宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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 本当は今日から「21日滝行」に入ると言いましたが、突如、土曜日(10月3日)からに延期しました。実は昨日の夕方から、ちびQが熱を出してしまい、夫婦してちょっとオロオロしていたのです。結局、夜はほとんど眠れず、朝方、導師に「行」の延期の連絡。昨日の夕方6時にギリギリ小児科に診てもらい、今日も朝一番で行きました。ま、普通の風邪のようで、ちびQ自身はいつもと同じく元気。おっぱいも飲むし、ニコニコしてるし。正直、ちびQの笑顔さえあれば、私は何も要りません。でも、その笑顔を見続けるためにも、私は頑張るのです。

 以前、五日市剛さんがこんなことを言っていました。本当の子育てとは、親が好きなことやってる姿を見せること。これからも、とことん好きなことやって、いいお父さんいなりたいと思います。

 てなわけで、ひと騒動でした。初めての経験ですが、今はネットがあるので、いろいろ調べられます。もちろん鵜呑みにするわけではありませんが、心は休まります。あと、昨日から「瞑想」を開始したのですが、自己流ながら、なかなかいい瞑想ができた気がします。私のやり方はこう。

1.ローソクを用意する(20分程度の)
2.電気を消してローソクに火をつける
3.目を瞑るか半分瞑って、静かに呼吸する
4.ただ、ひたすら呼吸に意識を向ける
5.雑念が湧いてきたら、吐く息とともに出す


 これをローソクが消えるまでの20分間続けるだけ。特に5番目が重要だと思っています。実際、瞑想をしていてもいろんな雑念が浮かんでしまいます。でも、それを「息」と一緒に出すようにすれば、面白いように出てきます。深呼吸もこの原理なのかもしれませんね。

 しばらくこの要領で続けてみようと思います。そのうち、またいい方法が浮かぶと思いますので。ちびQが熱出してくれたおかげで良い気づきを頂いた気がします。ちびQはちびQで、こうやってちょっとずつ免疫力を付けていくので、風邪もまたいいこと。感謝します。

 てなわけで、瞑想と言えば、シンクロニシティでしたよね。チョプラ博士の本を読み直して、ようやくいろいろつながりました。ビジネスマンの間とかでTM瞑想なるものが流行ったりしていましたが、それを続けると業績が上がるとか言われます。

 その辺はよくわかりませんが、瞑想がいいことだけは間違いなさそう。私たちは「意識」と「無意識(潜在意識)」の世界認識があり、基本的に「無意識」を言語化することは難しいです。私たちが通常、言葉で表すのは「意識」の世界です。つまりそれが「思考」。そこで「瞑想」によって「思考」を遮断すると、次に見えるのがまさに「無意識」です。

 「瞑想」は「無意識」の世界につながる。確かにそんな感じがします。そう言えば、私も「滝行」によって「無意識」の世界を随分と楽しませてもらっています。10月24日・25日の「滝行セミナー」は、「滝行+瞑想」で無意識にどっぷりです。ちなみに今日、宿坊の予約をしました。するの忘れたので。滝行前に早めにチェックインして、3時頃から一時間ほど「瞑想」しようと思っています。こちらは初めての試み。本堂を自由に使っていいとのこと。思えばこの宿坊も行きつけ。融通もききます。

 今度も楽しく充実した2日間になりそうです。ところで、シンクロ、シンクロと言ってたら、シンクロの写真を連想しちゃいました。ネット上で出回っている「シンクロ写真」を紹介しますね。


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 代表格がこれ。ベッカム来日時のショット。ベッカムの姿勢が広告の植木屋とほぼ同じになっています。これは狙ったのかな~
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 お次はこれ。これは全くの偶然だそうです。植田まさしは神ですね。
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 こちらは加工写真のような気がしないでもないですが、判断は難しいです。いずれにせよ、とても奇麗でカッコいいですね。
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 ついでに「神の手」です。これを7人に送ると幸せになれるそうです。。。と言うチェーンメールが一時期流行りましたね。知りあいの若い女の子が、神妙な顔して「Qさん、これ見てください、こんな時代になったんですね」みたいに言ってこられた時は複雑でした。言うまでもなく、これは加工写真であり、普通の空の写真に、おっさんが肛門を広げている写真をミックスしたものですから。平たく言えばケツの穴の写真を7人に送った人が、世の中にたくさんいたことになります。気をつけよう。
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 最後はこれ。レジでこんなの受け取った日には、どうしましょ。
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 今日はこの辺で。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-30 23:39 | ■精神世界
 今日も午後からお出かけ。ここ2~3日、天気が良くないので山登りもできません。9月は一回しか行ってないので、10月にまとめて登ろうと思います。そして明日9月30日から「21日滝行」に入ります。今年の目標としては、あと5週間分の「行」をやればOKだったのですが、7日、7日、21日の時間をとるのが難しそうで、いっそのこと21日行を2回することにしました。

 今年も残り3か月ですね。実はこれからいろんなことがある予定。収穫の秋とも言いますしね。ところで、昨日、ディーパック・チョプラ博士の「迷ったときは運命を信じなさい」という本を紹介しましたが、これは一言で「シンクロニシティ(偶然の一致)」について書かれた本です。

 「シンクロニシティ」とはまさに起こるべくして起こったこと。スピリチュアルの世界でよく聞かれる「シンクロ」と言うと、しばしば何か特別なことのように言われます。ただ、「起こるべくして起こったこと」であるなら、常に起こっていること。特別なことは何一つありません。

 今、私がこのブログを書いているのも、シンクロと言えばシンクロです。そしてこれを読んでいる読者がいる。それもまさにシンクロ。いや、この地球上に生きていることさえもシンクロです。つまり「今この瞬間」こそがシンクロなのです。

 そのことに気付くと、なぜか「シンクロ」が起きやすくなります。と言うか、単に気づきやすくなるだけ。ちなみに今日は気づいただけで、3つの「シンクロ」がありました。一つは今まさにチョプラ博士が来日していること。10月1日に東京でセミナーがあるそうです。あとの2つは私ごと。

 実は私、生命保険に入ってなかったのです。結婚した当初から入る入ると言いながら、いつも先延ばし。ちびQが生まれてから、さらに入る入ると言っているのが、何か踏ん切りがつかなかったのです。たぶん面倒くさいからだと思います。そして今日こそは生命保険の相談窓口に行くぞと、お出かけの準備をしている時、出がけにちょっと時間が空いたので、ユーチューブでお笑いの動画を見ていました。するとその動画にまさに私にぴったりと思われるプランがあったので、そこに決めました。

 もう一つは、夕方、突然ある場所に行かねばならなくなり、そこは6時にクローズ。時計を見ると6時。すぐに駆けつけてセーフ。絶妙なタイミングでした。

 こう言うことって、誰もが日常で経験することだと思います。そして時々、人生を変えるかのようなシンクロに出会う(気づく)ことがあります。思えば、私が「滝行」に出会ったのもまさにシンクロでした。あるNPOの事務所にADSL回線をひくと言うのでお手伝いに行きました。終了後、ビールを飲みながら、何気なく話をしていた時、その方が滝行をやっていることを知ります。それがきっかけ。

 もしもあの時、ADSL回線をひくためのヘルプが来なければ、出会うのはもっと遅かったかもしれません。そして「滝行」との出会いによって、私の人生はまさに変換していくのでした。チョプラ博士の本に「シンクロ日記」なるものが紹介されていました。それは今までのシンクロ経験を紙に書くこと。それにより価値あるシンクロへの気づき(シンクロディスティニ)が多くなるそうです。ただ、ほとんど人が膨大な量になり、やる気を失せるかもしれません

 ただ、私の場合は「シンクロ」という言葉なり現象を知ってから、その都度その都度、ブログに書くようにしていたので、すでにやっていたこと。このブログはまさにシンクロブログなのです。それによってシンクロが加速していました。

 そしてもう一つ。今の時期にチョプラ博士の本を読み直しているのも、まさにシンクロでしょう。「富と成功をもたらす7つの法則」にあるように、すべてが自然な形で実現していく方法。それは自然(神、宇宙)からの支援を得ること。そのための方法が第一章に書かれています。それは、

1.沈黙する
2.瞑想する
3.判断しない
4.自然とふれあう


 ことです。これらはチョプラ博士が「すべて」と表現する「純粋な可能性」にアクセスするための方法となります。「すべて」は常に起こっている。しかし、それに気づかないのは「思考(エゴ)」が介在するから。いずれにせよ、「思考」を止めることが、まさに「すべて」とつながる手段となります。

 明日から「21日滝行」を開始します。そしてこの21日間で、可能な限り、この4つを実践してみたいと思います。中でも難しいのは「判断しない」でしょうか。私は判断の王様のように、物事をすぐに判断してしまいます。常に内なる思考が彷徨っています。それをストップすること。

 「自然とふれあう」は滝行などまさにうってつけ。何度かは宝満山にも登りますので、まさしく自然とのふれあいです。「沈黙する」は私にとって難しそうですが、ようは「沈黙する時間をつくる」ことですので、滝や山で十分に可能となります。

 そして「瞑想する」ですが、瞑想がいいことはよく聞きます。阿部敏郎さん、山川紘矢さん、そしてチョプラ博士も「瞑想」の素晴らしさを語っています。しかし、これまでの私には「瞑想」の習慣がありませんでした。どうやればいいのかわからないのも、理由の一つ。ですが、これを機会に、私の生活にも「瞑想」を取り入れてみたいと思います。

 「7つの法則」の巻末に「初心者のための簡単な瞑想法」が紹介されていますので、まずはここからやってみようと思います。その基本は静かな部屋で「呼吸」に意識を向けること。ただそれだけ。それも15分程度から。これならできそうです。

 というわけで、先ほど、さっそくやってみました。15分の時間を計るのは面倒なので、ロウソクを利用。百均に売ってる一本20分の小さなロウソクを灯します。電気は消して。ロウソクの炎が消えるまで、ただ、呼吸に意識を向けるだけ。その間、もちろん沈黙、そして何事も判断しないようにします。

 なるほど、容易ではありません。でも、なんだかスッキリしてきたのは事実。とりあえず朝晩20分ずつでもやろうと思います。てなわけで、明日から21日間。満行の直後は今年最後の「滝行セミナー」もありますので、ぜひご一緒に素晴らしい時間を共にしましょう。そのセミナーでは、お寺のお堂での瞑想も導入します。今回、初の試みですが、まずは私自身が「瞑想」に少しでも触れておくことが重要。実にいいタイミングです。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-29 23:39 | ■精神世界
 一応、シルバーウィーク明けの月曜日なんですね。5時から「早朝談話室」でスタート。何気ない雑談をするだけですが、私としてもいろいろ気づきの多い時間です。今日はもっぱら部屋の片づけ。要らなくなったものなどを捨てます。なぜ急に片付けが始まったかと言うと、読みたくなった一冊がどうしても見つからなかったので。でも、片付け初めてすぐに見つかりました。それは、

ディーパック・チョプラ「迷ったときは、運命を信じなさい~すべての願望は自然に叶う」

という本。チョプラ博士の本は、「富と成功をもたらす7つの法則」などいろいろ出てはいるのですが、正直、難解です。その難解さは、哲学書のような難解さではなく、言葉が平易なだけに、なおさら難しいという感じです。そして今まで、何度読んでも腑に落ちませんでした。つまり頭では理解できても、それが心にまで浸み入らない状態。なぜ今、急に読みたくなったかと言うと、確か阿部敏郎さんや山川紘矢さんの言っていることと同じじゃなかったかと、ひらめいて。そして読んでみると、やっぱりそうでした。

 チョプラ博士は、この世の中を三段階の存在レベルで説明します。


【第一の存在レベル:現実‐物理的な領域】

 いわゆる目に見える世界のこと。私たちが一番慣れ親しんでいる領域です。ここには過去や未来などの時間の流れがあり、始まりがあれば、いつかは終わりがある世界。生があれば死がある世界。ニュートン物理学(古典物理学)の世界とも言えましょう。


【第二の存在レベル:量子‐エネルギーの領域】

 情報とエネルギーから成り立っている世界。量子力学などが取り扱う領域。色即是空と言ってもいいのでしょうか。個体に見えたとしても、それは単なる情報であり、実際には見えないもの。光速で現れては消えしている、無限の連続であり、目に見える世界は単なる想像上のもの。では、その想像を成立しているのは何か。


【第三の存在レベル:「すべて」である領域】

 それを「すべて」と言います。第一の領域は目に見える世界。第二の領域は情報とエネルギーだけが充満する目に見えない世界。第三の領域はそのどちらでもなく、言わば「純粋な可能性」の領域。わかりやすく言えば精神の働きと言えるのでしょうか。

 具体的に言えば、今、私はパソコンで文字を打っています。その「文字」は第一の領域、つまり目に見える世界のものです。ですが、その「文字」自体は何の意味もなく、私たちが単に意味付けしているだけのもの。さらに言えばパソコンそれ自体も、火や空気や光と同じく、そもそもは量子であり、私が単にそれをパソコンだと想像しているだけのもの。

 しかし私がそのように想像するには、何らかの働きあるはず。パソコンや文字をそのように想像するのであって、カブトムシと想像させない何かがあるはず。それが「すべて」と呼ばれるもので、情報やエネルギーを組織化させています。

 その「すべて」の特徴は「無媒介性」「非軽減性」「即時性」という概念で表わされます。「無媒介性」とは因果関係のない世界のこと。常にただあるだけ。「非軽減性」とは、時間や空間によって左右されない世界のこと。私が今声を出したら、通常は近くの人が大きく聞こえるのでしょうが、遠くの人も過去の人も、等しく同じ大きさで聞こえます。「即時性」とはすべてがこの瞬間で起こっている世界。

 つまり「すべて」とは、瞬時に、因果関係もなく、時間や距離にも影響されずに発生するもの。ここに世界の基本があり、すべてが同時に起こり、そしてそれがシンクロニシティ(偶然の一致)を引き起こしているのです。チョプラ博士によると、この「すべて」の領域に生きることができれば、「あらゆる願望がすんなり叶えられる」と言います。

 この「すべて」とは言うまでもなく、阿部さんの言う「いまここ」とイコールであり、まさに「いまここ」は瞬間であり、因果関係も時間もない世界。ただ、そこに起こっていることが起こっているだけ。そしてもしもその世界に生きることができれば、問題は起こらないし(大丈夫だし)、願ったことがすぐに叶えられる。

 では、どうすればその世界を垣間見ることができるのか。その最適な方法がまさに「瞑想」であるとチョプラ博士は言います。結局のところ、阿部さんも山川さんもチョプラ博士も、言っていることは同じ。そしてこの領域に生きることこそが、スピリチュアルを求める上での目的だと考えられます。

 ですので、前世が誰とか、どんな守護霊がいるとか、オーラは何色とか、誰がツインソウルかとか、世間一般に「スピリチュアル」と言われていることが、いかに3次元的かがわかります。チョプラ博士の言葉を借りれば、それらはまさに「第一の存在レベル:現実‐物理的な領域」であり、そもそも目に見えないものを、(不確かながらも)見よう見ようとする行為に過ぎません。

 ま、それはそうとして、スピリチュアルの目的とは、まさにこの「すべて」に生きること。そして時代は確実にその方向に進んでいます。この5~6年、江原啓之という現象を象徴として、人々の意識は目に見えない世界に向けられました。確かにその功績は大きいと思います。しかし、「オーラの泉」が終わったことを象徴に、時代は確実に変化しています。

 アセンションの意味もここにあります。つまり「すべて」に生きること。それを覚醒と言ったり、悟りと言った理ます。そう言えば昨日、あの「山川紘矢」さんから、ブログにコメントを頂いていました。阿部さん経由だそうですが、すごくびっくり。

 私がブログを書き始めて5年。最初は会社員時代で、単なる日々の日記でした。一年後に会社を辞め、思考錯誤しながら、もがきながらここまで来ました。このブログのタイトルが「宇宙となかよし」になったのは、2005年の1月。その前後から、常に傍らにあったのがスピリチュアルです。最初は満月に預金通帳をかざせば収入が増えると思っていました。新月に願いごとを書くだけで叶うと思っていました。2012年に救済されなければならない、と。しかし、私も学習しました。ついでに言うと、このブログは基本的に過去ログの改編をしていません。ですので、私にもそのような時期あったことを、過去ログから見ることができます。ちょっと恥ずかしいのですが、ありのままを見てもらおうとそのままにしています。

 そんなプロセスを経ながら、思い通りの人生を送るには、そのための地道な努力が必要であると悟りました。そしてやってきました。その結果、今ではほとんど思い通りの人生になっています。収入はもちろんですが、最愛の「ちびQ」まで授かり(来て頂き)、今が人生で一番幸せだし、これからももっと幸せになる実感があります。困ったことも起こらないし、願ったことは確実に叶います。

 そしてそろそろ、本格的に私の口からいろんなことを伝える時期に来ていると思っています。滝行と出会ったのも無意味ではありませんでした。滝行は決して神通力を身につけるためのノウハウでもなければ、願望実現のツールでもありません。私が滝行によって得たものは、まさに「いま」を体感すること。

 正直、冬の滝は辛いです。しかし、その辛さの元凶は「連続性」にあります。寒いな、痛いな、どんだけ入るのだろう、、、そんなことを思っていたら、辛くて仕方ありません。しかし、入ると決めた以上、入るしかありません。そのためにはまさに「いま」を生きるだけ。「いま」という刹那刹那においては、滝に入っていようが、温泉に浸かっていようが、すべて同じ。私が5年間の「滝行」を通して得た「体験」とはまさに「いま」だったのです。

 と言うわけで、私もまた新たな流れが生まれようとしています。9月30日から「21日滝行」を始めることになりました。そして10月24日・25日は今年最後の「滝行セミナー(宇宙となかよしセミナー)」を開くことになりました。とにかく今まさに、何か大きな流れにある。流れ自体は私に限ったことではなく、世の中全体がそうなっている。そして私は今まさに、その流れ、大きな流れによって動かされている。そんな実感がする今日この頃なのです。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-28 23:39 | ■精神世界
 今日は昼からお友達のお家に遊びに行っていました。ツレとちびQと一緒に。そのお友達の家には、合計4家族が集結し、いずれも小さい子ども連れ。中にはちびQと一週間違いで生まれた赤ちゃんもいます。つくづく幸せだな~と感じ入りました。それこそ今から10年ほど前は本当に暗黒生活。その後のサラリーマン生活も決して満たされたものではありませんでした。そして逃げるように会社を辞めたところで、いつも不安と隣り合わせ。

 それが今年か昨年辺りから、平穏でありながら、実に充実した日々を送るようになっています。それは結婚したことも関係あるでしょう。ちびQが生まれたことも関係あるでしょう。その前に人間関係がざっくり変わったことも関係あるでしょう。ただ、今振り返ってみると、何かガムシャラに努力した記憶もないし、とにかく目の前のやるべきこと、そして気づいたことをひたすらやり続けていた。ただ、それだけのような気がします。

 確かに過去にもがいていた時期はありました。それは主に人間関係や経済的な問題において。しかし、この1~2年は本当にスッキリした毎日を送っています。そして極めつけは、ちびQです。彼のおかげで本当に毎日が楽しくて楽しくて。本当に、ちびQには感謝してし過ぎることはありません。よくぞ私たち夫婦を選んで生まれてきてくれたって。
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 ところで、昨日の阿部さんの講演会で言われていたことで、もう一つ納得したことがありました。自慢じゃありませんが、この1~2年、ほとんど「困ったこと」が起こっていません。それ以前は「困ったこと」だらけでしたが、ここ最近は本当に何もありません。ただ、私自身、「困ったこと」は決して避けるべきものではなく、自分自身を成長させるために不可欠なものだと思っています。

 その意味で言うと、最近の私はそのような問題が起こらないのでどうよ!みたいに思うこともありました。ただ、それは阿部さんも同じだそうです。講演会では阿部さんのとある発表を聞きましたが、私も近々、同じような発表をさせて頂くことになりそうです。つまり、困ったことは起こらない上に、思っていることが次々と現実になるこの1~2年。もっと言えば、この3か月は顕著です。それも、ちびQが生まれてからに重なるのですが。

 もう一度言いますが、私は問題や葛藤はウェルカムの立場です。まさに「ピンチはチャンス」であって、ピンチのたびに喜んだものです。ただ、最近は以前のようなピンチは本当になく、その上、願ったことが次々と実現するのです。そこで阿部さんがさらりと言いました。

「困ったことが起こる必要がなくなっているから」

と。そうなのかもしれません。昨日のブログで山川紘矢さんの新刊の一節を、阿部さんのブログから引用させて頂きました。

「人生で一番大切なことは覚醒体験で、そのことを通して本当の自分を知れば、問題はたちどころに解決してしまいまいます」

 正直、数か月前にこの文を読んだところで、ちんぷんかんぷんだったと思います。「覚醒体験」って何だ?それが人生で一番大切?それで問題はすべて解決するの?スピリチュアル系にありがちな誤魔化しの救済思想じゃないの?(失礼)と思ったに違いありません。

 しかし今、この一文を読んで、非常によくわかるのです。腑に落ちるのです。例えば今、私には「問題」らしい問題はありません。すべて解決しています。そして何より「覚醒体験」の意味もわかるし、それが人生で一番大切であることもわかるのです。そして何より、昨年から私にとって最大のテーマであった「本当に自分」につながることもよくわかるのです。

 「本当の自分」を知るために、一つの方法なり条件として「潜在意識」にこびり付いている「垢」を浄化すること。その方法論としてホ・オポノポノがあったり、NLP的なクレンジングワークがあったり、いろいろあると思います。しかしそのような手段は手段として大切なのを認めながらも、本当のゴール(でありスタート)はまさに「覚醒体験」なのです。では、その「覚醒体験」とはどういったものなのか?

 それが昨日も書いた「大丈夫」の境地です。「大丈夫と思っているから大丈夫」ではなく、そもそも最初から「大丈夫」なのです。そのことが本当にストンと腹の奥に入る。これがまさに「覚醒体験」であり、雷に打たれたり、洞窟で天啓を得たりするような大それたことではないのです。

 その「大丈夫」の境地をいろんな人がいろんな言葉で表現しています。阿部さんは「いまここ」と言っているし、数ある宗教が「神」と呼ぶ存在もそうなのでしょう。中村天風師は「宇宙霊」という言葉でその境地に迫っています。仏教では「空(くう)」と言ったりします。そして今、突然、手が伸びたディーパック・チョプラ博士の「富と成功をもたらす7つの法則」を開いてみると、そこに「純粋意識」と書かれてありました。注釈によると「純粋意識」とは「純粋な潜在力。瞑想における無の境地」と書かれています。

 そして今、このブログを書きながら、チョプラ博士のその本を読んでみると、めちゃくちゃ凄いことが書かれています。それについてはまた追々。何度読んでもわからなかったこの本。今読むとめちゃくちゃ腑に落ちるのです。それはともかくとして、一言で言うと「大丈夫」の境地。それを表現するために、いろんな人が様々な語法やアプローチによって、なんとか伝えようとしています。

 そしてこの「大丈夫」の境地に達すると、文字通り、本当に「困ったこと」が起こらなくなるのです。本当は起こっているのだけど、それに気がつかないだけとか、そんなレベルではありません。本当に起こらなくなるのです。そして願ったことが次々と現実になるのです。その様子を、本当にこの数か月数週間にありありと見ている自分がいるのです。

 では、どうすればその「大丈夫」の境地に達することができるのでしょうか。おこがましい言い方かもしれませんが、今、この私の文章を読んでいる時点で、その「準備」が整いつつあると言ってもいいです。日本国民では10万人に一人か二人くらいしか読んでない、このおかしなブログを。

 それはともかくとして、「大丈夫」の境地に達するには、それを求めるのではありません。求めている限りは得られません。重要なのは「待つ」ことです。しかしそれは「何もしない」ことを意味するものではありません。「待つ」とは、すなわち、目の前のことをしっかりやること、そして気づいたことをすぐにすること。それ以外にないのです。目の前にないこと、気づかないことをやろうとしても、できません。

 もしも今、「大丈夫」の境地に達してないのであれば、それはまだ「目の前にないこと」であり、「気づかないこと」なのです。山に登って頂上に達するためには、一歩一歩大地を踏みしめることが重要。どこにあるかわらない頂上を探しながら、手を伸ばしているだけでは、決して到達しません。足もとの大地を一歩一歩踏みしめること。それしかないと思っています。

 その中で「瞑想」をすることで「静寂」の時間を持つことは有意義だと思います。私はたまたま手軽に「滝行」ができる環境にいるのでやっていますが、それもまた、自然の中で真の「静寂」を持つための儀式だったのかもしれません。

 思えば、このブログランキングに参加した当初、1位を独走していた阿部さんの「いまここ塾」を当時はほとんど読んでおらず、今年になっていろんな人から「読め」だの「講演会に行け」だの言われ始めたのは、私自身がその流れに乗っていたからかのかもしれません。

 それによって、これまで漠然と感じていた「大丈夫」の境地について、少しでもわかりやすく言語化する作業に、今まさに着手しているのだと感じています。世の中に偶然はないと言われますが、先月、たまたま一緒に車に乗っていた人が阿部さんの講演会に行くと言うので、飛び込みで参加した8月の「いまここ塾」から1か月。まさに今、何か大きな流れに乗っている実感を得る自分がいるのです。ありがとうございました。
 

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by katamich | 2009-09-27 23:39 | ■精神世界
 今朝は、ちびQ、、、めちゃくちゃ早起き。4時半に起きて、きゃっきゃ言ったりして、まるで休日に早起きをする小学生のよう。両親はぐったり(笑)。私も昔、幼稚園や小学校に行く日はギリギリまで寝ていたのに、日曜日の朝、「仮面ライダーV3」を見るために6時前に起きていたのを思い出します。それにしても可愛い。普段はこの5倍は笑います。カメラ向けられてちょっと緊張しているのかな。



 夜は先月に引き続き、阿部敏郎さんの「いまここ塾」に行ってきました。80名ほどだったでしょうか。私の知り合いも何人か来られていました。今日も例によってメモなどは取らず、心で感じるがままに話を聞いてきました。そしてこれまた例によって、講演会の感想と言うより、それを通して得た私の感じを今から書きたいと思います。

 今日は先月とはまた違った内容でしたが、つくづく驚かされることがあります。正直、このような話をこんなにたくさんの人、それも全国的にたくさんの人が聞きに来ている現実。これはやっぱり「時代」なのでしょうか。特別、人々に勇気や希望を与える話でもなく、3次元的な現世利得を刺激する内容でもなく、かと言って昨今のスピリチュアルブームに準じた話でもありません。阿部さんが過去に経験した、特定の「感じ」をいろんな角度から思いつくがままに話をするだけ。しかし遠慮なしに言うと、極めて重要な話であることは確か。

 今日は阿部さんのちょっとした生い立ちからスタートして、私も初めて聞く話ばかり。このような講演会はすでに25年近くやっているとか、昔は自己啓発のセミナーの講師をしていたとか、その後、禅とのコラボで独自のセミナーをやっていたとか。しかし、その間、のべ一万人近くの人に今語っているような話を伝えていたけど、ちゃんと理解している人は一人もいなかったであろう、と。しかし今は、一つの「体験」を通して、それを共有する人が増えてきた、またはその「体験」前夜の人が増えてきた。そんな「時代」であると言います。

 その辺のことは正直私にはわかりません。いわゆる「宗教」とは別に、精神世界やスピリチュアルといった話があるのを知ったのは2004年のことで、高々5年足らず。ですので、時代の変遷みたいなのは、リアルにはうかがい知れないことです。それでもなんとなく、時代の流れみたいなのはあるかな、それもこの2~3年と言わず、この数か月、数週間でガラリと変わっているような印象を受けてきました。そしてそれは今日、阿部さん自身も同じことをおっしゃっていました。

 と言いながらも、これまでと変わらず、淡々と時間が流れているだけなのかな~と思う時もあります。ですので、よくわからないのが正直なところ。それでも、こうやって2回も連続して阿部さんの講演会に足を運んだのは、少なくとも私にとっては、すごく意味があることのように思えています。阿部さんの「いまここ塾」というブログ自体は、かつて同じブログランキングの上位にあったこともあり、存在だけは知っていました。しかし、正直、読むことはほとんどありませんでした。実は今でもそうですが、ランキングの他のブログを読むことはほとんどありません。一応、スピリチュアルランキングにいますが、正直、守護霊とか前世とかオーラとかアセンションとか、その手の話はあまり面白くないからです。どうでもいいこと。

 と、言いながらも、私のブログの性質はやっぱりスピリチュアルになるのかもしれません。結局のところ、現世利得を充実させるためのスピリチュアルには今は全然興味がなくて、とりあえずひたすら究極の何かを求めているだけ。それを極限まで3次元的な言い方で表現すると、結局のところ「大丈夫」であることに尽きるのです。そしてその「大丈夫」であることを、多くの人に知ってもらいたい。その気持ちこそが、私にとってのスピリチュアルなのでしょう。

 そう言えば、私は昔から「大丈夫、大丈夫」が口癖だったかもしれません。それで親からもよく怒られていました。「大丈夫」と言いながら、テストで赤点とるものですから。しかし、今でこそ言うと、赤点なんてどうでもいいし、100点が素晴らしいわけでもありません。少なくとも兄弟3人の中では、超優秀と言われた兄と弟に比べて、私が一番生活力はあるようですし、その意味で、やっぱり「大丈夫」な状態になっています。

 ですので、「大丈夫、大丈夫」という口癖も、確かにいい加減に聞こえる言葉ですが、あえて都合の良い言い方をすれば、私は深いところで「大丈夫」だと思っていたのかもしれません。そして2005年に会社を辞めてからのこの4年間、率直に言って「大丈夫」を信じることだけで生きてきました。

 何度も言うように、会社を辞めた当初は貯金が30万円。家賃が6万円なので、それで3か月をギリギリで乗り切り、4か月目の家賃は企業年金の一時金を解約することで充てました。それが11万円。それと引き換えに、私は65歳以降、企業年金をもらえなくなってしまいました。そしてもうじり貧の極みに達した時、それでも「大丈夫」を信じることで、何と10月から不思議と収入が入り始めたのでした。

 そしてその翌年2月、15日前後で全財産が3万円になった時もありました。あと半月で家賃も払えません。その時、100日滝行をしていたので、断念して就職活動するかの瀬戸際になりました。しかし、不思議なことに、まちづくりNPOから突然仕事の依頼を受け、月末には30万円が振り込まれ急場をしのぎました。それが代表的な二つですが、それ以外にも細かいピンチは幾度となく経験しています。

 しかし、なぜか私は「大丈夫」だと思っていたのです。根拠などありません。しかし、阿部さんの話を聞いて、改めてそうだったのかと思うことがありました。阿部さんはかつて、瞑想体験によって究極の姿を見たと言います。それによって魂は一つ、俺はお前、人は生まれも死にもしない、ただ「いまここ」があるだけ、など一連の「悟り」を経験しました。その結果、やっぱり「大丈夫」だということを強く認識したようです。

 そう言えば私にも同じような経験がありました。これまた何度もブログに書いていますが、会社を辞めた直後に3週間(21日間)、一人でインドに行ってきました。夜にデリーに着き、バスを降りて800メートル歩けば安宿街に到着。その歩いている時、暴漢に殴られ、逃げるように乗り込んだタクシーから悪徳旅行会社に連れて行かれ、そこで所持金のほとんどを奪われます。

 さらに自暴自棄にラダック地方に飛んで(悪徳旅行会社で倍の値段で買わされたチケット)、一週間過ごすことになったのですが、クレジットカード残高が5,000円しかないことに気づきます。それで一週間、辺境の地で過ごさねばならず、町で一番安い宿に泊まり、ひたすら日にちが過ぎるのを待つだけ。することがないので、中5日間で般若心経を1,000巻あげることを思いつき、一日200巻ずつ上げていきます。その5日目、850巻を過ぎた辺りから、急激な変化が訪れます。滝のように涙が出てきたのです。とまりません。そして目の前に電光掲示板のように「感謝」の文字が浮かび上がります。そこで得た体験は「絶対感謝」の境地でした。

 それを機に、私の世界観が180度変わってしまったのです。なんだ、運が悪いと思っていたけど、やっぱり「大丈夫」やん、て。結局、そのような「体験」があったからこそ、その後は、多少、経済的にピンチになったとしても、必ずそれを巻き返して、それが当たり前になったのでしょう。もちろんピンチは経済だけでなく、人間関係も幾度かピンチなったことがあります。そして今、、、どうか言うと、すべて「大丈夫」になっており、実際、今年に入ってからはいわゆる3次元レベルにおいても、ほとんど困ったことが起こらなくなっているのです。

 そもそも「大丈夫」ってなんだったのでしょう。実は私は今までこう思っていました。

「大丈夫と思っているから大丈夫なんだ」

と。しかし今日、阿部さんの話を聞いて実は違っていたことに気づかされました。「思っているから」つまり「大丈夫」という「ビリーフ」を持っているから大丈夫なわけじゃないのです。そもそも「大丈夫」だから大丈夫だったのです。絶対的に大丈夫なのです。

 大丈夫と思っているから大丈夫なのではなく、そもそも大丈夫。難しい言い方をすれば、アプリオリに大丈夫だったのです。なんだ、結局そうだったのか。しばしば精神世界系で「すべてはうまくいっている」なんてことが言われますが、それは確かにそうですが、そう思えないところが人間。そして皮肉なことに、精神世界に興味を持つ人の大部分は、「すべてはうまくいっている」と思えないから、少しでも前向きな言葉が欲しくてやってくるわけです。ですが、ピンチになると、すぐに「大丈夫」を忘れてしまう。忘れると言うことは、まだまだ浸透してないのです。

 スピ系セミナーをすべて受けようが、本棚がすべてスピ系で埋められようが、「大丈夫」であることを真に知るには、不十分、、、というかそもそも的外れなことだってあります。つまり「言葉(意識)」で「大丈夫」といくら言っても、心身に浸透するとは限りません。しかし一度でも、「大丈夫」を「体験(無意識)」で知ってしまうと、その後はすべて「大丈夫」になってしまうのです。その「体験」のことを「悟り」と呼ぶのかもしれません。

 最近、阿部さんは翻訳家の山川紘矢さんの本に、まるで自分自身を発見してしまったことをブログで書かれていました。山川さんの新刊に、確かに阿部さんがいます。その部分をブログから引用します。


そのままで大丈夫だから。
宇宙の計画は完璧で、心配しなくても大丈夫だから。
『人間は死ぬことがない永遠の存在だ』というメッセージを伝えるのが僕の使命です。
僕たちはみんな、同じひとつのものです。
全てはひとつです。
宇宙を信頼しましょう。
人生には成功も失敗もありません。
あなたのままで、そのままでいいのです。
とにかく瞑想を始めましょう。
人生で一番大切なことは覚醒体験で、そのことを通して本当の自分を知れば、問題はたちどころに解決してしまいまいます。
すでにそんな目覚めの連鎖が始まっていて、それは日本から起こるのでは・・・

「輪廻転生を信じると人生が変わる」(ダイヤモンド出版)より

 
 この後、すぐに阿部さんは山川夫妻とつながって、密なやり取りをされているとか。思ったことがすぐに現実化することの例としてお話されていました。それはそうなんですが、何よりこのメッセージです。おこがましい言い方ですが、私も完全に腑に落ちています。唯一、「瞑想」だけはまだ実感としてわからないものの、「人生で一番大切なことは覚醒体験で、そのことを通して本当の自分を知れば、問題はたちどころに解決してしまいまいます」はまさにそう。

 私たち人間は「問題」に直面する宿命がある生き物。犬や猫の動物にはそれはありません。そもそも選択肢が一つしかなければ問題は生じません。問題の多くは「葛藤」から生じるもの。動物は常に「無意識」的な衝動に従って、たった一つの選択肢によって生きています。しかし人間には「無意識」から独立した「意識」がありますので、そこに「選択」という思考が生まれます。それが「葛藤」となり「問題」となるのです。

 しかし人は「葛藤」なり「問題」によってしか成長することはありません。そしてその「成長」こそが人間としてのお役目です。もっと言うと、それによって「魂」を成長させることが、宇宙から唯一課されたお役目なのです。

 そして私たちは「問題」に直面した時に、それを解決しようとします。または諦めようとします。しかし、実のところ「問題」とは解決するものではないのです。「問題」は解決されるものなのです。その辺のニュアンスおわかりでしょうか。

 今日、阿部さんがわかりやすい例を出してくれました。「眠り」について。私たちはほぼ毎日眠ります。しかし、眠ろうと思って眠れる人は実はいなくって、眠りは自然とやってくるもの。3秒後にさあ眠りましょうと言って、意識的に眠りをゲットすることは不可能。そのための準備(布団に入って横になるなど)をすることで、眠りが来るのを待つしかない。それが「眠り」の本質なのです。

 「問題」の解決も同じ。問題解決の準備は必要です。それを努力や行動ということもあるでしょう。しかし、問題とは意識的に解決できるものでは実はなく、解決されるときに初めて解決されるのです。それは阿部さんや山川さんが言う「覚醒体験」も同じ。そのためには「瞑想」という準備が必要となる。または「瞑想」に準じる準備が必要となる。私の場合、意図的に瞑想を習慣化しているわけではないもの、しばしば一人旅に出ますし、一年中滝に打たれています。

 2005年5月のインドでの「絶対感謝」の体験が、私にとっての「覚醒体験」だとすれば、それはいわゆる「瞑想」という手段によったのではなく、標高4,000メートルの高地において、般若心経というマントラをひたすら唱えることで、深い「瞑想」と同じような境地に達したのかもしれません。しかし、般若心経を1,000巻あげようと最初から思ってラダックに行ったのではありません。会社を辞め、インドに行き、暴漢に襲われ、所持金を奪われして、その流れにおいて出てきた行動。もしかすると、それが私にとっての「準備」だったのかもしれません。

 確かに「覚醒体験」によって「問題」はたちどころに解決されるでしょう。だからと言って、「覚醒体験」を求めて「瞑想」しても、まだ準備ができてなければ訪れないもの。まさしく「覚醒体験」や向こうからやってくるのです。そしてその「体験」は誰一人残らず訪れるもの。それはもしかすると今生でないかもしれません。それでも「魂」は「覚醒」することが決められています。その「覚醒」のことをアセンションと言うかもしれません。しかしそうであったとしても、アセンションは求めてすぐに得られるものではなく、準備ができた段階でおのずとアセンションの方からやってくるのです。

 そして「覚醒」によって人は「大丈夫」であることを知ります。それは大丈夫という思い込み(ビリーフ)や、恣意的な自由意思を超えたところの、絶対的事実として「大丈夫」があることを知るのです。

 では、どうすれば「覚醒」するのでしょうか。単に「瞑想」だけすればいいのでしょうか。私はそうでないと思っています。それは3次元に生きていることの意味をしっかり理解し、3次元的営為をまずはまっとうすることです。そして何かの拍子に「瞑想」の方からやってくる。

 お釈迦様は若い頃は贅沢三昧酒池肉林を経験し、ある日、修行の旅に出て、この世を絶する苦行を経験します。それらは言ってみれば3次元的営為の象徴となるのかもしれません。そしてそれらをしっかりまっとうした時、スジャータから乳粥をもらい受け、菩提樹の下で静かに「瞑想」状態に入りました。その菩提樹はe-BOOK「宇宙となかよし」にある木の写真がそう。これはブッダが瞑想した菩提樹の孫にあたるそうですが。

 話を戻すと、「覚醒体験」には「瞑想(またはそれに準じる行為)」が重要です。しかし、私はその「瞑想」さえも、自分から入るのではなく、入るべくして入るために「瞑想」が自分に向かってやってくるものだと思っています。卵が先かどうかで言えば、まずは目の前の問題にしっかり取り組むこと。その暁には、もしかしたら「瞑想」方からやってくるのかもしれません。私にとっては、それは「旅」や「滝行」でした。

 と言うわけで、今日の「いまここ塾」もいろんな気づきを頂きました。ただ、私はそこで何がしかの気づきを得たくて参加していると言うより、どこか懐かしい感じ、安住感みたいなものがあり参加した。今日は終始そんな感じで話を聞いていました。

 終了後、阿部さんにご挨拶させて頂きました。私が名を名乗る前に、阿部さんの方から握手を求めて頂き、「やあ、久し振り」みたいな、ある意味の初対面と思えないような雰囲気がありました(会ったのは2回目ですが、面と向かって話たのは初めて)。表現の仕方は違えども、同じような体験を有してる。そんなことを言って頂けました。今後、「いまここ塾」が私にとって何をもたらすかわかりません。でも、なんだか時間の許す限りは参加したいなあと思いました。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-26 23:39 | ■精神世界
 今日は3月からほぼ毎週やってきた「福岡NLPセミナー」の最終日でした。今日は9回目なので、本当はあと一回残っているはずなんですが、一応、それは10月24日(土)・25日(日)に予定している「宇宙となかよし・セミナー(滝行セミナー)」にコンテンツがかぶるので、とりあえず今日で一応閉めということにしました。また、新たな形でスタートさせるつもりですが、しばしの休憩。

 その10月末に予定している「宇宙となかよし・セミナー」ですが、初日は篠栗町プチ遍路と滝行に宿坊。二日目にセミナーの予定です。二日目だけの参加はOKですが、初日のみは不可とさせて頂いています。ここでは思いっきり気兼ねなく自分のオリジナルセミナーを展開させて頂きます。

 そして10月末の滝行は、ある意味、初心者が耐えられるギリギリの時期だと思います。11月になるとかなり寒いし、それ以降になると5月頃まで待つ必要があります。もちろんチャレンジしたければ1月でも2月でもOKですが、たくさんの人をお世話させて頂く立場からすると、あくまで自己責任。その意味で10月が限度かな、ということで。ところで、ちょっと興味深い動画がありましたので、ご紹介します。



 滝行の効用を科学的に解明した内容です。ただ、突っ込みどころもあり、本当に客観性・再現性を担保した話かと言うと、その辺は曖昧です。ですが、私自身の体験から見ても、ある程度は妥当な見解だと思っています。つまりこういうこと。

 まず人間には「前頭葉」という脳があります。これは人間独自のもので、言語活動や創造力、本能の抑制などを司ります。いわゆる「意識」の脳のこと。一方で、我々は常に外部から数多くの情報を入手しており、それが「無意識」へと貯蔵されていきます。その「無意識」からの情報を取捨選択して「意識」に送り込む働きをする、言わば「情報の関所」と呼ばれるのが「視床」です。「視床」のおかげで、理性を保ち、意識がパンクせずに、日常生活が送れるわけです

 そこで滝に打たれるとどうなるか。冷たさや痛さを緩和するために、「脳内麻薬」なるものが分泌されます。そこで普段は抑えられている「A10神経」が活性化し、そこからドーパミンが放出され、前頭葉に伝えられます。この時、何も言えない快感や幸福感が得られるのです。私がもう5年も冬の滝行を続けるのも、この辺の快感を知っているからなのでしょう。

 ただ、ドーパミンの放出は、情報の関所である「視床」の働きを弱め、そこに「無意識」との回路をつなぎます。そして「無意識」に貯蔵された無限の情報が「意識」へと送り込まれ、これが「ヒラメキ」という形で言語化されます。そして私のこのブログは私が得た「ヒラメキ」の森と言えるでしょう。実際、「行」をしている時は、やけにいろんなことが閃いたり、直感が働いたりします。
 
 平たく言えば、滝に打たれることによって、脳内麻薬によって何とも言えない幸福感を得ながら、「意識」と「無意識」の経路が太くなり、普段は得られない情報を入手(言語化・意識化)することができるのです。ただし、それは真夏の滝ではほとんど効果がありません。もしその辺の効果を期待するのであれば、やっぱり冬こそです。だからこそ、滝行の醍醐味は冬であり、冬にこそ「行」に勤しみたくなのですね。今年も一応、12月に21日行、来年の一月にも行います。

 そんなわけで、滝行の醍醐味は確かに冬。しかし、初心者には物理的に辛すぎるので、その辺のギリギリが10月末となるのです。実は9月末現在もかなり滝は冷たいです。人によってはすでにNGかもしれません。と言うわけで、10月24日・25日は滝行や宿坊(語り)をミックスさせた、私のオリジナルである「宇宙となかよしセミナー」を行います。2~3日中にアナウンスしますので、興味のある方はぜひ。

 ま、それはそうと、今日のセミナーでは「ビリーフ」を取り扱いました。3時間しかないので、十分に消化できなかったと思いますが、それでも重要な情報はしっかりお伝えできました。あとは、参加者の方がそれを実行するのみです。

 今回のセミナーは一つの証明でもありました。これと同じセミナーを7月にもやりました。そこでは、私が実際に体験し効果があったものを体系化し、誰もが再現できるようなプログラムとして提供しました。そしてそれは私自身の証明でもあったのです。つまり、過去4年間を振り返って、「こうでした、ああでした」と言うだけではなく、そこから2~3か月で自分自身がどのように変化できるか、詳しく言えば、ビリーフをチェンジできるか、それを証明する場となったのです。そして7月1日から、ある「秘訣」を実践し始め、9月は案の定「大台」に乗せることができました。それは月収7桁の大台です。

 そしてやっぱり一つの確信が強化されました。つまり我々の現実はすべて「ビリーフ(思い込み)」が作っているという確信です。それ自体がビリーフかもしれませんが、そうであっても、それは私の中では確固たる確信になっています。そして「ビリーフ」をチェンジさせることができれば、すなわち現実も変わる。2005年に独立してから今まで、私はその連続でした。いろんな葛藤がありながらも、ビリーフをどんどん変えていくことで、思いのままの現実を作り上げてきたのです。

 そしてそのことをこれからも何度も伝えていこうと思っています。世の中はそもそも「無色透明」です。そこにどのように「色付け」するかで人生が決まるのです。もしもそこに「私は貧乏だ」という色付けをしてしまえば、その通りの現実となります。一方でもしもそこに「私は物心ともに豊かだ」という色付けをすると、やはりそれは現実となります。

 ビリーフとは本当に強烈。例えば今日、こんな話をさせて頂きました。「男は浮気する」というビリーフを持っている人がいたとしましょう。それは明らかに「事実」ではありません。確かに、浮気する男はいるでしょうが、普通はそんなことはないのです(これもビリーフかもしれませんが)。そしてそのようなビリーフを持っていると、どのような働きがあるでしょうか。

 ビリーフは言うまでもなく「無意識」に貯蔵されています。そして「無意識」は、それがいいことであれ悪いことであれ、それを実現しようとします。ですので「男は浮気する」という信念を持っている人は、それを実現させないと具合が悪いのです。座りが悪いのです。もちろん「意識」ではそれを避けたいと思っているでしょう。しかし「無意識」はそれを実現したいと働くのです。

 その結果、その人は「浮気する男」を恋人にしてしまいます。そして思い通り、男は浮気します。すると「男は浮気する」というビリーフがさらに強化されます。そしてまた「浮気する男」を恋人にし、案の定、浮気されちゃいます。するとさらにビリーフが強化され、負のスパイラルに陥ってしまうのです。

 これは「男は暴力をふるう」に置き換えても同じこと。正直、女性に暴力をふるう男なんて、10%もいないでしょう。少なくとも私の知り合いに限れば、1%もいません。ですが「男は暴力をふるう」と思っている人は、「暴力をふるう男」としか付き合わなくなるのです。「私と付き合った男は病弱になる」と思っている人も同様。なぜか病弱の人としか付き合わないのです。「私はいじめられる」と思っている人も同様。どの会社に行っても、どの組織に行ってもその人はいじめられます。

 ロバート・アレンはこう言います。「もしも一日に3回犬に噛まれることがあれば、それは少なくとも犬のせいではない」、と。そこには「犬は噛む生き物」というビリーフがあり、最終的には「自分の責任」なのです。ビリーフの責任なのです。つまり、最初にビリーフありき。

「ビリーフ」→「実現」→「ビリーフ強化」→「実現」→「さらにビリーフ強化」→「実現」→・・・

てな感じで、強化スパイラルに陥るのが、ビリーフの特徴です。だからこそ自分を不幸にする「ビリーフ」はさっさと手放さなければなりません。では、どうすればいいのか。それを今からブログに書くと、紙面がいくらあっても足りませんし、仮に書いたところで伝わらないでしょう。ですので、そのファーストステップだけ書きます。それは、

「事実」と「ビリーフ」を振り分ける

ことです。こんなやり方をお勧めしています。まずノートを用意します。そして見開いて左側に、自分自身を不幸にしている出来事を書き綴ります。「男は浮気する」「男は暴力をふるう」「私と付き合った男は病弱になる」「私はいじめられる」など。

そう言えば思い出した。「美味しんぼ」という漫画にこんなエピソードがありました。主人公の山岡さんが誰よりも信頼している天才岡星さんの話。岡星さんは天才料理人。いつしか結婚し、奥さんの名前を冬美さんと言います。しかし、冬美さんは、いきなり疾走し岡星さんの元から去って行きました。なぜか。それは冬美さんは岡星さんのことを誰よりも愛しているから。しかし、冬美さんは、過去に自分と結婚した人、お付き合いした人がみんな事故で亡くなったり不幸な目にあっている。私は不幸を呼ぶ女。だから岡星さんとは別れるしかない。愛しているがゆえに。

 これは典型的なビリーフですよ。「私は不幸を呼ぶ女」というビリーフが現実によって強化されちゃっているのです。そこで話の詳細は忘れましたが、山岡さんが「料理」でビリーフをチェンジさせ、冬美さんは岡星さんの元に戻ってめでたしめでたし、と言う話でした。

 正直、「不幸を呼ぶ女(男)」などこの世に存在しません。不幸の星に生まれた人間なども存在しません。そう思っている人がいるだけです。

 話を戻します。そうやって自分自身を不幸に陥れている考え方や事実と思われることを、まずは書きなぐります。箇条書きで。そこで冷静になって、本当に事実と思われること、つまり「太陽が東から昇る」と同じレベルで事実と思われることだけを左側に残して、それ以外はすべて右側に書きなおします。その作業をひたすらする。

 するとノートの左側には明らかな「事実」だけが残り、左側には「(不幸にする)ビリーフ」へと振り分けられます。その瞬間、人生が変化し始めます。「事実」と「ビリーフ」を単純に振り分ける。これだけで不幸な人生と手を切ることができます。それを私は「山口百恵の法則」と名付けています。「都はるみ」ではなく「山口百恵」なることが重要なのです。

 と言うわけで、私もこの2か月ほどで、しっかりとビリーフを変えることができましたので、なにはともあれ証明できてめでたしめでたしです。ただし、本当の「悟り」とはビリーフを乗り越えたところにあります。その辺を今度の「宇宙となかよしセミナー(滝行セミナー)」で体験して頂きたいと思っています。今日はこんなところで。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-25 23:39 | ■セミナー・研修・講演
 今日は久々にジャズを聴きに行ってきました。サラリーマン時代は週に2回は行ってたと思うのですが、最近は本当にご無沙汰。よく行ってた博多の老舗ジャズクラブNew Comboは8時からスタートするので、急いで残業を切り上げて駆け付けたものです。

 今日行った理由は、純粋にジャズが聴きたくなったのはもちろんですが、私の「感性」がどのように変化しているのか、そんな不純な動機もあったのです。当時は仕事のストレス解消とか、酒を飲みたくなってとか、実に真っ当な理由でジャズを聞いていたのですが、今日はちょっと違ってたかな。ま、それはそれでいいです。

 今日は、これまたサラリーマン時代には、来博すると必ず聴きに行き、CDも何枚も持っている「ケイ赤城トリオ」です。メンバーはケイ赤城のピアノ、本田珠也のドラム、杉本智和のベース。ピアノのケイ赤城さんは、マイルス・デイヴィスの最晩年のバンドメンバーをつとめていました。その時の姿がユーチューブで確認できます。いい時代になりました。



 それにしても、今日もやっぱりぶっ飛びました。たぶん、一般の人が持っているジャズのイメージにはない音楽です。もしもジャズをムード音楽のようにとらえているのであれば、今日の演奏なんか、おそらく3分で耐えられなくなるでしょう。私も最初はかなり混乱しましたから。

 普通、ピアノトリオの場合、ピアノがわかりやすいテーマを弾いて、次にアドリブソロ、そしてベースのソロから、ドラムとの小節交換を経て、最後にテーマに戻る、みたいななのが一般的です。ですが、このバンドはそんな聴き方が一切許されず、常に次に何が起こるかわからない、みたいな感じが延々と続きます。私はジャズは全般的に何でも好きなので、いわゆるオーソドックスなワカリヤスイジャズも大好きです。次にこう来て、そうそう、みたいな。ですが、時にはその「そうそう」の枠を取っ払ってくれるものも楽しみたい。その意味でケイ赤城トリオは極めています。

 音楽、そして感覚を文章にするのは難しいし、意味もないと思いますが、それでも私の感じたことをちょっと文章にしてみたいと思います。とにかく今日も期待を裏切られまくり。音楽に限らず、我々は常に何かの「期待」をしながら生きているように思います。例えば対人折衝でも「こう言えば、こう返ってくる」みたいな、ある種の「常識」に縛られながら生きています。「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と返されるような、そんな「期待」において。

 これはジャズや音楽でも同じで、何百何千回もジャズを聞いてくると、おのずと次に何がどうなって、ってのがわかってきます。もちろん素人の耳の範囲で、演奏者と同じレベルにおいてとは決して言えませんが、それでもなんとなくわかってきます。そこに「期待」や「常識」ってのが形成されるのですが、ジャズ聴いてて、その「期待」通りだったら「いえ~!」と盛り上がるのですが、時々、その「期待」を裏切る音楽に出会うことがあります。ただ、その裏切り方も2種類あって、一方は「なにやってんねん!」と、もう一方は「そうきたか!」です。強引な分け方ですが、前者を「下手」と言い、後者をなんとかと言います。

 ケイ赤城トリオはもちろん前者ではないものの、私の「期待」を常に裏切ってくれるので、最初、心地いいかと言えば、決してそうではありません。ただ、途中から気がついたのですね。俺って「頭」で聴いてるやん、て。「期待」を裏切られたら、すぐに「頭」で処理しようとする自分がいたのです。

 「期待」の通りであれば、そのまま「心」で楽しむことができるのですが、そうでなければすぐに「頭」に変換。それではせっかくのジャズの時間が無駄になります。そして途中から「心」で聴くことに切り替えたのですね。すると、もう、これは凄い世界でした。

 私は音楽は好きですが、それで飯を食うことは無理。音楽に注ぎ込む努力も才能もないのはわかっていますから。でも、私は私らしい表現で、自分の人生を生きています。その上で、ジャンルは違えども「超一流」に接するのは、すごく有意義なことでした。私は今、セミナー業をやっていますが、どんなに素晴らしいセミナーを何回受けても、今日の演奏で得たような「何か」を得ることはできない気がします。

 ケイ赤城と言う人は、それこそ世界最高の人(マイルス)と2年間やってきて、そして今でも世界最高峰の音楽を繰り広げています。つまり世界の頂点に位置する人の演奏が、この福岡で聴けることはめちゃくちゃ幸運なこと。それもお客さんが15名前後しかいないような空間で。すごい贅沢。
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 邪な考えかもしれませんが、その世界レベルの超一流から、「何か」を得たいと思う気持ちもあり、そしてその目的は達成されたと思います。月並な言い方ですが、あのレベルになると、細かいところまで徹底的に手を抜かない、というか「細部」こそに「神」が宿っていることを、まざまざと見せつけられます。とにかく、こればかりは生で聴いてもらうしかなくって、本当に凄い世界を見てきました。

 ちょっとだけ変な話をしますが、後半のセットで、私は途中から目を閉ざして細部に細部に心を研ぎ澄ませて聞き始めました。すると、私の目の前に何やら広大な空間が広がり始めたのです。海とも山ともわからぬような、とにかく異次元的な空間が目の前に広がり始めました。そして突如、その空間になにやら「扉」のようなものが出てきて、そこに入りかけるところで、反射的に目が開き、その空間も消滅しました。あの「扉」は何だったのだろうか。もしもあのまま「扉」の向こうに行っていたら、私はどこに連れて行かれたのでしょうか。とにかく凄い瞬間でした。

 例えばこれは冬の滝行で意識がダウンした時、突然、「金星」の光景が見えたのにも似ています。ちなみに「金星」って言えるのは、導師がそう言ってたから。私が何やら滝の中である光景を見ているのを、導師がそこにチャンネルを合わせたらしく、後から「金星」だと教えてくれました。ほんまかいな。でも、時々、そのような超次元的な体験をすることもあり、今日のライブではまさにその瞬間を再体験した感じでした。

 先ほどの「期待(常識)」の話で言うと、世の中には「期待(常識)」の範囲内で生きることを是とする人、その外に飛び出すことを是とする人、その2種類があるように思います。その「期待(常識)」とは私的な言い方をすると、「潜在意識(のプログラム)」と言えるかもしれません。体験・経験において何がしかのパターンが形成され、それが「潜在意識」として一つのプログラムを作り上げます。それは癖だったり、思い込みだったり、そして「期待」だったり。

 そしてその「期待」の範囲内で生きることを「楽(ラク)」と言いますが、それが「楽しい(タノシイ)」こととは必ずしも結びつきません。ですが、自分の常識や期待、そして潜在意識に埋め込まれたパターンを乗り越えると、最初は居心地悪いかもしれませんが、そのうちなぜか「本質的な自分」が出てくることがあります。それは非日常的な「旅」においても経験できること。

 人生ってのは、結局、そのような「期待(常識・潜在意識)」を乗り越えていくところに、醍醐味があるんだな~と思いました。そしていわゆる「至高体験」とはその延長上にあるもの。「魂」もっと言えば「宇宙」に直結するような「至高体験」をするには、自らの「枠」とどんどん取っ払って、それを乗り越えていくところにある。

 その意味で、今日のライブでは、かなり抽象度の高い世界において、何がしかの「至高体験」があったように思います。「扉」が開いて、もう一歩だったのですが(笑)。ちなみに、こんなこと書くと、その「至高体験」を求めてケイ赤城さんのライブに行きたがる人がいるかもしれません。でも営業妨害ではありませんが、やめといた方がいいです。純粋に楽しむつもりで行くなら大歓迎でしょうが、準備ができてなければ、あの濃密な世界に弾き飛ばされる恐れがありますから。人によってはとにかく受け付けないでしょう。それほど凄い世界。あのような世界観を毎日のように表現しているあの3人は、やっぱりタダものじゃないし、世界レベルの超一流であることに疑いはありません。

 私にとって、およそ次の動画レベルの世界観。



 失礼しました。でも、わが子が笑顔に勝る幸福なし。それこそが「至高体験」とも言えるわけです。それはともかく、素晴らしいライブでした。また、来年も行きたいと思いますし、これからもちょくちょくジャズは聴きに行こうかと思います。旅と同じく、音楽も私にとって大切なもの。ありがとうございました。

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〇<福岡NLP-Ⅱ>9月25日(金):第九回・なぜあの人はお金に好かれるのか?すべての現実はビリーフが創る!


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by katamich | 2009-09-24 23:39 | ■音楽
 今日も本を数冊購入しました。先日、後回しにしていた「藤子F不二雄大全集」の「ドラえもん」も購入。正直、これは凄いっす。「ドラえもんマニア」にはたまらないです。「ドラえもん」のてんとう虫コミックは全45巻とプラス5巻が出ており、それ以外にも文庫やコンビニ版などいろいろあるのですが、実はそれらはすべて網羅されているわけではありません。てんとう虫コミックにしても、言ってみれば編集版みたいなもので、ありのままをそのままに収録したわけではないのです。しかしこの度出た「大全集」は最初からすべて収録しています。とにかく凄い。

 かなりのドラマニアと自負する私でも読んだことのない話が目白押し。ちなみに全集2巻の解説をあの「勝間和代」氏が書いているのですが、勝間氏もかなりのドラマニアらしく、読んだことない話に嬉々としています。実は私、ビジネス書好きながら、勝間氏の本は一冊も読んだことありませんでした。推薦本は何冊も読んでいるのですが、勝手に親近感感じたので、近々読んでみたいと思います。勝間氏もさすがに「ドラえもん」はフォトリーディングしてないようで、同じ話を何度も何度も覚えるほどに読んだそうです。その辺も私と同じ(^^)。いつか勝間さんと「ドラえもん」の話で盛り上がりたいところです。

 それはそうと、全集の1巻はコミック未収録ながら凄い話のオンパレード。中でも長年の疑問が一つ解決する話がありました。のび太は話の途中から、将来、しずちゃんと結婚することになるのですが、最初の設定では「ジャイ子」と結婚することになっていました。で、幼い頃からの疑問として、そもそもなぜに初期設定時にのび太はジャイ子と結婚することになったのか、ということがありました。

 蓼食う虫も好き好きとは言いますが、そもそものび太もジャイ子もお互いまったく好意を持ってなかったわけです。それがなぜ。その疑問を解決しそうなエピソードがありました。のび太としても、子孫のセワシにしても、じゃ子と結婚することは避けたいわけです。そこで、何とかしてジャイ子から嫌われようといろいろ企むのですが(そもそもジャイ子はのび太のことが好きでも何でもない)、最終的に「そんけい」されることで失敗に終わります。それがこれ。
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 話を発展させると、このような幾多の伏線があって、将来、のび太はジャイ子と結婚するんだなと、今日初めて納得できました。ただ、コミック収録の話でも、のび太とジャイ子はお互い全然認めてないわけでもなく、のび太はジャイ子の漫画の才能を高く買っているし、ジャイ子はのび太をギャグ漫画のモデルにしようとしたこともありました。そう考えると、「漫画」という共通の趣味から、二人は惹かれあうのだな、、、と読むことはできます。

 となると、逆にしずちゃんと結婚する方が不自然。きっかけとしては、雪山でまったく頼りにならないのび太に母性本能を感じて結婚することになったのですが、冷静に考えると、それでええのか!と思います。やっぱり順当に考えると、のび太はジャイ子とこそお似合いなのかもしれません。

 ま、そんな話はともかく、今日かった別の本が、

イハレアカラ・ヒューレン「豊かに成功するホ・オポノポノ」

b0002156_147614.jpgです。ホ・オポノポノについては、これまで何度か触れてきたと思いますが、実は本を読むのは初めて。ブログとか小冊子などで内容は知っていたのですが、なんとなく引きつけられるように手にとったのがこの本でした。200ページくらいの本なので、「ドラえもん」のついでに読んだのですが、改めて凄いと思いました。何が凄いかって、私のことが。すべて知っている内容でしたから。

 それはともかく、ホ・オポノポノはまったくもって正しい考え方です。オカルト色はまったくありません。時折、「ハワイの魔法」なんて紹介をされるものだから、その通り実践するだけで幸せになれると思われがち。実践ってのは、非常に簡単で、

「ごめんなさい」
「許してください」
「ありがとう」
「あいしています」


と、ただ好きな時に好きなだけ唱えるだけ。この手の話ってのは、例えば斎藤一人さんの「天国言葉」とか、五日市剛さんの「ツキを呼ぶ魔法の言葉」でも言われていること。何が良いというものではなく、言っていることはすべて同じことなのです。

 ホ・オポノポノの言葉に何か特別な「霊力」があるわけでなく、あるとすればそれは、「天国言葉」も「魔法の言葉」も同じこと。重要なのは、「なぜ、それらの言葉に効果があるのか?」ということ。

 実はその「なぜ?」については、昨年から今年の始めにかけて全国で展開してきた「宇宙となかよし・セミナー」でも詳しく説明してきました。この「なぜ?」がしっかり腑に落ちていれば、よりその効果も高まります。

 なぜならば、腑に落ちないで単に「良い」と聞いて唱えていると、ちょっと停滞するとすぐに次に行ってしまうから。何でもそうですが、成功の秘訣はとにかく一つのことをずっと継続するだけ。継続が効果を高めるのです。ですので、もし今、ホ・オポノポノに出会ったのであれば、たった4つの言葉を好きなときに唱えるだけ。それを自らの血肉となるまで継続すれば必ず効果はあります。

 では、なぜ、ホ・オポノポノには効果があるのでしょうか。ホ・オポノポノの一番のカギは「潜在意識に刷り込まれている過去の情報を消す」ことにあります。その過去の情報とは、本ではビッグバン以降とか、過去世からとか、いろいろ書かれてありますが、とりあえずはそこまで拡大する必要はありません。もちろん、今の状況が過去世からの因縁に関係していることを否定するわけじゃありませんが、まずは生まれてから、特に0歳から14歳までに形成された過去の情報が重要です。

 そしてその情報が、なぜか今の自分に影響していたり、もっと言うと「本来の自分」を覆い隠しています。実は自分を不幸にする原因は3つしかありません。それは、

「許せない人・ことがある」
「愛せない人・ことがある」
「感謝できない人・ことがある」


だけです。そしてこの「許せない」「愛せない」「感謝できない」が「潜在意識」に「情報」としてインプットされ、それが今の自分の状況を生み出しているわけです。例えば「幸せな結婚」をしたくてもできない人がいたとしましょう。極端な一般化になるかもしれませんが、その原因の多くは、特に身内に許せない人がいることです。母だったり父だったり。実のところ、両親を許せない人に、幸せな人は存在しません。

 もちろん世の中には両親から愛されずに大人になって、それでも幸せな人はいます。私も何人かそう言う人をしっています。その人たちの特徴は「ま、いっか、、、昔のことだし」と思っていること。一方、不幸な人はいつまでたっても「父のせいだ、母のせいだ」と思い続けていることです。それでは絶対に幸せになれません。断言します。

 確かに過去は変えられません。仮に両親から虐待を受けたりなど、つらい子ども時代を送っていたとしても、その過去自体を変えることはできません。物理的に。しかし、その過去(つまり情報)にどのようにフォーカスするかは、いくらでも変えられるのです。フォーカスするもしないも、すべて目の前に置かれた選択肢にあるのです。どちらを選ぶかだけ。

 「ま、いっか」と許すか、または「父のせい、母のせい」と両親が死ぬまで、いや死んでもそう思い続けるのか。その選択肢があるだけなのです。それはあらゆることにおいてそう。私も過去にいろんな人間関係を経験してきましたが、今ではすべて「ま、いっか」です。
 
 ホ・オポノポノってのは、それらの過去の情報をひたすら消すことに意味があるのであって、波動だとか言霊の話ではありません。許せない人(こと)を許す、愛せない人(こと)を愛す、感謝できない人(こと)に感謝する。そのためには「言葉」を使うことが手っ取り早いです。思考は意外とコントロールしにくいのですが、言葉は気をつければいくらでもコントロールできますから。

 そして最終的に一切の「○○のせい」を消去して、すべては自分次第、そしてあらゆる過去(未来も)は幻想であることに気がつけば、それで一応完了です。「潜在意識」の情報を削除するには、阿部敏郎さんの言う「いまここ」に立つことが一番早いのですが、誰もがすぐにそこに到達できるとは限りません。だとすれば、まずは「言葉」によって「情報」をちょっとずつ消去していく。それがある程度行けば、突然、消えることもあります。それが「いまここ」だったり「絶対愛・絶対感謝」であったりするのです。

 私は以前、偶然にもインドで「ありがとう、愛しています」の言葉を受け取りました。それはe-BOOK「宇宙となかよし」にも書いたとおり。ホ・オポノポノの本には、「愛しています」がその他3つの言葉を兼ねると書かれていますが、実はそんな決まりもないと思っています。それこそ「ありがとう」だけでも全然OK。

 なにより、その「言葉」が「潜在意識(インナーチャイルド)」にきちんと届くことが重要であり、そのためには「継続」しかないのです。私は「ありがとう」と「愛しています」の言葉や実践を大切にしていますが、実は何だって構いません。どうしても許せない人がいれば、「許します」だけでもいいのです。まずはそこから。

 そしていつか、、、この本に書かれている「ゼロ」の体験をするかもしれません。阿部敏郎さんはそれを「いまここ」と言っていますし、お釈迦様は「空」と名づけました。昨日読んだ坂本政道さんはそれを「絶対」と呼んでいます。シュタイナーは「超感覚的世界」と言ったりします。ゼロ、いまここ、空、絶対、超感覚的世界、悟り、、、などなど、それらの意味するところは全く同じこと。私は「絶対愛・絶対感謝」と言ったりしますが、時として「宇宙」と言うこともあります。とにかくそのような境地があるのです。そのためにはとにかく実践しかありません。瞑想するもよし、ホ・オポノポノのでもよし。

 私は究極の願望は「自分らしさ」に立ち戻ることだと思っています。「ありのまま」と言ってもいいです。今の時代は恵まれています。インターネットの普及によって、たくさんの方がその世界への認識をすることができ、そのための方法論もわかる時代なのですから。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-23 23:39 | ■精神世界
 今日は一日読書したり、ネットしたり、ちびQと遊んだり、いつもと変わらぬ一日でした。今日読んだのは、近所の図書館で借りてきた、坂本政道「超意識 あなたの願いを叶える力」です。後半、ヘミシンクの話が実感としてよくわからないのですが、「超意識」については、私自身が体験として受け取った内容と矛盾していませんでした。

 前半では、いわゆる「マーフィー理論」に対する批判的検証から、真に願いを叶える力である「超意識」を発動させるにはどうすればいいのか、と言う話がきます。「マーフィー理論」のキーワードは「潜在意識」。それをごくごく今風に焼き直したのが「引き寄せの法則」と思っていればいいでしょう。

 まずマーフィーに対する意見としては、「潜在意識」という言葉のあやふやな使い方。それは時として「超意識」の意味で使われていたり、とにかくよくわからないけど「すごそうだ」という印象を与えるだけのものになっている点。それはまったく同感であり、とにかく「潜在意識」と言っておけば、何でもできそうな印象を与えるのがマーフィーの特徴に思います。

 そして何よりも批判的なのが、「マーフィー理論」は「努力」の重要性をあまりにも軽視しているという点。世の中には確かに努力をせずとも叶う願いもあるでしょう。しかし、本当の意味での「願望」を持っているのであれば、それを実現するために「努力」が不必要なはずはありません。

 ただ、その「努力」のあり方が重要なのであって、無駄な努力は確かに無駄です。そして永遠に苦しい努力も意味がありません。しかし、「実現」に向けて積み重ねた「行動」のことを「努力」と言うのであって、実のところそれ自体に楽も苦しいもない無色透明なものです。あるのは「努力」のあり方のみ。それを最初から苦しいものだととらえていると、確かにそうでしょう。しかし楽しいものだと思っていたらどうでしょう。

 結論から言うと、「願望実現」において「努力」は絶対に必要です。しかし、その「努力」を最初から「楽しい」と思うか「苦しい」と思うかで、実現性に違いが出てくるもの。「努力=苦しい」と思っていると、確かに「努力は必要ない」なんて言いたくなるのでしょうが、残念ながらやっぱり「努力」は必要なようです。

 イチローが9年連続200本安打を達成しました。たぶんイチローは達成するまでのプロセスを「苦しい」とは思わなかったでしょう。しかし、もしも普通の人がイチローとおなじ「プロセス」を体験したら、身も心も崩壊するでしょう。地獄かもしれません。でも、それがイチローにとっては楽しいことだったのです。

 自己啓発の本にはしばしば「楽しいことをしよう」と書かれていますが、その真意はそこにあります。正直言って望みどおりの人生を実現するために行動することは楽しいです。私も今、ある程度は望みどおりの人生を実現していますが、これまでのプロセスはいろいろあったにせよ楽しかったです。そして今も当然、楽しいです。

 さらに正確に言いましょう。「潜在意識」は良くも悪くも現状を維持します。「願望実現」とはいわばその「現状維持」を打ち破るところにあります。そこで「楽しい」の概念の違いが出てきます。つまり「現状維持」を打ち破ることが「楽しい」か「苦しいか」の違い。

 人はややもすると「現状維持」にお任せにすることが「楽しい(楽)」だととらえがちです。つまり今までのパターンを繰り返すことが楽で楽しいこと。しかし、それは見せかけの話。本当の意味で「楽しい」ことではありません。

 人はとにかく「潜在意識(の現状維持)」の奴隷です。ロボットです。確かにその通りにお任せしていれば、楽かもしれません。一見、楽しいことのように思うかもしれません。具体的に言えば、一日3,000カロリー食べる人にとって、3,000カロリー食べることは(その時は)楽で楽しいでしょう。しかしそれはまさに「潜在意識」がそのようにコントロールしているだけ。そうやってコントロールされていることが、本当の意味で楽しいでしょうか?

 「楽しい」とはどう言うことか。それは「自由」になること。つまり「潜在意識」の呪縛から解き放たれ、真に自分らしいあり方を実現すること。それが本当の意味で「願望実現」であり、そこにこそ「超意識」が働くのです。「超意識」が働くのは楽しいですよ~。「超意識」が動き始めると、なんだか脳内からドーパミンがドバドバ出る感触がして、とにかく楽しくなるのです。

 目先の楽や楽しいを求めるのは、「潜在意識(の現状維持)」に翻弄されること。本当の意味で楽しいことは、そのような呪縛から解放され、「超意識」が動いている瞬間にあります。そのためにはどうすればいいのか。抽象的な言い方ですが、「魂」が喜ぶような楽しいことをやってみようではありませんか。本当に本当に本当に楽しいこと。

 それをするのが「努力」です。そこに気づけば「願望実現」なんて簡単、簡単。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-22 23:39 | ■願望実現
 連休ですね。と言っても、私にはほとんど関係ないものの、なんとなく心の休息になっている気がします。今の私って、仕事上のストレスとかないものの、フリーランスでいることのプレッシャーは常にあるようで、無意識(感覚)を開放する必要があるのを時々感じます。

 そんな時に一番うってつけなのが「一人旅」です。思えば、初めて海外旅行に行った1993年以降、ある一年間を除いて毎年海外に行ってきました。最後は昨年11月の「Qさんと行くインドツアー」でした。そして、ちびQが生まれた今、もうすっかり旅行欲が薄れたと思っていたのですが、季節もあるのか、なんとなくまた行きたくなってきました。

 昨年11月はインド、その前の11月はバリ(新婚旅行)、その前の12月はベトナム、会社員時代も9月にミャンマーやスリランカなど、夏から秋にかけて毎年行ったので、肌感覚が思い出したのでしょうか。そんなわけでツレに「行ってもいい?」と聞くと、まずは「ダメ!」と。ちびQもいることだし。でもある条件をクリアしたら行ってもいいと承諾をもらいました。その条件については、私の目下の「目標」でもあります。それについては追々。

 そんなわけで、今、候補に挙がっているのがシンガポールです。シンガポール自体に興味があるわけではないのですが、東南アジアではブルネイと東ティモールを除いて、まだ行ってない国ということで。強いて言えば、もう一つ目的もあるのです。
 
 1999年はまだ学生でした。当時、いろんなことがあって、一か月ほど海外に逃げたくなったのです。その時、アジアに行こうかヨーロッパに行こうか考えたのですが、なぜか「アイルランド」に魅かれて夏休みに行くことにしました。関空―ベルファスト、ダブリン―関空というチケットで。マレーシア航空だったので、クアラルンプールとヒースローに止まります。そしてそれぞれストップオーバーできるチケットだったので。ついでですので、その時のことを写真で振り返ってみたいと思います。

 1999年7月某日、関空から半日かけてロンドンのヒースローに、その一時間後、北アイルランド(イギリス)の州都ベルファストに到着。バスで市内に出て観光オフィスで紹介してもらったユースホステルにチェックイン。一応、自転車で一周するつもりだったので、その日は自転車屋とか周ったのですがいいのが見つからず。

 その翌日、ヒッチハイクで一周しようと、郊外に向けて歩いていたら、すごくいい中古自転車屋が見つかり、そこで12,000円程度のマウンテンバイクを購入。それがその写真。10年前の私です(笑)。
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 その日、途中から大雨が降って、その中を自転車で走っていたら信じられないことが起こりました。道に落ちていた自転車のチューブみたいなのがペダルに絡み、その勢いでペダルが外れてしまったのです。あり得ない。辺りには建物もなかったので、そこで親指をあげてヒッチハイク開始。意外と早く車がとまって、自転車ごと積んでもらい、近くのB&Bまで連れてってもらいます。ただ、この時、すごく運がよかったです。この日はサッカーの試合かなんかでほとんどの宿がいっぱい。キャンプ場しかあいてないと言われ、じゃあキャンプ場でお願い、と言うと、突然、B&Bからその運転手に電話がかかってきたのです。助かりました。翌日はいい天気で、自転車で北上。世界遺産にもなっている「ジャイアンツコーズウェー」です。
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 宿は贅沢してB&B。次にユースホステル。大半はキャンプ場でした。1997年の世界一周時にオランダで買った軍用ひとりテントをはる俺です。
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 反時計回りに進み、北アイルランドからアイルランド共和国へ。その西の拠点であるゴールウェイから船でアラン諸島に行きました。とにかく西へ西へと日本から遠ざかりたくてここまできました。アラン諸島の港付近はかなりツーリスティックで興ざめなのですが、私は自転車があったので奥へ奥へと行き、一件のB&Bに入りました。確かそこはめちゃくちゃ安かった気がします。高台に行って、島全体を見渡すとこんな感じ。
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 夜はパブで酒と音楽。
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 その後、再び船で本島に戻って「モハーの断崖」へ。この日も雨びしょびしょになって到着したのでした。アイルランドは真夏でも雨が多く、曇りの日が多かったです。でも、時折、青空と太陽が広がるのが、めちゃくちゃ美しかったです。冬はどんなんだろうか。
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 真昼なのに突然暗くなって、空を見上げる人が多くなります。聞いてみると「日食」だって。
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 さらに進んで、ディングル半島へ。夕陽がたまらなく美しかったです。
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 キャンプ場と自転車と俺。
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 実はこの後、腹が減って腹が減って、とにかくご飯が恋しくなり、予定を変更してアイルランドを早めに切り上げ、マレーシアの滞在期間を増やすべく、ダブリンをオフィスへ直行。一日300キロ走ることを余儀なくされます。そのダブリンの直前のキャンプ場近くの墓場。ケルトですね。
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 で、いよいよ本題に入りますが、この後はダブリンで二泊して、マレーシアはクアラルンプールに飛びます。チャイナタウンの安宿で一人の日本人と会って、一緒にご飯を食べに行きました。近くの屋台で「お粥」を食べたのですが、その美味しかったこと。ですがクアラルンプールは都会で、特に見どころもなし。宿のガイドブックで近場に行けるところを探します。バスで4~5時間のマラッカに行くことにしました。マラッカ海峡で有名な。コロニアルな街並みで、イスラムとキリスト教と中国系の混在したような町でした。
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 そこでとある安宿に泊まったのですが、そこの女の子の可愛かったこと。宿の奥さんが日本人、ご主人がイスラムのマレーシア人。マラッカを訪れるバックパッカーの間では有名な宿だと思います。とにかくその時、アイルランドでは一人孤独に自転車をこぎ、自分自身を深く深く見つめすぎて、もういっぱいいっぱいになったところ、安くて美味しいマレーシア料理で身体が癒され、そしてその宿の女の子の笑顔に心まで癒されたのでした。

 そして何とも不思議なことに、その女の子の祖母(つまりお母さんの両親)は九州に住んでおり、ちょうど里帰りの便と私の帰国便が同じだったのです。アッラーの思し召しと言われ、私はその女の子をクアラルンプールから福岡空港までエスコートすることになったのです。写真はその女の子と宿に泊まりに来ていたニュージランド人の子供。
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 で、目的と言うのは、その女の子がどんなんなっているのか会ってみたい、写真も渡したい、ということで。もしかしたら、もうそこには住んでいないかもしれませんが、それでも私の中では決して無視できない思い出となっていたのです。

 あれから10年。当時の心の傷やら、当時抱いていた将来への不安などは消え去っています。そしてできれば、10年前の私を励ましに行きたい。それが目的。何があるかわからないのですが、何かあるかもしれない。言葉では表現しにくいのですが、そろそろ行ってもいいかな、ということで、ツレの課した「条件(目標)」を達成し次第、シンガポールからマラッカに行きたいと思っています。ありがとうございました。

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by katamich | 2009-09-21 23:39 | ■旅・ツアー
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