インド2日目 ~タージマハルの旅愁~ 2008.11.2

 興奮しているためか、あまり眠れませんでした。4時半に起床だったのですが、日本時間で言えば8時。充分起きる時間だし、早く活動したかったためか、眼が冴えさえでした。ロビーに降りると既に送迎バスが来ています。外は真っ暗。ホテルからニューデリー駅まで20分ほどだったかな。到着して荷物を降ろすと、美味そうなチャイ屋が目に付いたけど、ここは素通り。駅のホームに入ると、何と電車が2時間遅れているとか。6時過ぎ出発のはずが、8時過ぎになってしまいました。早くもインドの洗礼。でも誰も文句言う人もなく、さすがメンバーは波動高いな~とか思ったのであります。荷物を一か所のベンチにまとめて、ウロウロする人もいれば、ベンチに腰かけてゆっくりする人もいます。私は最初はウロウロしてたのですが、間もなくベンチに戻って本を読みます。

 中村天風「運命を拓く」です。これ、何度目かわかりませんが、結構読んでます。今度は赤ペンを引きながらじっくり読むことにします。ぶっちゃけ人生哲学とか成功哲学とかこの一冊で十分と思ったりもするのですが、ま、この本は深いですから、いろんな本や経験で肉付けする必要もあるのです。でもインドで読むのにこれほどふさわしい本もなかったりするので、つくづく持って来ててよかったです。

 天風が言ってるのは、結局、心を「感謝と歓喜」で満たせ、ということなんですが、わかってても難しいのがこの「心」ってやつ。でも、本当に心を「感謝と歓喜」で満たすことができれば、何だってできちゃうし、人生は最高にハッピーになることは間違いないです。十分に分かっていることなんですが、なかなか実践できないのが人間ってやつ。でも知らないより知ってた方がいいし、それだけに何度も読む価値があるわけです。読めば読むほどに納得して腑に落ちるんですが、それでも何かあるとすぐに忘れてしまう。人間って、ほんま、面白い生き物やとおもいます。

 私は今回、ひとつのテーマを持って旅に出ることにしました。お釈迦様悟った年月とおなじ「35歳8か月」を迎えて、私なりにも一つの「悟り」ってのを体験したのですが、この旅でその「悟り」についての確信を得る。大それたことに聞こえるでしょうが、これ、本気でそう思ってインドに向かったのです。その「悟り」ってのは、そもそも「人間は何のために生きているのか」という最大の命題。これについての答えは私になりに直観してたのですが、その答えを知っているのと、知らないでいるのとでは、人生の質が全然違ってくるものと思っています。

 何のために?を考える上で、受け入れるべき前提があります。それは、、

・人は皆、固有の「使命」を持って生まれてきている
・人は「使命」に従って生きている限り、必ず「宇宙」からのサポートを得られる


ということ。これは何度も何度もここで書いていますし、間違いないと思っています。ですが、これだけでは何のために「宇宙」がサポートをするのか説明になっていません。「使命」を生きていると、なぜ「宇宙」はサポートするのか。その根底となる部分、宇宙はいかなる「意思」を持って人をサポートするのか。これさえ腑に落ちればスッキリするのです。その答えが、、、私なりに「直観」していたことだし、7月の「星空セミナー」でも話したことなのですが、実はこの本にも書かれていました。天風さんの本に。何度も読んでたのに、なぜ気がつかなかったのか。これを発見したとき、アグラ行きの電車待ちだったのですが、ちょっと小躍りしたい気分になり、その箇所に大きく赤線を入れてしまいました。それは87ページに書かれてあります。天風さんがインドのグルから、「お前はこの世に何をしにきた知っているか」という問いに対して、いつまでたっても答えることができずにいたのですが、半年たったある日、ふと降りてきたのです。それが、

「人間は、宇宙の進化と向上に順応するために生まれてきたのだと思います」

という答えでした。それに対してインドのグルは「うん、よく出来た」と答えたのです。これを見た瞬間、「うわ~!ここに書いてるやん!!」と驚いたものです。やっぱりそうでした。「宇宙」はそこに存在して以来、進化と向上をその存在原理とするわけです。だとすればその「宇宙の進化と向上」に順応すること、寄与することこそが人間存在の理由なのです。それでは「宇宙」はどんな人間を「進化と向上」に寄与していると考えるのか。これ以上は詳しくは書かれていなかったのですが、私なりに悟りを得たように思います。そのカギとなるのが「使命」を生きているかどうか。それではどうすれば「使命」を生きることができるのか。そもそも「使命」を生きるとはどういうことなのか。それについてははっきりわかったことがあるのですが、後日、改めて書こうと思っています。ここで書くにはあまりにも唐突になるのでして。

 というわけで、電車が2時間遅れたことにも意味があったわけで、小躍りしたいほど晴れやかな心になっている時、電車がやってきました。デリーとアグラを結ぶ特急で、なかなか立派なものです。なぜか席が一つだけ離れていたので、私がそこに座ってぼんやりすることにしました。2時間ほどしてアグラに到着。ホームに立つと、ツアーの送迎の人がやって来て、エスコートに従いバスに乗り込みます。バスの中では、この後の予定とか、一人600ルピーで市内観光ができるとか、いろいろ言われるのですが、とりあえず断ります。しかししつこくは勧めてきませんでした。何かインドっぽくないな~とか思って、ホテルに到着。しばらくロビーで部屋の清掃が終わるのを待ってから、各自部屋に入ります。待っている間、表のリクシャーと交渉。一台300ルピーで回ってくれることになりました。2台ですので7人で合計600ルピー。めっちゃ安いやん。本当はちょっとはボラれてるのでしょうが、ここは寛大に。一人ならもっと交渉してるとこですが、7人で割ると一人200円にもなりません。

 いよいよタージマハルの観光です。私は10年前に訪れたので、実は飛ばそうと思っていたところ、メンバーの何人かからやっぱり行っておきたいとの声があがったので組み込みました。やっぱり組み込んで正解でした。10年前は天気も良くなかったので、タージマハルの白さが映えなかったけど、今日はとってもいい天気。リクシャーで近くまで運んでもらい、歩いてゲートまで。以前にはない厳重なチェックによりゲートをくぐります。費用も日本円で1500円と10年前に比べてかなり高くなっています。やっぱりインド一の観光地。人は多いのですが、以前ほど、人が悪くありません。それこそ昔はタージマハルの周辺は腐ってると言われたものですが、今回は変な人も近寄ってきません。変わったな~とここでも実感しました。

 10年ぶりのタージマハル。う~ん、すごい。やっぱり、すごい。他のメンバーも息をのみます。改めて見るタージマハル、青空に映えて美しさが際立っています。完璧な造形ですね、あれは。近くに寄れば、また、その豪華さに圧倒されます。すべて大理石なんですから。タージマハルにハグします。中にも入りました。いや~素晴らしい。

 ここで回想。10年前、来た時は旅の疲れもあり、決してテンション高くなかったのですが、やっぱりタージマハルの異様さには目をむいたものです。その頃は人生にも決して前向きではなく、実際、日本に帰ったら大学院に行って何をしようかとか、将来何になるのかなど、積極的なビジョンなど何も持っていませんでした。その当時の旅にように、ただ流されるだけに生きる人生。それが10年前の私だったわけです。タージマハルを見た後は、もう十分と近くのホテルの飯屋に入ってウダウダと時間をつぶしていました。確かあの時はアグラには泊まらず、その夜の夜行でバラナシに向かったのです。

 しかし今回はタージマハルの後、アグラ城にも訪れ、そこから遠目に夕日に染まりつつあるタージマハルを見ることができて、、、何とも感無量になってしまいました。タージマハルという一つの「点」が、歳月という「糸」を経て、再び結ばれたのです。インドは変わった、アグラも変わった、タージマハルも変わった。一見そう見えますが、結局、変わったのは入場料とか、観光整備とか表面的なことだけで、タージマハルそのものは何も変わってないのです。私自身も歳月という「糸」を経て、再び一つの「点」に結ばれたわけですが、確かに状況は昔と変わっています。今は昔よりも人生もっと希望を持って生きています。歳もとり、知識や経験も増えましたが、結局、変わったのは「変えられる部分」だけ。おかしな言い方かもしれませんが、変わった部分は変えられる部分だけ。つまり変わらない自分はいつまでも変わらないわけです。

 今回、なぜにインドに来たのか。行く気になったのか。結局、何か違ったものへの渦巻く好奇心、感動を求める熱き思い、そして素直に感動できるピュアな心など、変わらないものは変わらない。その変わらない部分こそが私の本質であり、愛すべき私の姿なのです。インドも同じ。何度か行った人間は口ぐちに変わった変わったと言いますが、変わらないインドだってある。もしかしたらタージマハルは環境汚染で少しずつ黒ずみつつあるなんて話もありますが、タージマハルがタージマハルであること自体は変わりません。その変わらないインド。そこに惹きつけられる「何か」があるんだと思います。そして「旅」の本質的な素晴らしさは「変わらない自分」が発見できることではないかと思っています。

 タージマハルとアグラ城。この後はホテルに戻るのですが、リクシャーの運ちゃんが「インディアン・バザールに行くか?」と言うので、なんだか味のある市場みたいなのを想像していたら、なんてことない、単なる土産屋でした。当然、興味なし。ホテルに戻るように言うと、今度は警察が道をふさいでいるから遠回りで待つ必要があるなんて、またもや土産屋に連れていきます。しかしそこでは「興味ない」を連発してたら、諦めてホテルに戻ってくれました。いいな~インドのこういうとこ。

 夜はマクドナルド。やっぱり一度は行っておきたいのですが、以前と変わったところは「ハンバーガー」がなかったことでしょうか。ご存じのようにヒンズー教は牛を神聖なるものとして、ビーフを食べる習慣がありません。ですのでハンバーグと言えば「羊」だったのですが、それはメニューから消えていました。何があったのかわかりませんが、ただ単に不味いからが理由かもしれません。あったのは野菜コロッケバーガーにフィッシュにチキン。楽しいです。

 ホテルに戻ると、結婚式の最中。インドセレブっぽい感じの人が多く、ロビーに座っていると、可愛い女の子が英語で話しかけていました。何とも上品な話ぶりで、上流階級を思わせられます。間もなく我々はレストランでビールとチャイで夜の語り。今日も素晴らしい一日でした。

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by katamich | 2008-11-02 23:10 | ■インド | Comments(0)