宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

カテゴリ:■まちづくり( 61 )

 今日も一生懸命仕事しました。午前中は、農業の打ち合わせ。今年初めて取り組んでいる農業の仕事。いろんな人から勉強させてもらって、とても楽しいです。奥が深いですね~。

 午後は会社に戻って賑やかにしゃべりながら仕事。夜は家の近くのN川町で子育て支援計画のワークショップの仕事でした。

 ワークショップは今年になって仕事、プライベートといろいろ経験させてもらっています。今日は小規模ながら初めてメインでファシリテーターを経験しました。子育てを取り巻く問題と課題、対応策と希望などを住民の方から引き出し、実際の子育て計画をつくるための材料とするものです。

 今日はワークショップの中でも最も基本的な手法と言えるKJ法で進行しました。ワークショップの趣旨、KJ法の説明、予行演習、実際上の進行など全て私のリードで進めました。大まかな台本はあるのですが、参加者の反応によって臨機応変に対応しなければなりません。やってみると楽しいものです。適切に笑いをとったりなど割合和やかなムードで進められたと思います。参加者もそれなりに満足して帰っていったようです。

 私は今の会社に入って、今年で四年目ですが、仕事の要領(手の抜き方)や客先との付き合い方もわかってきたためか、昔よりスマートな仕事の仕方になってきたように思います。しかし、その一方、昔のような「泥臭い」経験が少なくなり、物足りない気もします。

 とは言うものの、今年も農業やワークショップなど新しい経験も多く、確実に「経験値」は上がっていることでしょう。これが「ぬるま湯」に陥らないよう、常に好奇心と向学心をもって仕事にのぞみたいものです。

 ところで、今日のテーマとは全く関係ありませんが、昨日、福岡県内の多くの小中学校が休校になりました。小中学生は「台風こ~い!」などと言って喜んでいるようでしたが、とんでもないことです。今回の台風でも多くの犠牲者や農作物など被害が出ています。その人たちのことを思うと、「台風が来て喜んでいる小中学生」が正直憎らしくなってきました。

 別に休校のかわりのペナルティ(日曜登校など)を課せとは言いませんが、せめて、被害地域の映像を見せ、お見舞いの活動をするなど、「他人を思い遣る教育」をして欲しいと思います。

 変なことを言いますが、「休校」よって生じる小中学生の「台風への期待」は、大きなエネルギー(想念・波動)となって、本当に台風を呼び寄せることにつながると思われます。日本人の全員が台風を呼び寄せない波動を生じさせることで、被害は少なくなるように思います。

 私はそれは「教育」によって実現できることであり、また、「教育」の使命であると思われます。

 なんだか基本的なことがわかっていないようで、ちょっと、がっかりもしたものです。私ごときが言うものなんですが、教師達も「ほんもの」の教育について考え、それを目指して欲しいものです。

(写真は素晴らしい教師)

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by katamich | 2004-10-21 23:12 | ■まちづくり
 今日は運命の日でした。福岡都市圏のとある町(え~い、久山町)の12年ぶりの町長選がありました。実は、私の会社の元上司(K氏)がそれに立候補していたのです。

 久山町は福岡市に隣接した町であるにもかかわらず、昔から奥座敷のようなところで、どうにも謎に包まれた雰囲気がありました。もとは、小早川町長(故人)という全国的に有名な町長がおり、町内の97%を調整区域として残すなど、当時としては革新的な町政を行っていました。ただ、あまりにもワンマンなリーダーであったため、亡き後は弊害だけが受け継がれ、なんとも胡散臭い町になっていたのです。

 そして12年間選挙が行われなかったのですが、今回、現職が引退するに伴い、久山町の改革に向けて、町在住者が適任者を探していたところ、政策の実績や人望の面で申し分のない私の元上司K氏に白羽の矢が立ったのです。最初はK氏も渋っていたのですが、推薦者達の情熱にほだされ今回、立候補に踏み切ったと言うわけです。

 しかし、結果は。残念ながら敗北に終わってしまいました。新しい久山町の日の出は未来に持ち越されてしまいました。

 対立候補側は既得権や利権を守るために立てられたようなもので、実際の政策論争には決して加わらず、「勝つ」ためだけの選挙戦を繰り広げていたようです。当初は組織的な強さから大きく構えていたのが、選挙5日前の告示後、K氏の追い上げを察してか、様々な策謀を繰り広げてきました。事実無根の黒い噂を流したり、自作自演で行った事務所嵐の犯人に祭り上げられたり。

 一方、K氏は最後の最後まで真正面から正々堂々と戦っていました。私も昨日は応援に顔を出したのですが、寒い中、軽トラに乗って、堂々と選挙公約を演説し、町民の一人ひとりに声をかけるなど、あまりにもカッコいい姿を見せられていました。

 組織力ではなく、人間対人間で戦った場合、どちらが「勝ちに相応しい」かわかるはずです。しかし、結果は敗北でした。今回は選挙に負けたのではなく、民意不在の組織に負けたのです。

 最後に今日のドキュメントです。私が事務所に駆けつけたのが、投票が終了した9時頃。開票の第一声が10時にあり、その時は600対600と互角でした。30分後の途中系化でも1400対1400とまだ勝負はつかず。電話が鳴るたびに固唾を飲んでしまいます。

 しかし、その30分後の11時ジャスト、命運を分ける最後の電話がかかってきました。私は思わず電話を取った人の横に駆け寄ってしまいました。その人が、「数字は!!」と言った瞬間、「負けた」と思いました。場内が落胆の波動に包まれた瞬間です。しかし、その電話の30秒前に、いきなり「アルコールは禁止だから下げろ!」との命があった時点で誰もが「負け」を予感したのだと思います。

 長い一日が終わりました。元上司のK氏は本当に良く戦ったと思います。町外出身の不利に加え、難しい地域の選挙戦によくぞここまで戦ったものです。なんと年齢は67歳なんですが、今回のどの候補者よりも若々しく、精力的に活動を繰り広げていました。

 私事ですが、実はK氏は私の人生の恩人でもあります。K氏がいなかったら、今、私はどうなっているかわかりません。その理由はこの中に書いてあります。

 なんにせよ選挙は終わりました。本当にお疲れさまでした。しばらくはゆっくりと休養を取られてください。そして、ちょっと生活が物足りなくなってきたら、またスナックにでも連れてってください(そう言えば、昔、K氏の行きつけのスナックで酔って暴れて、つまみ出されたことがあります)。そしてまた生グレイを聴かせてください。今度は私が勘定を持ちますので。本当にお疲れさまでした。 

(写真は関係ないですが「滝」)

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by katamich | 2004-10-17 23:20 | ■まちづくり
せっかくのオマルもおもちゃにすぎません。

 トラックバックというのをやってみました。同僚3106の子煩悩ブログからです。去年、天から子どもを授かり、めでたく結婚されました。世に言うなんとかですが、幸せなステップを踏んでおり、長男は現在満一歳のようです。

 彼は私よりもずっと若いのですが、既にパパと仕事を両立させて頑張っています。私はまだ結婚しておりませんが、「結婚」が先になるか、「出産」が先になるか分かりません(←ちょっと恐ろしい発言!)。こればかりは自分で決めるわけには行きません。誰が決めるかというと、生まれてくる子どもが決めるのです。

 3106の場合も今の長男が生まれる前に3106と嫁さんを引き合わせ、「ぼく、ここから生まれよ~っと!」ってな勢いで世に現れたのです。ですので、私の場合も時期がくれば、誰かが「ここじゃ」と言って生まれてくることでしょうね。
 
 そんなスピリチュアルなことを言いながらも、この3日間というのはある町で「子育て支援」のための地域計画を策定するために、聞き取り調査をしてきたところです。子育てというのは、保育所をはじめ、学童保育、子育ての相談・情報提供、子どもの遊び場、教育など行政の支援がある部分では必要になってきます。昔のように大家族で、家の誰かが子どもの面倒を見るような時代ではないので、これは子育てをする若いお父さんお母さんにとって重要なことです。仕事では、そういった行政による子育て支援の計画を策定するために、関連する部署に3日かけて聞き取りを行ってきたのです。

 ま~、いろんな話が聞けてとても勉強になったと同時に、子育てって大変だな~と深く感じました。電話相談事業の内容なんかを聞いてみても、子育てノイローゼなんか日常のようで、さらに最近新聞紙上などをにぎわせている、児童虐待なんかも決して特殊なケースではないようです。

 また、多くの若い親たちはなんと言っても子育てによる経済的負担が大きいようで、それが少子化の一因となっている部分もあるようです。私なんかも、今ここに「お子」ができた場合、やっていけるかちょっと不安ではあります。もっとも3106をはじめ、みんなやっていることなので、できればできたで何とかなるのでしょう。ただし、さっきも言ったように「決める」のは生まれてくる「子ども」なので、「ここじゃ」と言われるまで待つしかないのも確かです。何らかの形で生まれてきた時には、とりあえずどんな形であれ喜ぶ以外にはないと思います。

 実は今日仕事で入った町は私の家から15分ほどの隣町です。というか、私の家はほとんど市境です。この町は合計特殊出生率1.8とかなり高く(全国平均は1.29)、それだけ子育てに適した環境にあるとも考えられます。私が今この町の子育て支援計画の担当をしているのは、実は将来への備えがあるのかもしれません。将来生まれてくる子どもが「ここじゃ」と言ってこの町を指名しているのかもしれません。そう考えると、仕事と言いながらも、「我が事」のつもりで取り組む必要があります。普通、私の仕事では、いい提案を行っても役所が「それは財政的もむり」なんて言われると、どうしても引き下がざるを得ないのですが、ごり押しで書き込んでやろうと考えちゃったりして。そして、自分が子育ての立場になったときに、「計画書に書いてある」と言って、無理やり予算をつけさせるのも手じゃないかと考えちゃったりして。

 そんなこと考えると、仕事のモチベーションもいっそう上がるというものです。頑張りましょう。

(写真はこんな赤ちゃんだったらどうしよう)

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by katamich | 2004-09-16 22:39 | ■まちづくり
 今日は仕事のことについて書きたいと思います。私は民間の建設コンサルタントという仕事について、実はまだ4年目です。しかし、この短い間、業界は激変の時代を迎えています。簡単に言うと、「仕事の本数の減少」と「一つの仕事あたりの単価の減少」です。付け加えるなら、「競争相手の増加」と「手間の増加」もあるかもしれません。これらの要素を総合すると、かなり同情的な業界であることがわかるでしょう。

 さらに付け加えますが、建設業界の仕事というのは大半が役所から仕事をもらっているため、資金の大部分はもともと国民の税金となります。しかし、近年は構造改革が進むさなか、税金の無駄な支出を避けるのは、公的セクターの大きな課題の一つとなっています。そしてこれまで、その「無駄」を引き起こす大きな要因として、いわゆる「談合」というのがありました。建設業界に携わっておきながら「談合」のことを書くのは本来タブーです。しかし、いい社会を築いていくために勇気を振り絞って書くことにします。

 談合の意味についてはここここを参照して頂きたいのですが、建設業界にとって談合は「公然の秘密」であり、「必要悪」なものとして横行してきました。その前に、整理したいのですが、談合には大まかに二種類あります。一つ目はいわゆる「官製談合」と言うやつです。これは、役所の側が本来かかる仕事の経費以上の予算を計上して、特定の業者に入札の際の便宜を図って、その業者に仕事を取らせます。すると業者側は余分にお金が入ってきて丸儲けでき、役所の側は定年になってもその業者に雇ってもらい(いわゆる天下り)、毎日、新聞を読むだけで高給を得られるという仕組みができます。その業者の丸儲け分と、OBの給料は言うまでもなく税金であり、これは「無駄」の最たるものであり、決して容認できることではありません。

そして、もう一つの談合として、いわゆる「業者間談合」というのがあります。これは、ある仕事に対して、入札の際に指名された業者同士が裏でつるんで、あらかじめ落札者を決めておくやり方です。そうすると、予定価格に限りなく近い金額で裏落札者が仕事を取ることができます。その裏落札者の決め方は、テリトリーによって異なり、順番の持ち回りであったり、営業努力であったりするのですが、いずれにしても談合は談合です。

 私がここで問題にしているのは後者の「業者間談合」です(前者は言語道断です)。これは本当に「悪」かという話があります。なぜなら、裏落札者を決めるのが「営業努力」だとしたら、そうなるために、相当な「営業」をすることになると思われます。多くは、発注者(役所)に対する、ノウハウや情報の提供、仕事を効果的に遂行するためのアドバイスなどを行っているようです。それをいくつかの業者間で競い合い、最終的に発注者が「ここに出したいな」というのを何らかの形で意思表示するらしいです。その意思表示を受けた業者が、入札前の話し合いによって裏落札者となるようです。そして、多くは予定価格の95%ぐらいで落札していると聞きます。

 言い訳かもしれませんが、裏落札者になるためには本当に相当な努力をしているようです。では、もしも談合がなかったらどうなるでしょうか。技術的な提案もなく、何となく指名された業者が、突然、予定価格の30%ぐらいで落札したらどうでしょうか。技術力がないために公共工事に不備が生じ、場合によっては多大なる損害(人命に関わることも考えられる)を引き起こすこともありえます。

 もう一つ話をすると、予定価格の95%が本当に高い価格設定か、という問題があります。実のところを言うと、近年は構造改革のあおりもあり、予定価格自体が非常に安い場合があるようです。つまり、予定価格と本来必要となる費用がほぼ一致することだって考えられます。となると、95%でなんとか従業員を雇って、会社が存続できるだけの利益を確保できている場合、それ以下になるとどこかで無理が生じることがあります。95%でなんとかかつがつの場合、もし30%で受注してしまったら、その会社は従業員に給料を払えず、利益も出せずで最悪の場合「倒産」し、多数の失業者と社会不安を引き起こすことになります。談合防止に社会正義があれば、失業防止にだって社会正義があるはずです。

 そんなこんなで、日本の建設業界等ではこれまで「談合」を悪いものではあるけど、「必要」なものと認識して行ってきたようです。では今はどうか。確実に「談合」はなくなりつつあります。一つには社会の目が厳しくなってきたこと。もう一つは、経営が厳しいため、とにかく抜け駆けしてでも仕事を取ろうとする業者が増えてきたことです。

身近な話でいうと、ある業者が必死で営業努力をしてきたところ、談合に協力しない小さな業者が予定価格の30%程度で落札してしまった話があります。その必死で努力してきた会社はそれまでの経緯は無駄骨となり、さらに仕事が取れないことによって、ボーナスの遅配と引き下げ、昇給幅の縮減などが行われているようです。まったくひどい話です。

 では、建設業界に携わる私の意見はどうなのか。ズバリ、「談合は不要」ということです。これまで述べてきたことと矛盾するようですが聞いて下さい。

 仕事をすることにおいて大切なことは、まず「生活のためのお金を得る」ということです。そしてもう一つ、「それ自体が楽しい」とうことです。その2つが両立できれば、他に望むべきものはないはずです。しかし、企業である以上、利潤の確保、それによる役員への報酬、株主への配当が必要となります。民間営利企業の最大の目標は「株主への配当にある」という人もいます。

 (建設業界に限定して話を進めます) 
 しかし本来、税金で成り立っている業界が、役員への報酬や株主への配当をしてもいいのでしょうか。税金というのは本来100%公益のために使われるべきものです。なのに、それが特定の株主の懐に入っていくという構図は、どう考えてもおかしな気がします。

 (さらに建設コンサルタント業界に限定して話を進めます)
 そこで、私がやっているまちづくりのような仕事はどうでしょうか。これなどもほとんど税金で成り立ち、支出の大半が人件費です。そして、かつ自分の考えたことが直接社会の役に立っていることを実感できる「楽しい仕事」なのです。となると、「生活」と「楽しい」という二つの要素を両立できる最適な仕事と言うことができます。しかし、現状はそうではなく「半分病気」のような人がたくさんいます。なぜそうなるかというと、「会社の利益」を確保するために、本来必要なだけの仕事以上の仕事を強いられ、さらに自分のキャパ以上の仕事を強いられるからなのです。そこで、わが建設コンサルタント業界がこれか生きていくための、ウルトラCを提示したいと思います。

①利益を出さないという前提に立つ
②儲けよりも仕事の楽しさを第一に考える
③会社単位の規模をなるべく小さくし、人件費以外の支出を極力減らす
④そのかわり、会社同士でのネットワークを強くして、技術やノウハウの交換などを普通に行う

 これは非常にラディカルな提案です。一般常識を逸しています。①は利益を出さない自体が、民間営利として自己矛盾です。②はへらへら楽しんでばかりで儲けがないと、民間営利は成り立ちません。③は民家営利の向かう方向は規模の拡大にあるのに、これも自己矛盾してます。④はせっかくの技術を他人に教えるなんて競争市場の中で矛盾しています。

 しかしこれは可能なことです。「民間営利」を「民間非営利」にすればいい、つまりはNPOになればいいのです。実は今まさにそのような状況が真に起こっているのです。民間営利が倒産していく一方、雨後のタケノコのようにNPOが生まれています。

 私はこの先、建設コンサルタント業界は二極化すると考えています。一つは、本来のいわゆるコンサルタント業です。つまり高い専門性と技術力を持ち、常にまちづくりに対して上の立場からコンサルティングする側です。もう一方は完全なる下請け業に徹し、いわゆる手間仕事ばかりさせられる側です。前者に残るのが、いわゆるオンリーワンといわれる民間企業、そしてNPOであり、後者になるのがその他大勢の民間企業になると考えています。

 もちろんNPO自体の質を永遠に高めていくことが重要ではあります。そのためには上記の4つをベースとしながら、無理せず楽しんで仕事をしていくことだと考えています。

 私の理想のあり方を述べると、天神のような都会のど真ん中でなく、郊外の農村地域に事務所を構え、いい環境の中でいろんなアイデアを絞りながら仕事をし、休憩時間には表にでて野良仕事をする(地価が安いし、本やレコードはネットで購入できます)。そして、週末にはボランティアや精神の修業、週末起業(サイドビジネス)などをやる。そして、年に10日は海外旅行をする。などなどです。これらは全てNPOであれば出来るような気がします。そして、今まさにそれに向かって突き進んでいる自分がいるのです。(談合の話からずい分それてしまいましたが)
 
(写真は談合三兄弟だってさ)

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by katamich | 2004-08-18 20:19 | ■まちづくり
3日目は研修のプログラムは入ってなく、福岡に戻るだけです。
しかし、せっかく来たので朝は5時に起きて、何人かで「ブナの原生林」を見に行きました。
山の上のほうに車で行ったのですが、空気が本当に美味しかったです。

宿に戻ると美味しい朝食。さすがは米どころだけあって、ご飯がめちゃくちゃ美味かった。朝からおかわりをしてしまいました。

朝食後は車で長野市に戻り、そこから行きのルートと同じようにしなの号に乗って名古屋、それから飛行機で福岡に帰りました。

帰って即行、今度はNPOの総会でした。
私は総会には間に合わなかったのですが、懇親会の幹事を任されていたので、いそいで会場に駆けつけました。懇親会では意外な人とであったり、非常に有意義な時間が過ごせました。
その後はスナックと屋台。そんなこんなで3日間、仕事以上の仕事をしたようで、楽しいひと時が過ごせました。感謝、感謝です。

(写真は民宿の朝食―米がバリうま!!)
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by katamich | 2004-07-30 03:07 | ■まちづくり
視察の2日目は長野市から北上して栄村と飯山市に行きます。
午前中は栄村で遊休農地の活用事例、田直し事業について説明を受け、その後現場を見に行きました。

栄村と言うところは合併をしない村として一時期新聞などでも有名になりました。
ここは2600人程の人口で村職員が120名で、ちょっと多いような感じもしますが、実は村のことはほとんど職員がやっているのだそうです。
企画は言うまでもなく、土木や建築など、普通は外部の専門機関に委託するようなことも、職員が一から勉強してやっているのだとか。
説明をした課長は「栄村株式会社」と言っていました。それだけ自立心が強いのです。
しかしやることも徹底していて、節約のためには売り物にならないような資材なども実質本位で調達し、また財政体質の改善のためには職員のボーナスにも手をつけ、まさしく我々民間がやっているようなことを先んじてやっているのです。

その分、視察にいった我々職員やコンサルなどに対してもかなり手厳しいことを言われました。例えば「大半の公務員は仕事をしていない」とか、「余分な金を積み上げるよな設計をするコンサルに仕事させるな」とか、「視察なんて迷惑」とか。

それだけ率直に厳しく言うのも「自分達はやっている」という自負があるからなのでしょう。いずれにせよ、ある意味元気づけられたような気がします。

よく考えると長野県の知事は田中康夫さんなのですよね。我々建設業界にとって田中さんは敵のような存在ですが、ある意味、世の中の動きがだんだんと「まっとう」な方向に行っている以上、栄村や田中さんのような考えが強くなっていくのは当然といえば当然です。

我々も従来型のうまいあり方のとらわれず、柔軟に世の中の動きを見ながら、その中で稼いでいけばいいだけなのです。

それから、午後は飯山市に移動して、景観を重視した都市計画やグリーンツーリズムによる地域活性化の説明をうけました。
ここも先進地だけあって、やることは徹底していました。景観に関していうと、街路の看板の高さ制限をするのに、これからつくるものだけでなく、現にある看板に対しても事業者を集めて説得し、取り壊させたというのだから大したものです。

また、グリーンツーリズムについても、スキー客が激減する中、市が率先して夏場観光の活性化策などをうち出し、年間を通して一定の観光客を確保できるようになったのだからすごいものです。「政策」というものが成功したよい例だと思います。

ふと気がついたのですが、この長野県北は新潟市に接していて、家屋などが完全に雪国仕様になっているのです。当然生活様式や地域文化も違います。長野の大きさを改めて知らされました。

夜はグリーンツーリズムで農家民宿で泊まりました。
そこでも郷土料理がたくさんでてきて、かつ、庭で採れた野菜などが食卓に出るのです。これにはちょっと感動。

おいしゅうございました。

(写真は栄村の田直し事業による農地―向こう側は新潟県です)
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by katamich | 2004-07-29 02:54 | ■まちづくり
今日から3日間、長野県に視察研修でした。
役場職員、地元協議会員、コンサル(私)の合計9名での視察です。
私だけ出発点が違うので、一人、飛行機に乗り、名古屋で合流しました。
そこからしなの号という特急で3時間(!)、長野市に到着。

視察の初っ端は長野市における農業農村関連事業の取り組みについて。
さすがに先進地だけあって、事業のメニューも豊富で、それらに対する行政のてこ入れもすごかったです。
行政の強力なリーダーシップによって、日本の農業を発展させよう、という意気込みがひしひしと感じられました。

その後は、善光寺にお参りし、夕食に長野の郷土料理の店に行きました。
長野と言うところは、郷土料理というものがあるようでない、と地元の人は言われていました。
それでも、信州そばにおやき、いなごの佃煮、キノコ、畑のものなど、海がない特有さが表れた料理が並びます。

おいしゅうございました。

(写真は長野市役所職員―こんな風に説明をうけるのです)
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by katamich | 2004-07-28 02:53 | ■まちづくり
ちょっとそろそろ雨が降ってほしい気もしますよね。
でも降ったら降ったで、またもバケツをひっくり返すように降って、洪水状態になるのかなあ。
ほんと、どうなっているのでしょうか。最近の天気は。

今日もクーラーガンガンで仕事してたのですが、昼休みに先日より故障中の自転車を直していたら、ものすごく汗だくになってしまいました。結局、自転車は直らず、安いママチャリを買う破目になりました。あの時間はなんだったのだろう、と考えると、暑い日には熱いお茶という論理の通り、暑い日には自転車修理で逆療法だったのでしょう。かなりツイています。

午後はある来客がありました。リサーチや経営コンサルタントをする会社の副社長で、今取り組んでいる企画のことで打合せをしました。ものすごく楽しかったです。農村振興や観光活性化の取り組みもこれまで多くやってきたようで、話が具体的であり、かつ論理的な話し振りでものすごく勉強になりました。是非この人と一緒に仕事したいな~、と思いました。そのためには、今取り組んでいる企画書を通すことです。頑張るぞ~。

そして夜、先ほど、何となくテレビをつけたら「プロジェクトX」の再放送がやっていました。テーマはなんと「湯布院のまちづくり」だったのです。ちょうど、昼にも湯布院の話をしていたばかりだったので、これはツイてる、と思い食い入るように見ました。

改めて知ったのですが、湯布院は感動的なまちづくりをしていたのですね。あらすじをを箇条書きにします。
・湯布院はかつてはさびれた温泉と田んぼと山だけの貧乏なむらだった
・ドイツに視察に行って、まちづくりの「百年の計」の哲学を知る
・町に帰って起死回生で馬車を通したら大当たりで、奇跡のむらづくりがスタートした
・バブル時にはリゾートマンション建設のため、一反一億円で買い叩く地上げ屋が横行した
・町は「百年の計」の哲学によって、建設許可を断固として反対
・しかし、デベロッパーに融資している銀行からも建設許可の圧力があり、法的には許可せざるを得ないギリギリに追い込まれた
・条例をつくるという技を思いつくも、建設省から「国より厳しい基準をつくってはならん」と呼び出しを食らう
・しかし、町職員の涙の訴えで、建設省は逆に条例制定に協力するようになる
・ついに条例ができ、それを盾にするとデベロッパーは尻尾を巻いて帰るようになった
・後の建設基準法改正には湯布院条例が元となった個所もある
・そして、湯布院の劇的な勝利!

なんとも感動的な話です。バブル当時は目先の金に目をくらませ、次々に大切な土地が売られていた時代に、「百年の計」を見事に貫き通し、今日の湯布院を築き上げたのです。最後は見ていて涙が出てきました。

今でこそ、湯布院のような環境保全型(又は地域資源活用型)のまちづくり・むらづくりは当たり前ですが、バブル当時は横並びに国土開発にはしり、空虚なマネーを膨らましていた、その時代に湯布院はなんと勇気のあることでしょう!!

ついでに言うと、私の近所の町でも「百年の計」で徹底的に環境を守ってきた町があります。福岡市周辺がどんどん開発される中、その町は町長のイニシアチブで強固に開発を抑制してきました。実に勇気と哲学のいることです。しかし、その町長が亡くなった後、にわかに迷走を始め、大型のテーマパークを持ってこようとしたり、果てはせっかく守ってきた環境を段階的に開発(破壊)していくという「有力な人」まで現れているのです(じつは身近にいる)。

そんな人たちには是非、今日あった「プロジェクトX」を見てもらいたいものです。そして「貴方の哲学は、百年の計はなんですか?」と問い詰めたいものです。

実は最近仕事で、むらづくりや地域活性化の仕事に取り組んでおり、さらに仕事以外(NPO)でも湯布院の近くのN町の活性化に加われとの話が舞い込んできたりと、非常に面白くなってきています。

私も一応はまちづくりを仕事としている以上、「哲学」を持って取り組んでいきたいと思います。

(写真は国土開発に手厳しい怖いお人)
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by katamich | 2004-07-21 02:46 | ■まちづくり
今日は土曜出勤でした。山川町というところで、住民相手のワークショップをするものです。
朝の7時から打合せに入るため、私は朝の4時半におきて、スタッフを車で拾って町に向かいました。

仕事の内容は、町の農村・農業振興のために、地域(集落)を歩いて点検し、問題個所や活用すべき地域資源を発見して、最終的にその地域の農村振興の方針を決めるのを支援します。
点検する人は、そこに住む住民で、今流行りの住民主導型のまちづくりというものです。

午前中はグループに分かれて各集落を1時間半ほど歩き回りました。歩く場所は山川町だけに完全な農村で、コースに示されているところに田んぼのあぜ道などもありました。
住民さんが口を揃えて言うのが、やはり昔と変わったと言うことです。変わるのは当たり前なのですが、悪く変わってしまっているのが残念なことです。

水路などは昔は魚が泳いでいて子ども達はそこで小魚やどじょうを捕まえて、食卓の一品にもなっていたそうです。
しかし、今日見つけたのはどじょうが2~3匹。他はジャンボタニシにその卵、小さな蛙程度でした。それらは、基本的に水が汚くても生きていける上に、繁殖力もすごいので、すぐに生態系を支配してしまうのだそうです。

このジャンボタニシですが、実は1970年代にエスカルゴの代わりとしてアルゼンチンから輸入されたもので、結局、食用として日本に定着せず、最終的に野生化して広がったという話です。
ひどい話です。今では食べるどころか、我々の食べる米を食べてしまうので、害虫以外の何ものでもなくなってしまいました。見た人も多いと思いますが、「探偵ナイトスクープ」でジャンボタニシと卵を食べる回がありましたが、天才林先生をしても「ドブ」の味は取れず、番組にしては珍しく不発に終わってしまいました。ほんとに、誰が食べるために輸入したのでしょうか。

それにしても、福岡市などの都会では都市化によって環境が悪くなってしまうのもわかるのですが、山川町のような田舎でもそのように生態系の破壊が進んでいるのはショックでした。

午後は、点検した材料をもとに、集落のむらづくりの方針を定めました。私は支援者として参加していますが、これはこれで楽しい仕事でした。

全ての工程が終わってからは、軽い打上げ。しかし私は運転だったため飲めませんでした。ですが、農家の人と膝を突き合わせて語り合えたのはなかなかの収穫でした。

(写真はジャンボタニシの卵)
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by katamich | 2004-07-17 02:38 | ■まちづくり
今日は博多最大の祭り、博多祇園山笠の最終日でした。
私の会社の周りも流れがあり、ふんどし姿(しめこみ姿)の男たちがよく目に付きます。

山笠は実は一昨年前から誘われており、毎年、出ようか迷うのですが、仕事にかこつけて今年も出られませんでした。

それにしても山笠だけは生で見ないことにはそのよさがわからないと思います。
私も福岡には長いこと住んでいるのですが、初めて生で見たのは2年前。朝早く起きなければならないので、よほど誘われないと見に行かないものです。でもその時は、よほど誘われたので見に行きました。

正直、「男のロマン」を感じました。祭りにおいては普段、なよっとしている男は猛々しく、乱暴な男は優しくなります。そう感じます。まるで映画におけるのび太とジャイアンの如しです。祭り(=非日常)においては、普段現れない側面が出るものなのでしょう。

「男のロマン」と書きましたが、祭りと切り離して、あのふんどし(しめこみ)を身に付けると、いかにも情けなく見えます。しめこみは前から見ると極端に短く、後ろから見るとお尻丸出しです。服を着替えるとき下から着替えると、ちょうどあんな感じになるでしょう。

しかしそれは山笠。全てが「男のロマン」になるのです。

来年こそは出てやるぞ~!

(写真は男のロマン―お尻がセクシー)
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by katamich | 2004-07-15 02:36 | ■まちづくり
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