宇宙となかよし

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Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

カテゴリ:■音楽( 108 )



 昨日は最初、イタ飯屋で飲んだ後、近くのカフェバーのようなとこで飲み直し。昨日の写真がそこです。12時過ぎにホテルに戻り、そのままバタン。やっぱり、お酒に弱くなったようです。朝起きると身体がベタベタ。シャワー浴びてなかった。スッキリしてからコンビニでスイカを買って朝食。難波のビジネスホテルなんですが、周囲は大人のお店がいっぱい。この空気。おそらく万国共通だと思われます。シンガポールのゲイラン、バンコクのパッポン、アムステルダムの飾り窓、、、みたいな雰囲気をふと感じ、ちょっとだけ旅して気分に。そして思った。旅が仕事になる。仕事が旅になる。大昔から夢想していた姿が今や見事に現実に。

 まだまだそんなに多くはないのだけど、独立してから仕事で訪れた街は、北から札幌、仙台、金沢、東京、横浜、清里、熱海、静岡、名古屋、京都、大阪、広島、出雲、熊本、鳥栖、鹿児島、そして沖縄。いや、まだあったと思うけどキリないね。これから先はさらにさらにいろんな場所を訪れるんだと思います。文字通り全国行脚。地域地域でいろんな人と出会い、そしていろんな文化に触れる。最高ですね。そしてさらには、仕事と言っていいかわからにけど、私の中の位置付けとしては「海外」も立派な仕事。今はまだインドに二回行っただけだけど、今年はアイルランドとUAEへ。おそらくは今後、講演やセミナーでもいろんな国を訪れる予感がありますね。毎日が楽し過ぎ。だからこそ、健康にだけは気を付けないとね。だけど、体重はみるみると標準に向かいつつあるので、次回の健康診断が楽しみです。

b0002156_13321149.jpg 話を戻しますが、今日のホテルは正午にチェックアウト。周辺はいかがわしかったけど、ホテルは健全でした。午前中はゆっくりして、午後からはコーチングのセッションを一件。そして夜は、、、ああ、めちゃくちゃ楽しかった。中学高校の吹奏楽部の先輩後輩らと飲み会だったのです。フェイスブックでの急な呼びかけでもあったので、当初は私入れて三名くらいと思いきや、直前に増えて計6名に。私が中1のときの高1のOさん、Oさんが中一のときの高3のHさん、私が高3のときの高1のKくん、Nさん、中1のMさんって感じで、世代もきちんとつながってます。今日のど真ん中が私かな。

 うちの吹奏楽部はコンクールでは府大会止まりなんだけど、なぜから卒業後にプロになるようなスタープレイヤーがいっぱいいました。コンクールで上まで行けなかったのは、世間の名門校に比べると絶対的に練習量が不足していたのと、入賞のための専門的な練習をしてこなかったからでしょう。大阪では淀高って有名なとこがあるんだけど、一人ひとりはえ?って拍子抜けするレベルと聞く。もちろん上手い人もいるのでしょうが。それに対して、うちの卒業生にはプロになった人も多いけど、そうじゃない人でも、めちゃくちゃ上手い人が多かった。ぶっちゃけ、私などは才能はぜんぜんないのだけど、そんな環境にいたためか、卒業して一般の吹奏楽団なんかに入ると、いつも上の方だった。ソロも何度もした。私の中の基準がめちゃくちゃ高かったんですよね。先輩後輩に恐ろしい人間がいっぱいいただけに。先生がプロのクラリネット奏者だけに、確かに卒業生はクラリネットでは突出していましたね。

 今日飲んだKくんはプロだし、Oさんも現役時代は惚れ惚れするほど上手かった。とにかくほぼ20年ぶりに近いような人たちばかりで、だけど、フェイスブックのおかげなのか、さほど久しぶり感もなく、話し始めると歳月が一気に縮まりますよね。それぞれの記憶の引き出しがポンポンあけられて、もう苦しかった。笑い死にするかと思ったほど。お酒が入ってるから余計にね。そんな中で、今日、言われてすごく嬉しかったことがあります。プロとして活躍中のKくんからは、「自分がプロになったのは石田さんのおかげでもあるんですよ」って。

 聞いてみると、私は高校のとき、モーツアルトを中心にクラシックにハマってて、コンクールの合宿のときとか、当時はまだ珍しかった「CD」を持ち込んでよく聞いていました。一枚3,500円位する時代。その中で、ジャック・ブライマー、レオポルド・ウラッハ、カール・ライスターなどが演奏するCDを「これ、聴けや」と言って、よく聞かせていました。私自身もちょうどその一年前、ライスターが演奏するモーツアルトに感動しまくって、そのおかげで吹奏楽部を辞めないで続けようと再決心してほど。同時に、楽器のこともいろいろわかってきまて、技術的にも多少は向上したんだと思います。そんな体験があったからこそ、後輩にも聞いて欲しい。半ば独善的にでも聞かせていました。だけど、そこからKくんもまた、クラリネットや音楽そのものへの興味が深まり、紆余曲折ありながらも今では関西を代表するプロ奏者。

 そう言えば先日も、プロの指揮者・ヴィオラ奏者になった男からも同じようなことを言われました。「自分がプロになったのは、石田さんのあのときの言葉があったからなんですよ」、みたいな。考えてみたら、音楽に限らず、人にそのような「影響」を与えてきたことは、私の人生において決して少なくない。旅、哲学、精神世界、自己啓発、心理学など、様々な分野において、私は今でも情報発信しています。ブログも書いています。そしてしばしば、「~のおかげで」と言われることがよくあります。もしかしたら、昔からそのようなインフルエンサーとしての立ち位置があったのかもしれません。そしてもちろん私自身もこれまでいろんな人から影響を受けてきて今があります。そこで受けた影響をさらに世の中に還元する。そしてより高い価値を生み出していくんですね。そんな「あり方」はこれからも大切にしていきたいと思います。

 それからも一つ。私は昔から「夢」がありました。それは優れた文化を育てるための「パトロン」のような存在になること。ただ、優れた文化と言っても、決して客観的なものじゃなく、単純に私と縁がある人とか好きな人に対して。特に音楽がそう。私自身は音楽は大好きですが、決してプレイヤーではありません。だけど今でも大好き。どんなジャンルに限らず、音楽のない人生は考えられない。思えば、私が好きな国ってのは、ものすごい音楽文化があるとこばかり。インドしかり、アイルランドしかり。東南アジアも好きは好きなんだけど、どうでしょう。タイ音楽とかマレー音楽ってのはあまりパッと思い浮かびません。だけど、バリ音楽はすぐ浮かぶ。だからバリも好き。あとは、ハンガリーとかオーストリアとかヨーロッパも伝統的な音楽文化があります。じゃあ、そのような文化を育てたのは誰なのか。もちろん一人ひとりの音楽家がいてこそですが、その後ろには必ずパトロンなる存在がいた。今も昔も、芸術ってのはいかに優れていようとも、すぐに市場性に結び付くものじゃありません。

 ジャズだってそうです。1950年代と言うと、ジャズ花盛りの時代と思われるでしょうが、実のところ失業者にあふれてて、今やレジェンド級のジャズマンでもタクシー運転手をしていた、なんて現実がありました。音楽だけで食えないのです。そこで、そんな優れたアーティストを育てた人物がいました。最も有名なのがパノニカ男爵夫人でしょう。ロックフェラー系に血筋のある大富豪。ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードなどでは、いつも貴婦そのものの出で立ちで定位置に座っていたとか。そんなパノニカを冠したジャズの名曲も数知れず。セロニアス・モンクの「パノニカ」や、ホレス・シルバーの「ニカズドリーム」など。また、モーツアルトにもたくさんのパトロンがいたように、音楽、芸術ってのは伝統的に「パトロン文化」なんです。アーティストだけじゃなく、それらを育てる誰かがいないと残らない文化。

 そして私自身も、、、できればそのような存在になりたい、と思っていました。もちろんパトロンと呼ばれるような資産はまだまだありませんが、飲み代くらいはいつでも出せるようになりたい、音楽で飯食ってる人間には絶対に出させない。そんな立場でいたいとずっと思ってきましたが、ここにきて、ようやくそのレベルには実現したようです。そして私自身ももっともっと稼いで、大切な文化に還元したい。割と本気で思っています。なぜなら音楽が大好きだから。まずは、飲み代くらいはケチケチせずに、演奏会のちょっとした資金援助くらいは惜しみなく出していきたいな~と思うのです。

 だけど、なんででしょうね。そうやって出してると、私の通帳にもほぼ倍返しで入ってくるもんなんですよね。気持ちよく出せば気持ちよく入ってくる。宇宙の法則かもね。それはともかく、今日の飲み会は本当に楽しかった。終電も近いので一応お開きになるものの、4人が残って近くのバーで再び飲み直しに。時間がたつのが早すぎる。実は来月もこの関係で大阪に帰ることに。もしかしたら、、、5~6年ぶりに楽器を出す日がくるのか。だけど、メインは何と言ってもなつかしい人たちとの再会と語りなんですけどね。ほんと、今日は楽しかった。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-08-13 23:39 | ■音楽
b0002156_1363038.jpg 突然なんですが、昨年、カラオケに行った回数を数えてみたら、5回でした。いずれも終電を逃して駆け込んだわけで、とりあえず1時とか2時に入りますよね。まずはドリンク注文して一通り歌って、、、そして途中で語りに入って、最後にまた一通り歌って、みたいなパターンです。そんで、明るみを帯びて始発に乗る。私はそんなときはほとんど仕事ない日ですが、他の方はあるんだろうな~と思いながら。主にセミナー後の懇親会のアフターとか、単なる飲み会のアフターとか、高校の同級生ともありました。歌なんか上手い方がそりゃいいだろうけど、基本的には関係ない。自分の好きな歌、歌いたい歌を歌う。そうやって感情を出す感じだけど、ときには昔のことを思い出したりもしてね。

 ここ数年は行ってないな~とか思いながら、実は昨年、「ここ数年は行ってないな~」的なセリフも毎回のように言ってた気がします。まあ、どうでしょう。ここ数年にしては、5回はよく行った方だと思いますが、今年はどうなるか。ぶっちゃけ言うと、バンバン行きたいと思っています。そりゃ、馬鹿な時間の使い方ですよ。朝方まで飲んで歌って、いい年して疲れるだけ。だけど、これからもどんどん馬鹿なことしていきたいんです。「心は少年」なんてキレイなことを言うつもりもなくて、ただ、いつまでたってもいい年して馬鹿な大人でありたい。大人気ない大人でありたい。

 実は今朝、ちびQに怒ったのです。食べるのが遅くて。それで自分の時間までどんどん失われて、それでイライラして。そして夜、お風呂に入るとき、「おとうさん、大好きだから、そんな顔せんで」と言われたのです。ちょっと余裕を失っていたかな。30分後にコーチングのセッションもあったし、それよりも頭の中で「やることがいっぱいある」と空回りしてイライラして、それが表情に出ていたのか。もちろん、ほっといたらご飯がカチカチになるし、予定がどんどん崩れていくので急かすこともあるでしょう。だけど、私までそれに振り回されてしまったらダメじゃんか。「大人気ない」ってネガティブな意味で使われること多いけど、子どもは子どもなりに何かを訴えようとしていて、そんな気持ちに敏感になれる大人に、親になりたいと改めて思ったのです。

 それにしても子どもってのは憎らしい存在です。イライラしてるときに限って、「大好きだから」なんて言うのですから。それ以上怒れなくなるし、私自身がすっごい悪いことした気になる。でも、子どもは敏感に何かを察してるんでしょうね。これはたぶん自分の問題です。すごく焦ってるから。何かって、、、やっぱり本ですよ。文章だけはかなり書いてるのだけど、最終的な体裁がなかなか整わなくて世に出せるレベルにならないこと。それでいて、たくちゃんは夜中にギャンギャンなくし、それで睡眠時間も削られて疲れるし。そうやってイライラしてるオレがいて、そのことを子どもから指摘される。それも最も堪える指摘のされ方。う~ん、ありがとう。がんばるよ。

 そんな感じの日だったのですが、昼になんとなくYouTube見てたら、こんな動画を発見。なぜこれが入ってきたのかわからないのだけど、何気なく聞いてみると、どっかで聞き覚えがある。



 小沢健二って今どうしてるんだろう。20年ほど前に流行ったけど、ずっと聞かない。だけど、この曲はよく覚えてて、大学時代だったかな。オザケンってなんとなく女っぽいビジュアルで絶対に好きにならないタイプと思ってたら、テレビで歌ってたこの曲がかなりよかった。ジャズテイストってのもあるでしょうが、歌上手いのかどうかわからんけど、すごくいい。歌も曲もいいけど、伴奏もいい。ピアノは渋谷毅!そりゃ、悪いはずないでしょ。渋谷さんのCDって2枚持ってるのだけど、ジャズやってるのにほとんどアドリブしない。いや、めちゃめちゃできるのはわかるけど、アドリブらしいことほとんどしない。やってても、最初から楽譜があるようなソロ。このオザケンの曲にしても、できればソロも取って欲しいところだけど、最初から最後までバッキング。それがまたいい。ベースもいい。

 でもやっぱりね、元に戻るけど曲がいいよ。ピアノは別に渋谷さんじゃなくてもよさそうだけど、歌はオザケンじゃなきゃ。そして何気にギターも上手い。ちゃんと音聞こえてるし、押さえてるコードもかっこいい。何よりハッピーな気分になるね。で、最初の話に戻るのだけど、今年も「学生」みたいな生活したいと思います。酒飲んで終電逃してカラオケで始発待ち。歌い疲れて語りに入る。そのうち眠くなってまた歌い出す。気がつけば始発や。それじゃあ、お疲れさま。いいねえ。翌日はヘロヘロだけど、たぶん、私は仕事じゃないと思います。付き合ってくれた人、ありがとう。今日もお仕事がんばってくださいね。そんで、なるべく早く仕事切り上げて今日は早めに寝てくださいね。そんで、また近いうち飲みに行きましょう、、、ってとこでしょうか。

 そんでまた変わるけど、渋谷毅さんのピアノ。曲はアイルランド民謡「ダニーボーイ」。



 ちなみにこのCD持ってます。ドラムは森山威男。手数は多いけどうるさくないからさすが。そして言うまでもなく、こんなの聞くとやっぱりアイルランドが恋しくなる。9月が楽しみだなあ。そんなとこで明日も滝行楽しみます。満行の翌日は福岡でセミナー。懇親会も楽しみです。じっくり語り合いましょうね。それではまた明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2013-01-10 23:39 | ■音楽
 7月に入ってまずスッキリしたのが、会社の決算・納税を済ませ、月末のセミナー2つを無事済ませたこと。先日のセミナーは2つとも初めての内容だったので、準備も含めてかなりエネルギーを使いましたが、その分、自分自身も成長できたと思います。同じコンテンツを何度もやるのは、コンテンツ自体の精度の高まりがある一方、まったく新しいコンテンツは自分自身がより成長できるので、2012年下半期にまた一つ加速できたと思います。

 さて、7月から本格的にいろんなことがスタートします。ここは私自身が一番の踏ん張りどころ。公式ブログは更新が滞っていますが、実はそれどころじゃない感じ。書評も。とりあえずそっちはできるときに書くとして、目先のやることをしっかりやる。ちなみに私にとっての最大の目先は「このブログ」ですから、これを更新しなくて他はあり得ません。4日からまた一週間の滝行に入る予定ですし、リセットして頑張ります。どうでもいい話ですが、先日、キース・ジャレットの動画とCDを紹介しましたが、そのCD、私のリンク経由でかなりの読者さんが購入されたようです。有名なCDなので図書館にもツタヤにも置いてあると思うのですが、だけどやっぱり買った方がいいですもんね。キース・ジャレットって、、、私の中ではあまり「好き」って言いにくいミュージシャンなんですよね。なぜって。ポピュラー過ぎるから。ジャズ聴かない人でも、キースは聴くって人多いですもん。有名なのか「ケルン・コンサート」。その昔、私の知人にまったくジャズわかってないジャズ好きのオジサンがいて、その方が「ケルン・コンサート最高だよね~」って言ってたので、私はひねくれ者なので、「わかってない人が最高って言うのを聴いてなるものか」と思い、聴くのはジャズジャズした一般的知名度のないミュージシャンばかりでした。

 それがある日、ふと聴く機会があって、それも割と最近のことで、ジャズ知って十数年も経ってからのこと。いいんですよ、これが。ジャズっぽさが少ないのが人気の秘訣のような気もしますが、やっぱりいいんですよ。ですので、取り戻すかのように毎日聴いている時期もありました。そしてその延長でこないだ紹介した「メロディ・アット・ナイト・・・」を聴いたのですが、これまたジャズの曲ばかりながら、ほとんどジャズっぽさがない珍しいアルバム。そしてノックアウトされ、セミナーを始める前などは、それをよくかけるようにしています。何度か「それ、何の音楽ですか?」って聞かれたことがあったのですが、こないだのセミナーではすごく多かった。それだけ「感度」の高い方が参加されてたのかな~と思ったりもするのですが、いずれにせよ上質な音楽には違いありません。そこでふと思ったのが、今月21日からのQ州ツアー。二泊目のペンションにはこんなルームがありまして、ここにものすごいスピーカーが置かれています。
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 ちなみにこの真上も客室です。今度はこの部屋で数分程度、音楽鑑賞会と言っても、このアルバムを数曲じっくり聴くだけをしてみたいのです。余計な装飾のない、ただただ、、、美しい音が鳴るだけの空間を味わう。こんな贅沢ってありません。細かいこと言うと、いい音ってのは、それなりの定義があります。声も同じですが、それは「倍音」が豊かであること。自分で言うのもなんですが、私は「ええ声」と言われます。決して大声をだすわけじゃないのに、響く声が出る。先日の商工会議所でもピンマイクを用意してもらったのですが、お腹の当たりに付けてちょうどいい音量。その「響く声」には秘訣があって、それがまさに「倍音」です。わかりやすく言うと、モンゴルの「ホーミー」がそう。あれは一度にいくつもの音が聞こえるようですが、実は元々いくつも重なっていた音を、口の面積をちょっと変えるだけで、分離して聞こえるようにするだけのもの。逆にホーミーができると、ええ声にもなりやすい。また、お坊さんの読経もそう。読経は基本的に口を大きく開けずに、口の中の面積を変えることで声を出し響かせます。だから、お坊さんの声もええ声なのです。滝行やってると、あまり口を開け過ぎるとアップアップしますので、なるべく口を閉じた状態で大きな声を出すこと。

 そんなことを続けてきたからなのか、私の声は自然と「ええ声」になってしまったのでしょう。だけど、原理はシンプルで、「倍音」の響く声を出すようトレーニングすればいい。そのトレーニング方法も、、、これは私が発見したノウハウなのですが、書こうかな。出血大サービスで書きます。例えば「あ」の口をした状態で、「あいうえお」と言う。「い」の口をした状態で「あいうえお」と言う。これを「あ」から「お」まで一通りやれば、自分でも驚くような「響く声」つまり「ええ声」が完成します。声を使って仕事する人は、是非一度やってみるといいと思います。実際にやってるのを見ないと分かりにくいとは思いますが。。。

 話がそれましたが、「いい音」や「いい声」の定義は「倍音」が豊かであること。音や声の大きさなどまったく関係ありません。これは楽器でもそう。管楽器など顕著ですが、トランペットなど金管楽器やフルートは「倍音」で音を調整します。クラリネットやサックスなど木管のリード楽器は「倍音」で音を変えることは一般的ではありませんが(高音域を除く)、「いい音」を出すトレーニングとして同じ運指でいくつかの倍音だけを出す方法とかあります。話それついでに言うと、「倍音」と言っても「整数倍音」と「非整数倍音」ってのがあって、あえてわかりやすく対比すると、前者が「母音的」な響きであるのに対し、後者は「子音的」な響きに聞こえます。中村一明って尺八奏者の話によると、「非整数倍音」の声はなぜか重要に聞こえるんだそうです。イメージとしてはちょっと小声でかすれた声で「ここだけの話なんですが」と言うのと、ハッキリ明確な声で「ここだけの話なんですか」と言うのとでは、印象がまるっきり違います。

 また、日本語は同じ音でも、整数倍音か非整数倍音かでその重要性の区別をしていると言われます。例えば「し」について、「詩を詠む」と「死を詠む」とでは、どちらがドキッとするでしょう。つまり重要と思うのでしょか。おそらく「死を詠む」だと思うのですが、この場合の「し」の音は全然違うでしょ。「詩」の場合は、「sh-I」のように「い」の音がやや強いのに対し、「死」だと、「sh-i」のように、「い」を弱く発声しますよね。確かにこの場合だとそう感じます。ちなみに私の声はどっちかと言うと「整数倍音」が強いので、力強く明確な印象。政治家や先生、宗教家など人を導いたり教えたりするのに向いてるそうです。それに対して「非整数倍音」の人としては、、、例えば阿部敏郎さんなどはそうですよね。ちょっとささやくような感じの声で、この声だと、例えばさほど重要でないことであっても、重要に聞こえてしまうんだそうで。もちろんいい意味でね(笑)。この声はどちらかと言うと風とかせせらぎとか自然の音に近いので、聴き手としてもすごく心地がいい。黒斎さんは私と同じ「整数倍音」かな。

 漫才なんかは「整数-非整数」の方がコントラストが浮き出て効果的。横山やすしは整数、西川きよしは非整数。松本人志は非整数、浜田は整数。その意味で言えば、阿部さんと黒斎さんはいいコンビなんですよね。もし仮に私と黒斎さん一緒にしゃべったりとかしたら、うるさくて聞けないと思います。一方で、阿部さんと、、、例えば故・小林正観さんのような非整数の人がコラボしたとすれば、めっちゃ眠くなると思います。もっとも、もしそうなったら阿部さんはすぐさま「整数倍音」にしゃべりを切り替えたとは思いますが。

 あと、講演やセミナーなどで、ウケる客層としては、「整数」の人は絶対にビジネス系。意識で左脳で聞くタイプには「整数」がいいです。なので、私なんかもスピ系ブログを書いてるので、ホームはスピ系であるのに対し、アウェーはビジネス系。そしてウケるのはやっぱりアウェーのビジネス系ですもんね。スピ系でもこないだの「引き寄せの法則」みたいな左脳系の理詰めのセミナーだったらいけるのですが、漠然としたことに説得性をもたせてしゃべるのは苦手かな。この分類で、私の知る範囲でちょっと当てはめてみようと思います。

・整数倍音→左脳系→ビジネス・理論系に向いている:石田久二、雲黒斎、五日市剛など
・非整数倍音→右脳系→スピ系・感性系に向いている:阿部敏郎、故・小林正観、斎藤一人など


 大御所たちの中にあえて私も中に入れさせてもらっていますが、上の例で上げた人は、話の内容はさておいて、まずは「声」に特徴がある人。バリバリのビジネス系で言えば、土井英司氏などは完全に「整数倍音」です。ランチェスター経営の竹田先生などは、どちらかと言うと「非整数倍音」なのですが、今となっては大御所になり過ぎて、理詰めのコンテンツでありながら雰囲気で聞かせてるようなとこありますからね。と言うか、あの声で説明されると「Y=X^2の法則」など、別に数式使う必要もないのに、なぜかもっともらしく聞こえちゃうんです。もちろん、ちゃんとした理論があるのでしょうが、それを一般ビジネスマンに聞かせても無意味なので、とりあえずもっともらしく聞かせるにはあの声はいいのでしょう。

 あと、どちらかと言うとスピ系の講演会ですが、内容もそうだしご本人も立場的にも完全に「整数」なのが五日市さん。漠然としたことも検証しないと気が済まないらしいですし。対して、小林正観さんもそうですが、斎藤一人さんなどは、「ツイてるって言うと運が良くなる」とか、文章にしたら人を小馬鹿にしたような話であっても、あの声で言われると「うん、そうか、なるほど」ってなるんですよね。ですので、一人さんの本をアナウンサーが吹き込むほどバカバカしいこともありません。

 そんな感じで「声」一つとっても、向き不向き、得手不得手、性質や傾向が見えてくるのです。ただ、これらは「優位性」の話であって、私だってときには「非整数」の声使うときありますもんね。それはより大事な話をするときなど。注意をひきつけるのに、声質を変えるのは重要です。ただ、誰もかれもがこれらに分類されるとは限りません。最初の話に戻りますが、「いい声」の定義は「倍音」が豊かであること。人前でしゃべる仕事として成り立っているなら、その人は「いい声」である必要があり、それだけ「倍音」が豊か。そこで初めて「整数」か「非整数」かって分類が成り立つわけで、なにはともあれまずは「倍音」なのです。

 キース・ジャレットの話に戻しますが、彼のピアノはめちゃくちゃに倍音が豊か。ピアノなんて叩けばみんな同じ音がすると思ったら大間違い。力の入れ具合、角度、タイミングなどによって、同じ楽器でもまったく違った音になります。その辺がすごくわかりやすいのが、すでに紹介した「メロディ・アット・ナイト・・」で、音数が少ない分、「倍音」の響きに酔うことができます。それもし、特性スピーカーで全身で浴びることができたら。考えるだけでワクワクします。その後は酒飲んで、天気がよかったら山頂まで星空見に行ったり。ま、楽しくやりましょうってとこ。

 あ、今日は本当は別の話するつもりだったけど、とりあえず今日はこんなところで。ありがとうございました。

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by katamich | 2012-07-02 23:39 | ■音楽
 「引き寄せの法則」に関するセミナー、、、終了しました。最終的には25名の方にご参加頂き、朝の10時から昼食休憩をはさんで、17時40分までみっちりとセミナーさせて頂きました。よかった。もちろん反省もたくさんあります。だけど、よかった。今日は素直にそう思えるセミナーになりました。今日のセミナーにかける思いは、、、実はいろいろありました。今年になって自主セミナーはほとんどしなくなっている中の開催。1月の大阪以来なので約半年ぶり。企業や商工会議所等へと徐々にシフトする中、私のセミナー講師としての「姿勢」を改めて問い直す意味もありました。そして今日は、、、おそらく自主開催としては3年ぶりになるかと思いますが、スーツで登壇させて頂きました。最初の方はずっとスーツだったのですが、途中からラフになってきて、実際、メンタル系のセミナー講師には私服の方が多かったりします。だけどそもそも「プロ」とは何か。先日鳥栖の営業セミナーでもいみじくも言ったじゃないですか、自分で。プロは形が大切。オンとオフを明確にする。と言うことは、いかに自主セミナーとはいえ、お金を頂いてセミナーさせて頂くのに、やはり私服では相応しくない。他の講師がどうであれ、改めて初心にかえってさせて頂こうと決意し、その形が「スーツ」だったのです。

 そして終わってみると、やっぱりスーツでやってよかった。確かに窮屈ではあれど、それが仕事の「オン」の形。最初はスーツ、途中から私服、そして今回改めてスーツでセミナーをさせて頂くことで、そのような当たり前のことに気づくことができました。セミナーについては15ページの分量でしたが、何とか一通り触れることができました。セミナーの形として、私は今まで二通りのやり方をしてきました。一つは資料をしっかり作りこんだワークショップ形式。机なしのイスのみ。半円形にイスを並べて、動き易い形にする。時間は一日から二日。もう一つはいわゆるスクール形式で、机とイスで講義のようにする形。時間は半日以内なので、資料もほとんどなし。ですが今回はスクール形式でありながら、一日と長時間、そして資料はたっぷり作りこむ形。その意味では今までにない形でやりましたが、やってみてわかりました。私はこの方が向いてるってこと。そんな感じがしました。

 セミナーの内容については、おそらく「ブログに書いてないこと」もかなりお話できたと思います。ワークもいくつかさせて頂きましたし、まとまりのよいセミナーになったと思います。そして嬉しかったのが、終了後の感想や懇親会での話の中で、「このセミナーをDVDにしないのですか?あれば絶対買います」と言って頂けたこと。不思議でした。同じことを4~5名から言って頂いたのですが、実は、、、昨日の夕方、資料を印刷しているとき、携帯に一本の電話が入ったのです。その内容は、、、まだはっきり決まったことではありませんが、もしかしたらそのような流れがあるかもしれない、ということ。私はその電話を受けたとき、「あ、流れが変わった」と感じました。何かが動いているのです。

 ともあれ、今日のセミナーは私にとっても、何か大きなターニングポイントとなるような形になったと思います。そのターニングポイントを地元福岡で開催できたのはよかったです。そして奇しくも、今日お集まり頂いた人数は、、、2007年6月9日に東京で初めてセミナーをさせて頂いたときにお集まり頂いた人数とほぼ同じ。そのときもスクール形式で、その反響から私自身も「セミナーをやっていこう」と決意したのです。今日のセミナーは、、、その当時の感覚を思い出させるものでした。

 ところで話は変わりますが、懇親会の席で数名から同じ質問を受けました。それは、「セミナー前とかにかかっていた音楽は何ですか?」との質問。ものすごくリラックスできたよかったそうなんです。口頭ではお伝えしたのですが、改めてご案内したいと思います。その音楽は、そのアルバムは、ジャズピアニスト、キース・ジャレットの「The Melody At Night, With You」というアルバム。その中の一曲をユーチューブで貼っておきます。



これは「My Wild Irish Rose」と言う曲ですが、題名の通りアイルランドにちなんだ曲。このアルバムはどの曲もすごくいいのですが、ジャズかどうかで言うと微妙なところ。動画で見るとお分かりの通り、メロディをほとんど崩さずそのまま弾いてるだけで、ピアノ初心者でもその通りに演奏することは難しくない。ジャズなのにアドリブのないアルバム。それも、稀代のインプロヴァイザーであるキース・ジャレットです。しかしこの時期、キースは得体のしれない難病に罹っていて、ちょっと回復してようやくピアノが触れるようになったばかり。出歩けないので、自宅のピアノで録音した。そんな決して良くないコンディションの中の録音。

b0002156_21235755.jpg だけどこのアルバム、無駄な装飾がない、それだけピュアな演奏だけに、なんだかくるんですよね。ピアノ習いたての子どもが、ただピアノ弾く楽しさに、音楽の楽しさに、ただ純粋に音を鳴らしているような感じでありながら、それはやっぱりキース・ジャレットですもん。完璧な演奏技術の上に、いわゆる精神性を余すところなく伝える。今日のセミナーの参加者は、決してジャズとか詳しいわけじゃないのに、ただ純粋に「あの音楽は何ですか?」と何人からも聞かれたこと。そんな参加者のいらっしゃるセミナー、よくないはずがないと改めて思いました。キース・ジャレットのこのアルバム、聞いていると、どんどん魂の深いところに潜っていくような、そんな特別な響きがあります。

 6時からスタートした懇親会。2時間制のはずが、最初の店を出たのは9時をとっくに過ぎていました。そこから次の店に移ったのですが、そこでもいい酒を飲みながら、、、語り続け、気が付けば夜中の1時過ぎ。店を出てそのままタクシーに乗り込み、家の近くで運転手さんに起こされ何とか帰宅。シャワーを浴びて、そのまま泥のように眠りに入りました。この一週間は鳥栖での営業セミナーから今日のセミナー。しかも集客も頑張らなきゃならないし、資料も新しく全部作ったりなど、終わってみるとハードな一週間だったような気がします。明日から2012年も下半期。間違いなく何か流れが変わったような、そんな確かな実感を得る6月30日でした。ありがとうございました。

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【九州】7月21日(土)~23日(月):宇宙となかよしツアー2012(Q州ツアー)(残3名)

【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
by katamich | 2012-06-30 23:39 | ■音楽
 今日はついにパスポートの申請に行って参りました。来週にはできあがるので、すぐにインドビザの申請にかかりたいと思います。今回のインドツアーはできることは自分でが基本。旅行代理店に依頼したければしてもいいし、大使館の郵送サービスを利用したければしてもいい。大使館・領事館に近ければ、直接申請に行ってもいい。少なくとも私がまとめてパスポートを預かって代理申請するなどはしません。事前にどんなに準備して、料金もすべて支払っていたとしても、ビザがなければ入国できません。国によっては空港で取得もできるのだけど、インドは今のところ事前申請が条件。パスポートとビザがなかったらすべてパーですので、メンバーの方はなるべくお早めに。

 業務連絡はさておき、と思ったのですが、もう一つ業務連絡。8月27~29日に開催される「Q州ツアー」なんですが、今年は初日にヘミシンクをみんなで聞こうと思ってたのですが、それはちょっとマズイってことになりました。と言うのも、ヘミシンクを用いたワークをするには資格のようなものが必要で、私のような単なる一ユーザーがそのような企画をすることはできない、とのこと。

 ただ、「Q州ツアー」はそれがメインではないし、もしもヘミシンクが目的であれば(いないと思うけど)、きちんとしたインストラクターさんの主催するワークへのご参加をおススメします。今回はその代わりにオンサヒーリングなど私独自のワークを体験して頂きたいと思っています。部分的にトランス系の音は使うかもしれませんが。

 ところで私は「音楽」がとても好きなんですが、そもそも「音楽」って何のためにあるかと言うと、最初は宗教的儀式のためだったようです。「宗教」と呼んでますが、正確にはスピリチュアルでOK。つまり「音楽」と「スピリチュアル」とは密接に結びついているわけです。

 世界最古の管楽器と呼ばれるディジュリドゥなどは、もはや「音楽」と言っていいのかわかりませんが、これなども完全に儀式のための音楽でしょう。アフリカのパーカッションなどもそう。大地と共鳴するというか、そうやって昔の人は自然や宇宙とコミュニケーションを取って来たのでしょう。そう言えばチベット密教の音楽などもものすごいです。CDもあり、あれをヘッドフォンで聞くとヤバイです。考えられないくらいの低音の声でお経をあげてるのですが、倍音が鳴り響いているので、ホーミーのような高い音も聞こえる。そこに突如として金属音が鳴り響いたりして、激ヤバの世界。ちなみに9月に行くインドでは、一日か二日、早朝勤行に参加することになってて、生のチベット密教に触れるわけです。

 とにかくあのような宗教や儀式のための音楽って、完全に「宇宙」とつながることを目的としてるんですよね。超感覚的世界と言うか、とにかく意識や言葉を超えた世界。言うなれば変性意識状態(トランス状態)なんですが、そのような効果を科学的に再現性を高めて開発したのがヘミシンクなんでしょうね。

 そう言えばゲートウェイを聞いてるって言いましたが、あれもヤバいですね。今まで私はゴーイングホームとかメタミュージックしか聞いてなかったのですが、そちらはある程度、ファンタジックな脚色が加えられてる気がしています。それに対してゲートウェイは「直球」ですもんね。さあ、入れ!と言わんばかりにトランスに落としちゃってます。ですので、まだまだ初心者の私ですが、現段階で言えることは、やっぱり基本はゲートウェイなんだな、と。ちょっと考えこととかしてなかったら、ほぼ確実にいわゆる金縛り状態から体外離脱に進むところまで行きますもん。これから回を重ねていくのが楽しみ。

 そう言えば思い出したけど、私って20歳の頃からちょっとした体脱体質でして、一時期は本当に頻繁にそんなことが起ってました。だけど、よくよく考えるとそのほとんどが「音楽」を聞いてる時だったんですよね。その記念すべき初体脱で聞いてたのが、マイルス・デイヴィスの「ラウンドミッドナイト」ってアルバムの4曲目の「バイバイブラックバード」でした。あまりに強いインパクトだったので、なんか刻銘に覚えています。その後もいろいろ体験があったのですが、私はマイルスとミシェル・ペトルチアーニのジャズを聞いてると出やすかったです。

 でもその前に、これも何度も書いてると思いますが、2~3度、ものすごい体験をしたことがあったんです。高校の時でした。寮生活だったのであまり自由な時間もなく、11時に完全消灯となるのですが、それから30分ほどウォークマンでモーツァルトを聴くのが楽しみでした。30本ほどのカセットテープをローテーションするのです。

 そして忘れもしない、、、交響曲第41番ハ長調K551をウォークマンに入れて30分ほど聴くのですが、その第四楽章のフィナーレでした。私は突然「宇宙」に飛んでしまってたのです。何の予備知識もなく、ただ単に好きで聞いてたのが、突然の神秘体験。まさに地球を飛び出して宇宙に行ってしまった。こればかりは誇張もなにもなく、完全に行ってしまったのです。それがこれで5:24からそれが始まります。だけどここだけ聞いて「宇宙に行けませんでした」なんてのは勘弁してくださいね。毎日モーツァルトを聴き続けて、ある日突然、予告もなく経験してしまったわけですから。

 で、宇宙に行ったのはそれっきりですが、それ以外にもどこか遠い世界に行ったことはありました。それも交響曲だったのですが、それが35番だったか、36番だったか、38番だったかは覚えていません。第2楽章だったことは確か。そう考えると、「音楽」ってのは元々そんな力があったのかもしれません。先日ご紹介したブライアン・ジョセフソンの本にも「音楽」のことが書かれてるのですが、それはもはや霊的体験と言ってもいいわけです。

 そう言えば先ほどのモーツァルトの41番第4楽章の同じ個所について、リヒャルト・シュトラウスは「ジュピター交響曲は私が聴いた音楽の中で最も偉大なものである。終曲のフーガを聞いたとき、私は天にいるかの思いがした」って語ってるのですが(ウィキより)、まさにそんな感じでした。

 そう考えると、モーツァルトの音楽ってのはどうしても「宇宙人」が関与してるとしか思えないとこがあります。今日もニュースで宇宙人の話がありましたが、地球人と同じようなヒューマノイド系の宇宙人がいるかどうかは別として、モーツァルトの音楽なんかを聴いてると、どうしても「宇宙」を思わずにはいられないんです。

 おそらく人間界に残る音楽ってのは、やっぱり「霊性」だとか「宇宙観」だとかを感じさせるものでなきゃならない。モーツァルトの音楽が生まれてから250年ほど経っているのですが、きっとこれから250年間も普通に聞かれ続くと思います。AKB48の音楽は5年後にはないと思いますし、あれほど流行った新田恵利の「冬のオペラグラス」など、今聞くと寒気がしますもんね。悪い意味で。でも秋元康だけは20年経ってもヒットを飛ばし続ける。彼も宇宙人かもしれません。

 でも、よくよく考えると、いわゆるクラシックやジャズに匹敵するような音楽、つまり「宇宙」につながる音楽って、、、私が生まれてから出てきてない気がするんですよね。つまり1970年以降、ジャンルとしての新しい音楽は誕生していない。ブルース、ジャズ、ロック、レゲエなどはすべてそれ以前。別の言い方すると、「天才」が誕生していない。チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、ジミ・ヘンドリクス、ボブ・マーリー級の大天才が誕生してないのは寂しい話です。これは彼らがかなりヘビーなドラッグをやってたこととはあまり関係ないとは思っています。

 ようは「宇宙」につながるための音楽は出尽くしたのか。そしてそのエッセンスだけを科学的に再現したヘミシンクのような「音楽?」が誕生したのも、どこか象徴的な気がしています。もしもヘミシンクによって、私がモーツァルトの音楽でぶっ飛んだような体験ができたとしても、それはそれでなんだか寂しい気もしています。あくまでヘミシンクは変性意識状態にもたらすための即席ツールであって、やっぱりいわゆる「音楽」とは別物だと思うのです。

 「音楽」とは何か。もしもそこに変性意識を求めるだけならヘミシンクで十分。だけど私は、、、そこに「感動」を求めたい。それこそ意味わからず、音だけで心が揺さぶらるような体験。中学3年の夏にモーツァルトの「クラリネット五重奏曲」を初めて聴いた時の感動。24歳の時、ウィーンで「魔笛」の野外公演があったのですが、そのリハーサルの声、あれは序曲が終わってすぐの3人の侍女のアリアだったのですが、それを聴いた瞬間、鳥肌が立って涙がドバドバ出てきた体験。やっぱり「音楽」はツールではなく、「宇宙」そして「人間」そのものだと思うのです。これから先、いわゆる「天才」が現れるかどうかはわかりませんが、少なくとも今、私たち人間には「宇宙」からの偉大なギフトを持っていることは間違いありません。

 ところで、、、最近、また「公式ブログ」の更新を頑張ってます。今日は5つほど更新したのでご案内。そちらもちょくちょく更新してますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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■微妙な「性」の話し
■こんな男の「やさしさ」はカス
■いじめの定義
■「70日で人生が変わる願望実現NLPセミナー」の第三期がもうすぐ始まります
 
 ちょっとヘビーな話もありますが、「公式ブログ」はこちらよりもやや現実路線で書いてます。ちなみに「公式ブログ」の筆者は石田久二です、「宇宙となかよし」はQです。同一人物ですが、自分の中では違うパーソナリティで書いてるつもり。ま、どうでもいい話ですけどね(笑)

 それではまた明日。ありがとうございました。

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by katamich | 2011-06-28 23:39 | ■音楽
 昨日はバタバタしてすいません。実はインドの連絡事項に右往左往していまして、私以外11名ひとりひとりに連絡する必要があるのでバタバタ。しかも4月から燃料や料金区分が変わってしまうので、3月中に国際線チケットを申し込む必要がありまして急を要していました。しかし、確実に進んでいます。半年後はいよいよラダックか。拙著「宇宙となかよし」の表紙にもなっている「ラマユル」に行くことが現実的になってきました。

 さてさて。今日は今津雅仁さんのライブに行ってきました。大宰府にある「JAZZ工房NISHIMURA」にて。このライブハウスは初めてですが、マスターとはすでにマイミクに。そして今津雅仁さんです。数年前、博多の「リバーサイド」というライブハウスでよく知らずに聴きに行ったところ、めちゃくちゃ感動してしまいました。その時、マスターたちとの飲みに行って、その2~3年後にも博多のライブハウスで聴きました。その時も感動したのですが、リズムセクションがもう一歩だったかな。

 その後、ミクシィでご本人を発見しマイミクに。そして今日、ついにご対面となったのです。リズムセクションは工藤隆、丹羽肇、そして若手の武本強志。工藤さんと丹羽さんは、これまで何度も聴いてきたのですが、間違いなく日本屈指の実力者。今津さんは彼らのことを知らなかったそうですが、それだけにどんな音が出てくるのか、地元にジャズファンとしてはニヤニヤしてしまいます。7時過ぎにライブハウスに入るとリハ中でした。私は外で電話。インドの連絡など。しばらくして中に入ると、数年ぶりの私の知人と再会。いろいろ近況報告しているとライブがスタートしました。

 立て続けに今津さんのオリジナルが3曲。もうこの際だから言ってしまうけど、ジャズミュージシャンのオリジナルほど退屈な曲はありません。先日、東京で実力のある若手のライブに接したのですが、確かに上手い。しかし、それだけ。それをすべて演奏者のオリジナルで固めてしまって、悪いけど途中から寝てしまいました。つまり面白くないのです。本人たちは自分の書いた曲を聴かせるのだから楽しいのでしょうが、聴いてる方はたまったもんじゃない。確かに素人の耳で理解できないだけかもしれませんが、あながちそれだけとも言えない。なぜなら彼らのオリジナルは、そこ以外で聴くことができないから。やっぱり面白くないからじゃん、ってことになるのです。

 それに対して今津さんのオリジナルは、スタンダードかと思うような魅力的なメロディにあふれています。そしてしばしばテレビや街中でも聴くことがあります。私は今津さんのCDをすべて持っているのですが、テレビのBGMで彼のオリジナルとテナーが流れると、おお~と反応してしまいます。ですので、もしかしたら自然と聴いている人は多いと思います。

 ようするに「本物」かどうかってこと。あえて「本物臭」なんて言葉を使いますが、本物かどうかなんてのは、それが音楽であろうと「聴覚」で判断できるもんじゃないのです。哺乳類にとって最も原始的な「嗅覚」で感じるのが本当。ついでに言うと、五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)の中で一つだけ特別な感覚があって、それが嗅覚。他の感覚はそれぞれの情報が視床下部を経由して大脳辺縁系に到達するのですが、嗅覚だけはダイレクトに到達する。つまり情報伝達として他の感覚よりも速いのです。ですので、犬なんかは物事を判断するのに「嗅覚」を第一にするわけで、それは人間だって決して例外ではありません。

 例えば私たちは生きるために食べることは必須。そしてできる限り新鮮なものを食べられればいいのですが、季節によっては必ずしもそんなわけにはいきません。特に冬場とかは植物は育たないし、動物は冬眠しています。ですので、新鮮なものしか食べられないのであれば、人類はとっくの昔に滅んでいたのかもしれません。しかし、人類は知恵を使って、新鮮でないものを食べる工夫をしてきました。それが「発酵」です。

 例えばイヌイット(エスキモー)の伝統的な料理の一つに「キビャック」なるものがあるのですが、それは海燕をアザラシの腹の中に入れて、それごと雪の中に入れて発酵させたもの。冒険家の植村直巳氏の好物だったそうですが、食べる時はドロドロの海燕の肛門に口を付けて、そこからドロドロに溶けた内臓を吸い取るのだそうです。当然、臭いです(食べたことないですが)。ただ、イヌイットの生活様式だと、どうしても新鮮な野菜や果物を食べることができず、ビタミンCが不足してしまいます。そのためビタミンCが豊富な内臓を食べることで補っていたとのこと。肉食動物が草食動物を食べる時、真っ先に肝臓を食べるそうなんですが、それは肝臓にビタミンCが豊富に含まれるから。

 イヌイットに限らず、人類は必ずしも新鮮なものをいつでも食べられるとは限られないため、そこで飢えから逃れるために生み出されたものが「発酵食品」です。しかし「発酵」と紙一重のものとして「腐敗」があります。一見よく似ていますが、腐敗したものを食べると私たちの生命にかかわります。では、どうすれば「腐敗」と「発酵」を見分けることができるのか。もちろん今ではいろんな判別方法があるのでしょうが、大昔にもあったわけではありません。そこで重要なのが「臭い」で判別する方法。発酵食品は確かに臭いのですが、臭いままではなく、慣れてしまうと病みつきになる魅力があります。毎朝、納豆を食べないと気が済まない日本人も多いと思いますが、それ以外にも、鮒寿司、くさや、ひもの、漬物などは、人によっては「香り」にもなるわけです。

 以前、世界一臭い食べ物と言われる「シュールストレミング」をスウェーデンからネット注文して、春日公園で試食会をしたことがあるのですが、あれははっきり言ってドブ(下水)でした。しかし、スウェーデンではその解禁日をまだかまだかと待っている人も多いと聞きますし、そのための専門店もあるようです。つまり「発酵」は人間にとって不可欠かつ魅力的なものであるのに対し、それとよく似た「腐敗」は人を死に至らしめる。それらを判別するのがまさに「嗅覚」です。視覚や触覚ではわかりませんし、味覚で判断しようとすればそれは遅すぎる。

 話がそれまくっていますが、要するに人間にとっても「嗅覚」は物事を「判断」するのにとても大切ってこと。そしてそれは「音楽」だって例外ではありません。今津さんの音と、バークリー音楽大学を優秀な成績で卒業した多くのミュージシャンと、何が違うのか。もしかしたらテクニック的な面ではバークリー卒の人たちの方が巧みかもしれません。四分音符300のテンポの二分音符単位で転調しまくる曲なんかも、彼らは涼しい顔して演奏しますから。

 しかし、彼らバークリー卒のミュージシャンに決定的に欠けているのがあります。それが、「音のにおい」なのです。先ほどオリジナルばかり演奏して眠くなったライブの話をしましたが、彼らも確かバークリーを出てたように思います。確かに上手いのですが、そこには何の「におい」も感じられないのです。だったら「思考」でそれを判断しようと思っても、そもそも音楽は思考で楽しむものじゃありません。耳で、目で、体感で、そして鼻で楽しむもんなのです。

 で、今津さんの音なんですが、その「におい」がたまらんのです。発酵しまくってます。おそらくそれは音に対するこだわり、情熱、愛、そして人生経験によって、そのような「におい」を発するに至ったのでしょうか(もちろんバークリー卒にも素晴らしいミュージシャンはたくさんいますけど、対比するために一般的なアイロニーで表現しただけのことです)。なので、もう、一音、ブッって出しただけで、「おお~」ってなってしまうんです。
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 例えばスタンダードの「I'm Getting Sentimental Over You」なんて曲を今さらどんな風に演奏するのでしょうか。人によっては、変拍子にしてとか、コードをひっくり返してとか、随所にキメを入れてとか、いろいろ考えるのでしょうが、今津さんは「こうやって吹く」だけ。そしてそれがすべて。何をする必要もない。なぜならそこにはすでに「におい」があるから。

 でも、これは音楽に限ったことじゃないかもしれません。人間だってそもそもそう。何の「におい」も感じない人間なんて面白くもなんともないですからね。それはもちろん汗臭いとか、香水臭いとか、物理的な「臭い」のことではなく、雰囲気と言うか、オーラと言うか、エーテル体と言うか、その人独特の「におい」がなければ面白くもなんともありません。言うなれば人間てのは、最終的に「自分のにおい」を得るために生きるのではないかって気さえしてきます。そしてそれがまさに「本当の自分」ではないかと。

 その意味でも、すでに「におい」を獲得した本物に接することは、自分自身の「におい」を発見する上でも有益なはず。その意味で、例えばジャズって音楽について言えば、おそらく国内には、、、すでに「におい」を持ってるミュージシャンは決して多いわけではなく(「ほんとんど存在しない」って書こうと思ったけど、怒られそうなのでやめました、、、って言いながら書いてるし)、その意味で言えば、今津さんは間違いなく「におい」を持った数少ないミュージシャンの一人には違いありません。

 とにかく今日も感動的なライブでした。魅力的なオリジナル、スタンダード、古き良い時代のアメリカンソング。一つ目のステージがそれ。そして二つ目のステージは宮崎から駆けつけた女性ボーカルが3曲飛び入り。ユーミンの「卒業写真」などもジャズとして歌いしんみり。その後は再びカルテットの演奏になるのですが、印象的だったのがK-POPアイドルの東方神起の「魔法の城」って曲。ここ2~3年、今津さんは韓国のジャズシーンに注目していて、自分で韓国語も勉強しながら日本と韓国のジャズの架け橋として活動されています。

 「冬のソナタ」など韓流ドラマは日本でもブームになり、私もいくつかハマって見ました。その純朴なストーリーも共感するのですが、そこで聴く「音楽」の素晴らしさも忘れることができません。ちなみに私のセミナーで、しばしばワーク中に音楽をかけるのですが、静かなムードを作るためにかけるのが韓国のインストです。で、東方神起ってのは名前は知ってますが、歌を聞いたことはありませんでした。しかし「마법의성(魔法の城)」って曲は、初めて聴いたのですが、めちゃくちゃ良い曲じゃないですか。後からユーチューブで聴いたところ、これはバラードのようですが、今日されたのはややアップテンポのリズミックな演奏。それでもめちゃくちゃ感動的な曲で、テーマはもちろんのこと、今津さんのアドリブがまた素晴らしく、ああ~終わってくれるな~と久々に心の叫びが聞こえてきました。ライブ後はちょっとした韓国音楽談義になって、今津さんのピアノを聴かせてもらいました。
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 二つ目のステージが終わり、当然、アンコール。曲はハンク・モブレーの演奏が名高い「リメンバー」。リメンバー、、、これは、確か昔、博多にあったジャズクラブの名前ではないか。そのオーナーの名は佐藤羊一。故人です。私はその晩年、ちょっと知り合うことになったのですが、全国のミュージシャンから慕われている名物だったようです。ライブハウスで会うとよく話かけてくれてたのですが、会うたびに何言ってるかわからなくなり、最後に会った時は「病院から抜け出してきた」と言い、見るとげっそり痩せて黄疸だらけ。「ああ、この人、もうすぐ死ぬな・・」って思ったら、やっぱり訃報を聞くのはそんなに遅い話ではありませんでた。死ぬ直前までファンキーなオヤジだったようです。

 その佐藤氏は若き今津さんの才能をいち早く見出し、随分と可愛がっておられたそうです。アンコールで「リメンバー」を演奏されたのも、きっと博多の地を去った佐藤さんへの捧げものなのかな、、、と思いながら聴いてると、ちょっとじんわりしてきました。

 そんなわけでして、本当に久しぶりにジャズのライブに行ったのですが、やっぱりいいですね。震災後、いろいろ気の滅入ることも多かったけど、今日は何だかものすごくエネルギーを頂いた気がします。そう言えば今津さんは、、、95年の阪神大震災では肉親を失って、そのショックで引退したこともあったなあ。決してそのことを思い出さないことはないと思うけど、こうやって博多まで来て頂けたことに感謝しかありません。

b0002156_22122061.jpg 右のお写真は素晴らしいピアニスト工藤隆さんのブログより。左から工藤さん、オレ、今津さん、ベースの丹羽さん、ボーカルのROKOさんです。ちなみに工藤さんに初めてお会いしたのは(見かけたのは)、今から10年以上前、私がよく遊びに行ってた田川市の「ブルーノート」ってライブハウスで突然、「ピアノ弾かせてくださ~い」って飛び入りされた時のこと。それ以来、ずっと福岡を中心に活動されているようですが、いつ聴いても素晴らしい演奏です。テクニックや表現力は当然のこと、いつも熱く情熱的なピアノを聴かせてくれます。彼も紛れもなく「本物臭」の漂うミュージシャンには違いありません。もちろんベースの丹羽さんも。

 今日は車だったのでお酒が飲めなかったのが残念ではありましたが、これからも機会を見つけてジャズを聴きに行きたいな~と思います。さあ、もうすぐ4月だし、オレもオレで頑張りましょうね。ありがとうございました。

ありがとうございます!
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by katamich | 2011-03-28 23:39 | ■音楽
 今日から12月ですね。毎年恒例の「流行語大賞」も発表され、いよいよ年も暮れです。今年の流行語の「げげげ」はまったくフォローしてなかったので実感なし。「ラー油」と「ととのいました」くらいしか、個人的にピンとくるものはなかったけど、ビックリしたのが「~なう」について。確かに今年はツイッターがいろいろ話題になっていたので、納得はできるのですが、受賞者になんと「うめけん」が入るとは。彼とは今年前半のとある講演会の懇親会で知り合ったのですが、ツイッター界ではすでにスーパースターでした。高校生ながら。デジタルネイティブ世代の代表。オレもがんばろ。ちなみに私も地味にツイッターやってますんで、よかったらフォローどうぞよろしくです。

 それはともかく、今日からまた滝行に入りました。朝4時55分に起きて、そのまま滝に行きます。5時20分には滝場に着いてお参り。それから滝に打たれるわけですが、2週間ぶりの滝行はかなりきつかったですね。でも、出た後のそう快感はなんとも言えません。一度家に帰って朝食、ちびQを保育園に送ってから久々に宝満山に登ってきました。滝行、宝満山は最強の組み合わせ。今日もいろんなインスピレーションを頂きました。

 で、昨日のブログの続きと行きたいのですが、実は「対話形式」が面倒になってきてですね。初めての人には読みやすいかもしれませんが、やっぱり普通に書く方が書きやすいので、どっちにしても今日降りてきたインスピレーションについて書きたいと思います。対話形式の方がいかにもチャネリングって感じですが、ようするに「ヒラメキ(インスピレーション)=チャネリング」ってのが本質ですので、どちらでも同じこと。

 ただ、「対話形式」の続きに関しては、実はまだまだありまして、本題に入ってないのも正直なところ。「ありがとうございます」のマントラの威力についてとか、実際、解き明かしたいことがたくさんあるのですが、今日はちょっと話を変えて書こうと思います。実は昨日、一冊の本をご献本頂きま一気に読了しました。苫米地英人氏の「聴くだけ!クラシック音楽で脳が目覚める」って新刊です。結論から言うと、「こんな本、オレも書きたかった~」ってことですが、おこがましいことを承知で言うと、私が常日頃考えているようなことが書かれてありました。

 苫米地氏がどの本でも一貫して言ってることとして、「IQの高さ=抽象思考の高さ」ってのがあります。つまりIQが高いってのは、抽象的な「情報空間」にどれほど臨場感を持てるかってこと。例えば「数学」などは典型で、宇宙の始まりのビッグバン理論などは「数式」という極めて抽象化された情報であるにも関わらず、そこに実際にビッグバンを手に取るように見る人がいるそうなのです。逆にIQの低い人は具体的な「物理空間」にしか認識の範囲がなく、食べる、飲む、寝る、歩く、セックスするなど肉体的な理解にしか及びません。

 これは「音楽」でも同じで、抽象度の低い音楽ってのは、例えば陳腐なラブソングとかダンス音楽などがそう。西○カナとか、A○B48とか。それだけ抽象度の低い音楽ってのは、流行に左右されて普遍性に欠けるため、3年後に聞かれることはまずありません。もちろんそれはそれで時代の需要があるので一定の必要性はあるのでしょうが、それでもプロデューサーサイドでは、すぐに消えることをわかってて売り出してる側面はあります。

 それに対して抽象度の高い音楽ってのは、いわゆる「古典(クラシック)」となる音楽であり、それは何百年経っても消えることはありません。ただし、本当の「クラシック」とは苫米地氏が言うように、18世紀の音楽全般のことを指すわけではありません。例えばモーツァルトは立派なクラシックですが、同時代に生きたサリエリは必ずしもそうとは言えません。もっとも、サリエリの場合は一応は歴史に名が残っているのでクラシックと言えなくはないのですが、その時代のその他大勢の歴史の藻屑に消えた作曲家の音楽などは、決してクラシックではありません。

 つまりクラシックの価値とは、その「普遍性」にあるわけです。ですので、現代の音楽でも生まれた瞬間にクラシックになり得るものはたくさんあり、苫米地氏はその代表としてジミ・ヘンドリックスをあげています。私はロックはほとんど聞かないのでわかりませんが、ジャズの世界では、チャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、デューク・エリントンなどは、間違いなくクラシックでしょう。私は1973年生まれですが、普段聞いている音楽はほとんどが生まれる前の音楽。それこそ朝鮮戦争でドンパチやってる最中に生まれた音楽を、今の時代にも聞いているわけです。そしてモーツァルト。200年以上前の人ですが、いつ聞いてもその価値が色あせることはありません。

 そしてクラシックの条件として、その「普遍性」があると言いましたが、普遍的であるには「抽象度」が高くある必要があります。つまり「数式」でビッグバンを見ることができるように、「音楽」で宇宙を表現できるような世界。その最も高い位置、つまり最も宇宙に近いところにある音楽の代表がモーツァルトだと言うことができるでしょう。

 先日、私の高校時代の覚醒体験についてお話したと思います。当時、寮生活をしており、毎日11時に消灯になるのですが、それから30分間、ウォークマンでテープを聞くのが日課になっていました30本ほどある音楽テープのほとんどがモーツァルト。そしてある日、交響曲第41番ハ長調K551をセットしました。演奏はブルーノ・ワルター指揮ニューヨークフィルだったと思います。もう何度も聞いてきた曲なんですが、第四楽章の最後の方で、私は明らかに「宇宙」を見てしまったのです。その箇所をもう一度貼りますね。5:24から5:50が「宇宙」です。



 ま、今初めてその箇所だけ聞いても何も感じられないかも知れませんが、苦情は受け付けませんよ(笑) 私だって毎回、「宇宙」を見るわけではありませんし、今まで覚えているだけでも2回くらいしかありませんもの。一回目がその高校時代のこと。二回目はモーツァルト大好きの経済学教授の自宅で酒飲みながら。

 交響曲ってスタイルは器楽曲として最も編成が大きく、それだけ大きなスケールを表現することができます。そしてこの41番はモーツァルトの最後の交響曲。晩年ではありますが、この後、100曲ほど残しているのに、交響曲についてはここで筆を止めています。おそらくモーツァルトは、、、この曲で完全に「宇宙」を表現しきったから、もうそれ以上作曲する必要がないと判断したのではと推測します。それだけすごい曲です。ちなみにモーツァルトの3大交響曲ってのは、この41番の他に、39番、40番がそう。牧歌的な39番ですが、これはフリーメーソン音楽であるとも言われています。それは変ホ長調という調整からも明らか(フラットが3つ)。そして誰もが聞いたことのある悲愴的な40番。そして宇宙的な41番。この3曲で世界をすべて表現しきっています。

 苫米地氏の本の話に戻りますが、モーツァルトに代表されるクラシック音楽ってのは、音楽で「宇宙」を表現できるもの。それほど抽象度が高く、だからこそ「クラシック音楽を聞くと、IQが高くなる」って苫米地理論に結びつくわけです。IQ云々は私にはわかりませんが、モーツァルトを聞いた時の至高体験は、他のいかなる音楽にも及び付かないことだけは確か。そして最も抽象度の高い世界を「空(くう)」と呼ぶわけですが、モーツァルトの音楽はまさしく「空」であり、すなわち「悟り」の世界があるわけです。モーツァルトを聴くことは、悟りへの道に通じる。こう言っても過言ではないでしょう。

 それから、この本を読んで面白かったのに「倍音」の話があります。「倍音」ってのは、一つの音に対して周波数が整数倍で増えている音のこと。例えばピアノ弦だと、ドの弦がまずありますが、実はそれと同時に、弦を半分にした一オクターブ上のドがなっており、さらに弦を3等分したソに近い音がなってるのです。さらに4等分した高いド、さらに5等分、6等分、7等分、、、無限に音が重なっているのです。この辺の話、知らない人には難しいかもしれませんが。ま、あえて一言で言うと、音の「響き」のようなものだと思ってください。

 ちなみに「いい音」とか「いい声」っては、漠然とした質感ではなく、「倍音」が多く含まれているってことで定義できます。私は昔クラリネットをやっていましたが、初心者の音が薄っぺらいのは倍音成分が少ないからであり、プロの音がふくよかなのは倍音成分が多いから。ピアノなどの打楽器もそうですが、誰もが叩けば音が出るにもかかわらず、素人の音とプロの音とでは日を見るより明らかな違いがあります。これも倍音成分の多さによります。

 これは「声」も同じ。「いい声」ってのは倍音成分が豊か。ちなみに私もよく「いい声」って言われるのですが、昔からそうだったわけじゃありません。この5~6年で急激にいい声になったと思うのですが、その秘訣は、、、実は「お経」にあります。滝の中でお経や真言を唱えると、なぜか倍音成分が豊富になるのです。このメカニズムを解明して、実は誰もが瞬時に「いい声」になるエクササイズの方法を考案しました。セミナーでも時々披露するのですが、10月の大阪セミナーでも男性参加者を実験台に実践してみたところ、ものの数秒で「いい声」になってしまい、本人が一番驚いていたようです(18日のトークライブでも披露しましょうか・・)。

 話を戻しますが、この倍音の話を読んで閃いたことがあります。音楽とは言うまでもなく、「和音」と「旋律」と「リズム」で成り立っています。特に「和音」と「旋律」の上にはさらに「倍音」があり、およそ耳に聞こえる以上の音が鳴り響いています。苫米地氏はそれを「脳で聞く」と表現しているのですが、例えばモーツァルトと同時代の偉大な作曲家にヨーゼフ・ハイドンがおり、その二人の作風は実によく似ています。しかし、ある程度聞いて行くと、絶対に相容れない決定的な違いがあるのです。それはおよそ感覚的なものですが、もしかすると、ここにも「倍音」が関係してくるのではと思うのです。

 私は前々からモーツァルトとハイドンの違いをこう表現していました。ハイドンの長調は長調にしか聞こえないのに、モーツァルトの長調は限りなく短調に聞こえる、と。そしてこの「長調が短調に聞こえる」ってのが、モーツァルトの最大の魅力だと感じていました。例えば「クラリネット五重奏曲イ長調K581」の第一楽章なんてのは、ほとんどが長調であるにも関わらず、なぜにあんなに悲しいのでしょうか。私がこの曲を始めて聞いたのが中3の夏。めちゃくちゃ感動して、しばらく虜になっていました。この曲聞いていつも感じるのが、深い悲しみを背負った人間の健気な笑顔。そしてその両義性こそが人間の本質なのかもしれません。

 モーツァルトの音楽には人間の「喜び」と「悲しみ」がいつも同居しており、それを「音」とい情報空間において表現してしまう。単なる「喜劇」でも「悲劇」でもない、その両義性がモーツァルトの音楽には表現されており、それほどに抽象度の高い世界があるのです。そしてその両義性の主成分に「倍音」があるのでは、、、と直感したしだい。深いです。

 ところでクラシックを聴く時にぜひ心がけて欲しいことがあるのですが、それは全部の音を聞く姿勢でいること。例えば上の「交響曲41番」でも「クラリネット5五重奏」でもいいのですが、主旋律以外の部分もしっかりと聞く。例えばクラリネット五重奏曲の編成は、クラリネット、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとなっていますが、第二ヴァイオリンやヴィオラの音もしっかりと聞くこと。それで初めてこの曲の素晴らしさが理解でき、宇宙に通じるわけですから。ついでに言うなら、ウェーバーにも同じ編成のクラリネット五重奏曲があるのですが、そちらはクラリネットだけ聞いても問題ありません。弦は単なる伴奏に過ぎず、宇宙を感じさせるような曲ではないから。さらにはブラームスも同じ編成で作曲していますが、こちらは全部聞くこと。つまり「宇宙」を表現する偉大な曲は、そのすべてが一つの粒子であり、それを丸ごと受け入れることで初めて「宇宙」に通じることができるのです。

 え~っと、、、今日の話はマニアックすぎますかね。実はもっともっと語りたいのですが、そろそろにしておきます。ちなみに本書のついているCDですが、、、なんとも微妙です。2~3曲を重ね合わせた珍しいCDですが、最初は何だか奇妙な気分になるのですが、その違和感を通り越したところに、脳の目覚めがあるのかもしれない。ただ、「重ね合わせ」ってのは強引なようですが、上の「交響曲41番」の終楽章の「宇宙」の部分もいくつかの旋律の重ね合わせなのですが、理論的には間違ってはいないのでしょう。ただ、、、私は普通に聞く方がいいかなと思うの一方、その違和感がなくなるまで聞いてみようと思わなくもない。そんなところでしょうか。

 てなわけで、前置きはこの辺にして今日の本題。昨日の「対話形式」のブログの中で「数字」の話が出てきましたよね。世界三大記号として「文字」、「数字」、「音符」があるのですが、それらはすなわち「言霊」、「数霊」、「音霊」のこと。そしてこの3つの「霊」が一つになった時、とても面白いメカニズムがわかってきたのです。

 昨日の話では「数字」には固有の意味があるってことですが、これについてはこれから先、1から12まできちんとご紹介したいと思います。私のチャネリングで降ろしたメッセージで恐縮ですが。それはこんな定式によります。

「数霊」×「音霊」=「言霊」

 西洋音楽の「音」ってのは、12に分けられていますよね。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド#・レ#・ファ#・ソ#・ラ#の12。それぞれに数字を付けると、1ド・2レ・3ミ・4ファ・5ソ・6ラ・7シ・8ド#・9レ#・10ファ#・11ソ#・12ラ#ってなるのですが、並べてみると非常に面白い法則があるのがわかります。

 例えば「1」は「意識」の始まりのことで、「2」は「対立」、「3」は「安定」と昨日書きました。ここから多少、音楽理論とリンクすることになるのですが、、、、おっと今日はもう6千字以上書いてしまっている。続きは明日、、、と言いたいところですが、音楽理論の話はマニアックになり過ぎるので割愛して、「数霊」→「言霊」の話を次回はしっかりしたいと思います。長くなってすいません。それではまた明日。ありがとうございました。
 
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【東京】12月18日(土):石田久二トークライブセミナー
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by katamich | 2010-12-02 08:39 | ■音楽
 今日から東京です。朝、ちびQを保育園に送ってから、ばたばたと準備して13時のJALに搭乗。夕方には池袋に到着してホテルにチェックイン。人ごみに疲れて、なんとなく横になったら、しばし寝ていたようです。7時からボクシングの中継を見て、長谷川選手が出る直前にホテルを出てジャズのライブに行きました。歩いて5分のところのジャズクラブで面白いライブがやっていたのです。
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 右側の方は私の高校のブラバンの後輩である土井君(左は初めて耳にする鈴木さん)。一流のクラリネット奏者となり、都内を中心に大活躍していますが、今日のライブは、、、めっちゃすごかった。一言で難解。日本にはほとんど存在しないとされるコンテンポラリー系のジャズクラリネット奏者が二名で繰り広げるコアな世界。全編オリジナルでスタンダードなし。演奏する方はもちろんだろうけど、聞くほうはもっと大変です。とにかく初めての情報量が多すぎて、ライブが終わった頃には頭がぐでんぐでんに。終了後は土井君としばし雑談。

 でもまあ、ここまで頭をかき混ぜてくれたので、明日のセミナーは何らかの化学反応を起こして、輪をかけた「コアな空間」になることは間違いなし。宇宙に行きましょう。

 てなわけで今日は、、、すいません。itnessさんの登場はありませんでした。福岡に帰ってからかなあ。週末のセミナーですが、一応、当日飛び入りもOKそうですので、もし「行こう!」と直感が走った人はお待ちしております。一応、080-3374-2769(オフィシャル番号)までご連絡頂ければと思います。

 それでは今日は短いですがこの辺で明日に備えて、、、寝ます。濃密な2日間になりそうです。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-11-26 23:39 | ■音楽
 今日もゆっくり起きて朝食。しばらくして家族3人で朝市で買い物。そのままパン屋で昼食です。天気もよくてのどかな一日でした。ところで強引に話は変わりますが、私は中3の夏にモーツァルトに魅せられ、それ以来、中学高校時代はほとんどモーツァルトしか聞かずに過ごしたと思います。もっとも、吹奏楽部だったので、いろいろ聞いてはいたのですが、積極的に買ってまで、時間を割いてまで聞いたのは、モーツァルト以外になかったように思います。

 で、何の話かと言うと、最近、流行ってますよね。ヘミシンク。とあるマンモスブロガーさんが批判しているので反論を聞かせて欲しいなどのメールを頂いたり、それ以外にもいろいろと質問されることもあります。私に聞かれても知る由もありませんし、反論しろと言われても同じ土俵にそもそも立てませんから。霊視云々を言われるとどうしようもありませんので。

 何度も言っているように、ヘミシンクとは私にとって即座に「潜在意識」の世界に入るための「ひとりヒプノセラピー」のツール。それ考えると、一回数万円のヒプノセッションを受けずとも、数千円のCDで何度もヒプノ体験ができるので、その辺、私は重宝しています。実はまた新しいCDを2枚(一枚二千円)を購入し、今日初めて聞いたのですが、それがまたぶっ飛びでした。週末の東京セミナーにもすぐに使える内容。

 ま、それはともかくとして、ヘミシンクでしばしば言われるような「体外離脱」とか「疑似臨死体験」などとは、単なる脳内現象であって、そもそも「あの世」という世界が最初からあるわけじゃありません。ただ、「潜在意識」の世界に「存在する」と言う意味では、それもありかもしれませんが。ちなみに「潜在意識」の世界を見るために必要な姿勢はただ一つ。それが「リラックス」です。

 ただ、「リラックスしよう」と思うと、余計にリラックスできないなどの難しさもあるので、本当の意味でリラックスを極めるのは決して容易ではないでしょう。あえて言うなら、呼吸であり、特に吐く息。そこにリラックスの極意があると言っていいのですが、それとて決して容易ではないかもしれません。

 ちなみに私は究極のリラックスを「滝行」において実体験しながら、それをどうにかして再現できないかと思案している時、たまたまヘミシンクに出会って、これは「使える」と思った次第。何度も書いてきたように「潜在意識」とは「身体」であり「筋肉」のこと。そしてその「身体」はこれまで経験・体験の中で、何らかの条件付け(アンカリング)をされており、そこに「潜在意識」の特殊な世界が見られるのです。私はそれを「コリ」と表現しているのですが、例えばインナーチャイルドなんてのも同じものを示しています。

 で、リラックスして身体がほぐれると、その時に「潜在意識」のコリが表面化して、人によってはその部分が何らかのイメージとして現れる。それを見るためのツールがヘミシンクであって、必ずしも体外離脱にこだわる必要もないのです。と言うか、体外離脱など目指してはならないと思っています。

 そして結論を申し上げますと、「死後の世界」など存在しておらず、臨死体験などで言われる「三途の川」や「あの世」ってのは、すべて「潜在意識(個人的無意識・集団的無意識)」にある情報に過ぎないのです。しかし、世の中には「潜在意識」を超えたところの、つまり「超意識」と言うか「宇宙」と言うか、我々の想念はるかの超越した世界を垣間見た人間が存在します。それは完全に「言葉」を超えており、その世界を私たちに伝える役割を持つものが、まさに「芸術」なのです。

 弘法大師空海の描いた曼荼羅や書の世界は言うまでもなく、古今東西の多くの芸術家たちは、私たちに「宇宙」を見せるために創作活動を行ってきたと言えましょう。その一人がモーツァルトなのです。とにかくモーツァルトに関しては、いくらでも語れるし、もしかしたらジャズ以上に深い話ができるかもしれません。ちなみに私はここ数年、モーツァルトのCDを買っていません。なぜならさほど興味がなくなったから。こんなこと言うと、何だか支離滅裂に聞こえるかもしれませんが、説明するとこう言うこと。

 私がモーツァルトにハマっていたのは15歳から18歳くらいまで。そして高校卒業時ってのは、確か1992年でモーツァルト没後200年などと騒がれていました。そのにわかなブームに冷ややかだったのもあり、クラシック以外の音楽を聞いてみたいと思って、最初に手を出したのがモダンジャズでした。最初に3枚買ったのですが、それがソニー・ロリンズ、ビル・エヴァンス、エリック・ドルフィーでした。それは3枚とも「当たり」で一気にジャズヲタクへと入って行くのです。

 そしてちょうどその時、ある若いヴァイオリニストがテレビで興味深いことを言っているのを見ました。それは「二十歳すぎるとモーツァルトが弾けない」ということ。つまり、モーツァルトが弾けるのは純粋な子どもであるか、または一定の年齢を重ねた覚者であるしかない、と。それを見て、なるほど、と思ったものです。私が急にモーツァルトに興味がなくなったのもそんな理由なのか、と思いました。

 ですので、おそらく数年先にはまたモーツァルトにハマりまくる日が来るのかもしれません。きっと来るでしょう。それはもしかしたら40歳かもしれません。私はインドである占い師から「40歳になったらブッダになる(本物のお坊さんになる)」と予言されていて、もしそうであれば、きっとモーツァルトを再び聞き始めることになるでしょう。ちなみにその占い師に言われたことが、ここ数年、ほとんど実現しているのが恐ろしいところ。

 話を戻しますが、実は高校2年の時のこと。私はモーツァルトのある曲を聞いて完全に「宇宙」に行ってしまったことがあります。毎晩、消灯後に布団の中で30分程度、モーツァルトの曲を聞いて寝るのが習慣だったのですが、その日もローテーションであるカセットをウォークマンにセットしました。それが、「交響曲第41番ハ長調K551」だったのです。ちなみに40番第一楽章は誰もが知ってる有名曲ですが、スケールの大きさで言えば断然41番だと思っています。

 その41番の終楽章に「それ」がやってきます。以下の動画で言うと、5:23から5:50のほんの数秒のことですが、これが「宇宙」です。
 


 ただ、あれ以来、本当に「宇宙」に行ってしまったのは2度とはなく、あの当時はただ、ただ、すごいものを見てしまった、と思っただけ。ある種の究極体験でしたが、私にとっての最初の「悟り」と言っていいのかもしれません。あれはいったい何だったのか。でも、きっといつかまた「見る」ことができると思います。ちなみにリヒャルト・シュトラウスはその箇所について「終曲のフーガを聞いたとき、私は天にいるかの思いがした」と述べているとのこと(ウィキペディアより)。やっぱりそうだったんだ。高校2年生の私が見た「それ」はやっぱり「宇宙」だったんだ。


 それからもう一つ。これも私にとって衝撃的な体験がある曲です。それが、「クラリネット協奏曲イ長調K622」でした。



 これを最初に聞いたのは中学の卒業式後だったと思います。大阪心斎橋までCDを買いに行ったはいいものの、その日は体調を崩して寝込んでしまっていました。その時、買ってもらったばかりのCDプレイヤーでこの曲を寝込みに聞いたのです。特にこの第二楽章は涙が出てくるほどに美しく、そしてどこか悲しい。後から知ったのですが、その曲はモーツァルトの死ぬ2か月前に作られた曲。「白鳥の歌」と称されることがありますが、まさに「死」を思わずにはいられない。

 しかし、この曲を聞いてわかる通り、純粋なまでに美しい世界がここにあります。そしてそれこそが「死」の本質なのではないか、と。つまり死後の世界には鬼も悪魔も存在せず、かといって天使が舞っているわけでもない。ただ、純粋にあるだけ。それを「天国」と言えばそうかもしれませんが、一般的にイメージされる楽園的な天国ではなく、ただ、純粋に絶対的な「愛」によって私たちを迎えてくれてる、まさに「宇宙」そのものとしての世界。

 この世界を垣間見てしまうと、もはや「死」は恐怖の対象ではない。私たちのいずれのゴールであり、それは同時に宇宙そのもの。そして「死」を恐れる必要がないぶん、それは「生」への喜びをももたらしてくれる。モーツァルトは私たちのそんなメッセージを残して行ったのです。

 もしよかったら、今日ご紹介した2曲について、ぜひ誰もいない時間にひっそりとヘッドフォンで自分の世界に入って聞いてもらいたいと思っています。ヘミシンクもいいですが、あれはあくまで潜在意識のコリをほぐすツールであって、それらを超越した「宇宙」へと旅立ってみたいのであれば、ぜひモーツァルトを聞いてみるといいと思います。今日はこの辺で。ありがとうございました。

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by katamich | 2010-11-21 23:39 | ■音楽
 いろいろ書きたいことあるのですが、言葉になりません。以上。。。ってわけにも行きませんので書きます。まず、ホテルで「あしたのジョー全巻」を読み終わって、昼前に宿を出ます。そっから飯田橋のセミナー会場へ。初めて使用する会場でしたが、実はダンススタジオがメインの会場で、キャパも20名前後。ほとんど思い付きで予定を入れた割には、いい感じに席が埋まりました。飛び入りも2~3名いらっしゃいましたし。2時間半。何も見ずに、とにかく「降りてくるがまま」にしゃべりきりました。終わってみると何しゃべってか覚えてないのですが、簡単にレポートしてくださった方がいらっしゃいました(「Qさん塾:☆みんな宇宙とトモダチ」より)。なるほど。RUMICHさん、ありがとうございました。

b0002156_2356161.jpg そしていよいよ根本昌明さんのコンサートの時間が迫ってまいりました。何度も言いますが、今回の東京出張はすべてこれに始まりました。6月1日に晩飯食いながら何気なく見ていたテレビに根本さんが登場したのです。5分ほどの登場だったのですが、それだけですっげえ感動しちゃって、「もう、行くしかない!」と思ってスケジューリング。根本さんのことは山川紘矢さんご夫妻も応援していることを知ります。そしてすぐに根本さんご夫妻も私のブログを読んで感激してくださったようで、奥さんとはすぐにマイミクに。

 実は、、、ほんとのこと言うとですね。今回の出張はいろいろ大変だったのです。まず木曜日の中村隊長とのトークライブが集まらない。自分のセミナーもいつもの半分以下。正直、「仕事」としては完全な失敗、、、となりそうだったのが、それこそ一週間前もそうでした。ぶっちゃけ、「あの時、紳助の番組見てなかったら、こんなに大変なことなかった・・・」とか妙なこと思い始める瞬間もありました(笑)

 でもすぐに「これはきっと何かあるんだ!」と思って、とにかくできることに全力投球。すると木曜日のトークライブはほぼ満員。土日のセミナー・宇宙となかよし塾も部屋いっぱいになり、すごくいい雰囲気でさせて頂くことに。福岡空港を出るまで、何となく胃が痛い感じがありましたが、終わってみると全部大成功。

 そして何より、毎日が感動の連続。文字通り笑いと涙。そのラストを飾るのが根本さんの「ベートーヴェン感謝の夕べ」でした。「宇宙となかよし塾」に来てくださった方たちと会場に向かいます。地下鉄の同じ車両に山川さんご夫妻が。シンクロだよな~ってことでさっそくご挨拶。

 それから、実はちょっとした手違いがありました。てっきりチケットをカードで購入していると思い込んでいたのですが、ファミマで支払いを選んでいたのです。そして気が付いたら支払期限を過ぎていて、当日で入ることに。幸い一番高いS席が空いていたのですが、会場で席表を見ると、ほとんど空席がありませんでした。あぶない、あぶない。チケット買い終わってやれやれとしてたら、おっと!にしおかすみこ登場。顔が小さくてきれいな方でした。

 私たちの席はS席だったのですが、なんと一番前。席としては決していい方ではないのですが、指揮者や演奏者の表情などもはっきり見えます。これはこれでいいじゃん。あ、そう言えば、阿部敏郎さんが24日にブログでアナウンスされてたんですね。コンサート直前にそれを知り、携帯からブログ読みました。


この曲に秘められた見えないパワーが純粋に発揮されるという点において、その場限りの奇跡を、聴衆全体が目の当たりにするような気がします。

もしかしたら、この演奏が始まる前と終わった後では、すでに時代が変わっているのかもしれません。



b0002156_2353969.jpgてな記事を読んで、ますますワクワクしてきました。とにかく一番前で見上げる形で座っていたのですが、前半、ピアノが目の前にどか~ん。これはこれでレアな光景です。5時半になって開演。オーケストラの団員が舞台に入ってきます。目の前はヴィオラ奏者。間もなく緑の光沢ある衣装を着た根本さんと、ウィーンから来日された大御所イエルク・デムス氏が登場。デムス氏は82歳ですがかくしゃくとされていました。

 一曲目はベートーヴェンのピアノ協奏曲変ホ長調「皇帝」です。5曲あるベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でも最もポピュラーだと思いますが、その理由は第一楽章の序奏にあるのではと思います。変ホ長調の和音が響くと、私などはすぐにモーツァルトの39番交響曲や魔笛序曲などを想起してしまうのですが、その和音から実にきらびやかなピアノの単音が天使のごとく舞い降りてくるのです。ほんとに。

 その瞬間、不覚にも涙してしまいました。この感覚はなんでしょう。真っ先にヨーロッパを思い出させると言うか。以前、福岡のジャズライブハウスで辛島文雄トリオを聴いた時のこと。音が鳴った瞬間、その場がニューヨークになってしまい鳥肌が立ったのを思い出します。ベーシストは井上さんという当時はニューヨークでバリバリ活動されてた方だったからか、音が完全にニューヨークになるんですね。

 同じように、デムス氏のパッセージからは、その82年の歴史、いやデムス氏に引き継がれたベートーヴェンのDNAがすぐに再現されて、私の目の前にヨーロッパが広がったのです。24歳の時、ヨーロッパを自転車で旅してた時、ウィーンで「魔笛」の野外オペラを見た時を思い出します。決して一流とは言えないオケとソリストでしたが、そこでしか聴けない、まさにモーツァルトのDNAが目の前で繰り広げられて、最初から最後まで涙を絶やすことなく聴いていました。以前書いた旅行記にその時のレポートが残っていました。



 夜は俺の最愛のオペラである「魔笛」を聴きに行く。3,000円の安いチケットをゲット。遺跡のような野外ステージで夜の公演。まだ明るいうちから会場に赴き、ウロウロする。ステージからかすかに聞こえるリハーサル中の歌声に思わず身震いする。さあ、スターティング。序曲の後、タミーノの独唱に始まり、3人の侍女による三重唱で涙が溢れ出る。ああ!音楽ってなんて素晴らしいんだろう!!西ヨーロッパ最後の夜を静かに劇的に飾る。終演後は余韻に浸りながらユースまでゆっくり歩いて帰る。夜中の12時になっていた。
(8/13~14)



 デムス氏のピアノも一流だけが、そして本物だけが持つ「香り」がそこにありました。世の中にはもちろん内外を問わず、素晴らしい演奏家はいくらでもいます。しかしあのような「本物の香り」だけは、どんなに頑張っても到達できない、いわゆる「演奏家」を超越した「音」がただあるだけ。それはまったくクラシックを聴かない聴取を感動させるに余りある説得力がありました。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲はまだまだ古典の様式を残したままであり、例えばチャイコフスキーやラフマニノフのような派手な演出はないものの、だからこそそのシンプルな「香り」だけが会場に広がるのでしょうか。協奏曲が終わり、指揮者の根本さんはデムス氏の手を引きながら、何度もカーテンコールするんですが、一番前だけにすでに涙ぐんでいる根本さんの顔が見えてしまって、こっちまでもらい泣きしそうになりました。その後、15分間の休憩ですが、ロビーで早くもビール。やっぱり音楽には酒です。私のブログを見て来ましたって方にも何名からお会いすることができました。よかったです!


 後半はいよいよ第9。CDでは何度も聴いているし、生演奏もおそらく3回目くらいかと思います。第9を歌うのが夢だった時期もありましたが、確かに聴くだけでなく、いつかはステージの上で歌いたいものです。それにしても第9ってどうしてあんなに感動的なんでしょうかね。

 18世紀の交響曲ってのは、いわゆる貴族のためのサロン音楽的な感じであって、それを量産したのがハイドン。それがモーツァルトになると、ドギツイ短調の交響曲(25番・40番ト短調)なんかが登場したりして、より大きな世界観・宇宙観を表現するようになってきます。それが最高に昇華したのが、私は41番ハ長調だと思っています。

 高校時代、毎晩、ウォークマンでモーツァルトだけを聴き続けていたのですが、ある日、交響曲第41番ハ長調(指揮はブルーノ・ワルター)を第一楽章から聴いていました。もう何度目かわかりませんが、とにかくその日は41番だったのです。そして「それ」は第4楽章で訪れました。速いテンポで、印象的なモチーフが次々と出てくる曲なんですが、そのラストで、、、イッてしまったのです。宇宙に。

 その当時はスピリチュアルも精神世界も何も知りませんでしたが、モーツァルトの41番第4楽章のラスト数分で完全に「宇宙」に行ってしまったのです。「やばい、、、帰ってこれなくなる・・」とまで思ったほど。その時、モーツァルトはもはや貴族など特別階級のためではなく、私たち人間に「宇宙」の存在を体感させるために、まさに宇宙の代弁者としてこの曲を書いたんだろう、、、と思ったほど。高校生の私がすでに。

 第9の話に戻りますが、第9も確かに「宇宙」を表現した音楽には違いありません。ただ、モーツァルトの場合は、もう完全ストレートに「コレガウチュウデス(これが宇宙です)」と言ってるのに対し、ベートーヴェンはまずは「人間」を表現するところからスタートしてるんですね。

 今、気がついたのですが、ベートーヴェンの第9もモーツァルトの41番も同じく最後の交響曲であり、第4楽章で「宇宙」を表現しています。つまり、作曲家として最終的に表現するべきは「宇宙」であり、第9や41番が最後の交響曲になったのは、それ(宇宙)以上に表現すべき対象がなくなったから、、、と考えられなくもないですね。

 で、第9なんですが、有名なのは合唱付きの第4楽章ですが、本当は最初から聴くべき。第一楽章の出だしとか、いつもよくわからん。え・・始まったの?見たいな出だしですが、あれってもしかしたら自我の形成プロセスなんかな、、、と思うことがあります。そして自我の確立とともに「苦悩」が始まる。第二楽章なんかも3連符が焦燥感をかきたて、時折ティンパニが強烈な鉄槌を与えるなんて、まさに人間の苦悩そのものじゃないかと。一転して第3楽章は安らかに。私の大好きな楽章ですが、この辺りで涙腺はかなりヤバいんですよね。人生って素敵やんっていつも思います。


 ・・・なんですが、一応、ここまでは「人間」を表現してるに留まってる気がするんです。根本さんが最後に「今まで第4楽章は演奏できなかった」と言ってましたが、そこに始まる「宇宙」をどのように表現すべきなのか、手を出しかねていたからなんでしょうか。言うなれば「ヤバイゾーン」なんです。

 ただ、モーツァルトの「宇宙」はずっと抽象的で、別の言い方すれば数学的。それに対してベートーヴェンの「宇宙」はもっともっと具体的で、私たちが「喜び」と接する、言わば目に見える形での「宇宙」があると感じるんです。そう言えば第4楽章の有名なフレーズは「歓喜の歌」って呼ばれてますもんね。

 ただ、「喜び」と言っても、私たち人間の感覚で言えば、「悲しみ」や「苦しみ」に対する「喜び」のような一種の評価軸が入る気がするんです。しかし、宇宙の喜びとは、そんな相対的な価値ではなく、何ものも比べようのない絶対的な「喜び」なんです。

 吉野家とすき家ではどっちの牛丼の方が美味しいか、、、ってのと同じように、昨日より今日の方が喜ばしいってのは、人間、もっと言えば「自我」の評価によって判断される喜び。しかし本当の意味での喜び、すなわち「宇宙」の喜びとは、ただ単にそこにある「喜び」のこと。それを「神」と言ってもいいかもしれませんが、ただ、喜びとしか言いようのない世界。それが第4楽章なんです。

 ですので、第1~3楽章は「人間」としての苦悩や安らぎを体現していたのに対し、第4楽章はそれらとは次元の違う、遥かに超越した世界があるわけです。だからこそ、そんなにおいそれと振れない、、、と言う根本さんの世界観はものすごく共感するものがあります。そしてまさに宇宙の「悟り」の境地を体験した今の根本さんだからこそ、表現できる世界がある。それを私たちは聴きに来ていたのです。

 演奏が始まる前、私のセミナーにも来られた方と「一流と超一流」の違いについて語り合っていました。一流てのは確かに上手だしすごい。非の打ちどころがない。それに対して「超一流」はほとんどの「粒子」の世界であって、上手とか下手を超越した説得力がある(もちろん上手ですが)。もう言葉にできない何かがあるんです。

 もちろん一般的には「一流」の上に「超一流」があるわけですが、時として、「一流」を経ずして「超一流」の世界観を創造してしまう、言わば突然変異みたいな現象があります。ひょっとしたら、それが今日だったのかも、、、と最後に思いました。例えばそれは、、、まったくクラシックに興味のなさそうな連中までが、演奏中に号泣していたなんて事実を見てもそう感じます。

 ちなみに私の隣には「AF」ってロゴの入った帽子をかぶり、汗に濡れたTシャツとサンダル履きの男が座ってたのですが、彼はクラシックまったく興味なし。それでも演奏中には何度も涙が出たと言うのだから、やっぱり「何か」があったのかもしれません。もちろん私も、全体で7~8回はかなり泣いてしまいました。

 本当はもっといろいろ書きたいのですが、ブログの字数が迫っているのと、何だか言葉にする限界を今感じていて、もはや言葉が降りてこない状況なんです。どうでもいい話ですが、今日はマヤ歴で「時間を外した日」だったそうです。明日から新年。「時間を外した日」ってのが、どんな意味を持つのか知りませんが、それもまたやっぱり「何か」があるのかもしれません。

 阿部敏郎さんが「この演奏が始まる前と終わった後では、すでに時代が変わっているのかもしれません」って書いてましたが、もしかしたら本当にそうだったりして。その瞬間に立ち会えたのかな。少なくともオレは、今日の演奏聴けてよかったです。そしてこのブログ見てきた人たちとも数名お会いしましたが、やっぱり書いてよかったです。口々に「(書いてくれて)ありがとうございました」って言われちゃいましたから。いやいや、根本さんありがとうです!

 人生ってさあ、、、やっぱ「感動」だし「喜び」だよね。それも絶対的な。今回の東京出張もこのコンサートがきっかけで、このコンサートに終わりましたが、やっぱり「感動」を人生のプライオリティにおいているだけに、一分一秒、そして今この瞬間がすべて「喜び」であることを知る。そんな4日間だったな~と今思っています。あ~もっと書きたい。でも書けない。なんでだろうかね。と言いながら、もう6千字以上も書いてたりして。

 よっしゃ!もっともっとオレらしく激しく生きようと思う。日々是感動。ただ、それだけだね。演奏会終了後は一応楽屋に顔出して、根本さんの奥さんや山川夫妻ともお会いできました。その後はホールの地下のイギリス風パブでフィッシュ&チップスを肴にギネスビール3杯づつ飲みました。男3人で。それがまた、めちゃくちゃ楽しい語り飲みでした。あっつあつのトーク炸裂でね。あ~!本当にいい日やった。そしていい人生ですよ。オレ最高!そしてみんな最高!ありがとう!!


くりっくでかんぱーい!
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by katamich | 2010-07-25 23:39 | ■音楽
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