午後はセッション。一日通して一度も質問しなかったのは今日が初めてかも。セッションは他の受講生の様子を見るだけですが、その間はほとんど寝てたようで。だって座り心地のよいソファがあるんですもん。でもまあ、半分寝ながらでも、無意識には入っていることでしょう。ただ、今日は終了後に公式懇親会があって、当初は参加するつもりでいましたが身体の声が「NO」と言ってたので欠席することに。夕方の段階で行こうと思えば「無理すれば」行けたと思うのですが、ここはやっぱり自制。そして家に電話すると、ちびQが熱を出しているそうな。私がいない期間が長くなると情緒が不安定になることもあるらしい。集合的無意識でつながってるので、ちびQの熱も私に対する何らかのシグナルなんでしょう。なんせ、土曜日から毎日飲んでいて、しかも月火は2時過ぎまで飲んでいずれもネットカフェで始発待ち。昨日も終電。身体がサイレントに悲鳴を上げてる声が聞こえるのです。明日はどうなるかわかりませんが、土日は確実に飲むと思うのでゆっくりと肝臓を休めておきたいと思います。

 でもまあ、半分寝てたと言っても、今日のセミナーもまた気づきの大きい一日でした。午後から4名連続でセッションを拝見させてもらったのですが、ほんと、いろんなビリーフがあるなあ、と。幼少期における受動的な決断によって、その後の人生が完全にコントロールされてしまう。それはそれで一つの人生ではあるのだけど、もしできるのであれば、そして求めるのであれば、幼少期の「決断」から自由になって、新たな自分らしい人生へと再スタートを切って欲しいとは思います。このビリーフチェンジの勉強を始めてから、人間の奥深さ、そして愛しさがますます認識できるようになり、私にとっても大きな再スタートのきっかけとなっています。

 そう言えば先ほど、20日の東京イブニングセミナーの感想を頂いたのですが、その中で公開セッションに関する一文。

公開セッションは見ている方も緊張しましたが、本人が最終的に顔色が変わっていくのを見て、
誰でも子供の頃のわだかまりを手放す事が出来るのだと思いました。


 ありがとうございます。このようなご感想を頂くと、まずは成功だったのかな、と。確かに公開セッションを周りで見ているだけで緊張が走るでしょう。だけど実は私はほとんど緊張していない。と言うか、周りが見えていない。私自身が完全にその「場」になり切っているので、目の前のクライアントしか見えていない。40名弱もの大人数の前で公開セッションをするのはもちろん初めての経験ではあるのですが、実際にやってみて人数は関係ないことを知りました。クライアントはいつでも一人。もちろん「場」がセッションに影響することもあるので無関係とは言わないものの、それも含めて「場」に最善を尽くすのみ。緊張はまったくない。おそらくクライアントは、そして周りで見ている人も緊張していたと思うのですが、私はあくまで客観的な第三者。冷静なセラピストとして、クライアントに再決断のきっかけを与えるのみ。

 だけどこの「緊張」ってのはものすごくいいです。緊張ないところにビリーフチェンジはありません。ビリーフは幼少期の、特に両親との関係において作られると言われますが、作られる原因は二つあります。それは「繰り返し」と「インパクト」、またはその両方。セッションでは主に「インパクト」に焦点を当てるのですが、理由はそれが最も深刻な瞬間だから。先日、練習のセッションをしているとき、クライアント役の方はお母さんとの関係を取りあげました。しかし、セッション中にお母さんが優しくなることがよくあります。NLPなんかではそれでOK。それどころかサブモダリティチェンジして、意図的にお母さんを優しくして緊張をほぐすことがあります。それはそれで効果的なこともあるのでしょうが、実際にはずっと優しいわけではありません。お母さんだって人間ですから、24時間ずっと厳しいわけでも、逆に優しいわけでもありません。となると、仮に今は優しくとも、次に厳しくなったらどうなるのか。

 そのときの練習セッションでも一時的にお母さんが優しくなったのですが、私はそこでやり直します。あえて厳しいお母さんと向き合って下さいと言います。つまり、自分にとって最も過酷な環境をその場に置くことでしか、揺るぎないビリーフチェンジを実現することはできないのです。どんなに過酷でも、自分はこれからの人生で自分らしく自由に生きる。それが再決断であり、そのためには最も過酷なハードルをクリアしておく必要があります。確かにセッション中はクライアントが過酷さから逃げて、優しい状況を求めようとすることがあるのですが、それはセラピストがきちんと軌道修正する必要がある。NLPでは優しくなって終わり。だけど、再決断療法では最も厳しい環境に立ち向かう勇気が必要となる。それをクリアしたときに初めて新たな人生がスタートできるのです。

 それだけ厳しい環境を再現するのだからクライアントのストレスは最大化される。だから見ている方も緊張する。優しくないですよ、その場は。ただし、そのストレスが強ければ強いほど、再決断の力が強くなり、そこに大きなカタルシス、リラックスが訪れる。前に書いたと思うのですが、願望実現には「ストレス」と「リラックス」が重要。例えば苦しくなるまで息を止めて、その間に願望をイメージする。それは極度のストレス。次に大きく長く息を吐くことで、身体にリラックスがもたらされ潜在意識も解放される。その瞬間にイメージしていた願望が潜在意識にインプットされるのです。そして間もなく実現する。

b0002156_853249.jpg それと同じように、人生の転機の直前には大きなストレスがかかり、それが大きければ大きいほど、再スタートの勢いが加速する。つまり人生が加速する。ビリーフチェンジでは、そうやってクライアントに意図的にストレスを感じてもらうのですが、あ、ただ、それも程度問題。本当に重度なトラウマを抱えている場合などは、ときには泡吹いて倒れることもあるので、そのためのケアが万全でなければもう少し緩める必要はあるでしょう。ただ、私のブログを読んで来られる方は、そこまでの方はいらっしゃらないし、仮にそこまでの方が来られたとしても、目の前で見ていればその辺のさじ加減はわかってきます。とにかくセッションでは極限までストレスを感じてもらい、そこで抑圧されていた感情を放出します。先日の公開セッションを見て頂いた方はお分かりと思いますが、クライアントの方はものすごく怖い顔をして悲しみを表現されていました。これは「怒り」を「悲しみ」で代理する偽物の感情だと言うことはわかったので、そこで私は「試しに」という言葉を使って「怒り」を出してもらうようにしました。しかし、、、なかなか出せません。それだけ「怒り」が抑圧されていたので、少しずつでも「怒り」を出してもらうようにする。ちなみにこのとき、簡単に「怒り」が出せるようなら、それは偽物の可能性が高い。抑圧されているものは、出すのが難しい。それでも出そうとする葛藤がさらにストレスを生むのです。

 だけど、そこで何とか感情を放出してもらえば、そこでようやくビリーフチェンジの準備ができたことになります。その瞬間を見計らって勢いよく再決断。身体の力が一気に抜け顔色もよくなります。そして新たな人生がスタート。土日に行うビリーフチェンジ・グループワークスでは、参加者の7割が結婚・恋愛をテーマにしていますが、なぜ思ったように結婚・恋愛が進まないのか。それは結婚・恋愛に対するビリーフ、つまり「心のコリ」が邪魔をしているから。セッションではまずはそのコリにフォーカスしてストレスを感じてもらうことになります。そしてその際の感情処理をして一気にビリーフチェンジ。結婚・恋愛に関するコリがほぐれると、まずは第一段階が終了。あとは前向きに動けばいい。もしその人に「エロくあってはいけない」なるビリーフがあれば、それを取り除くといい意味でエロくなり、男はほっておかないでしょう。これは決して変な意味ではなく、男の本能はまずは股間にありき。人間の男も動物ですから、まずは「やりたい」かどうかで判断。だけど、女性の側に、どんなに美人で気立てがよく女性として完璧に見えたとしても、男に「やりたい」と思わせなければ先に進みません。そんな人、たくさんいますよ。それがなぜか男を引き寄せない理由ってこともあり得るのです。もちろん他にも理由なりビリーフはたくさんあるのでしょうが、一つでも取り除いてしまえば、その分の人生が変わらないはずはない。

 ただし、、、ビリーフチェンジするには準備が必要。準備とは「自分らしい人生をスタートする」という決意だけ。その準備があれば簡単に変わりますが、準備がない状態でセッションしても変わりません。私はこれからもビリーフチェンジセッションをする際はハードルを上げておきたいと思います。一時的なストレスに耐えうるかどうか。安くしますから来てください、とは言いません。先日の福岡でそれが最初で最後。だけど、今回からは一定の代金を頂いて、そこで覚悟を試します。もしその覚悟ができれば、とても効果的なセッションになることでしょう。さらにその覚悟は金額だけではありません。グループという場を積極的に活用し、たとえ人に見られていたとしても、自分は人生を変えるんだと言う決意を求めます。ただし、グループと言っても完全な傍観者はおらず、誰もが同じような悩みや問題、そして夢を持った仲間です。それは「わかりあえる仲間」です。なので、本来は安心すべき場ではあるのですが、やはり最初はストレスがかかることでしょう。だけど、それがいいのです。

 今のまま何もしなければ、5年後も10年後も20年後も同じ。人生は80年。今30歳ならあと50年、40歳ならあと40年。人生を変えられない人の特徴として、「自分だけは何もしなくても誰かが変えてくれるだろう」なる思い込みがあるようです。いつか宇宙人がやってくる。そんな本、売れてるじゃないですか。いつか王子様がやってくる。そんな童話も多いはずです。だけど、やってこねえっての。自分が変わらなきゃ。世の中はよくも悪くも法則通り。自分が変われば周囲も変わる。自分が変わらなければ周囲もそのまま。自分は変わりたくないけど、周囲は変えたい。それはセオリーに反しています。宇宙の法則に反しています。変えるためには「何か」が必要。その「何か」が自分で自分の人生を生きるってことなのです。

 思えば私も独立後は「何か」の連続。ストレスの連続。だけど、おかげさまでストレス耐性ができたのか、それさえも楽しむ自分がいます。滝行などもそうですが。ま、今もストレス感じてますが、それはそれでいい感じ。ストレスがなければリラックスもないし、リラックスを大きくしたければストレスを大きくすることも重要。それがつまり「生きてる」ってことじゃないかな、と思います。

 とにかくもこの三日間ほどはかなりエネルギッシュに動いたもん、ストレスの蓄積も大きい。だからこそ、こうやって身体を休めてストレスを排出。また新たな自分が生まれるわけです。明日には体調も復活しているだろうから、最終日だし、、、飲みに行ってもいいかな、と思っています。そして週末の「ビリーフチェンジ・グループワークス:両国、9:30~17:00、16,000円」も両日とも1~2名の席がありますので、ある程度の決意ができた方は思い切ってお待ちしております。そして終了後は、楽しくお酒を飲みましょう。明日はついに最終日。なんだか感慨深いですね。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-11-22 23:39 | ■人生哲学 | Comments(2)
 東京楽しすぎ。昨日もセミナー後に「軽く」いっぱいのつもりが、途中から火がついて、水道橋の居酒屋からタクシーで飯田橋のバーに移動してそのまま閉店まで。メンバーは占い師を生業とする男性、編集者の女性、新大久保の女性。バーではエロい話ばかりしてた気がする。三時にバーを出て、目に付いたネットカフェに入って気が付けば、シートから転げて床で寝ていました。都合2~3時間は完全に意識を失った状態で、あれが路上だったら身ぐるみはがされるところ。よくぞネットカフェに入ったものだ。以前、北九州で同じように飲みまくって路上で寝たことがありましたが、う~ん、気を付けないとね。

 宿に戻って午前いっぱいは身体を休めます。そして午後からランチ会へ。当初は高校の友達とかと会うかとも思ってたけど都合がつかずに空白にしていました。すると、アウルズエージェンシーの下野社長さんからお誘い頂き、ランチをご一緒することに。他にも来られると聞いたけど、どんな方か、どんな趣旨かもわからず友達の女性編集者と一緒に事務所へ。事務所に入った瞬間からぶっ飛びトークの連続。そうそう、一昨日荻窪でお会いしたヒーラー&チャネラーの男性もご一緒でした。その方は私と初対面であったにもかかわらず、私がチベットに行ったこと、これはどうかわかりませんが前世はチベットで修行してたことなどバンバン言い当ててビックリしたものです。「形態場」と呼ばれる集合的無意識につながり、もう、なんでもありの世界。マトリクスの世界。会うべくして会って、過去の情報や経験など関係なく、さらには言語をも超えた関係性が築かれる。量子の世界で物質をも変容させてしまう場。そろそろ本日のランチに参加される方が来られました。

 ITコンサルタントの倉園佳三さん、宇宙マッサージのプリミ恥部さん、作家の桃江メロンさん、そして先ほどのヒーラー男性、友達の女性編集者、下野社長、私のランチ会となりました。事務所近くのめちゃくちゃ美味しい中華レストラン&喫茶店でぶっ飛びトークの連続。なんかなあ、この文化的な空間と言えば聞こえがいいけど、話してる内容は感度が異様でなければさっぱりわからない。ゼロポイントフィールド。何もないけど、すべてがある空間。宇宙エネルギーの集合体。あ、もしかしたら今日のランチは「宇宙ランチ」なのかも。プリミ恥部さんは「宇宙おしゃべり」の主催者であり、倉園さんは幼少期から宇宙が趣味でありワイフワーク。私は宇宙となかよし(笑)。それはともかく、この世の中って面白いなあ。宇宙って面白いなあ。一応、狭い範囲の物理学では「何もない空間から何かが生じること」はないと切り捨て、アメリカや日本の特許庁でも、そんなことを言い出すものは一ページも開かずに却下される。つまり「無」から「有」を生みだすことは物理的に不可能って前提に立っているのが3次元の常識。それはそうでしょう。だって、そんなに簡単に「無」から「有」を生みだせちゃったりすると、この世の問題のほとんどは解決できる。資源や食糧はもちろん、生物の生死さえもコントロールできちゃう。そんなことができるとすれば「神」でしかない。

 だけどよく考えると、例えば仮説ではあれ「ビッグバン」なんてどうやって生じたのか。ビッグバンの前は「無」だって説明されるけど「無」って何か。量子論では完全な「無」ってのはあり得なくて、空間からすべての質量を取り除いたところでも、それでもなお活発なエネルギー交換がなされてると説明される。その場がまさにゼロポイントフィールドであり形態場。私たちが「有」ると思っているものは実は何も「無」くて、「無」いと思っているものは「有」るに満たされている。「有」の反対は「無」だと三次元では説明されるけど、実は「有」と「無」は寸分違わぬ同一の概念かもしれない。いや、きっとそうだろう。「有」と「無」が融合した世界こそが宇宙の本来の姿であるのだけど、私たちは三次元に生きるために「有」と「無」を切り分けて考える必要があるだけの話。そうじゃないと、危なっかしくて外歩けない。車が来てもよけられない。だけど、本当に宇宙の意識で生きてると、車の量子の隙間を縫ってすり抜けるんだろうけどね。生憎と三次元は密度が低すぎてそうはならないけど、意識がゼロ次元にあれば車もすり抜ける。ただ、そうなればなったでご飯食べてもすり抜けるからお腹いっぱいにならない。やっぱり私たちは生きる上で「有」と「無」を切り分けた方がいいみたいです。

 だけどこんな三次元に生きながらも「有」と「無」が同一であることを知る人がいる。それを「覚醒者」って言うのだけど、アセンションを前にしてそんな人はどんどん増えている、、、なんて言うとまるで精神世界だけど、よく考えたら「宇宙となかよし」ってブログは元々精神世界の話がメインだったんだよなあ。

 ところで「思考は現実化する」って言いますけど、これは不正確な言い方。正確には「思考は寸分違わず実現する」です。目の前に「金塊」を出現させるって、先ほど言ったように「無から有を生む」ことになって不可能。だけど、それは単に私たちが不可能って思考してるから不可能なだけであって、それが当たり前と思ってる人にとっては当たり前の可能なんでしょうね。それがまさに錬金術であって、私たちは寸分違わずアルケミストなんです。つまり目の前の「金塊」をいきなり出すことだって、「有」と「無」が融合した本来の世界では普通に起こること。だとしたら、、、いきなり現実的な話に戻るけど、収入上げるとか、素敵な人と恋愛・結婚するとか、健康でいるとか、どんだけ簡単なことなのかお分かりでしょう。「有」と「無」が融合した本来の世界には、この宇宙のあらゆる情報、エネルギーがつまっていて、そこは三次元の物理学を超えた本来の物理世界、量子世界がある。この「ソース」に触れたとき、やっぱりわかるんです。思考は現実化する、思考は寸分違わず現実化することを。

 結局、私がやりたい「ビリーフチェンジ」って本当はそこにあるのかもね。私たち人間にとって最大の洗脳とは、まさに「有」と「無」が反対概念であると常識化していること。本当は何度も言うように「有」と「無」って寸分違わず同じ概念なんだけど、それらは別だってことを大脳新皮質の発達ともにインプリンティングされてしまっている。それが最も根源的なビリーフであって、そのビリーフから解放されることが真の意味での「覚醒」となるのです。幸か不幸か私は以前、そんな世界を見てしまっているので、「思考は現実化する」の恐ろしいまでの意味を理解している。ただ、そうは言っても、私たちは生まれた瞬間にはすでに知っていたことだし、死んだら再び思い出すことにはなる。だから、そんなに急がなくてもいいけど、それでもある瞬間に「あ、そうだ、そうだ」と思い出すことがある。寝てるときとか本当はそうかもしれなけど、思い出してることを意識できないように普段なってるから、そうは言ってもね、となる。

 ま、いいです。とりあえず幸せになりましょう。本来は幸も不幸もないのだけど、せっかく与えられた肉体だし、せっかく連れてきたもらった三次元。まずはこの世界を十分に楽しんでから本来の世界に帰ってもいいじゃないかな。幸せになりましょう。収入上げましょう。恋愛しましょう。結婚もいいし。セックスも楽しめばいい。オレはまだまだ行きたい国があるし、ま、気楽に生きましょうかね。だって、思考は現実化するのだから、いい思考しときたいですもん。

b0002156_9104914.jpg そんなわけで、、、宇宙ランチがそろそろお開きとなり、事務所に戻ります。プリミ恥部さんの宇宙マッサージを受ける下野社長。ま、いきなり入ってきたら完全に異様な世界に見えるだろうけど、もはやここは宇宙。私もそのヒーリングを見ているだけで宇宙意識につながり、、、気持ちよく眠ってしまいました(笑)。その後私は渋谷に移動して本日の飲み会会場へ。私のセミナー参加者さんを中心に17名の大宴会。騒ぎ過ぎてお店のお兄ちゃんから怒られる場面も。すいませ~ん。これで二夜連続で怒られました。ブラボー。明日も怒られるぞ~。生きてます。楽しんでます。だけど、私は比較的静かに飲んでいた方なんですけどね。ここ数日、ちょっと飲み過ぎなんで明日は肝臓を休めようと思います。それにしても東京楽しすぎ。週末のビリーフチェンジワークスもまだ大丈夫ですのでお待ちしています。一気に覚醒しましょう。その前の余分なビリーフは取り除いてハッピーになりましょう。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-11-21 23:39 | ■精神世界 | Comments(0)
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