今日も書きすぎた!! 2008.11.27

 今日も寒い一日でした。インドでも北部は日本と同様かそれ以上に寒くなります。一般的に暑いと思われているインドでも、デリーなどでは毎年冬には凍死する人も出てきます。私も12月のインドに行ったことがありますが、確かにめちゃくちゃ寒かったです。そんなインドでも、多くの家庭では暖房器具もなく、また、満足に服や靴さえ持っていない人も多いです。それに比べると、寒いと言っても、家には暖房もある。暖かいコタツもある、布団もある。そして毎日食べていけるご飯はお金もある。比較するのは変かもしれませんが、日本と言う国は本当に恵まれていると思います。

 今回、私は4度目のインドに行ってきたのですが、確かにインドも近年は生活水準もボトムアップされ、低カーストであってもIT長者などになれるチャンスが出てきています。それでもやはり、貧しい人が多いのは事実。日本ではたとえ貧しくても、公的扶助があります。凍死したり、餓死したりする可能性は極めて低いです。インドではその日一日食べるのが精いっぱいという家庭もまだまだたくさんあります。やっぱりそんな現実を少しでも見てしまうと、その責任が芽生えます。そして自分にできることをまずは一歩。今日もインドに寄付金を振り込みました。私の力など微々たるものですが、それが一人でも多くの貧しい人たちに届けばいい、そんな願いを持っています。

 今日、久々に一冊の本を読み直してみました。「コーチング・バイブル」という、文字通りコーチングのバイブルです。細かく言いませんが、これはすごい本です。コーチのスキルやテクニック、そして資質や倫理感に至るまで、コーチングを実践するにおいて必要なエッセンスが凝縮されています。しかも、スピリチュアルな領域にもきちんと理解があります。アメリカ人が書くコーチングの本は比較的、スピリチュアルに造形が深いものが多いです。日本では一部を除いて、コーチングにスピリチュアルな考え方を持ち込むのを是としない雰囲気があります。もちろん「スピリチュアル」のとらえ方の違いかもしれませんが、大きな意味で、コーチングにはスピリチュアルは重要だと思います。ただし、そこに天使だの、あっちの世界の人だのが出てくると、ちょっとおかしくなるもの。

 ただ、そのような擬人化によって誤解を生むことはあるにせよ、コーチングにおいて「超意識」や「潜在意識」に関する理解、そしてそれらをコーチングに取り入れるために必要な「直観力」などは、非常に重要だと思っています。天使やあっちの世界の人たちという表現も、本当のことを言えば、その辺のことなんでしょうが、表現の仕方ひとつで誤解が生じやすいのも事実。コーチングはいわゆるセラピーなどと比べて、より「言語的コミュニケーション」が重視される世界ではありますが、私はそれ以上に、やはり「非言語的コミュニケーション」も重要であると思っています。その上で、「コーチング・バイブル」には「直観」という項目が一章分設けられており、懇切丁寧に解説されてあります。この「直観」というものは、コーチングにおいて非常に重要である一方、とても扱いにくい領域でもあります。それをきちんと正面から扱っている上で、この「コーチング・バイブル」はやはりバイブルなんだと私は思っており、時々、読み直すといろんな気づきがあるものです。

 今日はその「直観」の項目を読み直していたら、「多くの人は、身体の胸や胃のあたりで直観を感じ取るようです」という一文を発見し、改めて腑に落ちたところです。私はセミナーなどでも「潜在意識=身体」と言い続けているのですが、「潜在意識」の声と言うのは、直感によって代弁されます。そしてそれが表面に現れるのが「身体」なのです。その意味で、「直観は胸や意のあたりで感じる」はまさしくそうです。

 昨日のブログで「潜在意識は『善意』ではあるが必ずしも『善』であるとは限らない」と言いました。これをもう少し正確に言うと、潜在意識は「意識」に対しては「善意」で働きますが、それは必ずしも「善」であるとは限らない、ということです。例えば早起きが苦手な人が、早起きしたいと「意識」したとします。しかしその早起きを妨げる働きは潜在意識の「善意」の力によるもの。潜在意識が「変化」によるリスクを抑制しようとしているのです。潜在意識はあくまで「安心・安全」を第一としますので、潜在意識は「変化」をリスクととらえ、それを抑制するのです。今まで朝起きれなかった人が突然早起きになることは、その人にとって「変化」です。潜在意識はその「善意」によって、変化を妨げる働きがあるわけです。しかし、本当のことを言えば、早起きをした方がいいに決まっています。何のリスクもないはずです。その意味で、潜在意識は「善意」ではあるが、「善」とは限らないということです。

 ただし、時として潜在意識が「善」として働く場面があります。それは「超意識」からのシグナルを受け取った時です。「超意識」が働きやすいのは、極限の状態であると言われますが、以前、こんなことがありました。私のコーチングのクライアントさんだったのですが、ある場面で、当初の目標を達成しそうなことがありました。私はそれでよかれと思ったのですが、その次のセッション時、なぜかその結果を捨てたと言うのです。理由をたずねると、「そのことを考えると胃が痛くなるから」としか言いませんでした。しかしそれは正しい判断だと思い、心から承認しました。その結果、最後の最後には当初の目標よりはるかに高い結果を手にすることができたのです。もしも、その途中で「胃」に逆らって結果を手にしていたら、最終的な高いゴールに達成することはなかったでしょう。

 これはまさしく「超意識」からのシグナルです。昨日も言ったように「超意識」は完全なる「善」です。私は宇宙そのものだと考えています。宇宙の本質は「真・善・美」そして「愛と感謝」です。これだけは断言できます。なぜ断言できるのか。それは私が体験したからです。本やセミナーの知識ではなく、私の体験に基づくからです。その話はまた追々としていきますが、実は今、メルマガで配信している「小説・宇宙となかよし」の終盤で登場します。「超意識」や「潜在意識」という言葉は使いませんが。

で、「超意識」は絶対なる「善」でできているのですが、普段、「潜在意識」は「意識」に対して「善意(ではあるが善とは限らない)」で働きかけていますが、時折、「潜在意識」は「超意識」からのシグナルを受け取り、完全なる「善」での働きかけをするのです。その働きかけこそが「直観」です。

 例えば普段起きれない人の話ですが、潜在意識は何とかして現状維持のため、その人が早起きすることを妨げます。しかしその日が大事な商談や試験の日であれば、なぜか早起きできます。これはまさしく「超意識」による「善」の働きかけです。また、その日が大切な日だとあらかじめわかっていなくても、突然に目が覚めて不幸から逃れることができた、なんて人もたくさんいます。阪神大震災の朝、通常よりも早くに目が覚めてそのまま起きていた、なんて人は何人もいます。私も4年ほど前、福岡で震災があった時、大きな地震が来る前の日、胸騒ぎがして家の家具をテープで固定して寝たことがあります。その7時間後に震度5の地震が来ましたが、幸いにも家具や食器はすべて無事でした。これもある意味「超意識」の働きなんでしょう。

 そして運のいい人、幸せな人は「宇宙からのサポート」を得ていると言われますが、この「宇宙からのサポート」こそが、「超意識」からの働きかけなのです。これまで何度も言ってきたと思いますが、「天命(宇宙から与えられた使命)」に素直に生きている人は、宇宙からのサポートが得られやすいです。ものすごいエネルギーで、「意識」していたよりも高い結果を得ることがあります。それを私は「奇跡(ミラクル)」と言っているのですが、「天命」に生きている人にとって、「奇跡」はもはや奇跡ではなく、日常なのです。

 一方、運の悪い人、不幸な人は「宇宙からのサポート」を得られることがあまりありません。これはまさしく「超意識」からの声を封印し、意図せずしてプログラミングされてきた潜在意識をのさばらせている状態なのです。ただし、何度も言うように、潜在意識は「善意」です。つまり、善意でおせっかいの潜在意識の奴隷になっている状態です。

 この話を構造的に理解するとこうなります。

意識の三層構造:「超意識」⇒「潜在意識」⇒「意識」 
(潜在意識と無意識を分ける場合もありますが、ここでは一つとしてとらえます)

「超意識」
⇒ 宇宙そのものであり、「真・善・美」と「愛と感謝」で成り立っている

「潜在意識(無意識)」
⇒ 生まれた時は白紙であるが、思春期までに環境によってプログラミングされる
   その人の「安心・安全」を守ろうと「善意」で働くが、時代遅れのことも多く、必ずしも「善」ではない
   「身体感覚」に現れる

「意識」
 ⇒ 「言葉」によって表わされる、「自我」の成分


・ハッピーな人
⇒ 「超意識」と「意識」がつながっており、「潜在意識」も「超意識」のシグナルにより「善」の働きをする

・ハッピーじゃない人
⇒ 「超意識」と「意識」が独立しており、「意識」は常に「潜在意識」のおせっかいに翻弄されている


ということです。ちょっと書き過ぎだけど、ま、いいか。実は今日は違う話をしようと思っていました。「コーチング・バイブル」の冒頭の寓話を紹介して話をするつもりでした。

「ヒトデの物語」

ある朝早く、1人の男が打ち寄せる波を見ながら海岸を歩いていると、数え切れないくらいのヒトデが砂浜に打ち上げられて日干しになって死にかけていることに気がついた。その異常な光景にしばし茫然としていると、ふと遠くの方で若い女性が一つ一つそのヒトデを拾い上げては海に向かって投げ返している姿が眼に入る。男はその女のところまで近づいていき、こう声をかけた。「そんなことしたって時間の無駄じゃないか。こんなにたくさんのヒトデがあるのに、そんなことをしていったい何の意味があるんだい?」すると、その女は足元にあったヒトデを一つ拾い上げると、思い切り海に向かって投げ返し「あのヒトデにとっては意味があったわ」と言ってさらに足元にある別のヒトデに手を伸ばした。 


 つまり一つ一つ、一人ひとりは無力な存在かもしれないけど、「目の前の人」にとっては意味がある。この話をしたかったのですが、いつの間にかまた「超意識」とかの話になってしまいました。もう、勝手に手が動くのでどうしようもないです。でもまあ、これも私の「超意識」の働きと信じて、今日の話がタイムリーな読者さんもいることでしょう。読んで頂き、ありがとうございました。

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by katamich | 2008-11-27 23:06 | ■精神世界