宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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あっという間の4月でした。ちびQは新しい保育園に移って1ヶ月。ついこないだ古い保育園の閉演式だったのに。ちびQは今月末でいよいよ3歳。それまた早いものです。さて、一昨日からガンガンお申込み頂いている「行動強化シート」ですが、いろいろな方のメッセージを拝見していたら、元々スピリチュアルに興味があり、いろんな本を読んだりセミナーに参加してきたのだけど、何も変わることがないことに気づき、「行動」の大切さを認識するようになったなどの方がとても多いようです。ま、私もそのクチではあったのですが、スピリチュアルってのは何度も言うように「言い訳」が本当に多い。すべてはベスト、宇宙のはからい、ありのままに、すべてはうまくいっている、大いなる意思に従うなど、確かにどれも「真実」ではあるのですが、それが行動しない言い訳になっていることがとても多い。

そんな方には、一瞬で幸せになれる宇宙のなんたらヒーリングとかが魅力的に感じるのでしょうが、確かにその一瞬はそんな気持ちにもなれます。だけど、おわかりの通り、長続きしないんですよね~。5万払ったヒーリングの効果なんてのも、半日も持てば十分。もちろんヒーリングそのものを否定しているわけじゃありません。お金取るのも大いに結構でしょう。だけど、そのヒーラーさんがもし良心的な人であるなら、自分でヒーリングする方法を教えるでしょう。それが本物です。そうじゃない偽物は自分に依存させ、同時にそうやって依存してくる人に自分も依存する、つまり共依存関係を作ってしまいます。オセロ中島と占い師みたいに。

本来のスピリチュアルとは、あくまで「自立・自律」を促すものでなければなりません。ヒーリングにしても、私のとこに通わないと不幸になるわよ的な脅し文句で依存させるようなのからは絶対に離れるべき。何度も言いますが、相手を依存させたり、不幸なメッセージを与えるような人はすべて「魔」です。どんなにそれまでいいこと言ったとしても、一度でも不吉なことを言い始めたら、そこでさっと身を引くこと。

だけど、プロにかかったらヤバいですから、最初からあまり恐れを出さない方がいいですね。結婚詐欺なども同じで、話だけ聞くとバカらしいですが、その手のプロはほんと巧妙ですからね。最初はいろいろプレゼントとかしてくれるけど、だんだんとお金を貸してくれと言いだすのです。始めは5千円とか少額ですが、それはすぐに返します。次はちょっと値を上げて1万円。それもすぐに返します。次は5万円で、それもすぐに返す。そうやっていくと、「この人はちゃんとお金を返してくれるんだ」と信頼してしまい、徐々に値段も上がっていきます。50万とか100万とかまで貸しても、それもまたすぐに返す。プレゼントと一緒に。そうなるともうメロメロで、最後は全財産を差し出すか、連帯保証人でオサラバです。セミナー屋も似たようなもので、最初は1万から始まり、最後は300万のカードローンを組ませることもある。教材なども同じでしょうか。操られるがままにバカ高い教材を買いながらも、すぐに使わなくなって、それでもローンだけは毎月差し引かれる。でも、そんな人は、新しい教材とか出るとまた買っちゃうんですよね。最新脳科学がどうとかって言われたりして。

私もセミナーとかやりますが、正直、依存されるとか大っきらいなので、手の込んだことができません。だから、めちゃくちゃ儲かるってことはない。だけどまあ、それでもいいかなと思っています。とりあえず年商2,000万円くらいなら近々到達するだろうし、従業員も雇うつもりないので、それで十分。最終的に面白くなったら、億まで稼いでいいですが、私は金額そのものよりも自由の方が大切ですからね。きちんと仕事をこなしながら、ある程度自由に休みも取って、ちょこちょこと海外に遊びに行く。また、大切な仲間との旅もいいしねえ。だけど、依存されるのはご勘弁を。そもそも、依存させるビジネスモデルって危険なんですよ。依存させてる間は楽だしお金もたくさん取れるでしょう。だけど、そんな人にはそれこそ死ぬまで依存させ続けなければ、いざ手から離れたときは、いきなり攻撃する側になりますからね。

例えば「2ちゃんねる」などでいつも専用スレッドが立っているような人がいますが、それに書き込みしている人は、まず間違いなく過去に依存していた人です。オカルト系から「こうやれば儲かる」みたいな詐欺系に至るまで、一時期は確かにハマってたのでしょう。某オバケブログなどもそうでしょうか。昔はすごくハマってたけどって人にも時々会うことがありますし。確かにそのように依存させる方は悪いのだけど、それと同じくらいに依存する方も悪いでしょう。

スピリチュアル(オカルト)で言うと、「こうすれば幸せになれる」ってことで、おかしなヒーリングみたいなのに大金払わせようとするのですが、それはそんなのを信じる方が悪いでしょ、やっぱり。幸せなんてのは、どこまでいっても自分次第なのに、何かに依存しておけば幸せになれるなんて考えるがどうにかしている。ビジネス系で言えば、「こうすれば儲かる」みたいななんで、妙な情報商材を、50,000円のところを今なら29,800円などでカードを切らせようとする。そもそも本当に儲かるのなら自分でやって人には教えませんて。あれは買う方が儲かるのではなく、売る側だけが儲かるビジネスモデルです。

そう言えばちょっと恥ずかしい暴露します。昔、まぐまぐでメルマガをやってたことあるのですが、そのとき、どうにかして読者を増やしたかったんですよね。当時はまだ懸賞とか全盛期で、読者を買うこともできていた。だけど、1,000人の読者に対し10万円以上もしたのでさすがにそれは出せない。となると、増やす方法をいろいろ考えるのですが、そこで「無料で読者を増やす方法」みたいな情報が確か1,000円くらいで売り出されてたんです。1,000円なら安いので、その情報を買いました。すると、その方法とはまぐまぐの検索で「相互紹介」を入力すればいい、みたいなもんでした。紹介分に「相互紹介歓迎」って書いてるメルマガが見つかるので、その人たちに地道に相互紹介を依頼していけばどんどん増えるって寸法。確かにそう。根気よくやれば確実でしょう。そして私はそれをちょっとやってみたところ、確かに増えましたよ。わずかですが。だけど今になって思うと、そんな情報、お金出す価値あるでしょうか。と言いながらも、当時は「なるほど~」と思ったので、ビギナーにはいい情報だったんでしょうね。

おそらくその情報を売っていた人は、テストマーケティングかなんかだったんでしょうか。だけど今でもフェイスブックなどで同じことされてますから、状況はさほど変わらんみたいです。私の場合、それで済みましたが、世の中にはジャンキーのように商材を買いまくる人もいますからね~。あ、でも私も時々は買ってるかも。ただ、それはあくまで自己投資としてであって、確実に元は取ってます。

話を戻しますが、いずれにせよ何かに「依存」している限り、永遠にアリ地獄でしょう。特定の教祖なりビジネスメンターなりに「依存」しながら、いざそれから解けたときには、2ちゃんねるに悪口を書きまくって鬱憤を晴らすのですが、そんな人は間違いなく別の何かにまた「依存」してるでしょう。もし「自立・自律」していたなら、2ちゃんねるとかバカバカしくて書きこむ気にさえならないし、依存していた自分に対して純粋に学びととらえているでしょうから。

b0002156_13301637.jpgなので、もう一度言いますが、2ちゃんねるに専用スレッド(悪口専用)が立っているような人は、まず「依存型」の戦略を取っていた人たちでしょう。しばしば芸能人に対して「ネットで叩かれる・叩かれない」などの区別をする人たちいますが、スピリチュアルやビジネス系でも確かにいますよね。ちなみに芸能人で言えば、叩かれる代表として、品川、紳助、AKB板野(写真は昔のモー娘顔時代の板野)、芦田愛菜辺りで、逆に叩かれない代表としては、福山雅治、有吉、江頭2:50、さかなくん辺りでしょうか。それに対して、ネットで叩かれるスピ系としては、、、言えない。ネットで叩かれるビジネス系は、、これも言えない。まあ、芸能人に対しては、叩かれるのは「調子の乗ってる」とかの要素になるんでしょうが、スピ系・ビジネス系についてはおそらく「依存」させて逆恨みされてるような人でしょうか。ちなみに栢野さんは自分から2ちゃんに乗り込んで行くから荒れるのであって、特に叩かれてるわけじゃないですね。

まあ、いずれにせよ「依存」ってのはお互いに不幸しか生みませんので、私としてはこれからも「自立・自律型」でいきたいわけです。その点で言うと、「行動強化シート」なんてどうでしょう。無料配布して、あとは勝手にやってください。依存の余地はないでしょう。もしこれに「このシートには願いを叶える宇宙の波動が注入されてます」なんて言うと、「宇宙の波動」に依存したい人はダウンロードするでしょうが、それを怪しいと考える人は避けるでしょうね。私は「宇宙の波動」に依存する人には使用して欲しくないと思うので、あくまで「勝手にやってください」です。だけど、これは言い訳できませんよ。最初から「宇宙の波動」とか入ってませんので、そのせいにもできないし、するとすれば私の波動が低いってことにするんでしょうか。

でも、それこそがまさに依存でしょう。何の仕掛けもないシートに「行動計画」をただ書いて、地道に○×を付けながらこなしていく。ここには依存も言い訳も存在しないわけで、だけど地道の行動を重ねていくと、間違いなく確実に変化します。だって、動いたら変わるのは当たり前で、それこそが宇宙の理です。

ちなみに私が今、セミナーやコーチングをやっているのは、ある意味、仲間探しみたいなとこもあります。これから先、いろんな意味でお付き合いしていく人ならば、やっぱりハッピーな人の方がいいじゃないですか。もちろんそれなりに仕事もして収入もある。私がインドやアイルランドツアーを企画したときなど、真っ先に申し込んでくれるでしょうし、そんな人たちとの旅はめちゃくちゃ楽しい。おかげさまで、私も年々交流の幅が広がっていて、いろんな人を知るようにはなりました。ツアーやセミナーに参加する人たち同士もそう。そこで、そんな人たちに対して、ビジネスなりプライベートなりで、何らかのマッチングとかできれば楽しいですしね。これまでもいろいろとご紹介したこともありますし。

そうやって一人ひとりが自立した形で、お互いに交流し、協力し合えるような「仲間」づくりができればと思っています。ちなみにツアーなんかしても、一応、私が主催していますが、私などほとんど不在ですから。と言うか、私は疲れて真っ先に寝ることが多かったりしますから、自然とそれぞれで交流するようになるんでしょうか。でも、それでいいと思っています。その方が楽しいし、それ以降も続く仲間になりますからね。

そう言えばメッセージの中に「ツアーの新規枠を増やしてください」との声がありました。新規枠、リピーター枠を作ったことはないですが、確かにリピーターさんの方が雰囲気を知ってるだけに、真っ先に申し込みやすいのかもしれません。その意味では、今後は積極的に新規枠を作るなど、もっとオープンな楽しい場づくりができれば~と思います。そんなわけで、今日のテーマは自立・自律して頑張りましょう~ってこと。シートもぜひご活用くださいね。それではまた明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-04-30 23:39 | ■人生哲学
b0002156_137362.jpg 今日は家族で久留米までお出かけ。青少年科学館ってとこに行ったのですが、ちびQの反応はいまいち。大好きなトーマスにも乗ったのに。ハンバーグとアイスクリームはゴキゲンでしたが。明日予定されてたバーベキューは雨で中止。代わりにゲリラ飲み会でも呼びかけようとも思いましたが、翌朝5時からコーチングセッションなので大人しくしときます。

 ところで今日は100名以上の方より「月間行動計画シート」をダウンロードして頂いたようです。どうすれば手に入るかの問い合わせもありましたが、それはメルマガに申し込んでください。無料ですが、シートのダウンロードはゴールデンウィークが終わるまでとさせて頂きます。中にはなぜかメルマガを取らずにダウンロードされてる方もいらっしゃいますが、それは一応、不正ですので忠告させて頂きますね。だからと言って何するわけじゃないですが、とりあえずメルマガ企画ですので、その範囲でご了承ください。それから、ダウロードの際、任意ですがメッセージの欄を設けさせて頂いてます。ほとんどの方よりメッセージ頂いていますが、普段あまり交流のない読者さんと触れ合うきっかけになって嬉しく思っています。すべてじゃないですが、質問などされた方など、いくつかはご返事させて頂きますね。ありがとうございます。

 とにかくも私が言ってることはとてもシンプルです。今より人生を豊かにしたいのであれば、まずは「行動」です。もちろん豊かにする必要なども特にないし、どんな状況であってもそれはそれで最善ベストです。だけど、すべての人がそう思えるわけじゃないだろうし、漫然と不満や焦りを抱きながら過ごしている人が多いのも事実。できることなら、この状況を脱したい。時々突発的に無料コーチングなどしたとき(今はほとんどないですが)、とりあえずアクセスくださる方に近い将来の目標を聞いてみるんです。すると何割かは「幸せになりたい」と言われます。そんなに不幸なんですか、、と気にもなるのですが、漠然と不満足な気持ちを持ちながら生活している人は多いと思います。では、どうすれば幸せになれるかと聞くと、これも決まった答えです。将来の不安を取り除きたい、と。

 ただ、残念ながら、今、将来に不安を持ちながら生活している人は何やっても不安から解放されることはありません。例えば就職活動中の人は、近い将来、仕事が見つかるか不安でしょう。だけど、日本にいればどっか仕事は見つかります。だけど、給料が少なかったり勤務時間が長かったりなどの不満はありますよね。すると今度はいつ辞めるか、そして辞めた後はどうしよう、、、と不安になります。さらには老後どうしよう、、、などの不安も持つようにもなり、どうあっても不安から解放されることはないです。結婚活動していても、自分は結婚できるだろうかと不安を持ち、したところで子どもができるだろうか、パートナーと仲良くし続けられるだろうか、子どもができたところで養っていけるだろうか、子どもの将来は安泰だろうか、成績悪くないか、いじめられないか、などなど無数の不安に取り込まれます。もう、不安地獄です。

 では、どうすればその不安地獄から抜け出せるのか。それはまさに「今ここ」に生きるしかないってことになりますが、そのためにはどうすればいいか。座禅、瞑想、滝行、写経などの修行すればいいのか。確かにそれもあるでしょう。だけど、例えば瞑想一つしても、やってる人は多いと思いますが、難しいでしょ。と言うか、瞑想して「今ここ」に入れる人ってのは、普段からあんまり不安のない人。だけど、不安地獄に陥ってる人は、瞑想したところで不安にばかりフォーカスして逆に疲れることもあるでしょ。もちろん日々の生活に瞑想を取り入れることはおススメするし、私もやっています。するのとしないのとでは雲泥の差があると実感しています。やり方はいろいろあるでしょうが。

 だけど、普段から不安の多い人は、瞑想しても逆効果なことが多い。それこそ修行でもして、ヘロヘロになって自我が消滅するくらいまで徹底しないとですね。でもそれはあまり現実的な方法じゃないでしょう。と言うことは、やっぱり日々の「行動」にどれだけ打ち込むかが大切。座禅の道場に行ったところで、ずっと座ってるわけじゃなく、庭掃除とか部屋掃除とか料理とかいろいろ「作務」をすることになります。ようは、座禅道場、特に接心と呼ばれる長期間の禅行となると、それはまるで人生の縮図を経験することになるのです。それが行動(作務)と瞑想(座禅)です。当たり前の話ですが、人間だって機械だって、働くことと休むことの両方が大切。働きっぱなしだと疲弊するけど、休みっぱなしだと食えない。脳だって使いすぎるとフリーズするけど、休ませ過ぎると鈍くなる。両方が大切なんですよね。一番良くないのは、身体を動かさずに、脳を使いまくる状態。その状態を「考えすぎ」と言います。

 脳と身体はつながっていて、一般的にどうか知りませんが、多くは「脳が指令して身体を動かしている」と思ってる人、少なくないでしょう。だけど、脳科学の常識で言えば、むしろその逆。身体があるから脳が働くのです。脳が主で身体が従ではなく、その逆。身体が主なのです。また、一般に脳は10%ほどしか機能を果たしてないと言われますが、確かにその通りではあるようです。そこで脳トレとか、怪しげな教材で脳の潜在パワーを引き出して天才になりましょう、、、なんてのが言われます。脳は10%しか働いてないのだから、残り90%の潜在力を使えば、確かに凄くなりそうです。だけど、残念ならがそうはならない。

 なぜなら、私たちの身体はすでに脳の10%のキャパしかないのだから。例えば普通、私たちはの指は片手に5本ありますよね。5本が普通かどうかは別として、それが圧倒的に多い。では、ここで6本だったらどうか。単純に5本で脳の10%が動いていたたら、6本で11%くらいが動くようになるのです。計算は適当ですが。また、逆に事故で手を失ったりした人が、足で字を書いたり、ものすごく起用に動かすことがありますよね。五体満足であれば、足で字を書く必要はなく、それに対する脳は働いていません。だけど、手を失い足で字を書かなければならなくなったとき、足で字が書けるよう脳の潜在力が働くのです。つまり、脳を活性化するには、身体を動かすしかないのです。脳そのものを鍛えようとしても、それで事務処理能力が上がるわけでもないし、急に英語がしゃべれるようになるわけじゃありません。事務処理能力を上げるには、事務処理のための作業をしなきゃならないし、英語ができるようになるには、英語をひたすら聞いたりしゃべったりしてなきゃならないのです。

 つまり当たり前の話なんですが、これを言っちゃうと脳トレ系の高い教材が売れなくなりますからね。脳トレによって脳を鍛えれば潜在力が引き出される、、、のではないのです。脳の潜在力を引き出すには身体を使うこと。つまり「行動」するしかないんですよ。その辺の話は脳科学者の池谷裕二さんの本にたくさん書かれています。それと対極をなすのが、、、あえて名前は伏せますが何とかべちさん。伏せてないか。脳力を高めるには行動しろ、では教材は売れませんが、行動効率高めるために脳力を上げろだと買う人もいるわけで。だからまあ、ドクターの教材を買った人には申し訳ないですが、CD聴くだけで脳力は高まらないんですよ。中には1枚10万円のCDがプレミアムで発売されてて、それ買った人もいましたが、いざ聞いてみると素人のギター演奏だったとか。それならばヘミシンクRのメタミュージックの方がよっぽどいいです。ギターならば、ユーチューブでジョー・パスの演奏を聴いてる方がいい。

 それはともかく、潜在能力を高める話もそうだけど、不安から解放されるためにも、何よりもまず「行動」です。心が軽くなる本とかブログ読んでも、一時的に気は楽になるでしょうが、ま、一時しのぎですね。それよりも本当に不安から解放されるには、不安にフォーカスしないこと。そのためには身体を動かすこと。それがまさに「行動」なのです。写経やってて実感したのですが、一字一字、下手な筆使いなりに書いていくと、その瞬間はあらゆる悩みから解放されています。「般若波羅蜜多心経」って書く際、自分なりに書きやすいのは「羅」の字。一番書きにくいのは「蜜」で、その次が「多」です。特に「多」なんて書く数も少ないし、書きやすそうなんですが、書いてみるとすごく難しい。だから、次の「多」はいい字を書くぞ~と集中する。その瞬間がまあ、なんともタマランのです。そしてちょっとはマシな字が書けたらすごく嬉しい。

 一週間前から急に始めた写経ではありますが、やっぱり直感のメッセージは正しかったわけで、「書くこと」に急にハマりつつある私です。そんなとき、今、翻訳著書全読破中のワイズマン博士の「その科学が成功を決める」って本にとても示唆的な話がありました。この本は世にある成功法則を学術的な立場から検証し、ズバズバ斬ってるのですが、そんな調査結果によって導かれた「成功法則」とは、なんと「書くこと」だったのです。

 今までも言ってきたと思いますが、セミナーなどで目標を言って頂くケースがあります。一番いいのは、それがまるで叶ったかのように言うこと。その点で言うと、3~4年前だったか、札幌でセミナーをしたとき、ある参加者の女性が「ドーム型のお家を作る」と宣言されました。ただ、正直言うと、私の中ではなぜにドーム型のお家なのかわからず、失礼ながら言うだけの可能性もあると思いながら、その方の言い方があまりにも自然だったので、「それ、間違いなく叶いますよ」と皆さんの前で宣言もしました。するとこの4月に完成していました。札幌で唯一だそうな。

 それとは逆に、目標が叶ったように言いながらも、最後にへへっと笑う人が多い。その「へへっ」の正体は照れ隠し。自分にとって違和感のある発言をしたら、身体は無意識的に緊張します。嘘つき慣れてない人がつくと、顔で分かるように、身体だとか表情が勝手にこわばり、にわかに呼吸が苦しくなる。その緊張を緩和するために「へへっ」っと笑うのです。「昨日の晩、何食べましたか?」と聞かれて、「サバの塩焼き食べました」と言ってへへっとなる人はほとんどいないと思いますが、「どんな女性と結婚できればと思いますか?」と聞かれて、「新垣結衣みたいな女性です」とは真顔で返答できないでしょ。どうしても、へへっとなるわけで。

 だからこの「へへっ」がある限りは、身体はそれを拒絶してる証拠であり、そうである以上、実現しません。イメージングも同じで、頭の中って自由なようで、すごく不自由。いいイメージしたと思っても、即座に「これは妄想だな~」と勝手に打ち消したりして。そのように、イメージングなり、アファメーションが効果ないのは、それを拒絶するウイルスがすでにある場合。もし、本当に効果を高めたいのであれば、汗出るほどにやること。思うだけで臨場感あり過ぎてハッピーな感じまで。それができる人は、割合、イメージングもアファメーションも効果あるのですが、それはどちらかと言うと少数派。大多数は逆効果なのに、それを知ってか知らずか、セミナーでさせられてもね。私もして頂くことありますが、その辺のメカニズムを体感するためにやってもらう感じかな。

 では、イメージングやアファメーションが逆効果になる大多数の人はどうすればいいのか。それが「書くこと」です。イメージングもアファメーションも「右脳(潜在意識)」の領域にあって、確かにそれがしっかり入れば効果バツグン。だけど、ほとんどの人は潜在意識そのものに異物(つまり願望)を排除するメカニズムがあるので、容易には入れさせてもらえません。だとすれば、別のアプローチ。それが「左脳(顕在意識)」のアプローチであり、それは書くことによってなされます。

 右脳と左脳は脳梁によって結ばれているので、右脳(潜在意識)が物事を実現する力になるのであれば、直接、インプットするよりも左脳(顕在意識)から送り込んだ方が効果的。もっとも、それは解剖学的にどうかはわかりませんが、「書けば叶う」ってのは、その辺のメカニズムが働いてるのではとも推測できます。特に女性は脳梁が太いので、書くことの効果はより実感しやすいのではと思いますし、事実、何度かご紹介したことある「未来日記」の効果をご報告頂いたのは圧倒的に女性ばかり。読者割合として女性が多いのもあるでしょうが。

 「不安」の話に戻りますが、不安そのものは自分でコントロールできないので、右脳(無意識・潜在意識)の領域にあります。不安に思うのは、右脳の働きだからこそ、それが実現しやすいのです。それを避けるためには、左脳を使うこと。それが書くことです。「その科学が成功を決める」にも紹介されているのですが、不安から解放されるために最も効果的な方法は、「感謝日記」です。本書によると、週に5日、次のようなエクササイズをすると人生が変わると紹介されています。

月曜日:感謝する
火曜日:幸せな時間を思い出す
水曜日:夢の将来
木曜日:親愛なる
金曜日:思い出す


 月~金の5日間で以上の項目について、紙に書くのです。ただ、この5項目中、水曜日の「夢の将来」以外はすべて「感謝」に関すること。水曜日だけが未来日記的なことで、これは潜在意識のコンディショニングの点でも実に理にかなっています。つまり「願望:感謝=2:8」であり、願望の4倍は感謝の時間を持つこと。それによりまず「不安」そのものから解放され、そこで「願望」をインプットすることで、それが潜在意識に達するようになるんです。「不安」は「願望」を叶える上でのブレーキになります。だったら、まずはその「不安」をある程度取り除いてから「願望」をインプットする。そのための儀式がまさに、冷静に書くことなのです。

 そんなわけで、「月間行動計画シート」にしても、それで毎日、自分の行動を振り返ることができ、まずは確実に行動を積み上げることできる。単純に「○」を付けるだけでも、自分を客観視して、冷静になることができます。また、ちょっとしくじったのですが、シートの中にはコーチングで使っている「ウィークリーシート」を消しておくの忘れてました。でも今から回収もできないのでいいです。そこにはまさに今日言ったようなことが仕込まれています。私のセッションでは、それを毎日書いてもらい、一週間に一回FAXしてもらってフィードバックするようにしています。

 そんな感じで、何事も着実に積み重ねればいいんですよ。右脳だの潜在意識だの騒ぐのは、どこかで一発逆転を狙ってるようなもので、そんな人が怪しげな教材を買うのでしょうか。それより確実なのは「左脳」を使うこと。一発逆転にはなりませんが、積み重ねるだけで、驚くような境地に達することがある。その意味ではブログもそう。私自身も毎日ブログを書くことで、人生変わりましたからね。以上、今日も話があちこちいって長くなりましたが、かなり使える話ですので、ぜひご活用くださいね。また明日。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-29 23:39 | ■願望実現
 ゴールデンウィーク初日ですね。そう言えば会社員時代は独身だったのもあり、ゴールデンウィークに海外逃亡したこともあります。あんときはニューヨークとカナダだったか。9.11の翌年だったので、WTCの跡地は観光地のようになっていましたが、あれから10年かあ。あっという間の10年だったけど、これからの10年も早いんだろうなあ。私はこの10年で人生が激変しましたが、戸惑いの10年ながら、自分の道を見つける尊い10年だったと思います。

 さて、今日は久々にメルマガを配信しました。昨年もやりましたが、メルマガ限定の特別企画を打ち出しました。一つは先日スタートした「行動強化コーチング」で用いる「行動強化シート」です。もろに商売道具ですが、無料でプレゼント。無料だからと、その後に何か売りつけるようなこともせず放置です。もっとも、そんなにたくさんのコーチング依頼を頂いても私が大変ですからね。なのでぜひ、シートだけでも活用されて、行動力をどんどん強化していってくださいね。ある程度まで行動の習慣が付いたら、今度はぜひ私のセッションやワークショップもご利用ください。

 最近わかったことがあって、私のセミナーなどはとかく好き嫌いが激しいようです。先日の鳥居さんの出版記念講演でゲストスピーチさせて頂いた場などは、どちらかと言うと大受けする方。ビジネス系はだいたいそうですね。だけど、受け入れられないって人もいます。その違いはきっと「行動」してるかどうか何だと思います。こう言っちゃ失礼ですが、行動してない人は、とにかく「何もしないで豊かになりたい」と考える人が多く、その人たちにとっては私のエネルギッシュなスタイルは合わないのでしょう。だけど、行動している人に対してはビンビン響くそうで、私的にはそっちの方がいいと思います。カルマだのメンタルブロックだの、自分が動かないことの言い訳探しもいいですが、一歩でも先に進むと世界は違ってきます。

 断言します。一ヶ月でも思った通りの行動ができれば、それだけで人生は確実に変わります。100%を目指しながら、それでもやむなく80%とかになることもある。それでもかなりの効果が実感できるでしょう。新しい「行動強化コーチング」をスタートさせて一週間になるのですが、私のセッションは一週間に一回、シートをファックスしてもらうようにしています。たった一週間ですが、かなりの充実感を取り戻しておられるとか。それは魔法でもなんでもなく、当たり前のこと。だって今まで動いてなった「細胞」を動かすのですから、充実感があって当然。動けばまず細胞が活性化されます。そしてとある遺伝子学者の言い方を借りれば、遺伝子がオンになります。そしたら世界が違ってきて当然じゃないですか!

 私が言ってることはいつもシンプル。毎月の行動計画を作り、それに従って「やったら○、やらなかったら×(または空白)」を付けるだけ。例えば「早起き」だけでも、今までしてこなかったのであれば、やっただけでその分の細胞が活性化されます。そして続けることで遺伝子が次々とオンになり、思考様式、生活様式、そして人生が変わります。ですので、今回のメルマガでは十分に使えるシートを無料でお配りしていますので、5月からでもぜひご活用ください。行動することの気持ちよさをぜひご体感ください。もちろん新しいことをスタートすれば、ブレーキもかかります。何度も言いますが、無意識は「安心・安全」を第一としますので、行動して変化することは未知ゆえに危険ととらえるのです。だから、どうにかして元の安心・安全な場所へと引き戻そうとして、行動にブレーキがかかるのです。それはもはや「意思」ではどうしようもない。だって、その現状維持メカニズムには「意思」さえも蝕むウイルスが仕込まれているのですから。

 では、それを避けるためにどうすればいいか。それは「今することをする」だけです。「早起き」については、多くの人は眼は覚めるのだけど、そこからもう少しなどと誘惑が出て来て、起きるのはいつもの時間で自己嫌悪になるじゃないですか。だけど、目が覚めた瞬間、「今すること」を考えたら、もう起きるしかないでしょ。そして思い切って起きて顔を洗う。ちょっと外に出て思いっきり深呼吸する。すると、みるみる細胞が活性化されて遺伝子が次々起き始めます。きっとアンチエイジングにもいいと思います。もちろん「早起き」だけじゃなく、部屋の片づけ、筋トレ、読書、勉強などいろいろあると思います。今までやってこなかったのであれば、それを一ヶ月でも続けるだけで、確実に目の前に広がる世界は違いますからね。そうやって成長していけばいいじゃないですか。

 頑張っちゃダメとか、あるがままにとか、それはそれで必要な人もいるでしょうが、もし今、この文章を読んでいる人であれば、今からは「行動」をするしかない段階に来ています。私のセミナーを受け付けない人がいるのと同様、ブログだって受け付けない人たくさんいるでしょ。だけど、正直言って、私のブログを読めない人は、まだその段階なんだと思っています。スピリチュアルって言うと、とかくフワフワした空気が多い中、こんなにガツガツ暑苦しく言うのも珍しいと思うでしょうが、それでも一定の人たちには支持されてます。そしてその人たちは確実に成長し、人生が豊かになっていることが伝わってきます。今回のメルマガでシートを申し込まれた方の中に、昨年、私のセミナーに参加された方もいらっしゃいました。その方のメッセージによると、セミナー以降、大量行動に目覚め、その結果、目標のハードルがどんどん上がってきているとのこと。

 シンプルなんです。やっぱり「行動」しかない。そしてできれば「大量行動」をする。大量行動したって身体壊しませんて。今まで夜中にだらだらとネットサーフィンとしたして時間潰してたのだったら、まず5時に起きてみること。そしたら日中眠くて仕方ない。すると夜、だらだらしてた時間が睡眠に変わりますので、徐々に早起きになって5時起きが定着するとどうなるか。人生変わりますよ。私も最近は6時ではもはや遅く、5時でもちょっと物足りない。だから4時起きをベースに生活スタイルが変わろうとしています。4時に起きて滝行に行くこともありますが、最近は写経ですね。滝行までせずとも、例えば風呂場に行って前日の残り湯を身体にかけるだけでも、驚くほどスッキリします。残り湯は汚いと思うでしょうが、何も泥水かぶるわけじゃないし、頭からかぶる必要もない。洗面器で身体に3回から7回かけるだけで細胞が活性化され、仕上げに熱いシャワーを浴びればきれいじゃないですか。残り湯(水)のいいところは、水の節約になることと、洗面器に水をためる時間がなくていいこと。

b0002156_9585176.jpg とにかく早朝の2~3時間は黄金の時間です。そうやって水かぶるのもいいし、アファメーションしてもいい。もちろん読書もいいし、瞑想もいい。写経もいいね。神社にウォーキングとかも素敵。私の知人のコンサルなどは、朝4時に起きてメールサポートの仕事をすべて済ますと言ってました。日中は人と会ったり、新しいビジネス仕掛ける時間なんだとか。そんな生活スタイル、最強じゃないですか!

 やっぱり行動、行動、行動です。人生をより豊かにしていきたいのなら行動しかありません。だけど、決して無茶なことしろと言ってるのではない。ようは、今日できることを明日もする。それだけでいいのです。その積み重ねによって細胞が活性化され、遺伝子が次々とオンになる。そして目標が達成され、願いも叶う。私の周りには、そんな人がガンガン増えてきました。するとどうなるか。素晴らしいパートナーと出会うこともある。収入が増えることもある。そしてパートナーと素敵な旅行に行くこともできる。さらに素晴らしい仲間たちに恵まれ、より充実した毎日を送ることにもつながる。いいじゃないですか、それで。素直に行きましょうよ。そのためには何度も言うけど「行動」です。そのきっかけとして、よかったらメルマガプレゼントのシートをぜひご活用くださいってこと。お金もかかりませんし、あとは気持ち次第ですから。もちろん私の個人セッションを受けると、それだけのことはありますが、それに依存されても困るので、まずはやってみること。それからですね。

 そんなとこでゴールデンウィーク特別企画でした。あ、もう一つありました。昨年も配信させて頂きました、デスクトップか待ち受けにすると「人と富」とが引き寄せられる「不思議な絵」が入っています。それはそれで楽しくていいかなとは思いますが、それもまた「不思議な絵」に依存されても困るので、軽い気持ちで楽しんで頂ければと思います。以上、「行動強化シート」と「不思議な絵」は最新のメルマガからダウンロードできますので、まだの方はよかったらどうぞ。ゴールデンウィークが終わるまでは入れておきますが、それ以降はお求め頂いても応えかねますのでご了承ください。それでは素晴らしいゴールデンウィークをお過ごしくださいね。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-28 23:39 | ■願望実現
 写経3日目。般若心経262時プラスを書くのに40分くらいかかります。その前に20分ほど瞑想するので、賞味一時間は費やします。だけど、誰も起きてこない早朝4時とか5時に集中して向き合う時間はなんとも尊い。2012年に入ってからいろんな出会いがあったけど、写経はかなり大きな出会いかな。瞑想中に突然、「写経しなさい」って声が聞こえて来てですね。声と言っても「直感」のことですが、いきなりでビックリしたのも事実。でもまあ、いいもんですよ、朝から写経ってのも。

b0002156_1732383.jpg さて、今日は書きたいこともあるのですが、先に「幽体離脱」の話を済ませておきましょう。今日こそ。私の初めての幽体離脱体験は20歳の頃。一人暮らしのアパートでマイルス・デイヴィスを聞きながら横になってウトウトしてたとき、突然、身体から何かが抜けるような感じになったのです。まずは手が抜けだし、いったん戻る。再び手から抜けて、今度は起き上がってみる。するとそのまま抜けて、また元に戻る。そんなのを何度か繰り返したあと、歩いてみたりしたのです。2~3歩は歩けるのですが、それ以上は抵抗があって進みません。そしてふと後ろを見ると、私が寝ていました。ビックリして元の戻ったのですが、そんなことが何度かあるうちに冷静になって、いろいろ試してみたくなったのです。結局のところ、空は飛べません、壁抜けもできません、だけど布団は抜けられます、外にも出られませんなどと、めちゃくちゃ制限のある幽体離脱となりました。そんなことが何度かあり、昔から言われるように、身体と魂は本来独立したものだ、なる確信を得るようになります。

 ただ、いろんな話を聞いたり、読んだりしているうちに、自分の「体験」について客観的に見るようになってきたんです。一応、常識の範囲で「身体」があることは間違いないとします。もちろん徹底した懐疑論まで行くと、身体もなく存在自体も幻想だって話になるのですが、そこまでは踏み込まずに、とりあえず「身体」があることは前提にします。それから思考、デカルトの言う「我思う(コギト)」もあることにします。実際、先端の脳科学では、実は「我思う」は無意識に先行するものじゃない、つまり「自由意思は存在しない」って見解が主流になってるのですが、その話はまたどっかでしたいと思います。とりあえず身体と思考(心)があるのは前提としておきます。

 ただし、そもそも「魂」って何なのでしょうか。バラモン・ヒンズーの世界観では「輪廻転生」の際に受け継ぐ、パーソナリティの源のようなものとされますが、仏教ではそれを全面的に否定。ごくたまに本など見ると、仏教は魂の生まれ代わりを前提としている、なんて書かれていますが、それはとりあえず仏教的には間違い。今さっき、ソニーの研究者だった有名な人の本にそう書いてあってとんでもないと突っ込んだとこ。仏教はまず「魂」の存在を否定しています。ただし、日本では古来のアミニズムと結びついたりして、その辺の話はかなり曖昧になっていて、その辺が誤解の元になっているのでしょうか。

 いずれにせよ「魂」があるかどうかは、大宗教でさえも意見が異なるし、もちろん科学的に証明されたこともありません。どちらであっても。なので、今の段階では「ある」と思う人にはあるんだろうし、「ない」と思う人にはない。そこで「ある」と思う人の根拠の一つに、そう、「幽体離脱」があるんですよね。自分で体験した人はもちろん、そんな話に興味がある人も、とりあえず「ある」ってことで思考停止。私自身は「どちらとも言えない」が正確なのだけど、結論から言うと「ない」ってことにしています。ただ、メタファーとしては「ある」と書くこともあるし、実際、拙著「宇宙となかよし」でもそのようなスタンスで書いているので、結局のところ「よーわからん」わけで。こんな風に書くと、スピリチュアルに興味を持つ人の大半は「魂」の存在を前提としているので、「魂」がわからんこのブログはクソって判断されるんですよね。今風に言うとdisられるわけで。

 なんかまた話がそれそうですが、なぜに今、「幽体離脱」の話をしようかと思ったのは、実は「ヘミシンク」に関する総括をするべきなのかな~と思って。一時期、検索ワードに「宇宙となかよし ヘミシンク」が立ち並ぶこともあり、少ないながらもヘミシンクの普及に寄与した部分もあるのかも、と思い。実際、メールでも「最近、Qさんはヘミシンクの話をまったくしなくなりましたが、どうしてですか」のような質問も頂いたし、3月の沖縄の「宇宙となかよし塾」でもなぜかヘミシンクに関する質問が出てきたり。ようは、「本当のところはどうなんですか??」って話が聞きたいんだと思います。特に私はヘミシンクを販売とかしてませんので、少なくとも代理店サイトと違った意見が聞けると思うのでしょうか。

 ヘミシンクと言えば幽体離脱。私が最初に知ったのも船井幸雄さんが煽りまくっていた記事を読んだのがきっかけ。その頃、森田健さんや坂本政道さんらが紹介されていましたが、森田氏とは間もなく大喧嘩して決別したそうです。それはともかく、ヘミシンクを日本で広めることへの貢献者として、船井氏の存在は大きかったと思います。ただ、そのときの紹介のしかたが、やたらと「死後の世界に行ける」的な完全なオカルトな話題ばかりで、人間誰しも「死後の世界」には興味があると思います。

 すいません、、、今、猛烈に「それ以上書くな!」って直感が降りてきたのでこの辺でストップさせて頂きます。ありがとうございました。

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<追記>
ヘミシンクの総括をするならば、「ヘミシンクとはリラクゼーション音楽である」で終了します。幽体離脱の経験などあったとしても単なる錯覚です。リラックスしたいときに聴くのはいいと思いますが、錯覚の世界に没入し過ぎることは、毎日の生活においてあまりプラスにはならないと思います。以上。
by katamich | 2012-04-27 23:39 | ■精神世界
 昨日の二次会が終わったのが1時過ぎ。タクシーで家に帰って布団に入ったのは2時を過ぎていました。よって、、、本日は4時起き中止。7時には起きましたが、朝食は後回し。ちびQを保育園に送ってから、酔い醒ましに滝行。今まではお酒禁止の「行」のときに滝に打たれるのがメインだったので、飲んだ翌日に打たれるのは初めてかも。もちろん飲酒運転ではありませんのであしからず。滝に打たれると、見事にスッキリしてしまいました。気分が良くなったので大師堂で20分ほど座禅。心身ともに快適です。帰宅してから写経。心なしか昨日より上手になったような。続けるのが楽しみです。

 さて、先日確か「幽体離脱」の話書くって言ったと思うので今日は書きます。ワイズマン博士の「超常現象の科学」には「幽体離脱の真実」って章が割かれており、基本的には完全否定派でしょうか。私自身、何度か幽体離脱経験はあるので、実体験として「ある」と思いながら、いや、あると思いたかったのですが、一方でそれを疑う視点もありました。幽体離脱自体は極めてリアルな体験で、およそそこに疑いをはさむ余地はないと思いながら、そもそも「リアル」ってなんだろうと思ったとき、体験そのものが相対化される感覚がやってきました。
 
 昨日も書いたように、私の言う「リアル」とは「今ここ」にしかありません。今、私はパソコンの画面を見ていますが、じゃあ、目の前のパソコンはリアルなのかどうか。確かにそれは存在します。それを疑うのはここではやめときます。だけど、ちびQはこのパソコンをパソコンと認識しているでしょうか。仮にこの物体と「パソコン」という名前が一致して、確かにそれがパソコンだと認識していても、そこに付与される意味は絶対に異なります。ちびQにとってはパソコンと言う名の、なんだかいろんな写真が入ってる箱くらいにしか思ってないでしょう。さらにちびQはパソコンのことを「お仕事」と言うこともあります。確かに私にとってはそうですが、世の中の人すべてが「パソコン=お仕事」と位置付けているとは限らない。結局、目の前のパソコンは主観的に意味付けされた「側面の一つ」であって、私たちはこの世の中すべてに対して何らかの「意味づけ=価値の付与」をしながら見ているに過ぎないのです。

 また、今私の視界にはパソコンがメインに入っていますが、当然、周辺視野も含めていろんなものが入っているはず。パッと観察しただけでも、カップ、壁、張り紙、電話とファックス、印鑑入れ、プリンタ、爪切り、、、などが入っています。しかし私はしばしば、目の前に爪切りあるにも関わらず、別の部屋に爪切りを探しに行って、ないと思って戻って見つける、なんてことがよくあります。つまり、そのときの私は、爪切りが見えていながら見えていない状態にあったのです。それって「リアル」でしょうか。結局のところ、私たちの世界ってのは、およそ「見えてる・見たい」に制限された、極めて主観的な像でしかないのです。

 しばしば「あるがまま」とか「ありのまま」って言葉が使われますが、日常生活で「あるがまま」を生きるのは極めて難しい。現実的には見えている世の中を取捨選択しなければ不便で仕方ないから。車の運転中は他の車、信号、障害物などにフォーカスする必要があり、助手席の足元のごみとかは、見えてるのだけど、あえて削除しているはずです。もし仮に、すべてを同じように見ていたとすれば、脳の処理速度が追いつかなくて、脳がフリーズしてしまいます。

b0002156_1301121.jpg 私たちの脳ってのは、実際の機能はかなり制限されています。しばしば仕事などで自分のキャパを超えてしまったとき、ウツになることがあります。私も会社員時代は一歩手前まで行きましたし、上司や同僚には精神科から投薬を受けている人もいました。脳内のシナプスが働き過ぎて、CPUの限度を超えるとフリーズしちゃうのです。パソコンでも、スペックの弱い昔のものだと、画像一枚表示するのにえらい時間がかかったし、動画を再生しながら別の作業をするなどとんでもなかったです。今はスペックも向上し、アプリケーション自体も負担が少なくなっていますが、脳もそれと同じこと。あまり多くの情報を入れ過ぎると壊れちゃうのです。

 しかし、実のところ、私たちは「知覚」によって常に大量の情報をインプットしています。視覚に広がる対象物は無数にあるし、それ以外にも聴覚、触覚、嗅覚等による情報も知らず知らずに入力しています。一般に「学習」する際は「読む」だけでなく、音声として「聞く」、そして動画等で「見る」、さらにセミナーや授業で「触れる」ことで効果が高まると言われますが、それだけ情報量が多くなるのだから高まって当然です。音楽を聴く際も、CDで聴くよりも絶対にライブ。CDで聴いてあまりピンとこなかったのが、ライブに接して感動し、元々のCDの良さまで再認識できることはよくあります。

 ただ、私たちは日常的に常に大量の情報をインプットし続けています。ライブではライブに五感を働かせますが、何もせずに部屋でボーっとしてるときも、それはそれで五感が働いています。ライブのときだけいきなり五感のスペックが高まって、そうじゃないときは低くなるってこともありません。だけど、場所によって五感の動きが違うのは確かですよね。なぜかと言うと、私たちは無意識のうちの五感の回路を開いたり閉じたりしているからです。

 パソコンしているときはパソコンに五感を開き、爪切りに対しては閉じている。ライブの会場にしても、目の前のミュージシャンには開いているけど、隣の客の服装までは見えてこない。しかしもし、ライブ自体がつまらなくて、隣にすごくきれいな女性がいたりすると、今度はそっちに五感が開きます。つまり、私たちは常に五感の回路と方向をコントロールしながら生きているのです。それは通常は無意識的なコントロールですが、しばしば意識的にすることもできます。それが焦点化(フォーカス)です。

 目標達成や願望実現では何より先ず「目標」にフォーカスします。つまり目標に焦点を合わせて、他の雑音などは見えない聞こえないようにする。もしも、雑音(例えば悪口、否定的な情報など)が大きく聞こえるようになると、目標がぼやけて達成されなくなる。コーチングの効果もまさに焦点化にあり、他の雑音をなるべく消すようにすることで早期に目標へと到達されるのです。また、目標などポジティブな焦点とは別に、中には悪いことばかりにフォーカスしてる人もいます。その人たちは、残念ながらそっちが実現しちゃうのです。

 いずれにせよ、私たちは良きにつけ悪しきにつけ、周囲の「情報」を常に取捨選択しながら生きています。なぜ、取捨選択するかと言うと、これはさっきも書いたとおり「脳のキャパ」の問題。あまりに多くの情報を一度にインプットしようとすれば、脳はフリーズしてしまいます。そうならないために、脳は適宜、情報を「一般化、歪曲、省略」して調整しているのです。そして私たち個々の世界はその「一般化、歪曲、省略」によって選別された世界なのです。だから、同じものを見ても、得る情報や感じ方が違うのであって、それがまさにその人の個性を作るわけです。

 しかし、世の中には「一般化、歪曲、省略」の下手な人が存在します。その人たちのことはしばしば「天才」と呼ばれています。例えば抜群の記憶力を持つ人や、驚くべき計算能力のある人など。先日もテレビに天才少女が出ていましたが、その人は60このフラッシュ暗算ができたり、学校の始業式の日には貰った教科書をすべて覚えてしまうほどの天才児です。ただ、そのような人は決して珍しくありません。特に子どもに多いです。もちろん訓練された子どもですが、その訓練とはそう、右脳教育です。身近にも右脳教育専門の塾などがありますが、例えば自然学習など体験型の教育であれば問題ないと思いますが、一方でフラッシュ暗算だとか絵を見て覚えさせたり、などいわゆる「右脳教育」を進めているとこも多いです。それを極めると、なるほどテレビに出てた天才児のようになれるのでしょう。

 しかし、そのような天才児が社会に出て成功する、幸せになれるかと言うと、必ずしもそうではありません。むしろ、社会不適合になるケースがあちこちで報告されています。「右脳教育 弊害」で検索してもわかる通り、例えば引っ込み思案になったり、ウツや自閉症になったりなどがあるそうです。その理由はよくわかります。右脳を鍛えすぎると、何でもかんでも、そのままに情報をインプットしてしまうので、自分にとって都合のよい部分も悪い部分も同じように吸収してしまいます。そして右脳、つまり潜在意識は「安心・安全」を守ることが第一ですので、自分にとって悪い情報から自然と目が向けられるのです。その結果、「世の中=危険」なるある意味「正しい情報」を受け取ってしまい、怖くて外に出られなくなったりするのです。

 もちろん右脳教育そのものを否定しているわけじゃないですが、やっぱり何事も「ほどほど」なのです。ただし、教育において重要なのはむしろ「左脳教育」です。つまり「読み書きそろばん」です。フラッシュ暗算が出たところで、特殊な職業にでも付かない限り、あまり役にも立ちませんし、むしろさっき言ったような弊害の方が問題になります。これは茂木健一郎さんが言ってたと思うのですが、人間の営みにおいて重要な力は二つあって、それは「創造力」と「コミュニケーション力」です。なぜこの二つが人間にとって重要かと言うと、その二つはロボットにはできないから。記憶や暗算などは、コンピューターにさせておけばいいだけのこと。フラッシュ暗算を一生懸命トレーニングするより、エクセルの使い方を学ぶ方が「計算」においては確実だしストレスもないはずです。記憶にしても、私のパソコンのハードディスクには文章から音楽から、大量の情報がありますが、それと同じだけを私の頭の中に正確に入れろと言われても不可能です。そしてそんな必要もありません。

 世の中には確かにものすごい記憶力を持つ人が存在します。先ほどの天才児のように一日で教科書をすべて暗記するなども珍しくありません。だけど、その人たちが社会で頭角を現すことはほとんどありません。なぜなら、曲芸くらいしかほとんど役に立つ場所がないから。実際、そのような天才の脳を調べてみたところ、そこには重大な欠陥があることはわかったそうです。それは「編集能力」が著しく書けていること。脳には「記憶」と「編集」の機能が別々にあって、その機能を同時に高めることはできないんだそうです。つまり天才的な記憶力を持つ人は、編集力がなく、新しいアイデアを生み出すことができないのです。

 社会に出て実際に必要とされるのは、まさに新しいアイデアを出す力。文章を書くことだけでも、アイデア力が必要です。こればかりはコンピューターにはできません。確かにアイデア力のある人、例えば村上春樹など売れてる作家さんなどは、アイデアはもちろん記憶力だっていいと思います。しかし、その人たちの記憶力とは、いわゆる天才児の記憶力とは異なります。天才児は情報をそのままに記憶するのに対し、アイデア力のある人は情報を何かに関連付けて記憶しています。私が人の顔と名前を覚えられるのは、すべてがすべてじゃないですが、誰それに似てるとなど既存の記憶に関連付けて覚えています。昨日のパーティに上島隆平に似ている人がいましたが、それだけでその人は覚えられます。私自身もよく覚えられやすいと言われますが、おそらく何かの特徴と関連づけしやすいからなんでしょう。その意味では得してます。

 では、その関連付けはどこでするかと言うと、これが「左脳」です。「創造力」とは一般に何かと何かを結びつける能力だと言われます。ジャズのアドリブにしても、まったくこの世にないフレーズを、一瞬で紡ぎ出すなど不可能で、普通はたくさんのフレーズのつなぎ合わせです。だからジャズの専門学校では、たくさんのフレーズをまずは徹底的に身体に叩きこむように言うのです。そうやって、元のフレーズは100人いれば100人同じだとしても、そのフレーズの処理の仕方が、その人の能力となり個性になるのです。ビジネスなどでも同様で、過去にある100のビジネスアイデアを学ぶことは大切ですが、それよりも大切なのは、その100のアイデアを自分なりに昇華することです。これがまさに創造性なのです。

 ようは、平たく言ってしまえば、天才的な記憶力がある人は、脳のメカニズム的に創造性が欠如してしまいます。そして社会に出ると、どっちが重宝されるか。言うまでもないですよね。天才的な記憶力ならば、コンピューターがそれと同じかそれ以上のことができます。しかし、新たなアイデアを生み出す力はコンピューターにはできません。と言うことは、私たちがより鍛えなければならないのは「創造力」の方。そして「創造力」とは人それぞれがどのように世界を「一般化、歪曲、省略」しているかに現れます。

 思い込みとか偏見なんてものも「一般化、歪曲、省略」の現れですが、だけどそれが私たちの世界を作ってるんじゃないでしょうか。つまり「世界」とは「思い込み」そのものなのです。だとすれば、自分にとって都合のよい「思い込み」をすればいいだけのこと。都合のよい「一般化、歪曲、省略」をすればいいだけのこと。それがまさに「価値観」であって、実は「幽体離脱」の本質もその価値観にあったりするのです。

 と書いて、今日もまた幽体離脱の話ができなかったことに気が付きました。また明日にでもしたいと思いますが、今日の話をまとめますと、ハッピーになるには自分にとって都合のよい側面だけ見ましょうよってこと。だけどその一方で、この世を「あるがまま」に見る体験も重要。しかし、その重要性の本質は、「あるがまま」の世界を見ることそのものではなく、今見ている世界とあるがままの世界は違うんだってことを知ることにあるのです。「あるがまま」の世界を見るだけなら、赤ちゃんがすでにそうしてます。と言うことは、私たちは例外なくそんな時期ありました。しかし、赤ちゃんは「あるがまま」とそうでない世界があることを知りません。そしていわゆる「そうでない世界」があるのを知る頃には、「あるがまま」を忘れてしまっています。いわゆる目覚めや悟りと言われるものは、その世界を「思い出すこと」に他ならないのです。付け加えると、幽体離脱したところで目覚めることはありません。むしろより深く幻想の世界に埋没するだけのこと。ただ、世の中の「視点」を変えるには役立つ思いますが、そのために頑張って幽体離脱する必要もないと思っています。

 できれば明日は、もう少し深く幽体離脱のお話させて頂きますね。今日はこの辺で。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-26 23:39 | ■精神世界
 今日は夜、鳥居祐一さんの出版記念講演パーティに行ってきました。先日出された「人脈塾」について、福岡でありながら100名を超す大盛況。一部は鳥居さんの基調講演、二部は仲間たちの紹介。その後パーティ、二次会って流れでした。二部では私も5分ばかりしゃべられて頂きました。鳥居さんとのお付き合いはなんだかんだと、4~5年にはなります。で、鳥居さんとの印象的なエピソードをお話したのですが、さすがに5分ではしゃべり足りない! 詰め込んでしゃべったので、自分的には「やっちまった~」と思ってたのですが、その後のパーティーで多くの人から「面白かった!」とか「衝撃を受けた!」みたいなお声を頂き、あれはあれでよかったのかな~といい気になりました。5分で心をつかむことには成功。ただ、私のスピーチって完全に好き嫌いが分かれるようで、好きな人は熱狂しますが、嫌いな人は冷ややかですからね。でも、それでいいと思っています。この話は「公式ブログ」にでも改めて書こうと思います。

 今日から「写経」がスタートしました。108枚が一応のゴール。出張や旅行で毎日は書けないと思いますが、8月半ばには終了したいと思います。そう言えばその頃って、ものすごいイベントが予定されてるのでちょうどグッドタイミング。そのイベントについてはその頃に発表できると思います。で、今日は3時55分に起床して滝行。これからしばらくは「行」に関係なく、週2回(水土)に滝行に行こうと思ってます。気温もかなり緩み、今からただ気持ちのいい季節です。滝行の醍醐味は真冬なんですが、それ以外の季節はいろいろチャレンジの時期でもあります。以前は21日行で、般若心経21巻とかやりましたが、それだと3~40分かかるんですよね。それこそ滝から出たらもうフラフラ。いろいろやってみようと思います。

 そして5時過ぎには家に着き、いよいよ写経です。ちょっと高価なお香を焚き、般若心経を一巻唱えます。精神統一して般若心経を写しに入ります。お手本の上に専用の和紙を重ねて、筆ペンでなぞるように書くのですが、それでも上手には書けません。正直、めちゃくちゃです。元々字には自信がないし、ましてや先の柔らかい筆ペンなどほとんど触りません。だけど、これで目標ができました。筆ペンを卒業して、普通の筆と墨汁で書く。墨汁でなく墨を擦る。そして手本をなぞらず書く。最後には何も見ずに書く。その後はひたすら字を磨きあげるだけ。108枚ではまず間に合わないでしょうが、とりあえず108枚でどれだけ成長するかは自分でも楽しみです。実際、書いているととても楽しく集中できたので、誰にも邪魔されない早朝に、これは一種の瞑想効果がありそうですね。

 これまで般若心経は何度も何度も唱えてるし、間違いなく一万回以上は唱えてると思うのですが、字で書くのは筆ペンならず普通のボールペンでさえなく初めての経験。それだけに般若心経の意味を一つ一つ確認することができます。般若心経の解説書などは、中村元など仏教哲学者に始まり、笑い飯に至るまで、数えきれないほどありますが、私は私でいつか書ければと思っています。実際、写経していると、いろんなインスピレーションがわいてくるのも不思議な感覚でした。般若心経は大乗仏教の経典なので、元々はサンスクリット語で書かれてたものが漢訳され、私たち日本人はそれを読んでいるわけです。サンスクリット語の般若心経もCDで聞いているのですが、確かに訳されたものとは音がまったく違います。だけど、ご存知のように、ある個所は訳せずサンスクリット語がほぼそのまま唱えられています。それが最後の、

「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」

の部分。これは陀羅尼、つまり翻訳不可能な呪文であり、その「音」そのものに何らかの力があると言われます。実際、般若心経全文を覚えておらずとも、いざと言うときはこの最後の呪文だけ唱えてもいいと言われます。では、この部分はどんな意味かと言うと、それこそ様々です。一番ポピュラーなのは、

「行け行け、彼岸に向けて、みんなで行こう、幸いあれ」

みたいな感じでしょうか。超訳で知られる柳澤桂子氏の訳では、

「行くものよ 行くものよ 彼岸に行くものよ、さとりよ幸あれ」


となっており、仏教学者のひろさちや氏だと、

「わかった わかった ほとけの心 すっかりわかった ほとけの心 ほとけさまありがとう」

となっています。瀬戸内寂聴氏は、

「往け 往け 彼の岸へ いざともに渡らん 幸いなるかな」

と訳しています。私もまあ、そんな意味だろうとあまり深く考えずにいたのですが、写経をしていると突然、次の訳が浮かんできたのです。

「OK OK ぜんぜんOK そのままOK ありがとう 絶対大丈夫」

 正確に言うと、「羯諦(ぎゃーてい)」が「おっけー」にいきなり聞こえてきたのです。音韻的にもピッタリだし。なので、最後のこの部分は、私の訳をそのまま読んでもリズムに合います。試しに読んでみます。

「ぎゃーてい ぎゃーてい はーらーぎゃーてい はらそうぎゃーてい ぼうじそわか はんにゃしんぎょう」
↓  ↓
「おっけー おっけー ぜんぜんおっけー そのままおっけー ありがとう ぜったいだいじょうぶ」


 後半は音よりも意味を重視した訳になってますが、リズムは合いますよね。そもそもよく見る訳の「行け 行け」ってのがどうも違和感あってですね。だって、人はすでに悟っているのだから、ただそのことに気が付けばいいだけ。にもかかわらず、「行け 行け」ってどこに行くねん、、、って感じですよ。別にどこにも行かんでいいんちゃう、と思ってしまうのです。人はいつだって今ここにしか存在してなく、どこに行こうにも行くとこないじゃないですか。

 「行け」って言葉自体が、なんか自己否定的なニュアンスにも受け取れるし、それならゴールはどこよって感じ。悟りなんて、求めてる以上、到達しようがない。どんなに瞑想しても、滝行しても、身体痛めつけても、ドラッグでヘロヘロしても、「悟り」なる異世界を求めている以上、いつまでも幻を追っかけてるだけ。

 「どうしたら悟れますか」とか聞かれても、どうしようもない。それは「どうしたら自分でいられますか」とか「どうしたら生きることできますか」とかと同じレベル。だって、自分はすでに自分だし、自分以外になったこともなければ、これからも絶対になれない。生きることにしても、そもそも死んでないじゃん。「悟り」なんて、そんな当たり前のレベルのことなんだけど、それが「当たり前」と気が付けないところに厄介な問題があるのかな。ま、確かに私たちは常に「記憶」の反映の中で生きてますから、それだけ発達した脳を持つことの宿命のようなものかもしれません。私たちは常に「今」にしか生きていないのに、とかく「過去」を思い悩んだり後悔したり。そしてその「過去」の記憶を「現在」や「未来」へと反映してしまう。だけど、言うまでもなく、そんな記憶で作られた世界などリアルでもなんでもない。だって、いかようにでも書きかえられるものだから。

 「おっけー、おっけー」ってのは、今がどうであろうが常にOKのこと。金があろうがなかろうが、それはそれでOK。健康が良かろうが、悪かろうがそれもまたOK。常にOK。絶対大丈夫。と言うか、この世に大丈夫じゃない状態など絶対にない。目の前の現象をどう解釈するかの違いがあるだけで、大本は大丈夫だしありのまま。そのことに気が付ければ、もう、ありがとうしかないんですよね。

 何度も言ってるように、2005年にインドに行ったとき、暇に任せてラダックの丘の上(ナムギャルツェモ)にて般若心経を1,000巻唱える、その820巻目に突然の神秘体験がありました。つまり「大丈夫」だってことを知った時かな。目の前の世界が白黒からカラーに変わるような、そんな衝撃でした。それももしかしたら般若心経の「おっけー、おっけー」に共鳴したからちゃうかと、今日ふと思いました。きっとそうだと思います。

 写経一日目ですが、すごく大切な気づきを頂いたようです。やっぱり、やってみるもんすね。そんなわけで。そうそう、下の写真ですが、今日のパーティでゲストとして特別に頂いたプレゼント。天神でスプレーアートやってる方が、パフォーマンスに来られて貰ったのです。スプレーだけでこれを描いたそうで、なんだか吸い込まれるような絵です。
b0002156_17491484.jpg

 写経一日目にして、今日はお酒もたくさん飲んで、よくわからんけど、いい日だったです。おっけーです。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-25 23:39 | ■精神世界
 今日、「写経セット」が届いたので、明日からさっそく早朝写経スタートです。ちょうど水曜日だし滝行とともに開始できますしね。これから一日一枚の写経と週2回の滝行を生活に取り入れ、さらにパワーアップしたいと思います。7日や21日の行とは別に。ところで、先日スタートした「行動強化コーチング」ですが、どしどしお申込み頂いています。経営者・起業家及び予備軍限定としているので、当然、お申込みもその方々。これまではセミナーにしてもコーチングにしても広く募集をかけた方がいいと思ってましたが、やってるとどうも違和感があったんです。コーチングの初セッションで「3ヶ月後はどうなっていたいですか?」と聞いたら「幸せになっていたいです」とだけ答える。そりゃそうだろ。と言うか、そんなに不幸なのか。実際、そう聞き返したところ「いえ、そこまではないですけど」と言われるのです。

 その方の心理を代弁すると、おそらく毎日、漫然と不満を思いながら過ごしていて、日々の刺激もなければワクワク感もない。だからと言って、めちゃくちゃ不幸ってこともない。なんとなく不満を持ちながら、現状維持に甘んじてしまっている。確かに口では「覚悟」なる言葉を聞くことはあります。以前、7日間の無料音声プログラムをやってみたとき、参加者の中に「覚悟をもってこのプログラムに参加します」と宣言される方がいらっしゃいました。もちろんその気持ちは嬉しいのですが、一方で「それがあなたの『覚悟』なんですか?」と聞きたくもなります。お金を払うこともなく、出かけることもなく、誰かに会うこともない。パソコンから音声をダウンロードして、7日間毎日10分程度の音声を聞くだけ。それって「覚悟」でしょうか。なんか、めちゃくちゃ違和感あったんですよね。

 思うに、本当の「覚悟」ってのは、決して言葉にできるものじゃない。そんな風に宣言せずとも、すでに行動が先に来ている。言葉だけの人は、結局、できなくてもその「言い訳」を用意してくるだけ。コーチングやってて何が辛いかって、相手の「言い訳」を聞かされること。さすがにこの1~2年はほとんどなくなりましたが、昔、それこそ無料でやってるときなど、言い訳を一時間聞かされることも。それってかなりエネルギーを吸い取られて、電話を切った瞬間、ぐったりです。だって何も進展しませんから。

 私も含め、ほとんどの人は「現状維持」を好みます。しかし、自分はもっと高いところに登りたい。ならば「行動」するしかない。結局、目標達成なり願望実現ってのは、「行動」の結果でしかないんです。現状の行動を変えずして、今と違った場所に立とうなんて、すでに言語矛盾です。「現状」と「目標」のギャップを埋めるのは「行動」でしかありません。私のその「行動」の結果なり、プロセスにおける気づきを聞きたいのに、「行動」の代わりの「言い訳」だけを延々と聞かされる。私も辛いし、相手だって結果が出ないで辛い思いするだけ。なので今回スタートしたプログラムは、申し込みの時点で「言い訳をしない」ことにコミットして頂いてます。

 そもそも「言い訳」ってのは脳の習慣です。先日、「脳の誤作動」の話で「自己正当化システム」について書きましたが、私たちは危機に際しては「言い訳」をするプログラムが仕組まれているのです。約束の時間に遅刻した。電車が遅れた、道路が混んでた、道に迷った、、、などなど相手に謝る前に言い訳する人多いですよね。遅刻してしまったことに対するバツの悪さを言い訳で埋めようとする。「言い訳」は一種の自己防衛本能でありながら、変化を抑制する最大の要因にもなります。もしもこれから「変化」をしていきたいと思うのであれば、「脳」から「言い訳」を排除すること。それだけで人生は間違いなく変わります。もう一度言いますが、日常の習慣から「言い訳」を排除するだけで、あらゆる目標は達成されます。

 今回のコーチングのプログラムは何も特別なことはありません。ものすごい秘訣があるわけじゃなし、ただ、目標に向かって淡々と行動を積み重ねていくだけ。昨日やったことを今日も明日もやるだけ。だけど、その「継続」がすごく難しいのもわかります。徐々に徐々に、その行動をストップさせようとする現状維持プログラムが働きます。そんなとき、、、、ある物体が飛んできました。そう、言い訳です。朝6時に起きる。これを毎日続ける。初日クリア、二日目クリア、三日目なんとかクリア、四日目、、、悪魔のささやき。「慣れない早起きしたもんだから、日中眠くなったでしょ。それだと業務に支障が出るから、あと一時間は寝た方がいいよ・・」、なんてささやきが。そして見事に「三日坊主」を達成するわけです。結局、何も変わりやしない。
 
 何度も言うように「潜在意識」ってのは「安心・安全」を第一とするのです。それだけなのです。なので「業務に支障が出るよ・・」なる声もまぎれもなく「潜在意識」の声です。つまり潜在意識からのメッセージ。だけど、それは甘やかしてくれるお母さんのようなもの。これまで何度か書いたとおり、「意識」「潜在意識」「超意識」は次のような関係に成り立っています。

意識:~したいなる純粋な思い⇒子ども
潜在意識:子どもを危険から守ろうとする存在⇒母親
超意識:子どもに対して常にベストのアドバイスを送る存在⇒父親


 しかし、多くの家庭がそうであるように、母親と父親が言い合いしたら弁の立つ母親が勝ってしまいます。父親はすごすごと引っ込んでしまい、結局、子どもは母親の言いなりです。だけど、母親だって子どもが憎くてやってるのではなく、安心したいだけなのです。子どもを危険な目に合わせたくないだけなのです。だから決して母親、つまり潜在意識を責めてはなりません。

 しばしば「自分が嫌い」って言う人がいますが、正確に言うと、それは「自分の潜在意識が嫌い」って意味です。そしてしばしば自分のとっての母親と、現実の母親が不思議と重なることがあります。「自分が嫌い」って人の多くは、自分の両親のことを嫌っています。「意識=子ども(自分)」、「潜在意識=母親」、「超意識=父親」なるメタファーは、単なる喩え話とは限らず、現実の親子関係を反映していることが多いのです。

 一つのメカニズムとしては、「自分が嫌い」と思う人は、自分を無価値な存在だと思っています。では、なぜ無価値と思うようになったのか。単純な話、周囲から無価値な扱いをされてきたから。特に両親から「~しなさい!」、「なんてダメな子なの!」、「それやらなきゃご飯抜き!」などと言われながら、反対にほめてもらうことはほとんどない。そのような言葉を浴び続けることで、それが無意識のうちに深く刷り込まれていき、自分を「無価値」だと一般化してしまいます。そして自分自身のセルフイメージに最も強く影響した両親のことを、なんとなく嫌ってしまう。だけど、ほとんどの場合、両親から言われた数々の言葉も、決して憎くて発してたわけじゃない。同様に、自分の潜在意識も決して憎くて抑制しているのではない。そのことにまず気が付けば、、、何かが変わり始めるかもしれません。

 いずれにせよ、「あと一時間は寝た方がいいよ」みたいな声は、潜在意識の声には間違いないのですが、それは自分を変えまい、危険から身を守るために発せられた声なのです。しかしその前に、、、そもそもなんで早起きをしようと思ったのか。早起きじゃ、あまりにも一般的過ぎますが、例えば私の例で、今回「写経」を続けようと思うようになりました。導師からもやるなら108枚は書くように言われます。写経セットも買いました。あとは毎日早起きして続けるだけ。おそらく決してスムーズにはいかないでしょう。途中でやめたくなることもあるでしょう。だけど、今の私は「写経」を続けることで、何か大きな変化が起こりそうな気がするんです。根拠はありません。なぜなら「直感」で降りてきたことだから。この「直感」の正体こそが「超意識=父親」です。

b0002156_1258404.jpg 先日も「直感」の話をしましたが、例えば「瞑想」などを習慣化していると「直感」は降りてきやすくなります。それをパッとつかんで何かを始めたとします。だけどそこで出てくるのが「潜在意識」による抑制の力。しかし、潜在意識とてずっとストップをかけるわけではありません。強い意思をもって続ける。そして何よりも「感謝」を習慣化する。「行動強化コーチング」でも、毎日書き込むシートの中に「今日の感謝」なる項目があります。一日を振り返り「感謝」を言語化することで、潜在意識の抵抗は薄れてきます。このメカニズムも今まで何度も書いていますが、つまり安心安全のために引き留めるお母さんに「ありがとう」と言えば、その手は弱まる。それと同じことです。

 すると今まで抵抗していた潜在意識が急に味方するようになります。今まで早起きできてなかった人が、いつの間にか早起きしないと気持ちが悪くなることがある。それが習慣化であり、潜在意識の力なのです。その結果、目標は達成し、願望も実現するのです。こんなメカニズム。

「意識」は何やればいいのかわからない
 ↓←瞑想など
「直感」と「シンクロニシティ」等によりやりたいことに気が付く=「超意識」
 ↓
「潜在意識」が新しいことを始めることへのブレーキをかける
 ↓←強い意思と感謝
「潜在意識」が味方になる⇒習慣化
 ↓
「目標達成・願望実現」


 もちろん「意識」は最初からやりたいことが決まってる場合もありますし、やりたいことを見つける方法は瞑想に限ったことでもありません。しかし、その後はだいたい同じです。新しいこと始めると必ず抵抗がある。そしてしばしばやめるための「言い訳」を用意してくる。また振り出しに戻れです。

 だけどここで、強い意思と感謝の気持ちをもつことで、いつの間にか潜在意識が味方になることがある。その時初めて「意識:子ども」と「潜在意識:母親」と「超意識:父親」が一体となり、目標達成・願望実現が果たされるのです。

 そんなわけで、いつも言ってることですが、改めて「目標達成・願望実現」のメカニズムについてご説明させて頂きました。今回の「行動強化コーチング」は経営者・起業家を主な対象としていますが、明確な目標がある方はもちろん受け付けています。目標探しは別の方にお任せするとして、一定のスタートラインに立ち、これからガンガン変化していくんだってテンションのある人のみ、お待ちしております。ま、そうであっても楽しい会話をしたいな~と思っています。そんなわけで、明日はいよいよ滝行と写経がスタートされます。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-24 23:39 | ■願望実現
 まだ4月。だけどすでに夏日で暑かった。日の出時刻も早いし、花粉症もないしで、気分はますますアゲアゲで早起きも気持ちがいいです。これから「行」に関係なく、水曜日と土曜日を基本に週2回は滝行します。実はちょっとしたことから、改めて「滝行」をメインとした生活に戻したくなったのです。いろいろ思い起こすと、今の自分があるのは滝行のおかげ。私は基本的に無宗教ですが、縁あって触れるようになった仏教思想にはすごく興味を持つようになり、中でもその中心としての「空(くう)」の概念については、どんなに探求しても尽きることありません。「空」を説いた経典としては、周知のように「般若心経」があります。

 振り返ってみれば、今の私があるのも「般若心経」のおかげのような気もします。会社を辞める決意をする際、神社でコインを投げたのですが、そのときに唱えたのも般若心経。ちなみに般若心経は仏教の経典ですが、神社でも唱えていい決まりになってます。元々日本の宗教は神道、仏教、修験が混在した姿が自然であって、明治時代の神仏分離によって政策的に線が引かれただけのこと。滝行にしても、修験、密教(仏教)、神道でもそれぞれ行いますし、私は導師の元で「天台修験(天台宗)」の方式で滝行をさせて頂いており、さらに仏教系(密教系)の縁があるので、仏式をメインに修行しています。ですが、滝の中では最初に「禊の祓い」なる祝詞を唱えますし、「大祓い」を唱えることもあります。ようはごちゃ混ぜですが、それが本来の姿であると思い、こだわらずにやっています。そもそも、仏教も神道もキリスト教もイスラム教も、すべての宗教は「宇宙の理」を説いてるわけで、そこにアクセスする以上なんだっていい。なので、旅先ではキリスト教の教会、イスラム教のモスク、ユダヤ教のシナゴーグなどの礼拝所ではきちんと手を合わせて頭を下げるようにしています。来年行く予定のアイルランドも島中が教会だらけですが、なるべく教会には立ち寄るようにして、感謝をささげたいと思っています。

 そもそも宗教宗派などは単なる地理的要因でしかありません。日本は四季に恵まれた牧歌的な風土があり、そこではアミニズム的な土着宗教に始まり、神道や仏教など多神教的な思想習慣が受け入れられやすい。それに対して中東は砂漠地帯を中心として厳しい土地環境があるため、むしろ土地を超越した絶対的な神に帰依する方が受けやすいだけのこと。イスラム教では豚肉とお酒は禁止され、セックスに対してもかなりの制限があります。それも物理的要因であって、遊牧生活をしていた当時の中東の人々(ベドウィンなど)は、豚など飼えないのです。厳しい環境への耐性がなくすぐ死ぬ。寄生虫も多い。おまけに穀物を食べるので、人間の食料が減る。だけど困ったことに食べると美味しい。それだけでも豚を飼う理由になるのですが、先ほど述べたようにいろいろ厄介だから、いっそのことコーランで規制しちゃえってこと。また、アラブ人はアルコールの分解力が異常に強いらしく、つまり酒に強い。そして精力も絶倫。だから野放しにしていると、酒や性に溺れて国が傾いてしまう。それもコーランで規制しとけってこと。神のお告げとかあまり関係ないんです。

b0002156_14441290.jpg ですので、その点で言うならば、インドネシアやマレーシアはイスラム教国ですが、土地的に豚を禁止する理由はないはず。ヒンズーのバリ島は食べまくるのだし。だけど、一応、コーランに書いてるのだから守った方がいいと考える。それはそれでいいことと思います。理屈はともかく、守るべきことはどこにだってあるのだから。ただ、コーランにだって、どうしても食べなければいけないときは、食べてもいいと書かれてるそうです。以前、九州のある大学生が、マレーシアかどっかの留学生に豚骨ラーメンを騙して食べさせて問題になったことがありました。これは100%その大学生が悪い。文化に対するリスペクトがなさ過ぎる。だけど、食べてしまった以上、留学生を救済する必要もあって、それは「この場合は仕方なった」で済むはずです。騙されたのだから、その人の責任じゃない。それでいいと思います。ただ、イスラム教徒もいろいろいて、国外では酒も豚肉もOKとしてる人もいれば、めちゃくちゃ厳格な人だっている。以前、トルコからイランに入るとき、トルコ国境でイラン人が酒をがぶ飲みしてました。個人的には本人次第でいいと思いますが、それを他人に強要することはないです。その小さな「強要」が大きくなると「戦争」に結びつく。結局、私は干渉しないけど、他人も干渉してくれるなよ、と言うのがスタンスです。

 日本にも日蓮宗系のような排他的な仏教宗派はありますが、私はその信者たちが守っていることを否定することはないけど、私に対してもいろいろ言わんで下さいねってだけのこと。人それぞれの信念もあるし、また、時代時代によって環境も価値観も変わるのだから、その時々の状況に合わせた信仰があればいいと思います。原典に書かれたことが絶対だとして、土地環境や時代性を無視した信仰のあり方を「原理主義」と言うのだけど、本人たちがそれでよければいいけど、それを他人にまで強制はしてくださんな、ってことです。

 神社で般若心経を唱えていい、という話からまた脱線。そう、般若心経なんですが、まず会社辞める日に神社で唱えました。そして会社辞めてインド(ラダック)に行ったとき、お金なくてやることなかったら、丘の上(ナムギャルツェモ)で般若心経を1,000巻唱えてたら、その820巻目で神秘体験があったわけです。その話は拙著「宇宙となかよし」でも最後にちょこっと書いてるのだけど、そこを読んだ座禅の先輩が「これは見性体験だよ」と言われました。確かにその瞬間から、世界観が180度に近い変わり方をして、それがスタートでした。絶対に「大丈夫」だってことを体験として理解したので、会社辞めてゼロからスタートしたとこで、あれから7年。とりあえず大丈夫ですもんね。

 そして当時は「般若心経」そのものもそうだし、「空」についても、ほとんど何も知らなかったのだけど、今振り返ると、あの「体験」はまさに「空」だったなと思えるのです。以前、初めて阿部敏郎さんの講演会に行ったときのこと、それまで阿部さんとそのブログの存在は知ってたのだけど、ブログを読んだことはほとんどありませんでした。だけど、その時期急激に数名から「阿部さんの講演会に行ってきて」と言われて、3回以上同じこと言われたら何かあるルールを敷いているので、とりあえず行ってみたのです。一回目は申し込みながら、加賀田晃先生のセミナーに招待されて阿部さんの講演は他の人に譲りましたが、二回目はたまたまその日にあることを知り、近くを通ったので飛込みで行ってきたのです。どんな話をされるのか何の予備知識もないまま聞いたのですが、わかるのです。そうそう、そうそう、と。そして最後に質問させて頂き、ブログにも書きました。するとその日のことを阿部さんご自身のブログでも紹介して頂き、「最後に質問した石田さんって人は、わかってて質問したことが、ぼくにはわかってた」みたいなことが書かれていました。

 でも、そのことも私は良くわかったのです。私がある程度、自分なりの体験を持ちながら、あえて質問したことを阿部さんはわかってるんだな、と私もわかりながら質問した。その「わかる」ってのは何か。あ~、そうかって感じです。その後、走馬灯のようにラダックで般若心経を上げたこと、そして滝の中で突然、力を抜いて何かがわかったこと。それがわかったのです。

 今にしてみれば、良かったと思うのですが、私はまず「体験(一時体験)」がまずあります。その体験は体験として体験していながら、ずっと後になってから「あ、そうだったのか」とわかることがあるのです。実は今日、突然ピンと来て、フッサールの「現象学」に関する本を押し入れから引っ張り出してきました。ちびQが横で「なに探しよると~」とか言ってて、その瞬間、「あった!」と声を出したら「あったと~、よかったね~」ってさ。いつの間に生意気に博多弁になっとるねん。

 で、「現象学」ですが、20歳前後の頃、なぜかハマって読んでました。「フッサール」って刺青しようと思ったくらい、、、ってことはありませんが、夜中に大学に忍び込んで、フッサールの本を孤独に読んでいたら警備員の人に見つかり、えらい怒られたことありました。その頃、めっちゃ生意気な私でしたので、ちょっとヤクザっぽい警備員だったからこそ「なにがアカンねん!」とかけんか腰にもなりました。翌日も因縁付けてきたので、「うるさいわい、ぼけ!」とか言い返して、かなり険悪になりました。いやいや、アカンやろ、それは。夜中に忍び込んだらアカンやろ。でも今思うと、あの当時、「現象学」に何かとてつもない真理が書かれてあるような気がして、妙に真剣だったのです。大学四年間は友達を作らず真理を極める、、、とか思ってましたし。

 結局、大学2年になると、勝手に友達ができてしまい、そこから堕落の大学生活。最終的に単位ギリギリで卒業しましたし、現象学のことなども忘れてました。だけど今日、「般若心経」に関する本を読んでいたら、「あれ、これって現象学のことか??」と突然ヒラメキ、押し入れから引っ張り出してきたとこ。現象学と仏教。確かに無関係ではなさそう、、、と言うか、どっちも難しすぎるのでここでは解説できませんが、私の中の何かが進んだ感じがしてちょっとテンション上がりました。20年前、夜中に大学に忍び込んで読んでいた現象学の本が、今頃、つながるなんてね。

 そして今、改めて現象学の本を読み返していると、やっぱりわかるのです。当時は難しすぎて歯が立たないながらも、一字一字、辞書ひきながら読んでましたが、今は「体験」があるのでわかるのです。ああ、そうか、現象学も、仏教、般若心経も、空も、滝行も、、、結局同じこと言ってるんだな。それが一つの「体験」によってつながった瞬間です。世界を「ありのまま」に見ること。それが仏教で言う「空」であり、現象学で言う「現象学的還元」です。ラダックの丘の上で、涙を流して悟ったこと。世界は「ありのまま」以上でも以下でもなく、何の意味も価値もない、だけどそれ自体が喜びに満ちたリアリティな今ここの世界なんだ。

 そう言えば、「現象学的還元」の前の段階として、目の前の事象をカッコに入れる、つまり「エポケー」なる段階があるのですが、それはまさに禅で言うところの「二念を継がない」に通じます。つまり私たちは目の前の事象に対してとかく判断をしてしまいます。物音がしたら「何だろう?」と考えますが、物音は物音でしかない。その「何だろう?」的な意味や価値をカッコに入れる、まさにエポケーすることで、「ありのまま」の世界に近づくのです。滝に打たれていても、確かに寒いは寒い。だけど、その寒いなる思いは、身体の無意識的な緊張による反応の一つに過ぎない。その緊張それ自体を解くには、とにかく力を抜くこと。そこで「ありのまま」の「滝」と一体になることができる。それもまた、2008年秋に悟った真理でした。「ありのまま」の世界に生きること。それがまさに「空」を体感することだったのです。
 
 結局のところ、私の場合、インドでも滝でも、まずは「体験」ありき。そこにいろんな知識が付け加えられるだけであって、今はちょうどそのプロセスです。ただ、このようなブログや本を書くことに対し、ちょっとした迷いもあります。なぜならブログや本は読み手にとっては「知識」でしかないから。同じ体験を有する人であれば、「なるほど」とわかるのですが、そうでなければ「知識」でのみ判断してしまい、その知識がむしろ体験を遠ざける要因になりはしないかと。

 例えば私が滝行の初心者の方に「肩の力を抜くといいよ」と教えたとします。確かにそうなんですが、私が「肩の力を抜いた」のは教えられたからではなく、ギリギリまで追い込まれて最後に行き着いた境地。ですので、アドバイスによって教えた答えは、受け手にとっては本来の答えになり得ない。だからと言って、いつもいつも滝行できるわけじゃないので、手っ取り早くコツを教えた方がいいとも考える。

 以前、座禅の公案を解いたときもそうですが、とにかくその公案と一体になるまで座り尽くす。私の場合はすでに体験があったので、二回目の参禅によりその公案、つまり「父母未生以前に於ける本来の面目如何」なる公案を解くことができたのですが、その答えをここに書いても何の意味もありません。

 また、滝行の際、初心者が来られるとしばしばお世話をさせて頂くことがあります。その際、その方のが打たれている正面でお経などを唱えさせて頂くのですが、般若心経に加えて、「真言」を唱える必要があります。そのとき、導師に「何の真言唱えたらいいですか?」と聞いたところ、「自分で波動を感じろ」と言われ教えてもらえませんでした。ある日、滝に私の仲間10人以上をお連れしたとき、私がすべてお世話させて頂いたのですが、とにかく浮かんできた真言を唱えるしかない。その中のある人のお世話をさせて頂いているとき、突然、「おんあみりたていぜいからうん」と出てきたのです。阿弥陀様の真言。滝行が終わってから、「Qさんは私のとき、何を唱えていたのですか?」と聞かれたので素直に答えると、驚かれました。阿弥陀様は死者を涅槃にお連れする仏様。成仏です。なんとその方の友人が交通事故で亡くなったばかりで、滝の中でその友人のことを祈っていたのだそうです。少し涙ぐまれておられました。ああ、こういうことなんだな、と思いました。そこから、お世話させて頂く際も、より気持ちを込めて真言を唱えさせて頂けるようになったのですが、それもまた、最初から導師に答えを教えてもらっても何の役にも立ちません。コーチングなどでも、クライアントをベストな道に導くには、最初から答えなどありません。それこそ「直感」を頼りに、セッションさせて頂くしかないのです。確かにコーチングの際も、今まで何度か奇跡的なことが起こりました。

 つまり今日、私が言いたいのは何か。それは「体験」を重視せよ、とのこと。最近、瞑想についていろいろ書きましたが、「この瞑想をしてどんな効果があるんですか?」などと気にする前に、瞑想をする気になったのなら、しっかりやれってことです。朝晩20分くらいでお金もかからないんだから、何も考えずに3年くらい瞑想してみるといいです。瞑想以外でも、滝行にしても、ブログにしても、営業にしても、何にしても「やる」とのご縁ができたのなら、とにかく「体験」を積み重ねることしかありません。本を読むなとは言いませんが、それはあくまで他人の体験を、限られた文字情報で伝えようとした努力の形に過ぎません。参考にはできても、自分の体験は自分でしかできません。まずは体験ありきなんです。

 そんなわけで、今日もあちこち寄り道して長くなりました。この辺の話、ちょっと深めていこうかと思ってます。そろそろ「写経セット」も届くと思いますので、届いたら毎朝5時には起きて、108枚の写経を積み重ねようと思います。何があるか分かりませんが、セットを注文したので、もうやるしかないです。とりあえず108日後をちょっと楽しみに続けたいと思います。それではまた明日。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-23 23:39 | ■精神世界
 最近、「運のいい人の法則」を読んでから、日本語で読めるワイズマン博士の本をすべて取り寄せました。今日は「超常現象の科学」をざっくり読了。実に面白かった、、、と言いたいのですが、大半は「結果」自体は知っている内容。しかし、その検証プロセスを見せながら説くあたりはさすがに心理学者で説得力があります。占い、幽体離脱、超能力、幽霊、予知能力など「超常現象」と呼ばれるものはすべて「脳の誤作動」である。これが本書の結論にしてテーマとなっています。私自身も今まで超常現象体験はいろいろありました。幽体離脱は自然に何度も起こったし、ヘミシンクを聞いても普通に起こります。幽霊も最近はまったく見ませんが、一時期は頻繁に見ました。超能力の類も信じていた部分はあります。長崎のマジックパーラー「あんでるせん」などは超能力でもなんでもなく、素人の私でさえもタネをすべて言えるほどの陳腐なマジックですが、あれを超能力と信じる人もやっぱり多い。

 「あんでるせん」を超能力だと信じてしまう心理要因はいくつかあるのですが、一番大きな要因はいわゆる「自己正当化システム」によるもの。「あんでるせん」は長崎の佐世保の手前の川棚って駅の近くにあります。鉄道は通ってますがローカルでアクセスは良くない。大半は車で来るのですが、それでも遠いことは遠い。だけど、それだけしても行く価値があると言われ、全国各地から、時には外国から来る人もいます。福岡から行くにしても、ほとんど一日仕事です。ショーは一日2回あるのですが、13時からのショーには11時までに来店する必要がある。なので、9時には家を出る必要があり、帰り着くのも夕方6時とか。東京からわざわざ来る人も多いので、プラス福岡空港までの飛行機などがあります。「あんでるせん」に行く目的は「超能力」を見ること。手品であれば、東京はもちろん長崎だって小川心平さんなど、ものすごいのが見られます。なので、下手な手品を見るために行くとこじゃない。そしていよいよ2時間のショータイム。ぶっちゃけ、ミスもたくさんするし、明らかに手品とわかるものも多い。例えばスプーンをかじったら、そこに歯形が付くなど。口の中でシャリシャリするので、確かにスプーンを食べたようには、、、ま、見えませんけど、普通は。だけど、最初に連れてってもらった知人は、「あのマスターはスプーンを食べる」などと真顔で言ってました。

 要するにものすごく苦労して行ったのだからそれが「超能力」でないと困るのです。行った側からすれば。「あんでるせん」での客単価は1,000円程度。グッズを買ったりすると、もうちょっとかかるかな。だけど行くまでに高速代、ガソリン代、レンタカー代、飛行機代、ホテル代などいろいろあって、人によっては10万円近くかかることだってあります。つまりそれだけの費用と時間をかけて「超能力」を見に行ったのに、それが超能力じゃなかったらどうです。ガッカリじゃないですか。10万円どぶに捨てたようなもの。いや、時間換算したらそれ以上。ですので人は、それが「超能力」であることを必死で信じようとするのです。

 例えば、ついにマンションを買ったとしましょう。それまでにいろんなマンションを見て、ついに決めた。だけど、住んでみると上の階の足音がうるさい、隣の家の水道の音まで丸聞こえ、駐車場から玄関までかなり遠い、部屋の構造的に足の小指を何度もぶつけてしまう、、、などたくさんの落ち度が見つかります。だけど、そんな些細なこと、本来の快適さに比べたら些細なことじゃん、、、などと言って正統化します。昔、カセットビジョンってテレビゲームが家にあったのですが、その末期に友達の家で遊んだファミコンに衝撃を受けました。だけど、自分は持ってない。いや、今度出たカセットビジョンの「エレベーターなんとか」ってゲームの方が面白いに決まってる。それで無理してそれを買ってもらい、必死で面白いふりして遊ぶんです。それも自己正当化。結局、ファミコンを買ってもらうことになってスッキリしたわけですが。

 結婚だってそうじゃないですか。結婚してから旦那のDVとかが発覚して酷い目にあわされてるのに、いろんな都合つけて「だって、いいとこもあるんだから」と正統化する。人は自分の「意思」で決めたようなことについては、それを正当化するメカニズムがあるのです。優れた営業マン、例えば加賀田晃氏のような営業マンは、その辺ことを熟知していて、買わせるときはお客の意思で買ったように誘導します。「私は無理強いしない」と言いますが、無理強いしたら売れないことは営業マンが一番良く知っています。だけど、営業を仕事に選んだのであれば、その辺のこともしっかり勉強して売上を上げるべき。そのこと自体を批判するつもりはありませんが、いずれにせよ、人は誰もが「自己正当化システム」に陥っているのです。

 「あんでるせん」の話に戻りますが、超能力を見に行ったのだから超能力でないと困るのです。中には東京都内でやったらもっと注目を浴びるのに、、、と言う人もいましたが、とんでもない。都内にはもっとすごいマジシャンもたくさんいるし、何より気軽に行けるようじゃ価値がない。トリックを暴いてやろうとする人もたくさん来るだろうし、「あんでるせん」はあの片田舎だからこそ繁盛するのです。客層は超能力、霊、UFOなどを盲目的に信じる人たち。地域は長崎の片田舎。商品は超能力に見せかけたマジックと説法(喫茶店だけど飲食が主じゃない)。客層戦略、地域戦略、商品戦略、、、つまり「弱者の戦略」の成功例にピッタリ当てはまります。栢野さんもぜひ事例に加えるべき。ほんと、よくできたお店なので、「超能力」を見るのではなく、ランチェスター経営戦略の視察先としておススメできるくらいです。

b0002156_13225480.jpg ま、私も今まで何度も「あんでるせん」に行ってますし、それも人を連れていく立場だったので、本来は批判などとんでもないのですが、確かにいいとこもあったのです。俳優の藤岡弘さんが、その昔、仮面ライダーでブレイクしたはいいけど、そのキャラが強すぎて俳優として低迷してしまっていたときのこと。何かのきっかけで「あんでるせん」に行ったのだそうです。そこで見る数々のショーに度肝を抜かれ、そしてマスターの説法にも励まされ気持ちがガラッと一転。それをきっかけ仮面ライダーの呪縛からも説かれ、本物の俳優として成功したって話があります。なので、今は知りませんが、藤岡弘さんは毎年のように「あんでるせん」に行ってたそうで、店内には写真もたくさんあります。おそらく同じような経験をした人もでしょうし、だからこそ人を惹きつける要素があったのでしょう。私がQ州ツアーなどで「あんでるせん」を日程に入れていたのも、そんな効果があることを期待して。興味ある人も多いだろうし、せっかく九州まで来たのだから、話のネタにも行ってみてもいいかな。そんなとこで。

 しかし、2009年を最後に、私はもう「あんでるせん」に行くこともないし、人に勧めることもなくなりました。そのきっかけは、その年、Q州ツアーで15名を連れて訪れたときのこと。何かのマジックで「福沢諭吉さんからメッセージをもらう」などいかにもギミック臭いショーではあるのですが、一人のお客さんの耳元に丸めた一万円札をあてて、そこから数字が聞こえてくるって仕組み。当然ですが、一万円札がしゃべってるわけじゃなく、そのお客さんの耳元にピンポイントで音が届くようなスピーカーで伝えているだけ。そのショーは3回見ましたが、いずれも一番前の右端のお客さんがターゲットでした。ただ、その最後に行ったとき、機会が壊れてたのか、位置がまずかったのかわかりませんが、お客さんに声が届かなかったのです。そのお客は私の仲間でした。聞こえないので「聞こえません」と言ったところ、マスターは驚くような一言を発します。「あなたは耳が悪いので耳鼻科に行ってください」、と。

 占いにせよ、チャネリングにせよ、タロットにせよ、私は一つのルールを敷いています。それは相手を不幸にするようなことを絶対に言わないこと。人は9対1の割合で、不吉なことにフォーカスします。占い師として成功するには、相手に不吉なことを言うこと。それできちんとリピートしてくれます。私の知人にいいことしか言わない占い師がいるのですが、ものすごい知識や造詣がありながら、占い師としては食っていけません。本人もそのつもりはないのでしょうが。本職はサラリーマンですし。人間の自己防衛本能から、不吉なことは殊更気になるもの。その不吉な要素を取り除くために、またその占い師をリピートし依存関係が出来上がるのです。私は占いもチャネリングも否定はしませんが、相手に対し不幸な発言をし、それで依存させてしまうような人には近づくべきでないとルールを敷いています。それが「あんでるせん」を見限った一番の理由です。

 確かに最初からマジックとして見ているなら「耳鼻科に行ってください」もギャグとして笑えるし、笑うとこでしょう。だけど、現状としてはやっぱり「超能力」を見たくて訪れる人が多く、マスターもそれを知っているはず。その空気の中で「耳鼻科に行ってください」は笑えません。だけど、たったそれだけのために、いろんなメリットに蓋をするのはもったいない、と思う人もいるでしょう。そう思うならそれでいいですが、あくまで私は、この手のことに対するルールは厳格にするスタンスです。10年間信頼関係を築いてきた占い師であったとしても、たった一言、不吉なことを言い始めたら、無条件で離れるべき時なのです。オセロ中島や辺見マリだって最初から脅されてたわけじゃないでしょうし。

 ついでに言いますが、昔こんなこともありました。何度かここでも書いたことですが、以前、私主催でお茶会をしたときのこと。私の仲間がすごい人を連れてくると言うので楽しみにしていました。その人はいわゆるチャネラーで、その仲間も絶大な信頼を寄せていました。とにかくいいこといっぱい言ってくれたんでしょうね。悩みの相談もしてくれたり。そしてそのお茶会の場で、そのチャネラーさんは主催者である私を無視して、勝手に有料でセッションを始めました。変な人だと思いながらも、とりあえず放置。数名のセッションが終わって、最後に私の前に来ました。挨拶として名刺を渡したのですが、それをテーブルに投げ捨て「疲れてる?ぶっ倒れるで?」と突然言い放ったのです。こりゃやばいと思い、そこからは話を聞かないようにしました。その話をミクシィ日記に書いとところ、その人を連れてきた仲間から、ものすごい攻撃のメールを頂きました。おまけに他にも数名から心配を装いつつ「ぶっ倒れないくださいね」なるメールが頂きました。

 これもまた自己正当化のシステムです。一貫性とも言うし、現状維持メカニズムとも言います。そのチャネラーさんは私の仲間Aさんとは信頼関係があり、いろいろと有益なアドバイスを頂いてたのでしょう。それに対し、私に向かっては不吉なメッセージ。しかも私はそれを全否定した上に論理的にその危なさを指摘。Aさんは一貫性を守るためには、チャネラーさんの言うことがすべて正しくなければなりません。自分にはいいこと言う、私には悪いこと言う。信じるならどっちも信じる、信じないならどっちも信じない。それが一貫性であり自己正当化システム。結果、Aさんは「信じる」ことを選びました。すると、そこで敵視されるのは私です。その場には10名ほどいたと思うのですが、強烈なメッセージを発するチャネラーさんの影響力の方が、私よりはるかに大きかったのか、1名を除いて今では完全に交友が切れています。もっとも、その1名はもともと私の友人だったのですが。

 今はどうなっているのかわかりませんが、もしもそのチャネラーさんが「大物」であったならば、Aさんのことを案じざるを得ない。占いもチャネリングも超能力も一種の「超常現象」です。あえて「呪術」と言ってもいいですが、確かに人類の歴史は大半が「呪術」によって支配されてきました。社会の支配者層もすべて呪術師でした。つまり人類の歴史とは超常現象の歴史と言ってもいい。だけどこの2~300年の間に「呪術」に変わる新しい価値が登場しました。それが「科学」です。確かに過去には呪いによって病気を治癒してきた事実があります。なぜ、呪いで病気が治るのか。それもまた自己正当化システムで説明できます。

 その地域の長が呪術師だったとしましょう。その呪術師に従うことは地域のルールであり、絶対の存在でした。その存在から「治る」と言われたら、治るしかないのです。「あんでるせん」が超能力だと信じるのと同様、呪術師の絶対性を担保するには、治ると言われたら治るしかない。それによって体内のホメオスタシス機能が働き、実際に病気が治るように「正統化」されるのです。しかし、その逆もまたしかり。長から不吉なことを言われたら、本当にそうなりやすい。むしろ「治る」よりも強烈なメッセージとして、その人の心身に突き刺さります。今でこそ洗脳だとか、マインドコントロールだとか騒がれますが、その昔はそんな概念もなく、それでいて一部の支配者層に完全に洗脳され続けてきました。

 しかし人間の「霊性」の向上とあえて言わせて頂きますが、「霊性」が向上すると、様々な依存、洗脳、コントロールから解放される道を歩み始めます。その結果、「科学」が誕生しました。つまり「霊性」の向上と「科学」の発展は同時進行なのです。そこを誤解している人がとても多いのが残念ですが、今では「科学」を信じることが「霊性」を貶めると言う人までいる。それはかつての支配者層と同じで、呪術により人をコントロールしたいとの「闇」の力が働いているからなのです。

 もちろん「科学」と「呪術」は拮抗するものではなく、今もなお、その呪術性は尊重されるべきところがあります。西洋医学の医者にしても、科学(医学)によってできる限りの処置はしながらも、最後は患者本人の生きる力に寄るしかないことを良く知っています。むしろ、患者本人の力、意思、エネルギーがなければ、いかなる処置も効果はありません。その「生きる力」を与えるのは、あえて呪術性と言っていいと思います。目に見えない存在が、根拠のない力を与えてくれることもある。私の関心事はむしろそっちであることは、これまでも書いてきた通り。

 私はしばしばホメオパシーの批判者のようにとらえられますが、実はむしろ肯定者でもあります。条件付きではあれど。私が批判するホメオパシーは、すべて科学否定の上に成り立つものです。具体的に言うと、私が批判しているのは、、、ゆ、やっぱりやめておきましょう。ホメオパシーに代表される呪術性が、実際の治療に役立つ可能性があることを私はきちんと認めています。だけど、個人的には積極的にお勧めするスタンスでもない。ただ、それだけのこと。

 話を戻しますが、「超常現象」とはすべて「脳の誤作動」であるとのワイズマン博士の結論には共感します。ただ、「誤作動」もときには良い誤作動もあります。そもそも、自分のことを幸せに思うとか、運がいいと思うとか。完全なる誤作動ですからね。もちろん不幸に思うなどもそう。すべては「誤作動」なのです。人間は「脳」を持つ時点で「誤作動」の呪縛から永遠に解かれない。だったら、どうせなら楽しい誤作動したらいいじゃん。それが私のスタンス。誤作動自体は悪くないのです。

 しかし、、、その「誤作動」から一時的にも解かれるとき、さらに言うと今私が書いたように、「すべては誤作動」であることを体験としてわかることある。脳が誤作動しないときはどんなときか。まさに「今、ここ」にいるとき。この世はすべて「空」であることを悟ったとき。な~んだ、簡単じゃん。この世はすべて誤作動であり、幻想なんじゃん。だったら、自分の都合のいいように誤作動起こせば、よりハッピーになるじゃん。そう、それでいいのです。私の「願望実現」の極意は「脳の誤作動」ですが、それを「誤作動」であると体験するには、「今、ここ」なる絶対的な境地に立つことも重要。言います。「今、ここ」に立つことができれば、絶対的な至福を体感するばかりじゃなく、物質的にも恵まれてきます。自我バリバリの言い方ですが、そうなんですよ。そんなもんです。

 だってこの世のは「脳の誤作動」って知ってるのだから、都合良く誤作動させることだってできるに決まってます。私自身も今までそうやって誤作動させてきたし、これからもそうあると思います。だから、正直、困らないんです。そんなわけで、実は今日は「幽体離脱」の話を今こそしておこうと思ってたけど、余談が長くなりましたので、また次の機会に。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-04-22 23:39 | ■精神世界
 今日は北九州まで滝行に行きました。土曜日定例の畑観音ですが、最近はちびQの保育園とか、いろいろ用事があって行ける日が少なくなってきました。ですので、行ける日はなるべく言っておきたいし、前回の「行」の締めも畑観音でしてなかったですし。昨日、「瞑想」の話をしましたが、なかなか反響があるようです。文末に設置されてあるソーシャルツールの「いいね」などの数も伸びていますし。

 ま、運を良くするための瞑想かどうはともかく、日常生活に「瞑想」を取り入れるのは決して悪いことじゃありません。と言うか、一日10分でもやると違いますからね。ほとんどの日本人はそんな習慣ないと思いますが、このブログ読んでいる人は、瞑想やってる率も比較的高いんじゃないかなあと思います。ただ、本当に「運」をよくしたいのであれば、瞑想だけがすべてかと言うと、決してそれはない。「運」には二側面あって、それは「質」と「量」。人生の質を高める、つまり運を良くするには瞑想は効果的だと思いますが、パソコンだってどんなにスペックを上げたところで使わなければ意味ないように、運を実感するには運を使わなきゃなりません。それが行動であり、さらに具体的に言うと人と会うことがそうです。つまり、たくさんの量、人と会っていればそれだけチャンスの総量も増えるし、人生も楽しくなります。

 しばしば「瞑想」を開運の手段のように考えて、それだけやってれば何もしなくてもハッピーになれる、なんてこと思う人いますが、そんなことはないですから。実際、私のとこにも質問があるんです。瞑想がいいって聞くので、実践してるのですが、その効果がわからない、などと。そもそもどんな効果を期待してるのか分かりませんが、それよりも先に動いてますかってこと。瞑想が先か、行動が先かで言うと、これは間違いなく行動が先です。達磨大師にでもなるなら別ですが、現実生活でしっかり生きていくならば、行動量を増やすのが一番手っ取り早いです。その上で瞑想を習慣とする。

 瞑想しているビジネスマンは成功しやすいと聞きますし、経営者の中にも禅や瞑想を習慣としている人はとても多い。その人たちは、瞑想する前に、すでに行動してますからね。いろんなストレスにさらされながら。普段、ストレスで頭の中がぐちゃぐちゃになってる状態で瞑想すると、まさに曇りが晴れるように「空」が見てきます。今気が付いたのですが、般若心経などで言われる「空(くう)」も、普通の「空(そら)」も、結局、同じことなんでしょうね。ついでに「空(から)」も同じ。だって、そこには何もないけど、すべてがあるわけですから。窓の外の「空(そら)」って見えるけど、つかめないでしょ。そこに実体はないけど、確かに存在している。「空(くう)」もそうですもんね。瞑想における悟りの境地とは「空(くう)」を体験すること。そもそもこの世は「空(くう)」なんですが、そこに「自我」なる「雲」がうようよしてるものだから、「空(くう・そら)」がちゃんと見えないのです。その雲を晴らすのがまさに瞑想です。

 質の高い瞑想をしたら、心が晴れやかになります。そこでまた現実的な行動をすることで、空に一匹のモンシロチョウが飛んでくるように、新たなチャンスが到来する。それをパッとつかむこと。これがチャンスをものにした瞬間です。なので、質の高い瞑想で心が空になったとしても、動かなければチョウだってやってきませんから。まずは一歩外に出ること。ただ、瞑想の効果がどうたらなんて言ってるうちは、いつまでたっても質の高い瞑想にはならないと思いますが。

 で、今朝は畑観音にて、滝に入る前にしばらく座って瞑想していました。時間にして15分ほどと思います。滝の音を聞きながら、ただ、心を無にする。いつか「雲消し」について書いたことありますが、それが実際にできているかはともかく、私の中では確かに雲を意識的に消すことができています。その消え方には特徴があって、濃い雲であっても、全体的にパラパラと薄くなって微塵となり消えうせる。それと同じように、自我による雑念が出てきたら、無理に消そうとするのではなく、パラパラと微塵となるイメージで消えゆくのを待つ方がいい。

 「雲消し」の際、雲に対して「ありがとうございます」と言ってあげると、早く消えることが多いです。同じように自我の雲に対しても、「ありがとうございます」と言ってあげると、徐々に消えていくのが体感でき、心の中が「空(そら・くう・から)」の状態になります。そこで一匹のモンシロチョウが飛んでくる。これが「直感」であると昨日も言いましたが、今日の瞑想中、見事にそれが飛んできました。そこにはあるメッセージが。それは「写経しなさい」なるもの。

b0002156_19183454.gif 実は今まで、一度も写経をしたことがありません。写経とはお経を紙に書いて写すものですが、その際の最もポピュラーなお経は言うまでもなく般若心経です。唱えるならば、今まで何千、何万回と唱えてきたでしょう。滝行では、まず本堂で一巻、結界に入る前に一巻、滝の前に一巻、そして滝の中で最低一巻。つまり4巻は唱えてるので、それだけでも年間最低400巻。もちろんそれじゃあ済まないし、普段も一日に1~2回は唱えてますから、やっぱり何万回はなってるかな。それにしてもなぜ急に写経なのか。根拠が分からない。まさに直感ですね。

 そんなわけで、いつもは滝の中で般若心経を一巻、観音経を一巻あげるのですが、今日は般若心経を3巻あげました。その後、導師に写経のやり方を教えてもらって、iphoneからアマゾンで写経セットを購入。それが到着してから、毎朝、5時に起きて写経します。目指すは108回。煩悩の数だけ写経をすればいいそうなんで、素直に108回やってみたいと思います。ただ、コーチングが5時とか6時に入ってきてるので、そのときは、ちびQを保育園に送ってからかな。ここ数日、私は家の美化に目覚めてしまって、比較的部屋がきれいな状態が保たれています。そうそう、昨日アナウンスした「行動強化コーチング」もぼちぼちお申込みを頂いてます。5時と6時が両方入っている場合は保育園後になるけど、片っぽだけなら空いた方の時間に写経してもいいですね。とにかく、ちびQが寝てる時間じゃないとできませんから。そうやってまた素敵に朝を過ごすことにしますのです。

 この突然やってきた「写経」が、、、108日後にはどのような展開に結びついているか。泊りとかあると毎日は難しいだろうから、120日以内にはやってみたいと思います。ただ、なんとなくわかるんです。どうなるのか。だからこその直感だったと思うのですが、とりあえず自分の直感に素直になって、スタートしてみたいと思います。先日発表した「人生初体験の会」の4月はこれでクリアですね。なんとなく、ワクワクしています。それから、これからは週2回は必ず滝行に行く。畑観音とかには行けずとも、近所の不入道には行けるのだから。またちょっと初心に戻って楽しみたいと思います。それではまた明日。ありがとうございました。

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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-04-21 23:39 | ■精神世界
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