宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

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ホームページ開設から一ヶ月経ちました。
この日記もとりあえず一月は続いたと言うことです。

さて、梅雨入りして一週間が始まりました。
今日はいろいろありましたので3部作で書きたいと思います。

普通の日は自転車で通勤しているのですが、雨の日はバスになります。
バスだとバス代がかかるのですが、本が読めるというメリットもあります。
今日読んだ本は、本田健「幸せな小金持ちへの8つのステップ」という本です。
本田氏については船井幸雄さんの著作やHPなどで知っており、この本についても知ってはいました。
これは本というよりは冊子で、80頁程度のすぐ読める本です。
実はこれは本田氏が無料で配布している非売品であり、これを手にするには「縁」が必要という珍しいものです。
先週の金曜日、突然友人から頂いたときはちょっと驚きました。
ちょっと気になっていた冊子が現実に手元に届くとはツイてるとしか言いようがありません。

本の内容はあえて言いませんが、非常に気持ちよく勉強させられる本です。縁があれば手元に届くことでしょう。。。


今日の2つ目は先日お話していたO市の企画書の結果についてです。
さて、結果ですが今回も「落選」でした。極めて僅差で次点でした。

当選したところは九州最大のリサーチ会社(K財団)で相手にとって不足はないのですが悔しいものです。
敗因としてはいろいろあるのでしょうが、客先が言うには、企画の面白さや積極性はうちが勝っており上層の評価は高かったものの、担当者レベルで「無難な方」という選択でK財団に決まったとか。
せっかく面白い仕事しようと思っていたのに残念な話です。まあ、これも勉強です。


今日の3つ目に移ります。
私はいくつかのメルマガをとっています。いつもは流し読み程度で面白そうな文章だけ熟読しメモをとっています。
しかし今日はあるメルマガで、内容はそうでもないのだけど、何となくURLをクリックしたらBBSが目に飛んできてそれも勢いでクリックすると、コンサートのお知らせに行き着きました。

それは「TOSHI小島」というディジュリドゥ奏者のコンサートで、なんと本日7時から、ある商店街内小劇場での催しだったです。
私は最近ホーミーやディジュリドゥなどの倍音楽器にすごくはまっており、常々生で聴きたいと思っていたところだったので、とてもツイてると思いました。
早速予約のメールを入れました。

さて開演。会場は狭いゴザ引きの床で非常にいい雰囲気。お客も数えるところ20人程度。

第一部は歌とトーク。狭い会場だけにお互いが近く、奥深い魅力あるトーンにすぐに惹かれました。
「感謝」をテーマにした自作の歌で、今の私の心境にすごく共鳴しました。

そして第二部が圧巻でした。
クーラーや電気を消し、音と光を最小限にした中で始まりました。
40分ほど休憩なしでそれは行われました。
ディジュリドゥをはじめ、縄文笛、ネイティブアメリカンフルート、鈴、鐘など原始的な楽器群による演奏でした。

コンサートと言うと通常はイスに座るか立って聴くことが多いのですが、大地に寝転ぶようにゴザの上で横になって聴くことを勧められ、私もあお向けになって聴くことにしました。

幾多の楽器を鳴らした後、中盤になりディジュリドゥの登場です。
見ると突然立ち上がり吹きながら歩き始めました。するとなんと、お客の一人ひとりに歩み寄り、それぞれの耳元でディジュリドゥを鳴らし始めたではありませんか。
ディジュリドゥはご存知のように、アボリジニの伝統楽器で、その歴史は5万年前にさかのぼる言われています。
その5万年前の音が、今、耳元で鳴り響くのです。大地のエネルギーを感じました。

その後、すごかったのが、クリスタルボウルという楽器です。
これは文字通りクリスタルでできているお椀のようなもので、何かでこすって音を出す仕組みです。
それはこすっているうちに徐々に音が大きくなり、「ワオンワオン」という共鳴音が部屋いっぱいに鳴り響くのです。
その音が段々頭の中で響き始め、なんとマリファナを吸ったようなトランス状態に入ってしまったではないですか!

正直、至福のひと時でした。

またしても追いかける音楽が増えてしまいました。
そろそろ本格的に民族音楽にはまる時がきたのかもしれません。
それと同時に、今日はいつも以上にツイてる一日でした。

最後に。今日は大好きな「あいのり」がテレビでありました。
今日のはいつも以上に爆笑で、気分のよい一日がとても美しく幕を閉じました。
本当に今日はいい日でした。
by katamich | 2004-05-31 00:31 | ■音楽
梅雨入りしたようです。来週の天気予報を見ると、雨マーク一色です。
うっとうしい季節がやってきました。と、例年なら思うところです。
しかし今年は前向きに生きているので、梅雨に感謝しながら生活したいと思います。
思えば梅雨がなければ、安定した水の供給もなければ、米や野菜も美味しく食べることができません。当然のことですが。
通勤の時など雨が降っていたら、ブルーになるものですが、今年は「水と米をありがとう」と天に向かって言うことにしたいと思います。

今日は吹奏楽の練習日でした。
午前中から演奏会の会議でしたので、充実した一日を過ごすことができました。
よく考えると、中学で楽器をはじめてからもうすぐ20年になるのです。
所々ブランクはありましたが、よくぞ続けているものです。
これまで楽器のおかげでいろんな人との出会いや、貴重な経験をすることができました。
改めて考えるととてもジーンとくるものです。今でも音楽がやれて幸せです。

練習後は夕食の後、蛍を見に行きました。しかし、途中で雨が降ってきたため、乱舞する蛍を見ることはできませんでした。
しかし、久々に蛍のいる自然の空気を吸うことができましたので、まあ、良かれです。
蛍はまた見ることができるでしょう。

そして家に帰ってラジオをつけると、大好きな辛島文雄さんが出ていました。
一時間を彼のピアノライブを楽しむことができました。
蛍には少ししか会えなかったけど、辛島さんのピアノに会えたので今日はラッキーな一日になりました。
by katamich | 2004-05-30 00:30 | ■日一日
近頃、朝早いことが多かったのですが、今日は土曜日でゆっくりできました。
そしてちょっと髪が伸びていたので、散髪に行くことにしました。
実は先週、ツレと少しケンカ状態になったのは、私があまりに髪を切らないことが原因となっていたのです。
実にくだらない理由です(笑)。

私はここ数年、髪を切るといえばカットのみ1,000円の量産型の床屋で、いわゆる美容室やヘヤーサロンといった類には無縁の状態です。
今日ももちろんそれで、20分とかからずに終わりました。シャンプーも顔剃りもしないのでこんなもんでしょう。

髪を切りに行くのは面倒くさいものですが、切りに行くとしばらくは非常にすっきりとした生活が送れます。

確か中学の時だったか、先生からこんな話を聞いたことがあります。
「1日幸せでいたいなら床屋に行け、1年(3年?)幸せでいたいなら結婚しろ、10年幸せでいたいなら家を建てろ」と。
何の話でこの言葉が出てきたのか忘れましたが、当時、何となく説得力を感じてここだけ覚えていたのです。
しかしこれは非常に乱暴な言い方ですね。立派な先生が言っていたので「ははあ」と思っていましたが、この理論でいくと散髪の翌日は幸せでなく、結婚した1年後(3年後)は幸せでなく、家を建てた10年後は幸せでなくなります。
先生なら、何かに頼らずとも一生幸せでいる方法を教えるべきです、と今なら屁理屈を言うところでしょう。

と、こんなことを言いたいのではありません。
既に言ったように私は床屋というと毎回カットのみ1,000円です。
通常の床屋では3,000円はするので、「髪を切る」という目的に特化すれば「カットのみ1,000円」は非常にお得感があります。
しかし、3,000円の床屋にはそれなりの価値もあるでしょう。
おそらくその差額2,000円分には「ケア(配慮、関心、気配り)」があると思われます。
私も昔、3,000円の床屋に行ったときは、それなりの至れり尽せり感を味わったものです。

ではカットのみ1,000円では「ケア」を味わうことはできないのでしょうか。
いや、それはこちら側の心の持ち方によると思います。
そこで、カットのみ1,000円でも癒された気持ちになって床屋を後にする秘訣がわかりましたので、それを今日は伝えたいと思います。

それは切り終った後に、相手の目を見て「ありがとう」と言うことです。
今日は何となく口を出てしまったのですが、相手も普段はそのように礼を言われることが少ないのか、ビックリした表情のあと笑顔で見送られたのでした。

何となく気持ちがよくなりました。終わりよければその過程もよく感じるものです。これがケアというものなのでしょう。
by katamich | 2004-05-29 00:29 | ■日一日
今日は5時に目が覚めました。
温かくなると目が覚めるのも早いものです。逆に冬はいつまででも布団の中にいられます。
熊や蛙が冬眠するように、人間も冬になると動きたくなくなるものです。
人間も動物だということですね。

さて、今日はプレゼンですので、7時に事務所に集合し9時からスタートしました。
30分間しゃべって30分間質疑応答でしたが、割合、まともな質問ばかりで、私が力を入れた「高校生の計画策定への参加方法」については質問がありませんでした。
さて、結果はどうなることでしょう。前回のように「とれる」言うのはやめておきます(笑)。

今日の日記はちょっと手抜きですが、こんなのところで。
by katamich | 2004-05-28 00:29 | ■日一日
今日は7時に家を出ました。
偉い先生を自宅まで迎えに行き、北九州方面のある町に向かいました。
そこで今日は一日会議でした。
どちらかと言うとイライラ系の仕事なのですが、ポジティブに臨むことにしました。

その偉い先生の話を少し。
その先生(Y先生)は、以前、私が担当していた仕事でもお世話なりました。
いわゆる偉い先生にはどちらかと言うと辟易させられることが多いのですが、その先生は全くの例外です。

Y先生は女性で歳は70歳に手が届く年齢。。。
普通は「ばばあ」と言われる年齢かもしれませんが(失礼!)、その先生に限っては全くそのような雰囲気はなく、見た目にも非常に若々しい方です。
実は知る人ぞ知る元アナドル(女子アナウンサーアイドル)の母親でもあります。

私は割合気に入られているようで、前にはジェーン・バーキンのチケットをもらったり(一緒に行く予定だった隣の人は某○○党の党首の奥方)、ジャズのポスターをもらったり、仕事で家に行ったのにお茶飲んで雑談しただけだったり、仕事が終わった後、某井上ひさしの元奥方と3人での会食に誘われたりなど、いろいろお世話になっているものでした。

とにかくY先生はオーラが違うのです。
会社に来た時なんかは、むさくるしい事務所に足を踏み入れた瞬間、空気がガラッと変わるのです。姿を見てもいないのに、空気がバラ色になるのです。

すごい人だなあ、と常々思っていたのですが、今日、さらに新たなことを知りました。
実はなんと40年以上も前、旦那さんと世界一周をしていたのです。
日本がまだ外貨発行制限があり、ドルも360円の時代です。ほとんどの国にビザが必要で、それもツーリストビザが発給され難い時代だったそうです。世の中はもちろん西と東に分かれており、北朝鮮が理想の国家と信じられていた時代です。
その時代に世界一周、そして何と「インド」まで行っていたのです。
当時のインドはほとんど日本人がおらず、カーストの影響もバリバリで、街中いたるところにハンセン氏病患者がぶっ倒れている時代でした。

私もたいがいいろんな国に行っているのですが、どうあがいても当時の世界を歩くことはできません。当時は情報もなく、見るもの全てが今以上に新鮮で衝撃だったはずです。Y先生は旅の大先輩でもあったのです。どうりで波動が合うはずです。

今日のテーマに移ります。
昨日、「中間がない」という話をしました。中間がない生き方を反省しながらも、半ば開き直って、さらに自身まで持っている自分の話でした。

そして今日の話。今日の会議はいろんな人が来るのですが、その中にミツビシ関係の会社のお偉いさんがいました。その人がこんな話をしていました。

「極端なものにビジネスチャンスがあります。極端に小さかったり大きかったり、極端に早かったり遅かったり。そこにビジネスチャンスがあり、中くらいからは何も生み出されません」と。

昨日、あんな話を書いたばかりで、今日、このような話が聞けるとは嬉しくも驚きでした。
私はまさに極端な人間です。よく言われます。しかしこれでいいことが分かりました。自信が出ました。

明日からも極端に生活していきたいと思います。
とりあえず、明日は例の「大牟田市」のプレゼンテーションです。
極端に臨みたいと思います。
by katamich | 2004-05-27 00:25 | ■日一日
今日は東京に転勤する同僚の送別会がありました。
私は車なので飲まなかったのですが、全体的にほんわかしたいい送別会だったと思います。
お酒は好きなので飲まずにいられるかと少し心配でしたが意外といけるものです。
飲めるときはいつも壊れてしまし、人に迷惑をかけるのですが、今日は落ち着いて会に参加することができました。
まあ、壊れた方が周りは面白がるのですが。。。

それでふと考えたのですが、私は生き方にどうも中間がないように思います。
今日のように本当に大人しくしているときもあれば、壊れて店から追い出されたこともあります。
それは単に飲んでいる飲んでいないの話ではありません。
例えば、会社を出る時間にしても、皆が帰る8時前後に帰ることはあまりなく、5時に突然帰るか、12時まで残業するかのどちらかです。
トータルの就業時間は他とあまり変わらないのですが、帰る時間がたまたま違っているだけで、なぜか目だってしまうのです。
そんな話は例をあげるといくらでも思いつきます。

世の中をうまく渡るには「中庸」がいいと言われます。
特に社会人になってから、周りのペースにあわせた方がよく思われるということは学びました。
しかしどうも「中間がない」生き方をしてしまうのです。
これはわざとやっているわけではないので、直そうと思っても直らないものです。

でも最近はそういう生き方も社会全体にとって必要なのではないかとも思っています。
経済が右肩上がりの時は、何もしなくても自然と世の中が発展し、給料も上がるという構図でしたが、今はそんなことは決してありません。
今は皆が「デフレ」という船に乗っているので、逆らわずにいたらどんどん下流に向かってしまいます。
その中で皆と違うオールのこぎ方をする人間は必要です。一時は停滞しながらもそこから突然斬新なこぎ方を開発することもありえるのです。

今さら弁証法の話を展開したいわけではないのですが、私はいつまでも社会に対する軽いアンチテーゼでいたいと考えています。
by katamich | 2004-05-26 00:24 | ■日一日
昨日提出した企画書が選考に残りました。
役所の担当者が電話でいわく、「優秀な成績で選ばれました」とのこと。
皆さんにも同じことを言ってるのでしょうが(笑)。
次は最終選考会のプレゼンテーションです。張り切っていこう!!

ところで、昔は「残る」っていう言葉は「残り物」とか「居残り」とかに結びついてイメージ悪かったですが、今は結構ポジティブに響くものです。
今回の「残った」は選考に選ばれたという意味なので当然良いことですが、「残り物には福がある」という格言もある通り、わりあい良い意味なのかもしれません。
例えば「勝ち残り」とは言うけど「負け残り」とは言わないし、「残高」はあっても「残低」はないように、「残」がつく言葉は意外と良い言葉が多いですしね。

それから、「残りわずか」なんて言われると、皆すぐにその「わずか」に飛びつきますよね。
本能的に「残り」は良いものだという証拠なのです。

その意味でいうと、適齢期を過ぎても独身でいる男女なんてものすごくイケてるのかもしれません。そんな人を探して結婚するのが実はいのかも。それか、若いうちにさっさと結婚するよりも、一度は「残って」から結婚する方がよいのでしょうか。

あと「残念」は「念=思い」が残っている⇒「後悔」、という意味で悪くなってしまうけど、「残運」とか「残福」とか「残幸」とかに日本語を変えてしまえば、「運が残る」、「福が残る」、「幸せが残る」の意味に転化して、いわゆる残念な事態が花開いてよくなる気がするんですが。
それよりもいいのは、「念=思い」を自分の中で「運」、「福」、「幸」の意味にしてしまえば、何があっても怖くなくなります。自分の「思い」は全てツイてて、幸福なのです。すなわちポジティブ・シンキングですね。

まとまりのない日記になってしまいましたが、今日はこの辺で。
by katamich | 2004-05-25 00:23 | ■まちづくり
今日からまた楽しい一週間が始まりました。
今日は取り組んでいた企画書の提出の日でした。

提出が終わったので、今日はそのことをテーマとします。

企画書の内容は「総合計画の策定についての提案」というものです。
総合計画とは地方自治法で策定が義務付けられている自治体の10年間のまちづくりの方針となるものです。総合計画の内容は自治体の将来像(キャッチフレーズ)を定め、その下に、都市基盤、福祉、環境、教育、行財政など自治体の施策・計画を総ざらいします。そして10年間はその計画にもとづいて具体的な事業が行われるわけです。

ですので、企画書では当該市の問題と課題を理解し、そのための解決方策を提案する必要があります。
一方、求められていた企画の中に「高校生の計画策定への参加方法」というのもありました。
これは10年後には立派な社会人となっている高校生を、計画策定の過程に参加させる、そのための方法のことです。

ぶっちゃけて言うと、市の抱える問題と課題、その解決方法なんてのは、書くことがある程度決まっていて、あまり他社と差がつかないものです。
さらに、我々が十日やそこらで調べたこと、考えたことなんてのは、その市の住民や職員にとっては当たり前のことである可能性が強いのです。
ですので、せいぜい「我々はこんなことまで知っていますよ」と言うことをアピールするのが関の山です。

そうなると、どこで他社と差がつくかといえば、今回に関してはまさに「高校生の計画策定への参加方法」ぐらいしかないのではと思いました。
そこで私が提案したのが、先日、春日市のワークショップで提案した「笑いのまちづくり」をモチーフにしたものです。
ねらいはとしては、とかく流出の進む若者に少しでも市に関心や愛着を持ってもらい、学校卒業後も市に残って生活及び市政に参加するきっかけができればと思ってのことです。

しかし、関心や愛着を持ってもらうには、当然、計画策定のやり方が面白くなくてはなりません。
そこで私は以下のようなことを企画書に書きました。
1.○○市ツッコミまち歩き
2.○○市川柳コンクール
です。

ツッコミまち歩きとは、街中の店の看板、放置された張り紙、案内サイン、意味不明のオブジェ、名物おじさんなど、面白いもの、ツッコミたくなるものを探して歩くものです。
昨年流行った「はなわ」の「佐賀県」なんかと目のつけどころは同じです。
集まったツッコミ所はマップに落として、さらに市の広報やホームページで公開し、「まちの笑い」を市民全員で共有していきます。

次に川柳コンクールとは、そのままで、市についての皮肉や愛を川柳に託して表現してもらうのです。
それは高校生に限らず募集をかけて優れたものを表彰していきます。

そういったことが単発では終わらず、何かしら総合計画や今後のまちづくりに生かすことができれば、この試みは成功です。さてどうなることでしょう。先ずは企画書が通るかどうかです。

最後に、せっかく川柳コンクールなんてのを提案したのですから、私も言いっぱなしで済まさず、例として10首ばかり考えてみました。これも「当社例」ということで、企画書の端っこに残しております。

これはもちろんふざけたわけではなく、私なりの市に対するプレゼントのつもりで「念」をこめて作りました。
まちのイメージが分からなければ面白くないでしょうが、以下にそれを紹介します。

あ、ちなみに企画書の提出先は、福岡県大牟田市と言います。

①炭鉱節、発祥争い、田川に軍配
②ここにしか、りんご牛乳、売ってない
③手土産に、むつごろう焼、ためらって
④古賀先生、道路よりさあ、仕事くれ
⑤東京で、大牟田ラーメン、見て涙
⑥むつごろう、ほんとにいいのか、その名前
⑦ねえみんな、正月だけでも、カルタしよ
⑧ユメタウン、パペマメ来たけど、客おらず
⑨大牟田と、三池の違い、ど~でもいい
⑩大牟田が、九州のヘソなら、熊本は…
by katamich | 2004-05-24 00:22 | ■まちづくり
今日もいい天気でしたね。
実は昨日の晩、ツレと軽いケンカ状態になりました。
でも今朝には元通りになり、今日は夕方までデートでした。

そして夜は一人でジャズを聴きに行ってきました。
いつものニューコンボなんですが、今日のメンバーは小林陽一(ds)、椎名豊(p)、神田芳郎(b)という豪華な顔ぶれでした。
7時半開演の時間に行くとお客さんは私を入れて4人。

客の入りを待ってても仕方ないので、20分ほど遅れてスタートしました。
それにしても、こんな豪華な顔ぶれなのに4人とは寂しいものです。

ジャズのライブはクラシックと違って、演奏者とお客の掛け合いが何よりの醍醐味です。
演奏者がかっこいいフレーズやリズムを奏でた時など、お客さんが「いえ~」とか「ひゅ~」とか言ってあげると、演奏者は調子に乗りどんどんプレイがよくなっていきます。
プレイがよくなるとまたお客さんが「いえ~」とか「ひゅ~」とか言います。
するとまたプレイがよくなり、その循環によってライブの空間が盛り上がっていくのです。

ですから、お客さんはなるべく多い方が盛り上がります。
しかし今日は4人で、私以外の3人は女性。5千円もチャージ代を払っているからという訳ではないのですが、今日は周りを気にせず一人ででも勝手に盛り上がってやろうと決心してライブに臨みました(と言うよりいつも盛り上げるのですが)。

一番前、演奏者の2m手前に席をぶん取りました。
すると後ろが見えないのでいつものように「いえ~」が言いやすくなります。
それにしても今日のメンバーは皆、超一流なので演奏が悪かろうはずはありません。
ですので、私がどう盛り上がろうと最高水準の演奏をされるのだとも思いました。

ライブが終わりました。実にいいライブでした。
拍手をしながら余韻を楽しんでいると、いきなり、リーダーの小林さんが笑顔で私を指差してきたではないですか。
すると今度はピアノの椎名さん(先日亡くなったエルビン・ジョーンズのレギュラーピアニストをつとめていた世界的奏者)が、私に歩み寄ってきて「盛り上がってくれてありがとう」と握手を求めてきたのです。神田さん、小林さんも私に握手を求めてきました。どっちが主役だか分からない状態です。

嬉しいものです。私が一番前で一人、「いえ~」とか「や~」とか「ひゅ~」とか言っているのにきちんと反応してくれていたのです。

まさしく演奏中、私とメンバーは心を通い合わせていたのです。
言葉や想いの力は凄いものです。そう思うと胸がジーンとしてきました。

これからもいい言葉やいい想いを素直に表現して、いろんな人と心を通い合わせていきたいものです。
先ずは身近なツレや同僚、友達などに対して実行していきたいと思います。
そういったことが広がっていけば、戦争なんておこらないのに・・・とライブの帰りに思いました。
by katamich | 2004-05-23 00:21 | ■音楽
本日は北朝鮮のニュース一色の一日でした。
小泉首相と金総書記が会談するという歴史的な一日だったようですが、結果としては、必ずしも芳しいものではなかったようです。

思えば小泉さんも長いですよね。
短命で終わると思っていたのですが、これまでいろいろ叩かれながらも何となくやってきている。
実際のところ他に総理になり手がいないのかも知れないですね。

しかし、北朝鮮と言う国はいつまで国家として存続するのでしょうか。
私が大学生の10年程前、韓国の学生とよく交流していたのですが、向こうの学生は口々に今世紀中に朝鮮半島は統一すると言っていました。
金日成が死んだ時に一気に統一になだれ込むと思ったのですが、あれから10年経った今も存続しています。

一方で今日の会談に象徴されるように、日朝国交正常化に向けてもにわかに動き始める気配があります。小泉さん在任中に正常化が実現すれば、それこそ歴史に名を残す首相となることは間違いないです。

果たして北朝鮮との国交正常化が先か、国の消滅が先か、北朝鮮事情は全く混沌としていて読めません。朝鮮ジャーナリストの意見もそれが各々全く異なっていますし。
私には傍観するしかありませんが、目を離せない問題です。

一方で、南の韓国については、昨年から韓国ドラマがブームになり、これまで「近くて遠い国」と言われてきたのが名実共に「近い国」になろうとしています。
かつては禁じられていた日本文化の受け入れも、昨今、正式に解禁になりましたし。

先に述べたように私は10年ほど前、韓国の学生としょっちゅう交流していたのですが、彼らの日本に対する関心と言うのは、我々が韓国に向ける関心の何倍も大きかったように思います。
卑近な例をあげると、我々は韓国の俳優やアイドル、人気歌手など当時ほとんど知らなかったのが、韓国では日本の大衆文化が公式には禁じられていたにも関わらず、ものすごいブームでした。日本の歌謡曲なんかは、私よりも韓国の若者の方がよく知っていましたし。

それが最近は日本も韓国文化に興味を示すようになり、お互いの歩みよりが本格的に進んでいるように思います。
中でも「冬のソナタ」はブームの火付け役として大きく貢献したことでしょう。
私も今、はまっている一人です。

このドラマがブームになった理由として、「高度成長期以降、日本人が忘れていた純粋さがうけた」と、ジャーナリズムでは説明されます。
確かにそれもあるでしょうが、私はもう1つ理由があると思います。
それは出演している俳優が「ほんもの」であると言う点です。

最近の日本の俳優やアイドルは、気軽にスキャンダルに巻き込まれたり、勝手に妊娠したり、言動が子どもっぽかったりなど、どうも素人臭さが感じられて仕方ありません。

かつては、「石原裕次郎」、「松田勇作」、「夏目雅子」、「山口百恵」など真のカリスマと言えるスターがいたものです。マスコミも一般市民も彼らの悪口を言うことがタブー視されていたほどです。しかし今はどうでしょう。一時は本物と期待された「宮沢りえ」や「広末涼子」などもご承知のとおりです。

b0002156_021171.jpgそのようなスター不在の日本においては、誰もが文句をつけられない真のスターを、我々は韓国に求めたのかもしれません。
私も「冬ソナ」に出てくる、ぺ・ヨンジュンやチェ・ジウには正直惹かれています。

バブル経済を頂点に高度経済成長以降の日本人は、どこかおかしかったと思います。
それが、昨今は長引く不況の中、人間本来の優しい感情や思いやり、ひたむきな心、そして「ほんもの」に積極的に目を向けるようになってきたのではないでしょうか。
韓国ドラマのブームはそれを象徴する現象だと思われます。

日本は確実にまともな国に戻ろうとしていると感じています。
by katamich | 2004-05-22 00:19 | ■時事問題
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