宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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 世間はゴールデンウィークですね。国外に行かれる人も少なくないようですが、新種のインフルエンザが脅威を与えているようで、毎日、ニュースで報道されていますね。そんで、何でもジュセリーノ某とかいうキ○ガイが「新型インフルエンザ」を予言していたなんて喜んでいる輩がいるそうですが、もう、いい加減にせ~と言いたいです。

 私は前々から人を不幸にするような予言や占いをする人間を信用する必要はない、と断言しています。私も昔、頼んでもいないのに「天使がそう言ってます」なんてネガティブなリーディングを公然でされたことありますが、私にはそれは「悪魔」にしか見えませんでした。

 何度も言いますが、ネガティブなリーディングや予言をする人間の言うことを聞いてはいけません。昨日紹介した小林正観さんの「日々の暮らしを楽にする」にもいいことが書かれています。

「聞いて楽しくない予言を言っている人は、悪魔の側にいて、正しい情報が入ってきていません。このような人の言うことは、聞く必要がありません(p.239)」

 この意見に100%賛同します。正観さんのところにも「震度十の地震が来るらしいのですが本当ですか?」なんて問い合わせが来たことあるそうですが、そもそも「震度十」ってのは存在しないらしく(最大深度は7)、端からしてナンセンスなんですが、それを差し置いても、「地震は起きません」と言い続けていたそうです。当然、起こりませんでした。

 昨年あたりか、大阪市に大地震が来る、なんて予言があった時、それを真に受けていた連中をブログやミクシィで何人も確認することができました。結局、別の日に東北で地震が起こったそうですが、それをして「大阪市から大崎市にずれた」とか「みんなの祈りが地震を回避した」なんてことで納得しているようでしたが、日本なんて地震大国だから、常にどこかで地震があるっちゅうに。まるで地震が起こるのを喜んでいるような騒ぎでした。何度も言いますが、正観さんの言葉を借りると「楽しくない予言」は「悪魔の側」ですので聞く必要はありません。そんなのを真に受けた瞬間から「悪魔の側」に引っ越しです。

 私も昔、「このまま活動を続けるとぶっ倒れて人に迷惑かける」とか「雷に感電したのはルシファーの怒りだ」なんてこと言われたことありますが、当然、間に受けることもないので、何も不幸なことは起こっていませんし、ますますいいこと尽くめになっています。もちろん多少の怪我とかはありますが、実生活には何の影響もありませんし、逆に「感謝」の心を思い出させてくれるなど、「オイシイ」の一言で片付くようなことばかり。ま、私の場合は何が起こっても最終的には「オイシイ」と言うでしょうし、その真っ只中でも密かに「オイシイ」とか「面白くなってきた」と言うことでしょう。

 それにしても「オイシイ」ってのは魔法のフレーズだと思います。これは「お笑いタレント」がよく使いますが、実際、草なぎ剛の「酔っぱらい全裸事件」なんてのも、十分、「オイシイ」という言葉で片付けられること。確かに草なぎ君の場合はその影響力も大きいし、今は多少のどん底感はあるでしょうが(ないかもしれませんが)、70日もすればすべて「オイシイ」という言葉に転換されてると思います。

 私はよくコーチングなどで、クライアントさんが悩んでいたりすると、「ところで、一年前はどんなことで悩んでいましたか?」という質問をすることがあります。どう言う意味かと言うと、一年前の悩みなんて、今はほとんどが消えているので、今の悩みもどうせ一年後には消えていることを確認できるわけです。ですが、時々、同じ悩みを2年も3年も抱えている人がいます。私から言わせると、その人は「その悩み」が好きだとしか思えません。その悩みが自分のアイデンティティになっており、それなくしては自分の存在確認ができないのです。

 「お金がない」「体調が悪い」「男運・女運がない」「仕事に恵まれない」「人間関係がよくない」なんてのも、それが続く限りは自分で好きで続けているとしか思えません。「そんなことはない!」と言うかもしれませんが、確かに「意識」ではそうでなくとも、「無意識」のレベルでは好きで続けているのです。なぜなら「現実」がそうだから。お金がない人は、「お金がない」のが好きなだけです。体調が悪い人は、「体調が悪い」のが好きなだけです。「意識」ではどんなに否定しようとも、「無意識」ではそれが好きだと言っています。

 例えば「うつ病歴○年です」なんてことを、ブログやミクシィのプロフィールに平気で書く人がいますが、そもそも何で書くのでしょうか。それは単純に「わかって欲しい」から書くのです。そしてそれがその人のアイデンティティなのです。それを書くとどうなるか。「うつ病」の人ばかりが集まってきます。「私はモーツァルトが好きです」と書くと、エレファントカシマシが好きな人が集まるわけではなく、モーツァルトが好きな人が集まってきます。「滝行やってます」と書くと、滝行に興味がある人が集まってきます。「インドが好きです」と書くと、インドが好きな人が集まってきます。めちゃくちゃ単純な理屈ですよね。
 
 そして楽しいことをやっている人の周りには楽しい人が集まってきますし、楽しくないことをやっている人の周りにはそんな人が集まってきます。正直言います。私の周りは楽しい人ばかりです。セミナーやってても楽しい人ばかり。今、福岡でNLPセミナーを開催していますが、ここでも例外なく楽しい人しか集まってきません。なぜなら私自身が楽しいことが好きだから。NLPセミナーの第一のポリシーが「楽しく」であり、学ぶなんてのは二の次。NLPでよく出てくるエリクソンとかサティアの話よりは、松本人志やロンブー淳の話の方が楽しいので、そんなのを例によく出します。ただ、それをNLP的じゃない、なんて言う人がいれば、その人はきっと楽しいのが嫌いなんだな~と思ってしまいます。

 「ジュセリーノが新型インフルエンザを予言した!」なんてことで喜んでいる人の周りには、そういう人が集まってきます。そして無意識ではインフルエンザが大好きになってしまいます。そもそも私はインフルエンザのメカニズムを知りません。しかし、医者でもないのに、やたらと詳しい人がいるのはなんででしょうか。松本人志がインフルエンザのことをツベルクリンと間違って言ってましたが、おそらく松本はインフルエンザにはかからないでしょう。

 「悩み」の話に戻りますが、同じ悩みを2年も3年も続けている人は、それを「好きで続けている」ことをどうぞお認めください。「犬に3回噛まれたことがある人は、一つだけ言えることは、それは犬のせいではないと言うことだ」と、確かマーク・ハンセンが言ってたと思いますが、人生でしかも短期間に犬に3回も噛まれるのは、噛まれるのが好きだとしか思えません。めちゃくちゃ滑稽ですよね。私の中学時代の先生、一日に3回交通事故にあった人がいますが、それもやっぱり交通事故が好きなんでしょう。

 これも正観さんの本に書いてましたが、車にぶら下げるお守りの数と交通事故率とは相関関係があるそうなんです。0個が一番安全で11個もぶら下げると、これはもう事故率100%に近くなるとか。単純に前が見えなくなるから、って笑い話でもあります。これは意識では交通事故を避けたいがためなんでしょうが、無意識では交通事故が好きだとしか思えないのです。

 ではどうすれば「悩み」を瞬時に打ち消すことができるのでしょうか。今、その答えが降りてきましたので、お伝えします。

「私って○○(悩みのこと)が好きだったんだ~、ははは~!!(爆)」×3回

を大声で言うことです。部屋の中じゃ叫びづらいのであれば、車の運転中とかいいです。ちなみに車の運転中ってのは無意識が働きやすいそうで、アメリカの成功哲学者は「自己啓発のテープを聞かずして車の運転をするなかれ」と言っています。運転中は絶好の学びの場なのです。ですので、ま、どこでもいいのですが、車の中だと大声で歌おうが、叫ぼうがある程度は平気だと思いますんで、思いっきりやってみること。

 実は私の「車の中で叫ぶ」をこれまで何度も実践してきました。ちょっとテンションが上がらんな、と思ったら、車の中で「よっしゃ~!」とか「ありがとうございま~す!」とか「ええ感じや~!」とかとにかくポジティブな言葉を思いっきり叫びまくるのです。もちろん事故には気をつけて欲しいのですが、理論的には「ありがとうございます」と言いながら事故に起こることも珍しいので、ま、大丈夫でしょう。ちにみに、ここで「事故が怖いので叫べません」と思った人は、残念な人ですね。事故が好きな人です。

 ですので、もしもお金がなければ、

「私ってお金がないの好きだったんだ~、ははは~!!(爆)」×3回

と叫ぶ。女にもてなければ、

「俺って女にもてないのが好きだったんだ~、ははは~!!(爆)」×3回

と叫ぶ。結婚したいのにできなければ、

「私って結婚しないでいるのが好きだったんだ~、ははは~!!(爆)」×3回

と叫ぶ。なぜ、そうするといいのかを説明します。「不幸」は滑稽なのに弱いのです。例えば「貧乏神」がいたとして、それが目に見えるとしましょう。おそらく笑いますよね。「貧乏神」なんてのは、どうせガリガリに痩せてて、貧相な顔つきしてて、ボロボロの服来てるに違いないです。そんなのが背中に乗ってたら、私なら笑います。指さして笑います。すると「貧乏神」はいたたまれなくなるので、すぐに離れてしまうのです。

 「お金がない」って状況も「貧乏神」の仕業です。そんな奴に指さして笑ったら、さすがの「貧乏神」も恥ずかしくなってそこから離れるでしょう。そしてここで重要なのは、「好きだったんだ~」と過去形で言うこと。「好きなんです!」と現在形で言うと、「そうかそうか」と言ってなかなか離れてくれません。
 
「好きだったんだ~(過去形)」
→「今は好きじゃない(現在形)」
→「好きじゃない奴の背中に頑張ってひっついている」
→「おもろいやん!」


って図式です。ですので、「悩み」があれば、その悩みを持ってくる「貧乏神」に対して、思いっきり指さして笑ってやってください。そもそも「貧乏神」は貧相な顔してますので、笑われると辛いのです。

 そして「貧乏神」がいたたまれなくなって、離れていったら、今度は

「私、お金のこと大好きだよ~、ははは~!!(爆)」×3回

と同じく叫ぶのです。すると今度は笑いが好きな「福の神」がやって来て背中にへばりつきます。そして笑えば笑うほど、「福の神」は調子に乗って幸せを運んできます。眉間に皺の寄った福田康夫元総理に対して指さして笑うと、たぶん嫌がるでしょうが、志村けんに対して笑うと、志村は調子に乗ってもっと面白いことをやってくれるでしょう。それと同じ理屈。結局、「笑い」はどんなに転んでも自分の味方ってことですね。
 
 今日はこんな話書くつもりなかったのですが、途中から言葉が降りてきちゃったので、そのまま書くことにしました。今日はこの辺で。ありがとうございました。

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愛と感謝:35日目】

<愛>
・今日もウォーキング中にごみ拾いしました。
<感謝>
・体重がどんどん減っていて、夕飯の米抜きダイエットは今のところ成功、ご飯も美味しいです。
by katamich | 2009-04-30 23:54 | ■人生哲学 | Comments(4)
 今日は一日ツレの買い物の付き合いで天神まで出ていました。と言っても、ランチの後は別行動になり、私は本屋へ。そこでいろいろ立ち読みしたりして時間をつぶしたのですが、一冊、妙に目にとまってしまったので、思わず買ってしまいました。

小林正観「日々の暮らしを楽にする」

 ツレはまだ買い物が終わってなかったようなので、一人でスタバに入って読んでみました。実は正観さんの本は会社を辞める前後に何冊か読んだことがありますが、それ以来だったかもしれません。今でこそ普通の書店にたくさん並んでいますが、当時はまだ知る人ぞ知るみたいな存在で、ネットで注文するか、正観さんの専門ショップみたいなところでしか買うことができませんでした。

 当時、斎藤一人さん、五日市剛さんなどの本を積極的に読むようになって、それで本当に運が良くなり、人生が好転していったのですが、その流れからすると正観さんの本に巡り合うのも必然だったのでしょう。ネットで何かを検索している時、「そわかの法則」なんてのが目に留まり、そこで書かれてあることに目から鱗だったのです。「そわかの法則」ってのは、「掃除」「笑い」「感謝」をすれば運が良くなる、、、みたいな話だったと思います。めちゃくちゃシンプルでいて、そして当時の私にとってすんなりと受け入れられる「法則」でした。もちろん今もそうですが。

 それを知った時、いても立ってもいられず、ネットで注文するのも時間がかかるので、福岡のショップを探して直接買いに行ったものです。マンションの一室のようなショップだったのですが、入った瞬間、引きそうになったのを覚えています。ショップの別室で、何名かの女性が「ありがとう・・」とかをみんなで合唱しているのです。ヤバいと思いながらも、急いで2冊ほど買い求め、すぐに近くのファミレスに入って読み始めたのです。あの時の感動たるや。。。

 ですが、正観さんの本を買ったのもそれっきりで、一般書店で売られるようになってからも読むことはありませんでした。そして聞くところによると、出る本すべてがベストセラー。書いてある内容はほとんど同じだと言うのに、それでもベストセラー。すごいな~と思いながらも、私の中では興味が失せていました。

 それが今日のこと。なんとなく私に「買いなさい」と言ってるような気がして、思わず買って読み始めたのですが、やっぱり面白いです。本当に。中学生でも読める内容なんですが、書かれてあることは役に立つ話ばかり。どれもが腑に落ちるのです。今では、読みながら「これはNLP的には・・」とか「シュタイナーが言ってるのと同じだな・・」なんてことを思ったりするのですが、ある意味、私が勉強してきたこと、そして考えてきたことと矛盾することはほとんどありませんでした。

 2005年に会社を辞めたのですが、その当時は買った2冊の本を何度も読んで実践していました。理屈なんてないんです。とにかく実践。トイレ掃除もしましたし、時にはコンビニのトイレにも素手を突っ込んだりもして。意外と私は素直な性格なので、すぐに実践して、それもしつこく実践するのが幸いしていると思っています。ですが、そうやって実践しながらも、左脳系の私としては「なぜか?」ってのが、どうしても気になったりして、いろいろ勉強している中で、その手の「自己啓発」や「成功哲学」の根拠みたいなのを探究するようになるんですね。もちろん計量的な根拠を導きだすことはできないまでも、それなりに納得できる理屈を導きだし、それをセミナーやブログで語ったりしているのです。

 ですが、それらの「根拠」みたいなのは一巡した感じがあって、確かにいろいろと奥が深い世界ではありますが、もういいかな、と思い始めたのも事実。だからかどうかわかりませんが、最近は成功哲学を読み聞きするよりも「松本人志の放送室」みたいな、お笑い系のくだらない話ばかり聞くようになっていました。それはそれで大きな学びがあったりするのですが。

 という経緯がありながら、改めて正観さんの新刊を読んだのですが、何度も言うように、やっぱり面白い。理屈なんてないのですが、正直、理屈家の私から見ても、正しいことを言っています。そこで正観さんのエッセンスをあえて一言で言うと(これも理屈ですが・・)、、、やっぱり「視点」に尽きるのです。

 正観さんは「幸せも不幸もない」と言っていますが、別の言い方をすれば「物事はすべて無色透明(by山崎啓支)」であり、結局は物事の価値判断を決めるのはそれぞれの「視点」でしかないということ。この「視点」ってのは、よく考えると「すべて」と言っていいかもしれません。

 私が大好きなお笑いなんかでも、タレントさん達は一般の人と比べて、いつも面白い体験をしているかと言うと、決してそうではないでしょう。例えば「松本人志の放送室」なんかでも少年時代の話をよくしているのですが、彼らが特別珍しい少年時代を送っていたのではありません。確かに面白いエピソードには事欠かないのですが、それを面白く語っているのは彼らの「視点」であって、そもそも「面白いこと・人」があったわけではありません。

 「美味しいものを食べる」と「美味しく食べる」ってのは、似ているようでまったく違うように、物事の価値を決めるのはそれぞれの「視点」だけなのです。そして「幸せな人」は何でも「美味しく食べる」のに対して、「不幸な人」は「美味しいもの」を求めているだけ。これ、とても重要です。

 正直、「美味しいもの」なんてこの世に存在しません。誰が食べても「美味しいもの」なんて存在しません。お金出したら「美味しいもの」が食べられるかと言うと、決してそうではないでしょう。ぶっちゃけ「キャビア」なんてそんなに美味しいものでもありません。一応、イランで最高級と言われるキャビアを食べましたが、一緒に食べていた日本人は、、、「イクラの方が美味しいね」と言いました。私も同感。「マツタケ」だってそんなに美味しいかと言えば、どうかな、と思います。私は「シイタケ」の方が美味しいと思っていますし。

 結局、「美味しい・美味しくない」を決めるのは、その人の「視点」だけなのです。そして「美味しいもの」を求め始めると際限ありません。「美味しんぼ」という漫画がありましたが、結局、「究極のメニュー」って決まったのでしょうか。なんとなく「卵かけご飯」を食べてる山岡さんの方が幸せそうに見えましたし。

 もう一度言いますが「美味しいもの」を求めている限りは永遠に不幸です。仮に金かけて「美味しいもの」を食べたとしても、「もっと美味しいものがあるはずだ」と次なるものを求めてしまい、不満だけが残ってしまいます。求めている限り、不幸なのです。

 一方、どんなものでも「美味しく食べる」ことができる人は永遠にハッピーです。一膳の「卵かけご飯」でも、決してキャビアやマツタケに劣るものではありません。それが今食べ得る最高の一品だと思えば、最高にハッピーなのです。これは人生全般においても同じ。

 「楽しいことをする」ことと「楽しく過ごす」は似ているようで、全然違います。「Qさんは楽しそうでいいですね」とは言われますが、私がいつも特別「楽しいこと」があるわけでもありません。例えば私は「滝行」や「宝満山」を日常的に接していますが、「私も滝に打たれたり霊山に登ったりしたいのですが、近くにないんですよね」なんて不満を言う人もいます。妙に羨ましがられることもありますが、その感覚が私にはわかりません。私は単に生活を「楽しく過ごす」ようにしているからであって、ただそれだけなのです。

 今、福岡に住んでいることに100%満足していますが、私の中では福岡がNo.1であっても、他人にとってもそうだとは思っていません。もちろん東京や大阪に住んでいる人を羨ましく思うこともありません。今、住んでいる福岡に楽しく住んでいるだけであって、福岡が特別楽しいところだという気持ちは全くありません。もしも、私が東京に住むようになったとしても、今度は東京最高!と言うでしょうし、青森に住むことがっても同じでしょう。

 それが「足るを知る」ことですし、実際、「足るを知る」を知ってしまえば、私は「すべてを持っている」ことに気づかされます。例えば「今ここ」において、不足しているものは一つもありません。私は今、ブログを書いていますが、めちゃくちゃ楽しくこれを書いています。このブログを今読んでいる人は、おそらくネットにつながるという意味で私と同じ境遇なはずです。ですが、私は「ブログを楽しく書いている」のであって、楽しいことがあるから書いているのでもないし、ブログを書くことが「楽しいこと」と言う気持ちもありません。もしもブログを書くことが「楽しいこと」であれば、みんな書いているでしょうから。

 お笑いの話で言うと、松本人志や島田紳助はいつも「面白いこと」があるのではなく、いつものことを「面白くしている」から面白いのです。最近、松本人志が面白いと認める「バカリズム」ってタレントがいますが、彼などは典型。常にいろんな「視点」を構えて、物事を「面白く」見ようとしています。その結果、彼の話は何でも面白くなりますが、彼が特別「面白いこと」に恵まれているわけでは決してありません。

 実は本日、「滝行セミナー(仮題)」の正式案内を開始しました。名付けて「本当の自分に出会う「願望実現」特別セミナーin福岡」です。ここでは文字通り「本当の自分」、そして「天命」や「天職」に出会うことを目指していますが、誤解してはならないのは、「天命」なんてのは求めるものではありません。よく、「私の今生の使命は何ですか?」なんてことをスピリチュアル系の何かに聞く人がいますが、そんなこと言ってる時点でダメダメです。「天職見つけました!」なんて言う人も信用できないです。その言語パターン自体、自分自身と「天命」「天職」がかけ離れていることを認めているようなものですから。

 結論から言うと、「天命」や「天職」なんてのは、すでに持っているのです。すでに足りているのです。と言いながらも、確かに見つからない人もいるでしょう。その見つからない人のパターンの多くは、「視点」が外に向いているからなのです。だから人に聞きたがるのですね。自分は知らなくても、それなりに力のある人は知ってるんじゃないか、なんて勘違いを起こしてしまうのです。つまり「ない」ところに「視点」を向けているから、永遠に見つからないのです。

 そこで「視点」を変えてみるのです。内側に。すると簡単に見つかります。私の場合、何が「天職」かなんてのを現段階で明確に言うことはできないまでも、少なくとも今やっていることはそれに近いという感触は持っています。人前でしゃべったり、何かを伝えることは、もしかしたら自分の「天職」かもしれない、、、と今はちょっと思っています。それは人から言われたことではありません。

 先日、山登り中に一緒に登っている人には話したのですが、実は昔、今のようなことがありました。これはちょっと支障があるのでブログには書けませんが、高校の時、今と同じような「状況」が2時間ほどありました。振り返ってみると、あの2時間が私の原点であり、そこに「天命・天職」の萌芽があることに気づかされたのです。それはあくまで自分で気づいたのです。その辺の話もセミナーではしっかりしたいと思っています。

 ですので、私のセミナーでは、とことん「視点」を操り、今ある「最高の自分」を発見してもらう、そのことだけに目的があるのです。

 小林正観さんの話からかなり脱線してしまいましたが、正観さんが言ってることも、結局は「視点」の話。確かに「トイレ掃除をすれば臨時収入の桁が増える」なんて「法則」っぽいことも書いていますが、それさえも実は「視点」の話なんです。正観さんの話の中には、しばしば般若心経やお釈迦様が出てきますが、例えば「色即是空空即是色」と言うことも、結局は「視点」をモノにせよ、と言ってるように思います。

 「色即是空空即是色」ってのは、直訳すると「形あるもの(色)は形がなく(空)、形がないもの(空)は形がある(色)」となるのですが、これではさっぱり意味がわからないので、いろんな解釈が生まれるわけです。それを今日の話や正観さんチックに解釈すると、こうなります。

「すべて持っていると思っても、実は何も持っていないのです。しかし、何も持っていないと思っても、実はすべて持っているのです」

と。「あれが足りない、これが足りない」と思うのも、「すべて持っている」と思うのも、現象としては同じこと。つまりそこにどんな「視点」を入れるかによって、世界は180度変わりますよ、と言う意味なのです。私には「天命」がない、なんて思っていたらそうかもしれませんし、「天命」を探していますと言う限りは永遠に見つからないかもしれません。

 ですが、「今、まさに天命を生きている」と思った瞬間から、その「天命」は自然と授かる・・・・のです。最後にもう一度言います。「美味しいものを食べる」のを求めるのではなく、何でも「美味しく食べる」ようにすればハッピーなのです。「楽しいことを」を求めるのではなく、どんなことでも「楽しく過ごす」ようにすれば超ハッピーなのです。そこには選択の自由があります。もし選ぶなら、どっちを選びますか。「幸せ」と「不幸」の境界があるとすれば、実はそこだけなのです。ありがとうございました。

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愛と感謝:34日目】

<愛>
・今日はツレの買い物にお付き合いしました。
<感謝>
・小林正観さんの本を改めて読んで、いろんな気づきがありました。
by katamich | 2009-04-29 23:13 | ■人生哲学 | Comments(0)
 今日は5時から「早朝談話室」。朝早い目覚めは気持ちがいいですね。それからいろいろと雑事をして、午前はまた宝満山に登ります。今日は福岡NLPセミナーにご参加のYさんと再び登ります。そんで私にとっては2回目、Yさんにとっては初めての「裏宝満」に挑戦。雨上がりで滑り気味だったのですが、裏ルートは見どころもたくさんあって楽しいです。しゃべりに夢中になって、途中、道を間違えたのか、さまよってしまいましたが、気がつけばいつの間にか頂上付近に。表ルートは整備された石段なので、頂上までどのくらいかわかりやすいのですが、裏は道に迷うとその辺の感覚がなくなりますね。でも、いつもながら登頂は気持ちいいです。

 この宝満山ってのは、本当に手頃な山です。由緒正しい修験の山に「手頃」って表現はどうかと思いますが、本当に手頃です。都心からは比較的近く、そして高さも800メートルちょいで、低くもなく高すぎることもない。それなりにキツイので、運動にもちょうどいい。それからいろんなルートがあるので、楽しみも多い。それでいてちょっとスピリチュアル。私にとってはうってつけの山ですね。滝行で陰のエネルギーを浴びて、山で陽のエネルギーでバランスも取れるわけですし。

 ところで昨日、「お金」の話を書いたのですが、やっぱり人が一番関心を寄せるのは「お金」であるようです。なぜか各方面からのアクセスが上がっていましたし。人が最も関心を寄せる内容を書くとアクセスが上がる。これは至極当然のこと。世の中、いろんな教材やセミナーがありますが、結局、何のためにあるのかと言うと、すべてではないにせよ「お金」にからんできます。何のために「資格」を取るかと言うと、それが「お金」に変身するから取るのです。

 例えばコーチングやセラピーにも、団体個人問わずいろんな資格発行機関がありますが、何のためにコーチングの資格を取るかと言うと、多くは単なるスキルアップではなく、それがいずれ仕事(お金)にならないかと思っているからです。コーチングなどは在宅(電話)で仕事ができるので、ある意味、理想的な形態かもしれません。しかも決して安くない報酬を頂くこともできますので、もしも100万円払ってプロコーチとして仕事ができるのであれば、すごく安い投資だと言えるわけです。

 また、資格でなくとも、本や教材、セミナーについても、多くの人が何を求めてそれらを手にするかと言うと、最終的には「お金」です。お金儲けにつながる本やセミナーが一番人気が高いのも事実です。私は自己投資と言うと、高いものであればNLPや山崎啓支さんのセミナーがありますが、それも自分のスキルアップを通して仕事(お金)につながるから受けたのです。

 その意味で、私が開催するセミナーについても、私の一番の願いは参加者が「お金」というエネルギーをしっかりと引き寄せるようになれること。正直、そこにフォーカスしています。もちろん恋愛や人間関係にもプラスになる内容ではありますが、結局、人もお金もそして幸運もすべて「エネルギー」ですので、そのような良いエネルギーを引き寄せられる体質を作ること、そこに私のセミナーやコーチングの狙いがあります。聖者や宗教家のような素晴らしい人間になることを目指しているわけではありません。もちろん素晴らしい人間になることは大切ですが、最初から聖者を狙うのも本末転倒です。私自身が聖者でもなんでもありませんし。

 では具体的にどうすれば「お金」というエネルギーを引き寄せることができるのでしょうか。そのための第一が「方向」です。つまり正しい「方向」を向いているということ。その次が「お金」と「時間」です。言ってしまえば「方向」「お金」「時間」を効果的に使うことで「お金」というエネルギーは効果的に引き寄せられます。具体的に書きましょう。

 テーマは「インターネットでお金儲け」です。今はこれがあるので、多くの人が比較的簡単にお金儲けできる時代になっています。ただ、「インターネットでお金儲け」と言ってもいろんな方法があるのも事実。私が知るだけでも、

・広告収入
 アクセスの多いサイト、ブログ、メルマガを発行することで、企業や個人から広告の依頼がくる
 例:「平成進化論」「がんばれ社長」「あなたの値段」

・アフィリエイト収入
 広告収入に似ていますが、こちらはもっと手軽でブログなどに指定のURLを貼り、そこから購入者がでると数パーセントのマージンが発生する仕組みです。これはいろんな人がやってますし、私もやっています。ただし本腰を入れてるわけではないので、そんなに多いわけではありません。逆に小遣い程度で本腰を入れるようなものでもないかもしれません。

・ネットショップ
 インターネット上にお店を構えてそこからダイレクトに売買をする仕組みです。これはモノだったり情報だったりいろいろありますが、ある意味、オーソドックスなやり方。代表が楽天やアマゾンですが、今は個人が無料から安価で誰も簡単にショップを開設できる時代です。私も以前はやっていました。

・情報商材
 ネットショップを「情報」に特化したものですが、今となっては胡散臭さだけが付きまとって、あまり受け入れられないやり方かもしれませんが、優良な情報をきちんと配信して、きちんとリピーターが続くようなものであれば、十分にやってける方法だと思います。例えば株やFXに詳しい人が、それに特化した情報を提供するようなものは結構続いています。有料メルマガなどもこの類かもしれませんね。

・オークション
 いわゆる「せどり」というやつで、例えばブックオフなどで安く購入したものを、ヤフオク(またはアマゾン)で高く売る仕組みです。これは本腰入れてやっている人も多いのですが、そうするためには届け出も必要だそうです。私はやっていませんが、ブックオフで目ぼしい本を見つけると、そのまま携帯のアマゾンサイト(中古)で値段を確かめて、儲けが出そうなら買えばいいだけ。お金に困ったらこんなやり方でもいいのですが、いつもいいモノがあるわけでもないし、目効きも重要なので、軌道に乗るまではそれなりに大変だと思います。また、海外オークション(ebayなど)で仕入れたものをヤフオクで売るなんてこともできます。またその逆も可。

 
 他にもいろいろあるでしょうが、早く収入に結び付くのは「オークション」かもしれませんね。ただ、それも誰もが成功するわけではなく、「コツ」みたいなものが必要なのは言うまでもありません。で、最初の話に戻りますが、例えばここで「オークション」で稼ぐことを例にとれば、まずは「方向」です。つまり正しいやり方で進めることが基本前提となります。極端な話、高く買って安く売るようなやり方では全く意味がありませんし、手数料や送料をきちんと計算した上で、しっかりと儲けが出るやり方でないと無意味です。また、あまりにも儲けが少ないのも続きませんので、まずは正しいやり方「方向」を定めることが重要。

 そしてその「方向」も含んだところで、できれば確実な収入に結び付くやり方を確立する。そのためには何度も試行錯誤して「時間」をかけるか、または既に成功している人に「お金」を払って教えてもらうこと。つまり結局は「お金」をかけることが大切になるんですね。

 よく「お金がお金を稼ぐのがいい」みたいなことで、投資を勧めたりする人がいますが(ロバート・キヨサキなど)、「お金がお金を稼ぐ」と言う意味であれば、コンサルタントやセミナーにお金をかけることも含まれるわけです。もしかしたら普通にやってて気づくのに一年かかっていたであろうことを、詳しい人に数万円払って聞くだけで一瞬で開けることもありますから。優れたコンサルタントは、その辺の情報の出し方がとても上手です。

 ですので結論を言うと、お金のエネルギーを引き寄せるには「時間」か「お金」が必要になるということ。私の場合はどちらかと言うと「時間」を使ってきたように思いますが、一般の人に比べると「お金」もそこそこ使ってきたとは思います。ですが、成功しない多くの人は「時間」も「お金」も使わずに成功する方法を探そうとします。つまり無料で一瞬で稼げるには、ということ。自分から出しているエネルギーがわずかなのに、それに見合わないエネルギーを期待する。これでは、稼げるはずがありません。もしも今、身近に成功している人がいたら聞いて欲しいものです。「時間」も「お金」もかけずに成功したかどうか、を。少なくとも私の周りにはひとりもいません。何事も「結果」に対しては「原因」があるのです。

 満月に通帳をかざせば臨時収入がある、なんてのもいいのですが、「満月に通帳をかざす」ことで出すエネルギーがどのくらいかを考えると、得られる収入もたかが知れていることは一目瞭然でしょう。以上、「インターネットでお金儲け」を例に「お金」の話をしてきましたが、実際、以上のやり方で稼げる人と稼げない人がいるのも事実。まったく同じ時間と労力とお金を投入しながらも、誰もが同じように稼げるかと言うと、悲しいかなそうとも限りません。例えば私は「オークション」を使ったやり方を知ってはいますが、自分でやろうとは思いません。それには理由があります。そしてその「理由」こそが「お金」というエネルギーを引き寄せる上で、非常に大切な要素なのです。

 あ、間違ってもらっては困りますが、「オークション」で稼ぐのを否定しているわけでは全くありませんので。例えばの話です。その他に私は「投資(株式、FXなど)」に力を入れようとも思いませんが、そこにも同様の「理由」があるからやらないのです。しかしセミナーやコーチングには力を入れようと思っており、そこにもまた「理由」があるからです。そしてその「理由」に気づくことができれば、あとは比較的効果的に「お金」というエネルギーを引き寄せることができます。実は来月の「滝行セミナー(仮題)」でテーマとしたいことが、その「理由」についてなのです。2日間でじっくりと「理由」に向き合いたいと思っています。問い合わせをたくさん頂いています。ありがとうございました。

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愛と感謝:33日目】

<愛>
・宝満山を同行者の方を無事にご案内させて頂きました。
<感謝>
・今月7回目の宝満山登山に楽しく登頂しました!!
by katamich | 2009-04-28 23:01 | ■ビジネス・事業 | Comments(0)
 まず、最初に。「滝行セミナー(仮題)」のお問い合わせを数件受けておりますが、きちんと受け取っていますのでご安心を。ご返事は2~3日中にいたします。さて、今日は月曜日で一日いろいろ作業をしていました。お昼から神社へのウォーキングと銀行に行ってきましたが、月末だけにどの銀行も並んでいました。月日が経つのが早い、とばかり言っていますが、今年ももう3分の1が終わろうとしています。これから夏になり、秋になり、そして1010年になるわけですね。一日一日を大切に過ごしたいものです。

 ところで「裏側」では禁断とも言える「無限にお金を増やしていく方法」という記事を書いているのですが、この増やし方、本来であれば定期預金とか投資信託とか、多少は利率のよいところに預けるのがベターなんでしょうが、それはともかく「意識」に対してすごい効果がもたらされます。

 2008年1月の3万円を皮切りに、2ヶ月毎に5千円ずつ増えていくわけで、今年5月は家賃・水道光熱費・その他とは別に7万円を貯金に入れることになります。そんで1010年1月には9万円、1011年1月には12万円、1012年1月には15万円を入れるわけですが、こうやって右肩上がりに貯金額を増やしていくことは、収入も右肩上がりに増えていかなければ難しいです。ですが、やろうと思えばできるのです。

 私のやり方としては、まずは決まった貯金額を振り込み、残ったところから家賃等を払います。そしてそれらすべて支払った残りで自分の使えるお金になるわけです。それは出張費などの経費、自己投資代にも使われます。このやり方は副業を持たないサラリーマンには難しいと思いますが、私のようなフリーランスにとっては、是非とも取り入れる貯金法だと思っています。

 とにかく「右肩上がり」の流れを作ること。月によっては残ったお金が多かったり少なかったりはありますが、少なくとも「貯金額」だけは右肩上がりに増えており、それが「豊かさ」とも直結します。生活していく上で「お金」は絶対に必要。そして「お金」がすべてと言ってもいいくらいに、生活に対して影響を与えます。結局のところ、戦争の原因も突き詰めると「お金」です。だいぶ前に「文明の衝突」なんて論文が流行りましたが、そもそもこれはおかしい話です。アメリカとイラクが戦争したのも、そこに石油という利権があるからこそであり、文明や宗教の戦争では決してありません。

 それだけ「お金」はいろんなところに、そして大きく影響を与えるのですが、「お金」はあった方がいいかどうかで言えば、絶対にあった方がいいです。そして「お金」ほど人の「思い」を受けるものもありません。そして「お金」ほど人の「思い」に左右されるものもありません。そして何より「お金」自体に「意思」があるのです。

 もしも「お金」に好かれたければ、まずは自分から「お金」を好きになること。人間だと、一方的に相手のことを好きになることもあるでしょうが、「お金」に関しては基本的に「相思相愛」な関係になると思っています。もちろん「お金」が好きかどうかを問われたら、多くの人が「好き」と答えるかもしれませんが、実際のところはわかりません。本当に好きかどうかを見分けるには、こんな基準もあります。

 例えば「お金」に関する番組を進んで見るかどうか。芸能人が簡単なクイズに答えるだけで、数100万円単位でお金をもらうような番組がありますが、あんなのも笑って見れる人は、まずお金に好かれると思っていいです。「お金」ってのは結局は「エネルギー」ですので、それ自体は無色透明。重要なのはその「エネルギー」を引き寄せる力。たくさん「お金」が流れる番組が嫌いであれば、その流れが引き寄せられることも難しいでしょう。

 そして「お金」ってのがエネルギーである以上、自分が出したエネルギーとある程度は比例して入ってきます。自分が出したエネルギーが少しであれば、少ししか入ってきません。たくさん出せば、それだけたくさん入ってきます。ですので、たくさん働けば働くほど「お金」も入ってきやすくなります。だからと言って働きの量でいいのかと言うと、それは間違い。量はもちろんですが、質を高めることが何よりも重要。ですが、基本的に「質」は「量」によって磨かれるもの。たくさん働けばそれだけ「質」も高まってくるので、結局、相乗的に出すエネルギーが増え、それに比例して入ってくるエネルギーも増えるわけです。

 そしてそのエネルギーのバロメーターとなるのは、「他人の幸せ」です。なぜ、芸能人が一般常識からかけ離れた「お金」を手にすることができるのか。それだけ多くの人を幸せにしているからです。例えば明石家さんまの月収は8000万円とどこかに書いてありましたが、さんまのことを知らない日本人はほとんどいないし、それだけ知られていると言うことは、その人たちの幸せにも直結しているのです。もちろんさんまのことを嫌いな人だっているわけで、それが必ずしも幸せとは限らないでしょう。ただ、世の中にはニーズがないものは基本的に受け入れられないので、嫌いな人の何倍もさんまのことを好きな人がいるからこそ、さんまはそれだけのエネルギー(お金)を得ることができるのです。

 大企業も同じ。トヨタにしても、ソニーにしても、花王にしても、JTBにしても、儲かっている企業はすべて人々の「幸せ」に寄与しています。それだけのエネルギーを出しているからこそ、得られるエネルギーも大きいのです。そしてその逆もあります。つぶれる企業の多くは、人からエネルギーを奪う企業です。つまり自分が出している以上のエネルギーを国民から取ってしまうと、その企業には「出ていくエネルギーが」が発生し、早晩、つぶれてしまいます。これはもちろん人間も同じです。乞食がなぜ乞食なのか。それは人からエネルギーを奪うことしか考えていないからです。くれくれと物乞いするだけ。それでは大きなエネルギーを引き寄せることはできません。

 逆に寄付の習慣のある人は、お金持ちが多いです。それはアメリカの成功哲学でも繰り返し言われています。そして人が喜ぶ、お金が喜ぶ使い方をしている人は、必ずお金から好かれます。実に単純な理屈なのです。そしてお金は基本的に寂しがりでもあるので、お金がたくさんあるところに集まっても来るようです。それは斎藤一人さんが言ってたと思いますが。ですので、「貯金」の習慣がある人には、それだけお金も引き寄せられるのです。

 最初の話に戻りますが、だから「貯金」をすると、それだけ収入も増えるし、それも右肩上がりに貯金をすると、収入も右肩上がりになるのです。満月に通帳を振りかざすのも悪いとは言いませんが、それよりもまずは「お金」の性格を知り、お金に好かれながら生活することを考えた方がいいでしょう。その「お金」の性格とは、人が喜ぶエネルギーに引き寄せられる、そして基本的に寂しがりなので、お金がたくさんあるところに集まってくる、ということ。

 その辺りをクリアできれば、誰もが「お金の達人」になることでしょう。私も近いうち、「お金」に特化したセミナーができればと思っています。そしてご縁のある人がガンガン稼いで豊かになっていくことを心から願っています。ありがとうございました。

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愛と感謝:33日目】

<愛>
・ウォーキング中にごみ拾いをしました。
<感謝>
・今日もたくさんメールを頂きました。
by katamich | 2009-04-27 08:12 | ■人生哲学 | Comments(0)
 今朝も比較的ゆっくり起きて、今日は昼から北九州方面に演奏会に行ってきました。ツレの知り合いの演奏会です。車で高速を飛ばし、演奏会の一時間以上前に会場に到着。それからお昼ごはんにしますが、実は最近、今まで以上に本気になってダイエットを始めた結果、何と一週間で2キロ減っていました。先日の7日滝行の時に「2キロ減」を目標としていたのですが、いつの間にか達成です。ですが、特に無理してダイエットしているわけでもありません。確かに山登りの回数は増えていますし、それも関係あるのでしょうが、それは今に始まったことでもなし。要するに「摂取カロリー」を減らすことにしたのですが、そのために、ただ一つのことを実行。それは「夜はご飯(米)を食べない」ということです。それを一週間続けたら、いつの間にか2キロ減っていたのです。今日の昼ごはんは「うどん定食(うどん、ご飯、おかず)」で、炭水化物のオンパレードでしたが、なぜかご飯を食べたいと思わなくなったのです。今までの私なら、全部食べていたでしょう。ですが、今日は不思議とご飯が入らない状態。おそらく許容範囲を超えていたのでしょう。

 結局のところ「太るメカニズム」ってのは、許容範囲を無理やり超えるところにあるのでしょう。本当は身体のセンサーが「お腹一杯」を出しているにも関わらず、「目の前にあるから食べる」みたいな感じで、つい食べてしまう。本来は「お腹一杯センサー」と「食べる量(カロリー)」が同じであれば、体重の増減はないことになります(消費カロリーのことはさておき)。そしてそのセンサーを下回れば体重は減るし、上回れば増えます。そして下回ることが「腹八分目」ということなんでしょう。

 昔、バックパッカーで旅していた時、そんなに満腹にまで食べてなかったのですが、その時、明かに胃袋が小さくなっているのを感じました。ですので、日本に帰ってもそんなに沢山食べられませんでした。しかしながら、日本のご飯が美味しくて、ついつい食べ過ぎる日が続くと、いつのまにか体重は元に戻ってましたっけ。

 ここで「潜在意識」の話になるのですが、「潜在意識」は大きな変化は嫌いますが、小さな変化は受け入れます。つまり「潜在意識」はそんなに敏感ではなく、割とアバウトなのです。そして「潜在意識」のプログラムを書き換えるための一番確実な方法は、「ちょっとずつを続けること」になります。もちろん大きなインパクトを受けることによっても「潜在意識」のプログラムは変わるでしょう。ただ、多くの人はその「大きなインパクト」はあまり受け入れたくないと思います。代表的なインパクトとして、「会社を辞める」「離婚する」「親族が亡くなる」「危険な冒険をする」「生死をさまよう」などがあげられますが、これらは簡単には受け入れることはできないもの。一方で、「結婚する」「子どもができる」「新しい会社に入る」など良いインパクトもありますが、私の場合は「会社を辞める」を経験しており、それはもう、凄いインパクトでした。

 それ以外にも「新たなチャレンジ」の多くはやっぱり「大きなインパクト」になります。私の例で言えば「セミナーをする」などは、今となっては当たり前ですが、初めてする時はやっぱり夜の眠れないくらい緊張したものです。そしてそれをやった後は、明かに何かが変わった感触を得たものです。その意味で、「新たなチャレンジ」を続けることは、「潜在意識」を活性化させる上でもプラスになることが大きいです。

 ですが、何度も言うように、あまりに大きなインパクトを受けることに抵抗ある人も多いでしょう。そのためには「小さなことを続ける」ことで潜在意識は確実に変化します。私の場合、以前、一年間で10キロ近くやせたことが2度ありました。一つは一年間の放浪。これはインパクトと継続された状況によって自然と体重が減ってきたのです。そしてもう一つはちょっと辛いことがあった時。今となってはいい思い出ですが、当時はそれなりに辛い時期でもありました。その時は、それこそ見る見るうちに体重が減っていき、一時は病気かと思ったのですが、考えてみれば、あの時は、あまり食べてませんでした。

 ですので、大きなインパクトによってダイエットが成功(?)したことはあったのですが、これから先はあまり積極的には受け入れたくないインパクトです。ですので、まずは「できること」から少しずつ。その一つが「夜はご飯(米)を食べない」ということです。それだけでかなりのカロリーを節約できますし、そもそも、私は炭水化物を取り過ぎていたので、ちょうどいいと思っています。その結果が2キロ減です。

 ま、ご飯(米)を食べない代わりに、野菜を中心におかずはきちんと食べるようにします。確かに米を食べないのは、最初はちょっと物足りなかったのですが、一週間もすれば慣れました。もちろん外食やご飯もの(カレー、どんぶり、焼き飯など)の場合は、多少は米も食べますが、しっかりとおかずがある場合は、米を食べなくてもいいのかもしれません。てなわけで、「夜の米抜きダイエット」が今後どのように展開するかわかりませんが、一週間やってみた結果は成功ということです。今までチャレンジしたダイエットの中で最も効果的な気がします。目標は一年で10キロ減です。ちなみに私の兄も弟も、なぜかそれクラスのダイエットに成功しているので、次は私の番ですね。実際、ダイエットに成功するとセルフイメージも高まりますし、何かといいことばかりですからね。ありがとうございました。

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愛と感謝:32日目】

<愛>
・北九州に演奏会に行って、いろいろ楽しかったです。
<感謝>
・体重が2キロ減っていました。
by katamich | 2009-04-26 12:25 | ■願望実現 | Comments(4)
 今日はゆっくりと起きて、ブログやNLPサイトの更新などしました。コーヒー飲みながら。至福のひと時ですね。そろそろゴールデンウィークに突入し、長期休暇に入る人も多いようです。円高の影響もあってか、海外に出ていく人も少なくないでしょうね。ちょっとうらやましい限り。私のゴールデンウィークは特に予定もないのですが、ツレと阿蘇に行ったり、いろいろとあるとは思います。ま、私の場合はゴールデンウィークが終わってから、本格的な活動になりそうですが、私にとっての本格的な活動って何なんでしょう、、、なんてふと思ったりして。

 とにかく当面の目標は「本出版」を首尾よく、そして最高な形で進めて、同時進行で福岡での活動を深めていきます。福岡NLPセミナーでは第4回目にして満員となり、5月からはもう一つのシリーズを開始しますので、ある意味、私イメージしていた通りになっています。そして5月末は初の「滝行セミナー(仮題)」が開催されます。このセミナーについては、まだ詳細を発表していませんが、その第一回目の状況を見てから、第二回、三回と開催していくことを検討しています。ですので、第一回目についてはお試し価格として、とりあえず福岡NLPセミナーの参加者からお呼びかけさせて頂いております。ただし、これまで私のセミナーに参加されたことがある方であれば、私に直接メールを頂ければ、詳しいご案内をさせて頂きますので、参加を希望される方はぜひご検討ください。記念すべき第一回目であり、二回目以降は適正価格へと値上げしていく予定です。まだ、定員の半分しか埋まっていませんので、空席はまだまだありますので。

 と言うわけで、ゴールデンウィークですね。今日は友達の家で3家族が集まってお食事会をしていました。最近は赤ちゃん、子どもも増えてきて、改めてそんな年代になってきたことを思います。私の心の中はまだまだ少年の気分でいるのですが、実は今の私の年齢ってのは、私の両親が私を産んだ歳よりも上になっているのですね。それ思うと怖い気がしますが、ただ、今後とも環境が変わろうとも、私の本質的な部分は変わらないような気がします。

 先日、山登りの際、好奇心に駆られて未知なる道へと入ってしまい、ちょっと負傷してしまいましたが、あの心境などはまさしく私の少年時代を思わせます。よく考えたら、私も昔はよく「探検ごっこ」をやってたものです。崖に登ったり、山や洞窟に入って行ったり。正直、今考えるとぞっとすることも平気でやっていたものです。子どもってのは、基本的には「恐れ」を知らない生き物なんです。ですが、大人になるに従って「恐れ」が芽生えて、自分の行動に対するブレーキがかかってくるもの。そもそも、なぜ「恐れ」が芽生えるのか。

 それは大きく考えて二つ。一つは学習です。例えば崖に登ってそこから転げ落ちて痛い目にあったとします。するとその経験によって「崖に登ること=痛み」となってインプットされます。脳(潜在意識)は「安心・安全」を求めますので、そこで崖に登ることとそれに類する行動はすべて「痛み」と結びついてしまうのです。

 そしてもう一つは直接的な体験以外ところから来る「痛み」が原因となります。それは「怒られるから」ってのが代表。例えば崖に登ると親や先生から怒られる、その「怒られる」が「恐怖」と結びついて、それを避けんがために、崖に登ることを辞めてしまうのです。ただ、子どもを危険に近づけないのは親や先生の務めです。危険なことをすれば怒って当然なのです。

 しかし怒り過ぎるとどうなるか。人間は「一般化」する生き物ですので、冒険に類する行動のほとんどが「恐怖」と結びついてしまい、大人になってからいろんな行動に対するブレーキがかかってしまうのです。ですので、子どもを危険から遠ざけることと、恐怖心を植え付けないこととには、難しい葛藤があるわけですね。私も親になったら微妙なところです。

 ただ、私の場合は人一倍親を心配させることをしまたし、兄弟の中でも一番怒られていたとは思います。ただ、私の場合は、怒られても「あまりこたえない」という性質があったようです。これは私のいい性質だと思うのですが、今でも仮に機嫌が悪くなっても、その状態が一日続くことはまずありません。だいたい一時間もすれば、気持ちが別の所に向いているので、それは子ども時代からそうであったようです。ですので、人から怒られるだけでは「恐怖心」が植え付けられなかったのですね。

 ただ、その気分転換の早さについては、うまく説明できないものの、結果的には大人になってもあまり「恐怖心」を持たずに成長してきたようです。例えば、大学卒業して就職せずに放浪、せっかく入った会社を辞めてフリーで独立、滝行、その他いろいろ、本来は「恐怖心」が立ちはだかってなかなか踏み切れなかったことも、比較的に迷わずにやってきていますね。その結果、すべてが思いのままにうまくいっています。恐怖心がないと、そこにフォーカスすることもないので、結果として楽天的になるし、それが現実にも結び付くわけですね。

 と言うわけで、私があまり「恐怖心」を持たずに生活しているのは、おそらく親があまり怖く叱らなかった、、、ことも起因しているのでしょう。それ考えると、改めて親に感謝ですね。その代り、親にはいろいろ心配かけて、そしてこれからも多少は心配かけると思いますが、それはそのように育ててしまったので諦めてもらうしかないです。ただ、今はもう自分だけの私ではないので、その辺の節度をもって生活しようとは思いますが。ただ、今年中にやろうと思っている「自転車講演会」については、ツレもそろそろ諦めモードに入りつつあります。

 ただし、人は見ている方向にしか進めないので、恐怖心があればそっちに現実が傾くし、なければないように現実が作られるわけです。ですので、私はこれからもいろんなことにチャレンジしていくでしょうが、あまり心配もせず、これからもうまくやっていくのだと思います。今日は何の話をしているのだか。。。とにかくやります。ありがとうございました。
 
クリックは恐怖ではありません!
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愛と感謝:31日目】

<愛>
・昨日のNLPセミナーのレポートを一気に書きました(参加者へのフォローメールは後ほど・・)
<感謝>
・久々にみんなで集まって楽しいひと時を過ごすことができました。
by katamich | 2009-04-25 23:01 | ■人生哲学 | Comments(2)
 今日は3週間ぶりの福岡NLPセミナーで、シリーズの第4回目です。テーマは「願望実現」。NLPのプラクティショナーコースなどでは、様々なスキルを順番に履修していく流れが一般的ですが、私のセミナーでは、その辺のオイシイところを一つのテーマに則って進めていくパターンです。そして今日はNLPの真髄とも言える「願望実現」をテーマに様々なスキルを身につけて頂きました。

 まずは「願望実現」の理論について。「意識」と「無意識」の話。「願望実現」とは「無意識」に願望が落とし込まれた状態のことを言います。言い換えると、「意識(言葉)」が「無意識(感覚)」と同化した時に願望は実現すると言われています。

 例えば成功者や無意識で成功しています。その成功者に「成功の秘訣は何ですか?」と質問したとしましょう。すると多くの成功者や「運がよかった」と答えます。もちろんきちんと系統立てて答える人もいます。ただ、成功の秘訣を「運」と答える人は少なくないし、それも間違ってないのだと思います。では、普通の人が成功者になるにはただ「運」を良くすればいいのでしょうか。それ自体は間違っていません。だからと言って風水やスピリチュアルなテクニックだけで「運」を上げていくのは、直接的な成功法則とは言えないでしょう。

 そもそもなぜ成功者はその秘訣を「運」と答えるのでしょうか? その答えの一つが、成功者はその秘訣を「言葉で説明できない」からなのです。例えば偶然の出会いによって、それが後々の大きな成功につながったとします。その出会い自体は偶然に思われるかもしれません。シンクロニシティと言う人もいます。しかしその原理を論理的に説明できる人は決して多くありません。説明できない、言葉にできないこと、すなわちこれが「無意識」の領域なのです。

 したがって、普通の人が本当に成功者になるためには、成功のパターンを言葉で説明できないレベルにまで「無意識」に浸透させる必要があるのです。本を読むだけでは成功できません。なぜなら本はあくまで「言葉」の世界のもの。「願望」がまだ「言葉(意識)」である限りは、それは「実現」にまでは至りません。本を読んで成功するためには、何度も何度も本を読む、そして書かれてあることを何度も何度も実行する。そのことによって「言葉(意識)」が「感覚(無意識)」に浸透して、「願望」が「実現」するに至るのです。理屈はそれだけ。

 したがって「願望実現」のカギは何度も何度も「繰り返す」こと。そしてもう一つは五感(感覚・無意識)が最高に反応するような「インパクト」が重要。結論的には「願望実現」の秘訣は「繰り返し」と「インパクト」、そしてその組み合わせ。これだけで「願望実現」のノウハウは言い尽くされてしまいます。それに則らない方法をいくら実践しても「願望実現」にはまだまだ程遠いのです。

 その「基本」をベースに「願望実現」に関する3つの要素をお伝えします。それは「視点」、「感覚」、「意識」です。まずは「視点」。いくら「繰り返し」と「インパクト」が合ったとしても、見ている方向、「視点」が正しくなければ意味がありません。では、「視点」にフォーカスした「願望実現」とはどのような状況なのでしょうか。瞬時にそれを体感できるワークを皆さんで実践して頂きました。そう、それが「願望実現」なのです。

 次に「感覚」の話。言うまでもなく「感覚」とは「無意識」のこと。「願望実現」とは願望が「無意識(潜在意識)」に落とし込まれた状態。つまりは「実現」の「感覚」を得ること。その「感覚」を身に付けると「願望(結果=outcome)」は文字通り引き寄せられます。つまり外(out)から来る(come)のであり、これが「引き寄せの法則」の本質なのです。
 
 ではどのようにして望ましい「感覚」を身に付けることができるのでしょうか。そのスキルの一つが「アンカリング」です。アンカリングとは「錨を落とす」こと。つまり望ましい「感覚」を身体に落とし込むスキルです。今日はその「アンカリング」を皆さんに持って帰ってもらうのですが、そのためのワークに入る前に長々と「フリ」をかまします。フリを重ねて重ねて、そしてオチを入れる。この落差が「腑に落ちる」という感覚。この辺はセミナー講師ならばぜひとも意識して身に付ける要素です。

 アンカリングに入る前に、ある曲を聞いてもらいます。多くの人はその曲を聞くと、一定の「感覚」が蘇ります。曲によるアンカーを「聴覚アンカー」と言います。アンカーには聴覚以外にも「視覚」「触覚」「味覚」「嗅覚」すべての「感覚」に落とし込まれています。昔、付き合っていた彼女の香水の香りがすると、誰もがその当時のことを思い出されるでしょう。ちなみに私はMr.Childrenの「Everything (It's You)」という曲を聞くとエジプトが思い出されます。それは私が24歳の時、イスタンブールで知り合って一緒にエジプトに飛んだ大学生の柿沼君が、カイロの安宿で常にかけていた曲だからです。なぜかその曲しかかけないし、歌わないのです。彼とはエジプトからヨルダンまで約一か月同行したのですが、その間、ずっとその曲を聞かされていました。ですので12年経った今でも、その曲を聞くとエジプトの安宿の情景が「感覚」として蘇ってくるのです。それが「アンカー」です。



 今日のセミナーでも何曲か聞いて頂きましたが、GLAYの「HOWEVER」という曲を聞いて頂きます。イントロが流れて歌に入った瞬間、微妙な空気が流れ始め、ちらほらと笑いが起こります。なぜかは参加者のみぞ知る。その空気をフリとして、アンカリングのワークに入ります。一人をモニターとして前に出て頂き、アンカーが入ってそれが発火される様子を見て頂きました。そうやって腑に落ちてから、いよいよ皆さんでワーク。ワークはとてもうまくいったようで、感動している方もいらっしゃいました。

 その次は「意識」の話。「願望」を「無意識」に落とし込むことが「願望実現」のカギだと言いましたが、そのためのきっかけは「意識」に従うしかありません。最初は「意識」なのです。意識によって願望を明確にすることが重要。ここで用いられるスキルが「8フレーム・アウトカム」です。8つの質問を順番に答えてくことで、願望が次々と明確になり、それが「行動」へと結びつきやすくなります。これもペアでワークしてもらったのですが、せっかくのなので身に付けたばかりの「アンカリング」を用いながらやって頂きます。十分な時間がなかった割には、それぞれがきちんと8フレームを進めて、いろんな気づきがあったようです。それが終わった時点で残り時間5分。5分で次のネタに行くのですが、それについては簡単に説明するだけで、後ほどメールで音声ファイルを送ることにしました。

 てな感じで、2時間45分があっという間に終わってしまい、それから大勢で隣の居酒屋に繰り出します。そこでもそれぞれ盛り上がって、とてもいい時間が共有できたと思います。そして例によって終バス。。。次回は5月8日で、表象系、サブモダリティのスキルを中心に新たなテーマでお送ります。ありがとうございました。

ガンガンいきましょう!!
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愛と感謝:30日目】

<愛>
・今日も精一杯のセミナーをさせて頂きました。
<感謝>
・セミナー、懇親会と今日も盛り上がりました。
by katamich | 2009-04-24 23:14 | ■セミナー・研修・講演 | Comments(0)
 朝から賑やかでしたね。草なぎ剛メンバーの「公然わいせつ罪による逮捕劇」ですが。ちなみに「メンバー」としたのは、稲垣吾郎の時に「メンバー」って称されてたから、それに乗っかっただけで、特に意味はないです。それはともかく草なぎ君もやっちまいましたね。ニュース速報で第一報が出た時は、「なにやったんや!」とビックリしましたが、正直、なんてことないですね。

 単に酒飲んで酔っ払って服脱いで騒いでただけ。それなら私も多少のことはあります。人前で全裸になったことはありませんが、騒いで近所から通報されて、後日、大学の学長室に呼ばれて叱られたことは2度ほどありました。強制わいせつとかでもなく、一人で脱いで騒いでただけ。もちろんほめられたことではないものの、一般人的には酒のせいにして大目に見られる範囲内かもしれません。

 ただ、これをやったのが「草なぎ剛」だったことに問題があるのであって、やっぱり「何をするか」よりも「誰がするか」の方がはるかに深刻なんですね。同じことをお笑いタレントがやっても、一週間後には普通にテレビに出てくるでしょう。つるべ師匠なんかは、何度か全国ネットで下半身露出しているにも関わらず、今でも普通にテレビに出ています。やっぱりアイドルとか、ジャニーズとか、スマップだからこそ問題なのであって、正直、そこまで騒ぐ行為でもないと思うのですね。やっぱりスマップの中でも最も清潔感のある草なぎ君の「わいせつ」だからこそ、ここまでのニュースになるんですね。

 ただ、これを「潜在意識」の側面から解釈すると、実は草なぎ君にとっては、これが一つの「願望」だったと考えることができます。彼の深い部分の「願望」はやっぱりスマップを辞めることだったのでは、と思います。そしてそのことを毎日、無意識的にも強く強く念じており、一方でそれができない葛藤に苦しんでいたのでしょう。おそらくはスマップのメンバーは皆同じような感じだと推測できます。

 なぜそう推測できるのかと言うと、もはや草なぎ君やその他のメンバーには、自発的にドーパミンを出すことができなくなっていると思うのです。ドーパミンってのは、脳から出る快楽ホルモンのことであって、楽しいことや興奮することがあれば出てきます。脳科学者の茂木さんも言ってますが、人はドーパミンを出すために生きているようなもの。その意味で言えば、草なぎ君にとっての楽しいこと、ドーパミンが出ることってなんだろう、と思うのです。

 もちろん社会的には成功しており、今の私がそのまま草なぎ君のような生活になれば、もう一生分くらいドーパミンが出ると思います。しかし、ドーパミンってのは限界効用逓減の法則が働いており、同じ刺激に対しては、出る量がどんどん少なくなってしまうのです。ですので、刺激としてはものすごく大きなものであっても、出る量はそれに比例するとは限らないのです。コンサートであろうが、テレビであろうが、同じような毎日だと、ドーパミンの量も減る一方。となると、スマップのメンバーにとってはマイナスの方が多くなるわけです。

 スマップでいて得することと言えば、まずはお金、そして女。他は面白い経験など。ただ、あそこまで行ってしまうと、物欲的なものでドーパミンを出すことは難しくなります。とりあえずお金で買えるものはほとんど買えるでしょうし、女に困ることだってありません。一般人のできない経験だって一通りしているでしょう。
 
 その反面、彼らには自由はありませんし、有名税みたいな鬱陶しいものもあります。となると、今やたいていのことではドーパミンが出ないところ、自由がないなどストレスだけが増える一方なのです。では、どうすればドーパミンを出せるのか。一番手っ取り早いのが大麻とか麻薬、そして酒でしょう。ただ、麻薬にしても酒にしても、最初はたくさん出てくるドーパミンも、摂取するに比例して減っていきます。となると、ますます摂取せねばならなくなって、最終的には中毒になるのです。自分でドーパミンが出せなくなるので、麻薬や酒がないと苦しくてたまらない状態。

 ただ、麻薬は違法なので(やる人はやりますが)、手っ取り早いのが酒。その上で草なぎ君は普段から酒に飲まれる体質だったようで、日頃のストレスが一気に爆発した形になったのですね。ただ、最初の話に戻りますが、それはある意味、草なぎ君にとっての「願望実現」だったのかもしれません。

 スマップや芸能界を辞めると、いろいろ大変なことはあっても、得られるものもあります。その一つが自由だったり、不干渉だったり。プラスマイナスを考えると、今の草なぎ君(スマップ)にとっては辞める方がメリットは多いのです。しかし、本当に辞めるとなると、多大なる影響が出てくるため、簡単には辞められません。極端な話、草なぎ君一人に生活がかかっている人だって少なくないですから。

 今回の草なぎ君の逮捕劇による経済的損失は計りしれません。一億二億なんてものでないことは確か。仮に試算すると凄いことになるでしょう。それは逮捕と言う形でなくとも、辞めるだけでも多大なる経済的損失があり、そのことによって年間3万人の自殺者の一人になる人だって出てくるわけです。そんなこと考えると、やっぱり辞められない。

 しかし、草なぎ君は辞めたくて仕方ない。常に辞めることを考え続けており、それがまさに「潜在意識」の奥底まで届いてしまい、手段はどうであれ、今回、それを「実現」してしまったわけです。「潜在意識」には善悪の区別がつきませんから、とにかくその「潜在意識」の欲するがままに、現実が現れるだけなのです。

 どんなことでも強く念じ、強くイメージしたことは叶うようになっています。しかし、草なぎ君にとってはその「手段」をイメージすることができません。そしてある時、「もはや、死ぬか、警察に捕まるくらいしか辞める方法ってない!」なんて思ったかもしれません。「潜在意識」を基本的に安心・安全を担保しますので、たった一つの手段である、「警察に捕まる」を通して、奥底の「願望」が実現してしまったのです。

 これから先、草なぎ君がどのような活動をするかはわかりません。昔、森君ってのがいましたが、おそらくはスマップにいるよりも今のようなレーサーである方が幸せかもしれません。きっとそうでしょう。スマップのメンバーは今でも森君とは交流があるそうですが、ある意味、うらやましくてたまらないと思います。草なぎ君は周知の通り、スマップで一番清潔感のあるイメージで売られていますが、実際のところは違うかもしれません。となると、本来の自分と周囲から思われている象とのギャップが広がり、それによって他のメンバー以上のストレスを感じていたのかもしれません。そして今回、それが露呈してしまいました。

b0002156_0584543.jpg しばらくは草なぎ君にとって辛い時期があると思いますが(本当に辛いのは関係者ですが)、喉元過ぎれば、もしかすると草なぎ君が一番やりたかったことができるなど、彼にとって本当の意味での「願望実現」が果たされるのではないかと思います。いずれにせよ、そろそろスマップはいいでしょう。草なぎ君も中居君も、「~君づけ」される年でもないし、何よりその額の後退が痛々しい年ごろを迎えて久しいですから。

 と言うわけで、今日は思わず草なぎ君のことで語ってしまいましたが、明日は福岡NLPセミナーです。資料も印刷して準備完了。ちなみに明日は午前から3本のコーチングが入っており、そろそろ寝なきゃなりません。。。明日のセミナーでは草なぎ君のことを語らないようにしなきゃ、することが盛りだくさんで時間がヤバいでしょう。そんなところで、今日はそろそろ寝ることにします。ありがとうごさいました。

草なぎ君、頑張れ!!
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<愛>
・散歩中にごみ拾いをしたよ~
<感謝>
・今日も美味しいごはんをありがとう。
by katamich | 2009-04-23 23:55 | ■願望実現 | Comments(2)
 7日間行が満行しました。昨日の山登りで右肩がまだちょっと痛いのと、全身が筋肉痛で今日は昼からは家でずっと横になっていました。心なしか熱っぽかったですし。今は全快していますが、身体はまだ痛いですね。次回、5月にまた7日行をやりたいと思っています。とにかく今年は「月3回の宝満山」と「年100回の滝行」をクリアすることが年始の目標でもあったわけですから。

 とにかく何があっても「続ける」ことが大事。世の中に「天職」という言葉がありますが、実は「天職」とは「見つけるもの」ではなく、「気がつくもの」だと思っています。これまで私の経験の範囲内で、働く前、または働いてすぐから「天職だ」と言った人で、しっかりと続いている人を知りません。昔、私の友人がある飲食店(チェーン)のスーパーバイザーとして就職した際、それはすごい喜びようで「天職だ!」を連発していたのですが、いつの間にか辞めていました。そんな例は私の知るだけでもいくつもあります。

 また、チャネラーや占い師から「天職」を聞いて、それを実行している人もあまりいません。正直、チャネラーに意見を聞きに行くような人は、そういうスピリチュアル的な話が好きな人が多いので、「昔、医者をやっていた」とか「占星術師だった」なんてことを言うと喜ぶに決まっているわけで、そこで「やっぱり私の天職はヒーラーなんだ」となります。だったら今から医学部を目指せばいいものを、よくわからないのに金をかけるんですね。そしてその多くは開業にまで至りません。

 もう一度言いますが、「天職」とは「見つけるもの」ではなく「気づくもの」なのです。つまり目の前のことをしっかりとやって、そしてある時、「あ、これが私の天職だったんだ」と気づくものなのです。ただし、気づくと言っても、そこには「歳月」を必要とします。初めてまだ一月くらいで、それがたとえ楽しいからと言って、すぐに「天職」とするには早すぎます。もちろんそれが「天職」の可能性はあるのですが、それを自分で判断できる段階ではないということ。

 では、どのくらいやっていれば判断していいのか。もちろん「○年」と断定することはできないのですが、「石の上にも三年」という言葉があるように、やっぱり3年は続けていて欲しいもので、それが最低ラインになるでしょう。本当ならば「十年ひと昔」という言葉の通り、10年は必要。そして同じことを30年以上やっていれば、それはまさしく「天職」だと言えるのでしょう。私の父親で言えば、数学教師を30年以上はやっていますので、それが天職だったと言っても差支えないです。

 では、私の天職とは、、、歳月の意味で言えば、私はまだ「天職」なるものに出会っていないわけです。コーチングやセミナー講師を今はメインにやっており、これからも続けていきたいとは思っていますが、今の段階ではそれが「天職」とは判断しきれないのです。ただ、「天職に向かっているもの」と言うことはできるかもしれません。

 私が「天職」や「天命」を知るのに、判断する材料が4つあります。それは前にも書いたことですが、

1.続けている
2.楽しんでいる
3.得意である
4.稼げている


ということ。これは大切な順番に番号をつけてはいるのですが、実はこの4つはリンクしています。続けられることは楽しいはずだし、当然、得意にもなります。その結果、稼ぎにも反映されます。逆に稼げていることの多くは得意で楽しいことが多いです。ただし、稼げていることは楽しいとは限らないことも事実。どんなに稼げていても、それが楽しくなければ続きません。また、どんなに稼げてて、得意で、楽しかったとしても、続けてなければ何の意味もありません。やってないわけですから。

 宮本文昭という元オーボエ奏者がいますが、彼は世界的オーボエ奏者になりながら、2年前に演奏活動を引退しました。では、彼にとってオーボエとは何だったのか。少なくとも引退前は「天職」だったと言えるのでしょうが、続けていない今、どういうものなのでしょう。e-BOOK「宇宙となかよし」にも書かれてある通り、「天職」の質的な定義としては2つあり、それは「宇宙からのサポート(どうあってもできるようになる)」と「誰かを幸せにしている」ことでした。その点で言えば、宮本文昭はオーボエ奏者としては、まさに「天職」であったのですが、今はどうなのか、ということです。正直、何をやっているのかさっぱりわかりません。私の予想では、おそらく数年以内に奏者としてカムバックするのではと思います。「天職」をそんなに簡単には捨てられないでしょうから。

 私は会社を辞めてようやく丸4年になりました。その点で言えば「会社を辞めて3年」の線はクリアしているので、第一段階は突破というところ。しかし、セミナーを始めてまだ2年ですし、まだまだ自分の「天職」に出会えたとは言えません。そして滝行。これについては2004年から始めているので、もうすぐ5年を迎えます。もう5年と言うこともできますが、私の36年間の人生から見ると「まだ5年」です。

 何事もそうですが、やっぱり10年は一つのことを続けてみたいものです。頭から「天職」かどうかを判断するのではなく、とにかく「続ける」こと。正直、滝行にしても宝満山にしても、続けていくにはいろんな条件が重なります。一番大きなのは、今の生活スタイルで今以上の経済状態を維持すること。もしも維持できなければ、再就職するなりが必要になることもあり、そうなると滝も山も継続が難しくなります。ですので、滝や山を続けるためには、今、何をすればいいのか?。

 そしてそれが10年続けば、私としても、「天職」をそろそろ考えてもいいかな、と思うところです。今のところ、続けていきたいのは、滝、山、セミナー、コーチング、そして旅。いずれにしても、今の私にとっては自分らしくワクワクできるものです。

 と言うわけで、滝行10年まであと半分ですが、まずは10年、そしてできれば生涯やっていけるものとして、続けていきたいと思います。ありがとうございました。

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愛と感謝:28日目】

<愛>
・コンビニ募金!
<感謝>
・7日滝行を無事に満行させて頂きました。
by katamich | 2009-04-22 23:36 | ■人生哲学 | Comments(0)
 今日は朝からいろいろと用事があり、滝行の後に今日も宝満山に行ってきました。7日滝行もあっという間に明日で満行ですが、宝満山は今月6回目。春と秋は登るのに適した季節なので、今月は行けるだけ行くつもりでいます。午後からと、ちょっと遅めのスタート。

 先日と違い、今日は表からスムーズに登って90分ほどで登頂。少し頂上でいい気分を味わった後、下山するのですが、途中のところでなんだか気になる道を発見。先日の「裏宝満」が思ったより楽しくて、思わず冒険心が出てしまったのです。途中までは獣道で歩けたのですが、徐々に道がなくなります。すると横に巨大な石の壁を発見してしまい、どうしてもそれが見たくなってしまいました。実際、かなり危ない場所だったのですが、恐る恐る降りていくと、ずるずる~と滑ってしまい、そこでとっさに木の根っこをつかんだのですが、そのはずみで右肩をねじってしまったようで鈍痛が走りました。ちょっと押さえながら右手を上げてみると半分くらいしか上がりません。ただ、骨には異常なさそう。冷や汗が出はじめますが、場所的にも危険だし、一刻も早くどうにかせねばなりません。思いきって右手を上げてみると、なんだかポコンてな感じで右手の痛みがなくなりました。脱臼していたようです。そこで壁の写真を撮ったのですが、右手が震えていたようで、写真がぼけています。
b0002156_2193584.jpg

 そのまま下って行くのは危険だと察し、もとの道を何とか戻っていくのですが、急な坂であるため、丈夫な木の根っこを確認しながら慎重に登ります。そして整備された道に出たときには、思わずしゃがみこんで胸をなでおろしました。やっぱり自然を甘く見てはいけません。昨年の雷事件の教訓を忘れていました。

 それにしてもこの写真はちょっと凄いと思いませんか。ぶっちゃけ誰も通らない道にこんなのがあるのです。岩の切り方は明らかに人工的です。おそらくかつての修験の行者さんは、ここで何らかの修行をしていたのでしょう。ジャングルのような中にある、今は使われていない場所。なんだか不思議な気分になります。おそらく宝満山にはこんなのが探せばいくらでもあるのでしょう。

 そんなこと考えると、つい好奇心が先走ってしまうのですが、もしもこのような場所を追跡するのであれば、きちんとした装備をそろえて、チームで行くべきでしょう。市民に親しまれている山と言えど、ここはかつての神聖なる修業の場。命を落とした人も少なくないと思います。やっぱり自然を甘く見てはいけないと改めて認識しました。

 ところで、私はどちらかと言うと「好奇心」がある方だと思いますが、なぜこの「好奇心」は「安心・安全」の欲求を上回ってしまうのでしょうか。結局、この答えは「人間だから」となるのです。何度も言うように、無意識(潜在意識)は根本的に「安心・安全」を求めています。ただ、無意識の欲求だけに従うのであれば、それは動物と同じです。動物と人間の違いは何か。それは言うまでもなく、人間には「意識」が備わっていることです。

 そしてこの「意識」こそが、単純な「安心・安全」の欲求から解放され、「創造性」を育んだわけです。そしてその「創造性」の根っこにあるのが「好奇心」です。人類は「好奇心」があったからこそ、ここまで発展してきたわけです。もしも「好奇心」すなわち「意識」がなければ、動物のように単純な進化しかできなかったところ、人間には「意識」があったおかげで、すごいスピードで進化を遂げたわけですね。100年前は空を飛んでなかったのに、今では大勢の人を鉄の塊に入れ込んで、一気に地球の裏側まで行ってしまえます。これは動物の進化のスピードに比べると、ものすごく速いです。

 そしてその速さを実現したのが「意識」の存在。よく「願望実現」のセオリーの中では「無意識・潜在意識」の書き換えとかがポイントになりますが、確かにそれは間違ってないものの、書き変える主体はあくまで「意識」です。そして「意識」は「質問」を通して「潜在意識」に届きます。

 例えばちょうど100年ほど前に有人動力飛行が成功したわけですが、そのためには「質問」があったことはおそらく否定できないでしょう。どんな質問か。それは、

「どのようにすれば、機会を飛ばすことができるのだろうか?」

のような質問。当時は機械が飛ぶことは不可能とされていましたが、ライト兄弟は自転車屋をやりながら、ずっと研究を続けてきたわけです。そして不可能とされてきたことが、現実となりました。

 このことは些細な私たちの「願望」においても、そのまま活用することができます。例えば「月収100万円」という目標があったとしましょう。世の中には「月収100万円」なんてのはいくらでもいるわけですが、そう言う人が身近にいなければ、まず最初に「難しい」と考えてしまうでしょう。身近にいたとしても自分にはできないと思ってしまうでしょう。実はそのような「思い込み」は「潜在意識」の中にプログラミングされているのです。

 例えば「3階の窓から飛び降りてください」と言った場合、普通の人は「無理」だと考えるでしょう。では、このように質問したらどうでしょう。

「もしも3階の窓から飛び降りることができたとすれば、どのようにすれば可能だと思いますか?」

と。するとここで「思い込み」がちょっと外れます。「もしも飛び降りることができるのならば・・・下にマットを敷けばいい」なんて発想が生まれてくるのです。ここでは誰もマットを敷くなと言ってはいません。さらに言えばロープを使うこともできますし、ヘリコプターに迎えてきてもらうことも物理的には可能です。ただ、ここで意地悪な質問があったとして、

「もしも道具を一切使わずに自分の足で着地することを前提に飛び降りる」

なんて条件があれば、どうなるでしょう。正直、物理的には不可能なケースだってあるのです。しかし、「質問」には欲求の「元」となるものがあります。その「元」とはまずは「安心・安全」を担保したものである必要があります。その上で「飛び降りる」という欲求の「元」には、鳥のようにふわりと飛ぶがあるのであって、両足で着地することでは決してありません。

 ライト兄弟の例で言えば、おそらく彼らは「鳥のように飛ぶ」ことを目指したのであって、そのまんま「鳥になる」ことを目指したのではありません。どんなに頑張っても人間がそのまま「鳥」になることは不可能です。しかい「鳥のように」なることは可能。それを実現したのが動力飛行だったわけです。

 このように「無意識・潜在意識」のプログラムを書き換えるためには「質問のパワー」を使うことが効果的です。先ほどの「月収100万円」という目標があったとすれば、

「もしも月収100万円を維持することができるとすれば、どのようにしてそれが可能になるだろうか?」

と質問し続ければいいのです。ここで脳に「空白」ができますので、あとは勝手に埋まるのを待てばいいだけ。私は会社を辞めてから4年間、確かにそのような「質問」によって切り抜けて来ましたし、これからもこのような「質問」は続けていくと思います。例えば、

「もしも会社に雇われずに、自分の好きなことして生活することができるとすれば、どんなやり方があるだろうか?」

と質問するのです。するといろんな答えが出てきて、それを忠実に「実行」した結果、今のような現実があるわけです。これはコーチングで言う「as if フレーム」ですが、山崎啓支さんの「願いがかなうNLP」にも書かれてある通り、最強の質問だと言えます。そして思えば、私自身がこれまで自分に課してきた質問がまさしく「もしも~ならば」だったのです。

 とにかくこれは他に方法がないからやっていたようなもので、勢いで会社を辞めた後、絶対に雇われないことを誓った手前、このように自分に質問するしかなかったのです。有名なヴィクトール・フランクルの「夜と霧」によると、ナチスの強制収容所から生還できた人と、死んでいった人の違いは、まさに「質問」の力があったと読み取れます。それは「今という状況の意味」について、そして「生きのびるために、今、どうすればいいのか」ということ。それらの「質問」を持っていたものだけが生還できたのです。

 また、私の大好きな映画に「ショーシャンクの空に」という有名なものがありますが、ここで主人公は強制収容所さながらの劣悪な環境において、「希望」を捨てなかったことによって、最後にどんでん返しで脱出することができたわけです。他の囚人が「希望は危険だ」と言いながらも、主人公だけはそれを捨てなかった。そしてそれを地道に行動に移していました。

 結局、それらもかなり極端な「願望実現」であり、(ショーシャンクはフィクションですが)あんな絶望下に置かれていたとしても、「質問」を繰り返すことによって、その「願い」は叶うのです。その質問とはつまり、

「もしも○○できるとすれば、どうすればいいのか?」

と言う質問。もっと正確に言えば、

「もしも○○できるとすれば、今、何をすればいいのか?」

そしてその「今」の答えが出てきた時点から、それを「行動」に移すこと。失敗はありません、あるのはプロセスだけ。「希望」を持ちながら、そのための「行動」を続けている限り、その「希望」は現実のものとなるのです。そしてそのことを過去の人たちは私たちに教えてくれています。

 そもそも「ナチスの強制収容所」から生還することを考えたら、私たちが持っている「希望」のほとんどは「ぬるい」としか言いようがないかもしれません。就職、転職、結婚、恋人、お金、人間関係、、、など、言ってはなんですが「ナチスの強制収容所」に比べたら。。。

 もしも今、何かの壁に直面しているのであれば、ぜひ、「夜と霧」と「ショーシャンクの空に」は見ておくべきです。そこでぜひ「希望」の意味と、「質問のパワー」について考えてみるとよいでしょう。

 「好奇心」の話からだいぶそれちゃいましたが、結局は「願望」の根底にあるのも、また「好奇心」であることが多いです。「もしも月収100万円になったら、どんな生活が待っているだろうか?」なんてのは、まさしく「好奇心」の賜物。「もしもあの人と結婚できたら、どんなに幸せだろうか?」なんてのも、もとはと言えば「好奇心」かもしれません。そしてその「好奇心」を満たすために、「もしも○○できるとすれば、今、何をすればよいのか?」を常に問い続け、そして行動する。

 だからと言って危ないことを積極的にしろというわけではありません。もちろんそこにはバランスが大切。今日は右肩をちょっと負傷したものの、凄い壁を見ることができたし、何よりブログのネタとして気づきを頂きました。明日は満行です。ありがとうございました。

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愛と感謝:27日目】

<愛>
・当たり前の話ですが、腕が痛いにもかかわらず、きちんと洗い物をしました。
<感謝>
・宝満山の下山中、好奇心に任せて別のルートを進んでしまい、ちょっと負傷してしまったものの、無事に家に帰ることができて、こうやってブログを書いていることに感謝。
by katamich | 2009-04-21 23:18 | ■願望実現 | Comments(2)
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