宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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 昨日は雨風吹く中、まち歩きをしたせいか、夜少し熱を出していたようです。熱い風呂に入ってすぐに寝たのが良かったのか、朝にはすっかり熱も下がっていました。

 今日は先進地視察の仕事で、浮羽郡吉井町浮羽町に行ってきました。そこでは、地産地消の農家バイキングを頂いたあと、農作物の複合センターや道の駅の視察に行ってまいりました。そのような、視察はこれまでも行ってきているのですが、近くにこのような先進地があるのは非常に参考になります。

 終わりの方の道の駅でなじみのないものを目にしました。なんと、「アケビ」が売っていたのです。最初はサツマイモかと思ったのですが、よく見ると「アケビ」と書いてありました。思えば「アケビ」って食べたことあるでしょうか。昔の人は山の中に入ってよくとって食べたと聞いていますが、私が物心ついてからはほとんど目にしたことさえありません。珍しい物好きの私としては、2個250円もする「アケビ」を思わず買ってしまいました。

 食いしん坊の私は、早速車の中で食べて見たのですが、「何これ、にが~」でした。これはあんまりやろと思ったのですが、中に入っている種を食べてみると、意外や甘かったのです。どうやら食べるところを間違えていたようです。

 しかし、この食べるべき種(詳しくは種の周りの白い奴)は恐ろしく食べにくいのです。しかも、甘いことは甘いのですが、なんだか物足りない甘さです。例えば、メロンの中心の種の部分もアケビと同じ感じですが、本来食べるところでないメロンの種の部分の方がはるかに美味しいと感じました。

 食べにくくて薄甘い。これでは今の消費者の心をつかむことはできません。しかし、このアケビも、昔の人にとっては最高のおやつだったそうです。野原でバッタやトンボを追いかけ、かけっこをして山の中を探索した時に見つけて、歓喜するのでしょうね。

 思えば、今の果物はほとんど品種改良が加えられていたりと、人の手が入っていますが、このアケビみたいなものは品種改良してもそれに値しないのか、完全に自然のものとして残っています。

 この自然さ、甘さの控えめさ、そして食べる時のもどかしさは、なんだか日本の原初を見るように感じます。今の子ども達にアケビをあげても、おそらく見向きもしないでしょうね。そう考えると、アケビにこそ子ども情操教育の原点があるように思えます。例えば、水筒に沸かしたお茶だけ持っていって、半日山の中を歩いて皆でアケビをとって食べる。こんなイベントがあっても面白いんじゃないでしょうか。提案したいと思います。

 ちなみに、今日一緒に視察をした山川町の職員の人に言わせると、「そんなん、山ん中にたくさんぶら下がってますよ」との事です。貫禄負けした気分です。

(写真はアケビ-昨日の写真はあんまりでしたね)

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by katamich | 2004-09-30 23:52 | ■食
 台風21号が九州に上陸しました。今年は多いですね。九州では台風のせいで小学校休校が何度かありましたし、私も一度会社を休んだことがあります。

 さて、今日は、山川町の最後のワークショップです。ワークショップでは午前中にまち歩きをするんですが、台風でギリギリまでわかりません。とりあえず、我々は朝6時に出発し、山川町に向かいました。

 我々の中では「絶対に中止」というのが頭にあったので、出戻ってモーニングでも食べてゆっくりしようという気分になっていました。しかし予想に反して、「決行」が決まったのが7時過ぎ。後で聞いたのですが、中止意見も強くなる中、助役の一言で決行が決まったそうです。助役は朝挨拶だけして帰るのでいい気なものです。。。

 モーニングを食べ損ねた我々は、一瞬テンションダウンしましたが、まち歩きは多少の風はあったものの、雨でずぶ濡れということもなく、無事に一日が終わりました。終わってみると気分がいいものです。朝のテンションダウンもどっか行きました。決行されてよかったです。ツイてます。帰りは八女のべんがら村でお茶を飲んで帰りました。

 しかしどうも体調がすぐれなません。旅行中はほとんど5~6時起きでタイトなスケジュールで動いていたのもあり、疲れがたまっているのでしょうか。今日は熱い風呂に入って早めに寝たいと思います。

(写真はモーニング‐画像処理済)

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by katamich | 2004-09-29 21:43 | ■日一日
 長く休んだ後の出勤と言うのは何だか照れくさいものです。旅行中も2度ほど仕事の夢を見ました。席がなくなっているなどという悲劇的な夢は見ないのですが、何となくトラブっているような夢を見たと思います。

 ところで、席につくと、8月に受けた健康診断の結果が来ておりました。なんと肝機能にクレームがついており、二次検査を要するのだそうです。これはブルーになります。基本的に全てのことを前向きに考えているですが、ああやって「紙」に書かれるとちょっとはドキリとします。しかしよく考えると、身体検査の前日は会社のお姉さん方と飲んでいたのでした。飲み放題だったためか短時間にいつもよりも多めに飲んで、翌日も若干酒が残っているような感じでした。なので、ちょっとはクレームがつくのも当たり前かなと都合よくも解釈できるのですが、せっかくこうやって教えてもらってもいるので二次検査とやらに行ってきたいと思います。今度は夜断食の後に行きます。

 その一方で体重も増えていました。今から体重計に乗ります。ダイエットをHPのコンテンツにでも入れれば、健康管理もできるのではないかと考えたりして。加藤大君もがんばっている事ですし。そう言えば、旅行中、加藤大君の皮の行き場所についての夢を見ました。なんてことでしょう。

(写真は加藤大君の腹の皮)

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by katamich | 2004-09-28 23:11 | ■日一日
 無事に帰国いたしました。いろいろありました。ほんと、行ってよかったです。ともかく、何事もなく無事に帰国できたことに感謝、感謝です。

 それからタイで、ついに「ディジュリドゥ」を買っちゃいました(喜)。結構いいのが3,000円でした。一目ぼれでした。行ってよかった。ツイてる。あと、数珠とかも買いました。これで滝に打たれます。

 眠たくなってきたので、今日はこの辺で。ミャンマーの旅行記は近いうちに本家にアップします。
by katamich | 2004-09-27 23:16 | ■旅・ツアー
 おはようございます。あと少し準備をして、出発します。今回の旅はなんだか今までとは違うような気がします。スピリチュアルな要素が大きいような気がします。思えば、去年のスリランカ旅行で宇宙と通信しているおばちゃんと知り合って以来、そういう目に見えない世界にも興味を持ち始めるようにもなりました。今回はタイとミャンマーです。どんな旅が待っているのかワクワクします。

 帰国は27日の夜です。それまでおそらくここには顔を出せないと思います。タイだったら日本語対応のネットカフェもあるのですが、ミャンマーはまだ整備が進んでいないようです。

 と言うわけで、無事に帰れることを祈願して、言ってまいります。

           観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五
           蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不
           異色色即是空空即是色受想行識亦復如
           是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄
           不増不減是故空中無色無受想行識無眼
           耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至
           無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死
           亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無
           所得故菩提薩垂依般若波羅蜜多故心無
           罫礙無罫礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢
           想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故
           得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜
           多是大神咒是大明咒是無上咒是無等等
           咒能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜
           多咒即説咒曰
           羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶

                 般若心経

          
by katamich | 2004-09-19 07:03 | ■旅・ツアー
 今日から大型連休ですね。私は、いつもの山川町でワークショップの仕事でした。午前中、ちょっとだけ雨が降りましたが、まち歩きには支障なく、さすがにツイています。午後からは土砂降りでした。

 ワークショップの昼休み、見知らぬ番号から電話がありました。出ると、女性の声で、「ごぶさたしてます。石田さんですよね。」と。「はいそうですが。」と応えると、「オーケストラのI藤です。」と。え??、オーケストラのI藤さん?。一瞬、耳を疑いました。「オーケストラって、田川のですか?。HNM先生ですか??。」「はい。」

 言葉が出ません。かれこれ、8年ぶりの電話です。知人から私の番号を聞いたそうです。11月の演奏会の出演依頼でした。しかし今の私は所属している吹奏楽も休団している身なので、期待に応えることはできません。しかし、内容のことよりも、「電話をかけていただいた」という事に全く持って驚きを隠せませんでした。

 そのオーケストラは大学時代、3年ほど所属しており、その間、世界的ピアニストとの共演やヨーロッパの演奏旅行など、普通では出来ない貴重な経験をさせていただくことがありました。非常に感謝しております。しかし、当時、私も血の気が多い時期でもありましたので、いろいろと衝突することもありました。最後はきちんと挨拶をして、かの地を去ったのですが、それ以来気にはなりながらも一回も連絡をとることがありませんでした。

 しかし、今日、連絡があったのです。繰り返しになりますが実に8年ぶりです。オーケストラに所属していた時期の2倍以上の期間があります。期間が長くあいたこと、そしていろいろあったこともあり、私からはまず連絡取れないものです。しかし、今日、HNM先生の方から連絡を頂いたのです。ここ半年ほど、懐かしい人から立て続けに連絡があり、その都度感激していたのですが、今回の連絡はちょっと次元が違っています。これを読んでも誰も実感できないでしょうが、とにかく次元の違うことです。感激を通り越して、「感動」でした。

 午後の仕事は、ちょっと放心状態でした。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。と同時に、「私の小ささ」を思い知らせれる一件でした。とにかく、今日はこのような出来事があり、感激、感動、そして感謝で一杯の一日を過ごすことが出来ました。

 ところで、明日から旅に出ます。明日の今ごろは、今く行けばチェンマイ行きのバスの中。そうでなければバンコクの安宿です。まだ、ほとんど準備をしていません。明日は6時に起きて、7時半に家を出ます。一週間ほど日本から離れますが、帰国後はもっと変な人間になっていることでしょうね。とりあえず、明日、もう一度ここに顔を出します。お休みなさ~い。

(写真はバックパック)

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by katamich | 2004-09-18 23:55 | ■日一日
 今日は久々のデスクワークで、昼休みは時間がありました。気がつくと旅立ちは明後日なんで、そのための買物等をしてきました。

 タイトルは「旅立ち前のブルー」ですが、普通は旅立ち前っていうのはテンションあがりますよね。例えば運動会の前の日とか、釣りに行く前の日とか。しかし、私の場合、旅立ち前になると、昔の旅でのちょっとした苦労が一気にフィードバックしてしまうのです。夜に列車が到着して宿探しに苦労したり、数時間遅れの列車をいつまでともなく待ちわびたり、延々と雨の中を歩いたり、ぼられたり、馬鹿にされたりなど、ブルーなことがいろいろ想起されるのです。そうなると、ゆったりした布団の中で昼間でゆっくり寝る快感が思い浮かんだりして、にわかに行く気がうせてしまいます。しかし、チケットは買ってあり、休みももらっているので行くしかありません。

 行ってしまえば行ったでどうと言うこともないのですが、実は今、行きたくないのピークです。しかし、行ったことによって得るものの大きさを考えると、やっぱり行きたくなります。

 と言うわけで明後日は予定通り行くでしょうね。明後日の今ごろは予定ではバンコクから北上するバスの中です。楽しみになってきました。
by katamich | 2004-09-17 23:07 | ■旅・ツアー
 いつもの日記とは違い、番外編として投稿します。五日市剛という人の 「ツキを呼ぶ魔法の言葉」というのが、にわかに流れております。非常に感動的な内容であったので、ここにそれを紹介します。


五日市剛(いつかいちつよし 工学博士)さんのエッセーより

 運が強い人とは、他の人といったい何が違うのでしょうか?それって、先天的なもの?後天的なもの?努力すれば得られるもの?

 いつの頃か、僕は人の運について真剣に考えるようになりました。なぜかというと、自分はものすごく幸運に恵まれているからです。「どうしてオレってこんなに運がいいんだろう!」と毎日十回以上叫んでしまうくらい、ツキのある日常を送っています。
  
 実はあることがきっかけで、僕の運勢は大きく変わりました。これから、そのちょっぴり不思議な話を紹介させていただきます。ちょっと御伽話みたいな話ですけど、本当にあった話なのです。


 今から十三年ほど前、僕がまだ大学院の学生だった頃のことですが、一ヶ月間イスラエルを貧乏旅行しました。「中東の取材」が名目でしたが、実はそれまでやっていた研究に行き詰まり、人間関係にもひどく悩み、さらに気性の荒い自分の性格も好きになれず、現実から逃避したい気持ちがあっての一人旅でした。

 ある寒い日の夕方、ハイファという港町にバスで着き、さっそく宿探しを始めました。が、なぜかどこのホテルも休業中。「そんなバカな」と焦って探しても、開いている宿は一向に見つかりません。どんどん夜が深まり、寒さも一段と厳しくなってきました。その日は数十年に一度の大寒波がイスラエルを襲った、とんでもなく寒い日でした。もし、野宿したら死んでしまいます。

 「オレの人生ってここまでかな」 ・・・そうつぶやきながら、肩をガクッと落とし、トボトボと通りを歩いていると、一人のユダヤ人のおばあさんが話しかけてきました。

 「どうしたんですか?顔色が悪いですよ」

 そのおばあさんはニコニコしていて、まるで魔女のような風貌。でも結局、そのおばあさんの家へ泊めてもらうことになりました。おばあさんの家に着くと、まず、おいしい夕食をごちそうになりました。その後、おばあさんは電気を消してロウソクを灯し、いろんな興味深い話をしてくれました。

 その中で、

 「運命というのはね、本当にあるのよ。それに、ツキというのは、実は簡単に手に入るものなのよ」

 と言ったものですから、「えっ、本当ですか? どうしたら得られるんですか?」と尋ねました。

 「あのね、ツキを呼び込む魔法の言葉が二つあってね。一つは『ありがとう』、もう一つは『感謝します』。普段何気なく使っている言葉だけど、使い分けるといいわ。・・・そうね、どんな些細なことでもいいから、いやなことがあったら「ありがとう」。逆に、良いことがあったら「感謝します」何度も繰り返し繰り返し言うのよ。そしたら、絶対にツイてくるわ。本当よ」

 また、おばあさんは次のようなことも言いました。

 「絶対に人の悪口を言ってはダメ。言えば言うほど、あなたからツキはなくなっていくわ。人の口から発せられる言葉はね、魂を持っているものなの。だからネガティブな言葉を言ってはダメ。「てめえ!」「クソったれ!」「死んじまえ!」などと汚い言葉を平気で使っている人はね、そういう人生を歩むのよ。だから、きれいな言葉を使いなさい」
 

 おばあさんのお話に、僕はとても感激しました。僕の唯一の取り柄は素直なこと。だから、この日以来、おばあさんから言われたことをひたすら日々実践しています。結果は言うまでもありません。思いっきりツキまくりです。

 「オレってどうしてこんなに運が良いのだろう」の毎日となりました。

 ある日、「ありがとう」を何気なく漢字で書いてみました。そうしたら、ナント「有り難う」そうか、やっぱり難が有る時に「ありがとう」か!と、一人で感動してしまいました。 

 PHP研究所副社長の江口克彦さんは、松下幸之助の『出来事の肯定的解釈』を通して、「運の強さとは、まず自分にふりかかるすべてを「自分は運が強い」と捉えることによって、その人の身につくものではないか」と言っています。 

 また、日本一のお金持ちである、銀座日本漢方研究所創設者の斉藤一人さんも「ツイてる」と言っていればツイてくる。逆に「ツイてない」と言っちゃうとツキが逃げてしまう。実に簡単な法則です」と言っています。 

 「ありがとう」「感謝します」に加えて「ツイてる」「運が良い」も僕は意識して繰り返し言うようになりましたね。誰に対して言うのか? 喜んで聞いてくれる自分に対してです。そしたらね、すぐに言うクセがつきました。クセがついたらこっちのものです。

 今の会社で研究部門の課長になったとき、気になる部下が一人いました。僕よりひと回り年上の係長さん(Aさん)です。優柔不断で自信もなくて、何やってもうまくいかない人でした。

 みんなからもバカにされていましたが、人間的にはとても良い人で僕は好きでした。そこで、僕のもとに配属になってもらい、彼にちょっとした提案をしてみました。

 「ねえ、Aさん、ご自分は運の良い人生を歩んできたと思います?」

 「え?・・・そ~うですね。どう考えても、運が良いなんて思えませんね」

 「そうか。ひとつお願いがあるんだけどね、毎朝ロッカールームで会うでしょ。そのとき、「ツイてる?」って聞くから、「ツイてます」って応えてくれないかな。帰りも同じく」
「はぁ? どうしてそんなこと言わなきゃいけないんですか?」 

・・・Aさんはそう言うものの、上司のお願いだから「しょうがないな」という感じで、一応了解してくれました。

 翌日の朝、「Aさん、おはよう。どう、ツイてる?」
 
 「え? あっ、はい、はい。ツイてますよ」と、少しイヤイヤながらという状態でした。でもね、毎日毎日やっているとAさんも慣れてきて、「は~い、ツイてますよ~」と楽しく言えるようになったんですね。さらに、「今朝、妻がつくってくれた朝ごはん、おいしかったな~」「今日、業者さん、頼みもしないのに、気の利いた物を持ってきてくれてね」というような感じで、ツイてたことの理由付けができるようになってきました。

 そうしたら、彼の身の回りに起こる出来事がどんどん変わってきたのです。彼が開発担当していた研磨剤で、誰も到達したことのない品質のものができてしまったんです。それで磨くとものすごくピカピカで、傷が一切ない。

 なんと、世界一の素晴らしいデータが出てしまったんです。会社側も多額の投資を行うことを決定し、彼には優秀な部下が二人も付きました。その後のことは言うまでもなく、ますますうまくいきましてね。大口のユーザーからは認定が下り、海外に対して輸出体制も整いました。世界中に供給すればシェア百%です。特許は国内外に出願しました。すべて彼のアイデアと努力の賜物です。明らかに、一年前の彼とは全然違います。僕が何かをしてあげたとしたら、「ツイてる?」って聞き続けたことくらいなもんです。もちろん、僕は彼に「ツイてる?」なんて、もう聞いていません。彼は、いつ、どこでも、「ツイてる、ツイてる、ツイてる・・・」が口グセとなり、笑顔が多くなりました。

 皆さん、どんな状況に面しても「ありがとう」「感謝します」を連発しましょう。ツキは少しずつですが、必ずツイてきます。些細なことでもツイたら、「ツイてる!」を連発しちゃいましょう。これで人生、マンモス・ハッピーです。」   

          いつかいち つよし 愛知県岩倉市在住。 工学博士。
by katamich | 2004-09-17 11:34 | ■魔法の言葉
せっかくのオマルもおもちゃにすぎません。

 トラックバックというのをやってみました。同僚3106の子煩悩ブログからです。去年、天から子どもを授かり、めでたく結婚されました。世に言うなんとかですが、幸せなステップを踏んでおり、長男は現在満一歳のようです。

 彼は私よりもずっと若いのですが、既にパパと仕事を両立させて頑張っています。私はまだ結婚しておりませんが、「結婚」が先になるか、「出産」が先になるか分かりません(←ちょっと恐ろしい発言!)。こればかりは自分で決めるわけには行きません。誰が決めるかというと、生まれてくる子どもが決めるのです。

 3106の場合も今の長男が生まれる前に3106と嫁さんを引き合わせ、「ぼく、ここから生まれよ~っと!」ってな勢いで世に現れたのです。ですので、私の場合も時期がくれば、誰かが「ここじゃ」と言って生まれてくることでしょうね。
 
 そんなスピリチュアルなことを言いながらも、この3日間というのはある町で「子育て支援」のための地域計画を策定するために、聞き取り調査をしてきたところです。子育てというのは、保育所をはじめ、学童保育、子育ての相談・情報提供、子どもの遊び場、教育など行政の支援がある部分では必要になってきます。昔のように大家族で、家の誰かが子どもの面倒を見るような時代ではないので、これは子育てをする若いお父さんお母さんにとって重要なことです。仕事では、そういった行政による子育て支援の計画を策定するために、関連する部署に3日かけて聞き取りを行ってきたのです。

 ま~、いろんな話が聞けてとても勉強になったと同時に、子育てって大変だな~と深く感じました。電話相談事業の内容なんかを聞いてみても、子育てノイローゼなんか日常のようで、さらに最近新聞紙上などをにぎわせている、児童虐待なんかも決して特殊なケースではないようです。

 また、多くの若い親たちはなんと言っても子育てによる経済的負担が大きいようで、それが少子化の一因となっている部分もあるようです。私なんかも、今ここに「お子」ができた場合、やっていけるかちょっと不安ではあります。もっとも3106をはじめ、みんなやっていることなので、できればできたで何とかなるのでしょう。ただし、さっきも言ったように「決める」のは生まれてくる「子ども」なので、「ここじゃ」と言われるまで待つしかないのも確かです。何らかの形で生まれてきた時には、とりあえずどんな形であれ喜ぶ以外にはないと思います。

 実は今日仕事で入った町は私の家から15分ほどの隣町です。というか、私の家はほとんど市境です。この町は合計特殊出生率1.8とかなり高く(全国平均は1.29)、それだけ子育てに適した環境にあるとも考えられます。私が今この町の子育て支援計画の担当をしているのは、実は将来への備えがあるのかもしれません。将来生まれてくる子どもが「ここじゃ」と言ってこの町を指名しているのかもしれません。そう考えると、仕事と言いながらも、「我が事」のつもりで取り組む必要があります。普通、私の仕事では、いい提案を行っても役所が「それは財政的もむり」なんて言われると、どうしても引き下がざるを得ないのですが、ごり押しで書き込んでやろうと考えちゃったりして。そして、自分が子育ての立場になったときに、「計画書に書いてある」と言って、無理やり予算をつけさせるのも手じゃないかと考えちゃったりして。

 そんなこと考えると、仕事のモチベーションもいっそう上がるというものです。頑張りましょう。

(写真はこんな赤ちゃんだったらどうしよう)

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by katamich | 2004-09-16 22:39 | ■まちづくり
 今日も昨日と同じで一日中ヒアリングの仕事でした。車で15分のところにあるので、9時ごろまでゆっくり出来てとっても楽です。ヒアリング自体も独りで対応しているためか、自分のペースで質問し、雑談できるのでとっても楽しいです。

 話は変わりますが、ひょんな事からこのような本が手に入りました。

・村津和正著「歯は臓器だった―歯は命とつながっていた

 うんうん、これはよく知ってます。船井幸雄さんが絶賛する歯医者さんで、いわゆる一般の歯医者とは概念が180度違う治療をされる方です。内容を簡単に言うと、「歯」は心臓や肝臓、腎臓などと同じように「臓器」つまり「歯臓」であり、この臓器のゆがみが万病の元となる、という前提にまず立ちます。しかし、これまでの医学では歯は臓器であるという点を蔑ろにし、悪くなったらとかく抜いたり、変なもんを詰めたりと、あまりに粗雑に扱ってきたため、身体的な弊害を生じさせてきたのです。そこで、博多でクリニックを開院されている、著書である村津氏は「歯臓」の考えに基づき、歯を中枢に据えた全身的な治療を展開し、多くの実績を残しているのです。

 しかし、このいわゆる「歯臓治療」を巡って最近になって様々に物議をかもし始めているのだとか。この毎日新聞の記事を読めばわかるとおりオカルトだの非科学的だの独善だのけちょんけしょんに貶しています。名前は伏せていますが、これはこのクリニックにとってはかなり痛手な記事ですよね。

 私の見解を述べますと、私は「歯臓治療」を全面的に支持します。

 村津氏の著書を読むと、歯臓治療とは単なる「噛み合せ矯正」と「身体に負荷の少ない詰め物」に過ぎません。噛み合せが悪いと全身が歪むというのは割合知られているようですし、また、昔の歯の詰め物が体に悪いと言うのも納得できる話です(アマルガムというのは現に今は使われていないそうです)。そう考えると、村津氏の「歯臓治療」はそのPRの仕方がちょっと世間に馴染みない(科学的に聞こえない)だけで、非常にまっとうな治療であると考えらます。

 そもそも毎日新聞の記事では、波動などという村津氏独自の「言い回し」にばかり引きずられ、全国数千人が氏の治療によって「よくなった」という事実に全く触れられていません。それを捏造とするには労が大きすぎます。また、「症状が改善しない」患者がいることを最後に述べていますが、全ての人100%に効果があるとすれば、それこそ科学でも医学でも何でもありません。症状の改善にとって優れた医療行為とは「必要条件」ではありますが「十分」ではありません。最後は患者の「気」の持ち方が重要だと思われます。それは、いわゆる抗生物質のような極めて「科学的」な療薬でも同じだと思われます。

 また、「不安をあおり救済法を示すやり方は、新興宗教などの典型的な勧誘手法」とも批判されていますが、さて患者の中のどの程度が「不安」を感じて治療に行っているのでしょうか。体験談を読む限りでは、「体の悪い人が体を治したい」から来ているようにしか思えません。

 さらに、「医師法違反や誇大広告」についても的外れのような気がしてなりません。医療法違反とは免許を持たないものが医療行為などをして「治った」ということを言うのでしょうが、村津氏は歯科免許持ち「歯の治療」だけをしているのです。なにもカイロや整骨の真似事をしているのではありません。噛み合せを治した結果、体全体が良くなっただけのことです。誇大広告もよく分からないのですが、事実に脚色しているのであればそう言えても、それが本当に「誇大」であるかの検証はしていません。

 私の持論ですが、科学とはまず「事実」からスタートするべきです。毎日新聞の記事のように「事実」を伏せて「推論」が先んじてしまうのは本末転倒です。

 また、世の中の「常識」を盾にとって、「理解できない」と言うのはそれこそ「科学的精神」に反します。科学の発展とはまさに「常識を覆す」ところにそのダイナミズムがあるからです。つまり、常識を覆すことによって、それまで「科学」と認められてこなかった事象が「科学化」していくものなのです。あえて難しげに言うと、科学の発展とは「事実」と「常識」の弁証法に他ならないのです。

 私は結構周りから「非科学的」だとか「東洋的(反西洋的)」だと誤解を受けることがありますが、実は非常に「科学」を信奉しています。ただ、一見「非科学的な事実」に興味を示すだけで、むしろ「常識的でない」の方が正しく、その方が言われて嬉しく思います。

 話がそれましたが、「歯臓治療」と毎日新聞の記事については、勿論「私情」は全くありません(「波動」とかは好きですけど)。「歯臓治療」によって数千もの人が良くなっているという「事実」と、それが新しく「常識的でない」という側面に惹かれ、全面的に支持するに至っているのです。

 ですので、私はこの「歯臓治療」なるもの、近いうち(少なくとも一年以内)に受けようと考えています。「歯臓治療」はまさに、これから先、「科学化」する非常に先進的で優れた医療行為だと考えられます。
 
 久しぶりに熱く語ってしまいました。と言うわけでおやすみなさ~い。

(写真は歯を大切に)

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by katamich | 2004-09-15 23:38 | ■読書・書評
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