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    <title>宇宙となかよし</title>
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    <modified>2012-05-27T08:49:11+09:00</modified>
    <author><name>katamich</name></author>
    <tagline>ありがとうございます。Ｑと申します。読んで頂いた皆さんが笑顔になり、ますますパワーアップできるようなブログを目指しています。</tagline>
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        <title>年収2000万円の壁の正体　2012.5.26</title>
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        <author>
            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>ＮＬＰ・コーチング</dc:subject>
        <content type="html"> 
　唐突ですが、最近また、人生がすごく面白くなってきました。生きる上での最大の喜びの一つとして、私は「知る」があると思っています。そしてこの世の中には「知る喜び」を知る人間と、知らない人間とに大きく分かれ、人生に対する積極的姿勢を持つものは総じて「知る喜び」を知る人間だと考えています。最近は毎朝4時に起きてまずは写経。般若心経一巻は30分程度で写せます。それから読書。この時間はなるべく哲学や思想、歴史など、やや固めの本を読むようにしています。朝のこの時間は脳のどこかが活性化しているのか、難しい言説であってもスイスイ頭に入ってきます。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　実は今、一つ目標があります。些細なことですが、来年から自宅とは別に個人事務所を借りること。1LDKにして狭い方は私の作業部屋、広い方は人が集まったり、個人セッションしたりする部屋。つまり自分のサロンを開くのです。実はサロンなる発想は2006年頃からあって、このブログにも書いていました。ただ、その当時はサロンとは言っても、その必要性がはっきりしてませんでした。今は明確にイメージできます。そのサロンに入ると、誰もが「本当の自分」へと生まれ変わるような空間にすること。その部屋はまるでお母さんの子宮内のような安心空間として、セッションを受けようが受けまいが、来ると何かリラックスして、のびのびと自分らしくなれるような、そんなサロンを創りたいのです。定期的に瞑想会なども開いたりして。場所は福岡市南区大橋。今の自宅から自転車で20分ほど。いい運動にもなりますしね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　一日のスケジュールとしては、朝4時に起きて写経。時に滝行。それから読書、ブログなど。7時半から朝食。保育園に送るなどして、9時には事務所に出勤。それからは執筆したり、電話コーチングしたり、対面個人セッションしたり、打ち合わせしたり、ミーティングしたり、瞑想会したりなど。6時には自宅に帰って夕食。時には来客が来たりして、残業することもあるけど。そしてすでに会社でやってるので、ツレを経理に雇い入れて、時々は会社に来させたりしてね。そんな具体的なイメージがここ数日で急に固まってきたのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それもまさにビリーフ・チェンジ効果だと思います。読者さんからも言われましたが、この一週間で明らかに変化してるんだと。もちろんいい意味で。ただ、どんどん行け～と言う人がいる一方で、それでいいのですか、と変化を抑制する力が働いてもいます。でも、それはそれでバランスです。今までも私自身が飛躍するとき、必ずそれを抑制するエネルギーがやってきました。たいてい「なんで？それ違うんじゃない？」などのお声なのですが、これはまさに潜在意識の現状維持システムそのもので、言ってみればそんな声があるのは逆に大きな変化の前触れとも言えます。う～ん、、あのセミナーからちょうど一週間ですが、こんなに変化が起こるとは、ちょっとやられた～って気分でしょうか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ちょっと予告。6月のQ州ツアーはすでに満席ですが、7月21日～23日にもやります。テーマはビリーフチェンジ。その前に6月30日にも福岡で一日セミナーやります。そちらは願望実現ですが、ビリーフの扱いをメインに。ほんと、人間って面白いように変わるんだな、と自分が実感しており、まさに信念・価値観（ビリーフ）が変われば、能力、行動、環境、、、つまり「現実」も変わる。正確に言えば、ビリーフを変えると言うより、制限となるビリーフを取り除くことで、本来の自分に戻ることができる。その本来の自分の大前提となるのが「自己承認」です。つまり、人は生まれながらに価値ある存在である、この真実に直結すること。結局、瞑想の目的もここにあるんですよね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　以前、「晴れてる」って話をしたと思います。その話、私の仲間内でもかなり評判だったそうですが、つまり私たちの心の中ってどこか曇ってることが多い。例えば私が瞑想したとき、ときに「自我」と言う名の「雲」がドンヨリと空を覆っていることがあります。正確には私の場合、完全に覆ってることはなく、まばらに灰色の雲がある程度ですが、人によっては完全に雲一色の人もいるでしょう。それがまさに「制限となるビリーフ」です。瞑想はそれを取り除く行為。瞑想しててもいろいろ雑念がわきますよね。だけど、その雑念も雲が風に流されるように受け流す。次から次へと雲がやってきても、そのまま受け流す。するといつしか、空が晴れ渡っていることに気づく。まさに「空（くう）」です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/27/56/b0002156_846441.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;257&quot; height=&quot;328&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　あ、そうだ、Q州ツアーではタイミング良ければ「雲消し」を伝授しますね。私は滝の導師から最初に伝授してもらいましたが、その後、私もいろんな人に伝授しました。伝授と言っても、雲を消すとこを見せるだけですが、一度でも見ると、自分でも消せるようになるのです。もっとも、本当に消えたのが、消えたように見えるのかはわかりません。だけど、そんなのどっちでもいい。どちらにしても、雲が消えるまで空を見ることって普段ないのですから。矢追純一がUFOの番組を作ったのは、みんなに「星空」をゆっくり見て欲しいからなんて話もありますが、確かに今の人たちって、ゆっくり空を見上げることって少ないですもんね。せいぜい日食の日くらいで。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　いずれによ、雲が消えるかのように、制限となるビリーフが消えていくのを眺める。ただ眺める。そんなスローな時間があっても良いじゃないですか。てなわけで、前置きはその辺にして、いよいよセッションの話に入りますね。昨日は実際のセッションに先だって「セルフ・セッション」をして解決したって話をしましたが、まずはその話から。他の人のセッションを見ていると、制限となるビリーフの形成には幼少期の親子関係が大きく関与している。「あんたなんて産まれてこなきゃよかったのよ」などと言われたら、それはストレートに「存在否定」のビリーフへとつながります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私の今回のテーマは「年収2000万円の壁を突破する」でしたが、その壁にはどんなビリーフがあったのか。以下、セルフ・セッションの模様を再現します。登場人物は私が「Ｑ」で、ガイドを「Ｇ」にしますね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
－－－－&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：今日はどんなテーマを扱いますか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：年収2000万円の壁を突破したいのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：何が壁になってるのですか？その壁を作った原因として思い当たることはありますか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：（しばらく考えて）・・・あ！大学に入学したときのことです。一応、奨学金がもらえたら楽なので、その申請をしたのですが、その際、親の年収がわかる資料を添付する必要があったんです。そしてその額ですが、奇しくも今期の会社売上に並んでいました。正確には会社売上が一歩下がる形だったのですが。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：それがどう壁になってるのですか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：実は高校のときだったか、親父と腕相撲して勝ってしまったことがあるのです。それまでも何度もやってきたのですが、一度も勝ったことはありませんでした。だけど、高校になって、ついに勝ってしまったのです。そしてその瞬間、なんとも嫌な気分になりまして、それ以来、腕相撲をすることはありませんでした。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：つまり、お父さんに腕相撲に勝ってしまったことが、何らかの制限を作っていると？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：はい。私は正直、恵まれた両親を持ったと思っています。愛情も受けてきたし、何より好きなことをやらせてもらっていた。それゆえか、親を踏みつけるとか、超えることに抵抗を感じていたし、何より親を超えてしまったら、私の安全圏が外れる気がしたんです。だって、超えると親に頼れなくなるんだし。自分の安心・安全を守るためには、親を超えてはならない。そんな思い込みがあったことに今気づきました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：では、目の前にイスをおいて、そこにお父さんが座ってると思ってごらん。そしてお父さんに「お父さんを超えてもいいですか？」と聞いてごらん。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：はい。（目の前に父親がいるイメージをして）「お父さんを超えてもいいですか？」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：なんて言ってますか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：いや～、超えなきゃダメだって言ってます！&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：それでも超えることに抵抗ありますか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：う～ん、まだ抵抗が。だって超えたらもう頼れないじゃないですか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：じゃあ、もう一度お父さんに「お父さんを超えたらもう頼れませんか？」と聞いてごらん？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：「お父さんを超えたらもう頼れませんか？」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：なんて言ってますか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：超えてもいつでも頼ってこいと言ってます！だって、私は永遠にお父さんの子どもなんですから！（ちょっと涙）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｇ：では、もう超えても大丈夫ですか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
Ｑ：はい！大丈夫です！&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
－－－－&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ざっとこんな感じでセルフ・セッションが終了。他の人のセッション中だったと思うのですが、そんなのまったく目に入らず、自分一人でなぜか感動してるのでした。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そういえば確かにね、その当時、私の父親は中学校の教頭だったのですが、それをして「オレも教頭くらいにはなれるわけや」が口癖だったような。もちろん教員になるつもりはなかったけど、会社だったら副社長か重役クラス。いずれにせよ、組織のナンバーツーにはなれると思ってたのですが、それは同時にナンバーツー止まりってこと。そこに制限があったのですね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　つまり「親を超えるてはならない、親を超えるのは危険だ」なるビリーフがあったのです。ただ、ちびQのこと考えたら、例えば一人で洗濯物たたむだけでも嬉しいのに、数年後には私のできないことをちびQがやり出すようになる。それは父親としてすごく嬉しいことじゃないですか。そして30年後、私は69歳、ちびQは33歳。私を超えてなかったらちょっと寂しいかも。ちなみに親父は教頭までなりましたが、私は今、法的には「代表取締役社長」ですので、すでに超えてますけど何か？（社員オレだけだけど・・・）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そのようにして、他人のセッションを見ながら、自分に置き換えて勝手にイメージでセッションするだけで、ビリーフが外れちゃったのです。これで完全に元取った。2万円だけど、その10倍はすでに元取った。安い買いものだったよ。なので、もう帰ってもいいかな。そう考えたのですが、私はこの後、セッションに当たる可能性がありました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　今回のセミナーには40名弱来てたと思うのですが、公開セッションの希望者が30名近くいました。そこでまずは適当にじゃんけんしたのですが、普段はじゃんけんに弱く、「輪葉葉」に4回行って一度も招き猫が当たってないくらいのクジ運の悪さ。今度のQ州ツアーで5回目の「輪葉葉」になりますが、今度こそ当たりますように。で、私はそのときのじゃんけんに勝ったので、半数にしぼられ、あみだくじの中に入れたのです。なので、このまま行くと当たる可能性が高い。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もし当たったら当たったで、今のセルフ・セッションを再現したら、みんな感動するやろな～、、、とか思いながら、やっぱり翌日も参加することにしたのです。そしてついに、翌日に私の番が回ってきました。やった。感動させたるで～。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　まず棚田氏が「今日のテーマは？」と聞いてきたので、用意してたセリフを。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「カネっすよ！カネ！カネ！」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　下品極まりないですが、私的には「感動させたるモード」だったのでイケイケです。だけど、いざ始まってみると、、、イメージしてたのとはまったく違う方向に進み、そこでさらなるふか～い気づきがやってくるのでした。その話はまた明日。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなこんなでこの話、もう一週間引っ張ってます。セッション自体は10分で終わったのですが、一連を通して気づきがハンパなかったですから。そんなこともあって、9月から本格的に弟子入りすることにしたんです。自分でもものすごいことが起こりそうで、ボインになりそうです。ワクワクして胸がはじけそうですって意味。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それにしてもこの話、まだ続きそうです。結局のところ、最近、仏教哲学だとか現象学だとか、朝っぱらから読みふけってるのですが、すべて一連の流れにつながってきてるんですよね。そのような新たな知識が体験とつながり、さらにその体験が知識を深めていく。そうやって「知る」ことをますます深め、そして人生がさらに楽しくなってる今日この頃です。7月のQ州ツアー、、、まだ予約を受け付けてますので、希望者の方はお早めに。もう席が埋まりつつありますので。とにかく楽しく行きましょう。明日はちびQ三歳の誕生日です。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>ビリーフチェンジの本質中の本質　2012.5.25</title>
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        <issued>2012-05-25T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-26T10:49:18+09:00</modified> 
        <created>2012-05-26T10:40:50+09:00</created> 
        <author>
            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>人生哲学</dc:subject>
        <content type="html"> 
　これまで般若心経一巻を写経するのに40分かかっていたのが、気がつけば30分以内で、しかも字もきれいになってきた。毎日やってることって、イヤでも上達するもんなんですね。ブログだって毎日書いてると書けるようになるし、最近自分の中で流行っている名文とかセールスレターの写経なども、毎日やってると乗り移ってくるもんです。コーチングも土日以外毎日やっいると、スキル自体も上達して、クライアントさんの加速も促されます。やっぱ、毎日やるって大切なんですね。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
　さて、今日こそ書こうと思います。早いものでセミナーからもう一週間。この間の密度、めちゃくちゃ濃かった。私自身もビンビンひらめきが降りてくるし、にわかに現状も変わりつつある。昨日も書いたことだけど、「信念・価値観（ビリーフ）」が変わると、「能力」「行動」「環境」が一気に変わる。つまり「現実」が変わる。だけど、これまでビリーフ・チェンジの「永続性」については、いろいろ課題意識を持っていました。私のように完全に変わった人もいる。現実的には「給料じゃないと生活できない」が「給料など不要」へと変わり、その状況を7年間は維持しているので、本当に変わったのでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ビリーフ・チェンジってのは、セミナーやセラピーでは何ら珍しいテーマでもなく、いろんな人がやってるのですが、しばしば「ビリーフが変わった！」とか「脳の配線が入れ替わった！」などと大騒ぎする割には「現実」がぜんぜん変わってないのもよくあること。収入の壁を突破するとか言いながら、一時的なトランスが癖になってセミナージャンキーとなり、収入がアップするどころか、借金を積み重ねる人だって世の中に大勢います。では、今回、棚田氏の10分間の公開セッションを受けた私はどうなったか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私のテーマは「年収2000万円の壁を突き抜ける」でした。ここ5～6年、ずっと目標にし続けてるのだけど、他のことはほとんど達成しながら、これだけはどうしても届かないんです。正直なとこ。だけど、、、実はこの一週間で、、、9月の養成講座費50万円など一瞬で元を取ってしまったり、さらにまだイメージだけですが、2000万円突破する臨場感が芽生えてきたんです。とりあえず私が目指してるのが3000万円。本田健さん的にはこのラインが「幸せな小金持ち」で、自由の意味において最もバランスのとれた状態だとか。独立当初は夢物語立ったけど、今はすごく臨場感がある状態。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　その意味では、あの10分でビリーフチェンジされたのかもしれません。もっとも、そればかりは「現実」がどうなるかでしか判断できないことですが。で、いよいよそのときのセッションの話に入りますが、実は入る前に私の中で「セルフ・セッション」してしまい、ある程度解決できてしまったんですよね。初日に。つまり、皆さんのセッションを見ながら、それを自分に置き換えて頭の中で上演し、それだけでもう解決してしまったのです。なので、二日目は当たろうが当たるまいがどうでもよかった。他のセッションを見ただけで解決してしまったのだから。だけど、結局、当たってしまったんですけどね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ではまず、私の中でどんなセルフ・セッションがなされたのか。その前にある特定のかなりキツいセッションが敷かれてたのですが、それは表に出せないので極秘ブログで書いています。なので、その続きから。これまでも書いてきた通り、ビリーフは幼少期の特に親子関係によって形成されます。かなり以前、女性数名とバーで飲んでいるとき、一人の女性が酒の勢いもあって、自分の過去のことを告白し始めました。その方は見た目は決して悪くもないのですが、小さい頃から可愛い姉妹と比較されながら、親からブスだ、ブスだと言われ続けて来たそうです。そして現実は40年近く、一度も男性とお付き合いしたことがないと。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
　結局、ブスだと言われ続けることで、「私はブスだから、男性から好かれない」なるビリーフを構築してしまい、それが完成した思春期以降、そのビリーフが正しいことを証明する、つまり強化して過ごすようになるのです。その方が今どうしているかわかりませんが、いつの間にかマイミクを外されていました。で、そのときのバーでの話ですが、私も含め、周りの女性も「そんなことないよ～」と正直に伝えるのですが、本人のビリーフは完全に強化されてしまってるので、「いや、でも・・」と自分がブスである証明をしようとするのです。そしてそれが普段の態度にも出てくるので、結果とて男性から好かれない。私だって正直なところ、大勢で飲む分にはいいですが、もうちょっと近づいた関係と言われると遠慮させてもらうでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私がマイミクを切られた理由はわかりませんが、拒絶される恐怖から、自分から切る行為をしてしまったのかもしれません。そんな人は割といます。切られる前に切ることで、予想できるショックから回避する行為。お付き合いしても、いつかフられるんじゃないかと恐れ、そのショックを回避するために、自分からフってしまうことを繰り返す人とか。または、好きな人とかなり良い関係になってるのに、いざ踏み込んでこられると、「付き合うとフられるものだ」なるビリーフが邪魔をしてしまい、相手の気持ちを受け入れられなくなるのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それはその人の異性との交際経験の有無に関わらず。原因としては、親がしっかりと甘えさせてくれなかったなど。甘えて近づいて行くと、なぜか拒絶されたり。先ほどの女性の例で推測すると、自分よりも姉妹ばかりを可愛がって、抱きしめて欲しいときに抱きしめてもらえなかった。拒絶されるくらいなら、自分から拒絶してやった方が傷つかずに済みます。それが異性や友達にも広がり、自分を孤立させることで、傷つく恐れから身を守っているのです。だけど、本当は、本当は、本当は、誰かに甘えたい。その気持ちに正直になり、いろんな人と交流してみるのだけど、いざとなったら自分から拒絶。拒絶される恐怖を避けるために、自分から拒絶する。その繰り返し。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では、そのような人のビリーフを解きほぐすにはどうすればいいか。結論を言うと、それは「許し」によって変わります。甘えさせてくれなかった親にも親なりの悩みがあったのでしょう。親にもビリーフがあり、その原因があります。なぜ、我が子を素直に甘えさせてあげられないのか。また、良い母親を演じるがために、笑顔で子どもを迎えるのですが、身体は拒絶してしまっている。それは本人にも、そして子どもにもストレスとなり、潜在意識的に子どもは「親から愛されない」、親は「子どもを愛せない」なる感情が疼き、それがビリーフとして定着するのです。私などは子どもを愛しまくってるので、虐待する親とか、育児放棄する親とか信じられないのですが、だけどその親にも深い原因があるのです。それは親の親から受け継いだビリーフであったり。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　なので、恐ろしいことにビリーフは「再生産」され、子孫のすそ野へと広がっていくのです。だけど、もし今、このブログを読んで、自分にも思い当たる節あるな～とか、これ私のこと？などと思う人が、少なくとも213名はいそうですので、あなたの代でビリーフの再生産をストップさせる必要があります。そのために重要のは、まずは直接の両親に対する「許し」です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/26/56/b0002156_10402113.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;314&quot; height=&quot;201&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　今、次長課長の河本の生活保護事件がニュースになってて、あんなのは論外ですが、例えばそうですね、スーパーの試食のみかんをこっそりビニールに入れて持ち帰る女性がいたとしましょう。それはスーパーとしては困った客です。注意すべきで、そんなことを繰り返すようだったら出入り禁止にするか、場合によっては警察に相談する必要があるかもしれません。だけど、その女性は夫と死別して幼い子どもを3人抱えて必死な状態。生活が苦しく、子どもに与えるお菓子を買うお金もない。せめて子どもたちに甘いみかんを食べさせてあげたい。売り物を盗むのは犯罪だけど、試食くらいならいいじゃないか。そうやって恥を忍んで、ビニールにみかんの欠片を入れて持ち帰ろうとしたとき、店員に見つかってしまった。実は今日は子どもの誕生日だった。本当になにも買ってあげられないけど、せめてみかんだけでもと思い、つい手を出してしまった。だけど、店員に見つかり、みかんを取り上げられ追い出されてしまった。家ではみかんを楽しみに待っている子どもたちがいる。ただいまと玄関を開けたら、子どもたちが走って寄ってくるのに、手には何もない。約束を果たせなかった。聞き分けのない小さな子どもは泣き叫ぶ。そんな悲しさと、恥ずかしさと、死んだ夫への怒りから、つい、子どもに手をあげてしまった。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　やばい、自分で書いてて涙がにじむやん。つまり、そうやって手をあげた母親は確かに悪い。殴ったことに対しては。だけど、そんな切ない背景があったとしたらどうです。母親をそのまま憎めますか。まともな人なら許せますよね。実のところ、児童虐待とか、もっとライトなとこで子どもを素直に愛せない親とか、それは理不尽で決して良いとは思えない。だけど、その裏には一言で表せない複雑なストーリーがあるかもしれない。子どもを殴るのは、実は悲しみを紛らわすための代理感情かもしれない。ｄけど、殴っているうちに感情が麻痺してしまい、ただ、殴るだけの反応を繰り返すだけになってしまった。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　これは断言できるのですが、子どもを愛せない親など存在しません。もっと言うと、子どもは、いやすべての人間は無条件に愛される存在です。だけど、現実には子どもを愛せない親だっています。それはその親がおかしいのか。狂っているのか。確かにそうでしょう。だけど、その親には親なりの理由があるのです。もはや複雑に絡み絡んで、本人も自覚できないような理由かもしれませんが。それは親、さらにその親からの再生産としての感情だったり、深い悲しみの代理感情だったり。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　実は「愛」と「悲しみ」はまったく同種の感情です。「愛しい」は「いとしい」とも「かなしい」とも呼ぶように、本来の「愛」が何かのきっかけに「悲しみ」に変わり、それを覆い隠すために「怒り」へと変貌することはよくあります。逆を言えば、怒りで子どもを殴っている親の感情の奥には「悲しみ」があり、それはそのまま「愛」の裏返しなのです。だからと言って殴ることが愛ではありません。そこは切り離す必要があります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、すべての怒りや恐怖の根底には「愛」があるとすれば、それは決して憎む対象ではないんじゃないでしょうか。親に愛されずに育った人がいたとしましょう。そしてその親はすでに他界して、完全に過去に葬られた。それでも、親から愛されずに育った感情、ビリーフはずっと持ち続けて、今もなお自分を苦しめている。どうすれば、その苦しみから解放されるのか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　まずは親に対する素直に怒りを認めること。だけど、その深い先には「悲しみ」があり、そして「愛」があったことに気がつく。その瞬間、親に対する「怒り」は「許し」へと変わり、氷が溶けるように、それまで40年間、50年間、ずっと大切に守ってきたビリーフが溶け出すのです。それが本当の意味でのビリーフチェンジです。そして溶けた氷が元の氷に戻れないように、「許し」を知り、そして「愛」と「感謝」を知った人の心には、もう怒りや恐怖、悲しみは戻ってきません。ビリーフが元に戻ることは永遠にないのです。そしてその人の現実は180度変わっていきます。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　・・・そんな感じで、なんだか一気に書いてしまいましたが、結局、今日も自分のセッションの話ができませんでした。すいません。だけど、今日はいつになくいい話したんちゃうかな、と思っています。昔流行ったと言うか、今もあると思いますが、「ホ・オポノポノ」だって理屈は同じ。ヒューレン博士は「ジャスト、ドウ、イット」しか言わないそうですが、理屈はこういうことですよ。ありがとう(Thank you)、愛してる(I love you)、ごめんなさい(I&apos;m sorry)、許してください(Please forgive me)。最後はこれに行き着き、そしてこの感情と同化すれば幸せになって当たり前。魔法でも何でもない。なので、「ジャスト、ドウ、イット」を聞くために7万円のセミナーに参加する必要もなし！&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　正直なとこ、棚田氏のセッションでちょっと違和感を感じたとこがあって、それは必ずしも「許し」や「感謝」で蓋を閉めてなかったこと。私が見過ごしただけかもしれませし、セッションを受けた人たちは、きちんとそこにつながって上で閉じたのかもしれません。だけど、本当の意味でのビリーフチェンジをするには、きちんと「許し」や「感謝」と同化する必要があって、もし私の違和感が間違ってなければ、そこを改良すればいいだけ。そこを押さえた上で、9月からきちんと学べば、それこそまじめに「本物のお坊さん」へと一直線でしょうか。ま、それはどうでもいいことですが。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
　そんなわけで、明日こそはセッションの話に入れるかな。なんだかもう、入らなくていい気もしてきたけど、「2000万円の壁」を突き抜ける話も聞きたいでしょうから、そこは極秘ブログで、、、とは言わずにちゃんと書きますね。基本的に極秘ブログは表に出すとヤバい話ってだけで、内容的にはこちらとあまり変わりませんので。それではまた明日、、、は書けるかな。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
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    <entry>
        <title>受想行識ビリーフ　2012.5.24</title>
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        <issued>2012-05-24T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-25T12:24:49+09:00</modified> 
        <created>2012-05-25T12:22:47+09:00</created> 
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            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>ＮＬＰ・コーチング</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日は写経25日目でした。思えば4月末の滝行でのこと、入る前に瞑想していると突然、「写経しろ」との声が聞こえてきて、その日に写経セットをアマゾンで注文。それからほぼ毎日、朝4時か5時に起きて写経していたのですが、その間の成長が著しいです。一ヶ月間とはまったく別人のように自分では思います。108日目までにどんなことが起こるのか、自分でも楽しみです。そして昼はコーチングのクライアントさんとランチしてきました。経営者の方ですが、コーチングをスタートしてから良い変化が起こっているとのこと、そして新たなお仕事のご依頼も戴きました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/25/56/b0002156_12225686.gif&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;267&quot; height=&quot;303&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　ここ数日、私の中でも再びコーチングブームがやってきています。私はそもそも「人」が「変化」するのを見るのが好きなようです。そしてそこに生き甲斐を感じているところもあります。NLP開発者の人であるロバート・ディルツ氏は意識の階層を6段階に分け、それは「環境」「行動」「能力」「信念・価値観」「アイデンティティ」「スピリチュアル」のレベルに分かれます（ニューロ・ロジカル・レベル）。「スピリチュアル」のレベルは霊的な気づき、「アイデンティティ」のレベルは自分が何者であるかの自覚。私はこの二つの間に「本当の自分」なる一点があると定義しているのですが、これらは基本的に「変化」するものではありません。もちろん「アイデンティティ」のレベルでは、子供が産まれて「父親」なるなどの、新たな要素としての変化はあるでしょうが、「石田久二」という人間は変わりようがありません。それは名前を変えても同じこと。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では、それ以外の4つはどうか。「環境」を変えるのは簡単。引っ越しでもいいし、いつもと違う服を着るでもいい。ナンボでもあります。「行動」も比較的簡単。突然写経し始めたのなんかも行動を変えた一つ。「能力」はやや難しくて、英語力とかスピーチ力とか、何らかの訓練によって変わるもの。では「信念・価値観」はどうか。これが最近のテーマでもある「ビリーフ」です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　何度も言うように、「信念・価値観（ビリーフ）」は幼少期にプログラミングされた無自覚な思い込みのことであり、これが現実を大きく規定しています。「私は成功してはならない」なるビリーフを持っている人は、「能力」を押さえ込まれ、「行動」も進まず、「環境」も結果としての失敗に甘んじている状態。このでの「成功」を「収入」に言い換えると、「私は成功してはならない」なるビリーフを持っている人は、大きな収入を得るための能力はなく、そのための行動もせず、そしていつもお金のない環境に置かれます。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　「私は愛される価値がない」なるビリーフを持っている人は、例えば異性から好かれるような能力（容姿、会話力、雰囲気など）がなく、異性から嫌われる行動ばかりとり（無愛想、無表情、不親切など）、結果として周囲に異性のいない環境を引き寄せてしまいます。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　つまり「信念・価値観（ビリーフ）」は常に「能力」・「行動」・「環境」を規定しており、そのビリーフは幼少期からひたすら刷り込まれたもの。だけど、自分は収入もアップしたいし、異性からも好かれたい。どうすればいいか。それは「ビリーフ」と「行動」の二点にくびきを打つのです。つまり「ビリーフ」を変えるか、「行動」を変えるか、さらにその両方を変えるか。これは通常、どちらが取りかかりやすいかと言うと、現実的には「行動」です。収入アップしたければ、そのための頑張って行動するんです。例えば「○×行動計画」など作成して、自分自身を管理しながら着実に進める。行動を積み重ねると、必ず結果はついてきます。その結果「やればできるじゃん」なる自信が芽生え、それが「私は成功できる（価値がある）」なる「ビリーフ」が芽生えるのです。地道だけどそれが一番確実。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もう一つは直接ビリーフを変えること。私の例で言えば、以前、「やっぱりフリーランスで生きていくなんて無理じゃないか」と諦める一歩手前で、加賀田晃先生のDVDを見て衝撃。それにより「この通りやれば、オレは金に困ることはない！」と思い込み、あれから7年、その通りになっています。つまりビリーフを変えるには「衝撃」が必要。だけど、その「衝撃」に出会うのは偶然のようなもの。それでは待てない。そこで役に立つのがセミナーやセラピーです。例えば何とかステップなるメガセミナーも一つ。終わった頃にはバリバリテンションが上がって、「何でもできるで～」なる気持ちになりますよね。まさに「ビリーフ」が変わった瞬間。だけど、残念なことにそのビリーフは元に戻りやすい。ですので、そんな時こそ「行動」をしっかりすることによって、ビリーフを定着させる必要があるのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では、この週末に私が体験したようなセラピーはどうか。世の中にはいろんなセラピーがあり、まったく効果のないものもあれば、効果がありすぎて危険なものまでさまざま。ちょうどいいのに出会うのもまた偶然のようなものか。そこで、例えば具体的には棚田氏のセラピーはどうなのか。実はいろいろ問い合わせを頂いてるのですが、「わからない」が正直なところ。ぜんぜん効かない、かえっておかしくなったなどの声も聞く一方で、そのお弟子さんの一人であるカズ姉さんなどの話では、めちゃくちゃ効果があるとの声も。100&#37;誰にでもとは言えないまでも、かなり効果の見込めるセラピーである可能性は高いとの所感です。他にもいい人はいっぱいいるし、それこそ最近は個人セッションはまったくやらない石井裕之さんなども、ガチのセラピーさせたらめちゃくちゃスゴいって話を同業者からも聞きました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そもそもこの「ビリーフ(belief)・チェンジ・セラピー」ってのは、名前はややこしいですが「ブリーフ(blief)・セラピー」の一種。つまり「短期間（瞬時）」にして症状を改善させる技法。ここでいうなら、瞬時にビリーフを変える技法。その第一人者が天才療法家ミルトン・エリクソンです。エリクソンを直接知る人によると、本当に魔法か超能力を見るかのように、患者が次々と改善していくようで、エピソードを読んでも本当に信じられません。対人恐怖症が数秒で治ったり、不良少年が数分で更生したりなど、日本語で読めるエリクソンのエピソード集があれば、おそらくマンガのように思えるかもしれません。私もしばしばセミナーなどでエリクソンの話をするのですが、必ず笑いが起こります。それだけバカバカしくも見えながら、実はスゴいことやっていたのでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そのエリクソンの技法を何とか再現できないかと研究開発したのが、当時大学生だったリチャード・バンドラーと、言語学者であったジョン・グリンダー。バンドラーが何かのテープ起こしをして考え込んでるのをグリンダーが見てこう言います。「何をやってるんだい？それを教えてくれたら、私はその仕組みを君に教えることができるよ」、と。そうやって開発されたのがNLP(神経言語プログラム)でした。最初はサティア、パールズ、エリクソンの言語パターンを分析し体系化した「メタモデル」と「ミルトンモデル」からスタート。目覚ましい効果があったと言われますが、それをさらに実践的に使えるようにしたのが、ロバート・ディルツ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　棚田氏のセラピー手法はディルツ式がベースにある、と言うより、ものすごいディルツ主義者のように思えるのですが、実は私もディルツに依拠してる部分が多いです。より実践的でわかりやすいから。今回、棚田氏の下で改めて勉強しようと思ったのも、ディルツ式のNLPをかなり消化しているように思えたから。それだけ親和性もあるので、ガッツリ勉強できそうです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私がコーチングにおいて重視するのが、この「信念・価値観（ビリーフ）」と「行動」ですが、4月末からスタートした新しいプログラムでは「行動」にばかり焦点を当て過ぎていました。ようはビリーフを扱うのが厄介だったのもあり。その意味でも経営者・起業家に限定していたのですが、この週末のセミナーを受けて、ちょっと考えが変わったのはすでに言ったと思います。つまり目の前に人参をぶら下げ、尻を叩いているだけでは、どうしても限界がある。馬や牛ならまだしも、人間には様々なビリーフがあるので、それを扱わずしてコーチングが本当に機能することはない。もちろんビリーフが肯定的であれば、行動に焦点を当てるだけでもいいでしょう。だけど、私を含め、人には生まれ育った環境などに影響された根深いビリーフがあり、それは経営者・起業家だって同じこと。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そもそも私が一貫して研究し続けてきたのが「ビリーフ」だったし、セミナーでもこの話をすることが多かった。だけど、この半年ほどは、「行動」にばかり焦点を当ててビリーフは見ないことにしてました。その意味では、「違うよ、違うよ、違うでしょ」って言ってもらったような気がしています。そのことに深く気づけたのも、まさに棚田氏による10分間のセッションによってでした。そんなわけで、ようやくセッションの話に入ろうと思ったのですが、この時点ですでに4,000字書いていて、このまま行けば間違いなく字数オーバーだろうから、また、次回に引き延ばしです。いつになったら書けることやら。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、私のコーチングも今からは「ビリーフ」と「行動」に焦点を当て、セッションでは主にビリーフ・セッションをして、普段は「○×」で行動を積み重ねる。この二本立てで進め、確実に目標達成ができるようお手伝いをさせて頂きます。コーチング専用ブログもコツコツ更新してますが、そっちはズバズバと気を遣わずに書けるので気分がいいです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただし、私が最終的に目指しているのはビリーフを変えることではなく、超えること。ネガティブをポジティブに変えるのは、それはそれで役に立つのでいいですが、本来はネガもポジもないのがこの世の本質。それを「空（くう）」と呼ぶのですが、般若心経的に「ビリーフ」とは「受想行識」のこと。「受」は刺激を受けた状態、「想」は刺激に対する即座な反応、「行」はその反応を意識化することで、「識」は一連の刺激・反応を客観視すること。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　例えば「人は危険である」なるビリーフを持つ人にとっては、まず人と会うという出来事が起こりますが、これが「受」です。それに対してちょっと緊張しますが、その状態が「想」。さらに、その緊張から逃れたいと思うのが「行」で、最後にやっぱり人は危険だよな、と締めくくるのが「識」です。一連の感覚的な「刺激・反応モデル」によって、そのモデルがさも事実のように認識してします作用。これが「受想行識」であり、般若心経ではそれが「無」だと言ってるのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「無色無受想行色」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　つまり、この世には一定の形などなくすべてが移ろい行くもの。自分が何かに接してそこで得た感覚や気持ちなども、本当は単なる思い込みであって、最初からないんだよ。これがこの部分の解釈です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ビリーフ・チェンジとは、ビリーフなんて最初から事実でも何でもないのだから、都合よく変えるのもありだよね、と言うこと。だけど、本当はそんな変えるとか何とかよりも、ビリーフなんかまったくの幻想だってのを知ることが大切。それが「是故空中」ですね。すべては「空」なんだから、「色」なく、「受想行識」もない。そんなとこ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなわけで、私が目指すところ、皆さんに知って欲しいことは、そもそも「ビリーフ」なんて事実はないってこと。それを超えること、すべては「空」であることを知ること。もちろん死んでしまえば、すべてが空だと悟れるのだけど、こうやってビリーフを持ちながら生きるのも、それによる葛藤に苦しめられるのも、まさに人間だからこそ。ビリーフもまた、人間臭い必要なものなんでしょうね。だからこそ、いろいろ悩むこともあるけど、人間は本来その悩みも葛藤も超えられる生き物なんだから、気楽に生きましょうってことかな。明日こそセッションの話しますね。と言いながら5日くらい過ぎたので、どうなるかわかりません。とりあえずまた明日。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        </content>
    </entry>
    <entry>
        <title>存在偏差値　2012.5.23</title>
        <link rel="alternate" type="text/html" href="http://katamich.exblog.jp/18339034/" />
        <id>http://katamich.exblog.jp/18339034/</id>
        <issued>2012-05-23T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-24T11:19:48+09:00</modified> 
        <created>2012-05-24T11:17:33+09:00</created> 
        <author>
            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>人生哲学</dc:subject>
        <content type="html"> 
　最近のブログ、、、と言うか、週末のセミナー以降のブログを読んでいらっしゃる方々より、私自身がものすごい「変化」をしているとのご感想を頂いています。　この「変化」が一時的なものか、永続的なものかは今の段階ではわかりませんが、その疑いの裏には、自分でやっておきながら「ビリーフ・チェンジワークは永続性に乏しい」なる疑念がありました。実際よくあるのが、例えば何とかステップなるメガセミナーに参加して、踊り狂って泣きじゃくって、終わった頃には「脳の配線、ガラガラ変わりましたよ～！」とかハイテンションかと思えば、現実は何も変わらず、また元に戻ってる人を何度も見てきたから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　その一方で今の私があるのは、私自身がビリーフ・チェンジをしてきた結果があるから。なので信念・価値観・思い込みは変わるし、ゆえに人間は変わることを私自身が一番体感しています。だけど、それを私以外の人にも再現できるかどうかは、これまでずっと悩んできたところ。実際、変わる人は変わるのですが、だけど、変わらない人は変わらない。この違いはどこにあるのか。それが、今回のセミナーに参加してちょっとわかったようなのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　つまりビリーフにもその程度があって、単なる考え違いもビリーフの一種。今日、ビデオに撮っていた「探偵ナイトスクープ」なる番組を見ていたら、右の車窓にあった比叡山が、スーパーに直進している間にいつの間にか左に来ている。不思議だ、解明してください、なる依頼でした。結局、その依頼者は直進とばかり思いながら、二度ほど右折をしていることに気がつかなかっただけ。端から見たらバカな話なんですが、こんな思い違いって誰にだってあるでしょう。このような考え違いや思い違いなどは、単にそれを正せばいい。他にも「バスに乗るとトイレが近くなる」なんてのも生理現象に直結したビリーフですが、これなども数分のセラピーで簡単に治るもの。人は無数のビリーフを抱えていて、その中には浅いの深いのがあるだけのこと。私について言えば、「給料がなければ生きていけない」のビリーフを変えられたから、今の自分につながり7年間。今は「給料などなくても余裕で生きていける」なるビリーフが上書きされていま。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　このような比較的浅いビリーフはどうにかなるのですが、深いビリーフについてはかなりやっかい。棚田氏はその深いビリーフを24種類に分類しているのですが、それをさらに絞り込めば1種類に還元されると思うのです。それは「存在」のビリーフ。つまり、「私は存在に値する人間だ」と思う人と、「私は存在に値しない人間だ」の大きく二パターンのビリーフがあり、程度はあれ、人はどちらかに傾いているのです。偏差値にするとまったくニュートラルを50とすれば、私などはおそらく60以上はあるはず。偏差値だと最高80くらいなので、どうかな。80とまでは言わずとも、もしかしたら70はあるかもしれない。でも、世の中には40の人もいれば30の人もいるのでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もしも「私は存在に値しない人間だ」なるビリーフが深ければ、そんな人に何やっても無駄なんです。お金はもちろん、恋愛、結婚、健康、そのた諸々。昨日の話の続きで言えば、私は「存在偏差値」の少なくとも50以上の人しか相手にしない的なところがありました。コーチングについても、50以上はないと機能しませんから。そうやって50以上にばかり目を向けて、50以下の人を見ないようにしてきた。それを昨日は「逃げ」と自覚し、同時に「逃げるな！」なる声が聞こえてきたのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　経営者・起業家に限定したのは、その「逃げ」の現れですが、かといって数千億単位の大企業の社長などが来たら、それもまた縮んでしまうかもしれない。実際、先ほどの「存在偏差値」が50以下どころか40とか30でも、大きなお金を動かす経営者にはなれます。むしろ自分の存在価値を満たすために、お金を稼ぐことに躍起になる人も多いですから。だけど、そんな人は稼いでも稼いでも満足せず、愛人作ったり、無駄遣いしてもなお満たされない。最後は健康を害したり、犯罪に手を染めたりして自滅してしまう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　会社の経営者だけでなく、世に言う「成功者」の類にはそんな人は少なくありません。政治家しかり、芸能人しかり。例えばホリエモンなどどうだったのでしょう。彼の生い立ちはよく知りませんが、粉飾によって株価という表向きの価値を増幅させることが目的であったならば、彼もまた「存在偏差値」が低く、それを満たすために経営に没入したと言えるのかもしれません。ジョブズやゲイツ、バフェット辺りにはそんな雰囲気は見えないようですが、だけどジョブズなどは若い頃まではそうだったのかもしれません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では、橋下徹という男はどうか。私は彼のファンだし、政策的にも期待しているところは高いのですが、だけど「存在偏差値」の点で言えば、決して高いとも思えない。実際、幼少期はマンガに出てきそうなほど貧乏で、それゆえ自尊心を傷つけられることも多かったでしょう。それを「劣等感」と呼ぶことできますが、その「劣等感」の裏返しで今の橋下があるのなら、少し慎重に見ておく必要はあるでしょう。今の段階では判断は難しいですが、だけど「劣等感」が見え隠れするのは正直なところ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/24/56/b0002156_1117587.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;280&quot; height=&quot;280&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　小さい頃貧しいで言えば、矢沢永吉はどうか。祖母に育てられ、金持ちの同級生からケーキを顔にぶつけられながら、顔についたケーキのクリーム舐めたさにその同級生が後ろを向くのをじっと耐えて待つような少年時代。親戚からもバカにされ。そして、今に見ておれ、ビッグになって見返してやるぜと広島から夜行列車に乗って東京に向かい横浜で途中下車。文字通り、劣等感の固まりでしょう。そして大成功。金も女も思いのまま。だけど、彼は自滅の道には進まなかった。尾崎豊と違って。おそらく彼は、仲間の裏切りや、20億の借金など、幾多の試練と戦う中で、「ほ～、あ～、そうだったのね」と「悟り」を啓いたんだと思います。劣等感を満たすために頑張るなんてお笑い草。だって、そもそも劣等感って幻想じゃん、ビリーフじゃん、、、とは永ちゃんは言わないだろうけど、彼の目を見ると、関係者やファンのためにだけ歌う、まさに「菩薩」のような雰囲気が伝わってくるんですよね。永ちゃん、リスペクト。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そのように、世に言う成功者とて、必ずしも「存在偏差値」が高いとは限らず、逆にその低さをバネにして頑張ってきた結果が成功なのかもしれません。もしそうであるならば、どんなに物欲が満たされ、世間的な成功を納めようとも、その人は決して幸せではなかったのでしょう。だけど、劣等感をバネにして頑張る姿は、時として美しく見えることもあります。その美しさに人は魅了され、そこにマーケットが生まれることもある。つまり、人の劣等感でさえも、市場では価値として取り引きされる対象になるのです。しかし、その価値も、本当の意味での「幸せ」とは無関係のもの。人が幸せであるには、何よりもまず「存在」の喜びを知ることから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もう一度言います。人間の最も深いコアなビリーフとして「存在」に対するビリーフがあります。そして、「私は存在に値する人間だ」、「私は存在に値しない人間だ」の二パターンのコア・ビリーフがあり、それをあえて「存在偏差値」と言う言葉で表すと、50を基準に高い人で80、低い人で30くらい。もちろん偏差値なんてメタファーなのですから100でも0でもいいんですけどね。そして昨日の話で言うと、私は「存在偏差値」の低い人たちを見ないようにしてきたところがあります。すると、そこそこに「存在偏差値」の高い人とご縁ができ、私自身もとても楽しい。だけど、自殺願望のある人などはもちろん、劣等感の裏返しで事業を成功させてきたような、「存在偏差値」の低い経営者などが来たら私はどうすればいいか。きっとなす術なく立ち尽くすでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、ついに「逃げるな！」なるメッセージを頂いてしまった。今までずっとずっとずっと逃げ続けてきた。あえて守護霊なる言葉を使うとすれば、私が棚田氏のセミナーに冷やかしで行ったのも、きっと守護霊の導きなのでしょう。ハイヤーセルフでも超意識でも同じことですが。つまり、これからの私は立ち向かっていくしかない。だけど、今の私には、そんな極度に「存在偏差値」の低い人たちに対しては、ほとんど丸腰に近い。そこで目に入ったのが、9月からの「養成講座」です。実は土日のセミナーで部屋に入って席に着こうとしたら、その講座の案内用紙がおいてあり、私はそれをほとんど見ずに鞄に仕舞いました。だって、行くつもりないから。最後のアンケートにも「講座に興味があるか」は「×」とつけたところ。それでもその用紙を捨てずに取っていて、それが目に入った瞬間、また「逃げるな！」と声が聞こえてきたのです。もう、後戻りすることもできず、その場で申込問い合わせのメールを送り、その日のうちに50万円を支払ってしまったのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そのことに対して、昨日の記事のコメントやミクシイ、フェイスブックでもコメントを頂きましたが、心配される方もいらっしゃるようです。私がそのスキルを身につけてしまうと、私が私でなくなってしまうような心配。だけど、本当のことを言うと、今回どころか、今年はずっと一つの流れがあって、私の意思などほとんど感じられないのです。養成講座にしても、1分前まではまったく興味なしだったのが、突然、メッセージを受け取って事務局にメールを送信。迷う暇もなかった。私が会社を辞めたときも、数時間前まで「あと一年はこの会社で頑張るとよ～」と同僚と話しておきながら、突然、メッセージを受けて辞める決意ですから、物事が進むときってこんな感じなんだと実感しています。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そう言えば、40歳になったら本物のお坊さんになる、、、というインドでの予言を思い出しました。もし、本物のお坊さんならば、逃げはしないでしょう。存在偏差値50以下の人はお断り、、、などとは言えませんもの。やっぱりそういった流れだったのかな～。てなわけで、今日も自分のセッションの話できませんでしたね。いつになることやら。ただ、実はコーチング専用ブログにはちょっと書いています。かなりドギツい話だし、表に出すと訴えられる可能性があるので、専用ブログにしていますが、いずれそれとは別に私のセッションの話もしたいと思います。十数名の人が全員号泣だったのに、私だけどちらかと言うと笑っていた。だけど、ほんの5秒、右目の右上に涙が走るのを感じ、そこで起こったことの素晴らしさに身震い。たった10分のセッションで、昨日のコメントにも頂いていますが、ほとんどの人が何が起こったのか理解できてなかったでしょう。だけど、ものすごい変化が起こったのは事実。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　その10分間の出来事について、できる限り言葉にしたいと思っていますが、なかなかそこに行き着きませんね～。今日こそ書くつもりだったのに。ただ、その10分で自分の身に起こったことを再現できれば、もしかしたらビリーフをチェンジさせることなど簡単かもしれない。今、そんな実感をもってこれを書いています。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ところでコーチング専用ブログですが、これはクライアントさんに限定してパスワードをお送りしています。そしてふと思ったのが、私のコーチングは今までもほとんど、、、と言うかすべて「宇宙となかよし」の読者さんでした。セミナーでは呼ばれることはあるものの、個人セッションはほぼ100&#37;がブログ読者さん。と言うことは、セッションとブログを連動させて行くのが、もしかしたら良い効果をもたらすのではと考えています。ただし、守秘義務やら、表に出すとヤバい話などもあるので、そこは専用ブログでクライアントにも了解を得た上で、しっかりと連動させていこうと思っています。そして思ったのが、やっぱり経営者・起業家に必ずしも限定しなくてもいいのでは、ということ。もちろん精神科・心療内科への通院歴のある方はご遠慮頂いていますが、そうでない一般の方にも広げて行くべきではと思い、今検討中です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それからまた話変わりますが、今、いよいよやりたいセミナーコンテンツが降りてきたので、まずは来月福岡で1日、7月から8月にかけて東京と大阪で2日間のセミナーを開催しようと思っています。あと、Q州ツアーは6月に予定していますが、そちらは早々と満員となり、ただ今、キャンセル待ちが3名。ですので、今年は第二段として7月21日～23日にも開催を予定しています。こちらもまずはメールで予約の受付から、開催が決定しましたら優先的にご案内させて頂きます。連絡方法はメールでもミクシイでもフェイスブックでもOKです。どうぞお待ちしております。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなとこで、今日もまだ核心には入っていませんが、「存在偏差値」の話で、最もコアなビリーフとして、「私は存在に値しない人間だ」と意識的無意識的に持っている人は、「私は存在に値する人間だ」という当たり前の事実につながることで、人生は一気に加速していくことでしょう。そのお手伝いをさせて頂きたい気持ちでいっぱいです。私も少しは優しくなってきたようです(笑)。それではまた明日。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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    </entry>
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        <title>それでもベストを尽くしてる！　2012.5.22</title>
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        <id>http://katamich.exblog.jp/18334879/</id>
        <issued>2012-05-22T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-23T17:47:50+09:00</modified> 
        <created>2012-05-23T15:38:52+09:00</created> 
        <author>
            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>人生哲学</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日も写経から一日がスタート。最近、ビリーフ関係の話が続いていますが、今までも何度かしたことはありました。しかし、今回はこれまでとちょっと違っていて、私があまり接しないような「ビリーフ」を立て続けに見てしまって、正直、動揺している状況かもしれません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　何度も言うように守秘義務上、セミナー中のケースについて詳述することはできないのですが、一般的に言うと、幼少期に存在、性別などを否定されて生きてきた人が、多いとは知識では知りながら、直接見ることは今までほとんどありませんでした。いや、もちろんいたのですよ。それは今よりも昔。それこそセミナー開始初期には精神科に通院中とか、また、深刻なトラウマを抱えている人なども来られていました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただ、その当時は単純に私の経験不足が幸いして、その人たちの心の奥底にまで触れることはなかったし、見なくとも何とかなってはきました。だけどここ数年、特に1～2年のことですが、私も多少は成長したのかな。そのような深刻なビリーフは誰にでもあるし、しかもそれが見えるようになってきたのです。だから、、、正直言います。私は逃げていました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　昨年から突然、コーチングやセミナーの対象を経営者や起業家にシフトしつつあったのは、単なる「逃げ」だったのでしょうか。もちろんビジネス系の人たちとの交流が広がり、そちら経由でお仕事を戴くことが増えたのもあります。商工会議所やビジネス交流会からのご依頼も受け、実は今日も打診がありました。私の地元の経営者グループから。なので、確かにその流れはある。しかし、本当のことを言うと、わき目もふらずにバリバリにビジネス系に進んでいると言うより、一般の人たちから目を背けようとしていた自分もいたのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　傾向的に言えば、一般の人よりも経営者の方が元気な人が多いです。前向きな人が多いです。でないと独立とか起業とかできないし、それなりに上手く行ってる人は、すごく楽しそうにされています。9時5時で仕事が終わる公務員よりも、一日2～3時間しか寝ずに仕事してる経営者の方が、楽しそうな人は多い。そして私自身もそんな人たちとお付き合いしていきたいと思っていた。そして、それでいいと思っていた。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　この土日のセミナーが始まって、最初の二人くらいのセッションを見ていると、正直、腹立ってきました。昔の親子関係の恨み節吐いて何泣いてんねん。感謝が足りへんのじゃ。結婚できへんのは、幼少期のせいやなくて、少なくとも今のお前に女として魅力ないからやろ、、、とか思っていました。ひどいですか。はい、ひどいと思います。だけど、そのように悪態付くのは、実のところ直視できなかったから。ほんと、つらくて途中から寝ようとしてましたから。周囲は同情か共感か、一緒になって泣いてる人も多かったですが、私はそれさえも腹立たしかった。お涙ちょうだい劇場で、ほんとは人に共感してるふりして、涙を流す自分に酔ってるだけちゃうか、、、とか思っていたり。なので、私自身、この二日間で約5秒をのぞいて涙は流しませんでした。その5秒の話は後でします。そんな私はかなり浮いていたのか、元から私のことを知っている人以外、誰も寄ってきませんでした。と言うか、寄るなオーラを出していたかも。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　でもこれは自己弁護するわけじゃないですが、世間一般的な反応じゃないでしょうか。例えば職場に嫌いな人いたとします。なぜ嫌いですか。それは少なくとも波長が合わないから。そしてお互いに陰で「あの人はどうとか・・」って批判するわけで、表面的に言えば、私がセミナーで感じていた感情と同じ。なのでもし、最初に2～3人だけで帰っていたら、腹立たしいだけで終わってたでしょう。と言うか、初日はそんな感じ。しかも、セッションが終わってからも、なんか慰め合ってる人とか見てると、さらに腹立って。なので、最後の方は懇親会も行きたくなかったのです。だけど、会費払ったし、そんな理由でキャンセルするのもアカンと思って、とりあえず行きました。だけど、一番端っこに座って二時間動かず。入れ替わり来る人としゃべってるだけで、それも元からの知人だったり。そして終わったら誰にも挨拶せずにすぐに帰りました。二次会なんて気持ちじゃないし。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ほんとは、二日目は行かないことも考えたのです。だけど、私のセッションがもしかしたら回ってくるかもしれないと、その期待だけで行きました。もしも初日に当たっていたら、二日目は行かない可能性高かったです。結局、私が午前中の最後に当たりました。正確には午前中は私で最後と言われながら、私が10分で終わったものだから、もう一人行きましょうか、となったので、私は午前のラス２でした。だけど、私のその10分のセッションがあまりに強烈で、最後の人のはまったく見えません。泣き叫んだり、イスをぶっ叩いたりしてるのに時折目が覚める程度で内容など入ってきません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、その辺りから私も変わってきたのです。実は今日、メンタル系のお仕事されてる女性と、仕事がらみの話でお会いしてたとき、あるパンンフレットに「潜在意識は3&#37;しか使われていません」なる文言が書かれてあって、とりあえずそこは間違ってると指摘しました。いわゆる自己啓発系のパンフで、言わんとしてることはわかりますが、正確な表現ではないし、そもそもそんな表現になるのは、潜在意識に対する理解が不十分だからです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　これは「潜在『能力』は3&#37;」ならまだわかりますが（3&#37;の根拠はさておき）、「潜在意識」は常に100&#37;の力を出し切っています。自分を守るために、心と身体を傷つけないために、全力を出し切って常にベストを尽くしている。これが「潜在意識」の性質です。だけど、幼少期に形成された潜在意識の情報、つまり「ビリーフ」は大人になっても同じように働くため、役に立たない時代遅れの働きしてることが多いのです。その時代遅れの部分を「変化」させることが「ビリーフチェンジ」の目的です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、他の方のセッションを見ていると、皆さん一人一人の「潜在意識（ビリーフ）」がものすごい健気にも見えてきて、にわかに感動し始める自分がいたのです。たとえは変でしょうが、幼稚園児がお遊戯などで「トトロ」を一生懸命に歌ってる姿とか見たら感動するじゃないですか。スポーツでも芸術でも、そして仕事でも、人が全力を出し切ってる姿って美しいし、感動的じゃないですか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　潜在意識は常にベストを尽くしている。頭では分かっていたことだけど、そのベストの方向が時として腹立たしいこともあった。だけど、それはたとえて言うなら、幼稚園児の一生懸命のお遊戯を「下手くそ、子供だまし」と言ってけなしながら、プロが適当に手を抜いた演奏を聴いて、「やっぱりプロはスゴいっすよねえ」と恥ずかしい賞賛をしてきたようなもの。確かに幼稚園児と大人のプロとじゃ、同じことやったらプロが上手いに決まってます。だけど、感動するのはそこじゃないでしょ。感動ってのは文字通り「感」が「動」くこと。その感動は発信者と受信者が一体になって生じるもの。手抜きのプロと一体になって感動するか。それよりもこれまで先生に怒られながら、泣きながら練習してきて、そしてその本番で一生懸命に歌う幼児に姿に感動するんじゃないですか。そこには上手下手を超越した何かがあるでしょ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　昨年の秋、ちびQの保育園で生活発表会ってのがあって、ちびQのクラスは「だるまさん」と「いないいないばあ」を踊りました。普段大人しいと思っていたちびQがいつにないハッスルを見せて、最後、幕が閉まるとき、泣き出したのです。聞いてみたところ、終わるのがイヤだったそうで。たった2歳の幼児はそうやって常にベストを尽くす。その姿に親はもちろん周囲も感動する。そうやっていつも子どもたちからも学ばせてもらっている。つまりは「感」が「動」く「場」に一体化するとき、そこには文字通り感動の共鳴がわき起こるのです。こんなん書くとまた興醒めと思いますが、今、私自身がちょっと感動して書いているので、読んでる皆さんもちょっと伝わるかもです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　セッションの話に戻りますが、その場で次々と繰り広げられるセッションを見ていると、改めて「潜在意識」はベストを尽くしてるってこともまた見えてきたのです。もちろん時代遅れのベストかもしれないけど、ベストはベストです。園児が上手なわけはないけど、それでもベストを尽くしているように、私たち大人だって、幼少期に作ったビリーフに守られ、つまりそのビリーフは私たちを守るためにベストを尽くしているのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　その姿に対して腹立たしいとかいろいろ思うオレってどうよ。人間薄すぎじゃないかい。結局、私は最後までほとんど直視できずに、端っこの視界に隠れた席でiPhoneいじりながら過ごしていました。質問だけはして、参加してる雰囲気を出しながらも。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、あれから二日経ったのですが、どうもどうも気になって仕方ない。夢に出てくるほど。オレは逃げてばかりじゃないか。経営者・起業家対象とカッコつけながら、それは本当に苦しんでいる人を避けようとしているだけじゃないか。そこで突然、こんなことが聞こえてきました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「逃げるな！」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/23/56/b0002156_1539115.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;320&quot; height=&quot;240&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　これは最近、どっかで聞いたセリフです。そう、久高島の神人・真栄田苗さんから言われたばかりのこと。久高島のあの夜、苗さんを囲んで質問したのはいみじくも私です。これから先、私たちはどのような心構えで生きていけばいいのか。それがまさに苗さんの人生をトレースしたところから出た「逃げるな！」でした。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もう一つ正直に言うと、経営者・起業家を対象とした、、、と言いながら、もしも上場企業の社長、数千億のお金を動かしている社長や役員が、万一、私にコーチングを依頼してきたらどうなるか。私はコーチとしてその重圧に耐えられるのか。正直、ビビりあがってしまうでしょう。今、改めてクライアントさんを振り返ってみると、借金取りから追われているような人はもちろんおらず、それなりに成功されて、事業を展開されている方が中心。失礼な言い方かもしれませんが、上場企業の社長さんなどはいらっしゃいませんし、扱う金額がめちゃくちゃ多いってこともありません。もちろんそれが悪いわけではないし、そのような方々に限定したコーチでも十分にニーズはあります。だけどそれは私のビリーフそのもの。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　つまり重度のトラウマを抱える人、ちょっと面倒な人を避けるがために経営者・起業家と言いながら、じゃあ、上場企業レベルの経営者が来たらどうなるか。間違いなく重圧でつぶされる。だけど、その一方で、&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「お前はまだまだそんなレベルで甘んじる奴じゃない」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
って声も聞こえてくる。そして間髪入れずに「逃げるな！」です。今回、棚田克彦さんのセミナーに参加したのは80&#37;は冷やかし。斜に構えまくり。まあ、金額もそんなに高くないし、それなりに名前を聞く人でもあるので、一度見ておこう、、、くらいの感覚。だけど、参加してみると、それはあまりにも衝撃的な体験でした。結局、2012年に入っていろいろありましたが、特に久高島を経由して、大きな流れがあるようなのです。その延長上に今回のセミナーもあったことは間違いない。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、逃げないことにしました。じゃあ、どうするのか。乗り掛かった船です。昨日までまったく興味のなかった棚田先生の「プロセラピスト養成講座」に9月から通うことにしました。そしてその費用50万円も一気に払いました。ですので、9月末から11月末までの約2ヶ月。私は断続的に東京都民になりますので、どうぞよろしくお願いします。もちろん住民票移す訳じゃないですよ。だけど、行くからには仕事もしたいので、ちょっと長めの滞在が続くかも。ツレにも許可とりました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、今日も自分のセッションの話書けませんでした。書くなってことかもしれません。だって、親の話とかプライベートガンガン出そうだし。だけど、何とか書こうかと思います。もう、流れには逆らえそうにないみたいです。ちなみにその養成講座は先着10名で棚田先生の個人セッション特典があり、そこにも入ることができました。また、加速ですね。あと、私がこんなに立て続けに書くもんだから、すごく気になる人も多いと思います。東京では同じ内容の短い版が無料で開催されてるし、今週も木曜日にあるのかな。私が受けたのと同じのは、東京、大阪、福岡、沖縄などでやってるみたいなので、行かれても良いと思いますが、過度な期待はしないように。だいたい私って感度が良好過ぎて、物事を大げさに表現する癖があるだけみたいなんで。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなとこで、明日はいよいよ核心に入れるかな。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>サングラスを外す　2012.5.21</title>
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        <dc:subject>精神世界</dc:subject>
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&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/22/56/b0002156_7591270.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;336&quot; height=&quot;251&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　この右の写真なんですが、誰も何も言ってないのに、知らないうちに勝手にちびQがやったもの。今月末（来週か…）で3歳です。コアなビリーフは3歳までに作られる。まさに「三つ子の魂百まで」ですが、この間に愛情や承認を精いっぱい受けることで「自分は価値ある存在だ」とのビリーフが形成されます。そして昨日書いたように、ビリーフは選べない。ちびQが生まれる前からそれを知っていたので、親として最初に与えられるのは力いっぱいの愛情と承認。その結果、生きる喜び、達成の喜びなどが自然と身に付いて、そのまま大人になっていくのです。その意味では、保育園に預けはしたものの、親として与えられる愛情と承認は精いっぱい降り注ぐことができた。いつの間にか何も言わずとも「洗濯物を一人で畳む」ということをするようになりましたが、これまでも何かするたびに「すごい！すごい！」と大げさにほめてましたもんね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただ、ほめるにも段階があって、リチャード・ワイズマンの本によると、小さな子はなるべく「行動」をほめる方がいいことも。もちろん、乳幼児は何もできないので、生まれてから歩き始めるくらいまではただその「存在」を承認する。そして何かするようになったら、「行動」をほめることにシフトしていく。ワイズマンによると、あんまり「存在」ばかりをほめすぎると、お気楽だけど何もしない大人に育っていくそうで。確かにスピ系でよく言われる「あるがまま」にすがりついて動き出さない大人も多いですからね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ちびQの場合はいいにしても、だけど、世の中には小さな頃に存在への承認を受けてこなかった人だって大勢います。中には「おまえなんか生まれてこなきゃよかったんだ！」と言われ続ける子どももいるわけで。だけどね、本当はそんな人はこの地球上に存在せず、70億人の誰もが「生まれながらに絶対的な価値」を持っているのです。これは何も気休めでも宗教でもなく、この世の絶対的な真理。ですので、この「真理」の前ではビリーフ・チェンジなどもほとんど意味をなしません。ビリーフはしばしばサングラスにたとえられますが、黒いサングラスをかけていたら、その人の視界は黒くなるし、オレンジのサングラスをかけていたら、その人の視界はオレンジになる。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では仮に「黒＝価値がない、オレンジ＝価値がある」とした場合、幼少期から承認を受けずにいると黒いサングラスをかけてしまっている状態になる。そこで、ビリーフ・チェンジでは、その黒いサングラスをオレンジのサングラスにかけ換えてあげるわけです。すると視界が一気に明るくなって、自分を価値ある存在と認めることができる。だけど、また元の黒に戻ってしまうことも多い。そうやってセラピーを渡り歩いて疲れてしまうんです。なので、昨日の話だけど、棚田先生のセラピーは確かに第一級には違いないですが、絶対に元に戻らないと保障されるものではない。だからこそ「自立」が大切なのですが、その人の依存体質が抜けてなかったら、また何かに頼ってしまうこともあるでしょう。そんな人は世の中にたくさんいます。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　確かにビリーフ・チェンジの手法は効果があるとは思いますが、私はむしろ、サングラスを外してしまうことの方がより重要だと考えています。その外した目の前にあるのがまさに「生まれながらの絶対的な価値」なのですから。究極はこれ。私は、、、少なくとも普段は何らかのサングラスをかけて生活していますが、一度以上は完全に外した世界を見たことがあるので、少なくとも自分が「無価値」だと思うことは永遠にない。ただ、私もこの人生で、何度も何度も挫けて、自分自身を「無価値」だと思ったことはありますよ。何度か書いたことあると思いますが、今まで覚えている限り3人からは「何一つ取り柄のない男」と言われて、すごく傷ついた経験もありますから。27歳のとき、風邪と紫煙（アルバイト時代の会社にて）で喉と肺に炎症が生じて高熱を出したことがありました。病院に行ったら白血球が通常の3倍と言われ、白血病ですかと聞くと、医者から笑われました。炎症がひどいとそんなことは普通。だけど、もしかしたら肺炎一歩手前状態だったのかも。一応、半日ほど病院で点滴受けて安静にしてたら3日ほどで回復しましたが。で、そのとき、天井を見上げながら、「こんな無価値な奴はこのままいなくなった方がいいのかな～」とか考えてましたもんね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　小さなことも含めると、そんなことはこれまでの人生で何度もありました。ですので、自分自身を無価値だと思っている人の気持ちもわかります。だけど今は、誰もが「生まれながらに絶対的な価値」を持つ存在だと知っているので、もうあんな状態に戻ることはあり得ない。そしてこれは私以外の人全員に対してもそう思っているので、だからこそ無暗に同情とかしないんですよ。実際、しばしば冷たいとか、配慮がないとか言われることありますが、それはあくまで表面的なことでしょ。悲しみに落ちている人に対して、確かに一緒になって泣いてあげると、それはそれで一時的な感情放出にはいいでしょ。だけど、それでその人が救われるかと言うと、根本的には何の解決にもならない。また、一緒に泣いてくれる人にすがるか探すかの程度。もちろん悲しみにも度合いはありますが、例えば「男に振られた」と言って、悲しんでいる人に対して、私などは「もっと悲しめ」くらいに思いますもん。あの人が私の人生のすべてだった、、、などと言われても、そんなんほとんどウソでしょ。だって、そう言いながら、あとで別の男と結婚して幸せになってる人など山ほどいるじゃないですか。と言うか、この地球上の半分くらいはそうじゃないですかね。確かに、その瞬間は「あの人がすべて」かもしれないけど、悲しんで悲しんで悲しみ通せば、あとは意外とケロッとしてたりしてね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　なので、私は「悲しむな」とは決して言ってないわけで、むしろ「もっともっともっと悲しめ」くらいに思ってます。まじで。「悲しみ」の感情は、実はその「悲しみ」を乗り越えるためにあるんであって、悲しみを殺してしまったり、または目をそらし続けている限り、いつまでもその悲しみの原因を乗り越えることはできないんです。なので、悲しみのどん底に落ちたところで、それは乗り越えるために必要なプロセスであり、むしろその悲しみを乗り越えたところに、本当の自分が見えたりするわけです。もちろん程度にもよりますが、自分で乗り越えられる悲しみであれば悲しんだ方がいい。セラピーもそうだけど、なんかにすがってばかりじゃ、いつまでたっても乗り越えられないでしょ。こんなこと言う私って、冷たいですか？&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ま、おそらく私のブログのアクセスが、、、自分で言うのはなんですがこの「濃さ」と比べて少ないのもその辺に原因があるのかな。おそらく「うん、そうだよ、わかるよ、わかるよ」的なことの方がたくさんの人に読んでもらえると思いますしね。その意味じゃあ、書く方もそうですが、読む方もこのブログ、かなりエネルギー要りますからねえ、おそらく。一度このブログ、「写経」してみるとわかりますよ。どっと疲れますから（笑）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それはともかく、先ほどのサングラスを外した「生まれながらの絶対的な価値」にアクセスするには、最終的には「自分」なんですよね。セラピーで「ビリーフ・チェンジ」はできても、それだけでは根本的な解決にならないってのが私の考えです。サングラスをかけ換えるのではなく外す。その状態をおそらく「悟り」と呼ぶのでしょう。だけど、「生まれながらの絶対的な価値」にアクセスするためには、その乗り越えるべきビリーフを認識することも大切。その認識するためには、どっかでチェンジしてみるのが必要なことだってあるでしょう。そのことは、今回のセミナーを受講して改めて認識したところ。ですので、私自身もさらにさらに深く勉強しようと思っている今日この頃です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、そろそろ自分のビリーフ・チェンジ体験について書こうと思いますが、、、まえふりが長すぎてこのままでは字数がオーバーしそうな勢い。ですので、また明日に回したいと思います。かなり濃いことが書く予定なので。そのことに関連してですが、今、いろいろアイデアがわき出てる状態でして、また新たにブログを立ち上げました。ただし、そのブログはパスワード制でコーチングのクライアント専用です。それも申し訳ないですが、今年からのクライアントの限定。まだ、クライアントさんには連絡していませんが（と言っても、ここは見ているでしょうが）、近々、お知らせしたいと思っています。そのブログには何を書くかと言うと、一言で「無法地帯」です。いろいろ動いてると、書けないことたくさん出てくるんです。今回のセミナーの感想にしても、守秘義務とはまた別に、かなりドギツイ話もあるのです。だけど、それ書くと運営者に迷惑がかかる恐れがあるし、そうでなくてもかなり過激がフィルターで見てしまう恐れもある。それから、私が参加した他のセミナーなんかでも、書きたいけど書くと損害賠償請求されそうな話もいろいろあります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　例えばちょっと前に書いた「写経」だって、あれは800万円どころの情報じゃないけど、だけどほとんどの人が実践しないと思います。なぜなら、なにを写経すればいいかわからないから。実は今日、ある文章を写経したのです。すると、、、冗談じゃなくて、身体が震え始めました。その書き手の心情が、ただ読むだけでよりも10倍は伝わってきて、潜在意識がぶるぶる動き出すんです。だけど、具体的に何の文章かは書けません。それ書くと、元の文章の作者に迷惑がかかる可能性があるから。あと、極秘ルートで入手した極秘音声ネタとか、いろいろあるんですが、時々、ゲリラ的にメルマガで紹介することはあるけど、そんなのもたいてい一日以内で消してしまいます。それ以外にも、自分のことでどうしてもブログに書けない話もある、けど書けない。またさらに、最近、あることをスタートしたのですが、その進捗状況などもブログには書けない。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　実のところ、「書きたいけど書けないこと」がどんどんたまって発狂しそうな状態なのです。それをどうにかしたいと思ってると、突然、「クライアント専用ブログ」なる情報が降ってきて、それを立ち上げたばかりなのです。それから今やっているコーチングですが、一ヶ月ほど経過して一つ思ったのが、やっぱり「制限ビリーフ」の取り扱いも重要だと言うこと。「○×」で行動を積み重ねながらも、その足をひっぱるブレーキがあるようなのです。その正体を探らずして、ただ人参をぶら下げたり、お尻を叩いても効果は薄い。なので、また近々、案内文は書き変えますが、コーチングのメニューの中に「制限ビリーフの解除」のセッションも入れたいと思っています。今、続けている人は、多い人で3回のセッションが終わったところ。なので、今からのセッションでも導入したいと思います。詳しくはメールしますね。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
　いくら経営者・起業家とは言え、やっぱり人間です。制限ビリーフのない人など存在しない。と言うか、経営者・起業家だからこそたくさんの垢（制限ビリーフ）をため込んでいるもの。以前はセッションでやってたのですが、やっぱり必要だと認識する次第。実のところ、棚田先生でさえも、定期的にセラピーやコーチングを受けているだから、私も含め、経営者の皆さんにも必要なことは自明じゃないですか。ちょっと盲点でした。それもまた、今回の公開セッションで降りてきたこと。そして、さらに、、、ここからが重要なのですが、近々、「制限ビリーフ解除のための無料ショートコーチング」を実施します。私自身も量稽古が必要と思いましたので、もし、参加したいと思う人は、近々、受付を開始しますのでお待ちしています。ただし、精神科・心療内科に「通院歴」のある方はご遠慮頂きます。昨日も書いたとおり、顔の見えない相手に対して、中途半端に蓋を開けると取り返し付かないことになる恐れもあるから。それから事前予約も受け付けませんので、案内文がアップされたらすぐにお申込みください。ある土曜日の昼12時～18時で開催します。限定12名です。もちろん無料です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、いろいろシナプスがつながって、そしてアイデアがわき出ている今日この頃。やっぱり、ほんとに5分でビリーフ・チェンジしたのかな。その話はまた明日、詳しく書きます。他に優先すべき話題がなければ。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>ビリーフは選べない　2012.5.20</title>
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        <modified>2012-05-21T16:57:42+09:00</modified> 
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            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>精神世界</dc:subject>
        <content type="html"> 
　昨日は懇親会に参加して、そのまままっすぐ家に帰りました。ばあちゃんが来ていたので、ちびQも起きててハイテンション。私もシャワー浴びてすぐ寝ました。そして今朝は5時起きで写経。ブログを更新して朝食後、セミナーの二日目に出発します。サイコセラピスト（心理療法家）の棚田克彦さんのセミナー。昨日は名前を伏せると言いながら今日は思いっきり出してます。理由は、とりあえず読んでくださいね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　とりあえず昨日までは様子見のような。「ビリーフチェンジ」の理屈はしっかり理解してるつもりだし、その手法もいろいろあるでしょうが、私なりのやり方で何度も実践してきました。もちろん今回のセミナーで扱ったような重いテーマではないですが、もっぱら「願望実現」のブロックを取り除く、そして入れ替える、などの作業が中心。そもそも、「願望実現」においては、それを妨げるビリーフの存在に気が付くだけで、ほとんど作業は終了と言っていいでしょう。その上で行動。コーチングではその範囲で十分。特にビジネスコーチングの場合は。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　一方で、昨日今日と見てきた「ビリーフ」はもうなんでもあり。例えば「私は存在してはいけない」のような、破壊的なビリーフを持っている人だって世の中には大勢いますし、私もよく知っています。このような破壊的なビリーフができる原因としては、例えば虐待をされる子どもなどそうで、そんな場合は「自分が悪いから虐待されるんだ」みたいな自虐的な感情が身に付き、それが破壊的なビリーフへと結びつきます。それが結果的に自殺願望、リスカなど自傷行為、摂食障害、ウツなどの症状として出やすくなります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　今回は全部で十名ちょっと抽選に当たって公開セッションを受けたのですが、一人を除いて、基本的にハードな内容が続きました。ですので、その一人以外は全員ボロ泣き。で、その「一人」は誰かと言うと、このブログの著者です。そう、抽選に当たっちゃった～！セッション受けちゃった～！！（笑）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　今回、久々にメンタル系のセミナーを受けたのですが、しばらく期間が空いたからもありますが、すごく新鮮でそして衝撃的でした。個人的には参加してすごく良かったし、点数をつけるなら100点満点中、500点はあります。これは単純に金額の問題で。参加費が2万円で5万円相当の個人セッションが当たったので、それでモト以上取ってますしね。セッションが当らなくても、2万円分以上の価値はありました。さっそくコーチングなどに使おうと思うし、新たなセミナーコンテンツも浮かんできました。だけど、誰もかれにもおススメかと言うと、それは躊躇する部分もあります。例えばNLP系で言えば、北岡さんはマニアック過ぎる面で人を選びます。私は大好きですが。あと、名前は出しませんが、多くのNLPトレーナーは能力面でおススメできない。その点で言うと、山崎さんならバランスがとれてすごくおススメ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では棚田さんは。いろいろ見るとマーケティングのセミナーとかもやってたそうで、それはすごく受けたいし、きっと無条件でおススメの部類と思います。もしも通常のNLPコースをやってても間違いなくおススメでしょう。だけど、今回のようなビリーフチェンジの公開セッションは、正直、キツいんじゃないかな~と思うところもあり。実は昨日のブログ記事について、読者さんからメールを頂いたりしました。内容は言いませんが、記事ではなく、そのセミナーに対してややネガティブな感想。また、別の人からミクシィでコメント頂いたのですが、これはズバリ実体験としての問題。それに対する私の返答も書いてますので、マイミクさんは見てみるといいです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただ、私がここまで自分で賛否を極端に感じるセミナーも珍しく、その点では興味深いし、だからこそ言うとめちゃくちゃよかったです。次回も受けたいか。もちろん。客層が違うので専門コースは申し込みませんが、7月に福岡でも同じセミナーがあるので、私は参加するつもり。では、何をそんなに問題視してるのか。それを公的なブログで詳しく書くわけにはいきませんが（私的はあり？）、いずれにせよ衝撃的なセミナーではありました。そして棚田先生はセラピストとしても、トレーナーとしても、講師としても、超一流であることは間違いないです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　とにかくこの二日間のことについて、書くことがたくさんあり過ぎて、とてもじゃないですが、一回の字数には収まりそうにない。本当は自分のことをたくさん書きたいのですが、その前に根本的に感じたこと。これは最後の最後に質問したことではあるのですが、あ、その前に。このような場では質問する人って決まってますよね。質問する機会も20回以上はあったと思うのですが、だいたい同じ人が3回以上は質問していました。私もその一人。そして私のセミナーに来られたなど知人の方も数名、よく質問されていました。あとは、棚田先生の受講生などで、いわゆる初めての方はほとんどいなかったような（私や私の知人以外は）。では、質問しなかった人は、質問がなかったかと言うと、決してそうではないでしょう。ようするに「質問してはいけない」なるビリーフがあるからです（もちろんそれだけとは限りませんが）。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私など精神疾患の勉強などしたことないので、その辺は新書レベルの素人。ゆえに、私の質問なんて正直、バカな内容ばかりだと思います。前世どうよ、みたいな。だけど、私は質問する上でのブロックはほとんどないんですよね。そして私の知人も、私と多少なりとも波長があるから知人なだけに、その辺のブロックもあまりない様子。では、この「質問してはいけない」なるビリーフはどうやってできたのか。考えられる事例はなんぼでもありますが、例えば小学校の頃、質問や発言の内容で大恥をかいた経験がある、など。私なども大恥かいたことあるとは思うのですが、これは受け止め方。私は「ウケた」と思ったので、ブロックにならずに、逆にアクセルになったりして。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　以前、私のセミナーでちょっとした絵を描いて頂くワークをしたとき、一人の参加者に「それ、面白いですね」と言うと、めちゃくちゃ怖い顔でにらまれたことあります。でも、それと同じことを別の人に言ったら、「え、そうっすかあ（笑）」みたいに、逆にイジってくれてオイシイみたいな反応するのです。この反応の違いもまさにビリーフ。刺激は「それ、面白いですね」って言葉なんですが、ある人は腹を立てるけど、別のある人は笑う。これは「面白い」って言葉がトリガー（引き金）なのか、その動作がそうなのかわかりませんが、いずれにせよそれもまた「刺激-反応モデル」であり、この「-」がビリーフとなっているのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　今日のセミナーや講演のときなどの「質問する」って行為について、私ならば「オレが質問せなオモロないやろ～」くらいのビリーフがあるのですが、別の人は「私なんかが質問したらダメ」なるビリーフを持っている。そのビリーフの原因はほとんどが幼少期の体験。学校で恥をかいた、または両親から「オマエは黙っとれ」と言われ続けて育った、など。今思うと、私の弟など、私自身がかなり彼のビリーフ形成に関与したな～とちょっと反省させられます。弟がなんかするとすぐに「うわ～！」とか叫んで押し殺してたり。今でも覚えてるのは、私が弟に何かするとすぐに黙るのですが、そのとき母親から「あんた（私のこと）、○○（弟のこと）、おしになるで」って注意されたこと。ちなみに、母やその祖母は、昔から放送コード抵触ワードを日常で連発してたもんです。我々が日に焼けたときなど、祖母は「くろんぼみたいなや～」とか言ったり。そこで小学生の兄が「差別用語だ！くろはいいけど、んぼがダメだ！」とかほざいてましたもんね。ま、そんな話はともかく。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、実は弟は今でも、私の前ではほとんどしゃべりません。兄とは会うとよくしゃべるようなんですが。と言うか、家では私がしゃべり過ぎてて、兄と弟にしゃべらせてないだけかもしれませんが、いずれにせよ、私など兄弟では完全なトラウマギバーだったのかもしれません。だからと言って、私自身が自虐的なビリーフを持ってるわけじゃないですが。ですので、もし、弟が棚田先生のワークとか行くと、私が登場しまくるかもしれません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そうか、ちょっとこの話もしておきますね。今回のセミナーについて、私個人としては絶賛であるものの、一方で極端な賛否両論を呈しています。私が問題視してるのは、セミナーの受講生に対して。公開セッションではくじで当たったクライアントのかなり深いビリーフ（トラウマ）を扱います。守秘義務上、具体的には書きませんが、いろいろ想像されるとは思います。例えば典型的には幼少期に父親からの虐待を受けてきた人。そのような人は、先ほど言ったように、「私が悪い子だから殴られるんだ」と虐待を正当化するように処理します。これは脳のメカニズム。詳しくは池谷裕二さんの本などに書かれてますが、人は受けたストレスを緩和するための方法を自然と身につけてて、その代表が言い訳。遅刻してしまうと、相手に対してすごく悪い気になり、それが自分へのストレスとなる。それを緩和するために「いや～、道が混んでて～」と言い訳する。これは相手に許してもらうための言葉ではなく、自分のストレスを軽減させるためなんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　子どもの場合は特にそれが強いので、親から殴られることに対しても正統化してしまい、それが自虐へと結びつくのです。そして最終的には「私は存在してはいけない」なるビリーフが完成する。その後のことはさっきも言った通り。で、セミナー中はそんなビリーフがバンバン登場するんです。そして周囲の参加者も似たようなビリーフを持つためか、涙を流して共感するのです。そこまでは、まあいい。いけないのは、なんで休憩時間にその話するねん！ってこと。悪気はないんですよ。むしろ善意の塊。「さっきのお話、すごくよくわかります」などとアプローチする。そして名刺やメッセージ、携帯番号の交換などがそこで行われる。今回、私は初日に隣に座ったコーチやってる人と一枚だけ名刺交換しましたが、途中から持ってないことにしました。飲み会の時も「きれちゃって～」と言って断りました。もっとも、私などは何も深刻なことないので名刺交換してもいいのですが、途中からそんな雰囲気になれなくて。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私がセミナーをするとき、参加された方はご存知と思いますが、セミナー中に参加者から出た話は、会場から出た瞬間に忘れてくださいと言ってます。もちろん私がした話は問題ないですが、参加者がお話したことはその場限り。もっとも、私のセミナーはそんな深いトラウマを扱ったりはしませんが、例えば「結婚」なる願望を発言した人に対して、本人が自ら言わないでもない限り、絶対に他人からはその話を振らないこと。セミナーはあくまでも非日常であり、外とは完全に遮断された場であること。これが私の中での絶対の約束です。もちろん、自分から言う分には聞いてあげていいですが、それもまた私のようなセミナーの場合。基本的にマイナス感情に触れないので、自分から言う限りにおいては、飲みながらネタにしてもいい。だけど、今日のようなドギツイのは、絶対に外に持ち出してはダメ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/21/56/b0002156_15262145.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;323&quot; height=&quot;213&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　今回もそうですが、一般的なセラピーの場合、多くはクライアントの無意識（潜在意識）を扱います。ヒプノにしてもインナーチャイルドにしてもハイヤーセルフにしても、中心は非言語の世界。通常、無意識、ここではビリーフですが、しっかりと蓋がされた状態であるのを、セラピーによって蓋を開けます。そしてビリーフ（無意識）を何らかの方法で処理して、再び蓋を閉めます。その処理の段階でそれこそ号泣したり、怒り狂ったり、叫び声あげたりなどもあるでしょう。だけど、最後は「感謝」で蓋を閉めて日常に戻るはず。なのに、他の参加者が「私も同じ経験があって・・・」などと話しかけたりなどしたら、また蓋が開くじゃないですか。悪気はないのだけど。だけど、ちゃんと閉じて終わらないものだから、蓋、開けっ放しで外に出てしまう。もしもビリーフの原因が「兄」にあるとかだったら、そして例えば私の弟がそうだったりしたら、、、私、危ないじゃないですか（笑）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　いや～、実は言っちゃうけど、メール来たんですよ。同じセミナー受けた家族が、それ以来、おかしくなっちゃってって。だけど、逆に言うと、それだけパワフルなセッションだったのも事実。その取り扱いが、パワフルゆえにデリケートなところがあるので、もし、私のブログを読んで興味を持ってしまった～、東京や大阪、福岡で、しかも2万円であるんだから行ってみたい・・・と思った人いるでしょ。個人的にはすごくおススメ。だけど、ちょっと危なさもある。だけど、、、私のブログ読んだのだから、それでもう大丈夫でしょ（笑）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、話をですね、、、「これは最後の最後に質問したこと」にまで戻しますが、何を質問したかと言うと、いや、私の感想かな。私は基本的に前世とか過去世については保留してるんです。だって、確かめようがないから。ですので、人生のほとんどは産まれてから後天的な「意図（自由意思）」によってある程度どうにかなると思っていました。その意味では「平等」だと。だけど、今回、皆さんのセッションを見て、つまり私自身も「体験」してわかったのですが、産まれてから15歳までにほとんどのビリーフが形成されるのだけど、人はそれを選べなかった、、、ということ。先ほどの「質問をする」という行為そのものもそうですが、もし質問があれば、その場でしたらいい。私ならそうする。だけど、できない人だっている。じゃあ、そのできない人はダメかと言うと、質問に限らず、結婚、恋愛、人間関係、仕事、などなど社会にはいろんな「価値基準」がありますよね。その基準に照らせば、優劣とか善悪があったりします。そうなると、どうしても基準以下の人たち、それも最下層の人たちだって出てくる。例えば「質問しないのが悪い」とか「結婚しないのが悪い」、「収入が低いのが悪い」、時には「病気になるのが悪い」などと判断されちゃうこともあります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、その人たちは自分でそうなりたくなってわけじゃない。今回改めて思ったのが、「ビリーフは選べない」ってこと。選べないんです。棚田先生にも質問しました。選べないんですよ。はい。確かにまったく完全に平等な力関係で、その上で努力を競うのはアリだと思いますが、40年も生きてきたら、それだけでその「選べないビリーフ」にガンガンに固定された状態。その状態で一定の価値基準で判断されるのは、果たして平等なのか。そして基準を下回る人は、悪いのか。そんなことあるはずないんですよ！&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　自分の周囲の人を見回してみてください。好感のもてる人もいれば、そうでない人もいる。中には大嫌いな人だっている。その人が大嫌いな理由が、例えば不潔だったとしましょう。だけど、その人が不潔なのは、その人の潜在意識的に理由があって不潔なんです。つまり、ビリーフが不潔を維持してるのです。確かに不潔はよくない。社会的に。私だって清潔の方が好き。だけど、その「不潔」をアウトプットする元のビリーフ自体は、その人が選んだものじゃないんです。今回、私以外の人たちセッションを見ながらつくづく思いました。いろんなビリーフを抱えて生きてきたんだな～って。そしてそのビリーフを選んだのは、決してその人本人ではない。だって、親は選べない、家も選べない、親戚も選べない、地域も、国も、人種も選べない。産まれてきたところだけがスタートなのですよ。そして15年間、不可抗力的にビリーフを作っていき、今40歳ならばそれから25年間、そのビリーフを強化して生きてきた。もう一度言うけど、人はビリーフを選べない。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それって、、、ものすごい理不尽なことですよね。では、その理不尽さの理由はどこにあるのか。わかりません。だけど、人によって前世のカルマなどに求める人もいる。そしてそのカルマを解放するためのセッションも、私は今まで揶揄していた部分がありますが、たとえそれが方便であったとしても必要なことではないか。そのように思ったりもしたのです。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
　私の息子ちびQはこのような理屈をわかっている父親の元に産まれたのだから、この理屈通りに育てられれば変なビリーフを植えつけられることはない。だけど、ちびQと同じ保育園に通っている、誰かはともかく、誰かは20年後、リストカットする可能性だってゼロではない。だけど、その人が「悪い」からリスカするんじゃなくて、その人に植え付けられたビリーフが、一つのアウトプットとしてリスカを生じさせた。もしもリスカを「悪い」こととした場合、悪いのはリスカしたその人ではなく、そうさせたビリーフとその原因にある。だけど、その人はその原因を選んだわけじゃない。もちろんスピリチュアルな世界では「子どもは親を選んで産まれてきた」なる考え方があり、私もそれを否定するつもりもありません。だからと言って、「あんたが選んだのよ」と言い捨てるのはあまりにも酷過ぎる。選んだとしても選んだ理由がある。それが例えばバラモン的な輪廻転生観にあり、過去世で悪いことをしたのだからそうなった、と言ってしまえば、その時点で絶対差別じゃないですか。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だから私の決着は、輪廻転生もあえて否定はしないけど、すべては「空（くう）」であることからスタート。ビリーフももちろん空。そこには何の意味も価値もない。なぜ、このビリーフを受けるようになったのか。実はそこには理由などない。ただ、ビリーフがあり、そのビリーフを通して世の中を見ているに過ぎない。ただ、それだけのこと。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、もしこの「ビリーフ」なるフィルターを「外す」ことができれば何が見えるか。「な～んだ、世の中ってこんなんなんだ～」と笑えてしまうに違いない。何の意味も価値もないものに、オレたちは勝手に意味づけしてただけなんだ、、はっはっはっはっはっはっはっはっは！！！！（涙）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　今回のセミナーで私が見たものは「ビリーフ」そのものでした。十数種類のビリーフを客観的に見ることで、逆にこの世の中が「無色透明」であることが確認できた。その意味でも、くじ運が良くてセッションに当たったこと以上の収穫があったわけです。ですので、セッション受けたクライアントがどんなに泣こうが叫ぼうが怒鳴ろうが、私は一切の感情移入もなく、ただ、淡々と見続けることができました。そして驚くべきはやっぱり棚田先生。目の前で号泣している人がいて、そして周囲は貰い泣きか、共鳴してしまったのか、同じように泣いている人がたくさんいる。だけど、棚田先生は本当に眉一つ動かさず（正確には左の眉をあるタイミングでいつも動かしてましたが・・笑）、じっとクライアントを見つめ続ける。中途半端なセラピストだと、一緒になって泣いてあげたりする。それはそれで深いラポールが築かれていいこともあるし、感情放出を手伝う分にはいいかもしれない。だけど、ビリーフチェンジはできない。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　棚田先生は終始、セッション中は完全にトランスに入れるのではなく、大人の理性を半分は残すように進められていました。棚田先生くらいならば、完璧なまでにトランスに入れるのは造作ないことでしょう。だけど、完全に入れてしまえば、ビリーフをビリーフとして認識できず、よって変えることができなくなる。だから、常に半分は理性を残すこと。そのためには、セラピスト自らが一緒になってトランスに入るのではない。カウンセリングの常識で言えば、あんなのはない。ペーシングもバックトラッキングもなにもなく、距離も不自然なほど離れてる。だけど、目的が「ビリーフチェンジ」であれば、ああするしかないことがよくわかりました。やっぱり凄かったの一言です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなわけで、おっと、今日の記事は8,000字大台に。更新できるかな。まだまだ書くことあるし、私自身もまだ登場してないので、また明日ね～。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        </content>
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    <entry>
        <title>びりーふちぇんじ 2012.5.19</title>
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        <issued>2012-05-19T23:39:00+09:00</issued> 
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            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>願望実現</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日は5時起きで写経からスタート。体調はすっかり完璧に。そして今日は久々にメンタル系のセミナーに参加してきました。今から書くことが、場合によっては支障をきたす可能性もあるので、あえてお名前は伏せますが（と言いながら、mixiでは書いてますが）、いわゆるセラピー系のセミナーです。その理屈は非常にシンプル。　&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　人間は一般的にある出来事（刺激）に対して特定の思考・感情（反応）が結びついていますが、その結びつきには何ら必然的・確定的な対応関係にはありません。「犬」という出来事（刺激）に対して、怖いと反応する人もいるし、可愛いと反応する人もいる。つまりその「犬」そのものは、元々怖いわけでもないし、可愛いわけでもない。「犬」という刺激を受けた、人それぞれの反応が違うだけ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/20/56/b0002156_22101592.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;320&quot; height=&quot;267&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　実はこの「刺激ｰ反応モデル」は人間社会を構築する上での根幹にあるものです。例えば今度、「消費税増税」が決議されようとしていますが、この「消費税増税」自体は単なる出来事（刺激）に過ぎません。しかし、人々の反応は様々です。大きくは賛成と反対。そこで議論が戦わされ、可決するか否決するか、または修正案で決着が付くか。TPPも同様。また、ちょっと不謹慎な言い方を承知で言うと、ある地方で大きな災害が起こった。この災害も単なる出来事（刺激）です。被災地の人たちの反応はほとんどネガティブなものになりますが、外国から見たらどうでしょう。具体的に言うと、東日本大震災についての韓国国民と台湾国民の反応は。これはあくまでネット上の反応に限定した話ですが、韓国国民の中には一定割合、震災を喜ぶような声がありました。スポーツ試合の横断幕に「震災をお喜び申し上げます（追記：うろ覚えで書いてましたが正確には「日本の大地震をお祝います」でした）」なんて日本語で掲げる人もいるぐらいで。だけど、台湾国民は、中にはそんな人もいるでしょうが、少なくとも目に付く範囲では震災を悲しむ声ばかりでした。それは義捐金の額にも反映されています。北朝鮮などは「罪深き国に天罰が下った」などとメディアが報じたりもして。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　このような文化や価値、イデオロギーがその国の政治経済、そして世の中全体のダイナミズムを形成するのですが、それを原点まで還元すると、結局は個人個人の「刺激ｰ反応モデル」に着地します。ちなみに、個人の「刺激ｰ反応モデル」を無理矢理一つに固めることを圧制、または洗脳と呼ぶのですが、それでも結局はすべて個人に還元されます。では、その個人の「刺激ｰ反応モデル」はどのようにして形成されるのか。例えば先ほどの韓国と台湾の事例ですと、完全に教育（教科書）によります。韓国では、日本は我が国を植民地支配した「悪」だと教えているのに対し、台湾では、日本は我が国の国力増強の基礎を造った「善」だと教えています。李登輝や許文龍が大の親日家で国民もそれを受け入れていることからも明らか。一方の韓国では政治家なり芸能人なりがちょっとでも親日的発言をしたら袋叩きです。先日もある漫画家が「日本はキムチを日本食のように商売してるって言うけど（ほんとは日本食とは言ってないけどね）、ドイツだってフィリピンだってアメリカのハンバーガーで商売してるじゃ～ん（つまり日本がキムチで商売してるからってカリカリすんなよって意味）」などと、やや日本寄りな風刺画を書いたところ、国民やメディアから「お前は親日か！」とフルボッコにされて、謝罪したって話がありましたよね。　&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　話がそれそうなので戻しますが、ようは個人個人の「刺激ｰ反応モデル」が形成される原因は教育にもありますが、これはもちろん一側面。実のところ、大なり小なり無数の「体験・経験」がその人の「刺激ｰ反応モデル」を作っています。「犬」を怖いと思う人は、おそらく幼少期に犬に噛まれる、引っかかれる、追いかけられる、吠えられるなど怖い体験をしたから。その「体験」が「刺激」と「反応」の間の「ｰ」にインプットされ、一つのモデルが作られるのです。これはプログラミングとかアンカリングとも呼ばれますが。そしてこの「ｰ」こそが「ビリーフ（思い込み）」であり、これがその人の人生を決定してしまうのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そしてこのビリーフは特に幼少期から15歳前後くらいまでに完成し、それ以降はそのビリーフを強化するように働き、年とればとるほどガチガチになります。例えば「男は浮気する」なるビリーフを持っている女性ならば、どういう訳か浮気する男ばかりと付き合って、「やっぱり（男は浮気するんだ・・・）」が繰り返されます。そして「男は浮気する」というビリーフはどんどん強化され、その女性の中ではほとんど事実化されてしまいます。なぜ、浮気する男ばかりと付き合うかは、その人が意識してようがしてまいが、ビリーフがそうである以上、無意識的にそんな人を選んでしまうから。ビリーフは変化を嫌うので（変化は危険だから）、別のパターンを受け入れようとしないんですね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　では、なぜにその女性は「男は浮気する」なるビリーフを持つに至ったのか。原因の一例をあげると、その人の父親が浮気ばかりして、いつも母親から「男ってすぐに浮気するのよ」と繰り返し聞かされてきたから、など。そんなセリフをマントラのように幼少期から聞かされ続けると、そのように思い込んで当然。「日本は悪」と同じように、幼少期から何度も聞かされた言葉は、それがそのまんま「ビリーフ」として定着し、「刺激ｰ反応モデル」を作るに至るのです。そして人にはそんな体験、それによるビリーフが無数にあります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、今日のセミナーなんですが、2日間を通して、抽選に当たった参加者の「ビリーフ」が変わる姿を公開で見せますよ、なる趣旨。この辺の理屈は十分に勉強してきたので、では、この著名な講師・セラピストはどんな風に「ビリーフチェンジ」をするのか。それを見るのが今回の参加理由でした。そしてもちろん抽選に手を挙げ、とりあえず15名には入ったので、運が良ければ順番が回ってくるでしょう。今日のところは5名のセッションを見たのですが、その内容については守秘義務があるのでここには書かないし、誰かに言うこともありません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　一応、セッションの概要だけ書くと、ビリーフの形成はほとんどが幼少期にあり、それも「両親」からの影響が強いと言われています。ですので、セッションでも両親との関係に的を絞って進めるのですが、これはこのブログでも何度も書いてきたし、私が時々やる「お金のビリーフチェンジ」のワークでも行うこと。なので、今日のセッションを見ることによって、自分がやっていたことの正しさが証明されたので、それはすごく収穫でした。そして今後はもっと精度を高めたいし、コーチングのセッションでも取り入れようと思っています。&lt;br/&gt;
 &lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただし、、、様々な疑問点が出てきたのも事実。その疑問点については、このセミナーの根幹を揺るがすことにつながる可能性があるのであえて書きませんが、、、と言いながらやっぱり書きますが、これは批判ではなく疑問です。一言で言うと、、、リピーター多すぎないですか？　いや、実はこの手のセミナー、スピ系のセミナーにも多いのですが。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もちろんセミナー運営としてリピーターが多いのはいいし、リピーター価格がかなり良心的に設定されているので、それもいいことです。ただ、もしも本当にビリーフが変わったのであれば、それでいいじゃん、と思うのです。もっとも、ビリーフの変化だけが理由じゃない人もいれば、別のビリーフを変えたいとの人もいらっしゃることでしょう。でも、、、率直に言います。例えば、今、最も関心があることの一つにアラフォー結婚がありますが、一回のビリーフチェンジセッションでアラフォー結婚した人ってどれくらいいるのかなあ、と。実は以前、「ビリーフチェンジ論争」なるものが周囲で勃発したことがあり、私は「ビリーフが変わったと騒ぐ割には現実が変わってないじゃん・・・」と皮肉ったことがありました。今日はリピート4回目です、、、なる男性とお話しました。このブログ読まれると都合悪いので、あえて名刺交換はしていません。いや、別に読まれてもかまいませんけどね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　あ、それでも好意的に考えると、ちょっとずつ変わっていて、確実に変化してる実感があるので、もっともっと変わりたい思いでリピートされてる方も多いのでしょうね。きっとそうでしょう。私自身もビリーフの変化には他ならぬ関心があるので、やや皮肉った見方をしていますが、その効果には本当に期待するところです。明日、運よく抽選に当たったらテーマは「金ですよ！金！」で行きたいと思っています。そんなわけで一日目が終了しました。それではまた明日。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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【世界】目標を確実に達成する行動強化コーチング
        </content>
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        <title>目標達成は簡単　2012.5.18</title>
        <link rel="alternate" type="text/html" href="http://katamich.exblog.jp/18312649/" />
        <id>http://katamich.exblog.jp/18312649/</id>
        <issued>2012-05-18T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-20T22:08:01+09:00</modified> 
        <created>2012-05-19T08:45:07+09:00</created> 
        <author>
            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>ＮＬＰ・コーチング</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今朝もコーチング＆写経から一日がスタート。昨日はくたばってタスクも遅れていましたが、とりあえず公式ブログの記事は追いつきました。書評は遅れ気味ですが、今月末には帳尻を合わせます。4月末から始めた新たなコーチングメニューですが、スタート一ヶ月は全体的に快調のようです。それもそのはず。「行動」をきちんと積み重ねていますからね。今までの生活パターンがガラリと変わった方もいらっしゃいます。まだ一ヶ月なので利益まで大きく跳ねることはないと思いますが、このタイミングで次のような質問をします。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「もし、今のままの調子が半年間続いたとしたら、売上（目標）はどうなっていると思いますか？」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もしここで「2割増です」と答えることができれば、本当にその通りになります。「2倍です」と答えても、本当にその通りになります。ただし、正直が原則ですが。しかし「変わらないと思います」とか「むしろ減ってると思います」だと、それもまたその通りになります。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　この「もし、～ならば」という質問は「アズイフフレーム(as if flame)」と呼ばれるのですが、非常にパワフルです。この「もし」の条件を当てはめたとき、その先に何らかのイメージが広がると思うのですが、この「イメージ」はまさに「潜在意識」の情報であり、それが現実化するのはとても自然なこと。日常でもあるじゃないですか。例えば、&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「このまま飲み続けてたら、間違いなく肝臓やられるね」&lt;br/&gt;
「ほとんど運動しないから、この調子だとブクブクになりそう」&lt;br/&gt;
「最近毎日5キロのウオーキングしてるけどものすごく体調がいい。次の健康診断が楽しみだ」&lt;br/&gt;
「実は最近、モテ期に入ってるようで、何となく彼女できそうな気がするんですよね～」&lt;br/&gt;
「毎日ブログ書いて一ヶ月になったけど、日々、いろんな気づきがあって、なんか目の前の景色が変わってきた気がする。これ、一年も続けると、すごいことなりません？」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
などなど。日常会話でもアズイフフレーム、言い換えると「条件付き予言」を自然と用いてると思いますが、これってだいたいその通りになるでしょ。ですので、コーチングでもまずは一ヶ月、きちんとした行動計画に基づきそれを実践してもらいます。一ヶ月やってみて、それをふまえてアズイフフレームです。それが上の質問なんですが、このとき、素直にどんなイメージが出てくるか。そのイメージが現実になります。ただし、ここは本当に素直にイメージすること。決して希望を挟まないこと。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　例えば「この一ヶ月の調子が3ヶ月続くと、、、おそらく月収50万円くらいなりそうだけど、目標は100万円なので、100万円にしておきます」ではダメ。ここは本当に素直に、腹の底からわき出るイメージで。ついでに言うと、コーチングの初期段階でのプロセスはこんな感じ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「目標は何ですか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「○○です」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「ではその○○を達成するために、何をしますか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「ＡとＢとＣをします」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「もしもＡとＢとＣを一年間続けたら、目標は達成していますか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「してると思います」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
（一ヶ月後）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「ＡとＢとＣの達成度は何割でしたか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「７割くらいでした」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「では、この調子で進めると、最終的に目標は達成できそうですか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「ちょっと難しいと思います」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「では、その目標を達成するには、今後、どうすればいいと思いますか？　または、そもそもその目標自体は妥当な範囲なのですか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「いや、目標自体はちょっと厳しいと思うので、若干下方修正して、さらに新たな行動Ｄを付け加えた上で、次回も100&#37;を目指します」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「それならば、新たな目標は達成しそうですか？」&lt;br/&gt;
　↓　↓&lt;br/&gt;
「大丈夫です」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　こうやって、目標や行動も見直しながら、確実に達成に導いていく。これがコーチングの効果であり、極めて科学的（再現的）な手法だと言えるでしょう。最近、経営者や起業家、そしてすごく成功されている人たちと接する機会も多いのですが、当たり前の話ですが、その人たちも人間としての基本分子は同じです。脳の容量も変わらないでしょうし、身体の造りも同じ。遺伝情報も誤差の範囲だと言われます。では、どこが違うのか。最も重要なのが「考え方」であり、その上での「行動量」です。そして「考え方」と「行動量」とは多分に連動していますので、その相乗効果がどんどん違いを生み出すのでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ですので、プロセスとしては「考え方」→「行動」→「結果」となるわけで、「考え方」が一番大切なのは確かにそう。だけど、「考え方」ってそんなにすぐには変わらないので、とりあえず無理矢理でもいいから「行動」を進めることが大切。正直なところ「考え方」がなくとも「行動」さえ続けていれば自然と「結果」は出るものです。むしろ、「考え方」はゼロで「行動」だけやっていても「結果」はでます。だけど、ベースの「考え方」がないと続かないので、言ってみればガソリンタンクのようなものか。ただ、「行動」→「結果」が得られると、自然と「考え方」にもフィードバックされますので、その意味でもまずは「行動」なのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/20/56/b0002156_228769.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;331&quot; height=&quot;268&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　昨日の記事で、ブログ経由でダイムラーを売った人の話をしましたが、その人も最初から「考え方」がしっかりしてたわけじゃないと思うのです。だけど時枝さんも、「とりあえずブログ100日書きましょうよ」と無理矢理にも「行動」をさせて、なんと40日目にダイムラーが売れて報酬100万円。そこで完全にスイッチが入ってしまったそうですが、これがまさに「結果」が「考え方」へとフィードバックする典型例と言えるでしょう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それから「行動」→「結果」のプロセスですが、これを思うとき、私はいつも高校時代の担任の小田先生を思い出します。受験期に入ってからは、テストのたびにこのように言うのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
「今からの模擬試験や定期テスト、授業中のテストの『点数』がそのまま本番の『点数』になります」&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もしも受験本番で70点がボーダーであれば、普段のテストも最低70点である必要があります。ちなみにこの言葉は家庭教師でもよく使わせて頂きました。毎回、単語テストなどをしたときも、「この点数が本番の点数になるんだからね」と言うと、必死で覚えてきますから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　これと同じように「行動計画」も100&#37;を達成すれば、「目標」も100&#37;達成します（可能性が高い）。だけど、70&#37;ならば達成率も70&#37;です。例えば「早起きして一時間勉強する」という「行動」を立てたとして、これがもし3日に2回しかできなかったら、その人は最終的に7割止まりです。3日に1回なら3割止まり。「行動」と「結果」はそれだけはっきりと連動してるものなんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、大切なのは今日のこの瞬間。やるかやらないか、だけ。その瞬間に「やらない言い訳」を持ち出してしまうと、そのままグズグズとなってしまいますので、「言い訳しない」と約束して、とにかくやる。その連続です。そして振り返ってみたら、、、道ができていた。そんなもんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなわけで、今日は本当は「体外離脱」の話しようと思ってたけど、久々にコーチングネタになってしまいました。そうそう、今日の昼間、伊藤哲哉さんと一時間半ほどしゃべっていたのですが、いろいろと刺激を受けますね～。ビジネスはもちろんですが、趣味の領域でも、未知の世界に踏み込むだとかなんとか。やっぱりこの開拓精神、好奇心がビジネス展開にもいい影響をもたらしてるんでしょうね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そう言えば、一昨日は時枝さんの話、今日は伊藤さんの話を聞いて、私もなんだか無性にアフィリエイトをやりたくなってきました。なぜって、その手の情報はこの1～2年でイヤほど聞いてきたし、やり方もほぼわかっているつもり。収入をアップさせたいもありますが、それ以上に自分を実験台にしてみたくてたまらないのです。私のやり方（と言っても、いろんな人のパクリですが）で、どの程度結果が出てくるか。それも偽名を使って完全にゼロからやってみる。その結果、一つのサイトから年金程度の収入が入れば願ったりじゃないですか。私など老後はほとんど年金もらえないでしょうし。でも、やるときは公言しません。こそっと始めて、結果が出てから「どうだ～」ってここで発表します。「私の成功プロセスを見てください」的なブログほど痛いブログもありませんからね。有言実行の私でも、その辺のさじ加減は分かってるのですよ。そして結果が出てから、やり方も含めて、ここで洗いざらいしゃべりまくるつもり。これまでと同じように。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなところで、いろいろ忙しくなりながらも、やりたいことが増えて嬉しい悲鳴です。楽しくなってた。今日はこの辺で。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
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        <title>この記事だけで800万円くらい価値あります　2012.5.17</title>
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        <issued>2012-05-17T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-18T14:38:50+09:00</modified> 
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        <dc:subject>ビジネス</dc:subject>
        <content type="html"> 
　いや～、今日は完全にダウンしていました。朝の4時まで飲んで、寝たのは5時。実は昨日からちょっと体調はよくなかったのです。ちびQも風邪ひいてて、しかもすぐに「だっこ、だっこ」と言うので、抱っこしたら顔面めがけて咳の連射ですよ。それから、私はまったく布団をかけずに寝てることがよくあるようで、夜中に寒さで目が覚めたこともありました。そんなこんなで風邪ひいて、さらに遅くまで飲んでた疲れで、今日は完全に一日棒に棒に振ってしまいました。でも、こんな日もあっていいよね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/18/56/b0002156_14242936.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;336&quot; height=&quot;252&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　そんなことで、昨日のブログはかなり手抜きになりましたが、実は昨日の飲み会はかなり有意義でした。一年ほど前、とあるセミナーの飲み会で知り合ったインターネットビジネスのプロである時枝宗臣さんと再会し、セミナーでも40分ほどお話されましたが、その後の飲み会で聞いた話もすごかったです。時枝さんはその昔、親の借金5,000万円を肩代わりすることになり、しかもその余波で自身も700万円の借金をすることになったそうです。その当時、まだサラリーマンだったそうですが、最後は裁判所から給料の差し押さえまでされる始末。弁護士と自己破産の相談はしてたそうですが、その費用だってかかります。とにかくまともに働いて返せる額じゃないので、副業を考えるのですが、当時はまだネットワークビジネスも元気がよくて、いろいろ誘われたそうです。しかし、ネットワークビジネスにしても始めるのに20万円くらいかかるし、当時の時枝さんは、それさえも払えない状態。もちろん借金もできない。（左から3番目の怪しい風貌の人が時枝さん）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そこで、本当にゼロから大金を稼ぐ方法はないかと考え、行き着いたのがネットビジネス。まずはアフィリエイトから。これならネット環境にさえあれば、一切の元手はなくとも始められます。それが2005年5月のこと。2005年5月、、、これは私が会社を辞めたのと同じ月。ちょうど私がインドに行ってた頃、時枝さんは巨額の借金を抱えながらアフィリエイトをスタートさせていたのです。私もインドでこれからの人生について考えていたので、すごく共感するところ。そして最初はアマゾンのアフィリから。レゲエが好きなので、レゲエのサイト作ってアフィリを貼ったのですが、初月から一万円の利益。これは収益としては少ないですが、アマゾンで一万円稼ぐのは難しいので、おそらくセンスがあったのでしょうね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そして翌月からさらにいろんな方法を試行錯誤も含めて進めていき、結果的には2006年5月の段階で月収500万円になったとのこと。当然、借金も返していき、今ではビジネス書を4冊出し、アフィリも現役ですが、コンサルからバーの経営まで幅広く手がけ、文字通り成功されています。昨日もちょうど時枝さんのクライアントさんからハワイに招待され、遊んできたところだそうで。ようは、クライアントさんも時枝さんのコンサルでかなり儲かるようになったから。その話も根ほり葉ほり聞いたのですが、すごく面白かった。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それにしても、よくよく聞いてみると、成功される人はどなたも同じことを言われます。何するにしても、そんなに簡単に結果は出ないし、それなりのことはやっている。時枝さんにしても、2005年5月にネットビジネスをスタートさせて一年間は2～3日に睡眠時間2～3時間なんてことが続いたそうな。それだけ集中してエネルギーを注ぎ込む。そして何より大切なことは「継続」すること。ネットビジネスに限らず、何かを初めてから成果が出るまで、それなりに時間はかかります。しかもそれまでの間は無収入なのがほとんど。それでも諦めずに続けられるか。そこが重要なんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　実際、どの成功者も言うのですが、成果が出るのはある日突然だと。それまではゼロ行進が続きながら、だけど、諦めずにやっていると突然、どっか～ん！とくる。これはネットビジネスに限らず、私なんかもそうでした。ある日突然、ものすごいチャンスが舞い込んでくる。それをつかむつかまないだけが違い。そして諦めるか諦めないかが違い。そう考えると、あと少し続けていれば、雲の上に突き抜けられたのに、、、という人がたくさんいるんでしょうね。ただ、ネットビジネスの場合は、適切なやり方で半年から一年もやればだいたい結果が出てくるもののようで、それでも続けられないのがこの世界。だからこそ、続ける人だけが勝つんでしょうね。シンプルな理屈です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　時枝さんのクライアントさんの話で面白かったのが、とにかく何やればいいかわからない人に対して、「100日間ブログを書くこと」を勧めたそうです。ん？100日ブログ？これは私の「天使企画」じゃないですか。予告しておきますが、7月1日から「第3回100日ブログ」をスタートさせます。で、そのクライアントさんは車が好きだそうで、車に関するブログをスタート。その方はなんと40日目にブログ経由で2000万円のダイムラーが売れたそうな。アフィリ報酬は100万円。それで目の色が変わって、さらにネットビジネスに打ち込むようになったそうですが、40日目でそんなことがあるのはラッキーですよね。でも、いるんですよね、ネットで2000万円買い物するような人が。ディーラーとかと付き合うのをウザがって、アマゾンで本を注文するノリで車とか不動産を買うような人が。ネットの面白いとこは、そんなリッチな人も、そうでない貧乏な人も、同じネットワークでつながっていること。ダイムラーを買う層には、さすがに生活保護受給者はいません。そもそも受給者は車を所有してはならない決まりになってますし。なので、受給者とダイムラーのディーラーが付き合うことは基本的にない。だけど、ネットはＯＫ。つまりは、超セレブのお金持ちも、生活保護受給者もつながってるメディアは同じであり、その意味で「平等」なんです。だから、時枝さんのように巨額の借金を抱えながらも、一年で大逆転をすることだってできるんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ただ、同じようにネットビジネスで人生逆転を狙っている人も少なくないと思いますが、成功できないパターンもあります。なぜ、時枝さんは成功して、その他の人は成功できないのか。成功できないパターンは一つ。「そこそこ」で満足している人。時枝さんの場合は巨額の借金があり、それを返すために必死になった。現状では満足していない。それがエネルギーとなった。では、借金などない人はどうか。それでも成功はできます。それはでっかい夢がある人。お金のかからない夢もありますが、現実には大きな夢を持つと、それだけのお金がかかります。その夢を叶えようと本気な人は間違いなく成功します。また、子どもとか家族のために必死になっている人もそう。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　例えばですね、子ども連れて離婚して養育費も受けとれずに生活が苦しい母子家庭。しかも借金もある。勤めようにもパートくらいしかなく、怖い筋から風俗などを強要されつつある。そんな人には、是非ネットビジネスの存在を知って欲しいところ。もちろんネットワークビジネスでもいいですが、あれは向き不向きが極端。だけど、ネットビジネスなどはあらゆるリスクがなく、そしてハイリターンを望める唯一の手段と言っていいでしょう。「わたし、アナログだから～」とか言って敬遠する人いますが、ネットビジネスで成功する人のほとんどはアナログです。時枝さんもそう。私などはアナログの固まりです。兄や弟は完璧なまでのデジタルですが、彼らはブログはおろかフェイスブックさえやってません。私に言わせると、アホちゃうかってとこ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それはともかくとして、今、日本に住んでいてネット環境にある人、例えばこのブログを読んでいる人全員は誰だって例外なくお金に困らない生活ができます。だけど、「そこそこ」の生活で満足している人は成功できないし、私もそれを否定するつもりはありません。と言うか、「そこそこ」って素晴らしいじゃないですか。だけど、時々、無料コーチングなどしたら、やっぱり「お金」の悩みを相談される人が多い。中には30代で生活保護受けていたり、無職で親と同居している人など。その人たちは、とりあえず食べていけます。精神的には苦しくとも、身体的、つまり「潜在意識」的にはそれで十分満足しているのです。だから例えば、「生活保護打ち切れ、一人暮らししろ」と言っても、「いや、そうは言っても・・・」と必ず言い訳します。この言い訳はどこから出てくるのか。潜在意識から出てくるのです。そこで今の状況を変えずに逆転できるような「魔法」などを期待するのですが、そんなんあるか！ＡＫＢ！（アホ！カス！ボケ！の略）&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　いや、もちろん生活保護も親と同居ニートもいいんですよ。日本国憲法第25条で保障された日本国民の権利なのですから。だけど、その状況を脱したい、リッチになりたい、結婚したい、毎日が笑顔の生活を送りたい、と本気で思うならば、潜在意識の抵抗としっかり向き合うべき。私のコーチングを受けたら、ミルトン催眠かなんかで潜在意識のプログラムを変えて、現実が変わる、、、なんてことありませんから。今は経営者・起業家を中心としたコーチングしかしていませんが、私がやってることなど魔法でも何でもありません。だけど、成果は出ます。当たり前のことをやっているから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　話を戻しますね。今から書くことは、ちょっと躊躇してしまいます。なぜならこんな無料ブログで千金に値する情報を書いちゃいそうで。これは時枝さんよりちょっと先行してネットビジネス界で成功された伊藤哲哉さんも言ってるのですが、ネットビジネス、、、と言うより、生きていく上でこれさえあれば絶対にこまらないものがあります。それは「文章力」です。ちなみに伊藤さんは私が独立した頃、どうやって生きていこうか模索してるとき、アフィリエイトの存在を知り、TSUTAYAのDVDで借りた、その講座の講師でした。その伊藤さんが数年後、私のコーチングを受けてくださるようになり、インドや沖縄などツアー企画にも参加頂くようになるのは、ほんと不思議なご縁としか言いようがありません。6月のQ州ツアーにも来られます（満員ですが）。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　とにかく「文章力」さえあれば、今、仮に裸一貫になったところですぐに復活できます。お金もない、家もない、知人もいない。それでもまずはコンビニでアルバイト誌をゲットして日雇いへ。一日7,000円稼いだとして、うち1,500円はネットカフェ。そこでアフィリエイトのブログを立ち上げ、ひたすら続けます。すると3ヶ月後にはネットカフェ生活卒業。1年後にはマンションを買ってるかもしれません。それを可能にするのが「文章力」です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど「文章力」ってそんなに簡単に身につかないでしょ。確かにそう。だけど、稼ぐための文章力ってそんなに時間かからない。その方法はなんと時枝さんも飲み会で言ってたし、数日前の私のブログにも書いたばかり。その方法とは「写経」です。もちろん般若心経を写経するんじゃないですよ。ようは、売れるセールスレターをただそのまんまにワードやエバーノートに打ち込むだけ。もちろんコピペはダメ。自力で一言一句打ち込むのです。では、どんなセールスレターを打ち込めばいいのか。まずは、自分が何かをネットで購入したページのレターを打ち込めばいいのです。すると自分がなぜその商品を買ってしまったのかわかるようになります。特になぜか買ってしまったモノなどは、セールスレターにやられた可能性が大です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それ以外としては、例えば神田昌典さんのメルマガを購読して、売り込みがあったらそのレターをそっくりそのまま写す。フォレスト出版のレターでもいいし。と言うか、フォレストは神田さんのパクリなんですけどね。平秀信でもいい。と言うか、平さんも神田さんのパクリなんですけどね。そうやって、ネットにつながっていたら、お金を一銭も出さずとも、お手本になる文章が山のようにあります。時枝さんのブログやメルマガ、伊藤さんのブログやサイトなどもすごいお手本です。これらをただ愚直に写し続ける。時枝さんはこれをやったそうだし、私もセールスレターではないですが、いい文章を丸写しすることはよくあります。コピペとか絶対ダメですからね。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、一つのレターを丸写しするのに一時間かかったとしましょう。時には同じレターを何度も写すこともある。そうすることで、文章のリズムとか、売れる癖とかが、「手」に乗り移ってくるのです。そしてそれを100日やったとしましょう。100日写経です。すると100日後には、どんな能力が身についてるか。言うまでもないですよね。このノウハウ、本当は無料ブログで言っちゃダメなんです。一日8万円のセミナーで伝授される秘伝なんです。これ真似されると、みんな「文章力」を身につけてしまって、例えばセールスレター屋さんとかが困るじゃないですか。私など訴えられるかもしれない。だけど、さんざんアホだのボケだの言って、具体的な解決策言わないのも心苦しいので書いちゃました。と言いながらも、、、ほとんどの人がやらないでしょうが。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、実は話はまだまだあるのですが、この辺でご容赦ください。体調も何とか復活しました。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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    </entry>
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        <title>脱力　2012.5.16</title>
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        <issued>2012-05-16T23:39:00+09:00</issued> 
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            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>日一日</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日もコーチング＆写経からスタート。昼はまたフェイスブックでなつかしい後輩と再会し、電話でおしゃべりなどもしました。夜はフェイスブックのセミナー。終了後は飲みに行こうと誘われ、お付き合いしたのですが、いつも起きる時間まで飲んでてへろへろ。でも、とても有意義な時間でした。いろいろアイデアも出てきました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ところで最近、ちびQが保育園で習った「あたまかたひざぽん」をしてくれます。以下の動画のような。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
一応、歌詞は次のがスタンダードのようです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
あたま　かた　ひざ　ポン&lt;br/&gt;
ひざ　ポン　ひざ　ポン&lt;br/&gt;
あたま　かた　ひざ　ポン&lt;br/&gt;
め　みみ　はな　くち♪&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ちびQの保育園では「め　みみ　はな　くち♪」のところを「ては　ちゃちゃ」と言って手を叩くようにしてるそうですが、最近、なぜかその部分を「ては　ちんこ」と言って股間を押さえて笑うようになったのです。こんなの、保育園の先生が教えるはずないし、私だって教えません。と言うか、限りなく私が教えたように思われそうで、困っています。誰も教えてないのなら、ちびQが勝手に編み出したと言えるのでしょうが、それならそれでいいです。保育園のお友達がするのかな。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　いずれにせよ、それ見るといつも脱力します。今日のブログは思いっきり脱力とさせて頂きます。ではまた明日。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>元型　2012.5.15</title>
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        <issued>2012-05-15T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-16T16:51:55+09:00</modified> 
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            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>人生哲学</dc:subject>
        <content type="html"> 
　さて、今日も写経とコーチングでスタートしたわけですが、最近、読書も進んでいます。執筆については、もうちょっとガソリンが必要なので、今は読書でインプット。もっぱら仏教哲学の本ですが、ナーガルジュナの「中論」とか、古典的な本にも手を出しています。やっぱり古典に当たらないとね。さすがにサンスクリット語は読めないけど、日本語で出てるこの手の古典を片っ端から読もうと思います。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/16/56/b0002156_177046.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;192&quot; height=&quot;319&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　思えば、20歳前後、西洋哲学にハマった時期があって、中でもフッサールの「現象学」に相当入り込んで、入れ墨したくなるほど。あの当時、「現象学」の解説書は片っ端から読んで、ドイツ語の原書は無理だけど、和訳と英訳とを二つ並べて、一言一句丁寧に読んだものです。その時期がおよそ2～3年はありましたが、卒業論文ではマックス・ヴェーバーの理解社会学に対する現象学的批判を行ったアルフレッド・シュッツを取り上げ、主著である「社会的世界の意味構成」への論述を行いました。ま、単なる要約の範囲を超えなかったと思いますが、それでもその理論的下地はあの頃にある程度は敷かれたのかもしれません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そして今、仏教哲学に関する本を手当たり次第読んでるのですが、まだ表面的ではありながら、昔、勉強していた「現象学」と仏教哲学、特に大乗仏教の「唯識論」などがかぶる部分も多く、それゆえ思ったよりもスルスルと頭の中に入ってくる感じです。いや～、それにしても面白いです。昨日も書きましたが、すべてにおいて何一つ無駄はなく、しかも20歳までの自分を引き継ぎながら生きている実感があります。当時、わけもわからず「現象学」の勉強をしながらも、それから十数年はまったく放置。今になってなぜか昔の専門書を引っ張り出して読む。そして今、改めて昔の本を読むと、あれほど苦労した本であっても、今は実際の「体験」を重ねてきたためか、すごくよく理解できるのです。滝行や瞑想をしてきたからこそのような気もします。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私は今、もっぱらブログで自分自身の気づきや哲学を発信しながら、セミナーや研修でしゃべる仕事もしています。この2点について、前も言ったと思いますが、やっぱり昔の自分と関連してるんですよね。まず、「文章」の発信についてですが、私の名前が初めて商業誌に載ったのが小学5年生のとき。「マイコンベーシックマガジン」なる雑誌に、小1の弟がプログラムを投稿し、私がその解説を書いて出したのが初めて。印税で税込み1万円もらいました。その弟は今はエンジニアでプログラムしまくり。私は本の出版その他諸々、特ネット上には名前がたくさん登場しています。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そして「しゃべり」については、思い出すのが高3になる直前。吹奏楽部の部長だったのですが、ちょうどそのとき、高2高3しかおらず、先生も中学生もいなかったので、思うとこあってちょっと語ったのです。あの当時、受験で部活を辞めるとか辞めないとかの話があって、私は夏のコンクールまで続ける派。できればそのときのメンバーで締めくくりたかった。そしてその「思い」を約2時間、黒板ガンガン叩きながら熱く語りまくったのです。と言うか、正直に白状すると、その「辞める辞めない組」の中にちょっと好きだった女の子がいて、どうしても辞めさせたくなかった気持ちが強かったから。言っちゃった～。ま、いいけど。でも、そのときに語った内容は、もちろんちゃんと覚えてるわけじゃないけど、今、セミナーとかで語ってることとあまり変わっちゃいないのです。最終的にその女の子は辞めたのですが、私の中では完全に何か突き抜けた感じがして、そして他の部員からは「感動しました」などと言われて、自分に酔ってたわけです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　その後、大学に入ってからも、何かあるごとに人前でしゃべる機会があり、それもまたウケるのです。会社入っても、仕事でプレゼンとかすると妙に評判がいい。そして会社辞めて2年後、人前で初めてお金を頂いてしゃべったのですが、それもまた好評。その後も紆余曲折ありながら今に至ります。最近はしゃべりに呼んで頂くことも増え、まさにしゃべりで食べてるような状態ですが、その原点は高3のあの音楽室での語りにあるんだと、ここ最近、気が付いたわけです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　もちろん、文章についてはこうやって大量に書いてるし、しゃべりについても練習などはたくさんしました。だけど、その「元型」は20歳くらいまでにすでにあったのだと、40年間生きてきて振り返るわけです。高校卒業するまで、ほとんど活字らしい活字は呼んだことなかったのに、予備校の講義で突然目覚めて、受験勉強そっちのけで哲学の本を読みまくる。一時期、と言うか、かなりの期間は哲学も放置していましたが、今、こうやって毎日読んでいる自分がいるのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　旅に目覚めたのは浪人してからですが、小学生の頃は、それこそ昨日のせーちゃんらと、いつも探検ごっこをしてたので、何か未知なる場所には興味があったんでしょうね。居酒屋などで知らないメニューがあったら、何も確かめずに注文するのですが、それもまた未知への好奇心かもしれません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　ここ数年、「天命」「使命」「自分らしさ」などをテーマに考えてきましたが、その答えはすでに幼少期にある。これが結論です。少なくとも20歳くらいまでには「元型」ができあがっている。いろんな人を見ていても、そう確信するようになりました。ここ最近、フェイスブックで昔の友人と再会することが増えていますが、これは同時に昔の自分を思い出すきっかけにもなっています。これは単に過去に思いを馳せるのではなく、自分の「元型」を思いだし、新たな旅立ちを示唆するものだと感じています。自分にとっての最強の武器は自分でしかありません。自分の「元型」にしかありません。そんなことをふと思いながら、今日も哲学書を読むのでありました。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>縁起について　2012.5.14</title>
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        <issued>2012-05-14T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-15T11:25:44+09:00</modified> 
        <created>2012-05-15T11:25:44+09:00</created> 
        <author>
            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>精神世界</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日は一週間ぶりの滝行に行ってきました。今月は「行」は入れなさそうですが、週二回の滝行は継続していきたいものです。さて、今日もフェイスブックのへ滞在時間が長く、もっぱら高校時代の同級生・先輩後輩らと昔の話で盛り上がったり。私にも当然、お世話になった先輩、そして怖い先輩とかいました。先日同級生と飲んだとき、誰それがダルかったみたいは話でも盛り上がり。この場合の「ダルい」とは、私たちの寮の言葉で「鬱陶しい」とかの意味。寮生活してると、ほんと、ダルい先輩が多かったです。そして寮を離れて部活（クラブ）でもダルい先輩はいたのですが、その先輩方のおかげで今があると思ったりも。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/15/56/b0002156_11391954.gif&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;256&quot; height=&quot;224&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　小学生の頃、昨日も話にでた、としや君とせーちゃんと私は、地域の同級生の悪3人組でした。今日もせーちゃんとは昔の話で盛り上がりました。ウルトラマンごっこ、仮面ライダーごっこ、庭球野球、BMX、体育館でプロレス、ファミコンでバンゲリングベイ（クソゲー）など。ほんま、よく遊んだものです。そんなある日、一時的に流行った遊びがありました。それは、工事現場のおじさんに石を投げる遊び。しかし、この遊びには正当な理由がありました。それは私たちの小中学校の隣に、公立の中学校が建設されるのことになったのですが、そうなると学校同士のいさかいなどが懸念される、などと父兄が話し合ってるのを聞いたから。そんな話を聞くと、正義の血がわき、なんとしても建設を阻止せねばならない。そこで非力ながらも、工事現場の人たちに石を投げて邪魔をする貢献に出たのです。当然、現場の人たちは怒って追いかけてくるのですが、それを見越して行動してたので、そう簡単には捕まりません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなことを連日続けていたある日、としや君と二人でまた投石に出かけます。すると、近くで吹奏楽の練習をしているお兄ちゃんたちから「ちょっときて」と呼ばれて、私は嫌な予感がしたのですが、アホなとしや君は面白がってついて行ったのです。結局、私も同行したのですが、予感が的中。その吹奏楽のお兄ちゃんから、「お前ら何してんねん、あの人ら仕事してるやろ、お前ら遊んでるだけやん、あんなことしておもろいんっか！」などと説教を食らい始めました。心の中では「おもろいからやってるねん」と思いながらも、「いいえ、おもしろくないです」と答えて、最後は「やったら、おまえら、謝ってこい！」となって行こうとしながら、猛ダッシュで逃げました。そのときは帰って爆笑したのですが、その後も、学校の登下校時に、その吹奏楽のお兄ちゃんを見かけるんですよ。そのたび、としや君と二人で「あいつや！逃げろ～」と言って、それはそれで盛り上がっていました。もちろん投石はしなくなりましたが。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　それから数年後、私も中学に入ります。としや君はサッカー部、私は、ちょっと前から笛が好きだったので、吹奏楽部に入部します。すると、そのときのお兄ちゃんがいたのです。高校2年生でした。内心ビビりながらも、さすがにそのときのことは忘れてしまっていたようです。そうやって吹奏楽部での生活がスタートしたのですが、中2のとき、私以外の同級生男子が全員辞めてしまい、私だけ残されました。そうなると、私も部活に行きたくなくなるのですが、他の辞めた人は別のクラブに入りながらも、私は入りたいクラブがありません。そして何となくサボるだけになったのですが、放課後は私にとって地獄。吹奏楽の練習の音が聞こえるから。聞きたくなくても耳に入ってくるのです。うわ～～～～ってなるしかない。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だけど、自分ではどうしようもないともがいているとき、学校で一つ上のダルい先輩から「おまえ、はよ、クラブ来いや！」と脅すように言われて、だけど、内心、その言葉にすごく助けられ、引きずられるかのように部室に行きました。その当時、吹奏楽部は中高合同だったので、部長は高3のそう、投石で説教食らったお兄ちゃんでした。もしかしたら前のように、「おまえ、なに、サボっててん！」とか説教されるんかと思いながらビクビクしてたのですが、私の顔を見ると「お～、久しぶり、どうしてたん？はよ練習せーよ」と何事もなかったかのように迎え入れてくれたのです。それ以来、もう部活をサボることはありませんでした。下手は下手なりに頑張って、結局、高3の卒業まで続けたのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　実はその中2の頃のこと、今でも時々、夢に出てきます。おそるおそる部室に入ると、部長だった説教のお兄ちゃんが左手にいて、そして右手には同じ学年の先輩女子がいた。そのときの光景、今でもくっきりと焼き付いています。記憶は感情と結びついて強化されます。感情と結びついた記憶は消えることはありません。二日前の夕飯メニューは思い出せなくても、はるか昔の初体験の情景は、20年、30年経った今でもすぐに思い浮かぶでしょう。そこには強烈な感情が伴っていたから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　一説によると、頭で覚える記憶の容量はかなり限られているようで、しかも、個人差はそんなに大きくない。ごくまれに、見たもの聞いたものをすべて克明に記憶できる脳を持つ人がいるようですが、その人たちは記憶を編集する能力が欠けており、実生活には曲芸くらいにしか役立たないそうです。言わば脳の障害。モーツアルトも一度聴いた音は決して忘れない脳を持っていたそうですが、そのレベルなら今でもたくさんいます。彼が天才だったのは、その上にさらに音を編集する脳が生きていたこと。しかしそれは、音楽にのみ与えられた能力で、実生活はめちゃくちゃでした。天才とはすべからくそのようなもの。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　話戻しますが、私たちの記憶する脳はかなりキャパが限られてるので、適当に忘れるようになっています。大学受験ではあれほどのデータを叩き込んだはずなのに、ほとんどが消えてしまっている。でも、それが正常なんです。しかし、記憶をずっと保持する方法もあります。一つは繰り返し。大学受験で詰め込んだデータも今でも繰り返し使っていると、それは消えることはありません。日本語もおよそ毎日使っているから忘れることはない。だけど、外国生活とかで日本語を使わなかったら、文法レベルで忘れることはなけれども、単語などは次々と忘れてしまうそうな。そしてもう一つの忘れない方法がインパクト。つまり強烈な感情です。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　私が学生時代、歴史の授業が苦手でした。覚えるのが苦痛だったため、浪人してからは日本史・世界史を捨て、倫理政経と数学で受験するほどに。しかし今は、日本史なり世界史なり覚えるのがまったく苦じゃありません。いや、覚えようとしなくても勝手に覚えてしまいます。それはまさに海外を放浪した経験があるから。行く先々で、ほとんどが初めての経験なので、そこで強烈な感情が呼び起こされます。見る、聞く、触る、嗅ぐ、食べる、そして感じる、考える。五感、六感がフル稼働し、潜在意識に強烈に情報が吸収されていきます。あとは、本などで知識を乗せるだけ、それだけでもう忘れることはありません。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　なので、私は効率的な学習をする上で大切なのは「体験」だと考えています。学生時代には頭が良かったとしても、社会で役に立たないことの方が多い。逆に学生時代は悪ばかりして、ほとんど勉強してなくとも、社会に出てガンガンに活躍する人はいくらでもいます。特にリーダーシップなんてのは、いくら本を読んでも身につくことはありませんが、若い頃、暴走族を仕切ってた人間などは、体験として人を動かす方法を知ってるので、ディール・カーネギー辺りを一冊読むだけで、いや、読まずとも、会社組織のリーダーになっていたりします。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　話がかなりそれてきましたが、もう少し続けると、ようするに今からでも遅くないから「行動」しましょうってこと。何かやりたいことがある。だったらやればいい。本を何十冊読んだところで、成功するかどうかの確証はつかめません。あれこれ考える前に、とにかくやること。一歩を踏み出すこと。それが成功しようが失敗しようが、「体験」というデータベースは必ず得られる。それから本を読んでも遅くないどころか、体験をベースに知識を組み立てられるので、すごく効率的。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　最近、私は仏教哲学の勉強をしています。今はナーガールジュナの本を読んでいるのですが、不思議なくらいに頭に入ります。オレってこんなに頭よかったかな、、、なんて錯覚するくらいよくわかるのですが、これは本を読む前に滝行、瞑想、座禅、読経、写経、そして説法のようなセミナー、仏跡周遊などの「体験」があったからのでしょう。中でも仏教哲学の中心概念である「空」なども、それを体験した者のと、そうでない者とでは、同じ哲学書を読んでも理解は雲泥の差でしょう。ようは、あれこれ考える前に、まずは行動なんです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　話をまた戻します。中2のあの日、部室に入ってそうやってちょっとしゃべって、自分の楽器があることを確認し、おもむろに組み立て、外に出てロングトーンを始める。当時はまだ寮生活じゃなかったので、練習後は家に帰るのですが、なんかすごくスッキリしたとこまで覚えています。そしてその翌年の夏休み、実は中3で引退することも頭にあったのですが、夏の甲子園の応援の後（うちは昔、高校野球の名門で、ちょうど中日の立浪がいた時期）、帰省して（寮生活は中3からだったので）、何気なく一本のカセットテープを聴きました。それがモーツアルトの「クラリネット五重奏曲イ長調K581」のテープで、演奏はカール・ライスターのクラリネットにベルリンフィルゾリステンの弦楽四重奏。夏の暑い日。もう、めちゃくちゃに感動してしまい、ほんと、泣くほど感動してしまい、それがきっかけで部活を最後まで続ける決心となりました。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　で、結局、何を言いたいのかと言うとですね、こうやって一連のいろんなことがあって、最後まで吹奏楽部を続けたおかげで、ちびQがここにいるんだな～って改めて思ったのです。あの中2のサボってたとき、皆と一緒に辞めていたら、もう、楽器を手にすることはなかった。辞めずに続けていたからこそ、高校を卒業しても、いくつかの市民バンドで楽器を続けることができた。そして2001年にまた3年ほどのブランクを経て、何となく楽器をやりたくなって入った楽団で、ツレと出会ったわけです。そして数年後に結婚し、その2年後にちびQ誕生。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　これは私の信条・哲学なんですが、「生」と「死」だけは完全に個人の自由意志を超越してると思っています。私が産まれたのも最初から決まっていた。そして死ぬ日もすでに決まっている。だけど、それがいつかはわからない。その「生」と「死」をつなぐ線においてのみ、私たち自由意思が動き、その認識によって世界は構築される。だけど、同時に「ある程度」は決まってることもある。キャラクターが変わることはあっても、ある程度は決まっている。2009年にちびQが「生」まれましたが、そこに行き着くまでに、それこそツレとの出会い、吹奏楽団への入団、それをずっとさかのぼれば、中学高校で部活を辞めなかったことにつながるのです。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　すべてはつながりです。この世界には何一つとして、「つながり」から独立した「実体」としての存在はありません。その「つながり」のことを釈迦は「縁起」と呼びました。この世界は「縁起」があるだけで、「実体」はない。それがまさに「空（くう）」の本質。ちびQも実体ではなく空。もちろん私も実体ではなく空。目の前のパソコンも実体ではなく空。形あるものはすべて実体がない。即ち、色即是空。しかし、同時に、、、その「空」を知るには、「空」から解放された絶対的にリアルな視点を持つことが重要。そのリアルな視点がまさに「今ここ」なんです。しかし「今ここ」さえも実体はありません。それはインド人が発見した「ゼロ」と同じ。「ゼロ」は実体はないけど存在がある。ユークリッド的に言えば、位置はあるけど面積はない。だけど、確かに「今ここ」は存在する。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そして「今ここ」にこそあらゆる「縁起」がある。そこに「縁起」なるすべての情報があり、スピリチュアルな言い方をすれば、それがまさにアカシックレコードなのです。そのレコードには、すべての情報が刻み込まれています。だからさあ、、、ま、あれこれ、くよくよ考えたりせんと、すべてきまってるんだから、なるようになる。沖縄で言う、なんくるないさ～、、、で楽しく行きましょうってこと。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなこと言うと、さっき「ある程度」と言ったのに、今度は「すべて」ですか？どっちなんですか？などと疑問を呈する人もいるかもしれない。そこでの私の答えは、、、ま、飯食ったらウンコするよね、ってことくらい。意味？意味なんかね～よ。そんなとこで、昔の話、語ってたらよくわからん「真理」で着地したので、今日はこの辺で。投石さいこ～。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>フェイスブックさいこ～　2012.5.13</title>
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        <issued>2012-05-13T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-14T13:57:52+09:00</modified> 
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            <name>katamich</name>
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        <dc:subject>日一日</dc:subject>
        <content type="html"> 
　はい、今日はグズグズな一日でした。早起き、ウオーキング、写経、アメブロ、書評など決めたタスクもことごとくつぶれ、○×計画は10分の3くらいに。今年最低です。昨日同級生と飲みに行って、、、などは言い訳にもなりません。明日からきちんとやります、はい！&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　てなわけで、自分の中で高校の同級生と飲みに行ったことが、もう、かなりの心を占めちゃって、おまけにフェイスブックでも次々と同級生、先輩後輩が見つかるんですよ。今日もブラバンの伝説的な先輩を見つけてテンション上がったり、同級生で言えば、、、せーちゃんもいたし。せーちゃんとか言っても私の親と同級生くらいしか知らないでしょうが、それこそ幼なじみでありながら、卒業してから音信がなかっただけに、嬉しさもひとしお。もっとも、せーちゃんは私のブログは前から読んで頂いてたようで、私のこのウザさはご存じだったみたい。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　このブログって元々は単なる日記。2004年に立ち上げた旅と音楽のページ「かたみち切符」の日記部門だったのが、いつのまにかこんなんなっちゃいました。今では一日2,000人とか読まれてるようで、さすがに2,000人もリアル知り合いいないので、私と面識ない人も多いでしょう。その意味で個人の日記を超えてしまった感じはありますが、それでも私の中ではやっぱり日記なんですよね。なので、時々ではありますが、極端にローカルな話が出てきたりして、その辺の事情をご存じの方だけヒットするネタになります。そこで、せーちゃん、、、なんて名前を出したら、2,000人中少なくとも1,900人は「誰それ？」になりますが、残りの100人、、、とも言わないか、20人ほどは「お～！せーちゃん！」とかうなってるんですよ、たぶん。でも、それでいいんです。このブログは個人日記なので。&lt;br/&gt;
　&lt;br/&gt;
&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/14/56/b0002156_14125313.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;231&quot; height=&quot;308&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　ちなみに小学生の頃、私はCアパートに住んでて、同じ階段の4階が私、3階がとしや君、1階がせーちゃんでした。そして3人でいつも遊んでました。さらに同じCアパートの別の階段の2階には我らがガキ大将Ｔにいちゃんがいまして、その人ともいつも遊んでいました。もっぱら危険な遊びが多かったので、親からは何かと敬遠される感じではありましたが。そのにいちゃんは今はかなりメジャーなミュージシャンでテレビの歌番組でも演奏する姿が見られます。さらにそのにいちゃんのお兄ちゃんも有名な音楽家となり、その方ともフェイスブックでつながりました。にわかにCアパートの話に花が咲いたりも。いや～、ほんと、フェイスブック始めてから、急激に昔の知り合いと再会することが増えて、ほんま、テンション上がりますよ。なので、これ読んでる同級生、先輩後輩、幼なじみの方が、よかったらフェイスブックでつながりましょう。女子も大歓迎。ちなみに女子はえ○らんとかミ○ケツの娘とかがいつもいます。面白いですよ～。なお、右の絵は前に会ったとき、としや君がオレの手帳に描いてくれたテリーマンとキン肉マン。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　一方で、前からやってたミクシイはどうなったか。いや～、もう、閑古鳥状態ですね。やっぱり匿名ってのがよくないですよ。2ちゃんねるもそうですが、私のような実名でネットやってる人間からすれば、匿名はオバケみたいで怖い。最近はマイミク申請さえない状態ですが、以前はブログの読者さんなどすごく多くて、一時期、マイミク条件として「本名を名乗ること」にしてたことあります。本名を知ったところでどうなるってことはありません。だけど、その人が本名である限り、少なくとも変なコミュニケーションにはなりませんから。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　時々ブログにも変なコメントが付きますが、そんな人は例外なく匿名です。匿名だから言える、匿名でなきゃ言えない。それは確かにもっともですが、その人たちのためにも言いたいことが。前も言ったと思いますが、「匿名でネットすると割と危険ですよー」ってこと。本人は匿名で変なコメント付けてたとしても、裏でいくらでも本名とつながるんですから。以前もやはりこのブログにdisるようなコメント付けた人いましたが、ブログの管理画面に入ってものの1分以内にその人の本名がわかりました。社会活動もわかりました。だからと言って、私がどうこうするわけじゃないですが、それ、もしかしたらヨソでもやってるんなら危険ですよね。中には「このコメント書いたのはこいつだ！」みたいに晒しあげる人だっていないとは限らない。そうなるとダメージ大きいですよ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　だから私が言うことは一つ。実名でできないことは、匿名でもするな。どうしても実名が出せないなら、それはそれでもちろんいいけど、実名のつもりで活動しなきゃ、どっかで自分で自分の首絞めることだってある。ですので、実のところ、本名でネット活動するのは、ネットセキュリティを考えてのこともあるんです。私はどこ行っても本名出しますし、だから本名でしか言えないことしか言わない。もし私が匿名で発言するなら、どん引きで済まないようなエロいことを言わないとも限らない。そしてその発言が私だとばれたら。。。それを避けるためにも、私は常に本名でやるんです。どこでタガが外れるかわかりませんからね、ほんと。今でも時々、フライングしそうなときあるしね。栢野さんほどじゃないにせよ。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　そんなわけで、今日もあんまりブログ書く調子じゃないですね～。いろいろ書くネタはあるんですが、まだなんか脳がとろけた感じで。明日は滝行にでも行きましょう。7日間の滝行も延期状態になってますが、5月は難しそう。6月のQ州ツアーの前一週間ででもやりましょうかね。そう言や、Q州ツアー初日土曜日は、6月9日で、2007年に私が初めてセミナーをした日程でもあります。あれから私の新たな人生がスタートしましたので、今回の6月9日も2007年と同じ土曜日。何かが始まりそうな予感です。それにあわせて滝行しておくのはいいタイミングな気がします。&lt;br/&gt;
&lt;br/&gt;
　以上、今日はこの辺で。なお、ミクシイはもう日記を書くこともないと思うのでプレミアムを退会しました。これからもフェイスブックをメインに情報発信していきます。もちろんブログはこのままずっと走りますけどね。ではまた明日。ありがとうございました。&lt;br/&gt;
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        <title>ええ日やった　2012.5.12</title>
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        <issued>2012-05-12T23:39:00+09:00</issued> 
        <modified>2012-05-13T21:24:53+09:00</modified> 
        <created>2012-05-13T21:05:05+09:00</created> 
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            <name>katamich</name>
         </author>
        <dc:subject>日一日</dc:subject>
        <content type="html"> 
　今日はエキサイティングな一日でした。朝は用紙が切れていたので写経はなし。読書やブログの更新などして、午後から出かけました。仕事関係の打ち合わせ。セミナーをプロモートされている方で、講師を探している中、いろいろ私の噂を聞いてきたとのこと。そのように評価してくださっている方がいらっしゃってありがたい限りです。今後、また面白い展開になりそうです。

　その後はちょっと喫茶店で読書などして、夕方から人と会います。高校の同級生です。うん、やっぱり水曜日から滝行に入らなくてよかったです。体調崩さず入っていたら、今日はお酒なしで会わなければならなかった。昨日も書きましたが、一人(R)は出張で博多へ。もう一人(F)は博多に住んでることを知りながら、なかなか会えずにいた奴。二人とも中3から高3までずっと同じクラス。寮生活で文字通り同じ釜の飯を食った仲でもあるので、世間一般的な同級生よりも思い出は深いと思います。Rは私の仕事とも遠からぬとこなので、最初、そんな話をしていて、まもなくFも登場。そっからはもうめちゃくちゃ。なつかしトーク炸裂で、かなり熱くなりました。Rは8時の新幹線に乗るはずが、「明日の朝帰ったらええやん攻撃」を受けて、結局、今日はその辺に泊まることに。二件目の店に移り、3人で焼酎を飲みながら、やっぱり昔の話とか炸裂。特にRは学校でも寮でも常にリーダー的な役割だったのもあり、先生たちとの思い出もいろいろあったみたい。いいこともつらいことも含めて。

　それにしても、話をしていると、すぐに20年以上前の感性が蘇ってきて胸を熱くするものでした。また、2人に会う直前にフェイスブックで「今日はRとFと博多で会うから近くの関係者合流OK」とか書いたところ、さすがに合流はいなかったけど、「写真アップして～」なる女子からのコールもあり、リクエストに応えることに。Fは硬派でしたが、それゆえもあり、女子からなかなかモテてましたしね～。Rもそれなりにモテてました。なので、私はともかく今日の飲み会は同級生的に注目せざるを得ないようで。私なんかはネット上などにあちこち顔出すのでウザい限りでしょうが、特にFなどは年賀状も返さないような奴なんで、常に「あいつどうしてんねん」的な位置にいるんですよ。

　で、飲みながらフェイスブックに二人の写真をアップしたら、次々とコメントついて、私も酔っぱらいながらコメント返してたら実況中継みたいになって。しかもめっちゃ面白い話してたんで、かなり盛り上がってしまいました。飲んでる3人はもちろん、フェイスブックを追ってる同級生も。遠くはバンコクとかオタワとかからも絡んできて、私は目の前の二人と語りながら、フェイスブックにも発信して、ほんま、変な時代になったものですわ。だけど、ええ話になったら目の前の2人に集中して熱く語るんです。何とか最終には間に合いましたが、店から追い出されなかったらそのままいつまで語っていたことやら。

　まあ、私などは当時から語り好きだったし、高3のときなんか寮の消灯後に先生が見回るのを確認してから、別室で毛布被りながらよく語り合ったもんです。恋バナなんかも含めて。そんで、今日も語っていたら、なんか当時のこと思い出すんですよね。あのときはどんな希望を抱いてたかな～とか。でも、今になって言えるのは、当時よりはちょっとは世の中のこと知って、いろいろ経験した結果、人生ってのはなかなかのもんだね～って。

　正直なとこ、あの当時は40になる自分を想像できなかったけど（まだ39歳だけど）、なってみると意外となんも変わってない。姿は多少変わっても、本質的な中身はなんも変わってない。RもFもそのまんまでした。だけど、一つだけ変わったことがあるとすれば、もう一度言うけど、人生ってのはなかなかのもんだね～って言えるようになったこと。高校時代は何かと不自由な寮生活で、人間関係もウザいこともありながら、それでも語り合える仲間が常にいたのは尊いことでした。厳しい受験戦争で、今日も話に出たけど、受験に成功したと言えるのは、ほんの一握りでした。卒業と同時に多くが苦難のスタート。就職期にはバブル崩壊して一気に就職難。だけど今、こうやって20年を振り返ってみると、私なども特につらいことの連続でしたが、それがあったからこその今がある。これからもきっといろんなことあるでしょう。いいこともそうでないことも。年齢とともに心が引き裂かれそうなほどのつらい別れなども経験していかねばならない。だけど、すべてのこと、あらゆることは必然であり、じたばたしても仕方ない。

　私にできることは、ただ、今日を生きること。どうしようもないことはただ受け入れる。そして心に余裕があれば感謝する。だけど一方で、5年後はどうしてるかな～、10年後はどうしてたいかな～、などと未来に対する光は当てていきたいもの。そして今から20年後、同級生が還暦を迎える頃にもまた、高校時代のくだらない話に花を咲かせ、「おまえ、あいかわらずやな～」とか言い合いながら、笑いすぎて失神したいもの。80歳になってもまだ。その頃も私はこのブログを書いてると思いますが。

　繰り返し言うけど、水曜日に体調崩して滝行を延期したことで、今日、3人で焼酎を飲み合える時間を頂きました。そしてこの時間は、私にとっても、そして2人にとっても、さらにフェイスブックで絡んでた連中にとっても、なんかわからんけど「ええな～」って気持ちを呼び起こす時間になったんじゃないかと思います。そんな同級生に乾杯。

&lt;img class=&quot;IMAGE_RIGHT&quot; src=&quot;http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/13/56/b0002156_21194297.jpg&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;336&quot; height=&quot;251&quot; align=&quot;right&quot;/&gt;　終電で家に帰り、それからシャワー浴びて寝ようとしたら、フェイスブックではまだ続いていました。私も応戦していたら、どんどん目が冴えて、ちょうど用紙が届いていたので写経をして寝ることにしました。とにかく今日はいい日でした。ありがとうございました。　

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