宇宙となかよし

katamich.exblog.jp

Qと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。

カテゴリ:■時事問題( 163 )

今日は梅雨の間の束の間の晴れでした。
しかし一日中事務所で仕事をしていました。それも面白くない仕事でした。ツイてる。。。

今日の午後、ヤフーニュースを開くとトップにまたも凄惨な事件が出ていました。
ご存知のとおり佐世保市の小学生カッター殺人事件です。
今回の大きな事件性は小学生の女子が同級生を殺害したところにあるのでしょう。
ちょうど一年前も中学生が幼い少年の体を切った上に屋上から突き落とす事件がありました。
例の「駿ちゃん事件」です。世間ではまた長崎かと思っているかもしれません。平和のまちなのになぜ、と。

なぜ長崎かは分かりません。ひょっとしたら部分的に悪いエネルギーが鬱積しているのかもしれませんが、それはなんともいえません。

ところで私が今回書きたいテーマはそんな話ではありません。情報社会について書きたいと思います。
今回のような事件を目にしたら人は最初に何を考え、行動するでしょうか。
多くの人はテレビをつけるとか、ネット上に配信されるニュースを熟読するかでしょう。

しかし、最近では即座に「例のHP」を開く人とも少なくないと思われます。それは察しのとおり、超巨大掲示板「2ちゃんねる」です。

今や「2ちゃんねる」の社会に対する影響は看過できないものがあります。
政治や巨大企業に対する告発から、名誉毀損、殺人・テロ予告など良しにつけ悪しきにつけ、これまで表社会に現れなかったことが、次々に表出しています。
中でもプライバシーに関わる表現は大きなインパクトがあると思われます。

今回のような事件は少年法の元で加害者の人権を考慮し、名前や顔が報道されることはまずありません。
しかし「2ちゃんねる」では少年法における子どもの人権などどこ吹く風、一両日中には加害者に対する全ての情報が明らかにされてしまいます。
今回もそうでした。正午の事件だったのがその6時間後には、本名及び顔写真が見事に出回ってしました。ひどい時には電話番号まで出回ることがあります。

このようなネットによるプライバシー問題が最初に浮上したのが、おそらく97年の「サカキバラ事件」でしょう。
そのときはフライデーの勇み足で誌上に掲載したあと発禁になったのですが、とき既に遅しでそこからネット上に一気に広まりました。
他にも西鉄バスハイジャック事件、駿ちゃん事件など、加害者の情報が一瞬のうちに剥き出しにされてしまうのです。

まさに高度情報化は「法は許しても社会が許さん」という社会を導く一方、少年の更生、社会復帰という本来の少年法の理念を完全に遮断してしまうものです。

私見ですが日本という国は他の先進諸国に比べ、加害者特に少年の人権を過度に尊重する向きがあると思われます。グローバルスタンダードに照らせば、日本の少年法は甘いと考えられるかもしれません。

その是非はともかく、今後、少年法の改正はできても高度情報化の進展を止めることはできません。
つまり今は法でいくら少年の人権を守っても情報力がそれを許さない時代になっています。
別の見方をすれば、情報化とは日本の少年法の後進性を是正する働きがあるのかもしれません。

今後は少年法でいくら人権を擁護しようと、加害者の少年は一生まともな職につくこともできなければ幸せな結婚もできないことでしょう。

となると、どうせなら少年法を一気に解体してしまい、顔も名前も公表した上で更正プログラムとその進捗をも公開しながら、堂々と社会の審判を仰げばいいのです。
その方が少年犯罪の防止ためにも、加害者の人権擁護のためにも良い結果を導くと思われるのですが。。。
by katamich | 2004-06-01 01:14 | ■時事問題
本日は北朝鮮のニュース一色の一日でした。
小泉首相と金総書記が会談するという歴史的な一日だったようですが、結果としては、必ずしも芳しいものではなかったようです。

思えば小泉さんも長いですよね。
短命で終わると思っていたのですが、これまでいろいろ叩かれながらも何となくやってきている。
実際のところ他に総理になり手がいないのかも知れないですね。

しかし、北朝鮮と言う国はいつまで国家として存続するのでしょうか。
私が大学生の10年程前、韓国の学生とよく交流していたのですが、向こうの学生は口々に今世紀中に朝鮮半島は統一すると言っていました。
金日成が死んだ時に一気に統一になだれ込むと思ったのですが、あれから10年経った今も存続しています。

一方で今日の会談に象徴されるように、日朝国交正常化に向けてもにわかに動き始める気配があります。小泉さん在任中に正常化が実現すれば、それこそ歴史に名を残す首相となることは間違いないです。

果たして北朝鮮との国交正常化が先か、国の消滅が先か、北朝鮮事情は全く混沌としていて読めません。朝鮮ジャーナリストの意見もそれが各々全く異なっていますし。
私には傍観するしかありませんが、目を離せない問題です。

一方で、南の韓国については、昨年から韓国ドラマがブームになり、これまで「近くて遠い国」と言われてきたのが名実共に「近い国」になろうとしています。
かつては禁じられていた日本文化の受け入れも、昨今、正式に解禁になりましたし。

先に述べたように私は10年ほど前、韓国の学生としょっちゅう交流していたのですが、彼らの日本に対する関心と言うのは、我々が韓国に向ける関心の何倍も大きかったように思います。
卑近な例をあげると、我々は韓国の俳優やアイドル、人気歌手など当時ほとんど知らなかったのが、韓国では日本の大衆文化が公式には禁じられていたにも関わらず、ものすごいブームでした。日本の歌謡曲なんかは、私よりも韓国の若者の方がよく知っていましたし。

それが最近は日本も韓国文化に興味を示すようになり、お互いの歩みよりが本格的に進んでいるように思います。
中でも「冬のソナタ」はブームの火付け役として大きく貢献したことでしょう。
私も今、はまっている一人です。

このドラマがブームになった理由として、「高度成長期以降、日本人が忘れていた純粋さがうけた」と、ジャーナリズムでは説明されます。
確かにそれもあるでしょうが、私はもう1つ理由があると思います。
それは出演している俳優が「ほんもの」であると言う点です。

最近の日本の俳優やアイドルは、気軽にスキャンダルに巻き込まれたり、勝手に妊娠したり、言動が子どもっぽかったりなど、どうも素人臭さが感じられて仕方ありません。

かつては、「石原裕次郎」、「松田勇作」、「夏目雅子」、「山口百恵」など真のカリスマと言えるスターがいたものです。マスコミも一般市民も彼らの悪口を言うことがタブー視されていたほどです。しかし今はどうでしょう。一時は本物と期待された「宮沢りえ」や「広末涼子」などもご承知のとおりです。

b0002156_021171.jpgそのようなスター不在の日本においては、誰もが文句をつけられない真のスターを、我々は韓国に求めたのかもしれません。
私も「冬ソナ」に出てくる、ぺ・ヨンジュンやチェ・ジウには正直惹かれています。

バブル経済を頂点に高度経済成長以降の日本人は、どこかおかしかったと思います。
それが、昨今は長引く不況の中、人間本来の優しい感情や思いやり、ひたむきな心、そして「ほんもの」に積極的に目を向けるようになってきたのではないでしょうか。
韓国ドラマのブームはそれを象徴する現象だと思われます。

日本は確実にまともな国に戻ろうとしていると感じています。
by katamich | 2004-05-22 00:19 | ■時事問題
身近にいる人間から、文章が長すぎるとの意見をいただきました。
いつも短く書こうと心がけてはいるのですが、知らずのうちに長くなるのです。

さて、今日の一日ですが、、、いつもの日常でした。
今朝は、家の近所の役所に直接向かって、一時間ほど話をした後、会社に戻りました。
せっかくだから他にも営業に行ってみようかとも思いましたが、、、ないのです。近くにまわるところが。

我が業界は、年々、環境が厳しくなっています。
私は大阪出身だからが、同業に会うと、つい「もうかってますか?」と聞いてしまうのですが、どこからも「ぼちぼちでんな」という言葉は返ってきません。
それでつい安心してしまうのですが、冷静に考えると全く喜べないんですよね。

新聞等によると、景気は現在、回復傾向にあると報道されています。
しかし多くの労働者はそのような実感を持っていないと思われます。
儲かっているのは自動車や家電など一部の大手製造業のみです。
つい最近までは「ケータイ、パソコン、MD」、今は「デジカメ、液晶、DVD」など新しい需要が絶えず生み出され、数字の上では景気回復しているかのようにも見えます。

繰り返しになりますが、多くは回復の実感などないと思われます。特に我々の業界は最悪です。
我々の業界と言うのは、公共事業に基づくものですので、仕事が潤沢にあるときは天国なのですが、ないときはあがくことさえできません。造注という考え方もあるのですが、クライアント(お役所)の方で「金がない」と言われたらそれまでです。今はまさにその状況なのです。

だが現在、儲かっている大手製造業も今の我々のように厳しい時期がありました。
バブルが崩壊して金融機関が麻痺していた当初はまさにその状況です。

当時、大手製造業は抜本的なリストラを繰り返し、それが功を奏して、今になってようやく笑うことができたのです。
一方、我が建設業界はバブル崩壊後、実は「失業対策特需」というものが到来し、金融機関や製造業が血を見る思いをしている時に、大笑いしていたのです。
当時、建設業界では、周りの景気がどうなろうと我々には決して影響しないという、言わば「浮沈神話」が実しやかに囁かれていたそうです。

だが見てのとおり「浮沈神話」は見事に幻想に終わってしまいました。
現在、建設業界では、かつて製造業がそうであったように、リストラが大手を振っています。

しかし、それでいいのでしょか。製造業ではリストラの間に体力を持ち直して、新しい需要の喚起に備えることができたのですが、我々は体力を持ち直しても需要がなければどうにもなりません。多少の需要は生まれても、「建設業三種の神器」のような大規模な需要は期待できないと思われます。

それでは、我々が生き残るためにはどうすればいいのでしょうか。
そのためには新しい「仕組み」が必要です。その仕組みを作るためには「前提」を変えることが必要です。その「仕組み」と「前提」についてはある程度見えているのですが、今それを展開すると、また「長すぎる」とお叱りをうけそうなので、別の機会に本HPのコンテンツで改めて取り上げたいと思います。

やはり長くなってしまいました。
今日は6時過ぎに会社を出てから飲みにも行かず、家でJAZZを聞きながらPCに向かっています。
「なんて寂しい」と思われそうですが、意外と充実しています。
by katamich | 2004-05-14 00:08 | ■時事問題
ブログトップ | ログイン