宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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 昨日の一日断食の結果からご報告いたします。結果は打ち勝ちました。だいたい9時~11時くらいが苦しかったのですが、テレビで「あいのり」を見ている辺りから徐々に楽になってきました。そして水を飲んで寝ました。

 朝になりました。そこで驚いたのですが、ものすごく目覚めがいいのです。体が軽いのです。今までは起きてもまだ眠かったり、体がだるかったりしたのですが、今日は本当にいい目覚めでした。考えれば当然のことです。寝る前に食べれば、体は休んでいるようでも胃袋は活動しているのだから疲れるはずです。結局、昼まで何も食べなかったので24時間もの間、胃袋を休めていたことになります。

 思えば、こんなに胃袋を休めたのは5年ぶりぐらいでしょうか。なぜ5年ぶりかと言うと、今だからこそ言うけど、その当時「失恋」の最中だったのですよね。ある女性からある時、別れを告げられて、それからデリケートにもご飯が喉を通らなくなってしまったのです。特に独りになると全くダメでした。昼は大学の学食で皆と食べたので、何とか食べられたのですが、それ以外はダメでしたねぇ。こんな経験って誰でもあるでしょ?

 身長の伸びが止まったのが20歳前だとして、人生で最も太っていた時期が、浪人時代で75キロまでいきました。その後、大学で独り暮らしをして65キロくらいまでなったと思うと、一年ほどして68キロまでなり、2年間はそのままでした。そして4年になって工場でバイトを始めると、仕事がハードなためか64キロまで減り、大学卒業後に旅に出て帰ってきたらアジアで食べたせいか65キロに。そのまま、順調に70キロまで増え、前述の失恋で一年間でなんと57キロにまでなったのです。私は割と骨太なせいもあってか、見た目よりも体重がある中で57キロはちょっと異常でした。変な病気にかかったのでは、と皆から言われました。かかったのかもしれません。恋の病に。

 それから約5年。順調に70キロまで戻り、しばらくその辺を推移していたのですが、ここ最近になって、「はら」がかなりやばいことに気づき、昨日の夜断食に至ったわけです。

 そんな話を会社の女性職員と昼にしていました。やっぱり失恋など恋の病で体重が減るというのは、若いうちはやっておいた方がいいと。そういう経験が一つ一つ人生の肥やしになっていくもんだと。

 どうなんでしょう。結婚って誰もが人生で最高に好きな人とするものなんでしょうか。それはその見方によるものでしょうか。「人生で一番好き」の解釈を、「好きバロメーター」の針が一瞬でも最高値に達した人とするのか、上の方をなだらかに推移している人とするのか。まあ、常識的な見方をすると、後者の「上の方をなだらか」な人と結婚するのがいいのでしょうね。でも、一瞬の最高値も捨てがたい魅力があります。一種の麻薬かもしれません。体重も減るわけです。でも、そんなものいつまでも求めてられないですよね。身も心ももちません。それってもしかして「年とった」ということでしょうか。はい、今の私は「上の方をなだらか」ですよ。でも、体重は減らしたいです。以上。

(写真は昨日すっぴんで告白してふられた元アイドルのユカ-よく頑張りました→上のリンクを見よ)

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by katamich | 2004-08-31 23:16 | ■日一日
 超大型台風が過ぎ去りました。午前は役所で委員会があったのですが、午後から風がひどくなり、会社の中でもちょっと怖い思いをしていました。公共交通機関もストップしていました。幸い福岡ではさほど被害もなく過ぎ去り一安心です。ツイてる。しかし、被害にあわれた地域の方には、くれぐれも早く復旧されることを祈るばかりです。

 先日も書きましたが最近どうも太りが進んで本格的にやばいと思い始めています。何故太るのかを分析してみると、やはり食べてすぐ寝ることに原因があると思います。それは昼寝なんかでも同じで、食べた後すぐ寝ると牛になるというのは本当のことのようです。

 そこで今日は実験です。それは「夜食べない」ことです。思えば、ここ何年も「お腹がすいた状態で寝る」というのを経験していないようです。日本は飽食のため、お腹がすけばいつでもすぐに食べられる状態です。そしてつい余分な物まで食べてしまうのです。

 今、猛烈にお腹がすいています。頭がガンガンしてきました。冷たい水を一杯飲むとちょっとはおさまりますが、キーボードを打つ手も震えています。しかしこれは修業です。苦しくなったら般若心経を唱えて「」の状態にします。うん、だいぶ楽になってきました。せっかく滝に打たれているのだから、日常でも修業しなきゃもったいないですね。
 
 そう言えば、こないだ滝に打たれた帰りに皆でうどんを食べながら話していたのですが、HAGEている人には昔から不思議な力が備わっており、古来では常に人々の指導者であったそうです。それは国や文化を問わず、どこでもそうだったようです。僧侶や昔の武士が頭髪をそっていたのはその名残だそうです。昨日講演を聴いた船井幸雄氏は経営指導の神様であり、これも完膚なまでにHAGEています。

 あと、土曜日にノアールBBのメンバーの家でこんな話をしました。「山笠」に参加するには6月1日から「胡瓜断ち、女断ち(自慰含む)」をしなければならず、そのクライマックスである7月15日には、そのおかげかもの凄いテンションになるそうです。

 滝打ちを続けると、しばらくして「行(ぎょう)」をしなければならないそうです。「行」とは21日間毎日滝に打たれることで、その間は、「酒断ち、肉断ち、女断ち(自慰含む)」をしなければならないのです。21日目にはもの凄いテンションになるそうです。

 プチ断食というダイエット方法があり、これは単純に3日間断食するのですが、3日目にはもの凄いテンションになり、頭が冴えまくるそうです。

 なんだか脈絡のない話を続けていますが、お腹がすいてちょっとガタガタきているのでご容赦ください。明日の昼はスラージでインドカレーを食べます。それまで我慢できるか、また明日報告しますね。

(写真は断食する仏陀-「ラホール博物館」)

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by katamich | 2004-08-30 23:07 | ■食
 昨日、家に着いたのは3時で、しかも体をいつもよりもたくさん使ったためか、疲れて昼頃まで布団の上にいました。
 
 今日は前から予約していた「船井幸雄の人間塾セミナー」に出席しました。ここでのプログラムは、第一部は「ほんもの技術・商品」の紹介、第二部は福井幹という人の演奏、第三部が船井幸雄氏本人による講演という内容です。

 船井幸雄という人は、日本最大の経営コンサルタント会社である「船井総研」の会長であり、長年「経営指導の神様」として活躍されてきた人です。私も日頃から船井氏の著書やホームページをよく読んでおり、いろんなインスピレーションをもらっています。ですので、福岡に講演に来た時には是非とも行きたいと思っていました。そして今日はその願いもかなっていくことが出来ました。ツイてます。

 まず、第一部の「ほんもの技術・商品」と言うのは、大手が量産的に流通させているような商品ではなく、本物の技術を持つところが人間や地球のことを本当に考えてつくった商品です。広告などで派手な宣伝を行わない代わりに、本当に必要としている人の所には必ず届くといった優れものです。一見すると、単なるサプリメントや美容商品のようなものから、宇宙エネルギーなんて怪しい雰囲気のものもありますが、実際にその商品を手にとったり、効果を目で見せられると、なるほどと思わせられる代物です。

 私が今回すごいな~と思った商品に、「ボーズ感性工学リサーチ」という会社が販売しているラジカセがあったのですが、これがもの凄い優れものでした。本当にラジカセ程度の大きさなんですが、いろんなところから音が流れ、目の前に本当に演奏者がいるような臨場感を生み出していたのです。それは、会場外の出展ブースでじっくりと聴いたのですが、ちょっと感動してしまいました。オーディオマニアが何百万をかけてシステムを組むことを考えると、あれで27万円は本当に安いと思いました。しかし、最近ちょっと出費が重なっていることもあり、今日のところは手を出しませんでしたが、余裕が出来たら真っ先に買いたい代物です。

 あと、ちょっと納得させられた話として、「グローバルクリーン」という会社が発売している「塩」や「味噌」なんかがあるのですが、そのふれこみとして「にがりの害を少なくした」というのがあるのです。「にがり」は近頃、ダイエットや健康のために若い女性を中心に流行っていましたが、そのような流行とは全く逆をいくものです。「にがり」というものはそもそもたんぱく質を固める働きがあります。なのにダイエットに効くというのは腎臓や肝臓を「固める」ことによって、栄養素を体内に取り込まないようにしているだけなのです。ですので、ダイエットというのは表面上の効果であり、その実は内臓にもの凄い悪い影響を与えているのだとか。中国なんかでは自殺の薬としてにがりが使われてるという話もありました。ブームというのは恐ろしいものです。

 他のブースには、オーラの記念撮影や直観力を鍛えるなど興味深いもののありました。第二部は横笛の演奏でしたが、あまりの気持ちよさにウトウトしてしまいました。

 そして第三部はお待ちかねの船井幸雄氏による講演です。氏の最近の著作はだいたい押さえていたので、知っている話ばかりだとイヤだな、と思っていたのですが、新しい話、本では書けないような話も少なくなく、非常に面白い講演だったと思います。別に極秘情報でもないので、その中のいくつかを書きたいと思います。

○母子手帳をもらった女性の半分が子どもを産めないという話
 これは、データとして裏付けられているようです。最近は男性の精子の減少が不妊の原因と言われる話がありましたが、実はもっと深刻な問題のようです。実は下半身にぶら下げている携帯電話の電磁波が母体もの凄い悪影響を与えているのだとか。
そこでこんな実験をしたそうです。二つの箱、それぞれに700個ずつ有性卵を入れ、一方には電源の入った携帯電話を5台、もう一方の箱には何も入れずに経過を観察した結果、何もない箱からは88.1%が普通に孵ったのに対し、携帯電話の箱からは27.1%としか孵らず、残りは腐ってしまったそうです。さらに、残った27.1%の内の8割が奇形だったとか。つまり、携帯電話の箱からは700匹のうち、40~50匹しか正常なヒナが産まれなかったのだと。日本では一応、携帯電話の電磁波は人体に無害とされていますが、検証をしていないので怖い話です。その理屈で言うと、地下鉄の上と携帯電話の中継地点の近くが最も体に悪いのだとか。
 しかし、船井氏は解決できない話はしないとの信条があるようで、携帯電話の電磁波から見を守る方法を伝授してくださりました。それは「両手振り体操」というもので、足を肩幅程度に広げ、両手を後ろに思いっきり振り、その反動で手を前に持ってくるというのを200回やれば身を守れるとのことでした。その理屈は話されませんでしたが、舞台で実証はされました。それはOリングテストによる実証です。
まず、観衆の一人を舞台にあげ、携帯電話を左手に持って、Oリングテストをすると簡単に指が開いたのですが、両手振り体操の後では見事に指が開きませんでした。Oリングテストは私も前から実証済みだったので、これはすごいなと思いました。両手振り体操はあしたから実践です。

○運が良くなる方法の話
 この話は私も想像がつきました。「ツイてる」と言うのです。船井氏は直接はそのように表現されませんでしたが、五日市剛という人の実例から「感謝します、ありがとう」というと必ず運が良くなるということでした。五日市と言う人はそれを日常で100%実践して、本当に運が良くなり本まで書いています。齊藤一人氏と理屈は同じですね。一方、最も運を逃がすのが「言い訳」だとか。これは参考になりますね。

○30年後の地球の話
 村上和雄という有名な学者が言ったことで、地球はいま表面に満遍なく張り巡らせると、18cmの土壌と15kmの大気と11㎜の飲み水と3mmのオゾン層しかないそうです。つまりもの凄くもろい状態にあると言うことです。その話をした後、こんな話をされました。
 船井氏は最近、「体脱セミナー」というのを開催したそうです。それは魂を体から抜いて、時空を越えてどこまででも行けるようにするセミナーだとか。いかにも怪しい雰囲気がありますが、これはアメリカのロバートモンローという人がつくったモンロー研究所で科学的に実践されたことです。なんでもヘミシングという音を聞かせると、体外離脱をしやすくなるそうです。そこでセミナーに参加された人の多くが実際に体脱を実現させ、そのほとんどの人が30年後の地球は悲観的なものであったと答えたそうです。
 しかし、それも解決のされない話はしないということで、こんな話を続けられました。森田健という日本の体脱第一人者が言うには、未来というのは決まっているが変えることはできるのだと。つまり、「今のままでは」こうなるが、そうでなくする方法があると。すなわちそれは人類の想念がそうさせないように向けばいいのだと。
 そのためには、地球上の人、一人ひとりが現実を真剣に捉え、人間性を高めていく他はないのだと。その人間性ですが、実は現在、キネシオロジーという方法を使って人間性を数値化することも出来るのだと。200というのが標準ラインだとすると、ブッシュは90ぐらい、マハトマ・ガンジーは900ぐらいあったのだとか(会場でもキネシオロジーの実証をされました)。
 私はキネシオロジーという言葉は初めてではなく、既に予備校時代に石丸広高という英語教師から直接聞いていましたので、納得でした。

 とまあ、一部ですがこんなところです。あ、ちなみにこんな話もされました。実はフセインと言う人は去年の12月にガンで亡くなっており、今捕まっているのはダミーであると。それはアメリカの上層は勿論知った上で拘束しており、欧米のエリートの間でも常識化されているだとか。

 こんな面白い話がたくさん聞けました。船井幸雄と言う人はちょっとオカルトがかったところがあるので、好き嫌いがあると思いますが、我々はまずは「事実」に厳しく接すると、船井氏もそれほどデタラメでないことがわかります。

 ともあれ、面白い講演会でした。

(写真は船井幸雄氏)

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by katamich | 2004-08-29 22:36 | ■人生哲学
 5時に起きました。外はまだ暗いです。そう言えば、7月頃にも5時に起きたことありましたが、その時は既に明るかったような。まだ暑いながらも、徐々に昼が短くなっているのでしょうね。

 自転車で空港にむかい、そこから車を乗り合わせて、北九州は「菅生の滝」に行きました。今日は先週とは違い、ちょっとアプローチの難しい高度な場所での「行」です。

 到着して、観音様にお参りしながら滝に行き、白装束に着替えて打たれるのです。滝は結構上のほうにあり、崖をよじ登るようにしてアプローチしなければなりません。途中、こけですべるような箇所があり、なるほどここが難しいのだなと。

 でも、まあ無事に打たれることが出来ました。2回目だったのですが、滝の気持ちよさに目覚めつつある感じです。住職からもそう言われました。

 滝打ちでは、お参りも含めて何度か読経するところがあり、滝に打たれている時もお経を唱えます。もちろん滝打ち中には覚えていないとならないのですが、私はまだ覚えていません。ですので、「六根清浄」と繰り返し唱えるしかありません。しかし、次回までは絶対に覚えて行きたいと思います。

 さっそく、滝から帰って本屋で般若心経の本を買いました。CD付きなので、聞いて覚えられるし、CDを聞いているだけでも結構気持ちがいいものです。お経のだみ声には普通の声よりも倍音がたくさん含まれているので気持ち良いのでしょうね。

 夕方は、先日ライブをしたノアールBBのメンバーと飲みました。7時にメンバーの家に集合だったのですが、私は般若心経を暗証しながら自転車で向かっていたので、途中、何度も行き過ぎるところがあり、おかげで遅れてしました。でも、久々にいい運動が出来たようで、お経に感謝です。飲みでも、新しく仲良くなった人もできましたし、これも感謝です。

(写真は般若心経)

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by katamich | 2004-08-29 11:34 | ■滝行
 最近、長い文章が続いていました。今日は特に何もない一日だったので、日記も手を抜かせて頂きます。

 長年探していた映像にようやくめぐり合いました。幼心にこの映像は衝撃であり、かつ最高のギャグでした。今思うとかなりシュールです。もったいぶらずにその映像をここに公開します。

 明日も滝に打たれます。おやすみなさ~い。

(写真は画像を見て確かめてください)

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by katamich | 2004-08-27 21:53 | ■読書・書評
 今日は同じような話を、たまたま会社の上司と同僚にしたので、その話をしたいと思います。上司には客先への車の移動中、同僚には会社の残業中2人になってからしました。

 今、会社の状況は非常によろしくないです。会社というか業界全体が撃沈状態です。そんな中で皆、様々に迷い彷徨っています。業界から離れていく人も少なくありません。実を言うと私も半年前までは悩みに悩んでいました。しかし、今はというと、今の状態が良いわけではありませんが、少なくとも「迷って」はいません。なぜなら、私には自分の生きている使命が具体的ではありませんが、「ある」ということを確信しているからです。

 近年、相変わらず「自分探し」というのが流行っているようです。1980年代には村上春樹村上龍なんかが徹底して「自分探し」にこだわった文章を書き、最近では香山リカなどが「自分探し」をテーマに本を乱発しています。先日、「世間の目」という本を書いた佐藤直樹氏ととあるライブハウスでばったり再会してお話したのですが、彼の友人である片山恭一セカチュウも、アキの生と死を巡った徹底した「ぼく」の自分探しの物語であり、純愛小説ではないと力説していました。新聞に書評も書いたそうです。そう言えば、村上龍の「13歳のハローワーク」も見方を変えれば「自分探しマニュアル」以外の何ものでもないですね。「自分探し」は今も変わらず「若者の永遠のテーマ」なのでしょうか。

 しかし、ごく最近になって気づいたのですが、「自分探し」と言うのはもはや若者の特権ではなくなっているようです。つまり、今や中高年こそが「自分探し」に躍起になっていると言えます。ちょっと考えればわかることで、今の中高年の若いころは景気がよく、とりあえず与えられた仕事をやっておれば、家族が生活でき、マイホームを建てることができる時代でした。そんな時代は、「自分=会社」、「自分=家族」であり、それに依存しておれば、とりあえず「自分」というものを失わずに済んだわけです。しかし、今はどうでしょう。長引く不況で、会社からはリストラされ、家族からも見放され、行き場所が完全になくなってしまい、最悪の場合、自殺を選択する人も少なくありません。最近私は「滝」に凝っていますが、まさしく、「滝打ちツアー」なんてのを旅行会社が企画し、中高年を中心に利用客も多い等です。様々な要因で自分を見失った中高年が、自己を見つめなおすために参加されるようです。

 そこで、私は思うのですが、現在の勝組みとはまさに「自分を見つけた」人のことをさすのではないでしょうか。自分を定義付けしてくれるのは、会社でも家族でもなく自分自身なのだという当たり前のことが出来ずに、世に彷徨している人は、全てにおいて負けているような気がします。

 話は変わりますが、昨日、「春日まちづくり塾」の打上げで、そこの塾長をされていた人と話たのですが、彼女は約7年前、当時の日本では全くマイナーであった、「住民参加のまちづくり」や「ワークショップ」の大切さに目をつけ、当時勤めていたコンサルタント会社を退職し、自分でやっていく決意をしたそうです。多くの人から「食っていけないよ」との助言を得ていたそうですが、何の迷いもなく突き進み、今となっては住民参加やワークショップの分野で、彼女は九州で第一人者となっています。「何かするのに相談しているうちはするべきじゃないのよ」と言っていましたが、正にその通りと思います。おそらく彼女は当時、自分の使命というものを直感的に感じ、まさしく「自分を見つけた」結果によって行動にでたのであると思います。

 もう一つ話をしますが、私が学生の頃に読んだ本にドイツの社会学者であるマックス・ウェーバーが書いた「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本があります。内容を乱暴に言うと、「禁欲的なプロテスタントが欲にまみれた資本主義を生み出したのはなぜか」という逆説的命題に始まり、それは「当時のプロテスタントは信仰にのみではなく、自分に与えられた職責を全うすることによってのみ救済が得られる(予定説)」と信じていた、そして「職責を全うすることこそが資本主義の発展」と同意であるからというのです。

 この話を現代流、私流に言い換えると、「人生勝組みになる(=資本主義の発展)」には、「今置かれた状況をありのままにとらえる(=職責を全うする)」ことであり、それはすなわち「自らの置かれた立場に感謝する(=禁欲的なプロテスタント)」ことである。すなわち、「人生に勝つには全てのことにおいて感謝すること」なのだと考えているのです。

 ここで私の持論になるのです。やはり楽しく生きていくには、自分に降りかかってきた全てのことに感謝し、ツイてると言うことが大切なのです。目の前では良くないことであってもマクロで見れば将来必ずそれがプラスに生きてきます。

 「自分探し」の話に戻ると、「自分」というものを最も効果的に見つけるには、置かれた自分を肯定する、感謝することだと思います。中高年の多くはかつての景気の良い時代が頭にあるため、そうでない今の時代、今の自分を否定、不平に思い、それが「世の彷徨」をもたらすのではないでしょうか。

 つまり、不平・不満を思っていると、本来与えられるはずの「使命」に気づかない、逆に物事に感謝して生きていると、全てがうまく流れの上にのり、自分の「使命」に早く到達するのだと思います。

 では私の使命とは何か。最初に言ったように、具体的にはわかりません。しかし、それに近づいているという実感だけはあります。なぜなら、自分が漠然に思い描いていたことが、その数日後には具体的な形となって現れるのがず~と続いているからです(例えば、滝、スピリチュアルな友人、突然のお金、予定が一切ブッキングしないこと、何かする時には必ず晴れ、など)。

 まさしく、私は未来に与えられるはずの使命に真っ直ぐに向かっているという実感があります。おそらくそこに到達した時は「本当に迷わない」で行動に出ると思います。それが一年、いや半年以内に訪れるような気がしてなりません。

 そんな話を、上司と同僚にたまたま今日という同じ日にしてしまいました。結構、熱い話してますね。

(今日は写真はありません)
by katamich | 2004-08-26 22:46 | ■人生哲学
 昨日はかなり遅くまで仕事しちゃいました。家の近所の役場に企画書を提出するのでそのまま徹夜ででも仕上げて直行しようかと考えていたのですが、最後の製本作業の前で力尽きて家に帰ってしまいました。ちょっと寝て、再び会社。製本をみんなに手伝ってもらって、また家に向かって役場に提出。すっきりしました。

 そして、会社を出たのは定時の5時。今きているインターンの学生さんよりも早い帰宅です。今日は、前に参加していた「春日まちづくり塾」のスタッフ打上げに無理矢理混じりに行きました。

 7時に春日原商店街の店に集合。ちらほらと10人ほど集まりました。非常に面白かったです。前半、みんなが集まるまで、一人が言い出しっぺで次のような質問会をしました。その内容を書きたいと思います。

 一つ目は、「能力、費用など条件を一切無視したとして、なりたい職業は?」です。条件一切無視なので、「スマップになりたい」なんてのもありです。
 言い出しっぺのK氏はギターと歌が好きなので「歌手」、それも吉田拓郎系で若者のバラエティ番組にもでれるマルチなタレントと。日頃から思っているのでしょうね。
 女性K氏は「雑誌の編集者」。かなり現実的です。NPOでも立ち上げて自分でやればできるじゃん、と言うとへこんでしまいました。
 女性O氏は「料理のレシピを書いたりする人」。これも現実的です。O氏の才能なら全然不可能ではなさそうです。
 私は「占い師」。これは即答でした。最近の私の言動から見ると、ありきたりな気がします。「細木数子」のように上からもの言って儲かりそうっていうのもあります。時々、会社の帰りに「天神の母」を見かけますが、いつも行列です。ちなみに、前に大橋の占い師に思いっきりからんだことがあります。揚げ足ばかりとってやりました。

 二つ目の質問は、「タイムマシンがあればいつに行きたい?」です。
 言い出しっぺK氏は「幕末」。男なら憧れますね。他の人は、「大学生の時」なんて小さいこと言う人もいます。そういうのなら、「あの日あの時」に戻って、「彼女にこう言い直したい」、何てのもありますよね。その時、にわかにセピア色な話に熱くなりました。
 ちなみに私は「18世紀のヨーロッパ」です。モーツアルトの即興演奏を聴きたいからです。そして出来れば、モーツアルトを誘拐して50年代のアメリカに連れて行って、ジャズをたっぷり聴かせてから、元に戻してやりたいです。もしもそれが出来れば、今の音楽地図は全く変わっているでしょうね。想像するのは楽しいですね。

 三つ目の質問は、「条件度外視で映画が作れるのならどんな映画を作るか?」です。
 言い出しっぺのK氏は「自分の青春グラフティ」を豪華キャストでやりたいとのこと。なかなかナルシストですね。
 私は、その時は思いつかなかったのですが、さっきのタイムマシンの話に関連してこうです。モーツアルトをまさに現代につれてきて、そこで「現代モーツアルトの珍道中」なんてのを作ってみたいです。泣きや笑いや感動を織り交ぜ、最後にはミシェル・ペトルチアーニとの2台のピアノで即興セッションをします。30分間バトルを繰り広げ、2人同時に鍵盤に手をかけたまま絶命するのです。ペトルチアーニでなく、チャーリー・パーカーでもいいです。エリック・ドルフィでもいいです(そう言えば彼等はみんな35~6歳で死んでいるんですよね)。それを、考えられないような超豪華キャストでやりたいですね。

 そんなとこ。こういう質問系の飲みもいいものですね。今度どっかでまたやってみたいと思います。

(写真は好きですトシちゃん)

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by katamich | 2004-08-25 23:26 | ■人生哲学
 今日は久々の委員会の仕事です。私が一人で担当している子育て支援計画の仕事です。本当なら、私一人で委員会対応するところ、今日は立派な助っ人が登場しました。

 昨日から、わが社にインターン生として研修に来ている学生さんです。福岡市内某大学の3回生です。年齢を聞くと、なんと20歳!。私と10も違います。最近、そのような人種が増えて複雑な心境です。

 近年は日本全体が就職難に見舞われており、それは将来ある学生にも及んでいます。また、かつてのような終身雇用制も崩壊が進んでおり、アメリカのように離職率が上昇していると聞きます。要因はいくつかあるのでしょうが、直接的には「仕事が自分とあわない」といっていわゆる「職業のミスマッチ」もその原因であると聞きます。その意味で、インターンシップ制度は学生の頃から職業体験を実施で学び、自らの適正を図る手がかりとなる上で、良い制度だと思われます。私が学生の頃はなかった制度です。

 そう言えば、2ヶ月前、母校に「職業についての講和(6月4日の日記を参照)」をしに行きましたが、大学の側も学生の就職支援に本格的にてこ入れしているのが現状です。

 さて、当インターンシップ生の2日目の職業研修ですが、冒頭に書いたように、子育て支援計画の委員会にいきなり出席することなりました。役所の担当にはその旨を話してはいるのですが、市内からこられる委員の皆さんの前では「社員」という顔をしなければなりません。その意味で、非常にリアルな職業体験ができたのではないかと思います。社員として自己紹介をする場面もありましたし。

 しかし問題は同行する相手が私であったという点です。私が本格的に社会人になったのは28歳からで、それまで遊びで勉強をしたり、放浪をしたり、暗黒生活を送ったりといろいろ紆余曲折してきました。正直、私はツイてるので28歳からでも社会人になれましたが、多くの場合、20代後半まで遊んでいると、手に職を身につけたなど特殊な場合を除いては、社会から「ドロップアウト」の烙印を押されることになります。そんなバックパッカーをたくさん見てきましたし。

 ですので、「こんな奴もいるんや」と軽く流す程度で、くれぐれも影響を受けないことを祈るばかりです。しかしながら、一日同行する中で、早くもスピリチュアルな洗礼を授けてしまいました。悪気はないのですが、運命としか言いようがありません。そもそも、仕事として私が教えられることなど雀の涙なので、それ以外の面で何かよいインスピレーションを得て帰ってくれれば嬉しい限りです。仕事のことは他の社員がしっかり教えることでしょうし。

 その一方、「ジブン、彼氏いるの?」なんてセクハラ的発言をしたりで、別の側面での職業研修までしてしまいました。ごめんなさいね(謝)。

(写真はドロップアウトの人)

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by katamich | 2004-08-24 20:11 | ■日一日
 今日は一日、客先の役場にいました。疲れました。

 どうでもいいことですが、最近、「はら」が出てきました。もはや「最近」ではないのでしょうが。実はスーツのズボンがちょっときつい今日この頃です。

 人は何故よけいに食べるのでしょうか。ライオンだってお腹いっぱいになれば食べなくなるのに。人もお腹がいっぱいになれば、基本的には食べないのだけど、そこにアイスクリームなんてのが来ると、「別腹」なんて言いながら余計なカロリーを摂取してしまうもの。さんざん飲んだ後の「ラーメン」も同じこと。

 自分の考えでしかないのですが、おそらく人は動物の中でもっとも「味覚」が優れているからではないでしょうか。聴覚や触覚、嗅覚は一般的に動物の方が優れているのだけど、人間は視覚と味覚が非常に優れた生き物です。

 動物の二大欲求と言われている「食欲」と「性欲」は、それぞれ「固の保存」と「種の保存」に対応しているのだけど、それらをつかさどるのが人間の場合「味覚」と「視覚」になります。

 岸田秀的に言えば、味覚と視覚が本来の本能を持っていれば、それらの機能発達による「過剰摂取」はないのだろうけど、如何せん、人間は本能を失った動物であるので、最適レベルに達しているのに「別腹」とか「別珍」とか言って、過剰に食べたりセックスしたりしちゃうのです。考えてみると、欲望というものはほとんどの場合、「見ること」と「味わうこと」に対する欲望であると思います。

 そこで、精神修業というのは、つまるところ「視覚」と「味覚」に本来持つ「本能」を呼び起こすために行われるのではないかと思います。

 いわゆる六感(視、聴、味、嗅、触、気)の中で非本能的なものから並べると、「視覚」、「味覚」>「聴覚」、「嗅覚」、「触覚」>「気(感覚)」となるのでしょうが、左2つ+中3つを、究極、「気」のレベルと同等にすることが、精神修業の目的であると思います。

 ですので、瞑想の時は、目や口を瞑ることで左2つの能力を封じ込めて、気を高めようとするのです。そう言えば、目と口は自ら瞑って見えず、味わえずの状態に出来るけど、花や耳や肌は手や衣類等で被わないとその能力を封じ込めることは出来ません。気(感覚)ともなると、どうやっても封じ込めることはできません。ですので、上にあげた六感というものは、右にいくほど完成されたものなのかもしれません。

 何の話をしようとしていたのか忘れました。そうそう、腹が出てきたという話をするつもりが、変な方向に展開してしまいました。

 「粗食」と「禁欲」が僧侶など修業の基礎であることは、いいかえると「味覚」と「視覚」に対する挑戦なのかもしれません。私は今後、滝に打たれるのを続けるつもりですが、そのうち、プチ断食やプチ禁欲をしてみたいと思います。美川健一など芸能人が年に3日は断食をしていると聞いたことありますが、そうすることで、体の余計なものを排出できると同時に、免疫力が高まるそうなのです。やってみたいのですが、3日は辛そうだな~。半日でももたないのに。。。

 それにしても、「はら」の話しようと思って書き始めたのに、自分でも驚きの「気づき」がここにあるです。

(写真ははら)

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by katamich | 2004-08-23 22:11 | ■精神世界
 最近、朝晩が涼しくなってきましたね。過ごしやすくなるのはいいのですが、ちょっと寂しくもあります。しかし、今年の夏は9月に残されています。例年は盆明けのちょうど今ごろに修業の旅に行っていたのですが、今年は9月です。楽しみにしておきましょう。

 今日は8時に起きて福岡市の隣のある町に行ってきました。実はうちの会社の所長は今年の春に管理職から顧問に身を引き、秋には完全に退職することになっているのですが、実はその所長、ある町の町長選に出馬することになったのです。今日はその事務所開きに手伝いに行ってきました。

 その所長には本当にお世話になったものです。私が今の仕事をしているのも所長のおかげです。しかし、会社ではよく反抗したものです。企画書や報告書の内容についてが多かったと思います。頑固に言ったことを押し付けるので、私もむきになって言い返すのですが、所長側に分が悪くなると「俺とお前とではこげん差がある。話が噛み合わん。」とか大げさなゼスチャーでもって理不尽なことを言ってきます。そう言われると「ああ、そうですか!」と言って引き上げ、所長が帰った後、事務所でボロクソ言って周囲を笑わせることがよくありました。

 しかし、時々思うのですが、所長は私がむきになってそれをパワーにかえることを知ってて、わざと理不尽なことを言っていたのではないかと。確かに、言われるとそれだけ「くそ~」と思って勉強します。すると、企画書なんかはいいものが仕上がります。所長はそこまで複雑ではないと周りは言いますが、どっちにせよ言われることで成長していたのは事実です。

 しかし、言われて成長できるのは、おそらく信頼と尊敬があるからだと思います。それがない人に言われても、腹立って終わりだと思いますし。私と所長の関係というのは、ドリフで言う志村といかりやの関係のように思います。信頼があるからこそ言い合ってもやっていけるのだと。それは友人、夫婦、恋人など人間関係全般に言えるのではないでしょうか。

 その所長も秋には町長選です。私としては寂しくもあるのですが、やるからには勝ってもらう以外にありません。立派な所信表明を聞いてきました。

話は変わりますが、今日、CDを3枚買いましたので、簡単に紹介します。

ブラッド・メルドー「アート・オブ・ザ・トリオ Vol.4」
最近、ちょっとはまりつつあるピアニストです。新スタイルだと言われていますが、きちんと伝統に則った素晴らしいプレイを繰り広げます。ピアノ自体もの凄く上手です。

○ゲイリー・ベルサーチ「冬のソナタ」
やばい企画ものと思いきや、きちんとしたジャズでした。「はじめて」という曲は美しいですね。ジャズでも美しいです。

荒井ABO誠「ディジュリドゥ・マジック」
ディジュリドゥ奏者ABOとジャズマンとのコラボです。まだあまり聴いてませんがよさそうです。ジャズには聴こえませんが。

(写真は大将)

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by katamich | 2004-08-22 23:21 | ■日一日
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