宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

カテゴリ:■まちづくり( 61 )

 今日から全国的に寒波が覆うそうです。無駄にスペースのある私の部屋はなんだか底冷え。もしも今週から「行」だったら辛かったろうな~。ある意味、ツイてる~。

 今日は久々に本家BBSに書き込みがなされていました。最近、ブログの方は盛況なんですが、本家がどうも寂しい。更新してないからだろうけど。そうそう、その書き込んでくれた方なんですが、なんと私のコーチングの先生でした。嬉しいものですね。そもそも私がなぜ、最近、コーチングに興味を持っているのか。

 私はこれまで人知れず悩んでいたことがあります。それはいわゆる「手に職」と呼ばれるものがないことです。つまり、何を持って「プロ」と為すものか、それが自分にはわかりません。私の会社・業界は土木・建築出身者がほとんどで、いわゆる文科系出身者がほとんどいません。この業界の花形の資格とは、一級建築士や技術士などがあるのですが、文系出身の私にはほとんど縁のない資格です。受験資格もありません。それがなぜ、この業界にいるのか。それこそ「縁」としか言いようがないのですが、意外と資格に関係のない仕事も多いのです。

 そんなことで、こないだのコーチングの講習では、初っ端に私だけ3分間スピーチをさせられたのですが、「なぜ、コーチングか」というネタでこんなことを言いました。

「私の職種はいわゆる建設コンサルタントという仕事です。この業界でプロと呼ばれるには、技術士や一級建築士などの仕事が必要になります。しかし、今やそのような資格があるからといって、つぶしが効くかと言えばそんなことはありません。なぜなら世の中のニーズがそれらの資格を必要としなくなっているからです。世の中、いろいろな資格がありますが、それは時代やニーズによって価値が変わるものです。しかし、これだけは変わらないと思われるものがあります。それはコミュニケーションのスキルです。これは会社のマネージメント、営業、企画立案、教育、日常の人間関係などあらゆる場面で要求されるスキルであり、人間、社会がある限りどこまでも必要とされるスキルです。とりわけ、今の若い世代(10~20歳台)はゲームやコンピューターに慣れ親しんでおり、いわゆる対人関係というのが苦手になっている傾向があります。これからはそのような人にコミュニケーションを教える、また、そのような人たちの潜在能力をコミュニケーションによって引き出すと言う意味で、ますます重要です。コーチングにはそれがあります。」

 先生が私を指名したのは、「滝の話」をするだろうとの期待があったようですが、実は本道の真面目な話をしてしまいました。ついでに3つばかり質問がきました。

Q1:会社の中で部下や同僚とコミュニケーションをとることが重要だとは思いますが、具体的にどのような場面で生かしたいと思っていますか?

→端的に言って上司の「ため息」を聞かないようにするためです。ため息やネガティブな言葉を吐くのは、閉塞感を感じているからだと思います。その閉塞感は、言葉やコミュニケーションによって解消できるものだと思っています。例えば、「ほめる」という行為などがそうです。

Q2:会社の中ではそんなにコミュニケーションを取る場面って実際あるのですか?

→よその会社はわかりませんが、うちの会社では仕事を取るために、営業やプレゼンテーションなどスキルが要求されます。建築などの技術畑でありながら、「しゃべってなんぼ」の要素が強いので、積極的に話す場面を作ることは重要だと思っています。

Q3:営業などクライアントと話す際に気をつけていることって何ですか?

→「すいません」という言葉をなるべく使わないことです。この言葉は便利ですが安易に使うべきでないと思います。例えば、「ありがとう」でも、「失礼します」でも、「申し訳ございません」の場合でも、「すいません」は通用します。しかし、対人関係には様々な場面があるのに、すべて「すいません」で片付けてしまうのは、せっかくの関係を蔑ろにしている気がします。「すいません」にはだいたいきちんとした言い換えの言葉があるので、ケースに応じてきちんと使い分けるべきだと思っています。ちなみに私には素晴らしい教師もいれば、素晴らしい反面教師もいます。その反面教師の方は、この「すいません」で客からクレームをつけられたりもしているので、考えてしまったのです。

 これらの返答は瞬時にできます。毎日書いている日記の内容をそのまましゃべればよいからです。このブログもかなり自分の手助けになっているようですね。

 コーチングについては私のことをよく知っている方からすすめられました。「石田さんには合ってると思う」ということで。話を聞くと面白そうだったので、早速、講習に参加したというのがいきさつです。思っていた以上に面白いものかもしれません。

 コーチングやコミュニケーションのスキルは様々な場面で応用が効くと同時に、いろんな知識や経験が必要であると感じています。その意味で、私の雑多な関心がこれほど役に立つものはないと思います。例えば、放浪の経験、ジャズの知識や経験、哲学や心理学の知識、滝行の経験などは、一級建築士を取るのになんの役にも立ちませんが、コミュニケーションにおいては効果的な潤滑油や原動力になるものです。

 また、コミュニケーションスキルの魅力としては、「持ち運びが自在」ということもあるでしょう。建築士はそのスキルを生かすのに紙とペンが必要です。画家も然り。ピアニストはピアノが必要です。医者はメスが必要です。しかし、コミュニケーションのスキルは自分の中に完全にインプットされてしまうので、いつでもどこでもそれを披露することができます。つまり、「Time」「Place」「Occation」のどこでも、披露し活用することができる、それがコーチング及びコミュニケーションスキルというものです。

 そんなわけで、近頃、またまた「ハマリモノ」が出来つつある今日この頃です。そして、来年には「プロ」と呼ばれるようになるのが目標です。がんばるぞ~!!

貴方のワンクリックが日々の糧となります。よろしくおねがいします。(ブログランキング)

(今日も「きらきらアフロ」見ました。面白いっす。)

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by katamich | 2005-01-31 23:44 | ■まちづくり
 今日はNPOの仕事で、先日の北方町まちづくりの2回目のヒアリングです。NPOの理事のHGSM氏と2人で佐賀県北方町に向かいます。(したがって「滝行」はお休みです)

【竹炭の話】
 先ずは前回、運命の出会いを果たしたN氏の店に行きました。今日は「竹炭」の話を聞きに行くのです。このブログを読んでくれている人にはご存知のように、「竹」は私の今年のテーマです。私は次の二つの側面から「竹」をテーマとしてとらえています。

1.竹は成長が早いので管理していないと、どんどん広がっていき生態系に悪影響を与える。
2.竹及び竹炭自体に「癒し」や「健康」などの面でものすごい効用がある。

 ですので、「竹」を活用していくことは、環境の保全(①)と生活の質の向上(②)の両面に役立ち、一石二鳥なのです。しかし、それにはいくつか課題があります。

①竹を切るための人件費
②竹を運ぶための運搬費
③竹を焼くのにかかる時間に対する竹炭の量(量/時間)
④里山を管理するだけの竹炭の消費
⑤竹炭の隠された効用を伝えること

 ①~③は竹炭化する上でのコストに関わることです。直売所などで「竹炭」を見かけることがあると思いますが、僅かなのにものすごく高いことはご存知でしょう。たかが「竹」なのに。これは原価などは無きに等しいのですが、それ以上にコストが上乗せされているのです。(実際にかかる数字も聞いてきましたがそれは企業秘密ということで・・・)。このコストを解消するためには、大量生産してスケールメリットを働かせるしかありません。しかし、それだけの設備投資ができるか、またその投資に見合った効果が期待できるか。。。

 また、仮に大量生産の体制ができたとしても、それを受け入れるだけの消費先があるかが問題です(④)。それは⑤の隠された効用にもつながります。「竹炭」の効用として聞いただけでも以下のようなものがあります(こちらのページが詳しいです)。

(1)「消臭効果」-部屋に置いておくだけで消臭効果があります(これは有名ですよね)
(2)「除湿効果」-竹炭は湿気を吸い取るので、家のシロアリ予防、カビ予防などに役立ちます(これも知られていることですが、あまり実践されていないようです)
(3)「シックハウス対策」-シックハウスの原因となる、ほこりや化学物質など有害物質を除去する働きがあります。
(4)「浄水効果」-汲んだ水の中に竹炭を入れておくだけでカルキなどを吸い取り、美味しい水になります。
(5)「マイナスイオン効果」-竹炭にはマイナスイオンを発する効果があるので、部屋の中に置くだけで森林浴の気分が味わえます。

 まだまだ、たくさんあります。しかし、これらは家庭でちょっと使う分にはよいのですが、大量にさばけるものではありませんし、すべての家庭がこの効果を知っているわけでもありません。また、隠された効用としては、竹炭を固めて地面に埋めておくだけで、その半径数十メートルの範囲にいる人は病気にならなくなるなどの効果も立証されているようです。(ケガレチ→イヤシロチ

 このような効果(里山保全と竹炭効果)があるにも関わらず、未だに荒れ放題の竹やぶが解消されていません。N氏も今まで、いろいろ頑張って取り組んできたそうなのですが、協力する人が少なくて頓挫しているそうなのです(しかし、N氏は今年、東南アジアの数カ国に竹炭の指導に行かれるそうです)。

 N氏が言うには竹炭はビジネスにならず、今のところ趣味の範囲を超えるものではない、とのことでした。しかし、だからと言ってこのような事態を野放しにしておくわけには行きません。起死回生、ここにはやはり「公共事業」という考えを持ち出す以外にはありません。事業採算性が取れるのであれば民間企業がとっくの昔にやっています。「事業採算性」が乏しく、「公共性」が高い事業こそ、「公共事業」として取り組む価値があるのです。これ以上山や農地を削って宅地を増やしたり、無駄な道路建設をするくらいなら、「環境」と「健康」に貢献できる「竹炭」を「公共事業」とした方が良いに決まっています。

 しかし、「公共事業」とは「国民の税金」を投入するため、何もないところから「予算」をつけるのは困難です。そこで、我々NPOは「竹炭」を「公共事業」にするための「モデルケース」を作ることから始めたいと考えています。

 そこで具体的に上がってきたのが、「竹を素材とした都市農村交流事業」です。都会の住民が農村の美しい環境を求めてやってくる「グリーンツーリズム」の取り組みは公共も民間もすでに積極的になされています。そこで、本事業です。フローは以下の通り。

①都市の住民を募ります
②一箇所に集まって先ずは「土釜」づくり(又はすでに土釜を用意しておきます)
③竹林に入って竹を伐採します
④切った竹を土釜に持っていって「入竹式」で盛り上がります
⑤作業が終わったら簡単な食事とビールで心と体を癒します
⑥その後、近くの温泉にご招待、解散します
⑦後日、自分たちで切って入れた竹炭が送られてきます

 こんなツアーを一人数千円の参加料を徴収して企画するのです。しかし、これだけでは大規模な竹やぶ管理には及びません。それでも、先ずは行動するのです。最終的には「公共事業」にするのが目的ですが、行動することによっていろいろは波及効果が期待されるかもしれません。また、この企画の良いところは「お金がかからない」ことです。金をかけずに知恵を使って問題解決に導く。これぞNPOの仕事です。

先ずは北方町でモデルケースとして実施し、実績ができれば他の地域でも実施します。ゆくゆくは都市だけでなく、地元の住民が楽しみのために竹を切り、竹炭を作る、すなわち「地産地消」による竹炭事業を展開していくのです。わくわくしますね。

 ところで、ここにきて馴染みない言葉が登場していますよね。それは上のフローの②の「土釜」です。お金がかからないと言いましたが、竹を炭にするには当然、釜が必要となります。N氏のところで作っているのは一機50万円の炭焼機です。しかし、労力さえ使えば炭焼機は土を原料に自分たちで作れるものなのだそうです。N氏もそれは可能だと言っていました。では、「土釜」を作るためにはどうすればよいのか。技術は??

 そのことも実は解決しようとしています。N氏の後に、HGSM氏の実家(北方町です)に寄ったのですが、氏の母親が土釜を作っている人を知っているということで、その場で電話をしました。すると、来週、近くの鹿島市という所で手作りの土釜による竹炭づくりがあるそうなのです。何と言うタイミング。ツイてる。ここから仲良くなって土釜づくりの技術を身に付けます。ですので、来週の日曜日は再び竹炭のために動くことになました!!はははは!!

 従って、上記のツアーでも「土釜」は私がツ・ク・リ・マ・ス。

【またまた命の水です】

 前回、「命の水」を汲みましたが、当然、使ってなくなりました。なので、今日も汲みに行ってきました。

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 その場所にはすでに3名ほど汲みに来ている人がいました。少し待って私も汲みました。汲み終わってからもしばらく、千手観音にお参りしたり、いい空気を吸ったりしていました。そこで、既に来ていた先の3名の一人(おばちゃん)がなにやら興奮しています。

「あ~、たまらない!!。ここに来るだけでエネルギーがもらえるの~。(石碑に)近寄ってごらん。あ~、もうたまらない!!。ここに来るまで頭痛かったのがすっとなくなった。」などと喚いています。私もそのパワースポットに立ち、石碑に手を置いていましたが、確かに言われるとそんな気がしないでもないのですが、おばちゃんのように「イキそうな」声を出すには至りません。

 その次におばちゃんがまた言います。

「ここに立ってごらんなさい。あの石碑とあの石碑を結ぶ三角形の頂点の場所なんだけど、ここもすごいエネルギーよ。あ~ん、たまらな~い!!(←ちょっと誇張しています)」

 私も立ってみました。先ほど、N氏のところに行った時に「体が良くなると体が柔らかくなるから前屈をして試せばわかる」と言っていたのを思い出し、その場で「前屈」をしてみました。私は体がものすごく固いので、前屈をすると「マイナス20センチ」という情けない数値を示します。

 ですがその場所に立つと、きちんと手が地面に着いたのです。暗示かもしれませんが、あながち間違いでもないと思いました。以下の写真はそのスポットから撮った写真です。どうです?エネルギーを感じますか??

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【ツイてるうどん屋】

 水を汲んだあとは、本題のヒアリングです。いくつか周った後、国道沿いではやっているうどん屋に話を聞きに行きました。忙しそうなので、10分のはずが話し好きの大将のようで、一時間にも及んでしまいました。大半は地元の話や身の上話でしたので、趣旨に会う話は少なかったのですが、その中で面白いことを言っていました。

「俺は高校卒業して、すぐ競艇選手になって25年。40代半ばでうどん屋を始めたんだが最初は10年もてばいいと思っていた。当時は周りに何もなかったんだ。でも、いつの間にかうどん屋も25年やっている。俺がうどん屋を始めてから、あれよという間にいろいろ立ち並んだ。俺は運がいい、ツイてるんだよ。」

 でました!!ツイてる!!。こんなところでツイてるが聞けた。私もツイてる。斎藤一人さんのファンならわざとらしく「ツイてる」を連発するところ(私も同様)ですが、そのうどん屋さんは自然にツイてる。おそらく普段から言ってるんでしょうね。さすが!!

 そんなことで今日は日帰りで行ってきましたが、今日も素晴らしい進歩がありました。いや~、わくわくしますね~!!

今日の順位は?
by katamich | 2005-01-22 23:56 | ■まちづくり
 久々に「徹夜」をしてしまいました。今日までの資料作成のために。とりあえず会社を出たのが朝の4時半。家には5時過ぎに着きシャワーを浴びてメールをチェックします。すると、なんとも嬉しいメールが。去年の10大目標に「谷口英治氏を福岡に呼んでライブを企画する」というのがあり、見事に動かなかった計画なんですが、そのピアニストの方からメールが来ていました。春に谷口氏を呼んでライブをするので、場所取りなど協力してもらえんかという話でした。もちろん喜んで協力です。気にしてながらも忘れた頃に吉報が。最近、こんなことが多いような気がします。

 さて、今日までの資料の話ですが、その資料について福岡県庁が客先の役場に聞き取りに来るので急いでいたのです。今回は歯抜けの部分はあろうとも、「骨組み」と「着地」だけ見せておくと、とりあえずはクリアしました。なんとも要領を心得たものです。

 午後は、その役場でまたも講演会をプロデュース(←こう言うとカッコいいですね)しました。以前もやった「直売所のまちづくり」です。講師の先生も同じです。講師の先生は直売所の第一人者でもあるのですが、もともとは大手広告代理店H堂の役員です。なので、マーケティングの視点からの話も多く参考になりました。その要点だけここで述べたいと思います。

【後悪(あとわる)セリフを言うな】
 これはコミュニケーションスキル全般に言えるようです。つまり後に言った言葉の方が印象に残るので、「良い方」を最後に言えということです。例としてダイエーの松中が年俸交渉する時は、順序どおり「三冠王」から「プレーオフの成績」を言うのではなく、最初に「プレーオフでは体を悪くして最後の最後に打てませんでした。申し訳なかった。でも、今期の成績は王選手以来の快挙で自分としても誇らしく思っています。」と言うと相手側も「年俸をもうちょっと上げてやった方がいいな」という気になるそうなのです。
 それと同じことが直売所にも。売る側としては高く買ったもらいたい。なので、「このみかんはちょっとお高こうございます。でも、その分、味は抜群ですよ。お試しあれ。」と言うのを戦略的に構築するのだそうです。それがマーケティングの基本なのだそうです。農家の人は作る事に精一杯で、肝心の売ることについては上手でないようです。売り方を工夫することが以下に大切か。それが農家の生きる道のようにも思います。

【細かいことに目配りを】
 モノを売る時には、その「品質」や「値段」といった商品についてのプロフィールが大切です。それは当然なのですが、直売所ではその他の要因が重要なのだとか。それは「細かい目配り」。
 こんな例を出されました。単身赴任のご主人が1~2度家に帰ると、なぜだか「障子にたまるほこり」が気になるもののようです。すぐに人差し指で確認したくなるそうです。そうして無駄な夫婦喧嘩が始まるものだとか。
 直売所も同じで都市の人は多くても週に一回来る程度です。その時には商品はもちろんですが、トイレや水まわり、陳列など周辺のことが気になるようです。ある成功している直売所では、女性がトイレに度に男子トイレを覗くことをルール化したそうです。そして汚れている時はきちんと掃除すると。それだけで「あのトイレはキレイ」ということで立ち寄り客も増えたのだとか(←データ的な実証は知りませんが)。確かにトイレが汚いとその店の印象も悪くなりますよね。そこでは「毎回覗く」がミソのようで、確かに毎朝チェックはどこでもやっているそうなのですが、朝一番の客が「ハミウン(はみ出しうんこ、私の今の造語です)」をすればその日一日が台無しです。やっぱり「トイレ掃除」は大切なのですね。
 
【やる気が大切】
 ある作家がいて、終戦、東大で経済学を学んでいる時、担当教授がこんなことを言っていたそうです。「この先、日本は真っ暗だ。まず、『人口が多い』、次に『資源が少ない』、おまけに『国土が狭い』。日本が復興する条件は極めて悪い。」、と。しかしご存知のように、日本は見事に経済大国にまで成長しました。その作家が当時の担当教授に文句を言いに行くと、「日本の経済復興の原因はまさしく、『人口が多い』、『資源が少ない』、『国土が狭い』こと。人口が多いと物を買う奴がいっぱい。資源が少ないと外から輸入して加工して売って成功。国土が狭いと流通が効率的。思ったとおりだ。」、と。
 何が言いたいかというと、どんなマイナス要因でもそれをプラスに転換する「見方」が重要なのです。そのためには、そのメンバー(国民)、そして組織を背負うリーダーの「やる気」やセンス、考え方が重要なのだと。
 直売所も同じで、「生産不利地域」であっても、例えば「品質有利地域」としての考え方を全面に出すことで、成功する事例はいくらでもあるのだとか。つまりはどんなマイナス要因でもそれを生かすことでプラスに転換できる。そう聞くと勇気が出ますよね。

 他にも具体的な事例を紹介しながら、いろいろな話があったのですが、以上の3つの視点(「後悪セリフを言うな」「細かいことに目配りを」「やる気が大切」)は今回の講演会のテーマに留まらず、ビジネスや人間関係全般においても大切ですよね。

 つまり、「悪いところはあってもよいところが印象に残るような見方をする」、「中心部よりもむしろ周辺部にこそ本質がある」、「短所を長所に転換させるようなやる気が必要」。これらはすべて「見方を変える」ということなんですよね。

 今回の講師はマーケティングの専門家でした。マーケティングとは消費者心理、つまりは人の「心」にいかに入り込むかということ。すなわち、見方さえ変えれば、人の心も思うままということですね。

 そうなると現状に悩んでいるのが馬鹿らしくなります(私は特に悩んでいませんが)。その「悩み」こそが現状を変える原動力になるというのに。今回の講演会からもいろんなことを気付かせてもらえました。ありがとうございました。

今日の順位は?

(松中です。ヘルメットがスルッと入ってヒットが打てるとです。)

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by katamich | 2005-01-14 23:44 | ■まちづくり
 今年初めての出張。某地域の合併協議会に出席しました。合併協議会というのは、今はやりの「市町村合併」を討議し、決議するための協議会のこと。複数の当該市町村の首長、議員、住民等から組織され、ここで合併後の新市(新町)のあり方を協議します。(市町村合併についてはここらがわかりやすいです)

 ご存知と思うのですが、現在、「平成の大合併」というのが全国的に進められており、平成17年3月まで法律(合併特例法)で定められた協議が進められます。合併するにはいろいろな手続きがあり、きちんとした計画を作り、きちんとした決め事をすれば、複数の市町村が合併し晴れて一つの「市(町)」になります。新しいまちづくりのためには、いろいろとお金もかかるので、国から特別にお金を借りることができます(合併特例債)。

 私の仕事は、そのための計画を作ることです。言わば市町村合併コーディネーターのようなことをやっています。

 わが社が関わっている当該地域の協議も今や大詰めで、3月に向かって切磋琢磨しています。合併ではもともと違う市町村が一つになるわけですからいろいろな決め事があります。例えば、住民が支払う保険料の額(率)とか、それぞれでやってきた事業のすり合わせとか、複数の項目があり、それらを一つ一つ協議会の合議の元、クリアしていくのです。

 しかし、それらの決め事の中にはいわゆる「恐怖の3項目(←私が今名づけました)」と呼ばれる協議事項があり、せっかくうまく行ってるのに、この3項目にぶち当たると、突然合併協議が解体してしまうことがよくあります。これまで、合併に失敗してきた地域のほとんどがこの3項目のために仲違いして白紙に戻ってしまうのです。

 その3項目とは、一つが「議員定数」の問題です。議員の数とは各市町村で決まっており、合併して一つになると、当然、議員の数も減らされます。減った分の議員は言わば失業してしまうのです。しかし、急に減るのはいろいろと不都合があるので、一定期間は在任特例と言って、議員がそのまま残る期間が「特例」として設けられています。協議会には各市町村の議員が中心に参加されていますので、自分の「食い扶持」を守るためにも、この問題は実にシビアになります。本来はそのまま数を減らした方が、その分議員に給料を払わなくて済むので財政の節減になって良いのです。しかし、「財政節減」という建前と「我がの食い扶持」という間に置かれ、侃侃諤諤の論議が展開されるのです。ある強気の議員は「特例なんて必要ない」と言えば、別の弱気の議員は「特例は必要」と言ってもめるのです。我々住民から見れば、議員がうじゃうじゃいるよりも少ない方がスッキリしてよいのですが、決めるのは当の議員です。何か矛盾してますが、議会制民主主義とはこんなものなのでしょうか。とにかく、我々の預かりらぬ議員の茶番劇で、合併が白紙になることが実に多いのです。

 二つ目は「新庁舎」の位置です。合併すると市役所は当然一つになりますので、元に自分がいた場所に市役所を置きたくなるのもわかります。これは一番人口の多い市に置かれたり、当該地域の中心部の市に置かれたり、比較的すんなり決まり安いのですが、時々、「ボクのところじゃなきゃイヤだ」と言って駄々をこね始めることがあり、決まらず解体してしまうことがあります。

 そして三つ目が、本日の協議会で最ももめた事項です。それは、「新市の名称」です。要するに自分たちが住んできた市(町)の名前がわかるのです。A、B、Cというそれぞれの市町村が合併して新たにDという名称になることもあれば、一番大きなAという名称になることもあります。一番大きくとも、Aがそのまま残るのはB、Cとしてはしゃくなので、苦肉の策で「ひらがな」とか「カタカナ」になったりもします。その典型が「さいたま市」ですよね。今回の平成の大合併によってひらがなとかカタカナの市が多いこと。また、時にはその地の「特産品」が新市の名前になったりすることもあります。私が住んでいる「福岡市」が「メンタイコ市」になるようなものです。

 今日の協議では、住民投票をはじめ、これまで何段階かに分けて新市の名称の検討をし、前回、この協議会で決選投票が行われました。そして、ある名前(仮にA)に決まったのですが、Aという名前に不服な別のところが異議を申し立てたのがもめ事の発端です。

 その論議を見ていると実に面白くも馬鹿馬鹿しかったです。確かに新市の名称は大切だと思いますが、だからといって住民サービスがどうなるという問題でもありません。決まってしまえばそれで決まりなのです。しかし、今日はある議員が「Aじゃヤダ!、Bにして!」と言うと、別に議員は「投票でAに決まったのにいまさら何よ!!」と言い、また別の議員が「だってAなんて、住民からどう思われるか心配なんだもん!!」と言い、次に別の議員が「もう、子どもみたいなこと言わないの!!」となだめます。

 誇張しているのでなく、本当にこんな議論が繰り広げられていたのです。(言うと支障あるかもしれませんが、「今年の年賀状にB頑張れ、ってたくさん書かれてあったもん」、「そんなのボクの年賀状だってAまであと一歩だね、って書いてあったもん」なんて議論が本当にされていたのです)

 結局、以上の3項目は決まらず次回に継続協議になってしまいました。あと2ヶ月しかないのに。

 なんだか今日のブログはお勉強のようなブログになってしまいましたね。でも、ここを見てくれる100人の人がみんな知ってることでもないので、たまにはいいですよね。



 あと、話変わりますが、昨日、今日とこんな出来事が。

 昨日の夜、こうやってブログを書いているとき、携帯がなったので取ると、私の友人が「私、コーチングの同好会作ったの。石田さんもぜひ参加して~」とお声がかかりました。コーチングスキルを向上させることが今年の目標にもあったので、実にグッドタイミングです。

 今日の夜、ある人から電話がかかってきました。それは「滝行」と検索して私のブログを見つけ、興味を持って先日メールを送ってきた方からです。その方は実は私の知り合いの元同僚だったりして。スピリチュアルなことに関心があるようで、日曜日にお会いすることになりました。

 そのあと、私の方からある人に電話をかけました。8年前にハンガリーで知り合った方にです。私よりいくつか年上の女性なんですが、年賀状に「ブログを読んでてシンクロする部分が実に多い」と書かれてあったので私も興味を持って電話したのでした。8年前にブダペストのとある安宿で4~5日顔を合わせていただけなのですが、なぜか毎年年賀状が続いています。そしてお話をしたのはそれ以来です。とっても喜んでもらえて一時間くらい話しちゃいました。

 いや~、今年になってまだ一週間しか経っていないのに、すでにいろんな事が起こっています。つくづく今年もすげ~年になりそうです。

読むの大変だったけど、ちょっと勉強になったという方はクリック。

(疲れたら甘いものでもお食べになって)

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by katamich | 2005-01-07 23:17 | ■まちづくり
 今日は始業から一日遅れで出勤。昨日は有休だったのでした。一日、色んな片づけごとをしてまったりと時間が過ぎました。そして5時から会議でした。実はこの正月、宿題が課されていました。年明けの会議で「新しい提案」を持ち寄って発表することです。年明けの会議は4日だったので、私は正月に家で企画を作成し、メールで送っていたのですが、会議は今日に延期されていました。なんのこっちゃ。

 さて、企画も煮詰まらぬうちに恥ずかしげにペーパーを出したのですが、他の人たちは???、、、コメント控えます。。。

 私が出した企画は4つ。
「①里山管理システムの構築」、
「②食料自給率向上(地産地消)計画」、
「③ビフォーアフター方式(テレビ番組の)による公共ストックの活用方策」、
「④若年人的ストックの活用方策(フリーター・ニート対策)」です。
思いつき程度でよければあと10こは出てくるのですが、とりあえず今日はこれだけ。

 こなかで比較的議論して頂けたのが②の「食糧自給率向上のための計画」です。端的にいえば、今の日本の食糧自給率は40%程度なので、それをせめて70%~には持っていこうという計画。
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 実は1999年の新農業基本法でも食料自給率の向上は指針として示されているんですが、無残にも低下の一途とたどるのみ。現在では30%台に突入しているという見方もあります。私の提案というのは、ここまできたら、まずはトップ(国)が本腰をあげて指針を示し、ボトム(市町村)から自給率を上げる、すなわち、「自給自足市町村計画」を目標値を設定しながら策定し、それを期限を決めて達成するというもの。国策なので補助金・交付金もきちんと設けるのです。

 でも、そもそもなぜ自給率が低いと良くないのでしょか。考えられることはいくつかあります。
①国債が下落したら輸入出来なくなり食糧難に見舞われる
②国外からの安全性が疑問視される食料漬けになる(BSEなど)
③食料を生産しないことで農地が荒廃し国土が荒れる
④災害・天災なれば供給不足が加速する
⑤戦争など緊急事態においては国民の基礎体力が賄えなくなる
⑥日本の食文化が衰退する 

 これは二つの点から考える必要があります。一つは今現に生じている問題(②③⑥)と、将来生じうる問題(①④⑤)です。前者の問題はまあ納得できるとして、後者の災害や戦争、国債下落なんてあるか分からないし、先の話でしょう、、、と言われるかもしれません。しかし、国策(国の責任)とは「国民の生命・財産・基本的人権の保障」である以上、懸念される食糧不足に対するセーフティネットは張っておく必要があるのです。それが国策というものです。

 ついでに①~⑥の補足をしますと、①~③は言うまでもないこととして、④は例えば極端な話、米の生産が「新潟」に限定されていたら地震の災害で我々の口に米が入らなくなるところでした(一応、米だけは自給率100%なのでまだましなのですが)。それより昨年は台風で野菜がやられ以上に値段が上がりましたよね。数年前は米が不作で「米騒動」なんてものありましたよね。割りと身近な話じゃありませんか。

 ⑤は「まさか」と思うかもしれません。しかし、その「まさか」がそうでなくなる懸念は十分にあります。例えば2009年には中台戦争が勃発するのですが(いけな~い!言っちゃ!)、、、、北朝鮮だって怖いじゃないですか。もしも戦争になった場合、兵糧攻めにあえば日本人は一発ですよね。他のケースとしては、何かで国際関係が悪くなり「日本には輸出しません」と言われたらどうするのですが。外交的に強く出られませんよ。端から外交カードは向こうにあるのですよ。

 ⑥はもっとわかりにくいかもしれません。別に私は国粋主義者でもないのですが、日本の文化、風情は大好きです。実は「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」という日本人の琴線に触れる抒情は、日本人と自然とが一体であったことに端を発するのですが、その一体化の根源は「自然から食べ物を頂いている」という事実に由来するものです。しかし今では、日本の自然からではなく、「外国から金で買って」頂いているのです。それはすなわち、「文化を売って体の養分を買っている」に他ならないのです。もっと言いたいことはありますが「文化」についてはこの辺で。

 それでは自給率をあげるメリットは?
 
 これもいろいろあるのですが、前半で力を入れてしまったので、ちょっと簡単に。上記の①~⑥を裏返せばそれがメリットなんですが、それ以外にも「雇用の創出」という効果もあると思います。これはまだじっくりと検証はしてませんが、自給率を100%に持っていくには、実は残り60%分の労働ポテンシャルがあると考えられます。例えば、ニートと呼ばれる無気力な若者を自然の中で働かせれば、本来持つ人間としての活力が生まれるのでは、、、と楽観的に考えたりもします。

 まあ、そんなことを普段考えているんですが、今日の会議ではなかなか伝わりませんでした。詳しくは言いませんが「響かない」会議でした。現実。響かせるのも私の仕事かもしれません。実はもう一枚用意したペーパーもあるんですが、やばいので今日は出しませんでした。それは、、、(会社活性化計画その1にあたるものですが)私ごとき一番下っ端が出すのはおこがましいので、そのうちこのブログにでも出しましょうか。なんてね。

今日の順位は?

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by katamich | 2005-01-05 23:20 | ■まちづくり
 実は先週って一度もスーツ着てませんでした。今日は久々にスーツを着て客先に車で直行。子育て支援に関する計画づくりの打合せでした。

 話は保育サービスや教育の話から児童虐待の話に及んだ時、担当の職員が保育園の園長から薦められたとして「私があなたを選びました」という詩を教えてくれました。その担当も読んだわけではなかったのですが、薦めてくれた園長さんに言わせると、「みんながこれを読めば虐待なんてなくなるのにねえ」ということのようです。

 気になったので、事務所に戻ってからネットで調べてみました。

―私が あなたを 選びました―

おとうさん、おかあさん、あなたたちのことを、こう、呼ばせてください。
あなたたちが仲睦まじく結び合っている姿を見て、
わたしは地上におりる決心をしました。
きっと、わたしの人生を豊かなものにしてくれると感じたからです。
汚れない世界から地上におりるのは、勇気がいります。
地上での生活に不安をおぼえ、途中で引き返した友もいます。
夫婦の契りに不安をおぼえ、引き返した友もいます。
拒絶され、泣く泣く帰ってきた友もいます。
あなたのあたたかいふところに抱かれ、今、わたしは幸せを感じています
(中略)
おとうさん、おかあさん、今、わたしは思っています。
わたしの選びは正しかった、と。

わたしがあなたたちを選びました


と、こういう詩です。(全文はリンク先にあります)

 私は子育ての経験はまだないのですが、なかなか感動させられる詩ですね。赤ちゃんというのは好むと好まざると父と母の意志によって生まれてきたものと思いがちです。思春期の子どもは親子喧嘩をすると、決まって「誰が産んでくれって頼んだ!!」と捨て台詞を吐きます。
 
 しかし違うんですよね。子どもというのは両親を選んで自らの意志で生まれてくるんですよ。これだけは確信を持って言いたいです。今年の4月、会社の同僚の結婚式で、私はクラリネットを吹き、その間奏の時にトークをしました。

 「世間には『できちゃった婚』という言われ方をしますが、実は○○ちゃんがこの2人を出会わせ、そして結ばせ、そして自分の意志で生まれてきたのです。本当に祝福すべきことじゃないですか!!」、と。(←マジでこんなこと言ってました。オマエ歳いくつや?って感じですよね。)

 我ながらなかなかいいこと言ったと思ってます。実際、親というのは「子ども」がいて初めて「親」とよばれるのです。「子ども」がいなければ「親」にはなり得ない、つまり、「子ども」の存在が「親」の存在を決定するのです。

 しかし私が言いたいのはそんな禅問答のような話ではありません。私はすぐに「前世」の話をしたがりますが、まさしく「前世」の赤ちゃんが「この2人から生まれよっと」と意識して産まれてきたと考えられます。 
  
 この詩の作者による言葉を見てください。

「8年前、リーブ法という、中国の気功を取り入れたお産を始めた際、妊婦さんたちが、お腹の赤ちゃんをもっと実感できる方法はないかと思いをめぐらせていたときのことです。その夜も、家族が寝静まってから、部屋で一人考えていました。しんと静まりかえった、真っ暗な空間。『お母さんの子宮の中は、こんな感じなのだろうか』 そう思った瞬間に、次から次へ、言葉があふれ出てきたのです。このとき生まれたのが、『私があなたを選びました』です。」

 すごくスピリチュアルです。この作者はお医者さんなのですが、「母親の子宮」をふとした弾みで追体験し、そこで赤ちゃんの気持ちになって言葉があふれてきたのでしょう。精神世界ではこれをチャネリングと言ったりするかもしれませんが、とにかく、このお医者さんはその時「赤ちゃん」になったのです。ですので、この詩はまさに実話とさえ言えるでしょう。

 「親」というのはまさしく「選ばれた」存在なのではないでしょうか。意にそぐわず子どもができない夫婦もいますし、その方々を軽んじるつもりはありません。その方々には子どもがいないという命運を受けた上での使命があるものです。
 
 そのことをきちんと認識した上で、私は「親」というのは「子ども」から選ばれた存在であると言いたいのです。この詩はそのことをまさしく「赤ちゃん」の視点から語られているゆえに心に響くのでしょう。確かにこの詩を読めば虐待なんてなくなる(かな?)。(そもそもこれを読んで感動する親は最初から虐待なんてしない、と冗談も言いましたけど)

 今日の打ち合わせの最後にこんな提案をしました。

「母子手帳を渡す時に「相田みつを」さんの詩をプレゼントしてはどうでしょうか。出産祝い金なんかよりもずっといいと思いますよ。」

 私は相田みつをさんのことが昔から気になっていました。しかし、ツレが相田みつをファンなので、つい「相田みつをは偽善者」なんて天邪鬼な発言をしてしまうのです。にんげんだもの。

 そういえば先日北方に行った話で、Nさんの家にも相田みつをさんの色紙が家中に飾られていました。

 相田さんの言葉と書は本当に感動的なものが多いのですが、次の詩なんかグッときますよね。声を出して読んでみてはいかがでしょうか。

「アノネ 親は子供をみているつもりだけど 子供はその親をみているんだな 親よりもきれいな よごれてない 眼でね みつを」

「みんなほんもの トマトがねえ トマトのままでいれば ほんものなんだよ トマトをメロンに みせようとするから にせものに なるんだよ みんなそれぞれに ほんものなのに 骨を折って にせものに なりたがる みつを」<

 そうだよなあ。選んだ子どもは自分の目に狂いはなかったか、じっと見てるんだなあ。
 そうだよなあ。そのままでいいのに自分の思い通りにしたがるから手が出てしまうのかなあ。

 言葉から得る力はすごいですね。私の提案も受け入れられるかな。大声で「相田みつをが~」って話してたら、近くの職員は笑顔でこっちみるし、隣の課の人まで聞き耳立ててたし。言葉を大切にする町になって欲しいものですね。

くりっくしようよ にんげんだもの

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by katamich | 2004-12-20 23:50 | ■まちづくり
 2日間の行程が終了し、無事帰宅しました。昨日、今日と佐賀県北方町というところでまちづくりの聞き取り調査に行ってきました。これは会社の仕事ではなく、関わっているNPOのお手伝いです。

 今日のテーマのとおり、ものすごい2日間でした。心してお読み頂きたく思います。
 
 11日の朝8時半に北方町役場に集合です。同業他社の先輩2人(HGSM氏・IWSK氏)と役場の職員と私の4人です。北方町のまちづくりを考えるために町内で活動している住民の方々をお伺いし聞き取り調査を行ってきました。

【直売所が大切という話】
 一日目は農業従事者の方、何人かの話を聞きました。皆さん、共通して言われるのは直売所が欲しいという意見でした。私は話を聞きながら、前日に仕入れたネタを披露しました。
  「直売所は日本の農業を救うんです。将来、安全で安い中国産が入ってきても、『鮮度』『食感・歯ごたえ』『個性』だけは国産にかないません。スーパーに国産と中国産が並んでいると消費者は安い方を選ぶでしょうが、徒歩圏内に直売所が一つはできる時代になると、消費者は安く付加価値の高い直売所に足を向けます。また、これからの農業は作って終わりではなく、作物の個性や食べ方などを消費者に教えていく必要があります。そのような作物のコンサルティングはまさに直売所でしかできません。直売所では農家はいきいきと農業に誇りを持ちながら、かつ、日本の農業を救う役割を担うのです。直売所、頑張ってください。応援します。」
 すると、「まあ、勇気が出たわ。ありがとうございます。頑張ります。」と返事をいただけました。
 前日に仕入れたネタそのままなのに、「ありがとう」と感謝の言葉を頂きました。前日に直売所の講演があったのは、この日の聞き取り調査のためだったのでしょうか。ツイてる。

【最高級の佐賀牛がグラム500円で買える話】
 高級和牛に数えられる佐賀牛の生産者に話を聞きました。佐賀牛は通常、グラム5,000円はする高級品です。ステーキ屋で佐賀牛を食すと一人15,000円~20,000円はかかります。しかし、生産者に言わせると中間マージンがかかりすぎで、本音のところはグラム500円でも十分採算が取れるのだそうです。ですので自分の家で焼けば200グラムの佐賀牛ステーキが1,000円で食べれるのだと。
 また、不思議なことに、「佐賀で佐賀牛を食べる」という風潮はこれまであまりありませんでした。なぜ、東京とか大阪とか福岡の高級な店でありがたがって食べる風潮があります。おかしな話です。福岡の人なんか、車でちょっと行けば佐賀です。生産者の本音としては、遠方に付加価値をつけて高く売るよりも、適価で地元の人に多く食べてもらいたいということでした。世の中には無駄が多いですよね。

【自然のサイクルに従えばコストを削減できる話】
 佐賀牛の生産者の話の続きなんですが、面白いことを言っていました。牛を育てるには牛舎にオガクズなどを敷き詰めて、つねに清潔に保ち、糞が混じってグチャグチャになったオガクズ類は産業廃棄物として捨ててしまうのだそうです。b0002156_23534636.jpg
 しかし、その生産者はオガクズの変わりに農家から籾殻を貰い受け、糞が混じるとそれは堆肥として再び農家に還元するのだそうです。オガクズの場合は、糞交じりのオガクズになると産業廃棄物としてどうしようもないのですが、籾殻の場合は最終的に堆肥化され、産業廃棄物ではなくなります。それによりコストも削減、環境にもやさしいというわけです。自然と調和するということは無駄を無くす、ということはコストを削減できて儲けが増えるという構造です。

【自然のエネルギーで不登校の児童をケアする話】
 北方町には山の上に古い小学校の分校がありました。休校はずい分前なのですが、昨年から廃校が決まりました。校舎も老朽化しているので撤収しようという話もあったのですが、町の有志により不登校児童などのための施設として開放することになりました。
 その有志の方に話を聞いたのですが、その分校には不思議な力があり、そこに来ると自動も保護者も皆元気になっていくのだそうです。それを力説されました。私は滝に打たれている経験から、「それは自然のエネルギーと人間の内なるエネルギーが調和することによって、人間の本来持つ免疫力(ホメオスタシス)が回復するのでしょうね。」とわけのわからないことを熱く語ってしまいました。相手も目が点になっていましたが、私もいい話を聞けてテンションがあがってしまったのでしょうね。
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 なんだか、今回の聞き取り調査は私の好きなテーマばかりです。徐々にテンションが上がり、一日目最後の調査です。ここからが今回の話のメインになりますので、心してください。

 聞き取りの相手は、地球環境の改善のために活動をしているN氏です。本職は鉄工所を経営しているのですが、最近、会長に退き、エコロジー製品の販売やエコロジー活動をしています。その主力としてEMがあるのですが、非常に深遠な考えで活動していることがわかりました。そう、その理念とは「波動」です。家の雰囲気を見てわかりました。ここに来て私のもっとも好きな話題になりました。わくわく。

 聞き取り調査は30分の予定でした。最初、N氏は「また、わけのわからん連中が来たわい」という感じで接してきました。「俺は変人でエゴが強いから話聞いても参考にならんぞ」とかいう感じで。なんだかもどかしい話し方をしていたので、私の方から口火を切り、「我々、波動とかいう話OKですから。専門用語OKですから。」と言うと、奥さんがまず反応し、N氏も徐々に口が滑らかになっていきました。結局、30分の予定が4時間近くに及び、酒や寿司までご馳走になりました。そこで話された深い内容を紹介します。

【佐賀は素晴らしいという話】
 N氏の出身は関西なのですが、佐賀で事業を展開し、長らく生活しています。N氏が言うには日本でもっとも素晴らしい場所が佐賀なのだそうです。佐賀は食料自給率100%で食べ物は豊富。有明海と玄海灘という個性的な海を持ち、米も野菜も果物も豊富。地形は広大な佐賀平野に山々も豊か。台風の被害はほとんどなく、地震(活断層)もない。水もきれい。こんなに住むのに適した場所はないとのことです。言われてみれば納得です。確かに田舎かもしれませんが、人々の価値が都会重視だからであって、自然や人間本来の生き方から見ると、佐賀は確かに素晴らしいことがわかります。吉野ヶ里など古代の文明は佐賀に始まっていますし。

【新しいエネルギーの話】
 有史以来、エネルギーの歴史は「木→炭→鉄→石油」と来ています。しかし最も重要なエネルギー源は「水」であり、石油に代わるエネルギーとして「水素」が注目され、実は実現化しているのだそうです。しかし、石油による世界征服を目論むアメリカは「水素エネルギー」が広がることを阻止しています。それは「ヘンプ(麻エネルギー)」も同様です。アメリカという国はどうしようもないという話です。

【電磁波が体に悪いという話】
 これは今や常識です。現在、不妊症の女性が増えている原因は携帯電話を腰につけているからだと言われています。私にとっては常識なのですが、他の2名にそれを身をもって教えることになりました。でました、オーリングテストです。通話状態にした携帯電話ではリングは簡単に開きます。通話を止めると開きにくくなります。しかし、電話を持っている以上、通話をしないと意味がありません。そこで通話状態にしてもリングが開かない方法です。それは「電磁波中和シート」を貼る事です。私にとってはこれもよく分かる話ですが他の2人は胡散臭そうな顔をしています。そこでシールを貼ってオーリングテストをすると、見事にリングが開かなくなりました。二人は目を白黒させていましたが、結局、電磁波中和シールを買ってしまいました。確かにこれはすごかったです。今は私の携帯にも貼っています。

【皇室の波動が弱まっている話】
 ご存知のように今、皇室は雅子様の問題を始めてとして、皇室の歴史が始まって以来、不安定化しています。皇居というのは実は、「風水」的にもっとも波動の高い場所にあり、ここは地震も来なければ、台風の被害もなく、空襲にも会わない、霊的にもっとも守られている波動の高い場所にあります。ここに住んでいる人間は心身ともに健康になります。しかし、今、その波動が極めて弱まっています。
 理由は「東京都庁」の存在です。巨大な東京都庁を建ててしまったがために風水上の安定を揺るがしてしまったそうです。皇室の動乱が始まったのはまさしく東京都庁の建設以降です。
ちなみに、次の名を見てください。
おわだまさこ
かわしまきこ

【皇室とユダヤはつながっている話】
 つまり、こうなります
お わ だ ま さ こ
 × × × × ×
か わ し ま き こ

 かけるマークにしたがってジグザグに名前を読むと、見事にシンメトリーになっていることがわかります。このシンメトリーは実は三角形を上下に重ね合わせたマークにつながります。すなわち、ここにはイスラエル国旗の中にある「ダビデの紋章」が隠されているのです。この2人が民間人から皇室に入ったのは偶然ではなく、天皇とユダヤの関係を見事に示唆しているのです。

 また、伊勢神宮や宇佐神宮など由緒のある神社にはダビデの紋章が隠されているそうです。

 天皇家の顔を思い出してください。日本人の顔ではありません。なぜか一様に「わし鼻」の顔です。つまり、これはユダヤ人の顔なのです。

 新千円冊を見てください。富士山が写っています。それを逆さまにすると、湖の中からもう一つの山が現れます。これはモーゼが十戒を授かった「シナイ山」に酷似しています。

 これらは全て皇室とユダヤの歴史的なつながりを示唆するものなのです。

【船井幸雄氏との関係の話】
 N氏は鉄工所の経営者でした。その鉄工所の下には竹炭を埋めるなど波動を高める工夫がしてあります。なんとその鉄工所は、私がリスペクトする船井幸雄氏による「ほんものツアー」の中継点なのだそうです。したがって、N氏と船井氏とは友人であり、よき理解者である関係です。船井氏の本の中にもN氏の鉄工所は出てきます。ビックリです。
 しかし、N氏の話によると、今の船井氏は波動が落ちてきているのだそうです。それは船井氏が船井総研を退いた辺りからだそうです。私は船井氏のウェブを毎日見ているのですが、面白と思いながらも、言っていることに論理的破綻があったり、意味不明なところが時々現れたりします。それは私の理解力の不足だと思っていたのですが、あながちそうでもないようです。N氏によると今の船井氏は「保身に走っている」のだそうです。船井氏の友人でもある増田敏男氏も同様だとのこと。
 そこで今、最も波動が高まっている人が、水の結晶で有名な江本勝氏であるとか。N氏は当然、江本氏とも交流があり、近いうちに江本氏を呼びたいと言っておられました。実は私とN氏とはこのとき妙に共鳴してしまい、今度、江本氏に紹介してもらえることになりました。ひょっとすると船井氏にも会わせてもらえるかも知れません。きたぞきたぞ、って感じです。


 とまあ、このように単なる聞き取り調査のはずが、ものすごくコアな所にまで話が及んでしまい、あまりの共鳴にN氏は二度ほど涙ぐむ始末です。N氏は本当に地球のことを危惧しておられ、我々のようなその意思を継ぐ者に出会って感動したとのことです。私もかなり心がぶるぶる震えました。


【N氏と私の隠された関係について】
 他にも話は多数に及んだのですが、何の話をしても私とN氏とは妙な共鳴があるのです。ツーといったらカーといった感じで、同席していた2人も驚いていました。N氏も滝に打たれています。私も驚きです。そこで思い出しました。3日ほど前に書いた「前世で家族だった3人」です。トイレに行くふりをして、私のスピリチュアル・メンターに電話をしました。

「今、N氏という人と会っているんですが、私と何か関係あるんじゃないですか?」、と。すると、
「ちょっと待ってください。はい、その人は前世で家族だった3人のうちの1人です」、と。

 きました。私もそうとしか思えなかったのです。先日の予言どおり、「近々、人生にとってものすごく大切な人と出会う」の1人と出会ってしまいました。

【お金がついてくる法則の話】
 N氏は一般的に見て金持ちかもしれません。しかし、N氏いわく、これまで金儲けをしたいと思ったことはないのだそうです。すべて、お金の方が自分を追いかけてくるのだそうです。これには法則があります。それは「地球や環境にとってよい行いをしていると、お金が自然と入ってくる」というものです。聞くとN氏は本当に物欲がない感じです。北方町の自然を取り戻すために私財と時間を投げ打って活動し、その結果、六角川上流にホタルが蘇ったとか、数々の実績を作っています。b0002156_23544527.jpg
 これには理屈があると思います。つまり、宇宙や地球という人間を超越した意思にとって、自然にやさしい活動をしている人間を見捨てるはずがないのです。自然活動という意思を持っている人間にはそれ相応の支援をするのは当たり前なのでしょう。
 「お金は後からついてくる」とは、船井さんもそうですが、本田健さんや斎藤一人さんといったお金持ちは皆そう言っています。お金のために働くのではなく、「良い行い」をすることで、勝手にお金がついてくるのだそうです。それは頭ではわかっていても、実践している人に会うのは稀です。その意味で、今回の出会いは感動でした。

【命の水の話】
 N氏は今年になって軽い脳梗塞で倒れたそうです。しかし一週間で完治したそうです。それは「命の水」を飲み続けていたからだと。b0002156_2352522.jpg
 「命の水」は実は、北方町のある場所にわいています。同行した2人は土木の専門家なのですが、あんな場所から水が沸くなんて不思議だとのこと。おそらく源泉からはるか遠く離れた場所の水が長い年月をかけて北方町に伝ってきたの違いないのだと。その年月とは一万年を下らないそうで、地球がまだクリーンな時代のまさしく生命を生み出す水が「命の水」なのでしょう。この水の奇跡はいろいろ聞きました。波動もかなり高いそうです。
 翌日、我々もその水を汲みに行きました。小さな源泉でした。しかし、その水の周りは異常なほど植物が生き生きとしており、源泉に生えている藻がまた見事な藻でした。まさしく生命を感じる環境でした。感動です。b0002156_23522119.jpg
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 と、そのようにNPOによるまちづくり計画の聞き取り調査に行ったのが、異常なまでの盛り上がりで、私にとっては人生に関わる出来事でもありました。私の人生はまさしく、ある巨大な意思によって動かされているようです。やばいっすね。

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by katamich | 2004-12-12 23:48 | ■まちづくり
 ここ2~3日なぜか間寛平ちゃんの昔のギャグ、あ~め~ま~、が頭から離れません。仕事しながらでも無性にあ~め~ま~、と言いたくなり、小声で言ってしまいます。時には大きく。会話してても、「あ、それはあめまですね」とか「今日の昼飯めっちゃあめまですよ」とか「そんなんやったらあめまちゃいます」とか思わず言ってしまいます。
 
 それはそうと今日は仕事で講演会を一つコーディネートしました。ある町の農業計画の策定のため、元博○堂の役員で、現在、農業マーケティングの専門の方を講師に招きました。テーマは「農産物直売所によるマーケティング」です。とても面白く示唆的だったので、要点をここに報告したいと思います。

【状況力に目配りせよ】
 講師の方は、かつて福岡の銘菓である「ひよこ」のCMを作った方です。最初のコピーは「卵の黄身がたっぷりのあま~い(あめま)ひよこ」(←サブリミナルです)でひよこも桐の箱に入れていました。それが昭和30~40年代前半。しかしこのコピーは今では絶対通用しませんよね。
 次の段階は九州土産にターゲットを絞って箱を紙にして、キヨスクに置く。私の親が福岡(祖母の田舎)に行ったときはバカの一つ覚えのように「ひよこ」を買っていました。その時代の状況ですね。
 しかし、キヨスクが全国に並びすぎて「ひよこ」の九州ブランド力がなくなりました。すると、ひよこの会社は「博多銘菓」と銘打って新しいひよこブランドを売り出しました。
 こういう戦略って広告代理店がやってたんですね。
 そこで農業の話です。農業は昔から創ってはJA(農協)に流してそれで終わりでしたが、今も基本的に変わっていないそうです。農業は国から守られている面があったからでしょか。しかし、これからは農業もしっかりと「状況力」を見て、マーケティングして行かなければならないというフリです。あめま。

【中国産は毒菜の非常識】
 近年、衣類や電化製品の部品などは中国産が入ってきて国内の市場を脅かしています。同じことが野菜など食べ物でも起こっています。しかし、消費者の多くは多少高くても安全・安心の観点から国産の野菜を好む性向があります。中国野菜に対して「毒菜」という言葉もあるようです(始めて聞きました。あめまですね)。
 しかし、現在は中国野菜も安心・安全に気を配るようにしており、数年後には国産と同じぐらい安全性が確保された野菜が入ってくるようです。しかし値段は国産より安いのです。となると、数年後には日本の野菜は中国に打ち負かされてしまいます。この後はそのことを前提に作り方、売り方を考えるべきだそうです。

【直売所の時代がやってくる】
 そこで今回の講演のあめま、じゃなくてテーマである「直売所」です。どんなに美味しく安く安全な中国産が入ってきても、絶対に国産にかなわない面があります。それは「①鮮度」「②風味・歯ごたえ」「③地域個性」です。

①中国産だと出荷から市場に並ぶに7日は必ずかかるのだそうです。となると、その間に野菜の鮮度がどうしても下がり、ビタミンなどが低下するそうです。

②しかし、ビタミンの度数など数値化できる鮮度は「冷凍」によって保てるのだそうです。しかし、解凍するとどうしても風味や歯ごたえは落ちてしまいます。調理する場合はそれでもいいのでしょうが、ローフードじゃないですが、生食する場合は解凍というわけには行きません。

③あとは、地域の個性品が重要という点です。食滝に彩りを与えるには、画一的(少品種大量生産)な中国野菜では限界がありあます。やはり、多品種で個性的な野菜が食卓に並ぶ方が豊かな食生活といえるでしょう。

 これら(①~③)はまさしく「直売所向け」であり、逆に言うと、「直売所」こそが日本の農業を守り育てるものなのです。

【直売所は並べて売るだけではない】
 直売所のよさとは並べているだけでないところにもあるようです。店員の「気合(元気、活気(」「気配り(声かけなど)」「気組み(チームワーク)」の3つの「気」があり、また、料理法やを食べ方を知らない若い主婦に料理指南したり、何種類かの米を最適にブレンドしたりなど、食べるためのコンサルタントができるのは直売所だけなのです。逆に言うとそれらが出来ていることが直売所がうまくいく条件なのだそうです。

 他にも雑談を含めて、いろいろ面白い話がたくさんあめました。しかし直売所ってとてもアナログな世界ですよね。移り変わる状況を見る目、「鮮度」「風味」「個性」など数値化できない要素、そして店員と客とのコミュニケーションなどとてもアナログな要素満載です。まさしくあめまです。

 現在、日本には12,000ほど直売所があるようです。そしてとても流行っているそうです(それぞれありますが)。流行っている要素というのは、一言で言うとまさしく「アナログ」なところでしょうか(この観点は私のものによります)。

 近代合理主義(近代化)というのは強引に言えば、すなわち「デジタル化」だと考えています。全てのデジタルに数値化することで汎用性をや応用力を高め、さまざまなニーズに対応してきたのです。しかしデジタル化は極限まで突き詰めるとアナログに回帰するものです。つまり、いくつかのドットを並べた曲線は近くで見ると階段のように凸凹な状態が、そのドットを小さくすればするほど、凸凹は平らになり、滑らかな曲線、つまりアナログに限りなく近づいていきます。

 直売所の例をとったのですが、世の中というのは今やアナログ回帰がかなり進行しているのではないかと思います(CDよりもレコードを好む人も増えているし、陣内やアンジャッシュ、ラーメンズのような計算され尽くしたデジタルなギャグよりも、「あめま」の一発が妙に面白く感じる今日この頃にみるように)。 
 
 デジタルからアナログというのはこれからの世の中を見る上で重要な要素かもしれません。直売所の講演を聞いた帰りにそんなことを考えたりしました。あ~め~ま~。

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by katamich | 2004-12-10 23:35 | ■まちづくり
 今日、企画書を提出してきました。福岡都市圏の某町の総合計画(町の10年間の最上位計画)です。今回も割合自由に楽しく書かせてもらいました。これまで総合計画の企画書は何本も書き、採用されたものもあれば落ちたものもあります。また、総合計画策定の担当もやってきました。

 しかし、どうも「地方自治法」の義務規定としての紋切り型の計画って面白くないんですよね。世の中はすごい勢いで変わってきてるのに、10年前と同じ文言、考え方で進めるのって。なので今回の企画書では今までにないコンセプトを提示しました。ほんとはこれが本来なのかもしれませんが。

 コンセプトの一つ目は「短所是正ではなく長所伸展で」です。我々は「まちづくりの課題」という言葉をよく使うのですが、これって要するに「悪いとこ探し」なんですよね。例えば、下水道の普及率が低いとか、道路が狭いとか。こんなことはわざわざコンサルタントが言わなくっても住民や行政職員は十分わかっていることです。また、下水道を整備したり道路を広げたりするには「お金」が必要です。なのでいくら「悪い」と指摘してもすぐにできることできないことがあります。

 我々コンサルタントの役割というのは、わかりきっている「悪いところ」を指摘するのではなく、自分では気づきにくい「良いところ」を探して、それを引き伸ばすように指南することなのでしょう。これはまちづくりに限ったことではなく、企業への経営指導、人材育成においても同じことです。

 ちなみに今日書いた企画書では、「花の町」「都市と歴史・自然の調和」「なんでもそろっている」という長所を提示しそれを引き伸ばす提案をしました。

 コンセプトの二つ目は「自己充足できるまち」です。仮に人口が増加していても、それは単に福岡市のベッドタウンとして増加しているのでは、「一つの町」である必要はなく、福岡市と合併してしまった方が効率的です。しかし、「一つの町」にはそれなりの利点があります。先日も書きましたが、将来は都市一極集中が緩和されていくでしょう(都会である必要がない、地価が高いなど)。そうなると郊外は重要な企業の受け皿となります。

 ベッドタウンのような町が今後、自己充足的な「リビングタウン」になるには足りない点が二つ。それは二つのショク、つまり「職」と「食」なのです。「職」は先に書いた企業の受け皿として働く場所をもっと増やす、「食」ではせめて日常の食事や学校給食なんかは地元で採れた安全・安心な食べ物を供給するべきということです。「食」を地元で充足するには自然と農業従事者も増え、「職」の方も解決するのです。

 コンセプトの三つ目は「地域間『競争』から地域間『協奏・共創』へ」という視点です。高度経済成長の原動力は言うまでもなく「競争原理」だったのですが、今は低成長・持続的成長の時代。「競争原理」がイノベーションを促進する以上に、失業や不祥事など「負」の部分の方が大きくなっています。これからの時代は、複数の企業が協力し合って、お互いが成長していく方が望ましいと思われます。

 それは自治体においても同じことです。かつての総合計画はすべての自治体が「人口増加目標」を設定していました。しかし、増えるところがあれば減るところがあるのは自然の摂理。全国の市町村がすべて人口増加するのは理論的にも現実的にも不可能です。そこには自ずと地域間の「競争」があったのです。

 しかし、これからは人口全体のパイも小さくなることですし、増えるところがあれば減るところがあってもいいじゃん、という視点が必要です。人口や税収云々よりも、その地域の「顔・アイデンティティ」が大切であり、今後はそれぞれの市町村がお互いの「顔」を知った上で、認め合い協力しながら、よりよい住民サービスの向上を図ればいいのです。

 そんなことを書きながら、具体的に市町村の「顔」とはどんなものか。言いっぱなしでは悪いので当社見解(実は私の見解)として、福岡都市圏の特徴をフレーズとしてまとめてみました。これは私一流の茶目っ気です。

福岡市  :言わずと知れた100万都市、アジアの玄関口
春日市  :何でもそろった人口密度NO.1の生活都市
大野城市:古き朝鮮半島を想わせる、歴史マニアにはたまらない
太宰府市:道真公に思いを馳せて全国から集まるメジャーなまち
筑紫野市:温泉と歴史、イメージは紫色
那珂川町:都会とほんものの自然を遇する雄大スケール
新宮町  :海、街、山のパノラマが映えるコンパクトな定住都市
粕屋町  :バラが香る、住みやすい町NO.1
久山町  :都市圏の奥座敷、なつかしきふるさと景観
篠栗町  :小お遍路さんが闊歩するスピリチュアルなまち
志免町  :炭鉱の歴史と古きよき時代をのぞかせる生活都市
須恵町  :意外と知られていない「器」による朝鮮との掛け橋
宇美町  :産みと海、母性を感じさせる癒しのまち

とまあこんなところです。ローカルなネタですいません。

 さて、三つのコンセプトを示しましたが、共通することは一つ。やはり「ONLY・ONE」ということですね。短所を是正して平均的な水準に合わせるのでもなく、寄らば大樹の陰・長いものに巻かれよ発想でもなく、競争しながらお互いの足を引っ張り合うのでもありません。まちにはそれぞれの顔があり、それぞれが素晴らしいのです。我々コンサルはそれを見つけ、褒めちぎり、伸ばしてやることがこれからの役目だと思うのです。

 コンサルタントの役割も実はパラダイム転換を繰り返しています。
第一段階は「ティーチャー」。これは「ここが悪いよ、これを見習って直しなさい」と教えること。
↓ 
第二段階は文字通り「コンサルタント」。これは「こんな方法がありますよ、あんな事例がありますよ」と専門的知識・方法論を指南していくこと。

第三段階は「ファシリテーター」。これは「皆さんの創意で一つの形を作りましょう」とポテンシャル(可能性)を形にするために誘導すること。

そして第四段階がとして「コーチ」がきます。近年、「コーチング」というスキルが流行っているようですが、これは「あなたはどんな人(まち)ですか、どうすればよくなるでしょうか」と自らの特徴(長所)を気づかせて、それを引き伸ばす方法をさらに気づかせることです。

 第一段階と第二段階は「短所是正型」です。第三段階で「短所是正・長所伸展折衷型」に発展します。そして第四段階では完全に「長所伸展型」となり、他との比較ではなく、まずは「あなたは何でどうなのですか(長所)」を気づかせることに主眼が置かれます。

 現在のコンサルタントは第二段階~第四段階の間をうろうろしているようですが、未来志向型としては「コーチ」がもっとも相応しい形だと思われます。短所なんて時と金さえあれば勝手に解決するものです。それよりも相手(まち)の持つ潜在能力を引き出し、他にはない独自の個性、つまり「ONLY・ONE」を築くことが重要なのです。

 これからのコンサルタントには、まさしく「コーチ」のスキルが重要だと考えています。

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(まちづくりに生かしたい)

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by katamich | 2004-12-03 23:08 | ■まちづくり
 今日は午前中、大分県九重町に来年の仕事の営業に行ってきました。九重町は結構好きな町です。町全体がヒーリング効果の高い森林でできているようで、高速を下りたとたん、心と体が癒されます。

 一人で打ち合わせや営業に行くと、全体の3分の1くらいは雑談に費やすのですが、今日はこんな話をしました。

 担当者いわく、「九重町はご存知の通り田舎で高齢化と若者の流出が進んでいる。定住奨励金など対策は講じているだけど、この先どうなるのだろうか」、と。

 私はこう答えました。「5年後あたりから人口が増えるかもしれませんよ。なぜなら、IT化や宅配業界の発達で、必ずしも都会の真中に事務所を構える必要がない企業が増えると思いますから。そうなると心にも体にも悪い都会を脱出して、九重町のような癒しの地に事務所を構えたくなるでしょうね。我々コンサルなんてその典型で、パソコンさえあれば仕事できるのです。荷物は宅急便に電話すれば取りにきてくれますし、事務用品なども「アスクル」などに頼むと即日から翌日までには届けてくれます。郵便局も全国にありますし。書籍などはネットで買えますし、ネットの商店街を使えばショッピングもできます。私の理想は、田舎に一軒家みたいな事務所を構えて、庭には畑。広々とした空間で仕事して、頭が疲れたら庭に出てクワを下ろす。できたトマトをかじりながら。そうやるといいアイデアがたくさん出てくるでしょうね。それに事務所の賃料も10分の1には節減できるでしょう。世の中がそういう動きになれば九重町にも若い人が増えると思いますよ」、と。

 これはまさに5年~10年後の発想です。「事務所は天神(福岡市のど真ん中)」とか「事務所は千代田区」なんてのはアンシャン・レジーム(旧制度)の発想です。

 私はこれから先、5年~10年後をいかに見るかが勝ち組みに残るカギだと思っています。

 今、売れている業界としては「高級車をはじめとした自動車業界」、「液晶ワイドやデジカメなどの家電業界」、「健康・美容の業界」、「いくつかのIT業界」などが代表です。これらは5年前から「今現在」の時代を予見していたことで勝ち組みに残っていると言えます。

 一方、売れていない業界としては、枚挙にいとまないと思いますが、少なくとも我が「建設コンサルタント」業界は今が冬の時代であると思われます。我々の業界のマーケットはほぼ100%、官公庁(特に市町村自治体)です。しかし、市町村という団体は実は「5年は遅れている」のが現状です。

 例えば、「新エネルギー」や「省エネルギー」などは現在、市町村が本腰入れて取り組んでいる課題ですが、この辺りは自動車業界や家電業界などがずい分昔から取り組んでいるテーマです(ちなみに「麻(ヘンプ・大麻)」を使った化石代替エネルギー(ガソリン、プラスチック、衣類等)など、民間サイドで根強く普及を進めていて近年芽が開きそうなところもあるのですが、役所の計画書に「大麻を用いたクリーンエネルギー開発の検討」なんて文言は今は絶対に書けません)。

 少子化対策においても、駅前託児所やベビーシッター派遣事業など、とうの昔にベネッセなどの民間企業が取り組んでいることですが、最近、ようやく少子化対策の法律もできて市町村も本腰を入れ始めているところです。

 つまり、世におけるイノベーションの順序とは、先見性ある民間の取り組みが普及した後、中央官公庁が法制化に乗り出し、それが県や市町村に下りていくという仕組みになっています。そのタイムラグはおよそ5年から10年はあると思います。

 そこで、建設コンサルタントですが、我々は悲しいかな、ほとんどが国の法制化後に市町村に下りてきて、初めて腰を上げるのです。しかし現実は、市町村に「予算」が付いて初めて「仕事になる」のですから、仕方ないと言えば仕方ないのです。先見の明を持っていても、税金の中から「予算」が付かないと我々は食べていけないのです。

 しかし、我々の業界に限ったことではありませんが、今後、企業が継続して利益を上げていき、いわゆる「勝ち組み」に残るには、5年~10年後の世の中をしっかりと見据え、その時代を予見した研究、開発、提案を行う必要があるでしょう。

 それでは、5年~10年後の(企業や経済を取り巻く)世の中とはどうなっているのでしょうか。思いつきの部分が大半ですが、私なりに考えてみたいと思います。
 
①都市一極集中が緩和される
 都会でないと成り立たない企業とそうでない企業の住み分けが始まるでしょう。先の九重町の例のように、都会でなくてもやっていける企業は、地価が安く環境のよい郊外に移転します。その方が賃料などムダが省けます。ちなみに都会型とは商業施設のような集約を要する企業が代表です。

②年収300万クラスと年収一億クラスの二極化が進む
 エコノミストの森永卓郎さんが提唱しているように、個人のライフスタイルを優先する優雅な年収300万クラスと時間と責任に束縛されるストレスのたまる年収一億クラスの二極化が進みます。どちらがよいかは個人の能力と選択によるものでしょうが、年収300万円でも十分に食べていける社会となると、一概に300万が悪いこともないでしょう(森永さんの受け売り)。年収300万で十分食べていけるには、家賃などの固定費を大幅に減らすことが必要です。その意味で①の郊外定住型が広がればそれも十分に可能でしょう。

③週休3日制が始まり、ワークシェアリングが進む
 年収300万で十分にゆとりをもって暮らすには、一人の仕事の量を減らして、その分を他にまわすことが必要です。失業者も減ります。そのためには、週休を3日にして、余った仕事と賃金をシェアリングするのです。
 公務員などは今でも仕事が少ないので、真っ先に週休3日にして賃金を按分で減らす必要があります。三位一体改革、財政縮減にも貢献します。ただし人並み以上に能力がある公務員は、海外研修や能力開発研修などを充実し、賃金を今よりも増やします。その代わり仕事時間も増え、仕事に対するシビアな成果が求められます。同じ年齢でも年収300万の一般層と1200万のエリート層があってもいいのです。

④食に対する危機感が急速に強まり、多少高くてもよい食材を選択するようになる
 ご存知のように日本の食事情は悲劇的です。食糧自給率は欧米でほぼ100%なのに対し、日本は40%程度です。自給率を100%に近づけることを国策としてかかげ、質の悪い中○産などは国民の自主的な選択によって排除するべきです。
 市町村は「食料自給地域行動計画」を策定し、食料自給率(地産地消率)を数値として把握し、何年で何%上げます、と言うのを目標数値としてあげます。そのための具体策を計画し、数値目標を達成した市町村には財政的な支援が与えられます。

⑤不正・不祥事が減る(なくなる)
 これは既に進行しつつありますが、不正や不祥事を起こす企業は必ず淘汰されます。かつては不正があっても隠しとおすこともできましたが、今は、ITの発達で情報が瞬時に開示され、同時に個人の社会モラルも向上しますので、雪印や三菱自動車のように不正はすぐに明るみに出ます。その不正の部分と言うのは社会的なムダの部分なので、それがなくなれば経済・財政的にもよい社会が築けます。
 ちなみに土建業界などは今でも「談合」をしようとしますが、これも早晩なくなると思われます。法令遵守が今の流れであり、発注者である行政も談合防止に力を入れ、税金を払っている市民もそれを許しません。5年後には談合がなくなっていることを考えれば、今から「談合しない宣言」をしとけば一番乗り(ファーストライド)で勝ち組みに近づけると思うのですが。

 まだ、考えられることもあるのですが、今日のところはここまで。
(ちなみに産業用大麻も5年後辺りから普及し始めるだろうなあ)

(写真はヘンプの実用性)

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by katamich | 2004-11-26 23:31 | ■まちづくり
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