宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

カテゴリ:■精神世界( 910 )

 今日の午前中、春日市の職員からメールが来ました。今年の前半に参加していた春日まちづくり塾で提案した「笑いのまちづくり」について、某国営放送局N○Kが取材したいとの旨。7月の発表後の活動についてなど。

 やばいっす。何の活動もしてません。でも、発表前にまち歩きをしてHPで公開していたので、その職員さんは気をきかせて私のHPをお知らせしたと。うん。これは活動再開のきっかけなのかも。とりあえず今月中に一回集まろうとメールしました。ミーティングのテーマは「ブレーンストーミングによる笑いの発掘・創造」です。言い換えると「雑談」。

 ここでちょっと話は変わります。こないだの土曜日に滝に打たれた時に聞いた話です。我々の滝の指導者(導師)は実は、天台宗に僧籍を持ち、何と世に聞く荒行である千日行の経験者だとか。これは前にテレビでも見たことあります。千日間毎日滝に打たれその間は「酒・肉・女」断ちは当然として、プラスアルファで7日間の断食をするのだと。さらに最後の3日はそれプラス、不眠・不臥・不座・不飲が加わるのだそうで。つまり飲まず食わずに眠らずに立ちっぱなしのまま、3時間おきに滝に打たれるだとか。

 そうなるとどうなるか。はっきりと「死」を意識して、細胞レベルで蘇生の力が働き、五感六感がびんびんに発達する。すると、2キロ先にいる人の枯葉を踏む音で、その人の性別などある程度のことがわかるのだと。さらに数メートル向こうで線香の灰が落ちる音まで聞こえるのだとか。霊的な発動もあり、普通の人が見えないものがはっきり見えるようになるのだと。

 これはちょっと超越してますね。もちろん導師は我々にここまでは求めていないようですが、ある程度の「行」は勧められます。その一つが「21日行」と言う奴で、21日間毎日滝に打たれその間、「酒・肉・女断ち」をするのです。これなら社会生活をしながらでも頑張れば可能です。

 行をするとどうなるのか。これはやってみないとわからないのですが、聞くところ考えるところでは、根性がつく以外に遺伝子や細胞レベルで眠っている能力が開くかもしれないとのこと。まあ、21日ぐらいじゃあ開かないだろうけど、それに近い状態は何となく意識できるのかも。(でも本来の目的は誰もが健康でピンピンコロリの人生を送ることです)

 何が言いたいのかというと、今日のテーマである「97%の可能性」が芽を出し始めるのです。ものの本では人間の能力というのは実は3%くらいしか働いておらず97%は眠っているそうです。一般に見る能力のある人というのは3%以外の97%の幾%かが開いている人のことを言うらしいです。

 つまり「行」というのはその97%の一部を開く行為なのかもしれません。そして最初の話に戻ります。「笑いのまちづくり」です。

 私がこのテーマを提案したのは、前にも言ったのですが、村上和雄氏の「生命のバカぢから」という本に触発されたからです。この本には「笑い」の効用がいろいろ書かれてあります。例えば「笑いと治癒力」という本を書いたある医師の例では、「ガン細胞を殺す」とか、B&Bの漫才を聞いた後では糖尿病患者の血糖値が下がるとか、免疫力を上げ美容・健康にものすごくプラスに作用するそうなのです。遺伝子研究の第一人者である村上氏によると、人間の遺伝子(潜在能力)とは3%くらいしか働いておらず(onになっておらず)、残りはoffの状態だとか。そして「笑い」は、offの遺伝子をonにする働きがあるそうなのです。

 「滝行」と「笑い」とが実は同じ原理と効用があることがわかります。そのことに改めて気が付いたのは、朝に春日市からメールをもらい、改めて上記の本を読み直してみたことによります。う~ん、またもや素晴らしい「気づき」。

 さらに付け加え。昨日の日記を思い出してください。「感動するには反復運動が必要」という話をしました。養老孟司さんが言ってるのですが、人の個性とは反復運動でのみ得られるのだと。松井やイチローがあれほどの個性を得たのは少年時代から人の何倍も素振りをした結果だからだと。これは先の97%の話にもつながります。つまり反復運動をひたすら繰り返すことで97%の潜在能力が開くのです。
  
 これは考えれば当たり前のことですよね。「何事も一生懸命やれば必ず報われる」と昔から言われてきたその通りのことです。言い換えると、「何事も反復運動をすれば必ず97%の潜在能力が開く」という意味になります。
 
 さて話がごちゃごちゃしてきたのでまとめましょう。

 人が健康に文化的に感謝と感動をもって生き生きと暮らし、かつ「できる人間」になるには、次の3つがポイントとなります。

①何事も体が覚えこむまで一生懸命する
②心から楽しく笑う
③自らの身体を極限状態に持っていく

 そうなんですよね。私がこの半年ほどいろいろ考えたり経験したりしているのは、この3つに行き着くためだったのかもしれません。97%の可能性を少しずつでも開いていく方法論に気づくためだったのかもしれません。

 とりあえずやってみたいと思います。①は音楽にせよ、お経にせよ、仕事にせよ覚えるまでやってみる。②はとにかく笑えることをする。そして腹から笑う。③は人それぞれですが、極限に近づいてみる。例えば毎朝5時に起きても良いし、5キロ走っても良いしやり方はいろいろあるでしょう。でも私は今の行き当たり上、「21日行」を敢行したいと思っています。時期は一番寒い2月。6日土曜日から25日金曜日で21日。そして26日土曜日に滝の仲間に祝福してもらい、27日日曜日は私の誕生日。名実共に新たな自分が生まれるのです。

 さあ、今日、新たな気づきを得られましたね。なんだかワクワクしてきましたよ。明日からまた頑張るぞ~!!

雑記部門で30位以内にランクイン→97%の能力を開きたい人はクリック!

(一番右のが私だよ~ん-笑いのまち歩き、JR春日駅にて)

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by katamich | 2004-12-07 00:37 | ■精神世界
ミクシィで面白い話を発見したので、ここに転載いたします。


【満月に貯金通帳?!】
 ある恩人のお母様からの情報で、「満月の夜に貯金通帳を広げ、満月に向けて見せるとお金が入ってくる。」という話を聞きました。なんでも、宇宙漂うお金のエネルギーが通帳に入ってくるんだそう。「まじっすか~?」って感じだったのですが、聞く所によると、「私も、母に言われて最初はどうかと思ったのだけれど、とにかく試しにやってみようと、友達と7人で始めたの。で、それが恐ろしい事に7人のうち2名に突然「遺産」がはいったのよ!」というのです。しかも、それぞれ本人達の親のではなく、本来関係ない親戚の遺産が、ひょっこり貰い受ける事になったと言うのです。ムムム。。「まぁ、とにかくだまされたと思ってやってみなよ。」と言われ、面白そうなのでやってみました。
 それが、びっくり!!  最初にやった翌日に、3万円入金があったのです。これは、すっかり忘れていた、友達に貸してあったお金だったので、偶然だなぁきっと。。。でもまぁ、ふ~んと思っていました。
で、翌月もやって見ました。っと!また翌日に、8万円の入金があったのです!ただ、これもいつでもよかった入金予定なのが、翌日に。。。ふ~~ん。
しかし、翌月は忘れてしまったのです。で、入金は無かったのです。
がっ!!!次の月にやってみたら、またまた翌月に入金が!!!!
ここまで来たら、皆に言わなければ!と思い、いろんな人に話てます。
細かい、事実関係や話の由来などは、後日調べてお伝えしますが、とにかくやって見てください!!次回の満月は11月27日です!

※結果や、この話知ってる人教えてくださいね!!

こんなサイトも見つけました。満月カレンダーが有ります。
http://www.moonsystem.to/
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元サイト

以上。

やってみよっと。。。
by katamich | 2004-11-20 13:04 | ■精神世界
 今年も残り一ヵ月半ですね。早いものです。今日からまた新しい一週間。今日の打ち合わせは長かったな~。。。寒くなるに連れてうちの仕事も本格的に忙しくなります。

 さて、オカルトシリーズ第三段。今日は、「連続命日霊視現象」について書きます。

 を見てもらえばわかるのですが、かつて8ヶ月以上日本を離れて旅行に行っていたことがあります。大学を休んでいったので、その間の住まいは引き払い荷物だけ知り合いに分散して置かせてもらっていました。

 そして帰国するんですが、一人暮らしをしていたので、当然、住まいはありません。そこで、ずっと世話になっていたおじさんの家に居候することになりました(3食送迎付きです)。その家でのことです。

 夜は一人で床の間に布団をひいて寝ていました。夜も更け草木も眠る丑三つ時、突然目が覚めたと思うや、体が重く動かなくなってしまったのです。

 「あ~、久々に金縛りや」と冷静に思ったんですが、どうにも金縛りが解けないのです。普通ならすぐに解けるんですが、その時はどうやってもダメなのです。

 「う~ん、どないしたんや」ともがけばもがくほど、体も重くなるのです。そして、ふと目を開けました。すると、床の間に置いてある「仏壇」がものすごく光っていたのです。もしかしたら月の光の反射だったのかもしれません。しかし、その時は異様に光っていたのです。

 その瞬間怖くなって、固く目を瞑っていたらそのうちに寝てしまいました。翌朝、起きて食卓で朝食を頂いている時のことです。勝手口からいきなり「お坊さん」が入ってきたのです。そのお坊さんが私を見るや否や、「この方は誰ですか?」、と。

 おじさんは、「私の友達です」と答えましたが、お坊さんは何だか引っかかったような顔で「ふ~ん」と。と言うよりも、引っかかっているのは私の方です。

 お坊さんが帰ってから、「何でお坊さんがきたんですか」と聞くと、「今日は亡くなった親父の命日だから」と。うわ~。そこで初めて昨晩のことを話しました。すると、おじさんも今晩は床の間の同じ部屋に寝てみようと言うのです。

 そして夜が来ました。草木も眠る丑三つ時です。昨日と同じように金縛りにあいました。ゆっくりと瞼を開き、仏壇を見てみると。。。またしても光っていました。そして次はゆっくりと寝ているおじさんの方を見ました。すると、、、おじさんの上に「人」が座っていました。ぼんやりとですが、明らかに人の形でした。うわ~。固く目を瞑ると、何やら話し掛けてくるような声まで聞こえます。うわ~。話し掛けんでくれ~。

 そうやってずい分と長い間に感じたでしょうか。もがきながらも眠りに入ることができ、朝が訪れました。おじさんに報告します。すると、「やっぱり、命日だから親父が会いに来たんだろうな」と。

 次の日の夜は仏壇の扉を閉じて寝ました。もう金縛りにあうことはありませんでした。親父さんも気が済んだのでしょうか。それとも仏壇の扉を閉めたので出られなかったのでしょうか。

 こないだから言っているように、20歳を超えた辺りから急に「霊感」が強くなったみたいなんですよね。10年前に死んだ祖母が亡くなる前の日は、夢の中で会っていて、その時に「死ぬな」と思ったものです。

 亡くなった日は、ちょうどアパートの隣の奴のところで飲んでいたんですが、何かを取りに部屋に戻った瞬間に電話が鳴り、その瞬間「死んだな」と思ったものです。案の定実家からその知らせでした。

 そして、最近はスピリチュアルに目覚めて、そういう体験が怒涛のように迫ってきています。これまで言ってきたように、私の前世はチベットの僧侶であるらしく、私の親戚もお坊さんということが先日判明しました。

 そして何となくグーグルで自分の名前(石田久二)を検索してみました。すると、突然目に飛び込んできてのが「涅槃」という言葉。なぜに、仏教用語??

 石田久二と言う名前は割合珍しいと思うのですが、結構いるものです。よく見ると、インドやら仏跡やら。どうやら同姓同名に僧侶がいるようです。他にも目を転じると、今度は「チベット旅行記」だと。

 なんだかつながりがあるような気がしてなりません。そのことが将来どうつながるのかは今の時点では未知ですが、しばらくは命運と思って付き合ってみたいと思います。

(写真は光る仏壇)

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by katamich | 2004-11-15 23:05 | ■精神世界
 早速ですが、昨日の続きで「連続体外離脱現象」について書きます。

 「体外離脱」とは最近の言い方であり、「幽体離脱」と言った方が分かりやすいと思います。実は私は20歳の頃、頻繁にこの現象にあっていたのです。

 高校の時、一つ上の先輩がよく「幽体離脱」をしていたと本人の口から聞いていましたが、「そんなん、うそや~」と思っていました。その人の言い方が怪しく、「歩きながら魂が抜けた」とか、「テスト中うつぶせて寝ていると魂が抜けて、前に座っている人の答案を見た」とか、「夜中に魂が抜けて女子寮に行ってきた」とか言っていたのです。もともと「変な人」だったので、あまり相手にしていませんでした(これを読んでいる同級生へ→あだなは「いなご」です)。

 私は昔から「怖い話」とか夏休みの「あなたの知らない世界」とかは好きでしたが、「霊」の話なんて完全にフィクションと思っていました。「あなたの知らない世界」に出ていた「新倉イワオ」を出てくるたびに馬鹿にしていました。
 
 そこで20歳の時の経験の話に戻ります。ある日、のび太のように「昼寝」をしていました。すると、意識はあるけど体が動かない、いわゆる「金縛り」という状態にあいました。この「金縛り」と言うのは、運動神経を司る脳が寝ていて、意識を司る脳が起きている状態に過ぎず、単に睡眠上のイレギュラー状態だと知っていました。ですので、「金縛り」にあっても全然怖くはありません。

 しかし、、、その「金縛り状態」を解こうと体を動かしているうちに、なんだか「すぽ~ん」と抜けた感覚を覚えたのです。それが2、3回続いたので、おかしいと思い始めました。

 そして次の「すぽ~ん」では「歩いた」感覚を得たのです。瞬時に正気に戻り、「今歩いたぞ」と冷静に考えました。またまた、次の瞬間、「すぽ~ん」が起こりました。また、歩きました。2~3メートルは歩いた感覚です。

 そこで冷静になって「これは幽体離脱かもしれん」と思い、「次来たら振り返ったろ」と考えました。すると、程なく次のすぽ~んが来ました。振り返りました。すると、「私が寝ていました」。

 さすがにビビッてすぐに体内に戻りました。そんなことが、この時期立て続けにあったのです。そこで私の経験と説を次に箇条書きにしてみます。

・壁は抜けられませんでした(布団くらいは抜けられる)
・空は飛べませんでした
・音楽を聴いているときの方がよく抜けました(マイルス・デイビスの「ラウンドミッドナイト」というアルバムが一番)
・気持ちはよくないです
・体から離れるほど戻ろうとする圧力が強くなります
・体から離れるほど戻る勢いも強いです
・逆に体からさほど離れていないと、戻るときはゆっくりです

そこで私の説です。
・体と魂はゴムひものような弾力のあるもので結ばれています
・ゴムですので、体と魂が離れるほど戻ろうとする圧力、戻るときの勢いが強くなります
・そのゴムが弛むことが「老化」であり、切れることが「死」となります
・普通ではそのゴムは切れませんのでご安心を

 さて、またもや怪しい話をしてしまいました。その現象の20歳の頃に立て続けにあったんですが、その後も何度か経験はしています。一番最近で言うと、今年の5月に一回ありました(その時は「ミシェル・ペトルチアーニ」のCDを聴いていました)。

 この「体外離脱」という現象ですが、実はアメリカの「モンロー研究所」というところで研究されており、「ヘミシンク」という音を聴くことで、誰もが訓練次第で体外離脱を経験できると言うことです。近代科学主義の最たるアメリカでもこんな研究を真面目にやっているのです。

 「体外離脱」をしたからってどうなるの?、という疑問は当然湧くでしょうね。モンロー研究所によると、体外離脱によって「時空を越えた世界」を彷徨うことができるのだそうです。話せば長くなるので簡単に述べますと、我々の住んでいる世界は「3次元空間」ですが、実は世界の構造とは数十次元まであるそうです。

 森田健と言う人は日本における体外離脱の第一人者ですが、彼は自由に8次元まで行くことができるそうです。そこまで行くと、未来や過去を見ることができるのだそうです。詳しくは森田氏の本を読んでみてください。

 ちなみにモンロー研究所の体外離脱プログラムで体外離脱した人たちに言わせると、「30年後は東京はない」のだそうです。こわいですね。しかし、森田氏に言わせると「それは今見る30年後であって、変えることもできる」のだそうです。なんのこっちゃ。

 述べてきたとおり、私はもしかしたら30年後を見に行く素質があるのかもしれません。しかし、怖いので決して見に行きません。こんなことを書いている時点で、ツレから「も~!!」と言われるのが目に見えています。ツレは最近でこそ、こんな話にだいぶ慣れてきたものの、もともとは「超現実主義者」です。精神主義者の私とよく付き合っているな、と思います。でも、まあこれが世の中なんでしょうね(笑)。

 という訳で、「連続体外離脱現象」でした。昨日予告した「連続命日霊視現象」については、大きなテーマがなければ明日書きますね。

 も~!!!

(幽霊と言えばこの人-好きです)

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by katamich | 2004-11-11 23:36 | ■精神世界
 昨日、「オーラが見える」という話をしました。数人から問い合わせを受けているので、ここで説明したいと思います。

 「オーラ」についての説明は必要ないですよね。詳しくはリンクを見てください。「オーラが見えるって怪しくない?」とおっしゃる人もいることでしょう。今だからこそ言うけど、全然怪しくないと思っています。というより、「誰にでも見ることは可能」とも思っています。

 私が初めて、「これがオーラか!」と気づいたのは今年の4月頃です。確かにその頃、あるスピリチュアル・マスターに出合って、私のそういった要素を引き出してもらえたこともあるでしょうが、その時は単に「気づいた」だけであって、実は昔から見えていたことにも気づきました。

 「見えた」と気づいたのは、会社の近くの本屋で本棚を眺めている時です。ふと、本から湯気のようなものが出ているに気づいたのです。その時、なぜか「オーラちゃうんか!」と直感的に感じてしまったのです。

 そしてその見方のまま人を見ると、、、なんということでしょう(←ビフォーアフター風に)、周りの人から大量の「湯気」が見えるではありませんか。その時、「これはオーラや」と確信しました。

 さて、そのオーラを見る事についてですが、先ほど「誰にでも見える」と言いました。見えるようになるまでは、意識と気づきが大切ではあると思うのですが、その方法論、コツをここに示したいと思います。

<オーラの見方>
①目をリラックスします
②対象に目を向けます(モノでもいいのですが、動植物など生きているものの方がよく見えます)
③対象から焦点をぼやかします(つまり焦点を合わせない)
④絶対に一点を見つめることなく、目に映るもの「全体」を見ようとします(つまり目の前のものも左右90度横のものも「同じように見える」ようにする)
⑤その目の状態で意識だけ対象に向けます
⑥すると対象から「ぼんやりとしたもの」が見えます
⑦それがオーラです

 どうです。簡単でしょう。しかし⑥の「ぼんやりとしたもの」って残像か目のかすれかなんかじゃないのか、と思うかもしれません。私もそう思っていました(昔からこの見え方はあったので)。

 しかし、その時になぜだか「これはオーラや!」と直感してから気をつけて周囲を見ると、「生き物」の方が湯気のようなものが大きい事に気づいたのです。

 そしてその2日後のことです。あるライブハウスで大口純一郎というジャズピアニストのライブに行き、彼がプレイをしている最中、「オーラ見」を試みました。すると、なんていうことでしょう、頭上にくっきりと「輪」が現れたではありませんか!!!

 見間違いではありません。プレイの間だけ「輪」が見えるのです。よく言われる、「後光」という奴です。プレイ中は神経を研ぎ澄まし、音楽という波動を発しているからなのでしょう。間違いなく、プレイ中はくっきりと「輪」が見えたのです。

 その後もジャズを聴きながら何度も「オーラ見」を試みました。私の偏見もあるかもしれませんが、すばらしいプレイであるほど「オーラ」も大きい気がします。
 
 もう一つ、すごいオーラを見たのが、ディジュリドゥ奏者のトシ小島のライブに接した時です。ライブも佳境に入ろうかと盛り上がっているとき、それまで見えていた小島氏の「輪」が突然、天に向かって伸び始めたのです。これにはビックリしました。

 しかしこれは至極当然。ディジュリドゥという楽器は、5万年前からアボリジニの間では宇宙と交信するために用いられていたのですから。「なるほど」と思いました。

 ただ、オーラが見えるといっても「色」までははっきりとは見えません。輪郭はすぐに見えるのですが、「色」が見えることは稀です。音楽家の演奏中に見えるか見えないかといった具合です。まだまだ修業が足りないと言うことでしょうね。

 とまあ、今日は私のスピリチュアル体験のコアに迫った日記になりましたが、実はまだあります。代表的なのは、20歳の頃の「連続体外離脱現象」で、もう一つは24歳の時の「連続命日霊視現象」です。

 これらは私の周りにいる人には何度か言ったことあるんですが、ここではまだですよね。近いうちにネタに困った時に公開します。私の「学説」付きです。そう言えば、20歳代の時なんてその手の霊的な話は完全に馬鹿にして信じていませんでしたが。

 というわけでよかったら「オーラ見」、試してみてくださいな。

(写真はオーラ写真)

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by katamich | 2004-11-10 23:20 | ■精神世界
 今日は大阪の実家から母親(オカン)が遊びに来ました。正月以来の再会です。3時前に博多駅に迎えに行き、私とツレとオカンの3人で、何ともなく篠栗町の八十八ヶ所霊場に行きました。先日のミャンマーに続いて巨大な釈迦涅槃像を見てきました。

 夜、食事をした後、私とオカンで家に帰り、夜中までいろいろ話をしました。その時に私の知らない事実を聞いてしまいました。

 なんとオカンの従姉妹というのは仏教のお坊さんなのだそうです。それは北九州市八幡東区にあるのですが、私の幼い頃に行ったことがあるそうなのです。

 また、私を可愛がってくれていた亡き祖母も、どうやらかなりスピリチュアルな人間だったようです。どこか行く度に何かに取り付かれたり、霊的な人によく会っていたりと、深く意識はしてなかったのですが、確かにそんな感じもありました。

 そして、実は昨日の滝の時に、次回まで覚えておくように言われた「御真言」と言うのは、祖母が毎朝台所で唱えてた不動明王の御真言だったのです。どおりで、昨日見た時、聞いたことがあると思ったものです。

 思えばこの一年ほど、やたらとスピリチュアルな人に出会ったり、また、滝を始め新しい体験が訪れたりと、いろんな出来事が続いています。なんだか「因縁」を感じずにはいられません。

 ここに来て急激に新しい展開が拓けてきた気がします。ちなみに、その祖母がかつて、沖縄まで霊的な人に会いに行ったとき、孫がいることは知らないはずなのに、「あなたの3人のお孫さんは将来すごい人間になる」と予言したそうなのです。

 「すごい」がどうすごいのか具体的には知りませんが、そのようなことを言われると、かなり勇気が出るというものです。

 今、滝に打たれ、新しい体験をしている最中、オカンから新しいことをいろいろ聞いたのは何だかつながりがあるような気がしてなりません。

 また新たな私が生まれたかもしれません。

(写真はお不動さん)

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by katamich | 2004-10-10 23:53 | ■精神世界
 今日は一日、客先の役場にいました。疲れました。

 どうでもいいことですが、最近、「はら」が出てきました。もはや「最近」ではないのでしょうが。実はスーツのズボンがちょっときつい今日この頃です。

 人は何故よけいに食べるのでしょうか。ライオンだってお腹いっぱいになれば食べなくなるのに。人もお腹がいっぱいになれば、基本的には食べないのだけど、そこにアイスクリームなんてのが来ると、「別腹」なんて言いながら余計なカロリーを摂取してしまうもの。さんざん飲んだ後の「ラーメン」も同じこと。

 自分の考えでしかないのですが、おそらく人は動物の中でもっとも「味覚」が優れているからではないでしょうか。聴覚や触覚、嗅覚は一般的に動物の方が優れているのだけど、人間は視覚と味覚が非常に優れた生き物です。

 動物の二大欲求と言われている「食欲」と「性欲」は、それぞれ「固の保存」と「種の保存」に対応しているのだけど、それらをつかさどるのが人間の場合「味覚」と「視覚」になります。

 岸田秀的に言えば、味覚と視覚が本来の本能を持っていれば、それらの機能発達による「過剰摂取」はないのだろうけど、如何せん、人間は本能を失った動物であるので、最適レベルに達しているのに「別腹」とか「別珍」とか言って、過剰に食べたりセックスしたりしちゃうのです。考えてみると、欲望というものはほとんどの場合、「見ること」と「味わうこと」に対する欲望であると思います。

 そこで、精神修業というのは、つまるところ「視覚」と「味覚」に本来持つ「本能」を呼び起こすために行われるのではないかと思います。

 いわゆる六感(視、聴、味、嗅、触、気)の中で非本能的なものから並べると、「視覚」、「味覚」>「聴覚」、「嗅覚」、「触覚」>「気(感覚)」となるのでしょうが、左2つ+中3つを、究極、「気」のレベルと同等にすることが、精神修業の目的であると思います。

 ですので、瞑想の時は、目や口を瞑ることで左2つの能力を封じ込めて、気を高めようとするのです。そう言えば、目と口は自ら瞑って見えず、味わえずの状態に出来るけど、花や耳や肌は手や衣類等で被わないとその能力を封じ込めることは出来ません。気(感覚)ともなると、どうやっても封じ込めることはできません。ですので、上にあげた六感というものは、右にいくほど完成されたものなのかもしれません。

 何の話をしようとしていたのか忘れました。そうそう、腹が出てきたという話をするつもりが、変な方向に展開してしまいました。

 「粗食」と「禁欲」が僧侶など修業の基礎であることは、いいかえると「味覚」と「視覚」に対する挑戦なのかもしれません。私は今後、滝に打たれるのを続けるつもりですが、そのうち、プチ断食やプチ禁欲をしてみたいと思います。美川健一など芸能人が年に3日は断食をしていると聞いたことありますが、そうすることで、体の余計なものを排出できると同時に、免疫力が高まるそうなのです。やってみたいのですが、3日は辛そうだな~。半日でももたないのに。。。

 それにしても、「はら」の話しようと思って書き始めたのに、自分でも驚きの「気づき」がここにあるです。

(写真ははら)

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by katamich | 2004-08-23 22:11 | ■精神世界
暑い日が続きますね。今日の最高気温は35度だとか。
去年はヨーロッパでは暑すぎて死んだ人がたくさんいたそうですが、なんとなくうなづける気もします。
この暑さの原因はなんなのでしょうか。地球温暖化や、都市化によるヒートアイランドなどもその一因でしょうが、一説では宇宙レベルで異変が起こっているとも聞きます。

その異変の一つとして考えられていることに、「フォトンベルト(photon belt)」への突入が囁かれています。
さて、フォトンベルトとは何でしょう?気になる人はグーグルで検索すればいくらでも出てきますので調べてみてください。(例えばこれ

フォトンベルトとは、簡単に言うと銀河を取り巻いているドーナツ状の「光の帯」のことで、とりあえず観測はされているようです。
地球が365日かけて公転しているように、太陽系も26,000年かけて銀河系を一周しているようで、13,000年周期のうち2,000年の間、太陽系はこのフォトンベルトの中にすっぽり入ってしまうそうです。
そしてそこに入ると、地球は明るすぎる世界になるそうです。(入る直前の5日間はヌルゾーンという闇の世界に入り、地球は真っ暗闇で電機も効かなくなるそうです)

それがどういう意味をもつのか、諸説あります。
例えば人類は全滅すると言う人もいれば、愛に満ちた至福の2000年が始まると言う人もいます。

さて地球はいつフォトンベルトに入ってしまうのでしょうか。
なんと今から8年後の2012年12月22日だそうです。もうすぐですね。
この日付は奇しくもマヤ歴の暦が終わっている日であり、聖書も2000年間の話しか書いてないそうです。

楽しい説としては、現在の3次元の人類が5次元に移行するそうです。どんな次元か楽しみです。(ムーやアトランティスの時代は13000年前の2000年だとか)

最初の話に戻りますが、最近、暑すぎるのはこのフォトンベルトに近づいているからと言う人がいます。他にも毎年、観測史上初の異常気象があったりなど地球規模で異変が起こっているのもこのフォトンベルトの影響によるそうです。

フォトンベルトについては、実はまだマスコミは報道を控えています。これまで、番組でこれが取り上げられたのは、「地球維新」という深夜番組の一回だけだとか。
しかし、これから先は徐々にマスコミでも耳にする機会が増えるでしょう。そして2007年には国民の全てがフォトンベルトのことを知るようになると言われています。ちなみに私がこれを知ったのは今年の4月です。

さて、今回、「フォトンベルト」という耳馴染みないことを書いてしまいました。実は先週の土曜日に行った講演会のテーマがこれだったのです。ははは。

そこではいろんな話を聞きました。非常に面白かったですが、印象に残った話を2つだけ紹介します。
・もうすぐ第三次世界大戦が起こる(非キリスト教徒のEU大統領が引き金とか)
・今年の8月13日にすごいことが起こる(あと一ヵ月後や)

どうです。すごいでしょう。いかがわしいでしょう。楽しいでしょう。

どう考えるかは自由ですが、とりあえず「フォトンベルト」と言うのは現実に「ある」ということは事実です。

私の考え方は、「そんなんあってもなくても楽しく生きる。でも5次元には行きたい。」ということです。

そんな話を今日、同僚としていました。訝しい顔をしていました。

これから先は、私が身近で聞いたいかがわしい話や出来事をちょくちょく紹介していきますのでご期待あれ。

(写真はこないだの講演会の講師である渡邊延朗氏―なんとも楽しい顔です)
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by katamich | 2004-07-13 02:34 | ■精神世界
昨日はジャズに行き、仕事を後回しにしてしまったため、今朝は7時に出勤して仕事に入りました。
いろいろバタバタあったけど、1つ落ち着きました。

さて、今日は会社でもっぱら企画書の作成。初めて取り組むもので、勉強からしないといけないので大変です。鍛えられます。ツイてる。ただし、締め切りが間近に迫っています。

そして、今日の夕方、私の大事な友人から携帯のメールにある連絡が入りました。
「仕事を辞めることになりました」、と。
その友人は今で言うIT業界で、キャリアももうじき20年になろうかというベテランです。
前々から話は聞いていたのですが、ここに来てついに踏み切ったようです。

それだけ同じ会社にいたのだから、もちろん人間関係も悪くなく、給料もそこそこだと思われます。
しかし、辞めることになったのだと。そこに至るまでは、周りからはなかなかわからない複雑な事由があるのでしょうが、一言に言って「仕事が楽しくない」ということでしょうか(本人談)。

私が最近、いろいろな人と話をしたり、考えたりした結果の持論なのですが、これから先の世の中は「楽しい人」と「楽しくない人」にわかれていくと思います。
以前も書いたのですが、かつては「強い人」と「弱い人」、次のステージで「正しい人」と「正しくない人」、そして今はさらに次のステージに向かおうとしている時期だと思います。それが「楽しい人」と「楽しくない人」なのです(本コーナー5月18日分を参照)。

これまで経済が発展している時期は、とにかく「根性」や「我慢」がもてはやされてきました。話は古いのですが、漫画「巨人の星」に代表される世界観です。当時はとにかく、耐えて耐えて頑張ってさえいれば、人類が発明した最も偉大なもの「お金」が手に入る時代でした。「根性」と「お金」が比例していた時代だと言えます。

しかし、今の時代は明らかに違います。中小企業なんかで、夜遅くまで残業して、休日出勤して頑張っているのにボーナスなしのところなんてざらです。逆に一見へらへらしているようでも、きちんと納得いくお金を払ってる会社もあります。もちろん学歴も関係ありません。

違いは何でしょうか。もちろん一概には言えませんが、「楽しい」か「楽しくない」かの違いだと思います。これから先は、「楽しい」にはお金も人も集まり、「楽しくない」には全てが逃げていく時代になるでしょう。既にそうなのかもしれませんが。

最近の仕事を例に取ると、採用された企画書はほくそ笑みながら、楽しんで作成していたのに対し、落ちた企画書はストレスの嵐でした。

これは別に「根性」を否定するものでもありません。「根性」の裏にある「楽しい」もあります。しかし、「根性」だけあって「楽しい」がなければ全てが悲劇でしょう。

それでは「楽しい」を実現するためにはどうすればいいのでしょうか。これも私の持論ですが、「楽しいことを言う」ことだと思います。考えてみれば当然です。「素敵ですね」、「最高です」、「わはは」、「かっこいいと思いますよ」とか言っている人のところには人がたくさん集まってくる一方、「ダメだ」、「何やってるんだ」、「最悪だ」などばかり言っている人には誰も寄り付かないでしょう。私も今は修行中ですが、とにかく「楽しいこと」を言って過ごすことを心がけています。

話を元に戻しますが、会社を辞めるということは、これまでの社会ではアウトローとされてきました。しかし、これから先は一概にそうではありません。楽しくなければ「辞める」という選択肢があってもいいのです。もちろん、辞める前に「楽しくない」を「楽しい」に転換させる努力も必要でしょう。しかしのその努力をしても、「楽しくない」状態が変わらないこともあります。それが「辞める」時なのでしょうか。

「バシャール」というニューエイジの世界で一時期流行った本がありますが、そこではとにかく「ワクワク」していることが、人間の摂理にあうことなので、それを基準にしないさいと言っています。ニューエイジというだけに新しい時代を予見したもので、今の時代はまさに「ワクワク」することが人生の勝者になる秘訣でしょう。

その意味で、私の友人もこれから先、「ワクワク人生」を歩んでいくことは間違いありません。

話は変わりますが、夜は春日市役所にいき、「笑いのまちづくり」について打合せをしてきました。そこでは大いに笑いました。

その帰りにコンビニによると、「キン肉マン&二世 激闘列伝」という本が売ってたので買いました。そこには久々に聞く「火事場のくそぢから」が連発されていました。

実は明日は春日市で「笑いのバカぢから」というテーマで、市長ほか人の前で話をすることになっています。

今、とってもワクワクしています。

(写真はちょっとかっこいいキン肉マン)
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by katamich | 2004-07-09 02:29 | ■精神世界
雨が降っています。来週も続くそうです。ちょっとブルーですね。
今日は、半日会社に行く日だったのですが、事務所工事に入っているので、一日中家にいました。

先日買ってきた本を一気に読みました。買ってきた本というのは、
・船井幸雄著「船井幸雄の『成功塾』」
・長谷川慶太郎・楠大史著「株で確実に儲かる唯一の方法」
・地球の歩き方『ミャンマー編』
・中山康直著「麻ことのはなし」
の4冊です。

船井さんは今の私が最もリスペクトしている経営者で近著はだいたい押さえています。オカルト的なところが好きです。

長谷川慶太郎氏は国際エコノミストとして名高い人です。著書を買うのは初めてですが、まっとうなことを言っている気がします。楠大史という人は初めて聞く人ですが、投資家として実績のある人で、「塩漬けなし現物取引、追証なし信用取引」という金融商品を開発し、その紹介がなされています。今、世の中の勉強のために株を少し知ってみようと思っています。

「歩き方」は今年はできればミャンマーに行ってみたいので衝動的に買いました。見所らしい見所はなさそうですが、大好きな仏教国なので行ってみたいです。

最後の中山康直さんの本ですが、私的には最近の超ヒット本です!!
中山氏は「縄文エネルギー研究所」というのを主催しています。楽しそうな名前ですね。
本の内容ですが、一言に言ってしまえば「大麻(ヘンプ)」の有用性と歴史を客観的に紹介している本です。

前半では大麻が万能資源(紙、繊維、健在、プラスティック、燃料、食料、薬品等)であることを様々な事例を紹介しながら説明しています。本によると、地球上の一定の遊休地を大麻畑にすると、一切の木をも切る必要がないそうです。木は使えるまで100年かかりますが、大麻だと1年ですみます。素晴らしい資源ですね。

面白いと思ったのは、現在、世界の大多数の国で大麻が法で制限されていますが、それは戦前、アメリカが石油中心の経済制覇を目論んだため、本来有益である大麻を邪魔もの扱いして取り締まったからだと言うことです。面白いですね。

本の後半では、人と大麻の関わりの歴史から、ムー文明など超古代文化、宇宙文化、未来文化にまで話が及んでいます。実に面白いです。

また中山氏と大麻との出会い方が素晴らしいです。
なんでも氏が少年の頃、川で溺れて臨死体験をしたときに別の惑星に行ってきたのですが、そこで緑色の草花の群生を見たそうです。それに癒しのエネルギーを感じて気を失いながらも一命を取り留めたのですが、その7年後、アジアを旅行中に同じ草花を目撃し、それが大麻だったということです。

今、笑った人もいるでしょう。しかし、私は「真」だと思っています。

私が今、最も嫌いな言葉があります。それは「あやしい」という言葉です。
人間が世の全事象(宇宙も含め)について知り得ることは1%もありません。それは人類の全叡智を結集してもです。
なのに、高々、数年生きただけの一般庶民が、ちょっと自分の経験や理屈で納得できないことを、全て「あやしい」という言葉で片付けてしまうのは、あまりにも乱暴なことではないでしょうか。

私は基本的に、話をしていて「あやしい」と言われた時点で、それ以上深い話をするのを止めています。ここで創造力・想像力がストップしてしまうからです。

しかし、その「あやしい」を取り払って心を裸にしてみると、世の中がいかに面白いか分かるはずです。世の中にはまだまだ面白いことがたくさんあるものです。
私がそう考え始めたのは、実はここ3ヶ月のことです。きっかけはあるのですが、別の機会にゆっくり話す事とします。

ついでなのでもう1つ話をしてみます。
仮に地球を3次元だとします。すると金星は5次元なのですが、今のところ宇宙で最も高い次元にいる人類はシリウス人だと言われています。11次元ぐらいでしょうか。
それが、実はシリウス人は地球に来ていることをご存知でしょうか。

それはイルカです。

実はイルカ・スタイルというのは地球に住むのに最も適した形です。
シリウス人はとりあえずイルカになって、遥か遠いシリウスに地球の出来事を伝えているのです。
原始社会では人間も4~5次元くらいはあったので、イルカ(シリウス人)と話ができていました。
例えばアボリジニーは古代より海を見たことないのに海のことを熟知していました。それはテレパシーでイルカと話をしていたからなのです。
現にアボリジニアルアートの中にはイルカが多数見受けられます。アボリジニーはイルカを見たことがないのにです。
今、イルカはおそらく、3次元世界でぶくぶくしている我々現代人を哀れんでいることでしょう。

さてどうでしょうか。「あやしい」と思った人は是非心を裸にしてみて下さい。面白いものが見えるはずです。

と言うことで、中山氏の本も一読をお勧めします。ただし、心を裸にして読むことです。

話は変わりますが、最近「冬のソナタ」にはまっています。
これについてもいろいろ書きたいのですが、長くなるのでまたの機会にします。
by katamich | 2004-05-15 00:10 | ■精神世界
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